「でっ……でけぇ……」
「こっ、この中みんな、お店なの……!?」
ダイとポップが並んで目を丸くしながら建物を見上げていた。ベンガーナのデパート前にたどり着いたダイたち一行であったが、初めてみるデパートの威容にすっかりと飲まれているようだった。
彼らの常識からしてみれば店というのは一軒家が当たり前であり、どれだけ大きくても三階建て――それも宿屋などの大型である必要性のある物でしかなかった。
そのため、お城もかくやと言うほどの巨大な建物を見せられて「これが店です」と言われても、まだ信じ切れないらしい。
チルノもまた、デパートを見上げていた。とはいえ事前知識のある彼女にしてみれば、その大きさには驚かない。ただ、屋上に付けられたアドバルーンを見ながら「中身は水素? ヘリウムってことはないだろうけれど……」などと考えていた。
そのアドバルーンに垂れ下がっている"激安!大特価セール"の文字や、入り口の上にでかでかと掲げられた"ベンガーナ百貨店"の文字を見て、なんとなくほっこりとしてしまったのは内緒である。
「さあ、行きましょ!」
レオナの言葉に反応してチルノはすぐさま後に続くが、ダイたちは未だ魂が抜けたようにぼーっとしたままだ。
「仕方ない、か……」
それに気付いたチルノは一旦後ろまで回り込むと、そのまま二人の間へと割って入る。そのまま二人の腕をそれぞれ取ると、恋人同士のように腕を組んだ。
「ほら、行くわよ? キョロキョロしてないで、ね?」
「へ!? お、おう」
そう言うが早いか二人の腕を引っ張るようにして進んでいく。突然の事態に理解が及ばずにいたダイたちであったが、チルノが気を遣ってくれたとわかり慌てて歩き出した。そのまま少しの間だけ連れ立って歩き、入り口を門をくぐった辺りで彼女は二人の手を放す。
「ごめんね、待たせちゃって」
「まったくもう、いくら何でも驚きすぎよ」
すぐ傍で待っていたレオナに声を掛けると、彼女はダイたちの様子を見ながら呆れたように呟く。ダイはその言葉に照れながらも謝るが、ポップの方はどこか心ここにあらずと言った様子である。何か良いことでもあったのか、左手で自身の右腕を擦りながら、ときおり笑みを浮かべている。
「ポップ? 置いていくよ?」
「あ、ああ悪ぃ!」
歩みの遅いポップを見かねて、チルノが再び声を掛ける。ポップは彼女の声にハッとしたように気がつくと、慌てて小走りに駆け寄ってきた。少し顔が赤くなっているが、何が原因か分からず、チルノは肩に乗せていたスラリンと二人で顔を見合わせていた。
外観を見ただけでも立派であったデパートは、内側もかなりのものだった。大理石をふんだんに使っており、ランプや壁の細工物なども凝っている。特に一階の売り場は宝石などを扱っているため、その美しさはデパート内でも随一かもしれない。
入店したダイたちは、チルノが忠告したにも拘わらずキョロキョロとしているが、これでは無理もないだろう。初めて見る人間には刺激が強すぎる。
「えっと……武器は四階、服や鎧は五階か……」
対してレオナは流石に一国の姫である。一度訪れたこともあって、その輝きに惑わされることもない。手近にあった案内板を眺めて、目当ての売り場を確認する。
「ここ、五階建てだったのか……」
「よく見て、地下もあるわよ」
案内板を見ながら、今日だけで何度目なのか、もはや数えるのも面倒なほどに、ポップは驚きの声を上げる。そしてチルノの地下があると言う発言を耳にしてさらにその回数を増やしていた。
「じゃあ、五階から見ましょ」
そう言いながらレオナは小部屋に入る。そこは扉も無ければ窓も無い不思議な個室であった。デパートには似つかわしくないようなその部屋に、ポップは首を捻る。
「姫さん。そんな部屋に何の用があるんだ?」
「良いから入って入って」
レオナに促され、半信半疑でダイたちは室内へと足を踏み入れる。既にチルノはレオナの後について入室済みであり、ニコニコしながら二人のことを待っていた。
「よし、全員揃ったわね」
そう言うとレオナは部屋の隅に配置されたパネルを足で強く踏む。少しの重さを感じさせながらパネルは下がると、今度は部屋全体が上昇していった。
「うわっ!! うわ~~っ!!」
「ゆっ、床が動いたぁっ!!」
「やーね、田舎者丸出しで……これはエレベーターって行って、最上階まで運んでくれるのよっ!」
「初めて見る物ばっかりなんだから、仕方ないって」
何度目かの呆れた表情を見せるレオナに向けて、チルノは苦笑いしながら言う。初めてのエレベーターとなれば、仕方ないだろう。事前情報を一切持たなければ、この反応は仕方ない。ましてやこの独特の浮遊感は、何度か乗って慣れるしか無い。
「あら、チルノは平気なの?」
「いえいえ、十分驚いていますよ」
少しだけ残念な顔をするレオナに対して、チルノは笑顔でそう答える。とはいえ彼女が驚いているのはエレベーターの構造ではなく、本の中でしか見たことの無かったエレベーターに実際に乗れた事に対してであるが。
最上階へ向けて上昇を続けるエレベーターの中、チルノはレオナへ気になっていたことを尋ねる。
「そういえばレオナ、このエレベーターって事故対策はどうなってるか知ってる?」
「……え?」
「さっき床のパネルを踏んでいたから、それで動くのは分かったわ。でも、子供がイタズラで踏んじゃったり、入り口に人がいる状態で動かしたら挟まっちゃうんじゃないの? そういう場合の安全対策ってちゃんとしてあるのかしら?」
「し、知らない……」
レオナ本人でも考えたこともないことを尋ねられ、彼女はそう返すのが精一杯だった。知った風な顔をしていても、彼女もここに来たのは幼い頃に来て以来なのだ。そもそも質問の内容が、デパートの関係者か工事をした職人でも無ければ、そうそう答えられるものではないだろう。
「そう……でも、その辺りの安全はきちんと考えて設計しているんでしょうね。下手に事故が起きれば客足に大きな影響が出るはずだから」
「…………」
とりあえずの結論を口にする親友の姿を見ながら、レオナはその見識に唸らされていた。
やがてエレベーターは止まり、最上階へと到達する。そこから降りたダイたちが見た物は、広大な室内に所狭しと並ぶ防具の山であった。幾つかのエリアに別れて、棚が林のように並び立ち、どこを見ても商品がある。
この様子にはダイたちはおろか、チルノも目を丸くせざるを得なかった。
「……こりゃすげえや……おれの実家の武器屋の百倍くらいでかいぜ……」
なまじ商家の息子として産まれたポップは、これがどれだけ桁外れなのかを良く理解していた。門前の小僧ではないが、誰に教えられずとも見ているだけでそれとなく覚えてしまうようだ。
一方、いち早く立ち直ったダイは鎧のあるエリアを中心に見て回り始めていた。その中の一つ、人形に着せられた鎧に目がとまる。
「あ、カッコイイなこれ……!」
「へぇ……"騎士の鎧"だって」
展示品のそれへ何とはなしに手を触れながら呟くと、ダイの様子に気付いたチルノが札に書かれた商品名を読み上げる。それにつられて、ダイも値札に目を向けて、そして気付いた。
「うげぇっ!! さ、3800G……!?」
ダイの基準の中では余りに高額な値段に驚き、触れたことを心の中で謝りながらそっと距離を取る。だがその驚きはより大きな驚きに上書きされることとなった。
「あ、ダイ君。4000Gくらいまでならどれを買ってもいいわよ」
手に大量の服を抱えながら通りすがったレオナが口にした言葉に、ダイとポップは驚かされる。
「そ、そんなに……!?」
「あら、これは試着するやつよ。全部買うんじゃないの……」
「そういう意味じゃなくてだな! そんなに金持ってるのかってことだよ!」
ダイの「そんなに」という言葉を「手にした服の全部を買うのか」という意味と思ったレオナであったが、続くポップによって別のことを指しているのだと理解する。
「ああ、お金なら平気よ! パプニカの金属や布はすっごく高値で売れるのよ。あたしのこのドレスを売れば、2~30000Gになるわよ!」
「30000G……」
「……ケタが違う……」
デルムリン島出身で、貨幣制度については――習ってこそいるものの――馴染みの薄いダイと、小さな村出身のせいでこれほど大きな金額など見たことの無いポップである。飛び交う価格の大きさにもはや言葉も出なかった。
こういった金銭感覚のズレもまた出自の違い故に仕方の無いことだろう。
「一応、私も少しは持って来たから自分で出すわよ?」
「大丈夫大丈夫、そもそも誘ったのはあたしなんだから。ここはどーんと任せて!」
彼女の知る歴史では、一人あたり5000Gであったが、やはり人数が増えている分だけ予算が多少は逼迫しているようだ。その辺りの事が気になったチルノが口を挟むが、レオナは問題ないと言い切る。
一応彼女も万が一の事を考えて少しばかりお金は持ってきているが、レオナの金額と比べれば焼け石に水である。
「……どーする、ポップ。姉ちゃん?」
「おれはいいよ。武器もマントも師匠から貰ったからさ。その分、二人で使ってくれ」
ベンガーナへ来る前にマトリフの所へ許可を取りに行っていたポップは、若い頃に使っていたという"輝きの杖"と"魔道士のマント"に"変なベルト"を師から譲り受けていた。そのため、本人の言うように無理に新装備を買う必要はなかった。
ポップの言葉を聞いて、ダイは少しだけ遠慮がちながらも目当ての鎧へ視線を向けた。
「じゃあ、やっぱり……これかな」
「いらっしゃいませ。こちらの"騎士の鎧"をお求めですか?」
「うん」
笑顔で"騎士の鎧"を指さしていることから、これは買う客だと思われたのだろう。店員の一人が揉み手をしながら近寄って来た。
「あの、着てみていいかな?」
「もちろんでございます。こちらへどうぞ」
そのまま店員の言葉に従い、試着室へとダイは向かう。店員はというと"騎士の鎧"を手に持って試着室へ向かっている辺り、防具売り場の担当者のすごさが覗えるようだ。
「私は、どうしようかしら……?」
ダイとは対象的に、チルノは選ぶ装備を決めかねていた。次に戦うべき相手のことを考えると、5000Gの予算では厳しい物があると思っている。本格的に防具を固めるのならばレオナの予算全額を注ぎ込む必要があるだろう。
そう言う意味では、どれを買っても同じ――むしろ買う必要が無いかもしれない。
だがそれはそれでレオナの顔を潰すことになりそうだ。
「スラリン、どれがいいと思う?」
「ピィ~?」
ダメ元で肩に乗った相棒に話しかけてみるものの、返事は予想通りだった。スライムでは人間の装備が分からないようだ。仕方なし、と棚を順番に見ていくとその途中で試着室のカーテンが開かれ、中からダイが姿を見せた。
「…………」
「ダイ、お前……」
そこにいたのは「鎧を着た」のではなく「鎧に着られた」という表現が似合う勇者の姿であった。元々が大人――ダイよりも背の高い戦士――が装備することを想定した防具である。小さめのサイズではあるものの、それでもダイでは圧倒的に背丈が足りなかった。ずんぐりむっくりとしており、気のせいか頭身まで縮んだように見える。
ポップが言葉を失うのも当然であり、ダイ本人も「着られている」という意識が強すぎるのだろう事が沈黙から読み取れる。
チルノは、少しだけ遠くでそれを見ていると、大慌てで装備選びに戻った。下手に意識をダイに戻すとそれだけで大笑いしてしまいそうだったからである。
「ふっふっふ、お悩みかしらチルノ?」
「レオナ!?」
熱心に装備を選ぶ様子を買い物に悩んでいると勘違いされたのか、レオナが言う。
「大丈夫よ! あたしがばっちりコーディネイトしてあげるから!」
その言葉に、彼女が先ほどから熱心に服を選んでは試着室へ持って行っていたのをチルノは思い出す。なるほどあれは自分が試着する用だけではなかったのか。
これは着せ替え人形にされる羽目になる。
まるで予知能力者のように、頭では瞬時にこれから訪れるであろう運命を理解していたのだが、彼女は諦めて受け入れることにした。元々これは、レオナのストレス解消という意味も持っているのだ。何が起こっても付き合おう。
試着室へと手を引っ張られながら、彼女はそう自分に言い聞かせていた。同時に、平穏には終わらないだろうということも予知していたが。
■□■□■□■□■□■□■
「これはどうかしら!?」
「いや、派手すぎるだろ! こんなの着るのは遊び人くらいだ!!」
レオナとチルノが共に試着室へ入り、一着目を着替えて出て来るや否や、開口一番ポップの台詞がこれである。二人が来ているのは"派手な服"という、その名の通り常用を避けたくなるほどド派手なデザインが特徴の服である。
「ええ!? そうかしら? ねえ、ダイ君はどう思う?」
そう言うと余興のつもりか、彼女は投げキッスを一つして見せた。それを見た男二人は顔を赤らめるものの、常識やら理性やらが勝ったようだ。
「おれも、その格好はちょっと、かな」
なお、二人で試着室に入っているためか、当然のように同じ物をチルノも着せられている。派手な服を着た少女二人が並んでいるのが珍しいのか、他の買い物客までちらほらと足を止めて二人を見ている。
「これで外を歩くのは、私にはちょっと勇気が足りないかな……」
「そう?」
それに気付いたチルノは、顔を赤くしながら小声でレオナへ訴えかける。それと同時に、何故"派手な服"が遊び人しか装備できないのか、その理由を現在進行形で肌で感じていた。
「仕方ないわね、それじゃ次の候補よ。ちょっと待ってて」
言うが早いかチルノの腕をひっつかみ、レオナはカーテンの向こうへと消える。
「次は、まともなんだろうな……?」
「さ、さぁ……?」
ダイとポップが不安げに会話を交わす中、すぐに試着室の向こうから声が聞こえてきた。
「ええっ!? コレを着るの!?」
「大丈夫だってば。ほらほら、一回くらいは。物は試しでしょ?」
「で、でも……」
「着てみるだけならタダだから、ね!?」
既に嫌な予感しかない。そして、カーテンが開く。
「じゃーん! おまたせ!!」
「じゃ、じゃーん……」
あらかじめ打ち合わせをしていたらしく、二人は声を揃えて出てきた。今度の格好は、バニーガールである。黒の"バニースーツ"と同色の"うさ耳バンド"に加えて"網タイツ"まで完備している。もはやどこから見ても完璧なバニーガールである。
その完成度はこのままカジノで働けそうな程であり、"シルバートレイ"も装備していればベストドレッサー賞も狙えるだろう。
ただ、この格好はどちらかと言えばレオナの方に軍配が上がりそうであった。バニースーツが黒のため、チルノの肌の色では目立たないのだ。レオナの雪のような肌の方が、白黒がはっきりとするために目立つ。むしろレオナをチルノが後押ししている。
例えばこれが、白のバニースーツをチルノが着用していたならば、評価はまた違った物になったかもしれないが、そうなると今度は白のバニースーツは有りか無しか、という面倒な議論にまで発展しかねないのだが。
とあれ、二人のバニー姿が登場したことによって周囲がヒートアップする。「おお!」という声がちらほら漏れ聞こえているのが何よりの証拠だろう。
そんな反応が恐ろしく感じてしまい、チルノは少し身を竦ませる。何が起こっても付き合うと決めたことをこの時点で既に後悔しつつあった。
「お前らなぁ……そんな格好で何をするんだよ……」
「…………」
半眼で呆れた様に言うポップとは対象的に、ダイには少々刺激が強すぎたらしい。露出度の高い格好に息をのんでいた。
「ええーっ! コレもダメなの!?」
「……むしろこれのどこに、イケる要素を感じたのよ……」
「仕方ない! じゃあとっておきね!!」
再びカーテンの向こうへと消える二人。そして再び聞こえてくる二人の声。
「待って待って!! これは無理!! これは無理だってば!!」
「大丈夫よ、似合ってるから!!」
「付き合うって決めたけれど、これは無理だから!!」
「こりゃ、今回も期待薄だな……」
絶望的な表情で呟くポップとは裏腹に、周囲の客の期待は高まっていたようである。
そして再びカーテンが開いたとき、歓声が上がる。
「おおおーっ!!」
「な、ななななな……なんじゃそりゃ!?!?」
ポップが若干鼻血を吹き出しそうになるが、それも無理もなかった。今回は、まさかの"危ない水着"である。スリングショットに近いデザインを誇っており、へそや腰は勿論のこと、胸の谷間までもが大胆に露出している。
本家からセクハラ装備の元祖としてその名を欲しいままにしており、媒体によっては某2作目の王女が装備したことで有名な装備である。
「ほ~ら、どうかしら?」
「ちょっとレオナ! だめ、見えちゃうから!! ……って、私も!?」
テンションが上がったのか少しだけセクシーなポーズを取ろうとしたため、慌ててチルノが自分の身体を張って隠そうとする。とはいえ彼女も同じく"危ない水着"を着ているため二の舞を演じそうになり、レオナを引っ張り込むように試着室へと戻る。
「動きやすくていいでしょ?」
「それ以前の問題だから!! 大体これって、予算オーバーでしょ!? 弁償になったらどうするの!?」
「大丈夫よ。これの値段はね――」
「……え、そうなの?」
そう言ってレオナが口にした金額は、チルノが知る
一方、試着室の外では興奮冷めやらぬ状態である。もはや新手のファッションショーか何かの様相を呈しつつあった。
「ええっ!? 次はコレなの!?」
「さっきより露出は少ないでしょ! 何が不満なの?」
「私なの!? おかしいのは私なの!?」
三度繰り広げられるカーテンの向こうからの声に、観客達の期待は否応なしに高まる。ついでに何故か、ポップ達まで期待していた。男だから仕方ないだろうが、お前ら仲間だろ。ちゃんと注意しろ。
「はっきり言って、コレは自信作よ!!」
「うおおおおおおっっっ!!」
その言葉通り、自信たっぷりに出てきた二人の姿に周囲は歓声を上げる。その格好は、露出度で言えば先程着ていた"あぶない水着"よりも今の方が低い。にも拘わらず、前回よりもウケは良い。
「……さっきよりはマシだけど……」
そんな様子に辟易しながら、チルノは自分の格好を再度確認する。厳密に本心を言えば、彼女はこの格好はそこまで嫌では無かった。
――なぜならば、彼女達が着ているのは"踊り子の服"である。
それも8作目のような、昨今の厳しい風潮の影響を受け、大きめの腰布を巻いて下半身の露出度が下がっているような軟弱な物ではない。ブラにフンドシのみの初期から続いた正当派スタイルの物である。
11作目? あれはあれで良いものだ。表現の抜け穴を突いたようなデザインがとても良い。しかも着ている人間が清楚系なので、むしろ妄想が捗ると言う意味ではこっちに軍配が上がりかねない。
だが、あえて4作目の格好である。踊り子の服はチルノの褐色の肌と深紅の髪色が服とマッチしている。それはひとえに、マーニャの存在が強いからだろう。
踊り子の服と言えばマーニャ。マーニャと言えば踊り子の服である。その認識がまるでこの世界にも影響を与えているかのような熱狂振りだ。
さながら彼女のコスプレのような格好であり、知識を持っているチルノにしてみればある程度受け入れやすい格好ではあった。いつもは束ねている髪を今回ばかりは下ろしてストレートにしているのも、その証左の一つである。
とはいえ本物のマーニャと比較すれば、主に年齢や肉付きの点で残念なのだが、むしろまだ幼さを残す肉体のせいで逆に背徳感が増していた。
その影響か、なまじ露出の高い"危ない水着"を着た時よりも人気があった。
なお「こんな格好で防具として役立つわけ無いだろ」などと言う意見は受け付けない。レオタードやらビスチェやらで世界を救ったって良いのだ。そんなことを言い出したら3作目の女戦士など、デフォルトがあの格好であることを忘れてはいけない。
「あたしの目に狂いはなかったわ! 買いね! これは絶対に買うわよ!!」
ギャラリーの反応で自分の意見が間違っていなかったことを確認しながらレオナは言うと、周囲の人間は同意する様に頷く。
「じゃあ、次は……」
「……ねえ、レオナ。連れてきて貰った身だし、今まで我慢してきたけれど、もうそろそろ怒ってもいいわよね?」
「じょ、ジョーダンだってば……!」
片手に"ぬいぐるみ"を、もう片方の手には"エッチな下着"を持ちながら、冗談も何も無いだろう。ただ、チルノがとても良い笑顔を浮かべながら口にしたその言葉に今までで一番の恐怖を味わっており、レオナはそう言うしかなかった。
余談ながら、店内で大騒ぎをしたものの売り上げは良くなったらしく、店側からは特別にお目こぼしをして貰ったようである。
■□■□■□■□■□■□■
「行きましょ、スラリン!」
「ピィ!」
元の服装に着替えたチルノは、いい加減うんざりしたと言わんばかりのポーズを見せながら、スラリン――このスラリン、試着の間はずっと室内にいたためばっちりと見ているのだが、それはそれとして――を抱えて服選びに戻る。
レオナが発憤したかったというその気持ちは分かるが、流石にちょっとやり過ぎだとはチルノも思っていた。しかし同時に、少々大人げなかったかとも思ってしまう。
ままならない気持ちを抱えながら棚を眺めていくと、一着のローブに目がとまる。何故か気になったそれを手に取って良く見てみれば、デザインや色合いも今着ている物と似通っている。差異といえば、少々明るい色使いになっているくらいだろうか。質の面でも上らしい。そしてお値段は――
「それがいいの?」
レオナの声がかかり、チルノは思わず後ろを振り返る。そこには少し沈んだ表情をしたレオナの姿があった。どうやら彼女もやり過ぎたことを反省しているようだ。
「うん、でも限度額ギリギリだから……」
「大丈夫よ、予算は足りてるから。それに、ポップ君の分を回して貰えたんだから、気にすることは無いわ。甘えちゃいましょ?」
そう言うレオナの言葉にチルノは吹き出した様にクスクスと笑う。友人の笑顔を見てレオナにもようやく笑顔が戻った。
「そうね。じゃあ、これを……一応、試着してからね」
「じゃあ、一緒に行きましょうか?」
「断っておくけれど、もう同じ試着室はゴメンだからね」
私怒っています、と分かり易いくらいに表情でアピールするチルノを見て、レオナは「嫌われたくないからもうやらない」と口にした。
「レオナはそれにするの?」
「ええ、そのつもりよ」
そう言うレオナが手にしているのは、動きやすそうな服装だった。袖が短ければスカートも短めであり、動きやすそうではあるが同時に見えてしまうのではないかと不安になる。ちらりと見た限りだが、デザインは本来の歴史で彼女が決めた者と同じ物のようだ。
何気ない会話をしながら並んで歩いていると、ふと、目玉商品のように展示されている装備が気になりチルノは足を止める。
「これ、"銀の髪飾り"?」
「素敵……」
チルノにつられて足を止めたレオナであったが、展示された髪飾りが放つ銀色の魔力に目を奪われているようだった。そんなレオナを見ながらチルノはあることを閃く。
「ねえ、これ……お揃いの物を買ったりとか、してみない?」
「……そうね! 今日の記念、ってことで買っちゃいましょう!!」
友人同士、お揃いの物を購入する。これもまた、レオナの憧れる何気ない友情の一場面のようであり気に入るだろうと思っていた。まあ、そういった心を抜きにしてもレオナのあの表情を見ていれば遅かれ早かれ買っていただろう。
チルノはその背中を少し後押ししたに過ぎない。
試着を終えた二人は、それぞれ自分が着替えた格好に満足する。
チルノが選んだのは"魔道士のローブ"と呼ばれる装備だ。後衛が良く身につけるものらしく、それなりの防御力と呪文耐性が期待できる。
レオナが選んだのは"魔女の服"と呼ばれるであり、それと併せて"ワイズ・パーム"を購入している。これは、指輪のついた手袋のようなものである。装備者の魔力を増幅させるという、魔法使いが持つ杖に相当する装備だ。だが、杖のように片手が塞がることなく、両手が自由になるので利便性はこちらの方が高い。反面、杖と比べると魔力の増幅量は少なめだ。
この呪文増幅効果は"魔女の服"にも付与されており、賢者の卵である彼女の魔法力を補う意味もある。
そして二人の頭には、揃いの"銀の髪飾り"が輝いていた。
「いい武器があるかしらね?」
「とりあえず"
レオナの言葉にダイがそう返す。その様子は、窮屈さから解放されているため実に晴れ晴れとしている。当初は"騎士の鎧"を全身に纏っていたが、明らかにサイズが合っておらず階段を降りることにすら苦戦していた。
そのためチルノが――本来の歴史通り――必要なパーツだけを残して取り外し、極力動きやすい格好へと着替えさせていた。当初は不満を言っていたが、チルノが少し強く押しただけでバランスを崩して倒れてからは、素直に言うことを聞いていた。
さてと、とばかりにチルノは辺りを見回す。本来の歴史ではここで強力な武器が売っているはずである。彼女の記憶では、階段を降りればすぐにでも人だかりが見つかるはずと思っていたのだが、それらしいものはどこにもない。
「なにかしら、あれ?」
その代わりに見つけたのは、大きく張り出されているポスターである。彼女の言葉にポップたちも刺激されてそちらを覗きに行く。
「なになに……"ドラゴンキラー"の……オークション開催!?」
「"ドラゴンキラー"ってあの有名な!?」
「鋼鉄よりも硬いと言われるドラゴンの皮膚をも容易く貫く、最高級の武器よね?」
「え、そんな凄い武器が売ってるの!?」
レオナの言葉にダイが驚きつつも手に入るかも知れないとわくわくする。
なお、ドラゴンキラーのデザインは鉄の爪かジャマダハルか。刃と手甲が一体化した形状をしており、腕にはめて使う。はっきり言って戦士よりも武道家の方が使いやすそうである。
「……すいません、この会場ってどこですか!?」
「まさか、買う気かよ!?」
レオナが店員に声を掛けると、すぐさま寄ってきて説明をする。
「ああ、ドラゴンキラーのオークションですね? 会場は四階のここになります。ただ、開催は明日ですので……」
「明日!?」
少し離れた場所で張り紙を前にダイへオークションの説明をしていたチルノも、その言葉を耳にしてこっそりと驚く。
「そんな! どうにか買えないの!?」
「もうしわけありません、規則ですから……それに、明日の開催を目当てのお客様も大勢いらっしゃるので……」
「う……」
「レオナ、ついでに残念なお知らせよ。
予想落札価格とは読んで字の如く「オークションの際にはこのくらいの値段で落札されるだろう」という予想価格である。設定の仕方によって、買い手の購買欲に大きく影響する。高すぎれば手が出ないと購買欲が減退するが、かといって低すぎれば何か裏があるのではと勘ぐられて熱が下がる。
「今のお財布の中身はどのくらい?」
「いちまんゴールド……くらい……」
店員の言葉に加えて、チルノから告げられた予算の不足である。今すぐ手に入れるのはどうやっても不可能だ。
――明日まで待つ必要がある。でも明日になっても、お金が足りない……
瞬間、チルノが少しは持ってきていると言っていた事を思い出す。だが、不足金額は最低でも5000G。とてもではないがそこまで期待するのは酷だろう。何より自分で出すと言った手前、ここで頼るのはカッコ悪い――と、そこまで考えてからもう一案を閃く。
「開催は明日よね!? ポップ君、一旦ルーラで戻るわよ!」
「はぁ……!? あ、まさか!? 金を取りに戻るのか!?」
「はい、レオナそこまで」
自分では妙案だと思ってたレオナであったが、チルノが止める。
「来る途中にも言ったけれど、お金は大事にしなきゃダメよ?」
「でも、ダイ君の力にもなるのよ……」
空の上ならばまだしも、ここではどんな人間が聞き耳を立てているか分からない。そのためできるだけ素性が分からないような言い方をチルノは心懸けていた。
「それは否定しないけれど……仮に戻ったとしたら、ほぼ間違いなく捕まって仕事漬けになるわよ。やることだって沢山あるでしょ?」
「う……」
仕事の量を思い出し、思わずうめき声を上げてしまう。現在ですら部外者に手伝って貰っているのだ。オマケにベンガーナに来るのだって殆ど抜け出してきたような物だ。パプニカへ戻ればチルノの言うようなことになるだろう。
「オークションを知らなかった私たちが無理矢理に参加するのは無粋ってものよ。今回は縁が無かったと思って、諦めましょ?」
「そうだよレオナ。無理して高い武器を買わなくたっていいってば」
「でも、あたしたちが使った方が絶対有意義だわ……」
「だからって、無理してまで買う事無いと思うよ。それにどんなに安い武器使ったって敵に勝ちゃいいんだろ?」
「縁があれば、もっと強力な武器が手に入るわよ。今は大人しく引きましょ?」
姉弟にそう言われては、レオナも矛を収めざるを得なかった。とはいえ完全に納得はしていないのだろう、不満顔である。本来の歴史でもドラゴンキラーが手に入らないことを知っていたチルノは、ここで無理に買う必要もないと考えていたため執着心は見せない。とはいえまさか日にちがズレるとは、彼女も予想していなかった。
結局、ダイ用に
下の階へと降りる途中、レオナが「そうだったわチルノ! キラーメタルのコーティングした剣、あれもう一本作って! 国宝にするから!!」と言い出した。勇者がパプニカを救った際に使っていた剣として飾るつもりらしい。だがそれは今買ったものではなく、もっと意匠を凝らした立派な剣を用意するとのことであり、中々逞しいものだとダイ達は揃って似た感想を抱いていた。
続いて、本来の歴史では描写されなかった――というよりも、訪れてすらいないだろう――三階、二階と順に見て回る。とはいえ三階で取り扱っているのは日用雑貨であり、取り立てて目を惹く様な物は無かった。サッと見て回ると二階へと降りる。
「この階は、何か面白い物が売っていそうね」
上の階が期待外れだった為か、レオナがそう呟いた。この階は書籍や道具を扱っており、掘り出し物があるとすればここに売っている可能性が高そうだからだ。
「そうだな、とりあえず思い思いに見て回るか?」
ポップの言葉に頷きながら、それぞれが棚を見ていく。各々の戦場での役割が異なるため、それぞれの視点で道具を見ることになるのだ。必要な物は自ずと集まるだろう。
仲間を見送りながらチルノも商品を眺め始めた。
とりあえず薬草を十個ほど手に取っておく。次々と出現する強敵を前にしては焼け石に水かもしれないが、備えあれば憂いなしと言う言葉もある。パーティ全体の共用道具として持っておいても損は無いだろう。そこまではよかった。
「"毒蛾の粉"……」
「ピィ?」
――買うべきか、買わざるべきか……
陳列棚の前でチルノは悩んでいた。
"毒蛾の粉"は、降りかけた相手を混乱させる道具である。かつてアバンがまだ若かりし頃に、ハドラーが引き連れてきたドラゴンを混乱させ同士討ちをさせたこともあるアイテムだ。予定通りならばドラゴン五匹を相手にするポップに渡しておけば、万が一の時にも時間稼ぎになるだろう。
ただ、マトリフがあれだけ張り切っていたのだから、これは不要となる可能性もある。その場合は無駄な出費になりかねない。何しろ一つ300Gもするのだ。
「あっ、チルノ! いたいた、お前も来い!」
「何かあったの?」
「いいから来いって、来ればすぐに分かるから!」
そう言いながらチルノの手を取るとポップは駆け出す。仕方なし、慌てて毒蛾の粉を一つ掴むとポップに従って動き出した。
「なるほど、こういうことね」
案内された先でそう呟く。
そこは『魔法の聖水 特価 お一人様2つまで!!』と書かれた手書きの広告が張り出されており、多くの人で賑わっていた。
"魔法の聖水"は、使うことで消耗した魔法力を回復させる事の出来るアイテムである。後衛にとっては有用なアイテムであり、前衛にとっての薬草のような物と言っていい。
ただ、その効果の分だけ貴重でありお値段もそこそこ張っている。それが個数制限をしてまで売っているのだから買いだめの良い機会だろう。
既に並んでいるレオナとダイを見ながら、二人も列の最後尾へと付く。幸運なことに、チルノ達が買ってから数人ほど後で売り切れとなった。
8つの魔法の聖水と他の精算を済ませ、二階を降りる。
なお、前述の通り一階は宝石や化粧品である。今はそれほど要らないと言うことになり、一行はデパートを後にした。
■□■□■□■□■□■□■
「あー、楽しかった!」
なんだかんだ買い物をしたことでストレスを解消したのだろう、レオナが笑顔で言う。かと思えば、すぐに険しい表情へ戻った。
「でもあのドラゴンキラーはいただけないわよね……絶対あたし達が買った方が有効なのに……」
「レオナってばまだ言ってる……」
「発散に来たのに、新しくストレス溜めてどーすんだよ姫さん……」
「もうそのことは忘れましょ」
「……それもそうね。じゃあ、気晴らしに何か美味しい物でも食べに行く?」
「「「美味しい物!?」」」
ベンガーナの道を歩きながら、そんなことを話し合う。これだけ大きなデパートがある国だ。レストランでも美味しい物があるに違いないだろう。それを予想してか、三人とも嬉しそうに声を上げる。
仲間のその反応を苦笑いしながら、どこか良いお店がないかと考えていた時だった。
「もし、そこのお方?」
突然、見知らぬ男に話しかけられて一行は足を止める。話しかけてきたのは商人然とした格好の男だった。ニコニコと笑顔を浮かべており、人の良さそうな印象を受ける。
「何か用かしら?」
「お嬢さん。失礼ですが、強い武器をお求めですか?」
「なんで知ってるのかしら……?」
突然切り込んできた相手に、レオナは警戒の色を隠そうともしない。それを見た相手は慌てて言う。
「先ほど、デパートでのやり取りを偶然耳にしてしまいまして。強い武器をお求めかと思いまして、こうして声を掛けさせていただきました。いかがでしょう、お話だけでも聞いてはいただけませんか?」
「強い武器、ねぇ……」
「どうするのさレオナ、話だけでも聞いてみる?」
「うーん……そうね。ダイ君の言うように、とりあえず話だけでも」
そのやり取りを見ながら、チルノは必死で記憶を掘り起こしていた。はて、こんな事があったのだろうか。詐欺かも知れないが、実際の掘り出し物かもしれない。言動は慎重にしようと心に決める。
商人は、大通りでは往来の邪魔になると言って少し離れた場所まで移動する。そこには一台の馬車が停められており、どうやら男の商い品を積んでいるようだ。
「わたくしが扱っておりますのは、その名も"真空の剣"と申します」
「"真空の剣"……?」
「はい。この世に二つと存在しないと伝えられる名剣です。真なる勇者がこれを手にすれば突風を巻き起こし、その刃の威力たるや海をも切り裂くとか」
真空の剣――その名を聞いてもチルノの記憶には合致する物はない。だがクロコダインが持つ"真空の斧"が存在するこの世界にならば、それと同じことが行える剣があったとしても不思議では無いため、断言は出来ない。
どうやらダイたちも同じ事を考えたようで、俄然興味深そうに話を聞き入っている。
「かの勇者アバンが使っていた物ですが、訳あって手放した物を偶然入手した一品でございます」
「ええっ!? 先生が!!」
「先生、というのはひょっとして……皆様はアバンの使徒なのですか!?」
「え、はは……まあ……」
アバンの言葉に思わずダイが反応してしまい、ポップが恥ずかしそうに言う。
「ああ、なんという運命の巡り合わせでしょうか!! まさか時を経て再び剣と持ち主が出会うとは!」
やたらと芝居がかった言い回しをする商人に、ついにチルノは違和感を覚え始めた。少し牽制とばかりに口を挟む。
「ねえ……その"真空の剣"を見せて貰えるかしら?」
「ええ、勿論。こちらでございます」
そう言うと商人は自信たっぷりに馬車から一つの箱を取り出し、チルノ達へと見せつける。そこに納められていたのは、立派そうな造りの剣だった。真空の異名を誇るかのように、目に鮮やかな空色をしている。
「(どう思う、チルノ?)」
「(……グレー)」
その剣を見ながら、とても小さな声でレオナが尋ねる。どうやら彼女も疑っているようだ。意見を求められたチルノは簡潔に返す。かなり疑わしいのだが、まだ信じたいという気持ちも彼女の中に残っていた。
「いかがでしょう? 出来ることならばわたくしもタダで差し上げたいのですが、こちらも商売です。心苦しいのですが、仕入れ値ギリギリの8000Gで如何でしょう!?」
「…………」
鼻息荒く口を回す商人を無視して、チルノは件の剣を見つめていた。彼女とて伊達に生産技能を使っているわけでは無い。知識として無いならば、目利きをして正体を暴こうとしていた。レオナもその様子を眺めており、ダイたちは財布を握っているレオナの言葉を待っている。
「むむむ、お気に召しませんか? いやはや何とも商売上手な方で。では損を承知で6000――いえ、ここはキリ良く5000Gとしましょう!!」
「(……黒)」
その様子を見ていた商人は、さらに財布の紐を緩めやすくさせようと値を下げる。だがそれを聞いたチルノは結論を出す。
剣は偽物。それも、ここまで簡単に値下げする以上、実際の原価ももっと下――おそらく1000でも高すぎるだろう。そう言おうとしたときだ。
「やめときな!!」
全く予期しなかった場所から、しわがれた声が聞こえてきた。ダイたちだけでなく商人も含めてその方向を見る。
そこにいたのは小柄な老婆だった。黒い色をした服を纏い、怪しい眼が縦に並んだ三角帽子を被っている。
――ナバラさん!?
思わず口から飛び出そうとした声をチルノは必死で押さえた。その老婆を彼女は知識として知っている。彼女の知る本来の歴史でもベンガーナに来ていたのだが、まさかここで出会うことになろうとは。
先のオークションが前日だったことから意外に思えたが、考えてみれば二人がベンガーナに滞在して日付については明確な記述はなかったはずだと思い直していた。
「なるほどねぇ……
「なんだとババア!! 人の商売にケチ付けようってのか!?」
「商売ねぇ……偽物を高値で売りつけるのを商売って呼ぶのかしら?」
ナバラの指摘を聞いた途端、それまで付けていた善人ぶった仮面を外している。それだけでも証拠としては十分なのだが、せっかく気付いたのだからとチルノは言葉を続ける。
「これ"銅の剣"に色を塗っただけよね? しかも形をそれっぽくしているけれど、造りそのものは雑すぎ。とても戦闘に使えるような物じゃ無いわ」
「なっ……!! なんでわか……っ!?」
「ええっ!?」
「なんだ、気付いていたのかい?」
ダイたちが驚いている様子を見るに、どうやら本物と信じていたらしい。純粋過ぎるのもどううかと思いながら、ナバラへと頭を下げる。
「気付いたのは少し前ですけれど、お婆さんが口を挟んでくれたおかげで助かりました」
「へぇ……」
その言葉にナバラが感心したように声を上げる。
「つまり、あたしたちに偽物を売りつけようとしたってわけね……」
レオナが怒りの表情を浮かべながら商人へと近寄る。ポップも同じく逃がすまいとして、何時でも飛びかかれるように構える。
「ち、ちくしょぉぉっ!!」
それでも観念することなく足掻こうと、馬車へと駆け寄る。そのまま馬の速度で逃げるつもりらしい。だがその望みが叶うことない。
「……【ホールド】」
唱えたのは相手を簡易的に麻痺させる魔法である。所詮は戦うことも知らぬ一般人にとっては、チルノの魔法を抵抗することなど出来なかった。下半身を狙って放った魔法によってあっけなく動けなくなってしまう。
その後、ナバラの孫――メルルという名の少女――が呼んできた衛兵たちの手により、詐欺師の商人あえなく御用となる。その一連の様子を、ナバラたちとダイたちは揃って眺めていた。
お着替えシーンは、ワザとメタ表現をちょこちょこ使っています。だってTV版でもレオナがはっちゃけていたらしいので。ノリとしてはありですよね?
その影響を受けて、踊り子の服を勢いだけで買わせてしまう私。この先出番なんて絶対ないのに……というかあのシーンそのものが不要……
(その不要なシーンに4000字くらい使う人がいるらしい)
ドラゴンキラー。
原作にて財テクのために買ったがすぐに溶けて大損のゴッポルさんが不憫だったので、いっそのこと入手機会すら消し飛ばしました。どうせ手に入らないんだし。
(ただデパートも被害が出るので翌日のオークションは開催されないと思いますが)
真空の剣。誰も知らないと思います。私も知りませんでした。
こちらはゲームブック・ドラゴンクエストにて「勇者がメルキドでこの偽の剣を売りつけられる」という詐欺イベントが発生。上手く解決するとドラゴンキラーが手に入る。という内容だそうです。
なんとなく気に入ったので、ナバラたちとの出会いイベントにしてみました。
(要するにバラン編の「人間の汚い部分」描写の一部です)
実際この世界には「オレ、アバンの使徒」詐欺がありそう……
なお、活動報告(最近知った)に、今回のお買い物とお値段リストを乗せてみました。
(個人的に活動報告を使ってみたかっただけで、見なくても何も問題ないですが)
活動報告ページ