隣のほうから来ました   作:にせラビア

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LEVEL:34 それぞれの決意

フレイザードと魔王軍の襲撃から数日が経った。

ホルキア大陸は人間たちの手に取り戻され、つかの間の平穏を取り戻していた。尤も、パプニカ王国は復興に伴って発生するであろう新たな問題にこれから対面して、頭を悩ませるわけなのだが、今は置いておこう。

 

話を戻す。

ホルキア大陸の海岸沿いに点々と存在する洞窟。そのうちの一つの洞窟の前に広がる海岸にて、二人の姉弟が瞑想を行っていた。弟の方は頭だけで逆立ちのよう逆転した姿勢で座禅を組んでいた。天地逆となっているため、足の上にはゴメちゃんが乗っている。姉の方は普通に座ったままだが、頭の上には同じようにスラリンが乗っている。

これは、呪文を扱う際の基礎的な修行法である。

心を深く静めて意識を集中させ、精神を統一することで、呪文を扱うのに最も必要とされる集中力を高めている。己の中に意識を埋没させて、ただひたすらに続ける。真に没頭していれば周りの事など一切気にならなくなり、他人から見れば"死んでいるのでは?"と勘違いするほど、微動だにしなくなる。

(チルノ)はその点から言って、中々のものだろう。時が止まったかのように動かずにいる。頭に乗せたスラリンも同様に動いていない。軟体のスライムを頭の上に乗せていれば、少しの揺れだけでもスラリンの身体は大きく揺れる。もしもその揺れを感知したら、遠慮無く自分を攻撃して良いとチルノはスラリンに命令している。

だがその命令を受けてから今までの間、スラリンはチルノを一度たりとも攻撃していないのだから、彼女がどれほど深く集中しているのかが覗える。

(ダイ)の方はその点はまだ甘いと言わざるを得なかった。

生来の活動的な性格が災いしているのか、ジッとしているのが苦手なのだろう。上下逆の姿勢となり、ゴメちゃんがバランスを崩すこと無く乗り続けていることから、一応は瞑想の体を為している。だがこれはどちらかというと身体能力やバランス感覚の方で補っているように思えた。

 

そして何より、瞑想をしているはずのダイが目を見開いている。だがそれも無理もないことだろう。彼らの眼前には、二人の魔法使いが今まさに呪文の試し合いを行っているのだ。意識を沈めてなどいられないだろう。

 

「ずいぶん魔法力が上がってきたじゃねえか」

「こっ、このぐらいで驚くなって……!」

 

ポップとマトリフ。二人の魔法使いがそれぞれ口にし合う。だがマトリフはまだまだ余力を残した顔をしているというのに、ポップのそれは追い詰められている様にしか見えない。

 

「ギラ!」

 

不意打ち気味に呪文を放つが、マトリフからすればそれは子供のイタズラのようなものでしかなかった。悠々と反応すると呪文を放って相殺する。その一撃すらも、数日前のポップからすれば放てたかどうかは分からないものだった。

マトリフの地獄の特訓に付き合わされた成果だろう。それを乗り越えていなければ、ここまで長引かせることすら出来ず、初撃で負けていてもおかしくない。

 

「ポップ~~ッ! 負けるな~~っ!!」

 

ダイの声援を受けて、ポップはさらに魔法力を込める。彼の心には、堅い意思と決意がみなぎっていた。少しでも強くならなければならないと願いながら、必死で呪文を操る。

 

なにしろ現在、ホルキア大陸にはダイたちの仲間はレオナを含めても四人しかいないのだから。

 

 

■□■□■□■□■□■□■

 

 

 

フレイザード戦に勝利し宴を終えたその次の日、ヒュンケルとクロコダインはレオナ達に敵の動向を探りに行く事を申し出ていた。

 

「鬼岩城!?」

「魔王軍の本拠地だ。このパプニカを北上したところ、ギルドメイン山脈の奥深くにある」

 

仮設ではあるが、ここはパプニカの王族や兵士などが詰める建物――その中の一室である。中にはレオナを初めとした三賢者に加えて護衛の兵士達もいれば、招集されたダイたちもいる。主要なメンバーが集まったところで、ヒュンケルは鬼岩城へ向かうことを切り出していた。

だが急に「鬼岩城へ向かう」と言われて困ったのはレオナである。オウム返しに聞き返した所を、ヒュンケルは理解できるようにそう付け足した。

 

「ギルドメイン山脈!! そんなところに本拠地があったのですね……」

 

ヒュンケルの言葉を聞いた途端、アポロが声を上げる。だがそれも無理もないだろう。今まで謎に包まれていた魔王軍の本拠地の情報である。逆に言えばそこに攻め込み、敵の首魁を倒すことが出来ればこの戦いに終止符を打つことも出来るのだ。興奮しない方がおかしい。

 

「ああ。オレはクロコダインと共に、奴らの動向を探ってくるつもりだ」

「危険な任務故に黙って行こうかとも思ったが、昨日の宴の事を思い出してな。皆があれほど良くしてくれたというのに断りもせずに行くのは流石に無礼が過ぎる」

 

そう言いながらクロコダインはニヒルに笑う。クロコダインの言葉を聞いて、ヒュンケルもまた無言で頷いた。

 

二人のそんな行動を見ながら、チルノは静かに考えていた。

彼女の知る本来の歴史でも、二人は本拠地の偵察へと向かっていたのだが、宴の席の終盤にて誰にも告げること無く静かに抜け出していた。幸いにもマァムが気付いて二人を追いかけて話を直接聞くことで事なきを得たのだが、もしも誰にも気付かれなければどうなっていたことか。

忽然と姿を消されれば、二人のことは一夜の幻だと勘違いするかもしれない。そうでなくとも、ヒュンケルなどにはあらぬ噂を立てられるかもしれない。レオナから許しを得たタイミングだからこそ、行動には慎重さが求められるはずだ。

そう考えれば、思い直してくれたのは僥倖といえる。ひょっとしたらこれも、二人が本来の歴史よりも人々と深く交わってくれた影響かもしれない。それは決して悪いことではない。

そう考えると、彼女の顔も自然と笑顔が浮かび上がっていた。

 

「でしたら、私も連れて行ってください!」

「エイミ!?」

 

チルノが感慨にふけっていると、急にエイミが声を上げた。直属であるはずの三賢者が名乗りを上げたことでレオナが驚き、アポロとマリンもまた同じように驚愕の表情を浮かべている。

 

「ギルドメイン山脈に向かうのでしたら、海を渡る必要があります。私ならばパプニカ領内でしたら顔が利きますから、船の用意が出来ます。回復呪文だって使えます。決して足手まといにはなりません!」

 

パプニカ王国のあるホルキア大陸から山脈のあるギルドメイン大陸に渡るには、彼女の言葉通り海を渡る必要がある。彼女の提案にのって船を用立てて貰うか、はたまたクロコダインの従魔であるガルーダにでも二人を運ばせるか。

 

「そ、そうよ! 危険だったらいっそ、みんなで行けば……」

 

エイミの言葉に触発されたように、マァムも負けじと口を開いた。だが二人の少女の言葉を聞きながらも、ヒュンケルはそのどちらにも首を横に振る。

 

「いや。気持ちはありがたいが、オレたちだけの方が身軽でいい。任せておいてくれ」

 

本音を言えば、彼女たちの提案を受け入れたいという気持ちも彼にはあった。呪文を操るエイミがついてきてくれれば心強くもある。だがそれ以上に、予想できる危険が大きすぎるのだ。

 

「それに、まだ動いていない男の存在も気がかりだからな」

「バランか……」

 

ヒュンケルはその危険人物のことを口にする。クロコダインにとっても既知の存在であり、彼もまたヒュンケルと同じ事を考えていたのだろう。すぐにバランの名が出ていた。

 

「バラン? そいつも軍団長なのか?」

「ああ、竜騎将バラン――ヤツと配下の超竜軍団は六大軍団の中でも別格だ。リンガイア王国の攻略を任されるほどだからな」

 

ポップの言葉にヒュンケルは頷きながら答えた。リンガイアはかつて城塞王国と呼ばれた北方の国である。強大な国力と精強な騎士達を揃えており、この世界でも指折りの強国の一つである。その攻略を任されるということが、バラン達の強さを言外に示している。

ヒュンケルの言葉に思わず息を呑みかけた一行であったが、続くクロコダインの言葉を耳にしてついに仰天させられた。

 

「ん? ああ、なるほど。お前は知らなかったのだな。バランはリンガイアを一週間で滅ぼしてきたそうだ……もっとも、オレも後で知ったのだが」

「なんだと!?」

 

バランがリンガイア攻略に向かい、その後ヒュンケルがダイ抹殺の勅命を受けた。ハドラーは慌てて残る軍団長を招集したものの、ヒュンケルはこの時点から鬼岩城に戻っておらず、情報を知る機会は無かった。クロコダインは蘇生後に知る機会があり、耳にしていたのだが――

 

とあれ、クロコダインの情報は恐怖でしかなかった。一国を滅ぼしたというのもさることながら、一週間という期間も驚異的である。

そして、それを聞いた者たちが疑問を持つのも当然であった。

 

「そんなに強いのに、どうして昨日の戦いではしかけてこなかったのかしら?」

「わからん……魔王軍でも何か理由があるのだろう」

 

マリンが口にした内容は、この場にいる誰もが抱える疑問であった。皆が黙り込んでしまう

中、唯一答えを知るチルノがおどけたように言う。

 

「案外、ハドラー辺りの内輪揉めだったりしてね。手柄を危ぶんで、とか……」

 

不意に言われたその言葉は、彼女のおどけた口調も相まって一種の清涼剤のような役割を果たした。ありえない。いや、今のハドラーならばありえそうだ、などと口々に言う仲間達に向けて、チルノは続いて冷や水を浴びせる。

 

「自分で言っておいてなんだけれど、あんまり笑えないわよ。魔王軍はまず味方同士の足の引っ張り合いと戦い、その余力を持って人間と戦う――逆に言うと、魔王軍にとってみれば私たちとの戦いなんてその程度……余興の一つとしか思ってないってことだから」

 

その言葉に今度は皆が押し黙る。敵は人間を甘く見ているかもしれないという指摘は、同じ人間たちは元より、元魔王軍であったクロコダインたちにも考えされられるものがあったらしい。

とあれ、全員の心を適度に引き締められた結果にチルノは納得したように頷くと、続けて一つの袋をヒュンケルへと手渡しながら言う。

 

「でも、どう言おうと行くんでしょ? じゃあ、せめてもの餞別よ。受け取って」

「これは?」

「中には薬草が幾つかとキメラの翼が二つ、それと特製の呪符も二枚入っているわ」

「呪符だと……これか?」

 

呪符、という聞き慣れない単語を耳にしたことで、袋を開けて中身を確認する。するとそこにはチルノの言葉通りのアイテムと、二枚の符が入っていた。彼はそのうちの一枚を取り出してまじまじと確認する。隣にいるクロコダインも呪符に興味津々の様子である。

 

「使い方は、呪符を手に持って強く念じれば発動するわ。ちゃんと発動すれば、ダイの居場所が分かるはず」

「居場所を知るアイテムということか!?」

 

当然の様に言われた言葉に、だが全員が驚愕する。この呪符に込められたのはサイトロ――地図と特定の場所を知ることが出来る魔法――である。彼女の秘密を詳しく知らぬ者たちからすれば、それは全く見たことのない未知の呪文を封じ込めた伝説のアイテムに等しく見える。

 

「偵察の結果、もしも異変があったときに、私たちがパプニカにいるとは限らないから。その予防策に、ね。本当は使い捨てにするつもりじゃなかったんだけれど」

 

本来の歴史を知る彼女からすれば、こうなることは予想の範疇である。そのため、生産技能を駆使して空いた時間でこっそり作成していたのだが、それを知らぬ者たちにはチルノの先見性にただ驚かされるばかりである。

 

「それに、敵から見れば幹部クラスの裏切り者が二人も出たとなれば、本拠地の移動もあり得るはず。そうなっても、呪符で位置を確認してキメラの翼を使えばすぐに戻れるでしょう?」

「なるほど。確かにそうだな」

 

拠点の放棄というのも、少し考えれば想像の及ぶ範疇である。だがそうなったらそうなった場合にも、渡したアイテムがあれば情報の鮮度を落とさずに知らせることが出来る。

 

「ありがたい。これは是非とも有効活用させてもらおう」

 

手にした袋を懐へ仕舞いながら感謝の言葉を述べる。

 

「皆、また会おう」

「気をつけて……」

 

そして簡易に別れの言葉を交わし合うと、その身を翻して旅だって行く。その二人を、各々が複雑な表情で見送っていた。

 

 

 

だが、事件はそれだけでは終わらない。二人が旅立ったその翌日、今度はマァムがパーティから別れることを皆に申し出てきた。

大事な話がある。昨日に引き続き集められた仲間達の前で、マァムはそう断りを入れてから、自身の考えを口にしていた。

 

「な、なんでだよ! どうして急におれたちと別れるなんて言い出すんだよ!」

 

丸机を強く叩きながら叫ぶポップであったが、マァムはその言葉を冷静に受け止めていた。

 

「前々から思っていたの。このままじゃ私、絶対にみんなの足手まといになっちゃうって。魔弾銃が無ければ攻撃呪文は使えないし、回復呪文はレオナの方がよっぽど上手」

 

そこまで口にすると、マァムはポップの方を見つめた。

 

「それに、ポップがマトリフおじさんに言われた言葉は、私にとっても色々と考えさせられたわ。それで思ったの、やっぱりこのままじゃいけないって」

「う……」

 

まさか自分が言われた言葉を引き合いに出されるとは考えもせず、ポップは言葉に詰まる。

 

「それにこれは、レオナとチルノも知っていることよ」

「ええっ!?」

 

今度はポップだけでなくダイも驚かされる。二人のことを交互に見つめるダイたちに対して、最初に口を開いたのはレオナだった。

 

「あたしが知っているのは、マァムがチルノに稽古を付けて貰っていること。それと彼女が本格的に修行したいって言い出したことくらいよ」

「だったら、そのままチルノに教えて貰えば……!」

「ごめんねポップ。それも無理なの」

 

文句を言いかけると今度はチルノが口を開く番である。

 

「昨日もマァムの修行に付き合ったんだけれど、もう私じゃ相手にならないの。そもそも私は本職じゃないし、今の段階で教えられることは全部教えちゃったわ」

 

もはや自分に出来ることはない。と言うように手を上げながら言うと、優しく諭すような表情を浮かべる。

 

「三日も保たなかった未熟な師匠だったけれど、その私でも分かるくらいマァムには才能があったの。このまま腐らせるには勿体ないくらいの才能がね」

「ええ、私も見ました。マァムさんが魔影軍団の敵を次々に倒していくところを。たった数日の稽古であれだけの動きが出来るのなら、ちゃんと修行を受ければ……」

 

マリンの思わぬ援護射撃を受けて、さらにポップは劣勢に立たされる事となる。このままではマァムが抜けることになるが、それを止める為の反論が何も浮かばない。

 

「私はマァムにもう教えられないってことを伝えた上で、もっとちゃんとした人に武術を学ぶのか、それとも自己流で鍛えるか。どっちが良いか、昨日マァムに伝えたの」

「でもチルノはその足であたしの所に来て、武術の達人を知らないかって聞いてきたわ。何があったのかはそのときに聞いたのよ」

「二人には本当に感謝しているわ。それで私も考えたのだけれど、やっぱりちゃんとした師匠から学ぶことにしたの」

 

チルノ、レオナ、マァムがそれぞれ何があったのかを口にする。その息の合った連携に、とうとうポップは閉口させられることとなった。

 

「ロモスの山奥には"武術の神様"って呼ばれる凄い人がいるの。武神流のブロキーナって人なんだけれど、その人に師事するつもりよ。あとこれは母さんから聞いたんだけれど、その昔に先生と一緒に戦ったこともあるんだって」

「へぇ、先生の知り合いでもあるんだ……」

「ええ。これならポップにも負けないでしょ?」

「……は?」

 

自分にも負けない、というマァムの言葉の意味が分からず、ポップはマヌケな声を上げる。

 

「ポップはマトリフさんに習ってどんどん強くなっているんだもの。私だって頑張らなきゃ、置いて行かれちゃうわ」

「そ、そうかよ……」

「ええ、そうすればきっと……」

 

それ以上の言葉を、マァムは言わなかった。彼女からしてみれば、自分の想いを貫き通すだけの力を得るための修行である。だがその行為は、逆にポップの中に疑念を呼んでいた。置いて行かれないようにするのも、ヒュンケルのためだと思ってしまうのだ。

確かに自分を目標とされたのは悪い気はしないが、その行き着く先が敵に塩を送る結果では諸手を挙げて歓迎など出来ようはずもない。

 

「ケッ! わかったよ、勝手にしてくれ!」

「ポップ。そんな風に言うもんじゃないわよ……」

 

ついつい口から出てしまう悪態に、チルノは苦笑しながら注意する。だが今の彼に届く事は無かったようだ。そしてマァムはポップのその態度を、自分が後ろ髪を引かれないようにするためのものだと解釈するとクスリと笑みを浮かべた。

 

 

 

「うん。それじゃあ皆、また会うときまでちょっとだけお別れね」

 

そう言いながらマァムは踵を返す。既に出発の用意をしてあったため、楽なものだ。荷物を抱えてラインリバー大陸まで向かうだけである。せめてもの別れの挨拶として、港へと続く街道の途中まで一行は見送ることとした。これについて行ったのは、ダイたち四人だけである。

何度も後ろを振り返りながら街道を進むマァムのことを、四人は姿が見えなくなるまで手を振って見送っていた。

 

「ああ、そうだわ!」

 

姿が完全に見えなくなったことを確認してから、突然チルノが声を上げる。

 

「ロモスへの移動なら、キメラの翼を渡せば良かった。そうすれば移動時間の短縮にもなるし。それに、これが今生の別れになるかも知れないから、まだ伝えたい事もあったんだけどなぁ……」

 

残念そうに口にする。だがそれは誰の目から見ても、わざとらしいものであった。

 

「いけない! キメラの翼は丁度切らしているんだった。今からでも追いかけて、誰かルーラの使える人に送迎をお願いしようかしら?」

「――だったらアポロたちに頼むと良いわよ! あの三人なら誰だって使えるから!」

 

続けられる大根芝居と説明口調に、レオナもすぐにピンと来たらしい。チルノの言葉を後押しするように三賢者がルーラが使えることを口にして、逃げ道を塞ぐ。

レオナの言葉を聞きながら、チルノは少しだけポップの表情を窺う。そして、その様子からもう一押しと判断すると、さらに口を開いた。

 

「そうなの? でも、三賢者の皆さんも忙しいでしょうし……誰か他に手の空いている人がいればいいんだけど……」

 

ルーラを使えば時間を短縮できるという、追いかけるための大義名分があることを教える。その上で、戦いに身を置いているためにいつ死ぬかもしれないということを自覚させ、グズグズしていれば三賢者に頼まれてその役目を奪われてしまうことを意識させる。

そこまで言えば十分だった。

 

「ああ、もう! 分かったよ!! 行けば良いんだろ!! 行けば!!」

 

体よく利用されたというのはポップ本人も分かっている。だがそれでも、彼も追いかけずにはいられなかった。チルノの言葉に気付かされたように、もしかしたら最後の別れになるかも知れない。そう思うと、黙っていられなかった。

マァムがヒュンケルのことを気に掛けているのは知っているが、それでも諦めきれるものではなかった。

そしてもう一つは、エイミの存在だ。彼女は誰の目から見ても明らかなほど、ヒュンケルへの想いを見せている。今のところは全て上手く躱されているようだが、苔の一念という言葉もある。もしも彼女がヒュンケルと上手くいけば――

 

そんな自分の気持ちと少しの打算を胸に秘めて、ポップはマァムの後を追って掛けだして行った。

 

「うーん……自分でやったこととはいえ、下世話すぎたかなぁ?」

「そう? あれでもまだ優しい方でしょ? もっと厳しくガツンと言ってもいいんじゃないの?」

 

ポップの姿も小さくなり声が聞こえなくなったのを確認してから、チルノ達が口を開いた。いくらポップの背中を後押しするためとはいえ、この行動が果たして吉と出るか凶と出るかは誰にも分からない。

やっぱり慣れないことはするものではないと思いながらも、ヒュンケル・エイミ・マァム・ポップという複雑な人間関係がどうなるのか、ドキドキしながら見ている自分がいるのもまた事実なのだ。

そんなことを考えながらもチルノは、しばらくレオナと恋の行方を予想しあうお喋りに興じることにした。

そしてダイはというと、初めて見た姉の姿に少しだけ戸惑いを浮かべていた。

 

 

 

しばらくした後、ルーラで二人が飛んでいく姿が見えたが、やがてポップ一人だけが戻ってきた。どのような結果になったのかは、チルノにも分からない。既に本来の歴史からかけ離れた道を進んでいるため、彼女が知る結末と同じ道筋を辿るとは思えなかった。

だがそれでも、勇気を司る彼の事だ。少しは何か進展があったのだろう。

帰還後、これまで以上に熱を入れて修行を行うポップの様子を見ながらチルノはそう考えていた。

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■

 

 

 

「さてと……おい、待たせたな」

 

マトリフの言葉が掛かると、チルノは瞑想を止めた。意識を浮上させ、目をゆっくりと開いていく。彼女の眼前に広がっていたのは、勝負に負けたポップの姿といつの間にやら瞑想を止めてポップを心配しているダイの姿。そして、すぐ近くで自分を見つめているマトリフの姿であった。

 

「いえ、こちらこそ。お疲れのところに無理を言ってすみません」

「気にすんな。こっちもお前さんはちゃんと見てみたいと思ってたんだ」

 

スラリンを胸元に抱きかかえながら、チルノは軽く頭を下げる。だがマトリフは面倒そうに手を振ると、着いてこいと言わんばかりに歩き出す。砂浜で座っていたためについた砂を手で払いながら立ち上がり、彼女もまたマトリフの後を追うように歩き出した。

 

「なんだ師匠、今度はチルノの特訓かよ?」

「あん? まあ、そんなところだ。おめえらは修行の続きでもしてろ」

 

ポップのからかうような言葉にもマトリフはまともに取り合うことなく適当に流す。珍しい事もあるもんだと思いながらも、ポップは師の言葉に従い、ダイを伴って修行を再開する。

 

そして一方のチルノたちである。マトリフは住居としている洞窟の奥まで進むと、椅子へ腰掛けた。

 

「とりあえず、その辺にでも座ってくれ」

「は、はい。失礼します」

 

チルノは勧められるがままに腰を下ろすが、初めて見る部屋の様子にどうも落ち着かない。何しろ見たことも無いような摩訶不思議な品々が多種多様に積み上げられているのだ。これを見ながらくつろげ、と言う方が難しいだろう。

とりあえず気分を落ち着ける為にスラリンを膝の上に乗せ、優しくなで回しながらマトリフを見つめる。

 

「さて、とりあえずお前さんのことはアバンから聞いているぜ」

「やっぱり、先生はマトリフさんと会えたんですね」

 

デルムリン島を出立する前のアバンと話をしていたことを思い出し、無事に出会って話を付けてくれたのだとわかり、チルノは安堵していた。幾らアバンといえども、不測の事態は起こるものである。

 

「ああ。急にここへ来たかと思ったら、たいして話もせずに一方的にお前らの名前を出して、面倒を見てくれと言ってきたぜ。全く……あの野郎でなければぶっ飛ばしているところだ」

「え、たいして話もせずに……?」

 

だがマトリフの発言にチルノは少しだけ動きを止めた。嫌な予感がするが、聞かずにはいられない。

 

「あの、マトリフさん……アバン先生に頼まれた事って、何なんでしょうか?」

「あん? そのうち、ダイとポップとマァムとチルノって名前の連中が来るはずだから、そのときには最大限に力を貸してやってくれ。ってのと、同じ魔法使いのよしみでポップには特訓をしてやってくれ。詳しい理由は、チルノから聞け。ってところだな」

「先生……」

 

伝えられた内容を耳にしながら、チルノは頭を抱えた。説明は全て自分に一任されたのだと思い、思わず気が遠くなりそうになる。だがなんとかプラス思考に切り替え、当事者に話をさせる事で余計な先入観や誤った事実を与えないためにしたのだろうと、自分を納得させることで気力を復活させる。

 

「わかりました。では、詳しい事情をお話させていただきます……」

 

そう言うと彼女は、まず自身の秘密を語り始める。アバンとブラスに続き、この世界に三人目の共犯者が産まれた瞬間でもあった。

 

 

 

「なるほどな。にわかには信じがたいが……」

「ええ。私も逆の立場なら、多分信じないと思います。ですので、多少なりとも信頼に足る情報を――」

 

そう言うとチルノは両手を横に広げ、自身の正面で軽く打ち合わせる。一本締めのような動きをしたかと思えば、続いて左手を前に、右手を後ろへと移動させる。まるで弓を引くようなその構えにマトリフが眉根を寄せた時だった。

 

「……メドローア」

「ッ!?」

 

その言葉を聞いた途端、マトリフの表情は驚愕に彩られる。何しろチルノが口にしたのは、彼が編み出した最強の攻撃呪文の名前である。この世界にはマトリフ以外には使い手はおらず、その存在を知る者も極少数――それも彼が信頼している人物だけ――しかいない。

 

「対抗するには、マホカンタを使うか同じ呪文で相殺するのみ、でしたよね?」

「……なるほどな。まんざら嘘って訳でもなさそうだ」

 

チルノの言葉にマトリフは背もたれに身体を預けるように深く座り直す。

 

「少しは信じて貰えましたか?」

「ああ。その呪文(メドローア)を知っているのは、もはや世界中を探してもアバンとブロキーナくらいだ。仮にそのどちらかが教えたんだとすれば、お前はあの二人にその呪文(メドローア)のことを教えても問題が無いと認められたってこった。それに、アバンがお前から理由を聞けって言ってんだ。信じさせて貰うぜ」

「ありがとうございます。では次に、この世界について――」

 

そう前置きをすると、今度はこの世界がこれから辿るはずの歴史について話し始めた。そして同時に、自分が介入したことで必ずしもこの通りの歴史を辿らないだろうということも口にする。

 

「――魔界の神とまで呼ばれる大魔王バーン。その配下の存在に加えて、(ドラゴン)の騎士までもが敵に回る……かと思えば、ダイのヤツも(ドラゴン)の騎士……」

「信じ難いかも知れませんが……」

「いや、今更疑いはしねぇよ」

 

そう言いながら腕を組んで唸るように目を閉じた。頭の中で、先ほどのチルノの話を反芻しているのだろう。

 

「しかし、想像以上にとんでもねえ事態になってたのな。かと思えば、それに自分から首を突っ込んでやがるのか」

「あはは……そこは、ええ。自分で決めたことですから。覚悟はしているつもりです」

 

苦労を背負い込むと分かっているのに、自分から介入していく。そのことを咎められた様な気がして、チルノは愛想笑いをしながらも自身の意思をはっきりと口にする。

 

「ならいいけどな。テメエで決めたことなんだ、最後まで責任持つんだぞ。ただでさえお前は、未来の知識って言う圧倒的に有利なものを持っているんだ」

「え、あ……はい!」

 

だが彼女の予想に反して、マトリフはあっさりとそう口にする。その様子に驚きながらも、チルノは自身の記憶からマトリフがこういう性格だったのだと納得する。それに、こういったやりとりはアバンと散々やったこともマトリフは理解しており、ならばこれ以上似たような問答は時間の無駄だと悟っているのだろう。

 

「さしあたっては、次の軍団長に対する備えか。たしか……」

 

そこまで口にしてから、マトリフは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。その様子を見ながら、チルノもまた同じような表情を浮かべていた。

 

「はい。予定通りならば次は竜騎将バラン……(ドラゴン)の騎士にして、ダイの実の父親です……」

 

その言葉に、マトリフは自分の記憶が間違っていなかったことを理解して、一つため息を吐く。

 

「勝算はあるのか?」

「……わかりません。出来ることはやってきたつもりですけれど、そこまでやっても(ドラゴン)の騎士の力は驚異だと思います」

 

チルノとしては、例えバランであっても互角に戦えるようにダイを導いてきたつもりである。それでも力が足りないことを危惧して、仲間達も強くなるように手を回してきたはずだ。だがそれはあくまで机上の空論。実際の(ドラゴン)の騎士とぶつかった事も無ければ、どれだけの力を持っているのかも知らない。

 

「でもせめて、最悪の事態は回避させてみせます。それと、可能であれば親子で争うことの無いようにしたいんですが、そこまでは難しいかと……」

 

そこまで理解した上で、チルノは現状を鑑みての結論を口にする。彼女の印象では、バランは部下を率いては恐るべき相手だが、自分が戦う時は史上最強の(ドラゴン)の騎士であるという自信からか、慢心する部分がある。

彼女はそこを狙うつもりであった。初戦に全力を賭けて、そのまま説得する。目論見が外れても、本来の歴史にあったダイの記憶を奪われることだけは阻止するつもりである。

 

だがチルノのどこか控えめな言葉を耳にすると、マトリフを椅子からゆっくりと立ち上がった。

 

「そうか……よし、ちょっと表に出ろ」

「え?」

「修行だよ、修行。ならその可能性を僅かでも上げるには、それしかねぇだろ? とはいえ、ポップのついでになっちまうがな」

「いえ、ありがとうございます。そもそも私の修行方法は、どれが正しいのかも明確には分かっていませんから。だったら、できることは何でもやっておきたいですから」

 

マトリフから手ほどきを受けられるのならば、チルノとしても願ったり叶ったりだった。色々と出来ることがあるが、彼女の主力は魔法を使うことをである。ならばマトリフの修行を受けるのは決して無駄ではないと思っていた。

 

「それに、世界一の魔法使い――いえ、大魔道士マトリフさんの修行なら、間違っていることもないでしょうし」

「へっ、抜かしやがれ」

 

やがて、軽口を叩き合いながら二人は外に出ていた。今いるのはポップ達が修行をしているのとはまた別の場所だ。チルノにしても未だ秘密にしておきたい魔法もあるだろうし、それにポップ達にも下手に見せるべきでは無いと判断していた。

 

「とりあえずは、お前がどこまで出来るかの確認からだ。ポップとやり合ってたみたいに、実戦形式を取ることになるが問題ねぇな?」

「はい、よろしくお願いします!」

 

この世界に存在する呪文とは全く異なる体系を操るチルノでは、修行中の身であるポップ達に下手をすれば悪影響を与えるかもしれないという配慮からである。

そのため、チルノを応援しているのはスラリンのみ。つい先ほどまで繰り広げられていたポップのそれと比べればなんとも寂しい応援を受けながら、チルノの修行は開始された。

 

 

 

――強い! 分かっていたけれど、こんなに差があったなんて!!

 

修行――と言うかチルノが現状どれほどの事が出来るかの確認が始まってから数分後。砂地で四つん這いになったように手足をつき、荒く呼吸をしながら彼女はマトリフの強さをその身に味わっていた。

 

最初の数分はマトリフも様子見に回っており、積極的に仕掛けてくることは無かった。チルノもそれを理解しているからこそ、自分の実力を見せるためにファイラやブリザラに加えて、サンダラやグラビデといった魔法を見せる。

続いてエアロラにアクアブレスまでを見せたところで、マトリフは「そろそろいくぞ」と言ったが早いか、チルノへ向けて攻撃を仕掛けてきたのだ。

 

そこからは一方的な戦いとなっていた。マトリフの呪文をチルノは必死で迎撃しつつ、隙を見ては反撃の魔法を放つものの、その全てがまるで見透かされているかのように対応される。気付けば一分も耐えきることもなく敗れていた。

基礎魔力の差に加えて、発動の早さでも負けており、数々の経験から来る対応の柔軟さにも目を見張るものがある。高齢であることに加えて、先ほどポップと手合わせをして少なからず疲弊しているはずなのにも拘わらずこれである。

全力ならば果たして十秒も耐えられないのではないかと、チルノは僅かな手合わせから判断していた。

 

「なるほど。色々と出来るみてぇだが、決定力が足りねぇ。今は良いだろうが、未来の事を知った以上はそれじゃ力不足と言わざるを得ねぇな」

「あははは……仰る通りです。皆の力になるために色々とつまみ食いを……」

 

本来の歴史では不足していた後衛の層を厚くするため、各種魔法を覚えるための修行を積身重ねる。かと思えば、ダイの剣術の相手をするために剣技を学ぶ。それでいながらマァムの未来のために格闘術を学び、支援のために生産技能まで磨く。

ついでに平行して家事までこなしていたのだ。

そのどれもが得意と言えるが、誰にも負けないと胸を張れるような突出したものが見られないのも事実であった。

 

「やっぱりか。魔法使いにしちゃ動きが良すぎる。だが見た感じ、戦士としての技量も中途半端ってところだな」

 

僅かな時間の手合わせからそれを見抜くのだから、マトリフもやはり伊達に年齢を重ねているわけではなかった。

 

「まあ、その口ぶりから自分でも察している見てぇだからな。ならオレから言うことはねぇよ。安心しとけ、重点的に鍛え直してやる」

「それはひょっとして……戦士としても、魔法使いとしても、ということですか?」

 

まさかの考えが脳裏を過り、チルノは恐る恐る尋ねる。

 

「馬鹿言うな。オレがどうやって戦士の修行を付けてやれるんだよ? あっちこっち飽きっぽく修行していた結果が今の状態なんだ。一本に絞ってやるに決まってんだろ?」

「そ、そうですよね……」

 

その言葉に少女はホッと胸をなで下ろす。元々マトリフに修行を付けて貰えれば、自分の未熟な魔法ももっと伸びるだろうという算段を持っていたのだ。だが誰に向けてでもない言葉を耳にしてしまい、思わず硬直する。

 

「……そもそも時間が足らねぇ」

 

そう呟いたマトリフの言葉を、とりあえず聞かなかったことにしておこうとチルノは心に誓った。

 

「まあ、今日の様子見である程度は分かった。明日からしごいてやるから覚悟しておけ」

「はい! よろしくお願いします!」

 

残っていた力を振り絞って立ち上がると、立ち去ろうとしていたマトリフへ向けて深くお辞儀をする。そこまでは良かった。仮にも師の立場として敬っているのだ。頭を下げることは何の問題もない。

問題があったとすれば、もっと別のことである。

 

「……え?」

 

突然感じたお尻の違和感に、思わずチルノは声を出す。下げていた頭を上げ、辺りを見回すが、マトリフの姿はない。その事実が逆に彼女へと警鐘を鳴らし続ける

 

「んー、ダメだな。モチモチしてるが、マァムと比べるとボリュームが足りねぇ。ちゃんと飯食ってるか?」

「ひゃああああああ!?!?」

 

今度は先ほどよりもはっきりと、お尻を鷲掴みにされた感覚が襲い掛かり、チルノは悲鳴を上げながら振り返り、後ろへと下がる。そこで彼女が見たものは、マトリフがスケベな表情を浮かべながら中空で片手をワキワキと動かしている姿であった。

数瞬前までマトリフの手の位置に何があり、そこで何をしていたのかは想像に難くない。

 

「なっ、何するんですか!!」

「何って、あんなにケツを突き出しているんだ。触らなきゃ失礼ってもんだろ?」

 

彼女自身、これまでの真面目な態度からつい忘れていたが、マトリフはこういった行動を取るのだ。とはいえそれはもっと肉感的な女性――マァムやマリンなど――がターゲットとなり、自分には魔の手が襲い掛かる事は無いだろうとタカを括っていた。

その結果がこれである。

チルノが頭を下げていたのを良いことに、マトリフは遠慮無く彼女のお尻を堪能したのだ。とはいえこれは月謝代わり、野良犬にでも噛まれたと思って諦めるべきだろうかとチルノが達観した考え――諦めたとも言う――をしていた時だった。

 

「ピィ!!」

「あん、なんだスラ公?」

 

マトリフの前に立ち塞がるようにして、スラリンが立っていた。普段は笑顔しか見せないようなその温和な瞳が、今は怒りに染まっているのがはっきりと見て取れる。鳴き声も普段の何倍も力強く、スラリンの心中を良く表現していた。

そんなスラリンの様子を見て、マトリフは得心がいったとばかりに口を開く。

 

「なるほど、チルノを守る騎士(ナイト)ってわけか? ナハハハ!! その威勢は買うが、スライム程度の実力じゃ……」

「ピイイイィィッ!!」

 

余裕綽々だったはずの言葉は、続くスラリンの行動によって強制的に中断させられた。鋭い鳴き声と共にスラリンの口からは紅蓮の炎が吹き出し、マトリフへと襲い掛かったのだ。

 

「うおおおっ!?」

 

それは、とても弱い火の息に他ならない。だが、まさかスライムが炎を吐くとは思ってもいなかったマトリフは反応が遅れ、大慌てで火の息を避ける。その甲斐あってなんとか回避には成功したものの、砂浜に尻餅をつくというなんとも情けない格好になっていた。

 

「な……? な……?」

「スラリン!? い、今のって……?」

「ピィ~?」

 

信じられないものを見る目でスラリンを見つめるマトリフ。そしてチルノもまた相棒であるスライムの突然の行動に驚き、スラリンを掬い上げながら尋ねる。だがスラリンは自分も何も分からないと言った顔で、脳天気な声を上げるだけだった。

 

「おでれーたな、まさかスライムが炎を吐くとは……何か変なモノでも食ったか?」

「変なモノって、マトリフさん……そんな馬鹿なことあるわけないじゃないですか」

 

ローブについた砂を手で払いながら立ち上がりつつ、マトリフはそう言う。だがそれを聞いたチルノは頭ごなしに否定する。

 

「いや、そうでもねえぞ。スライムは変質しやすいからな。こんな環境にいるんだ、どんな影響を受けているかわかったもんじゃねえ。お前は何か心当たりはあるか?」

「うーん……」

 

そう言われて思いつくのは、獣使いや魔獣使いと言われる職だった。モンスターを配下として、時にその力を限界以上に引き出すその能力ならば当てはまらなくもない。だがスライムに炎を吐かせる程の力があるのか? そして自分はいつそれだけのことしたのか。疑問は尽きない。

 

「まあ、原因を突き止められねえんなら仕方ねえだろ。意表を突く奥の手が手に入った、くらいに考えとけ」

「はい……」

 

マトリフの言葉に、チルノは曖昧に頷く。

 

 

 

「そういや、まずはドラゴン共が襲い掛かってくるんだったな?」

「はい、そうですけれどそれがなにか……?」

 

修行を行っていたとある日、マトリフが急にそんなことを口にした。その言葉から、次に戦うであろう敵のことを言っているのだと理解したチルノは、師の意図が分からずに肯定しつつも聞き返す。

 

「なに、ポップがどれだけのことをしたのか、ちと気になってな」

「なるほど」

 

なんだかんだ言っても、師として弟子の活躍が気になっているのだろう。弟子に「横暴が服を着て歩いているような」とまで評されながらも、心の奥ではこうして気に掛けているのだとわかり、少しだけ嬉しくなった。

言葉も軽く、チルノは記憶を辿りながらポップの活躍を語り始める。

 

「えーと、ポップはまずベンガーナで五匹のドラゴンを相手にベタンの呪文を使いましたね。でも二匹仕留め損なって……」

「ほう……このマトリフ様の弟子になっておきながら、トカゲの五匹も仕留められねぇってか……」

 

その言葉に、チルノは自身の失言に気がついた。だが時既に遅し、もはや弁明の余地はなかった。

 

「あの……死なないようにお願いしますね……」

「おうよ、任しとけ」

 

せめてもの懇願に、マトリフはとっても良い笑顔で返事を返す。チルノは、ポップにもっと優しくしてあげようと心に誓う。そして、このことは一生秘密にしておこうともこっそりと誓っていた。

 

 




-追記-
感想にて「メドローアはブロキーナも知ってるよ」「エイミはルーラが使えないよ」という、とってもとってもありがたいご指摘をいただきました。
のでコッソリ修正。
(メドローアはマトリフ以外知らない。三賢者は皆ルーラが使える。と思い込んでました。私の知識ガバガバすぎる……
そして「エイミはルーラが使えない」指摘のおかげで、原作でバルジ島から逃げる時に「アポロはFFBで負傷。マリンは顔面火傷で負傷。だからルーラで逃げられなかった」ということに今更気付きました……もう私、ダイ大ネタ書く資格ないんじゃないかな……)


最後のは、なんだこれは……

三人は大体台本通りに動かしました。
(ヒュンケル組に鬼岩城は手足が生えて死の大地に引っ越したよって伝えるべきだったかな?)
マァムは早く気付いて意識したので、台詞含めて色々変わっている(はず)その影響で色々違ってます。

チルノさん、ようやく自分のために成長できます。新ジョブを覚えさせようかとも思いましたが、やっぱり魔法系で突き詰める方向で(強くするなら忍者で良いんでしょうけど)
でも最大の敵はセクハラです。
そしてスラリンは謎のファイアブレス……メイジキメラと炎の吐き合いしそうで怖いです(ネタが古い)

次からようやくバラン編になるはずです。

実の親(バラン)VS 育ての親(チルノ)
二人の親による子供(ダイ)を巡る親権問題が勃発する。
南町奉行所の名奉行、大岡・バーン・越前が提案した「それぞれが子供の腕を持ち両方から引っ張れ」というお裁きの真意とは!?
(なおバランは竜魔人になって全力で引っ張り、あの世から押っ取り刀で駆け付けてきたソアラさんにガチ説教される模様)

……多分こんな感じになると思います(大嘘)

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