「もう終わっていたか。流石だな、ダイ……」
「クロコダイン!?」
フレイザードを撃退し、一息つくダイたちの前へ最初に姿を現したのは獣王クロコダインであった。彼の後ろには、ザボエラ率いる妖魔師団との死闘に勝利したアポロらパプニカ兵士たちの姿も見える。
「どうしてここに!?」
「え、と……ダイ君のお知り合い……?」
かつての知り合い――それも敵同士として戦った相手――がなぜパプニカ兵士たちと共に現れたのか理解できず、ダイは声を上げる。そして理解できないのはレオナも同じである。彼女の場合、いきなり巨躯を誇るリザードマンが現れたのだ。その驚きはダイの比ではないだろう。
「ああ、そうか。レオナもダイも知らなくて当然よね。実は――」
ダイたちの加勢に加わってからここまで、何があったのかを説明すらしていない。であれば彼らが知らないのも当然である。チルノは自分達が向かった先で何があったのかを二人へ簡潔に説明する。
「――ということがあったの。だから私だけが先に加勢に来られたし、ここにクロコダインがいるのよ」
「へぇ……そんなことがあったのか」
「そっちも大変だったのね」
話を聞き終えると、レオナはクロコダインへチラリと視線を飛ばす。するとクロコダインは話が終わるのを待っていたかのように動き出した。
「そなたがパプニカのレオナ姫ですな。お初にお目に掛かる」
そう言いながらクロコダインは頭を下げる。
「チルノの話でも語られたが、改めて名乗らせて貰う。我が名はクロコダイン。かつてダイたちに武人の誇りを救われ、今回は義によって助太刀させてもらった」
「そう……どうやらアポロたちを助けてくれたみたいね。王女として、お礼を言わせて貰います。ありがとうクロコダイン」
そう言いながらレオナもまた、優雅に礼を返す。一国の王女たるレオナに認められることは、武人であるクロコダインにとって名誉なことであった。むしろ、魔王軍に在籍していたときよりも丁寧な態度でレオナに接する。
「はっはっは! そうですぞ姫! 何しろこのクロコダイン殿は比類無き剛力の持ち主。先ほどの戦いでも大活躍でしたわい。ワシらが保証します」
「バダック!? あなたもいたの?」
兵士達一団の後ろからかき分けるようにして姿を現したお付きの兵であるバダックの姿にレオナは驚かされていた。フレイザードの襲撃時、部隊を分けて対処に当たるように命じたのは紛れもなく彼女であったが、かの老兵がどこに向かったのかまではレオナも把握していない。それがこのように出てこられれば、驚きもしよう。
だがレオナのその態度にバダックは落胆したように肩を落とす。
「姫、それはあんまりなお言葉……チルノ殿とアポロ殿の援護を受け、クロコダイン殿の助力もありましたが、ワシも妖魔師団のモンスターを相手に獅子奮迅の戦いをしていたのですぞ! なあ、チルノ殿?」
「え!? ええ……」
――言えない、全く気付かなかったなんて……
喉まで出掛かった「いたの!?」という言葉をチルノは必死で飲み込んだ。確かにアポロ達と協力していたが、バダックがいたことまでは想定外であった。魔術師モンスターたちと戦い、幻影に惑わされ、クロコダインの相手をして、魔法の援護を行っていた彼女であったが、最前線で奮闘していた彼女の記憶の中にバダックの姿はなかった。
……いや、言われれば確かに、視界の隅に見慣れた白髪が見え隠れしていたような……推測でしかないが、剣を手にして前に出ようとしたのを他の兵士達に止められたのだろう。確証はないが、おそらくそうではないかと推測する。
「本当かしら……?」
レオナもまたバダックの言葉に疑いの色を見せるものの、それ以上追求することはなかった。二人ともこれ以上蒸し返すことの愚をよく知っているようだ。
そんな少女たちの気遣いなど知らぬように得意げな表情を浮かべるバダックとは逆方向から、再び人の気配が近づいてきた。
「ありゃ、おれたちが最後か?」
「仕方ないでしょ! ヒュンケル達が気になってたんだから……」
男女の軽快な声が聞こえてくる。その二人の声もまた、ダイたちのよく知ったものだ。
「ポップ! マァムも!」
「よかった、二人とも無事だったのね。怪我はない?」
魔法使いと僧侶――今は武闘家見習いだろうか?――の登場に、安堵の顔色がさらに強くなる。特にポップとマァムはロモスの苦難を共に乗り越えているのだ。比べるのは失礼だが、思い入れが強くなっていても無理もない。
無事を祝うチルノの言葉に、ポップは得意げに答える。
「ああ、当然よ。おれたちはミストバーンってのが相手だったんだけどな。こっちの強さに恐れを成したのか、途中で尻尾巻いて逃げちまったぜ」
「もうポップ……あれはヒュンケルのおかげでしょう? それに、あのまま戦っていたら、勝敗は分からなかったのよ」
「いや、そう卑下することもないだろう」
マトリフの修行を乗り越え、ベギラマを操ることに成功したポップからしてみれば、嬉しくて仕方ない。自身の成長を誰かに自慢したくてたまらないのだ。これまでたまっていた鬱憤を晴らすかのようなあっけらかんとしたその態度であったが、突如響いてきた低く重々しくもどこか聞き覚えのある声を耳にした途端に動きを止める。
「ミストバーンはオレたちでも得体の知れない相手だ。底の知れぬ恐怖とでもいうのかな? 早めに手打ちに出来ただけでも僥倖だろう」
「うおおぉっ!? あんたは……!!」
「クロコダイン!?」
まさかここに獣王がいるなどと予想だにしていなかったため、ポップは驚きのあまり尻餅をついて腰を抜かす。そしてそれは、程度の差こそあれマァムも同じであった。ロモスで戦った記憶がまだ新しい彼女にしてみれば、反射的に戦闘態勢を取るほどだ。
その構えが格闘術の構えである所を見るに、マァムの中でも着実に教えを物にしているようである。
「わぁっ! 待った待った!!」
「クロコダインも今は味方なの!! 詳しくは後で説明するから! ね?」
ポップたちはおろか、パプニカ兵たちまで警戒を一気に跳ね上げたのを目にした姉弟が慌てて間に割って入り、仲間であることを訴える。その二人の言葉に、未だ完全ではないものの彼らは警戒を解いた。
「本当に、か……?」
「ああ、本当だとも。どこか疑わしいところがあれば、後ろから遠慮無く攻撃してくれて構わんぞ」
「いいっ!? い、いや……そこまでしなくても……」
思わず口を突いて出た言葉に予想以上の大きな反応を返されて、ポップはバツが悪くなったようにしどろもどろに答える。だがクロコダインはまるで意に介さずに続ける。
「気にするな。元々そう思われることは――いや、問答無用で敵対視され、処刑されることすら覚悟はしていた。それが結果だけみればダイたちの力になれたのだ。オレにしてみれば出来過ぎだよ」
そう言うと大きく口を開けて豪快に笑う。その様子に、今度はポップらの背後にいた剣士が反応する番だった。
「なるほど、クロコダインも来ていたのか」
「ヒュンケル!? ……なるほど、お前もか」
「ああ。そう言うからには、お前もそうなのだろう?」
共に、かつては魔王軍に所属して人間の敵へ回りながらも、ダイたちと戦い救われた者同士である。ベラベラと長く語る必要はない。
たったこれだけの会話でありながらも、二人の武人の間には通じるものがあった。互いに同じ想いを胸中に抱いている事が確認でき、どちらからともなくニヒルに笑い合う。
そんな二人の姿を、若干複雑な想いで見つめるエイミの姿もあった。
「ピィ!」
「ピー!!」
「ゴメちゃん!」
「スラリンも!」
そして、最後とばかりにスライムとゴールデンメタルスライムの二体のモンスターが姿を現した。姉弟はそれぞれ相棒のモンスターを優しく受け止める。
「二人ともちゃんと隠れてた?」
「「ピィ!」」
チルノの言葉に二匹は口を揃えて元気よく返事をする。その言葉からも分かるように、どこも怪我一つ負っていない事を確認すると彼女はコッソリ胸をなで下ろす。
フレイザードの奇襲と魔王軍の攻撃を見て危険と判断したチルノは、この二匹には隠れているように指示していた。そして、もしも自分たちが負けるようなことがあれば逃げてその事実を伝えるようにも言ってあった。とはいえダイたちが本当に危機に陥れば、そんな言いつけなど破って飛び出してきていたであろうことは想像に難くない。
「よかった。ゴメちゃんたちも無事だね」
「じゃあ、これで全員無事だった。で、いいのかしら……?」
周囲に集まってきた人々を見回しながら、チルノはそう呟く。怪我人は多数あれど、死傷者はいないようだ。あれだけの敵を相手にこの戦果は、はっきり言って奇跡に等しい。
あまりに出来過ぎな結果に若干の空恐ろしさすら感じていると、彼女の呟きに応える者がいた。
「そうね……でも、ダイ君。一つだけ良いかしら?」
「え?」
「レ、レオナ?」
その様子にダイが困惑した様相を見せる。レオナの表情は今にも泣き出しそうであった。何かしただろうかと自分の過去の行いを顧みながら原因を模索するダイを尻目に、レオナは言葉を続けた。
「あたしの事を庇ってくれたのは嬉しかったわ。でも、だからってザラキに突っ込むのはやり過ぎよ」
「ザラキ!?」
その事実はチルノには初耳であった。有名な死の呪文をダイが受けていたという本来の歴史にない事実と、もしかすればそこで終わっていたかも知れないという仮定に彼女の思考が止まる。
「効かなかったから良かったものの、ダイ君にもしものことがあったらと思ったら気が気じゃなかったわ」
「でもおれ、レオナのことが心配で……」
「それにしたって、あたしだって少しくらい耐えられたわ。その間にフレイザードを攻撃するとか出来たでしょう?」
レオナはそこまで懇願するように叫ぶと、諦めたように息を吐いた。
「まあ、それが出来ないのがダイ君だって分かってるんだけどね。でも覚えておいて。いつの日か、選ばなきゃいけない時がくるかもしれないから……」
かつて身を隠し、自国奪還の機会を窺っていたレオナの言葉だけに、重く響く。何かを諦めてでも、より大きな目標を達成する必要があるかもしれないという事態が、いつか訪れるかもしれないのだ。
「あの、レオナ。ちょっといいかしら?」
「どうしたのチルノ?」
だが悲壮な決意をしているその横から、チルノが間の抜けたような声で小さく手を上げながら尋ねてきた。
「さっき、ザラキって聞こえたんだけど、ひょっとしてフレイザードが使ったの?」
「ええ、そうよ」
「!?!?!?」
あまりに自然なレオナの言い方に、チルノのみならず周囲で聞いていた人間達すらも驚き、困惑の表情を浮かべる。
事実を受け入れるのにしばらくの時を要し、やがて弾かれたように動き出した。
「ダイ!! 本当に大丈夫なの!? 腕とか取れてない!? 生きてるわよね!?」
「姉ちゃん! それはさっきも確認しただろ!! てか、生きてるってなに!?」
「落ち着いてチルノ! 本当に、ダイ君には効かなかったんだから!!」
つい先ほど、フレイザードの時の焼き直しのようにダイの身体を調べていく。そんな姉の様子にダイは顔を赤らめながら叫び、レオナの友人が珍しく狼狽する姿を見て慌てて止めに入る。
「本当に……?」
「ええ、本当よ。ダイ君はあたしを庇ってザラキの呪文を受けたわ。でも、どういうわけかまるで効果が無くて」
「まるで効果が無かった……?」
レオナのその言葉を、チルノは反芻する。彼女が知る限り、ザラキの呪文は死へと誘う言葉との勝負である。その言葉の誘惑に敗れれば、そのまま冥府へと落ちる。そのため、まるで効果が無いというレオナの表現には疑問を持つ。
呪文を無効化するという
単純に実力差が離れすぎていたという可能性もあるが。
「おや……? ちょっと失礼」
チルノが沈黙していると、アポロが動いた。彼はダイの足下に転がる青い石に気付いた。どうやら先ほどチルノがダイの様子を調べた際に落としたものらしいそれは、もとは大きな塊だったのだろうが、今は砕けて幾つかの小さな石となっている。無視しても良かったのだろうが、何故か気になり、気がつけば直接手に取っていた。
「あ、それ……」
「これは、まさか!!」
その石の欠片を手にしてじっくりと見た瞬間、アポロは叫んでいた。
「ダイ殿、どこでこれを!?」
「じいちゃんから貰ったんだ」
「え、おじいちゃんから?」
祖父ブラスから貰ったという弟の言葉に、チルノは疑問符を浮かべる。果たしてそんな機会があっただろうか、と。思案顔を続ける姉へ、ダイは答えを口にした。
「そうだよ。ほら、島を出るときに貰ったじゃないか」
「……ああ!」
その言葉でようやく思い出すことが出来た。確かに、ダイがデルムリン島を出る時の資金として、ブラスは集めたお金と共に、少しでも足しになるようにと原石なども渡していた。どうやらその一つらしい。
「あの後、この石だけ綺麗だったから別に持ってたんだ。それに、こうして別で持っていれば、お金を落としても少しは凌げると思って」
財布に全額を入れず小分けにして持っておくことで、全体の被害を少しでも少なくしようという考え方の一つである。
「でも変だな? 貰ったときには砕けてなかったのに」
「なんと……やはり、そうでしたか。今のお話で得心が行きました」
小さくなってしまった石を見ながら首を傾げるダイの言葉を聞き、我が意を得たりとばかりにアポロは頷く。
「これは、命の石です」
「いのちのいし……?」
「はい。有事の際に、持ち主の身代わりに砕け散るというアイテムです」
聞き慣れない言葉に戸惑うダイの様子を見て、効果を簡潔に説明する。
「この石を持っていたから、ザラキの効果が発揮されなかったのでしょう。ダイ殿の代わりに砕け散ったのです。本当に、危機一髪でしたよ」
「でもよ、そんな凄いアイテムなんだろ? そこらに落ちているような物か……?」
「デルムリン島には、たまに漂着物が流れ着くのよ。嵐か何かで沈んだ船の積み荷とか、誰かが落としたお金とか。多分、その中に混じってたんでしょうね」
と、チルノはそこまで口にしてから気付く。
落とし物ということは当然落とし主がいるわけであり、正当な所持者には返還の義務があるのだ。しかし、名前が書いてあるわけでもなし。落とし主が自分の物であるという証拠でも持ってこない限りは水掛け論にしかならない。
世界平和のために涙を飲んで貰おうと、こっそり謝りながら彼女は考えるのを止めた。
「そっか……」
アポロから砕けた命の石の残骸を受け取りながらダイは呟く。
フレイザードとの戦いは、苦戦の連続であった。動きを読まれ、今までとは比較にならないほどの極寒と灼熱の攻撃。そして最後は全てを消滅させんばかりのエネルギーを放った。
結果だけを見れば、相手の自爆という形で終わっていたが、その自爆の遠因はダイの攻撃によってフレイザードが深い傷を負ったからだ。
その傷が原因で制御を誤り、消滅した。そしてその傷は、ザラキを受けてもまるで影響のなかったダイに驚いたフレイザードの隙を突いて与えたものだ。
「じいちゃんが守ってくれたんだ……」
もしもこの石が無ければ、結果はおそらく真逆。消滅していたのはダイたちだったかも知れない。もしもの未来を想像して、ダイは顔を青くすると同時に離れた場所にいる祖父の事を思う。
「こっちでも、ご家族の方が守ってくださったのね……」
ダイとアポロの話を聞いていたエイミが、感慨深そうに呟いた。こっちでもという耳慣れない表現に、思わずアポロは聞き返す。
「こっちでも?」
「ええ、実は……」
「待て、エイミ」
口を開き掛けたエイミを、ヒュンケルが止める。
「その話をするには、オレの事を話す必要があるだろう? 丁度良い、元々皆に話すつもりだったからな」
その口ぶりだけで、事情を知る者達は彼が何を言おうとしているのかを悟った。だが止めることはしない。フレイザードの襲撃が無ければ、元々話すつもりだったのだから。
「改めて、この場の皆に言わなければならないことがある……」
そう言うと、周囲の誰もが口を閉ざして発言者へ目を向ける。
やがて、魔剣士は静かに口を開いた。
■□■□■□■□■□■□■
「……オレの名は……魔王軍不死騎団長ヒュンケル」
静かな空間に、ヒュンケルの良く通る声が響き渡った。その発言は、パプニカ兵たちの半分以上を驚愕させる。聞いた途端に殺気立ち、武器に手を掛ける者もいるほどだ。
「それは、本当のことなの……!?」
ヒュンケルのことはダイたちと同じくアバンの使徒と聞いてただけに、レオナの驚きは誰よりも大きかった。自国を滅ぼされ、父が命を落とす原因となった相手が目の前にいる。そして仇とも呼べる相手と短い期間ではあるが、共に過ごしていたのだから。
「ああ、事実だ。オレは不死騎団を率いてこの国に攻め込み、一度は滅ぼした張本人だ」
信じたくないと訴えかけるようなレオナの言葉を頷き、加えてヒュンケルはわざと自分を追い込むような言い回しをする。
「……本当です、姫様」
「エイミ……」
「エイミ様……?」
今度はエイミに視線が向けられる番であった。
「エイミ、お前が言う必要は……」
「いいえ、ヒュンケル! 私にも、言わせてちょうだい!」
全ては自分一人の罪だとヒュンケルはエイミの言葉を遮ろうとするが、彼女はそれをよしとはしなかった。過ちを犯したのであれば、自分もその重荷を背負おうと決意を持って。
「私たちが向かった先には、魔王ハドラーがいました。そして彼の口から、私たちは確かに聞きました。彼が……ヒュンケルが不死騎団長であったことを」
そこまで口にしてから、エイミは少しだけ間を開ける。そして、確固たる意思を持って続きを話した。
「それを聞いた私たちは彼を恨み、欲望の赴くままに憎しみをぶつけてしまいました。武器を手にして剣を振るい、私も彼のことを恐れて呪文をぶつけてしまいました……」
そこまで口にすると、エイミと共に向かった兵士達もバツの悪そうな顔をする。自らの過去を悔いているようだ。
「ですが彼は、それらを甘んじて受け止め、文句一つ言うことはありませんでした。そして正々堂々とハドラーと戦い、勝利しました! 私は――私たちは、彼の気高い意思を確かに見ました! 差し出がましい言葉だということは重々承知しています。ですが、どうか寛大な処置を……!!」
「姫様、どうかお願いします!」
「そうです! 彼はもう、十分に罰を受けました!」
深く頭を下げるエイミに倣うように、兵士達も次々に頭を下げる。それを見た他の兵士達は、ヒュンケルへの気勢を削がれたらしく怒気がなりを潜めている。何かを言いそうにいるのだが、それ以上に彼らの姿に手が出せずにいた。
「そうだよレオナ! 今はもう悪者じゃないんだ!」
「そうよ! ヒュンケルは勘違いしていただけなの! 今はアバンの使徒としての使命に目覚めているわ!!」
「よせ! お前達の気持ちは嬉しい……だが、どう言おうとも、オレがこの国を滅ぼしたのは疑いようのない事実だ。その罰は受けねばならん」
ダイたちも援護のように言葉を投げかけるが、それらを全てヒュンケルは遮ろうとする。今の彼からしてみれば、庇って貰うだけでもありがたい。だがそれで罪を軽減したいとまでは考えられなかった。
ダイたちとエイミたちの様子を見回し、やがてレオナは口を開いた。
「……どうして、今まで黙っていたの?」
「より多くのパプニカの民に、自らの罪を直接伝えたかったからだ」
今までにも、レオナたちだけには伝える機会は幾度もあったし、彼女自身も先に話だけでも聞こうかとヒュンケルに言ったこともある。だが彼はできる限り大勢の前で伝えたいとその申し出を断った。その理由が知りたかったのだ。
「オレの罪は軽々しく扱って良いものではない。レオナ姫、あなたに伝えただけでは政治的な理由から握り潰されるのではないかと、失礼ながら危惧していた。だから、大勢の前で言うべきだと思ったのだ。それが、自分自身へのケジメにもなるだろうとも」
レオナはそのような性格ではないが、上の人間に伝えただけでは改ざんされる恐れもある。それどころか都合良く作り替えられ、英雄のように扱われるかもしれない。そのようなことは彼には我慢できなかった。
自らの罪をきちんと告げ、捏造の余地すら無いように大勢の人間に伝えたかった。
「もはや思い残すことはない。レオナ姫、パプニカの代表たる貴方の手でオレを裁いてくれ。この場で斬り捨てられても、オレはかまわん」
そう言いながらヒュンケルはレオナの前まで歩み寄り、跪くと自らの剣を差し出す。その姿は文字通り、裁きを待つ咎人のそれだ。
「待ってくれレオナ姫。ならば、オレも同罪だ」
「あなたも?」
それまでジッと動くこと無くヒュンケル達の動向を見つめていたクロコダインが口を開く。
「ああ……オレもそこのヒュンケルと同じく魔王軍百獣魔団長として、ロモス攻略の任についていたのだ」
「ぐ、軍団長がもう一人!?」
兵士の誰かの叫び声が聞こえた。彼らからしてみれば、その反応も当然だろう。
「だがダイたちに、人間の素晴らしさを教えて貰った。そちらのお嬢さんと兵士達は、ヒュンケルの罪を知りながらもそうして嘆願している。オレを敵と知りながらも共に戦ってくれた兵士達もいる。その光景を見ることが出来ただけでも、オレは満足だ」
「クロコダイン……」
そこまで言うとクロコダインもまたレオナの前まで歩み出て、並ぶように跪く。
獣王の言葉を聞きながら、チルノは知らず知らずに彼の名を呟いていた。彼女の知る歴史の中では、ヒュンケルが罪を告白する場面で彼は何もしていなかった。描写がなかったと言われればそれまでかもしれない。だが、義に厚い男である彼が黙っているとは思えない。
きっとこのようなやりとりが本来の歴史でもあったのだろうと思い、彼女は涙ぐむ。
「虫の良い話だということはオレ自身が一番よく分かっている。だが言わせてくれ! ヒュンケルはこの先の戦いで必ず必要となる男だ! 罰を受けるというのならば、代わりにオレが受けよう!」
「クロコダイン!?」
「気にするな。オレ一人の命でお前が助かるのなら安い物だ」
突然の申し出に驚くヒュンケルであったが、クロコダインは当然のことのように口にした。まるで命を失う事を恐れていないのだ。
「何を言うか! どんな事情があろうとも悪いのはオレだ! 同じ人間であるオレの罪の方がよほど重い!」
「それこそ、だ。オレは人間ではない。ならば犠牲にもし易かろう? 魔王軍の軍団長を倒したとなれば、国の面目も立つはずだ。そもそもオレはダイたちに一度敗れ、命を失っている。ならばこの命、どうして惜しむ必要があろう!?」
ヒュンケルの言葉にも、クロコダインは退くことは無い。互いが互いをかばい合うその姿は、人間のそれと他ならなかった。その光景を見て、我慢できなくなったように口々に声を上げる者たちがいた。
「姫様! ワシからも言わせてくだされ! 先ほども申したように、クロコダイン殿は先の戦いでも目覚ましい活躍をしておりました! もはや我々の味方ですじゃ!」
「そうです姫様、チルノ殿も申しておりました。彼は、勇者の奇跡によって正義の心に目覚めたのです!!」
「……へ?」
バダックが叫び、アポロもまた声を上げる。だがアポロのその言葉にダイは驚き目を白黒させた。勇者の奇跡という身に覚えの無い言葉に困惑しているのだ。
「ゴメンね、ダイ……その、ちょっと……」
そんな弟に向けて姉は手を合わせて小声で謝る。納得させるのに丁度良かったのだが、あながち嘘でも無いのだ。彼は、そんなチルノの様子を見ただけで何があったのかをなんとなく理解すると、ジト目で言う。
「姉ちゃん、貸し一つだからね」
「……わかってるわよ」
貸し借りであればダイの負債の方がよほど多いのだが、それをここで持ち出す程彼女は狭量でもない。そもそもそれくらいは必要経費と割り切っている。
そんな姉弟の様子をよそに、ヒュンケルとクロコダインのことを告げる声は大きくなっていた。黙っているのは、マリン達と共にいた兵士達くらいだ。
「なるほど。皆の願いは、よく分かりました」
レオナは部下達の声を真摯に聞き、やがて片手を上げて黙るように合図する。一同は彼女のその動きに従って口を閉ざすと、周囲には再び静寂が取り戻された。
静かになったことを確認してから、レオナは口を開く。その言葉には、普段は感じられない王族たる威厳がありありと込められており、兵士達はおろかダイたちすらも思わず身を引き締めるほどだ。
「……ヒュンケル。望み通り、このパプニカの王女レオナが、判決を下します」
ごくり、と誰かが生唾を飲む音が聞こえる。これから先、レオナが何を言うのかを一言一句聞き逃さんとばかりに全員が固唾を飲んで次の言葉を待った。
「あなたには、残された人生の全てをアバンの使徒として生きることを命じます……!」
「っ!?」
その言葉にヒュンケルは驚かされる。罰を望んでいた彼にしてみれば、そのようなことをレオナが言うことは想定の外だった。だがヒュンケルの驚きを待つこと無く、彼女は言葉を続ける。
「友情と正義と愛のために、己の生命をかけて戦いなさい。そして、無闇に自分を卑下したり過去に囚われ歩みを止めたりすることを禁じます」
そこまで口にすると、彼女は声のトーンを一段下げた。
「そして、覚悟しておきなさい。これより先、貴方の進む道には栄光はありません。どれだけの大業を成したとしても、それは誰からも評価されることはないでしょう。人々から冷たい目を向けられても、それでもなお生き続けなさい。これはアバンの使徒の名に泥を塗った償いでもあるのです」
「承知……しました……」
顔を伏せたまま、ヒュンケルはレオナの言葉にそう返すのが精一杯だった。その反応を見届けると、彼女は隣へ目を向ける。
「そして、クロコダイン」
「はい」
跪いた姿勢のまま、獣王はレオナからの重圧をひしひしと感じていた。神妙な面持ちとなったクロコダインを見ながら、レオナは口を開く。
「あなたの罪を裁くのであれば、本来ならばロモスの王が適任なのでしょう。ですが、ここにはいません。そのため、私が仮の判決を伝えます」
パプニカはクロコダインから直接の被害を受けたわけでは無い。そのため、無罪放免とすることも不可能では無いのだろうが、それでは誰よりもクロコダインが納得することはないだろう。
レオナは、ある意味ではヒュンケルの時よりも頭を悩ませつつも言葉を続けた。
「あなたは勇者ダイによって既に打ち倒されています。そのため、その罪を問う事は出来ません」
「な……っ!?」
その言葉を聞いたクロコダインは叫びそうになるのを必死で堪えた。
「その代わり、貴方には使命を与えます」
「……使命……ですか?」
「ええ。先ほどヒュンケルの事を庇う姿は、私の目には人間と変わらぬ様に映りました。勇者一向に教えられたその人の心をこれからも理解し、そして磨くのです。いつの日か、ロモスの王達の前であっても誇れるほどに」
「承知……」
レオナの言葉をクロコダインは、歓喜しながら聞いていた。人と同じように、人の心を理解するということは、彼が人間に受け入れられたように思えたのだ。
勿論、そんな簡単に溝の全てが埋まると思うほど彼は楽観してはいない。だが、そのきっかけの一つとなったように思えていた。
「さて、これで元軍団長であった二人については以上となります。そして最後に、私たちについて」
全てが終わったかに思えた。だがレオナは顔を上げ、この場にいる全ての人間達に語りかけるように言う。
「この二人に害をなすことを禁じます」
その言葉には、有無を言わさぬだけの迫力があった。思わず押し黙る中、さらにレオナは続ける。
「復讐に囚われれば、それは再び諍いを招きます……言いたいこともあるでしょう。暴力に訴えたくなることもあるでしょう。ですが、私たちはそれを堪えて前に進んでいかねばなりません。新たに仲間となった、クロコダインに恥じることのない、手本となるような生き方をしていきましょう」
そこまで言い終えたが、はじめは誰も動くことも口を開くことも無かった。だが、一人の少女が動く。
――パチパチパチパチ……
それは一人だけの頼りない拍手の音。それを聞いて、彼女の弟も拍手をする、やがてその仲間達も、共に戦ったパプニカの兵士達も続き、大きな拍手の音が響き渡る。皆、毒気を抜かれたような表情を浮かべていた。
獣王と魔剣士は俯きながらその音を聞き続け、そしてレオナは笑顔で拍手を続ける人々を見つめていた。
「他にも島で見つけた原石なども入れておるが、幾らになるかはわからん……」
と、何かに使えるかなとコッソリ仕込んでいたブラスの初期アイテム。結果は"ダイの命"というある意味世界で一番高価な物を買えました。ありがとうおじいちゃん。
ヒュンケルの扱い。ここで処刑するわけにも行かず。
"許してやるけれど今は世界の危機だから一生掛けて償え。その働きは当然のことだから、報奨とか期待するなよ。勝手に死ぬ自由すらないからな"
というくらいしかないですよね、大体原作通りにせざるを得ないというか。
生い立ちから何からハード過ぎますよね彼は。
ワニさんも含めて、判決はこんな感じですかねぇ?
本当なら次のシーンも入れるはずだったんですが、次話に回す羽目に。
命の石とお裁きで予想以上に時間掛かってしまって……