レオナの下した判決は、臣民達には拍手を持って受け入れられた。とはいえ、心の底からでは納得し切れない者もいるだろうが、自らの主たるレオナの取り決めである。臣下の兵たちはそれに従い、ヒュンケルとクロコダインに手出しをすることもなく、軋轢こそあるだろうが上手くやっていくことだろう。
ダイたちアバンの使徒にとって、ある意味最大の懸念点であったヒュンケルの処遇も決まり、ホッと一息をついていた頃。時を同じくして、パプニカの民もまた、魔王軍を打ち破り国土の奪還とレオナ姫の帰還に成功したことを祝うため、神殿の跡地でささやかな勝利の宴を開かんとしていた。
この宴は元々、今宵に開催が予定されていたものである。フレイザードと魔王軍の襲来によって多少伸びてしまったが、逆にそれらの勝利をも同時に祝ってしまおうということとなった。
各地から集めた酒や食べ物を用意し、満天の星空の下にて宴は開かれた。
「クロコダイン殿! ささどうぞ!!」
「いやいや、私の杯も受けてください!」
「あ、ああ……ありがたく頂戴しよう」
兵たちがクロコダインの元へと集まり、手にした酒を勧めている。その勢いの前には、さしものクロコダインであっても少々押され気味のようだ。だが兵士達は構うこと無く次々に近寄ってくる。かつて、魔王軍に籍を置いていた頃からでは考えられないほどの歓待だ。
「はっはっは! クロコダイン殿は大人気ですな!!」
クロコダインの隣に座していたバダックは、その様子を見ながら大声で笑う。既に彼の中ではクロコダインに対する恐れなどは微塵も無かった。まるで長年の戦友を相手にするような態度で接しており、その姿を見た兵たちもまた感化されていたのだ。
豪放磊落かつ武人の気質が見え隠れする、いわゆる豪傑のような印象をクロコダインから受けており、また妖魔師団を相手にしていた兵士達の態度も相まって、気兼ねなく接することができていた。
「でも、そんなにお酒飲んで大丈夫なの?」
「心配するな。この程度では酔わんよ」
まるで水を飲むように次々と杯を空にしていくクロコダインの様子を見ながら、ダイはそう尋ねた。だが本人が口にするように、酔いの兆候すら見えない。まるで水を飲むかのように淡々と飲んでいく。
「本当なら、ダイ殿にも杯をお願いしたいところなのですがね」
「勇者様はまだお若く、お酒も嗜まれたことがないと聞きましたので」
「その分だけクロコダイン殿にということですな!」
兵士達の言葉にダイは少しだけ残念そうな顔を浮かべる。デルムリン島からこちらまで飲む機会というものに恵まれず、今まで口にしたことすら無かった。だがこのようなことになるのであれば、少しくらいは飲んでおくべきだったかもしれないと心の中で思う。
「あまり気にするな。酒の味はゆっくり覚えればいい」
そんなダイの顔色から察したのだろう、クロコダインが声を掛ける。そこには年長者としての心強さが見て取れた。兄貴分というのがいれば、こんな感じなのだろうかとダイが思った時だ。
「それに、ダイの分までこうしてオレが飲んでいるからな。もしもお前が酒を飲めたら、これが半分になっていたところだ。それはオレが困る」
先ほどから一転、おどけた口調でそう言うとクロコダインは低く笑う。それにつられて周囲の人々も笑い出した。からかわれたことを理解して、ダイも酒の雰囲気に酔ったように顔を赤らめて笑う。
やがてダイも酒の代わりに果実水を手に輪に入り、宴を自然と楽しんでいた。そして話題はいつの間にか、というか当然というべきか、先の戦いの内容へと流れていく。
「ダイ殿もお強いですが、クロコダイン殿も途轍もない豪傑でしたね!」
「いやまったく! 特にあの大地裂断は素晴らしかった!!」
兵士達は先ほどの妖魔師団との戦いを思い出しながら口々に語り合う。ここでも話題の中心はクロコダインである。アポロやチルノも活躍していたはずなのだが、兵士達にとってみれば呪文で援護する者よりも直接戦う者――特に巨体で暴れるその姿は強烈な印象を与えていた。
「大地裂断、なにそれ?」
その話を聞いていたダイであったが、初めて耳にしたその単語に思わず聞き返す。彼の知っているクロコダインの技と言えば獣王痛恨撃くらいのものだ。
疑問符を頭の上に浮かべるダイの言葉に、クロコダインが口を開いた。
「ああ。ダイの使っていた剣技のうち、大地斬をちょいと真似て斧で使わせてもらったのだ」
「ちなみに、名前を考えたのはワシじゃよ! 剣も使わずに"斬"というのもどうかと思ってのう!」
「ああ、なかなか良い名を付けて貰ったよ。ありがとうよ、爺さん」
「大地斬を……」
バダックとクロコダインの言葉を聞きながら、ダイはそう呟いた。大地斬は力の技であり、その威力は使い手が強力であるほど高威力となる。初めて戦ったときから、森の一角を吹き飛ばす程の怪力を持ったクロコダインが大地斬を使えば、一体どれほどの威力となるのか。それはダイであっても想像しきれななかった。
そしてもう一つ、クロコダインがこれほど簡単に習得したということにも驚かされていた。単純に言ってしまえば、手に持った武器を思い切り振るのが大地斬である。だがそれは、最も楽な動きで最も強い一撃を繰り出すという工夫が必要だ。それを、ほんの少しの戦いと見ただけで術理を看破するだけでなく、僅かな期間で使えるようにまでなる。
クロコダインもまた非凡な才能を持った戦士であった。
「オレがこの技を使っても良いのかと悩んだが、チルノに言われたよ。正義のために使えばアバン殿も許してくださる、とな」
「そっか、姉ちゃんがそう言ったんだ。うん、おれも同じ気持ちだよ」
大地斬は彼の姉から基本的な術理を教わり、アバンに師事した際に細かな指摘点を修正したことで完成した技である。そのため、姉が許可しただけでなく、アバンの志に恥じることのない心を持って使うのであれば、ダイとて異論は無かった。
快く頷くダイの姿を見ながら、クロコダインはようやく本当の意味で大地裂断を使えるような気がした。
「それならばもう大丈夫ですよ! クロコダイン殿は正義に目覚めたのでしょう?」
兵士の一人がそう大声で言うと、周りの者たちも口々に言い出す。そのいずれもが、クロコダインを受け入れる言葉であった。
レオナに言われもしたが、自分がまるで本当に人間の仲間になったような気がして、くすぐったい想いを感じながら酒に口を付ける。それは、彼が今まで味わった事の無いほどの美酒だった。
そんなクロコダインを中心とした場の盛り上がりと比べると、こちらはいささか盛り上がりに欠けていたと言わざるを得なかった。
いや、エイミらハドラーの相手をした兵士達は、自身の罪悪感もあってか交流をしているが、他の二部隊の兵士たちはどこかおっかなびっくりと言った様相である。それでも、レオナの言葉もあってか積極的に交流としようとしているのは十分に驚嘆すべきことかもしれない。
「ヒュンケル、これなんてどうかしら? おいしいわよ」
特にその筆頭はエイミだろう。彼女はヒュンケルの隣に陣取ると、料理を取り分けたり酒を注いだりとしている。甲斐甲斐しく世話をしているようなその姿は、他者から見ればいささかやり過ぎに見えるだろう。
「エイミ……オレに気を遣う必要はないぞ。せっかくの戦勝祝いだ。仲間たちと交流を楽しんだ方が良いだろう」
「そ、そう……? 迷惑だったかしら……」
ヒュンケルもそれを懸念してか、わざと突き放すように言う。だがその言葉はエイミに取ってみれば心外であった。本人としては、他のパプニカ兵たちとの溝を少しでも埋めて接しやすいように動いているつもりなのだ。
「でも、仲間だというのならあなたも私たちの仲間よ。一緒に楽しみましょう?」
「その気持ちはありがたいが、もう既に幾度か杯を貰っている。それだけでもオレには十分すぎる」
もう少しだけでも打ち解けやすい態度を見せれば、それだけでも兵士たちからの印象も変わってくるだろう。そう信じてヒュンケルへと甲斐甲斐しく接していく。
だが彼女の姿は、余人から見れば全く別の意味に映っていた。
「ヒュンケル……」
囲みの外からその様子を窺いながら、マァムが儚げに呟く。彼女の視線の先には、ヒュンケルとエイミの姿が映っている。ヒュンケルを前にして世話を焼くエイミの姿は、彼女の目にはどうしても恋をした者のそれにしか見えなかった。
かつて魔道に落ちたヒュンケルが再び人間たちに受け入れられるように働きかけて貰えるのは、マァムにとっても願うところである。だがエイミの姿を見ていると、マァムの心に言い知れぬ感情が浮かび上がってくる。
まだ恋も知らない少女にとっては、この感情を理解して受け止めて整理を付けろというのは無理難題が過ぎる。結局マァムに出来たことは、不安げな表情を浮かべながら二人の様子を見ることだけだった。
「けっ! そんなに気になるなら、直接行ってこいよ」
「ポップ!?」
誰にも気付かれることなく遠くから様子を見ているだけ――少なくとも自分ではそう思っていただけに、不意に掛けられたその言葉にマァムは飛び上がらんばかりに驚かされた。
「遠くから見ているくらいなら、直接話してこいよ。祝宴の場なんだから、話題なんざ幾らでもあるだろ?」
どこかぶっきらぼうに見えるが、マァムのことを気遣うようにも見える態度でポップは言う。その様子を見ながらマァムは少しだけ悩む。
「で、でも……」
「いいから行ってこい。そんなソワソワしてるんじゃ、見てるこっちが不安になるんだよ」
それでもなお後ろ髪を引かれているマァムの背中を押すようにポップは続ける。それを聞いてマァムはようやく動き、ヒュンケルの方へと歩んでいく。それでもまだ気になるのか、数回ほど振り返っていたが。
その様子をチルノは、笑いをかみ殺しながら眺めていた。
「あー、ったく……どうして、おれはこう……」
「まあまあポップ、そう腐らないで」
マァムの姿が見えなくなった途端、ポップは小声でそう零す。それを耳聡く聞きつけたチルノが手近にあったワインボトルを手にしながら言う。
「代わりにお酌くらいならしてあげるから。はい、お疲れ様」
「ん、おう……って、ちげぇよ! なんでもねぇよ!!」
「はいはい。私は何にも聞いてないから」
必死で強がって見せるポップの様子にチルノはニコニコと笑顔を浮かべる。その言葉通り、彼女はそれ以上何かを言うつもりも話題に上げるつもりも無かった。チルノの様子をしばらく見つめると、ポップは堪忍したように杯を手に取った。
「でもおれ、酒強くねぇぞ」
「一杯くらいは平気でしょ?」
それでも酒に弱いというポップを気遣ってか、チルノは量を少なめに注ぐ。ポップもそれを理解したのか、特に何も言うこと無く軽く呷った。その姿はまるで酒で忘れるかのようである。だがそれでも気になってしまうのか、目は時折ヒュンケル達の方へと向く。
「気になんのか?」
「まあ、そりゃあ……ん?」
突如聞こえた声に頷き掛けて、ポップは言葉を止めた。それは本来ならばこの場で聞こえるとは思っていなかった相手の声である。猛烈に嫌な予感を味わいながらも、ポップはそっと声のした方――後ろを振り返る。
「よう」
「うおおおっ!? マ、マトリフ師匠!?」
そこにいたのは予想通りマトリフであった。いつの間に来たのか、片手には皿に料理を乗せており、もう片方の手には杯を持っていた。その杯には酒が半分ほどまで減っており、それがマトリフが先ほど来たばかりではないことを迂遠に語っていた。
「なんでここに!?」
「そりゃ、魔王軍があんだけ大騒ぎしてりゃ阿呆でも気付くだろうが」
驚くポップを余所に、マトリフはそれを当たり前のように言うと手にしたグラスに口を付ける。二人がそんなやりとりを行っているが、周りにいたパプニカ兵たちは突然の登場人物に驚いていた。ましてやその相手が、かつての勇者アバンの仲間だとなれば。
「マトリフ!? あの噂に名高い!?」
といった具合に、周囲がざわめき立つ。だが本人はどこ吹く風であった。手にした皿から料理を頬張りつつ、それをどこか面倒そうな目で見ているだけだ。遠巻きにマトリフを見るパプニカの人々の列から割って出てくる一人の少女がいた。
「マトリフさん、ですね。初めまして、チルノと言います」
「あん……? ああ、お前がそうなのか」
現れたその少女を胡乱げな表情で見るが、その名を聞くと少しだけ目つきを鋭くする。マトリフのその反応から、チルノもまた彼が何を知っているかを推測するが、ここでは反応を見せることなく平静な態度でいるように務めていた。
「色々とお話を聞きたいのですが、今は宴の席ですので。後日改めてお話の機会をいただけますか?」
「ああ……あと、その妙に堅苦しい言葉使いは別にいらねぇぞ」
チルノの妙に礼儀正しい態度が気に入らないのか、気を遣われるのが嫌いなのだろうか。そう言うとグラスの中身を一息に飲み干してから続ける。
「んで、コイツは役に立ったか?」
「ええ、マァムの危機を救ったみたいです。詳しくはあそこの、マリンさんが詳しいはずですよ」
「なるほどな」
それを聞くとマトリフはマリンの方を見る。マリンは突然自分に視線が向いたことに驚いていたが、マトリフは構うこと無く彼女の方へと近寄っていく。
その日、一人の女性がセクハラ被害を受けたわけだが、世界平和の為に涙を飲んで貰おう。
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やがて宴もたけなわ、盛り上がりは最高潮に達していた。いや、酔っ払いが大量生産されたと言うべきだろうか。酒に弱い者は既に酔い潰れて思い思いの場所で眠っている。
マトリフはマリンからポップの話を聞き終えたかと思えばタダ飯とタダ酒を堪能していた。伝説の英雄マトリフが登場したということで場は一時騒然となったが、レオナの取りなしによって騒ぎにはしないことが取り決められたのだ。今の彼は、酒に酔って大暴れしているところである。
そしてチルノは、そんな喧噪から少し離れた場所に腰を下ろしていた。
「スラリン、疲れちゃった?」
「ピィ……」
「寝ちゃっていいから」
「ピ……ィ……」
彼女の肩の上で船を漕ぐスライムに優しく声を掛けると、自らの膝の上に乗せる。スラリンは膝枕の感触に安心したように目を瞑り、やがてぐっすりと眠ってしまった。
そうして、一人だけの静かな時間が流れていく。宴の熱に火照った頬が、夜の空気にさらされてひんやりと心地良く感じられる。
彼女は片手にグラスを持ち、チビチビと飲んでいく。そこにはワインが注がれており、この世界で初めて口にした酒の味を確かめていた。とはいえ、限界の酒量も分からないため、ペースは極力控えめ。これでもまだ半分も飲んでいない。
そうしてグラスに何度目かの口を付けた時だった。
「あら~、こんなところで壁の花かしら?」
どこからともなく、レオナが顔を覗かせた。彼女は両手にグラスとワインボトルを手にしており、既に何杯も飲んでいるらしい。顔は赤く染まっており、寝ぼけ眼のような瞳に、呂律の怪しげな口調もそれを証明している。
そんな彼女の登場を、チルノは苦笑しながら対応する。
「その花は、お姫様が声を掛けてくれるって信じて待ってただけよ」
壁の花というのは、舞踏会などの際に誰からも誘われることなく壁際に立っている女性のことを差す。それが転じて、輪から離れている女性などのことも差すようになった言葉である。つまるところ、レオナはチルノが一人でいることを心配して顔を出したのだ。
だがチルノはそんなレオナの心遣いを分かった上で、彼女のことを待っていたと言う。それはレオナの興味を引くのに十分だった。
「へぇ~、一体どういうことかしら~?」
楽しげにそう言うと、レオナはチルノの隣に腰を下ろす。仄かに漂ってくるワインの香りに鼻を擽られながら、チルノは口を開く。
「その花からの
「……え?」
その言葉に毒気を抜かれたように、楽しげな表情から一転して冷静な顔をレオナは見せる。レオナの反応を見て、チルノは自身の懸念が間違っていなかったことを悟る。
「間違っていたらごめんなさい。ちょっとだけそう思ったの。でも、その反応を見るとあながち間違ってもいなかったみたいね?」
そう言いながらも彼女は、どこかで自身の予想が外れていて欲しいとも思っていた。もしもレオナが自分の所に来なければ、もう少し後で彼女の元へ行ってそれとなく話題に出すつもりだったのだ。だが、予想が当たってしまった以上は仕方ない。ならば。と、とことん付き合う覚悟を決める。
「話してみたら、案外楽になるかも知れないわ。花はひっそりと咲いて、誰にお喋りしたりは出来ないから」
今この場でレオナが気にすることなど一つしかないだろう。だが彼女の立場がそれを容易に見せられないことも理解できる。
「もしもまだ心配なら……」
本来の歴史では登場しないチルノが、何の因果かレオナとの友誼を結ぶにまで到った。ならば少しでも彼女の力になるべく尽力してあげたかった。他人に聞かれないようにするために、これから話す事が人の耳に届くことの無いようにチルノは魔法を唱える。
「【ミュート】」
「……え!?」
その魔法を唱えた途端、彼女を中心とした辺りの音の一切が聞こえなくなった。すぐ向こうでは、未だに宴で大騒ぎをしているのが見えているのだが、喧噪の一切が聞こえてこない。
まるで世界からぽっかり音だけが抜け落ちたような奇妙な感覚に、レオナは目を白黒させている。
「音を遮る簡単な結界を張ったの。これでこっちの声が聞こえることもなければ、向こうからの声も聞こえないわ」
本来のミュートの魔法は、一切の音を消し去る空間を発生させる効果を持つ。そのため、効果範囲内にいる者は喋ることはおろか、たとえ金属同士を打ち合わせたとしても音を出す事は無い。つまり、敵味方関係なく呪文の一切が使えなくなるのだ。
だが世界の法則に飲み込まれたのか、この魔法も格上の相手には聞きにくく、それ以上に音が生み出されなくなることが原因で、音に頼った察知方法が使えなくなるのだ。
最悪の場合、自分たちだけが呪文を使えず、戦士もいつもとは違う様子に惑わされて本来の実力を発揮できなくなってしまうということすらあり得る。
そのため使用を封じていた魔法であったのだが、今回のような場合は打って付けだった。
チルノはミュートの影響する範囲を限定することで、音を遮る膜のようなものを張っていたのだ。
「今だけは、ただのレオナとただのチルノよ。これなら、気兼ねなく話せるでしょ?」
「うん……」
そこまで至れり尽くせりに配慮されれば、レオナも覚悟を決めたのだろう。いつの間にか、酔いなどどこへやら。その背に負った重圧から介抱されたのか子供のように素直に感情を見せていた。
「チルノ……ヒュンケルのこと、間違ってないよね? あれでいいのよね?」
だがその感情は決して良いものだけとは限らない。一国の代表として今まで見せずにいた気弱な顔が覗かせている。責任感と正義感に溢れ、決断力も兼ね備えた王女の仮面の下には、年相応の少女の顔があった。
「そうね。私も、あれで良いと思う。レオナは未来に繋がる、大事な決断を下したと思うわ。後の世の人にも十分誇れるはずよ」
自身の下した決断であったが、完全な自信など持てようはずもなかったようだ。いや、そもそも人間であるのだ。常に完璧な結果を出すこと自体がそもそも無理なのだ。チルノもそれを理解しているからこそ、自分の持つ未来の知識と当てはめて、レオナの出した答えが間違いではなかったと太鼓判を押す。
「でも、でもあたし、臣下のみんなのことを! みんなの気持ちを無視したんじゃ無いかってずっと不安だったの」
「うん……うん、そうだね」
「そんなに簡単に許せるわけじゃないのに、文句の一つだって言いたいはずなのに!!」
「レオナ」
そこまでヒステリックに声を上げるレオナの言葉をチルノは優しく受け止めていた。本当ならばこのまま全てを吐き出させてやるつもりだった。だが、一つだけ。どうしても気にあることがあったため、チルノは口を挟む。
「……本当に文句を言いたかったのは、きっとレオナでしょう?」
「それは……うん……」
反論を仕掛けて、だがレオナは口を閉ざした。彼女自身も文句を言いたかったのは事実であり、それを否定してもここでは何の意味も無いことを理解していた。
「でもレオナは、何の文句も言うこと無く、ヒュンケルのことを許して受け入れたの。これがどれだけ難しいことかは、皆分かってくれているわ。不安だったら、何度だって言ってあげる。貴方は間違ってなんかいない」
レオナの事を見つめて、真剣な表情でチルノはそう断言する。チルノからの言葉を聞いて、レオナの顔には少しだけ笑みが戻った。その笑顔を確認してから、チルノもまた同じように笑いながら続ける。
「でも、人間としては、ちょっとだけ不合格かな?」
「……え?」
「今は王女の立場なんて忘れて良いって言ったの。一人の女の子としての話を聞きたかった。でも、レオナは王女の立場で喋ってるでしょ? 気を張らずに、立場を忘れて本音で話してくれた方が嬉しかった」
まだ王女の立場に囚われている。それは美点かも知れないが、それでは彼女が本当に弱音を口にしたことにはならない。誰にも相談出来ずにいる辛さはチルノにもわかる。そして、それを受け止めて貰えた時の嬉しさも彼女は知っている。
だからチルノは、レオナに向けて言い続けた。
「私は多分、アバンの使徒の中では一番弱いと思う。卒業の証も貰っていない中途半端な生徒。でも、レオナの重荷を一緒に背負ってあげるくらいなら出来るから」
そこまで口にしたところで、レオナの瞳から一筋の涙がこぼれ落ちた。一度堰を切って溢れた涙はもう止まらない。そのまま感情までもが溢れだし、レオナはチルノの肩に手を掛けると口を開いた。
「お母様は先に……お父様も戦いで……どうして、どうして、あたしを置いて……!!」
「うん、大丈夫。私もダイも、いつだって力になってあげる。皆で力を合わせれば、きっとどんな困難だって乗り越えられるから」
それは涙に紛れて、きちんとした要領を得ない言葉だった。だがその言葉をチルノは優しく頷きながら、暖かい言葉を掛けていく。
やがて、溜まっていた言葉を吐き出し切ったのだろう。レオナは手を放すと今度はチルノに寄り添うとまるで恋人同士のように肩へ頭を乗せる。
「ごめんね、ごめんね……明日からはまた、いつものあたしに戻るから……」
「大丈夫。誰も見ていないから」
右肩に感じる少女の重みを受け止めながら、チルノはそう言った。
彼女の言葉通り、二人に注意を払う者は誰もいない。
ただ、満月と満天の星々だけが少女たちの様子を優しく見守っていた。
短めです。本来なら前話に入れるはずだった内容なので……
全部この暑さが悪いんだ……
レオナさん。
なんだかんだ言って14歳ですからね。辛くないはずがない。
回りは部下でダイは異性。となると、弱音を吐露しやすい相手がいない。なら、同い年の友人相手ならブチまけられるかなって。
(原作でマァム相手に酔って絡んでいたシーンも、そういった弱さを紛らわすためかなと。でもマァムとは初対面だから酒の力で甘えてる。相手は年上のお姉さん、でも友好度が足りてなくてどこか遠慮してたんじゃないかなと妄想)
レオナ父は不死騎団相手に亡くなった。では母は? と思ったが、記述なし。なので母親は彼女が子供の頃に逝去していたと勝手に妄想。
(片親の寂しさもあって、幼少の頃は周囲の気を引きたいためにお転婆な性格。その後(王家同士の交流みたいなので)フローラと出会い、彼女に自身の境遇を重ね、彼女のことを尊敬するようになった。みたいな勝手な捏造過去まで妄想)
ピンクのワニさんの斧版大地斬。
感想でちょこちょこと記載していただいて本当にありがとうございました。
結局"大地裂断"表記で行くことにしました。
(10で出ているという)ある意味公式な名前の誘惑に勝てませんでした。
(ですが、すごく悩ましい名前が多くて驚きました。皆さんセンスあるなぁ……)
問題は、ワニさんはこの技を活躍させられるかって事ですね。