隣のほうから来ました   作:にせラビア

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LEVEL:37 ドラゴンが あらわれた!

「災難だったみたいだね」

 

衛兵達に連行されていく詐欺師を見送ってから、ナバラはダイたちへと声を掛ける。ダイたちも返事をしようとしたが、相手の事が分からずに何と声を掛ければいいのか戸惑っている状態だ。

 

「ああ、自己紹介がまだだったね。あたしの名はナバラ。見ての通り、占い師さ」

 

そんなダイたちの様子を察して、ナバラの方から名を名乗った。彼女は年齢のせいか背丈が低いため、ダイたちの視線は自然と下がってしまう。

 

「それとこっちが孫娘のメルルだよ」

「はじめまして」

 

メルル、と呼ばれた少女が頭を下げる。長い黒髪と、黒目がちな瞳が見る者の視線を集めるような美人だ。意思は強そうであるが、同時にとても控えめで優しげな雰囲気を纏っている。祖母と並ぶと、それが一層際立つだろう。

橙色を基調とした全身を隠すような服装をしていながら、左肩を少しだけはだけている。そのため、チラリと見える白い肌に思わず視線が向いてしまいそうだ。

現にポップなど、メルルの美貌とその少しだけ露出した箇所から漂う淡い色気にやられているようで、頬を赤らめていた。

 

ナバラの挨拶に応じるように、レオナを主導に礼を言う。そして、ダイ・ポップ・チルノと順に紹介していった。そうして一通りの挨拶を終えたところで、レオナが口を開いた。

 

「ところで、どうしてこんな場所へ? 助けてもらって失礼だけど、占い師が来るような場所じゃないでしょ?」

「ああ、別に大した理由じゃないさ」

 

レオナの疑問は当然のことである。ここはどちらかと言えば路地の裏手であり、人通りなど望むべくもない。辻商いのように街角で占いでもした方が、まだ実入りがあるだろう。

 

「あたしらがこの街に着いたのは昨日のこと。今日から本格的に商売を始めるのに、どこか良い場所は? と思って占ったのさ。そうしたら、この場所が示されただけのことだよ」

 

思わず口をついて出た疑問に、ナバラは何でも無いと言ったように答えた。占いに出たからそれに従った、というのは占い師にとっては当たり前の認識なのかもしれない。

 

「近寄ってみれば悪気(あっき)が強かったから半信半疑だったんだがね。まあ、占い師が自分の占いを信じられなくなったら終わりさね。そうして来てみたら、あんな場面だよ。無視しても良かったんだけどねぇ……つい口を挟んじまっただけのことさ」

 

占いの結果に従い、向かってみれば詐欺の現場であった。自分の占いの腕も鈍ったかと思いつつも、自らの占いを信じてナバラは行動した。その際に孫娘に衛兵を呼ぶように指示していたこともあって、あれだけの素早い逮捕劇と相成った。

 

「まあ、あの様子だとあたしが余計な口を挟む必要も無かったみたいだけどね」

「いえいえ、助かりました。それにしても、よく詐欺師だってわかりましたね。私だって、剣を鑑定してようやく確信したのに……」

「はん、占い師ってのは客商売だからね。そうでなくても、人の顔なんて見飽きてるのさ。それだけ長いことやってれば、なんとなく分かってくるもんだよ」

 

チルノの驚きの言葉を、だがナバラはたいしたこと無いと切って捨てる。大勢の人間と接して、その運勢を占ってきたナバラにしてみれば、あの程度の詐欺師など「これからお前を騙す」と宣言しているようなものにしか見えないのだろう。

 

「それにね、あたしだって伊達に長いこと生きちゃいないのさ。あの程度の武器、一目見りゃ真贋くらい見抜けるよ」

「あはは……精進します」

 

そして同時に、ナバラは多くの物を見て経験を積んでいる。その知識と経験に裏打ちされた結果が、あの商人を一目見て詐欺師と看破した要因だったようだ。

だが老婆の言葉を、まだまだ鑑定眼が足りないと遠回しに指摘されているように聞こえたチルノは情けなさそうに言う。

 

「しかし、あの商人は許せないよな。よりにもよって先生の名を語るなんざよ!」

「うん……おれ、なんだか悲しくなってくるよ。せっかくベンガーナにきて、デパートで色んな物を見たのに、楽しい気持ちが全部吹き飛んじゃったみたいだ……」

 

対してダイとポップは詐欺師に遭い掛けたことよりも、アバンの名を使われたことに憤慨していた。師アバンとの思い出を土足で踏みにじられたようであり、しかもそれが詐欺として金をだまし取る手口に使われたとあっては、誰だろうと良い気はしない。

特にダイの場合、人に騙されたのはでろりん達以来である。それも偽勇者事件と比較すれば陰湿な人の悪意に触れており、その落ち込みようはこの中の誰よりも大きい。

 

「まあ、精々気をつけな。何しろあんたらは、小僧と小娘しかいないんだ。ああいう人間から見れば、さぞ騙しやすいカモに見えるだろうからね。世の中には、日の当たる場所からは見えないだけで、ああいうロクでもない人間が大勢いるもんさ」

 

その言葉にダイの表情はさらに深く沈む。厭世(えんせい)的な価値観を持つナバラに取ってみれば、当たり前のことと認識しているが、それが逆にダイにとっては強い刺激となってしまう。

不安げに下を向く弟の様子を見かねて、チルノが動いた。

 

「あの、ナバラさん……急な話で失礼ですが、占いをお願いしても良いでしょうか?」

 

ナバラとメルルは本来の歴史でもダイたちと知り合う相手である。そして、ダイの秘密に迫る重大な役割を持っている相手でもあるのだ。となれば、ここで彼女たちとつなぎを取っておく必要は絶対にある。

出会ったときにそこまで考えたものの、どうやって切り出すべきかを彼女はしばし悩んでいた。だがようやく、ナバラが「占いに導かれてここに来た」と言う言葉から答えを得ることが出来た。

推測だが、ダイという存在が影響していたのだろう。テランに住まう彼女たちだからこそ、ダイと出会うように導かれたに違いない。

――別世界の話ではあるが、とある勇者も運命に導かれて七人の仲間と出会った。その際、最初の仲間は占い師だったのだ。

 

「ん? ああ、別に構いやしないさ。ただ、こっちも商売だからね。金は払ってもらうよ」

「勿論です。お幾らですか?」

「そうだねぇ……ま、10Gでいいよ」

「10G!? そんな安くて良いんですか?」

 

予想外の値段に驚き、思わず声を上げてしまう。メルルとて祖母の言葉に目を見開いているのだから、普段はもっと高いのだろう。だがナバラは特に気にした様子はない。

 

「こんな場所で出会ったのもきっと何かの縁さ。なら、ちっとばかり気まぐれに良い人にな

ってみたくなったのさ」

 

ニヤリと笑うナバラを見ながら、チルノは自身の道具袋からお金を取り出す。

 

「チルノ、そのくらいならあたしが……」

「ううん。これは個人的なことだから私が出すわ」

 

旅立ちの資金としてブラスが持たせてくれたものや、ロモス王かの報奨金としても幾らかはいただいている。流石にレオナの様に万単位の金額は振る舞えないが。

チルノからゴールドを受け取りながら、ナバラは尋ねる。

 

「それで、何を知りたいんだい?」

「私じゃ無くてダイの……弟の両親のことを占って貰えませんか?」

「姉ちゃん!?」

 

その占いの内容を聞くと、ナバラは「ほぅ」と低く唸った。対してダイは驚いた様にチルノの顔を見る。

 

「何でおれだけなのさ? それって、姉ちゃんだって知りたいことだろ?」

「あ……まずはダイからって思っただけだから。後で私の分も聞くから安心して」

 

自分だけ特別扱いをされているようで、ダイは少しだけ不満だったらしい。チルノの言葉で一応の納得を見せたらしく、それ以上追求することはなかった。

 

「何やら複雑な事情があるようだね。けどまあ、占い師には関係ないことさ。さて……そこの坊やのこと、だったね?」

 

商売道具であるため、肌身離さず持っていたのだろう。ナバラはメルルから水晶玉を受け取るとダイの顔を覗き込み、続いて水晶玉に意識を集中させる。まるで水晶の奥底に眠る何かを探すように真剣な眼差しを見せていた。

ダイたちには分からないが、ここから何かを見つけるのだろう。そしてチルノの予想が正しければ、これだけお膳立てをすれば、占いの結果は彼女が望んだ通りの答えをはじき出すはずだ。

やがて、素人目にもわかるほどの光が、水晶玉の奥からぼんやりと輝きだした。

 

「ん……光だね……小さな光……これはまさか……!?」

「お、おばあさま……!!」

「なんだい急、に……!?」

 

何かを確信したように声を上げたのとほぼ同じタイミングで、メルルが声を上げる。大人しそうな彼女にしては珍しく強い言葉であり、思わずナバラが占いを中断してしまうほどだった。孫娘に集中を邪魔されたようで、半分怒鳴るような声を上げる。だがその言葉の勢いもすぐに衰えた。

メルルの様子が明らかにおかしかったのだ。顔色を青白くさせ、怯えたような表情をしている。寒気が襲ったように震えているその姿は、明らかに異常である。

 

「何かが来るわっ!! 恐ろしい力を持った生き物がたくさん!!」

「……メルル、お前!?」

「来るわ……今すぐに……!!」

 

空を見上げながら、メルルは力強くそう言った。だがその様子に面食らうのはダイたちである。占いを頼んだはずが、突然様子がおかしくなっているのだ。どう反応すれば良いのかなど、分かるものではない。

 

「一体何だってんだ?」

「多分、メルルさんの予知能力だと思う。占い師なんだから、先の危険が見えたじゃないかしら? 言葉を信じるなら、ベンガーナに強いモンスターが来ているみたいよ」

「え……? 嘘でしょ!? この国に!?」

 

ポップの困惑した言葉に、チルノが答える。これも、本来の歴史を知るからこそ言える言葉であった。彼女の言葉通り、メルルはこの国にドラゴンたちが襲来することを予知していた。それは祖母のナバラよりもずっと高い精度である。

本来の歴史による知識と彼女の様子から判断するに、どうやら同じことが起きたとチルノは考える。だが、それは周りからすればにわかには信じ難いことだったようだ。

何しろベンガーナは、魔王軍の脅威にさらされながらも追い返しており、世界一安全な国とすら言われているほどだ。モンスターが来るなど、急に言われても信じられないのも無理もないだろう。

 

「なら、おれがちょっと見てきてやるよ。本当にモンスターが来ているんなら、空から見りゃ一発だからな」

 

そう言うが早いか、ポップはトベルーラの呪文を唱えると空へと浮き上がる。家々の屋根よりも高く上がり、そのまま高度を上げて行く。既に先ほどのデパートよりも高い場所まで浮かんでおり、さながら鳥の仲間にでもなったようなものだ。

 

「ほ~ら、別に何も……」

 

余裕の表情で遠くへと目をやり、そして絶句する。

 

「ド、ドドドドドラゴン!?」

 

そこで彼が見たものは、ドラゴンの軍団が城壁を破り、炎を吐きながら暴れている光景だった。炎に焼かれて、建物からは煙が立ち上っている。ドラゴンたちは小さく、トカゲ程度の大きさにしか見えない。だが距離が離れていてそれなのだ。となれば接近すればどれほどとなるのか……。

 

「ポッ……う……うえ……!」

「あん!? なんだって? 上だぁ?」

 

驚き呆けているところに、下から声が聞こえてきた。だが上空にいるせいか風の音によってはっきりとは聞こえてこない。それでも辛うじて聞き取れた言葉を頼りに彼は上へと視線を向ける。

 

「うおおおぉぉっ!!」

 

そこにいたのは、蛇の様に細長い身体をしたドラゴンだった。黄色の鱗を鈍く輝かせながら、空をまるで泳ぐように舞っている。鋭い目つきがポップを睨むよりも早く、彼は大急ぎで地上へと降りていた。

 

「び、ビビったぜ……ドラゴン相手に空中戦なんざ、やりたくもねぇ……」

「お疲れ様、ポップ。あれ、スカイドラゴンよね? 他にも何かいた?」

「ああ、ばっちり見たぜ。ヒドラにドラゴンが何匹かいやがった……ここに来るのも時間の問題だ……」

 

驚いたせいで少しだけ息を切らせながら、ポップが答える。その言葉に、ダイたちもナバラたちも驚かされた。(ドラゴン)と言えば鉄より固い皮膚と岩をも溶かす炎を吐くことで有名である。メルルの予知能力が本物であると証明されたわけだが、その代価は随分と高価であった。

 

「どうする姫さん、逃げるか? 結構数もいるし、ドラゴン相手はちと分が悪いぜ」

「そうね……空にはスカイドラゴンが見張っているし、ベンガーナの問題だって考えると、下手に首を突っ込みにくいわよ?」

 

ポップ達の言葉にレオナは少しだけ考える。だが、初めから彼女の中で腹は決まっていた。

 

「いいえ、戦いましょう! もしかしたら、(ドラゴン)たちは私たちを狙って上陸してきたのかもしれない……それに、私たちが時間を稼げばそれだけ避難できる人が増えるもの。他国の問題だからなんて言ってられないわ!」

「ふふ、そうこなくっちゃ!」

「よっしゃ、わかったぜ!」

「よっし! やるぞ!!」

 

レオナの言葉を待っていたかのように、三人は気合いを入れる。

 

「ドラゴン共はおれがなんとかする。残りは任せられるか!?」

「じゃあ……ダイはヒドラを。私はスカイドラゴンを相手にする。でいいかしら?」

「大丈夫、任せて!」

「あたしは、(ドラゴン)が来たことを衛兵たちに知らせて、避難を手伝うわ」

 

口早にそう言いながら、それぞれの役割を確認する。既に激戦をくぐり抜けてきているのだ。この程度でまごついてなどいられない。今にも飛び出しそうな仲間の様子を見ながら、チルノは小さな袋を取り出した。

 

「じゃあポップにはこれを渡しておくわね」

「なんだこれ?」

 

そう言いながらポップは小さな袋をチルノから受け取る。

 

「中にはさっきデパートで買った"魔法の聖水"と"薬草"に"毒蛾の粉"が入っているの。万が一の時には遠慮無く使って。ダイにも"魔法の聖水"と"薬草"よ」

「へへへ、こいつぁありがたいな」

 

確かに袋の中には、その三つのアイテムが入っていた。消費した魔法力を回復するアイテムに、使うと相手を混乱させるアイテム。そして体力回復のアイテムである。一人でドラゴンを相手にするポップには嬉しいプレゼントである。

 

「残った"魔法の聖水"は、レオナに渡しておくわ」

 

そう言いながら、残った四本の"魔法の聖水"をレオナに渡す。なお、チルノはチルノで自分の分もしっかりと一本確保済みである。

 

「あ、あんたたち……!?」

「ごめんなさい、ナバラさん。結果はまた後で聞きに来ます。今は避難してください!」

 

チルノがそう言うと、三人は一斉に動き出して(ドラゴン)たちへと向かっていく。その様子をナバラは呆然と見送っていた。

 

「おばあさま、私たちも避難を……」

「いや、大丈夫だよ……大丈夫なはずさ……あたしが見たものが正しければ、あの坊やは……」

「おばあさま……?」

 

自分の占いの結果を信じるように、ナバラは何度も呟く。そんな祖母の様子を見ながら、メルルは不思議そうに首を傾げた。

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■

 

 

 

「うおっ! っと、あぶねぇあぶねぇ……」

 

五匹のドラゴンを相手に、ポップは注意を引きつけつつ街の外へと逃げていた。途中に襲い掛かる炎のブレスや物理攻撃を必死で避けながらである。

トベルーラのおかげで空中を自在に飛び回れるようになったため、どうにか攻撃を避けることができたのだ。慣れぬヨチヨチ歩きのような空中移動や、地上を走って移動するだけでは、魔法使いのポップでは、ここまで引き連れる途中に高確率でやられていただろう。

 

「へっ……こんなごっついやつらと一匹一匹やりあってたら勝負にならねぇや。ここは一気に大呪文できめてやらぁ!!」

 

街の外まで上手く誘導できたことを空中に浮かびながら確認すると、ポップは不敵に笑う。眼下を見れば、五匹のドラゴンたちがそれぞれ集まっているのだ。修行の成果を見せるにはまたとない好条件である。

 

「それにしても、日頃師匠から"ドラゴンくらいぶっ飛ばせるようになれ"って言われてたところに、おあつらえ向きに出てくるとはね……悪いがお前らには、踏み台になってもらうぜ!」

 

命の危険に直結するような無茶な修行の日々を思い出して、どうやらフラストレーションが溜まっているようだ。

なお、マトリフがポップに修行を付ける際にやたらと"ドラゴン程度は倒せるようになっておけ"と言っていたのは、とある少女が彼の前でうっかり口を滑らせたためである。まあ、戦場で下手を撃たないための師匠からの愛の鞭だと思っておこう。決して師の看板に泥を塗られるのが嫌だったわけではない。

 

「……大地に眠る力強き精霊たちよ……いまこそ我が声に耳を傾けたまえ」

 

マトリフから受け継いだ"輝きの杖"を構え、意識と魔力を集中する。一点に集まっていく魔法力がキラキラと粒子のように輝き、呪文に関する知識を持たない者であっても、一瞥しただけでただ事では無い何かが起きることは容易に想像できた。

そしてそれは、ドラゴンであっても同じ事だったようだ。

空中に漂う魔法使いへ向けて、一匹のドラゴンが機先を制するように炎を吹きかける。

 

重圧呪文(ベタン)!!」

 

だがドラゴンの行動は遅すぎたようだ。炎が届くよりも先にポップの呪文が完成した。

標的を中心として地上に円形の超重力場が形成される。今回の場合、標的はドラゴンたちが集まったその中心点だ。

円の範囲内にいたドラゴンたちは揃って重力の網に捕まり、強烈な力で押し潰されていく。如何に強靱な鱗と高い生命力を持った(ドラゴン)の種族であろうとも、この呪文の威力の前にはひとたまりも無かった。

圧力によって大地が陥没し、まるで生きながらにして土中へと押し込まれていくようにドラゴンたちの姿が見えなくなっていく。それでも呪文の威力は止まることを知らず、円の中に存在する全ての存在へと等しく襲い掛かっていった。

 

「や、やりぃ……!」

 

呪文の効果を確認したポップが感嘆の声を上げる。ベタンの呪文を展開していたのは僅かな間――どれだけ長くとも、一分には満たなかっただろう。そんな短時間しか維持していないのにも拘わらず、彼の魔法力は底が見え始めていた。

だがそれだけの魔法力を消費した甲斐があったようだ。ドラゴンたちは揃って押しつぶされて土の中に埋もれている。

 

「すっげぇ……さすがはマトリフ師匠直伝の呪文だぜ……危うく魔法力が空っぽになるところだった……」

 

魔法力の減少によって息を切らしながらも、自分の放った呪文の威力に驚いていた。それと同時に、これだけの途轍もない呪文を放っていながらもまだ枯渇しないほどの自分の魔法力の多さにも驚いていた。

世界最強の大魔道士である師の修行は伊達では無かった。とはいえ魔法力を大幅に消費してしまい、トベルーラの呪文を維持するのもキツくなっている。仕方なく地面へと降り立った時だ。

押し潰されたはずの土砂がゆっくりと持ち上がり、その下から一匹のドラゴンが顔を上げてポップを睨みつける。

 

「げえっ!! まだ生きてやがった!?」

 

完璧に仕留めたと思い込み、いささか油断していたようだ。不意をつくように現れたドラゴンに対して先手を譲る形になってしまう。万全な状態と比べれば受けたダメージは深く、その動きは緩慢であるが、ドラゴンは火炎の息を吹き出す準備を既に終えていた。

ポップはようやく驚きから立ち直ったところだ。己の油断を呪いながら、間に合わぬと知りつつも少しでも炎を避けようとしたときだ。

 

「グワアアアアァァァッッ!!」

「えっ!?」

 

断末魔が響き渡り、彼の眼前にいたドラゴンが音を立てて崩れ落ちた。突然の出来事に何が何だか分からずポップは混乱するが、すぐに原因に気がついた。

 

「この斧は!!」

 

ドラゴンの背中に、見覚えのある巨大な斧が深々と突き刺さっていた。その巨体と比べても見劣りしないほどの大きな斧。そんな物を振り回せるのは、彼は一人しか知らない。

 

「大丈夫かポップ?」

「ク、クロコダインのおっさん!?」

 

そんな彼の予想を裏付けるように、ドラゴンたちの潰れた場所の向こうからクロコダインが駆け寄ってきた。真空の斧を手放しているためか、その動きは心なしか軽快だった。

 

「けれど、どうしてここに? 確かおっさんはヒュンケルと敵の調査に向かったはずじゃ……」

「そのことだが。色々と予想外の事が起きたのでな。情報を共有するために、一旦戻ってきたのだ」

 

話しながらポップの近くまで寄ってきたクロコダインは、背中に突き刺さった斧を軽々と引っこ抜いた。その様子を見ながらポップは不思議そうに呟く。

 

「しかしよくこの場所がわかったなぁ……そういやチルノから何か貰ってたような?」

「ああ。ダイの居場所が分かるという呪符と、キメラの翼だ。だがベンガーナに来たことはなかったのでな。近くまでキメラの翼を使い、後は走ってきたのだが……」

 

流石の獣王も、ベンガーナの詳細な位置までは覚えていなかったようだ。そのため、大まかな位置を確認した後でキメラの翼を使って最寄りの地点まで移動し、その後は徒歩で移動するという手段を取っていた。

今回の場合、それが幸運にも上手く転がったようだ。おかげでポップの窮地を救う事が出来た上に、ダイたちへの加勢と合流も本来の歴史よりも早く適ったのだから。

 

――というか本来の歴史の場合、どうやって彼はダイたちの居所を知ったのだろうか? あの時のダイたちはベンガーナからさらに移動していたため、足取りを追っていたのではどう考えても間に合わないはずなのだが……考えても仕方ないので、話を戻そう。

 

「だが驚いたぞ。こんなところでお前がドラゴンと戦っているなぞ、夢にも思わなかった」

「ああ……って、のんびりしている場合じゃねえ! まだ街にはヒドラとスカイドラゴンが残っているんだ!」

「なんだと!?」

 

何が起こっているのかを知らないクロコダインは、ポップの言葉に驚く。そして同時に、その敵の種類からついにバランが動き出したことを悟ってその身を震わせる。

 

「すまねぇ、おっさん。もうちょっと手を貸してくれ!」

「まかせろ!」

「よし、こっちだぜ!」

 

そこまで言うとポップは先導するように駆け出していく。その後を追うようにしてクロコダインが続く。

 

――まあ、四匹まで倒せたからセーフだよな?

 

圧殺されたドラゴンたちをちらりと見ながら、ポップはそう思う。だが同時に、一匹倒し損ねたことは師匠には絶対に秘密にしておこうと心に誓っていた。

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■

 

 

 

「【エアロガ】!!」

 

スカイドラゴンが空中から炎のブレスを吹き出した。そのタイミングを狙って、チルノは魔法を発動させる。

風を操るエアロ系魔法の最上位に位置するエアロガは、その名に恥じぬ嵐のような強風を巻き起こし、相手へと襲い掛かった。勢いよく吐き出されたはずの火炎の息はエアロガの勢いに負けてスカイドラゴンへと襲い掛かる。

 

「グオオオッ!」

 

強風に吹き散らされた炎は放たれた時ほどの威力は既に無く、スカイドラゴンを軽く炙る程度の火力しか発揮しなかった。襲い掛かる風も途端にその威力を殺されており、天空を舞う相手にはさほど威力を発揮しない。

とはいえ、ダメージを負わない訳では無い。それを嫌ったスカイドラゴンは身をくねらせ、チルノから距離を取って別の場所へと離れようとする。

 

「【ブリザド】」

 

だが少女がそれを許さない。

続けざまに魔法にて冷気を操り、顔面を掠めるようにして放ち、相手の髭を凍らせる。それに苛立ったスカイドラゴンの動きが止まる。

 

「ほらほら、こっちよ! あなたの相手は私がしてあげるから!」

 

チルノが大声で叫び、(ドラゴン)の注意を引きつける。安い挑発であるが、スカイドラゴンは本能的にその苛立ちをぶつけるべく、チルノへと襲い掛かろうとする。

 

「【ファイア】!」

 

今度は下級の炎を放つ魔法にて、スカイドラゴンの視界を遮る。やはりダメージは微々たるものだが、突然の高熱を嫌がってか距離を取った。

 

敵のその動きを確認するとチルノは移動しつつ、少しだけ息を吐いた。

 

今の彼女の実力ならば、もっと強大な魔法を操ってスカイドラゴンを屠ることは十分に可能である。とはいえ、不用意にそれを実行するわけにもいかない。

何しろスカイドラゴンは空を飛んでいる。そんな巨大な生物を空中で仕留めてしまえば、どこに落下するのか分からない。未だ人々の避難が完了したわけではないのだ。

下手をすれば避難した方向に魔法の影響を与えてしまうかも知れない。そのため彼女は『ブレスを無力化しながら、スカイドラゴンを足止めして街の外まで誘導する』という何とも面倒な役割を求められていた。

 

「空を飛べたらもう少しやりようがあったのかも知れないけれど、危険だものね……」

 

本来ならば、飛翔呪文(トベルーラ)を使えるポップがスカイドラゴンを相手に空中戦を繰り広げれば良いと思うかも知れない。

だが、本来人間は空を飛ぶようには出来ていない。そのため高さまでを意識する、いわゆる三次元的な戦いは不得手である。如何にトベルーラを覚えて訓練しているとはいえ、ポップであっても下手をすればやられる可能性があった。何しろ空中戦は敵の領分である。そこへノコノコと踏み込めば、負ける可能性がある。

そしてチルノが相手をする何よりの理由は、強風を操ることで炎のブレスへの対抗手段がある。上から縦横無尽に降り注ぐ炎を相手にするには、パーティの中で彼女が一番適していたのだ。

 

チルノが奮戦している場所から少し遠くを見れば、ヒドラが暴れているのが分かる。こちらはダイの担当であった。

複数の長い首を持ち、強烈な力を持つヒドラであったが、ダイは臆することは無かった。街中のため、被害を減らしつつも足止めと誘導を的確に切り替え、避難が完了するまで耐えねばならないという難題を前にしても、いささかの闘志の衰えも見えない。

一度悔しい想いをしたことが、ダイの視界を広くしているのだろう。周囲を見ては立ち位置を巧みに変えながら、海波斬と呪文を上手く使って戦っている。

本来の歴史とは異なって無理に攻撃する事も無く、それでいて新品の剣であるため武器も健在であり、ダメージも受けていない。

 

「こっちも負けてられないわね」

 

チラリとダイの活躍を見ながら、再び空へと視線を戻す。スカイドラゴンは空に浮かんだまま、どう動くか攻めあぐねているようだった。

 

本来の歴史と比べれば、一行には余裕があった。(ドラゴン)たちの襲撃に対する発見と対応が早かったおかげで、より街の外に近い場所で(ドラゴン)の相手をすることができた。

そのため人々のどちらに逃げれば良いのかが分かり易く、素早く協力して動くこともできた。落ちてきた瓦礫の下敷きになるような被害者も見当たらず、一見してこの対応は順調と言って良いだろう。ならばこのまま何事も無く終わるはずだ。

 

――チルノは、そう思い込んでいた。

 

「……えっ!?」

 

その耳に一瞬届いた声を、彼女は最初は聞き間違えかと思った。だがすぐに足を止めて、再び耳を澄ます。幸いにもスカイドラゴンの動きは鈍っており、音に集中する程度の時間は十分にあった。

 

「やっぱり、聞き間違えじゃ無い!!」

 

聞こえてきたのは、すすり泣く様な小さな声。おそらくはまだ十歳にも満たない子供だろう。それがどこかから響いてくる。しかし、それが正確にどこから聞こえてきているのかは分からない。オマケにグズグズしていれば何時スカイドラゴンが動き出すとも知れない。

 

「誰かいるの!? いたら返事をして!!」

 

すっかり人の気配が薄くなった周辺を目掛けて声を掛ける。するとほんの少しだけ、石がぶつかったような音が響いた。チルノは慌ててそちらを向く。

 

「……いた!」

 

そこには彼女の予想通り、幼い少女がいた。路地の影に隠れるようにして座り込み、なるほどこれでは上空にばかり目が行っていたチルノに気付けというのは難しいだろう。慌てて近寄って見れば、少女の目は涙を流しすぎたのかやや腫れぼったくなっている。だが幸いなことに外傷は見当たらない。

 

「大丈夫? 怪我は無い? 安心して、すぐにお母さんのところまで連れて行ってあげるから」

「う……うん……」

 

親とはぐれたのだろうとアタリを付けたチルノは、姿勢を低くして少女と目線を合わせると優しく声を掛ける。すると少女はぐずりながらもチルノの胸へと飛び込んできた。恐怖の限界だったらしく、少女の震えはチルノにも伝わってくる。

 

チルノの予想通り、少女は両親と共に避難している際に人混みに飲まれて、はぐれていた。そして彼女はなんとか親に会おうと必死で移動したものの、小さな子供の足と考えでは正しい方向へ移動できるはずもない。

まるで見当違いの方向へと進んでしまい、さらに悪いことにその方角はチルノがスカイドラゴンをおびき寄せている方向だった。どんどん近寄ってくるモンスターに恐怖した少女は、路地に隠れて泣くことしかできなかった。そこへチルノの声を聞き、思わず身を竦ませて足下にあった石を蹴り飛ばした。

その音によって幸運にも見つけることができたのだが――

 

――マズい!!

 

少女を抱きかかえながら立ち上がったチルノは、上空に視線を走らせるとそう心の中で叫ぶ。今まで動きを見せなかったスカイドラゴンがついに動き出したのだ。それも動きからチルノへの攻撃の意思が見て取れる。

悪いときに悪いことは重なるものだと頭では分かっていても、思わず苛立ちに敵を睨みつけて、そして気付いた。

 

「笑っ……た?」

 

それは錯覚だったかもしれない。角度のせいでそう見えただけかもしれない。だがチルノの目にははっきりと、スカイドラゴンがニヤけ笑いを浮かべているように見えた。

そしてチルノは同時に、敵が笑った理由をなんとなくだが理解する。

彼女は保護した少女を抱きかかえており、行動が制限されている。もしもこの子を怪我無く守るためには、より慎重に使う魔法を選ばなければならない。敵はそれを理解しているのだとしか思えない。

 

「ちょっとだけ我慢しててね」

 

少女の視界を遮るように抱え直すと、身を隠すべく路地を奥へと進む。だがスカイドラゴンは迷うこと無くそれを追い、炎を吐き出した。

それも今までのようなただ強く吐き出すものではなく、巧みに動きを変えて、一カ所に留まることなく炎を広範囲へ撒き散らすような攻撃になっている。仮にエアロガで迎撃したとしても範囲が広く、必ず撃ち漏らしが出てくるような攻撃方法である。

 

――知恵をつけている!?

 

思わず叫びかけたが、考えればそれは当然の事象だった。野生の獣であっても、同じ体験を何度も繰り返せば学習して別の行動や対抗策を取る。

ましてや相手はバラン率いる超竜軍団の(ドラゴン)たちなのだ。統率された戦いを経験した(ドラゴン)たちがその戦術を学び、戦いへと活かしていたとしても何ら不思議では無い。

 

「【エアロラ】!」

 

なんとか片手を動かし、風で盾を張る。これでやりすごせると、そう思っていた。

だがその炎は敵の誘い水。チルノが魔法を唱えた瞬間、スカイドラゴンは待っていましたとばかりに高度を下げる。本命はスカイドラゴン本体による上空からの攻撃だった。

 

――読み間違えた!!

 

路地裏へと逃げたのが仇となった。身を躱すスペースが無ければ、少女を抱えているせいで相打ち覚悟のような行動も制限されている。

思考はまとまらなくとも、敵は待ってくれない。

 

「くっ!!」

 

襲い掛かる(ドラゴン)の爪牙を前にして、チルノは少女を庇うように体勢を変え、身を低くしながら相手のことを睨みつけるしかできなかった。

 

 




やっとガ系が解禁です。
伊達にマトリフさんのところでセクハラ被害を受けながら特訓してたわけじゃありません。

敵戦力ですが、スカイドラゴンが追加されました。
一応人数が増えてますからね……その程度は敵も対応してくるでしょう。
まあ噛ませとはいえ竜なので、それなりに強敵な感じを出さないと……
(ダイのワリを食っているだけのような気もしますが)

毒蛾の粉は使わんのかい(セルフ突っ込み)
クロコダインが早めに戻ってきちゃったので、仕方ないのです。

次回も(というよりもバラン編は)ご都合主義マシマシでお送りします。

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