隣のほうから来ました   作:にせラビア

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LEVEL:31 消滅

「ザラキ!」

「危ないレオナ!!」

「ダイ君!?」

 

フレイザードは、レオナへ向けて回避不可能なタイミングで死の言葉(ザラキ)の呪文を放つ。それにいち早く反応したダイは、もはやレオナが回避不可能であることを悟ると斜線上に割り込むと同時に彼女の身体を押し出して退避させる。

その結果、ダイの身体を死の言葉が覆い包んだ。

 

――よっしゃあ!!

 

予想通りの結果に、新生フレイザードは胸中で喝采を上げる。ダイへ確実に当てるため、あえてレオナを狙ってザラキの呪文を発動させたのだ。ご立派な勇者さまであれば、お姫様を狙う攻撃は庇うはずだと読んでいた。

ならばその攻撃が、一撃必殺のものであればどうだろうか。きっと、労することなく相手を倒せるに違いない。

残り火のような状態から、多くの部下の命を踏み台として蘇ったフレイザードならば、ダイを相手に魂までもがヒリつくような戦いを欲するように思えるかもしれない。

だが、彼が選んだ戦略は熱狂的でありながら実に冷静そのもの。彼が求めているのは満足する戦いではない。どんな手を使おうとも勝利することなのだ。

恐怖と苦痛を伴う言霊に襲われるダイの姿を夢想して、フレイザードは僅かに微笑む。

 

「そんな……ダイ君!!」

 

レオナは卵とはいえ賢者である。呪文についての知識にも明るく、ザラキの呪文についても知っている。当然、死の言葉に負ければそのまま息絶えるということも。

自分を庇ってザラキを受けたことを少しだけ嬉しく思いながらも、命果てるやもしれないという恐怖の方が彼女には勝る。死の言葉に包まれるダイの後ろ姿を見ながら、心配そうに叫んだ。

そして、賢者としての訓練を積んだ彼女の頭脳は、ザラキに対する妨害手段として、術者を狙うことを思いつく。フレイザードを睨み付けるが、だが彼女が攻撃を起こす必要はなかった。

 

「こんな呪文、効くものか!」

 

死の言葉に包まれているというのに、その影響などまるで意に介さないようにダイは動き、手にした剣でフレイザードへと攻撃を行う。

 

「げえええぇっ!?」

 

そのダイの動作に一番驚かされたのは、フレイザード本人だ。ザラキの影響下にあるはずなのにこうも自由に動くなど、普通はありえない。よほど大人と子供以上に実力差が隔絶しているか、ザラキの呪文そのものを無効化しているかでなければ、これほど自由に動くことは出来ないはずである。

 

「くそがっ!」

 

反応が遅れたものの、それでも必死で回避を試みる。だが僅かに遅かったようだ。フレイザードの左半身に深い刀傷が走り、その下からは出血ならぬ水蒸気のような靄が立ち上りダメージがあったことを知らせる。

 

――実力差がそこまであるとは思えねぇ……ならばやはり、なんらかの手段で無効化しているってことか? もう一度確かめてぇが、隙を作るのはゴメンだぜ……

 

再び攻撃が行われても対処できるように距離を取りながら、フレイザードはザラキが無力化されたことについて原因を考える。

効果さえあれば一撃必殺の呪文であり、破る手立ては数少ない。

レオナがフレイザード本人を狙うことも想定内であり、来ると分かっている攻撃ならば耐える覚悟も問題ない。そもそも呪法生命体であるフレイザードが痛みを感じるものでもないのだ。

ならば一体どうして? まさか"勇者だから"などというふざけた理由で無効化されたなどであれば、彼には許容できるものでない。何か理由があるはずだ。

 

――ヤベェ! 動く!!

 

そこまで考えたところでタイムリミットだった。ダイが動き出す前(・・・・・)に反応して、フレイザードは行動を阻止するべく先手を取った。

 

「シャアアアッ!!」

「うわああっ!」

 

その口から吹雪のブレスを巻き起こし、ダイへと攻撃する。

巻き起こされた極低温のブレスは、大気中の水分すら凍り付かせんほどの威力を誇っていた。ブレスの低温によって水分が直接凍り付き、月光を反射してキラキラと輝く息による攻撃。

攻撃に移ろうとする寸前だったダイでは回避が遅れ、その攻撃をまともに受けることとなった。

 

「メ……メラ!」

 

目の前すら見えなくなりそうな低温に曝されながら、ダイは必死で火炎呪文を唱えた。それは冷たければ暖を取れば良いという反射的な動きに近かった。だがその目論見通り、冷気のブレスは効果を多少なりとも軽減してくれた。

 

「バギマ!」

 

吐息の外から見ていたレオナも考えることは同じだった。ダイから学んだ彼女は真空呪文を放つことで空気の断層を作りだして、冷気を遮断する。

と同時に、フレイザードのブレスが止んだ。

 

「ハァッ……クッ……!!」

 

攻撃をしていたフレイザードの方がダメージを受けているように見える。荒い息を繰り返しながら、見ているだけでも辛そうであった。

その異様な様子をレオナは訝しむ。

 

――予想はしていたが、ここまでキツいとはな……このままじゃこっちが先に参っちまう……!!

 

自ら吐き出した冷気嵐の威力に感心しながらも、フレイザードは毒づく。ダイに破壊される前の自分であれば、ここまでの威力ではなかった。

それが今は、文字通り命を賭けて恐ろしいまでの威力を生み出している。命を削りながらの攻撃には、さしものフレイザードでも耐えがたいものがあった。

肉体的な痛みではない。命そのものをヤスリで強引に削り取られていくような激痛に苦しめられる。

 

――それに、このままじゃこっちも不利か……仕方ねぇ!

 

この瞬間だけ真冬となったような周囲の冷気を不快に思いながら、フレイザードは攻撃方法を変更する。

 

「カアアッ!!」

 

代わりに吐き出されたのは炎のブレスだった。だがその威力は先ほどの輝く息と比べればなんとも貧弱である。燃え盛る火炎が襲い掛かるが、ダイの目には中途半端な炎としか映らなかった。

 

「海波斬!」

 

輝く息の魂すら凍てつかん程の冷気に体温を奪われながらも、ダイは必死で身体を操って海波斬を繰り出す。アバン流最速の技である海の技は炎を容易に切断すると、その勢いを殺す事無くフレイザードへと襲い掛かった。

 

「ヘッ!」

 

だがその程度の攻撃はフレイザードも物の数ではない。海波斬の剣圧を片手で防ぐと、次の攻撃に備えるべく身構える。

 

「バギ」

 

しかしフレイザードの狙いは、ある意味失敗に終わった。ダイが次に取った行動は呪文――それも呪文を剣に宿らせて魔法剣を発動させる。メラやヒャドも使えるが、フレイザードに通じるとは思えず、そして一度は五指爆炎弾(フィンガー・フレア・ボムズ)ですら切り裂いた真空海波斬を信用していたが為の選択だ。

 

バギを宿らせた剣を手にしながら、ダイは調子を確かめるように小刻みに身体を動かす。未だ冷気の影響が残る肉体は、彼の動きを僅かに阻害する。

 

――いいぞ……もう少しだ……

 

そんなダイの様子をつぶさに観察しながら、フレイザードもまた辺りの様子を窺うと逸る気持ちを抑えていた。

 

 

 

――何かしら……わかるような、わからないような……

 

少し離れた場所からダイとフレイザードの戦いを見ながら、レオナは考えていた。

フレイザードはダイが動き出そうとした瞬間に先んじて動き、攻撃を封殺する。ここまでは理解できる。

ならばなぜ、先ほどの海波斬は妨害せずにいたのだろうか。次のバギにしてもそうだ。脅威とならないのだから見逃した、と考えることもできるだろう。

しかし海波斬はそのまま反撃へと繋がる。バギも剣に宿らせて魔法剣とするのだ。どちらもフレイザードの視点から考えれば、妨害していてもおかしくない。

理由は分からないもののその僅かなチグハグさが引っかかり、レオナは当惑していた。

 

まだ何か見落としている部分があるのか、それとも何か制限があるのか。フレイザードの秘密を見極めようとするレオナを余所に、再び猛攻が開始された。

 

「メラミ!」

 

片手では収まりきらない程の火球が生み出され、ダイへと襲い掛かる。だがなんの虚実すらないフレイザードの攻撃には流石に当たるはずもない。火球を避けながら相手へ肉薄する。

 

「くらえっ!」

 

接近したダイは、素早く攻撃へと切り替えた。刀殺法を用いず、普通に剣を振るう。隙を極限まで少なくした、威力よりも速度重視の攻撃である。連続して繰り出される攻撃を、だがフレイザードは両腕で易々と捌いていく。

無数の部下の命と自分の命を糧として蘇った今のフレイザードは、魔法力も肉体能力も研ぎ澄まされているのだ。普通の兵士であれば数合と持たず、以前のフレイザードであっても速度で押し切られていたであろう連撃であっても、余裕がある。

 

「ククク……そら、どうした?」

「あたら、ない!?」

 

ヒュンケルとの激戦でも通用していた剣術がこうも一方的に防がれることは、まだ若いダイには少々酷だった。焦りを感じて、次第に威力を重視した攻撃へと本人も知らず知らずに剣が変化していく。

 

「そこだっ!!」

「ぐううぅ!」

 

やがて、普段よりも大振りの攻撃を放とうとしたところをフレイザードの一撃で止められる。ただの拳打であっても攻撃に意識が向いているため、防御はおざなりだ。その分だけ大きくダメージを受ける。

 

――まただ! また読まれた……だったら、こうだ!

 

幾度となく攻撃を潰されれば、ダイでなくとも学習する。再び速度を重視した剣を振るいながら、好機を窺う。やはりフレイザードはこの攻撃には反撃をしてこないようだ。

慎重に攻撃を行いながら、やがて相手の隙を突くように剣を振りかぶる。

 

「アバン流――」

「こっち、だろ!?」

「大――あああっ!!」

 

だがフレイザードは剣を持った右手を無視して、ダイの左手目掛けて蹴りを叩き込む。蹴られたその先には、今まさに繰り出さんと闘気の込められた拳があった。

剣で攻撃すると見せかけて拳の一撃を試すつもりだったが、フレイザードには通じない。

 

「ハァ……ハァ……」

「そら、オマケだ! シャアアアア!!」

「ううっ……クッ!」

 

攻撃は通じず、ダメージを受け続け、それでも突破口は無いかと考えるダイは疲労困憊であった。全身を焼けたように火照らせて、息も荒い。

だが疲労を見せようともフレイザードは止まらない。ダイ目掛けて再び冷気のブレスを放つが、威力そのものも今回は軽微であった。初手の輝く息と比べればそよ風のようなもの。むしろ汗と熱に苦しめられるダイにしてみれば、涼しいくらいだ。

これをダイが手にした剣で切り裂いた。

バギの呪文を宿した剣は振るうだけでも冷気を切り裂く程の鋭さを見せる。

 

だが如何にキラーメタル――キラーマシンの残骸から得た装甲をパプニカにて研究し、劣化コピーではあるが作り出した金属――でコーティングされたとはいえ、元々は只の鋼鉄の剣でしかない。

新生フレイザードの攻撃に耐え、その堅牢な身体へ攻撃を与えるたびに、少しずつ剣は悲鳴を上げるように音が変わっていった。鋼鉄同士を打ち付けたような澄んだ音が、次第に苦悶の悲鳴を上げているように聞こえる。

 

――キラーマシン!? そうよ、確かあのときも……

 

パプニカへと戻った際に、レオナは世間話の一つとしてダイの剣のことも耳にしている。それを知っていることが記憶を想起させる。

彼女は以前デルムリン島にて、賢者バロンの操るキラーマシンと戦ったことがある。そのときに敵は目視以外で敵の位置を把握するのに、熱を使っていたのだ。

仮に今回もそれと同じであれば……

 

だがそこまで考えたものの、レオナの頭の中ではフレイザードの先読みに繋がらなかった。最初に思いついた時には妙案だと思えたが、そこから先が繋がらない。

こうしている間にもダイはフレイザードの攻撃を防いでいるが、今や防戦一方。何か援護をしようにも、レオナの実力では二人の戦いに割って入れそうになかった。

苛立ちでヒリつく喉の熱さを鬱陶しく思いながら、彼女は唾を飲み込む。

 

「――そうよ! わかったわ!」

 

その次の瞬間には、レオナは叫んでいた。

 

「熱よダイ君! フレイザードは熱で先読みをしているの!!」

「熱!?」

「……チッ」

 

あり得ない考えに思わず聞き返すが、レオナは構わず口にし続けた。

 

「ダイ君は今、動き疲れて熱を持っているでしょ? それと同じよ! 生き物はみんな、温度が必要なの! 身体を動かすのだって熱がいる! 多分フレイザードは、その熱を読み取っているの!」

 

一国の姫としての教養を兼ね備え、賢者としての知識も併せ持つレオナだからこそ辿りついた結論と言えるだろう。

彼女の言葉通り、フレイザードは人体の熱を読み取っていた。傷や骨折などを負えば、負傷した部分は熱くなる。運動すれば、酷使した箇所は熱を持つ。

そして動こうとすればその部分に熱が生まれる。そのほんの僅かな熱の発生を検知して、先読みを行っていた。

氷炎将軍として生み出され、フレイムとブリザードの命を喰らって生まれ変わった今のフレイザードでなければ到達は到底出来ない程の極致の能力といえる。

だがそれは温度が極端に高すぎても低すぎてもダメだ。事実、初手に輝く息を放った時には、周囲の温度まで下がった影響で熱を読み取る事が出来なくなっていた。慌てて燃え盛る火炎を吐き出して微調整を行い、ダメ押しのメラミまで利用する。逆にダイが動きすぎて熱を持てば、冷気のブレスを放つことで調整する。

夜明けまで命が持たないフレイザードに取ってみれば、ダメージを受けることは無駄に生命を削ることに等しい。それを本能的に理解しているからこそ、熱による先読みの方が彼の中で優先されていた。

 

「ヘェ……さすがに博識だな。だがそれが事実だったとして、テメェらに何ができるってんだ!?」

「虚勢を張るのもそのくらいにしておきなさい。仕組みが分かれば、手はあるんだから!」

 

フレイザードの言葉を聞きながら、レオナは自身の仮説が間違いではないと密かに確信していた。今までの行動を振り返り、そして今の台詞を耳にして。

 

「でもレオナ、どうするのさ!?」

「ああもう! ダイ君は普通に戦って!!」

 

せっかく格好良くキメたというのに、自分で分からないと口にされると少々情けなく感じてしまう。そもそもダイの言葉通り、打ち合わせ等もしていないのだから分かるはずがないのだが。

少しだけやる気に水を差されながらも、ダイへ指示を飛ばすとレオナも呪文を唱える。

 

「メラミ!」

 

ダイへ向けて放たれた火球はそのまま一直線に進むが、やがて爆発したかのように燃え広がって辺りの温度を上昇させる。高温、もしくは低温の場合にフレイザードが行動を読めないのであれば、妨害役こそが自分の役目だとレオナは理解していた。

 

「このアマッ! そういうことか!!」

 

レオナの行動から狙いなどすぐに読み取れる。自分の熱源感知を邪魔するべく、温度を調整しようというわけだ。ならばと、再び冷気のブレスを吐き出す。

 

「おれを忘れるな、フレイザード!」

「うおおおっ!?」

 

すると冷気を生み出した隙をダイに狙われる。フレイザードは慌てて回避するも、再び体の表面に浅い傷が走った。反撃に転じようとするが、ダイはすぐに距離を取ってしまい攻撃は空を切る。

 

「メラ」

 

そして距離を取ったダイはメラの呪文を唱えて火球を生み出すと、それを地面に向けて放つ。当然自分に対する攻撃だと思っていたフレイザードは、ダイの行動の意図が読めずに僅かに動きを止める。

 

「しまっ……!」

「バギマ!」

 

気付いた時には遅すぎた。既にレオナの呪文は完成しており、強力な真空の刃がフレイザードへと襲い掛かる。今までの経緯からダイだけが攻撃役と思い込んでいたのが敗因だ。

だが先読みの秘密は暴かれている。ならば無理にダイが攻撃役を続ける必要もない。こうして役目を交代することもできる。

 

「グググ……!!」

 

ダイの攻撃と比べればダメージは小さいが、それでもバギマの呪文はフレイザードの身体をさらに傷つけていく。無数のひっかき傷にも似た裂傷が走り、着実にダメージが積み重なっていく。

 

「ク、クク……なるほどな……テメェらの攻撃は見事だが、忘れてんじゃねぇか?」

 

周囲の温度を上げつつ攻撃を仕掛けるという連携は敵の立場から見ても中々どうして賞賛すべき部分がある。だがそれは、ダイのみが攻撃役だと思い込んでいたフレイザードと同じ轍を踏んでいるに他ならない。

 

「カアアアアアアアッッ!!」

 

フレイザードの口から放たれたのは、それまでとは比べものにならない程の火炎だった。目にしているだけで骨まで炭化させられるのではないかと思わせる灼熱の炎が踊り狂い、ダイたちへと襲い掛かっていく。

 

「しまっ……!」

「フ、フバー……」

「【アクアブレス】!」

 

フレイザードが先読みだけに頼っていると思い込んでいたダイたちはこの攻撃に遅れを取った。慌てて迎撃と防御呪文を唱えようとするが、それよりも先に動くものがいた。

迫り来る灼熱の炎に抗うように、無数の水泡が撃ち出された。だがこれはただの水泡ではない。その幻想的な光景とは裏腹に泡の一つ一つは高圧で出来ており、触れただけでも相手をズタズタにするほどの威力を兼ね備えている。

 

「うわあっ!!」

「きゃあああ!」

「うおぉぉ!?」

 

炎の壁のように広範囲を覆う灼熱の炎と、視界を覆い尽くさんばかりの泡がぶつかり合う。高温と低温とがぶつかり合い、小規模な水蒸気爆発が起こる。轟音と共に周囲の温度が一気に上がり、気化した水が霧のように辺りに漂っていく。

 

「くそっ! なんだってんだ!?」

 

原理は知らなくとも、爆発が起きたことはフレイザードにも分かる。もしも今の状態が意図したものであれば、きっと敵が攻撃を仕掛けてくるだろうということも。

既に周囲は高温であり、熱源探知は役に立たない。周囲の気配と音を頼りに索敵を行えば、すぐに何者かの動く音が聞こえてきた。その音はどんどん自分へ近寄っていく。

 

「ククク……そこか!」

 

霧の向こうにうっすら見えた影目掛けて、フレイザードは攻撃を放った。

もしも、立ちこめた霧の中から微かに聞こえた【ブリンク】という言葉の意味を理解出来ていれば、もう少しだけ違った結末となっただろう。

 

「なにぃ!?」

 

攻撃が空を切ったところでようやく気がついた。目の前の相手から体温が感じられない。

 

「こっちが本物だ!」

「グアアアアアアッ!!」

 

フレイザードの攻撃とは真逆の方向から繰り出されたダイの攻撃が、彼の右足に襲い掛かる。十分に高威力であったはずのその攻撃だったが、だが強化されたフレイザードを切断するには到らず、半分ほどまで食い込んだところで勢いが止まってしまった。

 

「グ、ガアアアアアアアッッ!!」

「なんだ!?」

「ダメ! 下がって!!」

 

その傷跡の奥から、凄まじいエネルギーが溢れ出てくる。慌てて剣を引き抜いてフレイザードから距離を取ろうとするが、執念なのか剣が食い込み抜けない。ダイは迷うものの、切羽詰まった"下がれ"という声に従いすぐに剣を手放した。

 

やがて、数瞬後に純白の光が吹き上がり、そして止まる。その後には右足を失い座り込んでいるフレイザードと、刀身を半ばから失って殆ど柄ばかりとなったダイの剣だけが残っていた。

そのどちらもが、綺麗過ぎるほど見事な消滅痕を残している。

 

「なんだったんだ今のは……?」

「多分、凝縮されていたエネルギーが吹き出して消し飛ばしたんだと思う……」

「姉ちゃん!?」

「チルノ!?」

 

もしも剣を惜しんで残っていたら、自分も消滅していたかも知れない。そんな未来に身震いしながらダイが呟くと、彼の耳に慣れ親しんだ声が聞こえてきた。予期せぬ返事にレオナも含めて声の方向を振り向けば、そこには険しい顔をした姉の姿があった。

 

「いつの間に!?」

「無事だったのね」

「ええ。こっちは片付いたから、加勢に来たの」

「じゃあ、フレイザードの炎に対抗したのって……」

「ええ、そうよ。水の膜を張ったの。あと、ダイの攻撃にあわせた分身も私の仕業」

 

アクアブレスの青魔法にて灼熱の炎を迎撃し、ブリンクの魔法にてダイの分身を作り出して直接攻撃への対抗手段とする。炎への対抗はまだしもブリンクの方は賭けに近かったのだが、どちらも上手くいったことに彼女は胸をなで下ろす。

 

「でも、前の戦いでも魔法力を使っちゃってるから……あんまり援護は期待しないでね」

 

チルノは油断せずフレイザードを見つめている。それに倣うように、ダイたちも視線をフレイザードへと戻す。たった一人の援軍――それも弱体化しているのだが、それでも彼らには万の援軍に等しく思えた。

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■

 

 

 

――再生ができねぇだと!!

 

今にも叫び出したい衝動を必死で堪えて、フレイザードは消えた足の様子を見ていた。呪法生命体である彼にしてみれば、多少の怪我は自身の力で再生することも出来る。だが命を削るこの戦いでは無駄な再生に力を費やすこともできず、今までは無視していた。

だが片足を失う程となれば話は別だ。

つっかえ棒ほどの役目しか果たせなくとも問題は無い。とにかく立てるようにと焦るが、再生はまるで出来なかった。まるで存在そのものが消滅したようで、彼の背筋に悪寒が走る。

 

やおら、それと時を同じくして戦場の一方向から強烈な光が走った。その後、彼の内側に強烈な喪失感が生まれ、その正体を本能に訴える。

 

「クックックッ! ハドラー様がやられたみてぇだな!」

「……えっ!?」

「ハドラーが来ていたのか!?」

「あの方角は確か、ヒュンケル達が向かったはず……」

 

敵陣の全容を知らないため、三人はハドラーという名前を耳にして当然のように驚く。チルノだけは本来の歴史を知るために、予想はついていたので衝撃は少なかったのだが。

 

「こりゃいよいよもって、残り時間はねぇわけだ!!」

 

今のフレイザードは着実に追い詰められている。だと言うのに、なぜわざわざそれを言ったのだろうか。ハドラーがやられた事も含めて、わざわざ不利になる事柄を口にするなど普通に考えればあり得ない。

あり得ない行動を選択していることが、恐ろしく見えてしかたない。

 

「ダイ、空裂斬は?」

「それがダメなんだ! さっきから探しているけれど、コイツの(コア)の位置が上手く探れない……!!」

 

早々に決着を付けるべくチルノは口にするが、ダイはそれを否定する。姉に言われずとも、ダイは常に気配を察知してフレイザードの(コア)をこの戦いの間に幾度となく探っていた。

だが何度繰り返そうとも、ぼんやりとよくわからなかった。確かに底に存在しているはずなのに、まるで陽炎のように気配が揺らめいているため狙いをつけられない。敵は足を失って座り込んでおり、攻撃するにはまたとない好機だというのに。

 

――当然だ。何しろ今のオレ様に(コア)なんざ存在しねぇからな。

 

言ってしまえば、フレイザードそのものが(コア)となって蘇っている。全身これ弱点の塊のようなものだが、同時に多少砕かれても(コア)としての機能は損なわれないという利点もあった。

そして、フレイザードほどの大きさを誇る(コア)となれば、その中に内包されるエネルギーもとてつもない。元々のフレイザードは、拳程度の小さな(コア)でしかなかったのに、炎と氷を制御してみせるほどだ。

 

では、今ほどの大きさとなればどうなるのか。

 

「……いいヒントを貰ったぜ」

 

ダイの攻撃で足が吹き飛んだ。だが相手は有効な攻撃手段を使えずに攻めあぐねている。自分も動けないのだが、これ以上は仕方ないだろう。マゴマゴしていれば、ダイたちは分散しかねない。まとまっている今を逃すのは考えられない。

 

フレイザードは大きく息を吸い込んだ。

 

「消えろ!」

 

そして、純白のブレスを吹き出した。

 

「うわああああっ!!」

「きゃあああっ!!」

「これは……うぐぐううううっ!!」

 

吐き出された白き奔流は、灼熱の炎や輝く息よりもさらに強烈なものであった。一瞬にして世界が包まれるような強烈すぎる閃光。これと比較すれば、おそらくはベギラゴンの閃熱すら霞んで見えるだろう。

そして、外から見れば寒々しさを覚える光に包まれたダイたちは激痛に耐えながら奇しくも同じ感想を抱く。

 

――燃えるように冷たい。

 

矛盾の塊でしかないが、それ以外に表現する方法を彼らは持たなかった。

極低温と超高温とを同時に受ければきっとこうなるだろうと予想は出来るが、まさか実際に体験する羽目になるとは。そもそも複数の異なった刺激を受けることが想像できない。

今まで体験したこともない未知の痛みに、ダイたちは悲鳴を上げてただ耐えることしかできない。

 

「な、なんだこの攻撃は……」

「燃えるように熱いのに、寒くて身体が動かないなんて……」

「まさか……冷気と火炎の同時、攻撃……!?」

 

やがて光は止む。そこには、激痛で動くこともままならないダイたちがいた。今までとはまるで違う予想外の攻撃に動くこともままらないようだ。なによりチルノには、フレイザードの攻撃に心当たりがある。もしもコレが彼女の知るものであれば……その先に待っているものを想像して、彼女は絶句するしかない。

 

「ウグググ……グガガガガガアアアアッ!!」

 

だが痛みを味わうのはフレイザードも同じことだった。その痛みは、ダイたちよりもずっと大きい。痛みに耐えかねて地面の上を転がり回り、口から血に似た何かを零している。

先ほどの純白のブレスは、彼の体内に蓄えられたフレイムとブリザードの命の結晶だ。それを放つのは、自分の命の残り時間を自ら大幅に削る行為に等しい。

だが、その威力は見ての通りだった。たった一撃、それも僅かな時間しか放っていないというのに、敵に与えたダメージは今までの何よりも強い。それも、力任せに放ったブレスでそれだけのダメージなのだ。

ならばしっかりと増幅させて放てばどうなるのか。

 

「ハァ……ハァ……どうせニワトリが鳴けば消えちまう命なんだ!! さあ、最後の大博打と行こうぜェェッ!!」

 

先ほど口から零れたものは、自分の命だ。限界が近づき、ついには自身の命すら満足に保てなくなっている。そこへさらに力を加えれば、身体は耐えきれずに崩壊するのも目に見えている。

勝利を得るのが先か、それとも自分が崩壊するのが先か。その賭けは、今のフレイザードにしてみれば考える必要すらない。

目標は未だ痛みに苦しみ動きすらまともに取れずにいるダイだ。再び純白のブレスを放つべく大きく息を吸い込み、自己の命を集める。

そのときだ。

 

「グアアッ!?」

 

それまで何の痛痒すら感じなかったはずの、左半身の裂傷から鋭い痛みが走った。ピシリと亀裂の走る音が聞こえ、穴が開いたようにブレスがそこから漏れ出ていく。それが原因でブレスは制御を失い、フレイザードの体内から弾け飛ばんと荒れ狂う。

 

――これは……最初に受けた傷!?

 

自身の左半身を見ながら、フレイザードは驚愕していた。ザラキを受けたはずのダイが、まるで効果が無かったと言わんばかりに振るった攻撃で出来た傷である。たいしたことが無いと思い込んでいたはずのそれが、この土壇場で全てを覆す要因になるとは。

 

「ククク……ハーッハッハッハッ!!」

 

もはやこの暴走を止めることは誰にも出来ない。賭けに負けた事を悟り、笑うことしかできなかった。

狂気の哄笑を上げながら、フレイザードは自身の身体から飛び出たエネルギーによって球状の光に包まれていく。

それを見ているのは、ダイたち三人だけだ。

 

やがて光は収まり、辺りに静寂が訪れる。

フレイザードのいた場所では、まるで削り取られたように全てが消滅していた。そこには勿論、フレイザードの姿は欠片すら残っていなかった。

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■

 

 

 

――極大消滅呪文(メドローア)……

 

光に包まれた全てが消滅し、そこには地面すら残されない。その光景をチルノは知っている。現時点では使い手はマトリフ以外には存在しない最強の攻撃呪文ならば、目の前のこれと同じ光景を作り出す事が出来る。

フレイザードは炎と氷を操るため、その可能性は純白のブレスを受けた時に思い当たっていた。そして新生したフレイザードならば未熟という欠点すら補ってくるのではないかと。

仮に完成したメドローアを放ってこられれば、少なくとも三人はこの世から消滅していたのだ。未完成のブレスであってもそうなる可能性に気付き、チルノは慌てて声を上げる。

 

「ダイ! 生きてる!? どこか怪我とかしてない!?」

「なんだよ姉ちゃん、大げさだなぁ……おれ、平気だってば……」

 

痛む身体で必死に弟の様子を見るが、どうやら問題は無いようだ。

 

「レオナは!?」

「ええ、あたしも無事よ。体中が痛いけどね……」

「良かった……」

 

続いてレオナの様子も確認するがこちらも同じ。二人ともダメージのみで済んだことに彼女は胸をなで下ろす。

 

「でも、フレイザードはどうしたんだろう?」

「自滅したっていうのは、あたしにもわかるんだけど……」

「前に足を切った時に吹き出したあのエネルギー。あれを攻撃に使ったんでしょうね。でも、一度目は成功しても二度目の制御に失敗して消し飛んだ……」

 

チルノの視点から分かる情報を頼りに、彼女は推論を口にする。

 

「一度目の後で相当苦しんでいたから、二発目はフレイザードにとっても賭けだったんでしょうね。その途中で、左半身の傷からエネルギーが漏れ出していたから、もしもあの傷がなかったら、消えていたのは私たちだったかもしれない……」

 

暴発したメドローアがどうなるかは、彼女も知っている。そうでなくとも、痕跡すら消えたフレイザードの様子を見れば、どうなるのかは容易に想像できる。

チルノの口にしたあり得た未来の姿に、ダイたちはゾッと恐怖に震える。

 

「あれ、ダイ君が付けた傷よね?」

「そっか。じゃあ、ダイは私たちの命の恩人ね」

 

二人の少女がそう口にするが、ダイの表情は晴れやかにはならない。

 

「自分の命を省みないでおれを倒しに来たのか……」

「そうね……この先も、そんな相手が襲ってくるかもしれない。でも、今は大丈夫。だから今は、勝利を祝いましょう」

 

おぞましいまでの執念を持って再戦を挑むこと。それは今のダイでは理解しがたいものがあったようだ。不安そうに俯く弟に優しく声を掛けながら、チルノは周囲に気を配る。

 

そこには、三方向から勝利を祝う大勢の人の気配がやってきていた。

 

 




エアコンフレイザード……いえ、最近暑いので……

熱で予測していると書きましたが、例によって適当なのであしからず。
熱源探知の部分とか含めて、本気にしないでください……(目を逸らす)

マトリフに「いいセン行ってた」と言わせたのだから、まあこのくらいは……氷炎の境界を無くした時点でバレていたかと思いますが。
そしてポップが見てないのが救い。じゃないと未熟な時点で絶対に真似して自滅する。

左右の手それぞれで「メ・ラ・ゾ・ー・マ」「マ・ヒャ・ド」とかやらせてあげたかった……

そういやザボエラのマホプラウスでメラゾーマとマヒャドをそれぞれ集めてメドローア出来ないかな(思いつき)

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