隣のほうから来ました   作:にせラビア

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LEVEL:35 お買い物に行こう

その日、鬼岩城は大きな騒動に包まれていた。

玉座に飾られている六芒星――それは、六大軍団の存在を表す指標でもあった。だが邪悪なる六芒星は現在、その輝きを半減させていた。

 

「クッ……フレイザード!! ダメだったか……!!」

 

その六芒星を眺めながら、ハドラーが忌々しげに呟く。ミストバーンの手によって新たな肉体を得て蘇ったハドラーであったが、肉体が安定した途端に見たものがコレである。

六人の軍団長のうち、クロコダインとヒュンケルは離反。フレイザードは消滅したことにより、六芒星を構成していた三角形の一つが消失する。それは、忌々しくも魔王軍が半壊していることを意味していた。

この異常事態を知らせに来たアークデーモンや、ハドラーと連れ立っていたミストバーンも同じ結論に達して、悲観的な様子を見せる。

 

だが、弱り目に祟り目。ハドラーにとってはそれ以上に厄介な事態が襲い掛かる。

 

「どうやら、魔軍司令殿は失敗したようですな」

「ば、馬鹿な貴様は……バラン!? 何故ここに!?」

 

玉座の間の入り口の方から聞こえてきた声に、ハドラーは思わずその身を竦ませた。フレイザードの復讐戦に乗った際、ハドラーは自身の保身からバランを遠ざけていた。カール王国への侵攻を命じ、その間にダイたちを打ち倒す予定だったのだ。

だがその目論見は失敗に終わった。フレイザードは打ち倒され、攻撃に参加させた妖魔師団と魔影軍団は大打撃を受け、ザボエラも負傷により一時的に前線を退く結果となった。

 

それでも――ハドラーの目論見では――バランがカール王国を滅ぼすにはもっと時間が掛かる計算だった。かつての大戦における勇者アバンの出身国であるカールは、現地上戦力では最高峰と言って良い。如何に屈強な竜の群れを従えていようとも、攻略は並大抵のことではないはず。その間に新たな手段を講じて、ダイを抹殺する腹づもりだった。

だが、その計算が足下から音を立てて崩れていく。そんな錯覚を味わっていた。

 

「おや、まるで私がここにいては問題があるような言い方ですな」

「い、いや……そのようなことはない。ただ、どうしてここにいるのかと思ってな。カールの攻略はどうした?」

 

何らかの理由で一時的に戻ってきていただけであれば、任務を理由に幾らでも引き延ばせる。淡い期待を胸にバランの言葉を待つが、返ってきたのは最悪の言葉だった。

 

「フン、あと数日もあれば落とせていたが……火急の用事と聞いてな。こうして戻ってきたのだ」

「数日、だと!? 何をデタラメを!! いや、それよりも火急の用事とはどういうことだ!! 一体誰がそのようなことを……」

 

王国攻略の命令を下してから、まだ日数は殆ど経過していない。にも拘わらずカール王国が陥落寸前であるなどと、ハドラーには信じられるものではなかった。

そして、それ以上に聞き逃せない言葉がある。バランの言葉を信じれば、彼に鬼岩城へ戻るように指示した者がいるのだ。だが、軍団長であるバランを動かすことの出来る人物などハドラーには想像できなかった。

同じ軍団長であるミストバーンとザボエラがまず候補として浮かぶが、そのどちらもが鬼岩城にいるため、それはあり得ない。

すると突然、剣呑な雰囲気を漂わせる二人の間を割って裂くように、笛の音が響く。

 

「このメロディーは、死神の笛の音……?」

「…………」

 

突如として流れ出した笛の音に毒気を抜かされつつも、ハドラーは辺りを見回す。するとバランの後ろから一人の男がゆっくりと歩み寄ってきていた。

 

「呼んだかい?」

「しっ、死神……?」

 

さながら道化師のような奇抜な格好で頭の先からつま先にまでコーディネイトされており、顔は薄笑いを浮かべたような仮面で覆われているためその表情は計り知れない。肩には使い魔のひとつめピエロを乗せている。

この男は誰だ? 果たして魔王軍では、今までこんな相手を見たことがない。いぶかしげに思いながらも漂ってくる雰囲気はハドラーを持ってしても得体の知れない恐怖を感じる。そして手には笛としての機能を兼ね備えた大鎌を持っている。

異様な気配と格好、そして手にした鎌を見たハドラーは、知らず知らずのうちに死神と零していた。

 

「キル……!」

「!?」

「おや、ミスト。ハドラー君にボクのことを紹介してくれるのかい?」

 

目の前の男を見て、ミストバーンが口にする。寡黙な部下が発したどこか親しげなその言葉にハドラーは驚かされた。

 

「でも大丈夫。ハドラー君は名前を聞けばきっと知っているさ。ということで改めて、ボクの名前はキルバーン。キミたちには"死神"って言った方がわかりやすいかな?」

「お……お前がキルバーンだと……!」

 

その名前はハドラーも聞き覚えがあった。大魔王バーン直属の殺し屋として暗躍し、その意にそぐわぬ者を闇に葬る存在である。

 

「お前の事は知っている、知っているがなぜ鬼岩城に……!?」

「なぜだって? 酷いなぁハドラー君。君が聞いたんじゃないか、バラン君に緊急の用事があると伝えたのは誰か、ってね」

「ぬ……」

 

死神登場という衝撃に忘れかけていたが、そもそもの話題はそれであった。だが、その答えがまさか目の前のキルバーンから返ってこようなどとは夢にも思っていなかった。

 

「いやぁ、大変だったよ。本来の用事を済ませる前に、バラン君をお迎えに行く必要があったからね。しかも行ったら行ったで、ボクのことを全然信じてくれないんだもの」

「ヒドイヒドイ!」

 

カールへと向かい、バランを直接呼び寄せる。だが闇の存在であるキルバーンはバランが顔を知っている相手でもないため、会うことすら大変であったようだ。苦労したと恩着せがましく言えば、使い魔のピロロが肩の上で同意するように憤慨する。

 

「本来の用事、だと……!? それは一体……」

「だから、今からその用事を済ませるのさ」

 

そう言いながらキルバーンは懐から一本の鍵を取り出すと、この場にいる全員へと見せつける。一見すればただの鍵としか見えないが、鍵の頭の部分にはバーン軍の紋章が刻まれている。それはハドラーには見覚えのあるものだった。

 

「そっ、それは……バーンの鍵!!」

「裏切り者の軍団長たちは、この鬼岩城の場所を知っているからね。ただちに移動せよとバーン様の命令なのさ」

 

鍵を手の中で玩びながら、玉座の間をゆっくりと進み、六芒星に囲まれた紋章へと向かう。

 

「でも、引っ越しをするにしても転居先が分からないんじゃ、バラン君が仲間外れになっちゃうからね。わざわざこうして呼び寄せたってわけさ」

 

そしてバーンの鍵を紋章の口へと差し込み、ゆっくりと回す。

 

「後から教えても良かったんだけど、どうせなら一緒に体験して貰った方が楽しいだろう? こんな一大イベントは中々無いよ」

 

まるでキルバーンの言葉を肯定するかのように、鬼岩城が振動を始めた。もしもハドラーたちが鬼岩城を外から眺めていれば、城から手足が生えていき、そのままゆっくりと立ち上がっていく様を見ることができただろう。

 

「さあ、これでボクの用事は済んだ。ここからはバラン君のターンだよ」

「あ、ああ……」

 

なるほど、これほどのことであればキルバーンが呼び寄せたこともバランは頷ける。だがまさか城そのものを動かすとは、バランを持ってしても想像の埒外であり、あっけにとられてしまったようだ。キルバーンに促される形で、バランは口を開いた。

 

「勇者ダイ討伐は、次こそ我が超竜軍団が向かわせてもらうぞ。魔軍司令殿?」

「な、ならん! ならんぞ!! 現在も抹殺計画は進行中だ! そもそも貴様にはカール攻略の任がまだ残っているだろうが!!」

 

事情を知るハドラーにしてみれば、ダイとバランを会わせることだけはどうしても避けたいことだ。そのため、どうにか難癖を付けてバランを引き剥がそうとする。だが、既に一度任務から外されていることもありバランもそう簡単には引き下がらない。

 

「その任務を遂行しに行けば、また私を抜きで動くつもりなのだろう?」

「いや、そのようなことは……」

「解せぬ……どうにも解せぬのだよ」

 

言い淀むハドラーを見ながら、バランは口を開く。

 

「最初は自らの手で雪辱を果たしたい。さすれば、大魔王様からの信頼回復に繋がる。だからこそ私を遠ざけているのでは? そう考えていた。だが既に事態は、そんな悠長を言っていられる場合ではなかろう?」

 

そこまで言うとバランは六芒星にチラリと視線を向ける。既に軍が半壊した証拠でもある光を失った三角形がそこにはある。

 

「もはやダイは魔王軍にとって明確な驚異だ。誰が倒したとしても同じはず」

「それはどうかな?」

 

それまで沈黙を守っていた死神が、不意に異論を挟んだ。

 

「何しろ相手は軍団長を三人も下しているんだよ? つまり、今の勇者の首の価値は天井知らずに跳ね上がっている。そこを勝手に手出しされたら――既に失敗しているハドラー君は別としても――他の軍団長はどう思うかな? ねぇ、ミスト?」

 

仲間への根回しもなしに、勝手に動くのは問題があるだろう。そう遠回しに警告をしているのだ。ミストバーンの事を知るキルバーンにしてみれば、そこは懸念点の一つであった。

 

「……それが大魔王様のご意志であれば……」

「つまり、積極的に動く気は無い。と捕らえて良いな?」

「…………」

「沈黙は肯定と見なすぞ」

「へぇ……」

 

――ということは、まだ勇者ダイは驚異と見なされていないってことかな?

 

バランとミストバーンのやりとりを見ながら、キルバーンは心の中でそう結論づけた。もしも密命が下っていれば、あのような態度は取らないはず。むしろバランの後押しをしても不思議ではない。だが出した答えは、消極的賛成である。

ならば、もう少し関与するのも面白いだろう。そう思いながら、再びやりとりへと意識を戻す。

 

「まて! まだザボエラがいるではないか!!」

「ザボエラはこの場にいない。有事の際に不在で機会を失した者が、権利を主張できると思っているのか?」

「ぐ……っ」

 

どうにか時間を稼ごうとするが、その薄っぺらな考えはバランの一言で切って捨てられた。前述のように、ザボエラはパプニカ襲撃の際に受けた傷――無数の細かな刺傷を受けた――

が原因で、現在療養中である。それどころか、これが原因となって前線に出て傷を負う事を嫌う性格が強く出てしまったようだ。

そんな臆病者の答えなど、聞く必要すらない。歴戦の勇士でもあるバランの言葉は正論であり、ハドラーとて強く言い返せない。

 

「まぁまぁ落ち着きなよ。ハドラー君にも何だか事情があるみたいだからねぇ……」

 

剣呑な雰囲気になりかけたところを、キルバーンは戯けた口調で入ってくる。それだけで調子を崩されたようにバランは睨むが、死神は気にすること無く言葉を続ける。

だがそれは決してハドラーを援護するものではない。自分も楽しみたいという思いの方が強かった。

 

「ボクに少し考えがある。バラン君、配下の竜を何頭かお借りできるかい?」

「何をするつもりだ?」

「勇者一行と竜たちを戦わせるのさ。もしも竜達に苦戦するようならば、所詮はそれまでの相手。天下の英雄バランが出張るまでもない。配下の竜に任せても良いし、ハドラー君に引き続き任せてもいい。逆に、倒せれば……」

「私が動くだけの価値がある。そう言いたいのか?」

 

超竜軍団の兵を使うことで、バランも一枚噛ませる。もしもダイたちが勝てば、配下を失ったことを理由に無理矢理にでも参加することが可能だろう。負ければそのまま超竜軍団の手柄となる。

 

「そういうこと。だったら判定は公平な第三者が行った方がいいだろう? ボクは適任だと思わないかな?」

「いいだろう。好きにしろ」

 

なによりも、ここで無駄な押し問答をするよりかは建設的な案だとバランは考えた。ハドラーを実力で排除することもできるが、それはバーンに要らぬ不興を買うかもしれない。落とし所としてはまずまずだろう。

許可の言葉を口にしたバランを見て、キルバーンは薄く微笑んだ。

 

「ありがとう……でも、ウフフ。もしも勇者様ご一行が竜達に負けちゃったら、どうなるんだろうねぇ?」

「何が言いたい?」

 

含みを持たせた言い回しをするキルバーンを、ハドラーは鬱陶しそうに見ながら尋ねた。

 

「だってそうなったら、魔軍司令殿と壊滅した三軍団は超竜軍団の配下数頭に劣るって証明されちゃうんだよ?」

「…………!?」

「バーン様は短慮なお方じゃないけれど、せっかくご自身が力を与えた魔軍司令殿と、その配下の軍団が実は期待外れだった、なんてことになったら……」

 

そこまで口にすると、キルバーンは手にした大鎌を見せつけるように掲げる。

 

「ボクの出番が来るかもね……」

「役立たず役立たず、キャハハハハ!!」

「ぐ……」

 

鎌は光を反射して鈍く輝き、ハドラーを照らす。ハドラーにはその光が死刑宣告の合図に感じられ、微かに身をたじろがせた。

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■

 

 

 

フレイザードと魔王軍の襲撃から日は過ぎていた。

パプニカ王国はゆっくりとではあるが、確実に復興しつつあった。王家の勝利を知り、一度は国を捨てて逃げ出した国民たちも少しずつ自分の国へと戻って来はじめたのである。

日に日に戻ってくる人の数は増えていき、皆が皆、元々の暮らしを取り戻すべく出来ることを始めていく。

避難した先の国と比べれば、パプニカでの暮らしの方が辛いと言う人もいるかもしれない。だがそれでも、逃げ出す事無く復興に尽力し続ける人々は、きっとパプニカという国の持つ風土が好きなのだろう。

住み慣れた場所というのは、それだけで何物にも代えがたい魅力があるのかもしれない。

 

そして、日増しに増えていく国民の対処にレオナら王宮の人間はてんてこ舞いであった。一人一人を管理し、住む場所を割り振り、必要とあれば仕事をも割り振っていく。そして、人が増えることでトラブルも増加し、陳情が増えていく。雪だるま式に積み重なっていく問題に疲労も積み重なっていく。

 

結局、何が言いたいのかというと――

 

「はぁ……これでようやく、今日の分は終わりかしら?」

 

チルノは机の上にうず高く積み上がった書類を見ながら、力なく呟いた。片手には羽ペンを持っているが、既に握力も無いに等しいため感覚がない。

 

「はい、これで終了ですね。問題ありません」

 

その書類の山を確認しながら、チルノと同室で作業をしていた内政官の男が問題なしの判断を下した。それを聞いて彼女はようやく安堵の微笑みを見せる。

そんなチルノの表情を見ながら、彼は申し訳なさそうに言ってきた。

 

「チルノ殿、申し訳ございません。英雄であるあなたにこのような事をさせるのは心苦しいのですが、いかんせん人がまだ……」

 

復興途中のパプニカは、人手は幾らあっても困らない。だが人が増えれば増えるだけ、書類仕事が増えていく。この書類がくせ者であった。処理が必要だというのに、任せる相手にはある程度の知識が必要になる。ましてやこれらの書類は、国に関係する機密でもある。外から来た人間は当然、元国民でも易々と任せられるものではない。

 

その理屈ではチルノも任せられる相手ではないはずなのだが……レオナの仕事量を見かねて、少しだけ手を貸したのが運の尽きである。前世で現代日本の教育を受けていたとはいえ、彼女の書類処理能力はそれほど高いわけではない。のだが、周りにいるのはそれ以下である。仕方なく彼女が担当する羽目になっていた。

 

「いえ、困ったときはお互い様なので。それじゃあこの書類は、レオナに届けてきますね」

 

そう言うとチルノは、書類の束を抱えて部屋から出て行く。これらは最終的には王女であるレオナの決済が必要なのだ。机の上でずっと彼女のことを応援していたスラリンもまた、チルノの肩の上に飛び乗る。

この書類をレオナへ渡し終えると、マトリフの所へ行って修行を行う。これが最近の彼女の一日である。チルノは、長く椅子に座っていたせいで凝り固まった筋肉をほぐすように時折身体を動かしながら、レオナのいる執務室へと足を向けた。

 

 

 

一方、執務室ではレオナの前に三賢者の一人、マリンが跪いていた。

 

「ダイ君達の仲間になりたい?」

「はい。今回の魔王軍との戦いで、自分の未熟さを痛感しました。アバンの使徒である彼らは皆、素晴らしい力を持っています。もし、ダイ君たちが次に旅に出る機会があれば、是が非でも共に同行して、腕を磨き直したいのです」

 

そう言いながら彼女は、額のサークレットを外すとレオナへと返上する。このサークレットこそパプニカが賢者であると認めた証であり、それを返すということはその職を辞する覚悟があるということである。

 

「はぁ……どうしたものかしら……?」

 

マリンのサークレットを受け取りながらレオナはそう呟き、都合三つになったサークレットを手に面倒そうな表情を見せる。彼女がその表情に気付くと、続いて部屋の反対方向から聞こえてきた、わざとらしい咳払いにそちらへと視線を向ける。

 

「エイミ! アポロ!?」

 

そこにいたのは、彼女と同じ三賢者の二人であった。二人ともサークレットを外しており、どうやら考えることは同じだったようである。そのまま、誰がダイたちと共について行くかで室内は大騒ぎとなる。

なお、三賢者の中でレオナへ一番早く直訴をしてきたのはエイミであった。本来の歴史とは異なり、この時期からヒュンケルへの想念を見せる彼女は、その行動力も強くなっていた。

ここ数日でも仕事の合間を見つけては呪文の特訓を続けているほどである。その熱がどこから来ているのかは、言うまでも無い。

 

「え~い! 静かにっ!!」

 

喧々囂々としていた喧噪を打ち切るように、レオナが大声を上げる。主君のその姿に、三人とも動きを止めていた。

 

「三人ともダメよ! あなたたちには、このパプニカを守り抜くという大事な使命があるでしょ!」

 

三人の立場のことを例に出し、迂闊な行動を慎むように叱責する。それは間違いない程の正論であり、三人は反論することも出来ず気まずそうな顔をしていた。

 

「それにエイミ。あなたの場合、修行をしたいという目的がちょっと違うでしょ? 誰とは言わないけれど、ねぇ……?」

「なっ! ひ、姫様!?」

 

そう意地悪な表情で仄めかすレオナの姿に、エイミは慌てて反論しようとする。だが、彼女の態度は周りから見ていれば一目瞭然であり、言葉の挟みようも無い。マリンなどは、実の妹が難儀な相手に惚れたとして難しい問題だと頭を痛めていたりする。

そして、再び部屋の中が騒がしくなり始めた時だ。

 

――コンコンコン、という扉をノックする音が聞こえる。

 

「レオナ、何かあったの? 扉は開けっぱなしだし、廊下まで声が聞こえていたけれど……?」

 

そこには、開け放たれていた扉から遠慮がちに顔を覗かせているチルノの姿があった。彼女の言葉に先ほどのやり取りが全て外に漏れていたかも知れないとわかり、一同は少しだけ大人しくなる。

 

「あらチルノ。ホホホ、なんでもないわよ。それより、どうしたの?」

「うん、これ今日の分の書類ね」

 

そう言いながら彼女は抱えていた紙の束を近くの机へと置く。ドサリと重そうな音が響き、目と耳でそれがどれだけの量かということが察して、レオナが嫌そうな表情を見せる。

 

「うえぇ……またこんなにあるのね……」

 

未決済の物がまだまだ彼女の執務机に積み上げられている。そこに日々の分が重なっていくのだから、さながら無間地獄となる。まだ年若いレオナでは、弱音を吐くのも当然だろう。

 

「文句を言いたくなるのはわかるけれど、やらないといつまで経っても終わらないから。 時々休んでもいいから、確実にやっていきましょうよ。ね?」

 

チルノとしても手伝ってやりたいが、こればかりは彼女の決済が無ければどうしようも無い類いの物ばかりである。そのため、優しい言葉を掛けるのが精一杯であった。彼女の言葉にレオナもまた、ため息を吐きながら頷いた。

友人のそんな姿を見て、チルノは部屋から退出しようとして、言い忘れていた事に気付いて口を開く。

 

「そうそう。私は一応、部外者なんだから。あんまり機密の書類を回すのはやめてね。防諜の問題とかあるでしょ?」

「大丈夫よ、チルノの事は信頼しているから」

 

返ってきたのは、一国の姫にこれだけの情報を知られても問題無い程に信頼されているというありがたい言葉だった。体よく外堀を埋められているような気がしつつも、チルノはそれ以上考えるのを放棄して、笑顔で手を振りながら部屋から出て行った。

 

そして残された持ってきたばかりの新鮮な書類の一枚を手に取ると、レオナは降って沸いた仕事量を想像して重苦しくため息を付きながら書面に目を通す。

家臣達に負けず劣らず丁寧な仕事ぶりで処理してあるそれを見て、どこでこんな教養を身につけたのやらと疑問に思っていると、既に去ってしまい閉められた扉の向こうに熱い視線を送っている者がいたことに気付く。

 

「あらら。影に隠れていたから気付かなかったけれど、もう一人いたのね」

 

そう呟くと三賢者が反応する。とはいえそれだけでは何のことか分からなかったようだ。疑問顔を浮かべている一人に向かって、レオナはさらに口を開く。

 

「アポロ、あなたの年齢だと下手すると犯罪よ?」

 

そう言われたものの、最初は何を言っているのやらぼんやりとした表情を見せていた。だがやがて何を意図して言った言葉か気付くと、慌てて顔を真っ赤にする。

 

「……なっ!! ち、違います姫!! チルノ殿のことは純粋に、賢者として!!」

「別にチルノのことだなんて、一言も口にしていないんだけど?」

「う……」

 

その分かり易すぎる反応にレオナは勿論のこと、同僚であるマリンたちもアポロのことを胡乱げな瞳で見ている。

 

「三賢者の頭の中は半分以上が春だったなんて……」

 

レオナはとりあえず、チルノが扉を閉めてくれたことを感謝することにした。

 

 

 

「あれ、姉ちゃん?」

 

拠点の廊下で、向こうから歩いてくるダイに気付く。相手もチルノのことを認識して、だがこんな場所で出会うとは思わなかったのだろう。意外そうに声を上げた。

 

「ダイ? マトリフさんのところで修行していたんじゃないの?」

「ううん、今日の分はもう……あ、そうだ! 聞いてよ姉ちゃん!!」

 

渡りに船とばかりに、ダイは姉へと話し始めた。その内容は、新しい武器防具が欲しいというものであった。ダイが元々持っていた鋼鉄の剣――それもキラーメタルでコーティングした一点物――は、新生フレイザードとの戦いにて失われている。

ここ数日は兵士から借りた間に合わせの武器で凌いでいたが、いつまでも借り物では格好もつかないだろう。

 

「そう、武器を……」

「姉ちゃん、作れる?」

「出来なくは無いけれど、時間が掛かるわよ」

 

自身の生産技能を駆使すれば、出来なくは無い。ダイが持っている短剣はチルノ謹製、キラーマシンの装甲から作り上げた業物である。だが制作期間は三ヶ月近く掛かったのだ。ホイホイと簡単に作れるものではない。

 

「そっか、じゃあポップの言うように買いに出かけるべきかなぁ……?」

「そのポップはどうしたの?」

「マトリフさんのところに、許可を貰いに行ってるよ」

 

――ああ、そうか。もうそんな時期なのね。

 

そこまで話を聞いて、チルノは来るべき時が来たことを悟る。ならば先ほどのレオナの所でも何があったのか彼女には想像がつく。

 

――さて、どうしたものかしら?

 

ここ数日、幾度となく自問してきた事だった。ここで「ロモスで覇者の剣を手に入れましょう」というのは簡単なことだ。六大軍団を半壊させた程であれば、勇者にふさわしいと胸を張って報告もできるはずだ。

しかし彼女は知っている。本来の歴史通りに事が進んでいれば、ロモスにあった覇者の剣はハドラーの元へと届けられるはずということを。

このタイミングならば、まだギリギリ残っているかもしれないが、それに賭けるには少々リスクが大きいとも考えていた。

なにしろ、空裂斬でフレイザードを倒したと思えばああなったのだ。ここで覇者の剣を手に入れた場合、本来の歴史とどれだけ乖離するのか。そして、どんな揺り戻しがあるのか分かったものではない。

 

そして、次の相手は竜騎将バランの予定である。幾ら準備しても不足ということはない。

本来の歴史と比べれば、自分もいる。ポップもマトリフに――チルノが口を滑らしたと言うことも加わって――熱心に修行を付けている。

未だにやり込められているものの、チルノだって修行の成果は出ている。

ヒュンケルたちには移動用のアイテムを渡してあるのだから、より早く戻ってくる事が出来るだろう。

 

そして、覇者の剣ほどではないが、強い剣には心当たりがある――とはいえ、それを手に入れるには彼女が少々頑張る必要があり、上手くいくとは限らない。という但し書きがつくものであったが。

それでも上手くいけば、鎧の魔剣を殺す事無く済むかも知れないものである。

 

「そうね。ならやっぱり、レオナに相談してみたら良いんじゃ無い?」

 

それに、先ほどの執務室にあった書類の束を彼女は思い出す。レオナは復興中の国を導き、慣れぬ国務を相手に悪戦苦闘している。そんな彼女に、息抜きの場の一つくらいはあっても問題はないだろう。

 

そして、なによりも――

 

「上手く話がまとまったら、私も誘ってね。ベンガーナとか、行ってみたいの」

 

――この世界のデパートを是非とも見てみたい! という単純な欲望に、彼女は抗えなかった。

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■

 

 

 

「いいのかな? これって泥棒なんじゃないの!?」

 

気球はどんどん上昇していき、それと反比例するかのようにパプニカは小さく見えてくる。そんな景色を見下ろしながら、ダイは不安げに呟いた。

 

あの後、ダイはチルノを伴ってレオナに武器のことを相談すると、彼女はベンガーナ王国行きを提案してきた。デパートのことを話題に上げてダイの興味を煽ると、屋上に止めていた気球を拝借してベンガーナへと向かうことに決定していた。

途中にいた見張りの兵士達は彼女のラリホーの呪文で眠らせ、異変に気付いた三賢者たちがやってきたときには、すでに気球は出発した後であった。この場面だけを切り取ってみれば、まるで彼らが見送りに来たかのようである。

レオナにダイ、チルノに加えてゴメちゃんとスラリンまでもが乗っているのだが、気球はその程度の重量など物ともしないようにグングンと上昇していく。

この一連の間、チルノは殆ど口を挟まなかったのだが……こうも見事に、彼女の知る本来の歴史の様に事態が動くものかと小さな感動すら覚えていた。

 

「王宮の物をあたしが使ってなんで泥棒なのよ。いーじゃない!」

「まあ、そうだけど……」

「レオナ。王宮の物だからこそ、勝手に使うのは問題になりかねないと思うのだけど」

「え?」

 

得意げにしていた所をチルノに言われ、思わずレオナは驚き顔になる。

 

「この気球を買うお金だって、元を正せば国民の税金からでしょ? それを考えると、私的なことに使うのはあんまり感心しないわよ」

「う……」

「でもまあ今回は、勇者ダイの装備を買うためという理由があるから目を瞑りましょう」

 

片目を瞑り、イタズラをした少女のように笑顔を見せる少女の姿に、レオナも軽くたしなめられた程度。本気で怒っている訳では無いことを悟る。そもそも本気ならば、気球を勝手に使おうとしたところで止めていたのだから。

最初から共犯者になるつもりだったのだと理解する。

 

「もう、チルノってば話がわかるんだから! だから好きよ!!」

 

こういった親友同士のやり取りに憧れていたレオナは、チルノへと軽く抱きついて見せる。チルノもまた仕方ないといった顔をしつつも嫌がる素振りを見せずにレオナを受け入れていた。

 

「そういえばさ、ポップを置いてきちゃったんだけど、いいのかな?」

「ポップ君? 別に良いんじゃ無いの?」

 

そんな姉たちのやり取りを横目で見ながら、ダイは気になっていたことを思いきって口にする。だがレオナの態度はあっさりとしたものだった。

 

「頑張っているみたいだけれど、まだまだ修行不足よね。それにチルノがいるんだもの、彼はいてもいなくても同じだと思うけど?」

「いや、ああ見えて結構頼れるんだぜ……」

「そうそう。最近はマトリフさんのところでも一生懸命鍛えているんだから。むしろ、伸びしろは私たちの中で一番あると思う」

 

ある程度和らげな言い方をしているが、ダイたちと比べればまだ付き合いの浅いポップの評価は彼女の中では低かったようだ。それでも、二人の言葉を聞きながら彼女は少しだけポップへ対する評価を改める。

 

「ふぅん、そうなの?」

「ええ、そうよ。それに、仲間外れは寂しいからね。だから……」

 

レオナの反応に満足しながら、チルノは気球から身を乗り出して篭の下を見る。

 

「あ、やっぱりいた」

「うおっ!?」

 

そこにはトベルーラで気球へと追いすがるポップの姿があった。

 

「き、気付いてたのか!?」

「あはは……」

 

ポップの言葉に、まさか本来の歴史を辿っただけです。と言うわけにもいかず、チルノは曖昧に笑いながらポップを篭へと引っ張り上げるべく手を伸ばした。

 

 

 

パプニカから気球でおよそ一日。ギルドメイン大陸についてから、さらに馬車でしばらくの時間を掛けて、一行はベンガーナへの道を移動していた。

 

「そおれっ!」

 

手綱を操りながら、レオナは上機嫌で馬車を疾走させる。そのあまりのスピードにポップが文句を言うものの、レオナはこの程度は普通だと言って止めようともしない。

パプニカで重責に常に悩まされている姿よりも、快活な今の方がよほどレオナらしい。そう言うダイの意見には、チルノも賛成であった。

尤も、帰った後はまた山積みの仕事が襲われるのだろうが……そこまで考えてから、今はもうただ楽しもうとチルノは思考を切り替える。

 

「ねえ、チルノ。興味本位なんだけど、アポロはどう思う?」

「え、アポロさん?」

 

馬車の荷台から業者台へと、猫のような姿勢で顔を覗かせているチルノへレオナが突然話しかける。突然話題に上げられた意図が分からず、彼女はきょとんとした顔を見せる。

 

「この間の戦いの時は、頼りになったわね。攻撃呪文も回復呪文も使えるし、誠実な人柄だと思うけれど。それがどうかしたの?」

「ふぅ~ん……」

 

とはいえ、思った通りの言葉を口にする。だがそれは一歩引いた客観的な意見であり、レオナが望んでいたもっと主観的な意見ではない。

詳しい内容を話さずに聞いた自分も悪いだろうが、それでこんな意見を言うようでは仲間としか見ていないのだろうとレオナは思う。

 

「え? え? 何か変なこと言ったかしら?」

「いえ、なんていうか……うちの賢者たちは揃って望み薄なんだなぁって思っただけよ」

「???」

 

チルノの疑問が氷解せぬまま、馬車は進む。

 

「おっ、城が見えてきたぜ」

 

やがて街並みが見えてきて、その向こうに見える巨大な建物を見ながらポップが呟いた。だがそれをレオナが否定する。

 

「バカねぇ、お城にあんな気球がついてる? あれがデパートよ」

「あっ、あれが!?」

 

予備知識の無いダイたちにはあれほど大きな建物が店であるなど信じられないようだ。

馬車はベンガーナ自慢のデパートへ向けて、ひた走っていった。

 

 




こんなタイトルのくせに買い物していない件について。

ミストバーンさん、原作のこの場面だと最初に「……キルバーン!」と言ってることを読み返して知る。読者に名前をアピールするとかの都合上、仕方ないとは思いますが。
設定通りに「……キル!」と言わせると「突然英語で殺害予告とかミストバーンは一体何を考えているんだ?」となるでしょうし(以降はちゃんとキルって呼んでるので)

物語全体で見ても、原作よりちょっとスケジュールが早くなってました。
(なのでカール壊滅前にトンボ帰りさせられるバランさん。ごめんね、私がスケジュール管理をミスしていたのが悪いのです)
ザボエラが怪我で入院しているので、バランはまだ真実を知らず。なので、バランは不審に思いつつもまだ(ある程度)温厚モード。

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