隣のほうから来ました   作:にせラビア

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ペースがガメゴンで申し訳ない……



LEVEL:41 対決! 竜の騎士!!

「姉、だと……?」

 

直前の言葉を口の中で繰り返しながら、バランは胡乱げな瞳でチルノを見つめてきた。

その反応を見ながらチルノは、やはり知らなかったのかと心の中で落胆する。確かに(ドラゴン)の騎士である以上、バランの敵は存在しないと言ってもいいだろう。だが、だからといってこれは酷すぎる。相手を侮りすぎだ。

少しでも調べておけば良いものを。そう思わずにはいられない。

 

「そうよ。と言っても、血の繋がりは無い義理の姉だけどね。でも、子供の頃からダイとずっと一緒に暮らしてきた。あなたが実の親なら、私は育ての親ってところかしら?」

 

少し考えれば、分かることだろう。当時のダイは一歳程度である。そんな子供が独力で生き抜くことなど絶対に不可能。ならばどこかに育ての親がいることくらいはすぐに考えつく。そんな相手がいることすらバランは思いつかなかったというのか。

 

「たとえ血の繋がりはなくても、ダイとの絆はあなたよりもずっと強い! ダイを連れていきたかったら、私とおじいちゃんの許可を取りなさい!」

 

そんなバランの浅慮を責めるように、チルノは声高に宣言する。実の親子よりも深い繋がりが自分にはあるのだと。それはなんら恥じることの無い、なによりの誇り。

親が子をどう扱おうと問題が無い。というバランの理屈に当てはめれば、チルノにはバラン以上の権利があるのだと言い返す。

 

そんなチルノの姿を、この場にいる全員が見つめていた。(ドラゴン)の騎士と恐れられている相手を前にして一歩も引かず、自らの正当性を主張するその姿はきっと、なによりも気高く強い姿に映ったことだろう。

 

「……なるほど。貴様とその祖父というのが、ディーノをここまで育ててくれたか。そのことだけ(・・)は礼を言おう」

 

チルノの言葉を飲み込むと、バランは微笑を浮かべながらそう口にした。彼女がいなければ息子と再会することは叶わなかったのだ。その程度は誰にでも分かる。

 

「だが随分と聞き分け悪く育ててくれたものだ。貴様に子育ての才能は無かったようだな」

 

だがそれとコレとは話が別だ。とでも言わんばかりに、バランは皮肉を言う。それは先ほどの言葉の中で『だけ』という単語に語気を込めたことからも明らかだった。再会させてくれたことに最低限の礼儀は尽くすが、それだけでしかない。

そんな感情が込められていた。

 

「そうでしょう? モンスターと子供っていう不慣れな親の下でも、これだけまっすぐ素直な良い子に育った自慢の弟よ」

 

そんなバランの言葉にチルノが黙っている訳がない。目には目を。皮肉には皮肉を。ダイがこう育ったのは何よりも持って生まれた本人の資質だと言外にそう言ってのける。それはバランという親がいなくとも問題ないと婉曲に宣言しているようなものだ。

チルノの皮肉を理解してか、バランの表情が僅かながら険しいものになる。

 

「……もう一つ言わせて貰おう」

 

だが表情の変化とは裏腹に、バランの声は一段トーンが下がる。それが逆に嵐の前の静けさを想起させ、思わずチルノは息を飲んだ。

 

「如何に恩があろうとも貴様とディーノは他人にすぎん! 貴様に意義を唱える権利などあるものか!!」

「……なっ!?」

「てめぇ、それで押し切るつもりかよ!! 血の繋がりがそんなに大事なのかよ!!」

 

更に強引な理屈を展開するバランの言葉にレオナは絶句し、ポップは怒り心頭に発して非難の言葉を叫ぶ。

 

「っ!! わからずや!! どうあっても今のダイは認めないっていうの!? 今ならまだやり直せるはずよ!!」

 

その反応はチルノも同様だった。

彼女自身、ここでバランを言葉だけで説得させることは不可能に近いと思っていた。だがそれでも、バランの心に楔を打ち込む事くらいはできるだろう。自分は間違っていたのかも知れないと、僅かでも思わせることができるだろう。

そう考えていた。

本来の歴史ではダイとバランは共闘する以上、その動きを少しでも加速させてやりたいと願っていた。

 

だがそんな期待とは裏腹に、バランが口にしたのはさらなる強硬論だった。自分が追い詰めすぎたのだろうか。それともどうあっても有無を言わさないという頑迷すぎる意思を持っているのか。

 

「くどい!! それとこれとは話が別だ!! 本来ならばディーノは私が育てていた子だ! そもそも貴様のような者に育てられたこと自体が誤りだったのだ! それを正しい形に戻すだけだ!!」

「ふざけるなあああぁぁっ!!」

 

三人の言葉にもバランは聞く耳を持たず、息子の過ちを正すと言ってのけた。独善的過ぎるその言葉は、ダイにとって黙って聞いていられるものではなかった。

そこには彼が何よりも許容することの出来ない言葉が潜んでいたのだから。それまで沈黙したまま二人の会話を聞いていたダイが、突如として叫ぶ。

 

「ディーノ……?」

「その名前でおれを呼ぶな!! おれの名前はダイだ!! じいちゃんと姉ちゃんから貰った立派な名前だ!! おれは二人からたくさんのことを教えてもらったんだ!! 人間を滅ぼす事が正しいだなんて思えない!! それを間違いだって言うのなら!!」

 

子供の頃から積み重ねてきた多くの絆。その全てを否定する発言をダイは認めることなど決して出来なかった。

 

「あんたなんか親じゃない!! おれが相手だ!! お前を倒す!!」

 

バランから受けたダメージはまだ残っているはずだ。だがダイは取り落とした剣をいつの間にか再び手にしており、それをバランへと突きつけて殺気を飛ばす。

ダイから発せられる闘気は実の親を相手に向ける様な物ではなかった。実の親だというのに、親の仇を前にした時のような強すぎる気配。それはダイの心を物語っている。

 

「……ダイ、本当にいいの? バランが実のお父さんなのは間違いないのよ?」

 

仕方の無いことだと分かっていても、親子同士の争いはできるだけ穏便に事を進めたい。ここでダイがバランを殺害するようなことになれば、何のために手を出し続けてきたのか分からなくなる。

それを回避するべく、チルノはダイへと問いかけた。

 

「かまわない! おれの親はブラスじいちゃんだ!!」

「そう、わかったわ。だったら……」

 

ダイの返事を聞いて、チルノは少しだけ付け加える。

 

「力づくでも言うことを聞かせて、バランを正しい道に戻してあげましょう!」

「……!」

 

決意を込めた顔でそう言うと、ダイの頬がほんの少しだけ紅潮する。それは僅かに浮かび上がった歓喜の感情だ。あれだけ身勝手なことを言われたというのに、だがダイの心には実の父親を慕う気持ちも存在していたようだ。

まだどこかで、正しい関係に戻りたいと願っているらしい。

それが実の親などいないはずのチルノには少しだけ羨ましく思えた。

 

「フン、力づくとは大きく出たな……だが、身の程を知らぬとは哀れなことだ。(ドラゴン)の騎士を相手にそれを行えると思っているのか?」

 

そう言いながら、バランから放たれる重圧が強くなっていく。どうやら戦闘態勢に入ったらしい。まだ武器すら抜いていないにもかかわらず、伝わってくる威圧感は下手な敵の全力を軽々と上回る。

 

「どうやら、オレの出番だな」

 

バランの闘気に呼応するかのような強い闘気を放ちながら、クロコダインが最前列に歩み出てきた。その全身から感じる威風堂々とした気配は、まさに百獣の王。相手が無数の(ドラゴン)を束ねる軍団長を前にしても、決して引けを取らない。

 

「ナバラさんたちは、離れてください!!」

「わ、わかったよ!」

「は……はい!!」

 

クロコダインが壁になったタイミングで、チルノはそう叫ぶ。戦闘能力を持たない一般人のナバラたちでは、この強すぎる気配を前に立っているだけでも辛いだろう。テランまで連れてきてくれただけでもありがたいのだ。この上さらに戦いに巻き込む様な真似は出来なかった。

チルノの言葉にナバラはすぐに反応して離れていく。メルルは一瞬だけ躊躇ったような姿を見せるが、やがて祖母を追うように動いた。

二人が離れることを確認すると、続いてスラリンとゴメちゃんにも同様に声を掛ける。二匹の仲間もまた、彼女の言葉に従ってそれぞれ動いた。

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■

 

 

 

「クロコダインか……そういえば貴様は、先ほどから黙っていたな。てっきり私の言葉に共感しているとばかり思っていたぞ」

「そうではない。お前がダイを無理にでも連れて行こうとした時点で、戦いになるだろうと見越していた。そのため、無駄な口を開かずに備えていただけのことだ」

 

そう言うとクロコダインは全身から闘気を漲らせる。深く静かにため込まれた闘気は彼が通常の戦闘時に放つそれよりも遙かに強い。バランを相手にしても見劣りしないほどだ。

かつての同僚の気配を肌で感じながら、バランはクロコダインの言葉が嘘偽りではないことを察する。何しろ放たれる闘気からは怯えや迷いは一切感じられなかった。

それはクロコダインが完全に戦闘へと集中していることの証明だ。

 

「そして理由はもう一つある。ダイのことならばわざわざオレが何かを言う必要もない。何しろ最大の理解者が隣にいるのだからな」

 

少しだけ首を動かし、ちらりとチルノを見る。

彼女はクロコダインの予想通りに――いや、それ以上の成果を上げたと言っていいだろう。

 

「なるほど。もはや完全に人間の味方というわけか……残念だ。私は六団長の中では最もお前を買っていたのに……」

 

だがバランはその言葉を聞いて落胆する。

 

「そういえば、あのヒュンケルという男も嫌いではなかった。あの人間を憎む氷のような心がな……だが、私の気に入ったヤツは皆、魔王軍を去る……フッ、よほどハドラーに人望がないのかな?」

「それは違う!」

 

嘲笑気味に呟いたバランの言葉をクロコダインは強く否定する。

 

「……なにっ!?」

「ヒュンケルは違うが――少なくともオレは、ハドラーやバーン様の為ならば死んでも良いと思っていた。主の為に生命を捨てるのが真の武人! その対象がダイたちになっただけの話だ」

 

ヒュンケルが人間に剣を向けた理由を知るクロコダインは一瞬だけ言葉を詰まらせた。だがそんなことは関係ないとばかりに心の内を放つ。

 

「……それが、お前が戦う理由か?」

「ダイがいなければ、オレやヒュンケルはいつまでも魔道をさ迷っていただろう。ダイはオレたちの心の闇に光を与えてくれたのだ。まるで太陽のようにな!!」

 

――太陽……!?

 

クロコダインの例えた太陽と言う言葉に、バランは少しだけ過去を想起させる。かつて彼の愛した女性もまた、太陽のような女性だったのだ。暖かく輝き、自身に光を与えてくれた。

それを息子が受け継いでいるのかと思えば、複雑な気分にもなろう。

 

「そしてもう一人。その太陽の隣に寄り添う少女がいる」

「……む?」

 

思い出に浸りかけた心が、続くクロコダインの言葉に引き戻される。かつて認めていた相手にそれほどの事を言わせる相手が、息子以外にいるのかと驚かされた。

そして彼の言葉に、少しだけ嫌な予感を見せる少女が一人。

 

「ダイが太陽ならば、その娘は月――太陽の光に照らされて輝きその存在感を見せる。そして、ときには夜の安らぎを与えてくれる。あの二人の為ならば、たとえどのような相手であろうと戦うのみ!!」

 

太陽の光は確かに恵みを与えてくれるが、ずっと太陽が照りつけていてはそれは害にもなる。だからこそ夜が訪れ、人々は休息する。そして休む人々を月の光が優しく照らす。昼間、陽光の下で動く生き物を見守るように。

月は太陽が無ければ輝くことはないが、太陽の照らす事の出来ない場面を照らす。

 

月は女性との結びつきに強く例えられる。そして神秘的な表現にも使われる。ダイのことを陰に日向に守り、本来の歴史という知識を持って太陽を手助けを行い、その手段にこの世界には存在しない魔法を扱うチルノを評するには、中々どうして上手い例えと言えよう。

 

――もっとも、そのクロコダインの言葉を聞いて悶絶しそうになるのを必死で堪えている少女がいるのも事実なのだが。

 

なんにせよ、本来の歴史と比較して守る相手が増えたこと。そしてチルノの言葉によってクロコダインには覚悟を決めるだけの時間があった。もはや彼がバランを相手に怯えることなどない。

 

「ありがとう、クロコダイン! けど、これはおれの戦いなんだ!」

「ダイよ。悔しいかも知れんが、バランはお前一人で手に負える相手ではない。オレにも手伝わせてくれ」

「当然オレも戦うぜ!」

「あたしだって! 皆で力を合わせれば!!」

 

クロコダインの助力の言葉に、ポップとレオナも続く。

 

「気持ちはありがたいが、無駄だ。ここはオレとダイに任せておけ」

 

だがそれを制したのもまたクロコダインの言葉だった。

 

「どういう理屈かは知らんが、この男には呪文の類いが全く通じないのだ。素手か武器による直接攻撃以外はおそらくダメージを与えられまい」

「えっ!?」

「さすが獣王、見抜いていたか……」

 

やって見なければ分からない、そう反論しようとするよりも早く、バランが感心したように呟いた。

その言葉にポップが続く言葉を失う。それが事実だと言うことが、他ならぬ敵の手で証明されたのだから。

 

「わかったら下がっていろ。すまんが、お前達を庇いきるだけの余裕があるとは思えん」

「嫌」

 

引き下がりかけたポップたちであったが、チルノだけは言葉少なく否定するとダイたちに並ぶように前へと出る。

 

「チルノ、お前はオレの話を聞いていなかったのか?」

「あれだけ啖呵を切っておきながら後はだんまりなんて、恥ずかしくって出来ないわよ」

「しかし……!」

「大丈夫よ、見くびらないで。たとえ相手が常時マホカンタを使っていたとしても、戦う方法はあるの」

 

なおも心配そうな顔を見せるダイとクロコダインに向けて、余裕そうな表情でそう言う。

ダイたちから見れば、チルノは何かと隠し玉の多い存在だ。それだけでならばなんとかなるのではないかと考え、渋々引き下がった。

 

事実、彼女には考えがあった。

バランに呪文が無効化されるのは、(ドラゴン)の騎士だけが持つ竜闘気(ドラゴニックオーラ)というものが関係している。

(ドラゴン)の紋章が輝けば、(ドラゴン)の騎士はその身体に竜闘気(ドラゴニックオーラ)と呼ばれる生命エネルギーの気流を纏う。それは闘気の最上位と呼べるほどの性能を持ち、高めれば攻撃にも防御にもその威力を発揮する。

その防御力は凄まじく、全身を鋼鉄よりも強固にさせ、あらゆる呪文をはね返す防御膜になる。

だが、いかに竜闘気(ドラゴニックオーラ)といえどもそれ以上のエネルギーを叩き込めば打ち破る事が出来る。そして彼女が扱う魔法には、たとえ相手が反射魔法を唱えていようとも突き破るだけの強力な物がある。それを使えば、この世界の呪文返し(マホカンタ)であってもダメージを与えられるはずだ。

 

それに、たとえ通じなかったとしてもそれほど問題は無い。支援魔法を唱えたり、攻撃魔法で足場を崩したり敵の視界を遮ったりと、援護に徹すればいい。

馬鹿の一つ覚えのように直接ダメージを与えるだけが仕事では無いのだ。

 

「……相談は終わったか? ならば見せてやろう。完成された(ドラゴン)の騎士の力を!!」

 

戦いの火蓋が切って落とされる。

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■

 

 

 

「ディーノ……いや、もはや人間共の呼び方に従ってダイと呼ぼう」

 

バランは額の紋章を輝かせながら宣言する。

 

「ダイとその仲間たちよっ!! 人間どもに味方するお前たちを倒す!! もはや命がないものと思えっ!!」

「ぐっ、ううぅっ……!!」

 

殺気の籠もった視線に思わず飲まれかけたが、ダイは自らの気力を奮い立たせて立ち直ろうとする。チルノとクロコダインの会話のおかげで受けたダメージは回復していたが、ほぼ一方的にやられたことがダイの心に影を落とし、弱気にさせていた。

必死で剣を握り直し、アバンストラッシュの構えを取る。

 

「何をするのかと思えば、アバンストラッシュとか言ったな。その技が私に通じぬのは証明済みのはず」

「違うっ!!」

 

湖底の神殿でバランと戦ったとき、ダイのアバンストラッシュは無力化されている。だがバランの言葉をダイは否定する。あの時と今では何もかも状況が違っているのだ。

 

「さっきは使えなかっただけで、ここでなら使える技もある! ここにはみんながいる! なにより、アバン先生の最高奥義がそんな簡単に負けるわけが無い!! それに、おれだって(ドラゴン)の騎士なんだ! だったら!!」

 

――おれの身体の中に眠っている(ドラゴン)の力よ! 目を覚ましてくれ!! おれが本当に(ドラゴン)の騎士なら、アイツを倒すだけの力を!!

 

ダイは瞳を閉じて意識を集中し、自己の内に眠る力へと必死で語りかける。だがどれだけ訴え続けようとも、(ドラゴン)の力は応えない。

虚しく時間が過ぎていくだけだ。

 

「無駄だ。普通、(ドラゴン)の騎士は成人するまで己の意思で紋章の力をコントロールすることは出来ん。都合の良い奇跡は起こらんのだ!」

 

見かねたようにバランが口にする。(ドラゴン)の騎士として成長してきた彼の言葉は事実なのだろう。だが、本来の歴史であればダイはここで紋章の力を操っていたのだ。ならば何故か。

 

その答えは、彼の今までの経験にあった。

本来の歴史でダイが(ドラゴン)の紋章を操ったのは四回――デルムリン島でレオナを救うため・ハドラーとの初戦・クロコダインとの決戦・氷漬けとなったレオナを救うため――である。

だがこの世界では二回だけ――ハドラーとの戦いと、クロコダインとの決戦のときだけだ。紋章の力を操った経験が少なく、地力を上げてきたことで紋章に頼る必要もなかった。

その差異が、今の状況を生み出していた。

 

だがダイが紋章を操るまで待つ気などバランには無い。ダイたちへと攻撃を仕掛けんと動き出す。

 

「ウオオオオオッ!!」

「むっ!」

 

歩みを進めたバランに向けて、クロコダインが機先を制した。駆け出すと共に手にした斧を勢いよく叩きつける。だがただの攻撃であれば、それほど恐れることはないだろう。

そう判断した次の瞬間、嫌な予感を感じたバランは片手に竜闘気(ドラゴニックオーラ)を集中させて斧の一撃を受け止める。

 

「ぐっ……硬いな」

「貴様こそ、なかなかどうして大した一撃だ。ハドラーと言えどもこの一撃を受けては無事では済まなかっただろう」

「その言葉も、無傷の相手からでは嫌味にしか聞こえんな」

 

バランと斧との間に、竜闘気(ドラゴニックオーラ)が光り輝く。初めて目にしたクロコダインは、斧から伝わってくるその感触と光景に少なからず驚かされていた。

だがチルノの言葉からバランに何かしらの特別な力があるいう予想を立てていたクロコダインは、それを見てもさほど驚かない。

神に選ばれたとまで言わしめた相手と戦っているのだ。そのくらいで驚いていては身が持たないだろう。

 

「それにその斧、何か細工がしてあるな?」

 

並大抵の武器であれば、竜闘気(ドラゴニックオーラ)に叩きつければ武器の方が砕け散る。それだけの防御力を備えているのだ。だが現実に"真空の斧"はヒビの一つすら入ることなく存在している。

 

「フフフ、さてな?」

 

訝しむバランに対して、クロコダインは不敵に笑う。

"真空の斧"はチルノが加工した竜の素材によって強度もあがり、何よりも対(ドラゴン)の力を備えていた。だがそれほど劇的な効果が期待できるわけでもない。あくまで(ドラゴン)に対して効果が高くなるといった程度だ。

だがクロコダインの豪腕で振るわれればその効果も何倍にも膨れ上がる。そして(ドラゴン)の騎士は竜の性質を備えているのだ。効果が無いなどとは言わせない。

バランは本能で危険を察知し、竜闘気(ドラゴニックオーラ)を強くすることでダメージを防いだが、もしも慢心したままであれば手痛い一撃を受けていたことだろう。

 

「それよりも、そんなに余裕を見せていいのか?」

 

そう言うが早いか、再びバランへと攻撃を仕掛ける。だが今度の攻撃は先ほどとは比較にならない。理屈は大地斬のそれと同じ。最も自然な動きで全身から力を放ち、一気に振り下ろすだけ。

ただ斧という重量級武器がクロコダインの怪力によって放たれただけだ。

 

「大地裂断!!」

「なんとっ!!??」

 

その名の通り、大地を裂き断つと見まごう程の一撃。振り下ろされただけだというのに、空気が裂ける鋭い音が耳に響いた。

あまりに見事な一撃を前にしてバランは驚愕の声を上げながら、両腕に竜闘気(ドラゴニックオーラ)を全力で集中させて防御の姿勢を取る。そこへクロコダインの攻撃が襲い掛かった。

 

「馬鹿な……クロコダイン、貴様がこれほどの一撃を繰り出すとは……」

 

思わず賞賛の言葉すら漏れた。

再び攻撃は受け止められ、バランは無傷である。だが衝撃までは殺しきれず、バランの腕には鈍い痺れが走っていた。竜闘気(ドラゴニックオーラ)を持ってしても完全に防ぎ切れなかった攻撃に驚かされる。

だがそれよりも驚かされたのは、今の一撃があまりにも洗練されていたことだった。バランの知るクロコダインの戦闘スタイルはよく言えば本能的。悪く言えば持って生まれた身体能力と実戦の中で磨いてきた戦い方しか知らない稚拙なものだ。

だがこの一撃は違う。確かに実戦だけで磨いてきた匂いもあるが、源流はもっと別の、研鑽された何かを感じる。

 

「フッ、ある人物の影響でな」

 

元々はダイが使っていた大地斬を真似たものであり、そしてヒュンケルと共に一時的に旅立った道すがら、暇を見ては習い練度を高めたのだ。元を辿れば、勇者アバンの影響を受けたと言ってもいいだろう。

 

「【ファイガ】!!」

 

動きを止めたバランを狙うように、続いてチルノが攻撃を仕掛ける。炎系最上級の魔法を放ち、バランへ攻撃を仕掛ける。巨大な火球がバランへと展開すると、一気に無数の爆発を起こして相手を攻撃していく。

クロコダインはいち早く距離を取って魔法の影響を受けずに済んだが、果たしてバランはどうか……?

 

「やっぱりこの魔法じゃダメか……」

 

爆発が止み、爆煙の向こうから姿を見せたのは、まるで傷を負っていないバランの姿であった。それを見たチルノは小さく呟く。

とはいえこちらもまだ様子見。ある意味予想出来たことではあったが、それでも無傷で凌がれるというのは少々精神を削られるものがあり、苛立ちが顔に出てしまう。

 

「その程度か? ならばこちらの番だな!」

「させん!」

 

防御の構えを解いたバランは、凄まじい速度でクロコダインへと襲い掛かる。そうはさせじと、カウンター気味に斧を振るうものの、バランはまるで意に介さない。少し身体を動かしただけでそれを避けると、お返しとばかりに抜き手を胸へと叩き込んだ。

 

「ぐっ!」

 

――馬鹿な!! 硬い!?

 

本来ならばその一撃は鋼鉄の鎧を貫き、クロコダインへダメージを与えるはずだった。だが現実にはそれと全く異なった光景が広がっていた。

鎧は貫かれる事無く無事で有り、本人は鎧の上からハンマーで打っ叩かれたような衝撃を受けただけだ。そのせいで息が詰まり、多少のダメージは入っているようだが、バラン本人が望んでいたのとはまるで違う。

 

これもまた、鎧に加工された竜の素材のおかげだ。防御力を高め、そしてクロコダインが闘気を持って立ち向かったことでダメージは低減していた。

 

――ならば、とバランは攻撃箇所を変更する。

 

「ぐおおっ!!」

 

鎧に覆われていない顔面へと狙いを定め、幾度となく拳を振るう。その速度はクロコダインが反応できるそれを超えており、されるがままに攻撃を受け続ける羽目になる。チルノが魔法を使おうにも、その隙を見つけるのも難しい。

 

だがクロコダインも無意味に攻撃を受けるわけではない。戦闘前から蓄え続けた闘気を使ってダメージを軽減し続け、バランの嵐の様な攻撃を受けながらも鋭い眼光を向け続ける。一発逆転の一撃を虎視眈々と狙い続けているかのようなその瞳に、バランの攻撃の勢いはほんの少しだけ緩む。

 

だが、それだけだ。

今のクロコダインがジリ貧であるのに変わりが無ければ、逆転の手段があるわけでもない。クロコダインは待っているのだ。自らが太陽と例えた人物が復活することを。

そして、彼が月に例えた少女はその意図をようやく汲んだ。彼女もまた、太陽が再び昇ることを願っていたのだから。

 

「くそっ!! なんでだ!! 何で操れないんだ!!」

 

未だダイは悪戦苦闘の最中であった。なまじ(ドラゴン)の騎士という強力な力の存在を知ってしまったからこそ、それに頼るという欲が出てしまっている。

 

「バランを倒さなきゃならないのに! どうしてなんだ!!」

 

だが操ることの出来ないジレンマから焦り、更に失敗を繰り返してしまう。経験不足に加えて、そんな精神状態ではとてもでは無いが紋章の力を操ることは不可能だろう。

 

「くそっ、こうなったら!!」

「待ってダイ!!」

 

やぶれかぶれという言葉がこれほどふさわしい表情もそうないだろう。ダイは焦燥感に満ちた様子で剣を握り、今にもバランへと飛びかかろうとする。それを慌ててチルノが止める。

そんな精神状態では、たとえライデインストラッシュを使おうともバランには通じないだろう。不用意で拙い一撃を繰り出せば、間違いなく手痛いしっぺ返しを喰らう。

もしかすればその対象は、今最前線で戦っているクロコダインとなるかも知れないのだ。

 

「ダイ、落ち着いて聞いて!! あなたは今まで紋章の力なんてなくっても、戦い抜いて来たでしょう!! 忘れたの!?」

 

今のこの状況を作り出した責任の一端は、他でもない自分だ。ならばその責任を取るべく、チルノは叫ぶ。

 

「紋章の力がないと戦えないの!? 勝てないの!? 違うでしょ!!」

「姉ちゃん!? でも、おれは……」

「アバン先生はダイが(ドラゴン)の騎士だったから鍛えたわけじゃ無いでしょう!? あなたは(ドラゴン)の紋章の力をどう使いたいの!?」

「……ッ!!」

 

姉の訴えにダイはようやく冷静さを取り戻した。そして、自分がどれだけ焦っていたのかを気付かされる。

自らの内なる想いを強く訴えながら再び紋章を発動させるべく集中していく。

 

――(ドラゴン)の紋章よ! どうか、おれに力を!! みんなを守るだけの力を!!

 

ダイの力の源は、純粋さ。大切な者を守りたいという強い想いこそが、(ドラゴン)の紋章を輝かせるための根源である。だがバランの言葉に怒り、相手の言葉を否定しようと思っていては、今のダイでは紋章の力を操ることなど出来ない。

元々が降って沸いた力の様な物だ。それに頼っていては、守れるものも守れない。ダイは、自分を信じてくれた人々の為にこそ力を発揮するのだから。

 

「うおおおおっっ!!」

「紋章が!!」

「輝いた!!」

 

ダイの額に、竜を形取った紋章が光り輝く。

奇跡のようなその光景にポップたちは思わず叫び、チルノは胸をなで下ろす。

 

「バカな! そんなバカなことが!!」

 

想像し得なかった事態に、バランは攻撃の手を止めていた。都合の良い奇跡など起こらない。バランが口にしたその言葉は、たった今覆されたのだ。

自身の考えが根底から否定されたその衝撃は、大きな隙をバランに与える。その好機を見逃すダイではない。

クロコダインを救うべく、最速の攻撃を繰り出す。

 

「アバンストラッシュ!!」

 

(ドラゴン)の紋章の力を操り放たれたアロータイプのアバンストラッシュがバランへと襲い掛かった。

 

 




あれだけ言われても意見を変えない実の親。
とうとう息子にまで見限られる。
それでも親子仲を戻そうと苦心する育ての親。

まあ、バランの気持ちも分かるんですけどね。
妻子を失えば「もうどうにでもな~れ」状態になるのは仕方ない。
あんなの竜の騎士でなくても心が折れて絶望します。

とあれダイも竜の騎士にようやく覚醒。
これで反撃、勝利、改心のトリプルコンボですね。
(にっこり)

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