隣のほうから来ました   作:にせラビア

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お話がね、進まないの……



LEVEL:44 決死の覚悟

「ただいま……」

 

ポップは戻ってくるなり、力なくそう言った。肩を落として絶望感を漂わせるその姿はまるで幽鬼のようだ。

 

「その様子では……」

「マトリフさんの助けは……」

「ああ……行ってはみたんだけどよ、留守だった……くそっ!! この一大事に師匠はどこに行っちまったんだよ……!!」

 

クロコダインとレオナの言葉に、ポップは吐き捨てるように言いながら手近な椅子へと乱暴に腰掛ける。

ダイが記憶を失ってから、既に二日が過ぎようとしていた。

 

バランが再び襲い掛かってくるのは果たして何時になるのか、その瞬間に怯えながら、一行は対策を考えるため頭を捻り続けていた。今も、ポップがマトリフの助力を得られないかとルーラで彼の元へ頼み込みに行き、そして戻ってきたところだった。

 

その結果がどうだったのかは、前述の通りである。

だが、ポップが頼みに行く前からチルノにはこの結果が見えていた。本来の歴史を知り、そしてマトリフにその歴史のことを伝えている。彼女の予想が正しければ、今頃マトリフはカール王国にいるのだろう。

そして、彼女はバランを相手に初戦でケリを付けると豪語していた。ならばなおのことだ。

 

「仕方あるまい。元々が引退した身でもあるのだ、無理に引っ張り出すこともできん。オレたちだけでバランを退けねばならんだろう」

「んなことは分かってるよ! でもよぉ……」

 

ヒュンケルの言葉に理性では一応の納得を見せる。だが、感情までは無理のようだ。バランという圧倒的な強者を前にして、マトリフという古強者に頼りたくなるのもまた無理もないことだ。

 

「なあ、チルノ……ダイのヤツは……」

「うん……知っての通り、まだダメよ……」

「案ずるな。ダイが抜けた穴はオレが全力で埋めてやる」

 

その言葉は、流石はアバンの使徒の長兄というべきか。絶大な信頼感を感じられる。ダイがいなくとも代わりを果たしてみせるという無言の気概が感じられた。

 

しかし、話し合いの時間もそろそろ終わりだった。

 

「あ、あああっ!!」

「メルル!?」

 

メルルが悲鳴を上げながらとてつもない恐怖を感じたように震え始めた。心配そうに声を掛けながらも、チルノにはその原因が分かっている。

 

「皆さん大変です! ベンガーナから巨大な火の手が……!!」

 

それに一瞬だけ遅れて、城の兵士が部屋に飛び込んで来るなりそう叫んだ。血相を変えた様子から、ただ事でないのは誰の目にも明らかだ。

 

「なに!?」

「まさか、バランが……!?」

 

兵士の姿に一行はそちらを見るが、チルノだけはメルルを見ている。心配していたこともそうだが、どうしても確認したいことがあったからだ。

 

「メルル……バランを察知したの?」

「はい……来ます! すごい憎悪のエネルギーが……この国めがけて!!」

 

バランが遂に来た。それは分かっている。聞きたいのはその次だ。

 

「もしかして、それ以外にもある……?」

「え、どうしてそれを……? はい、同じようなエネルギーが、ほかに三つ……!!」

 

なぜチルノにもそれが分かったのか疑問に思い、メルルは感じていた恐怖を一瞬忘れてしまう。だが、その疑問に答える余裕は彼女には無かった。

他に三つという言葉を耳にして、ついにこの時が来たかとチルノは覚悟を決め直す。

 

 

 

「三つって、どういうこと!?」

「配下の(ドラゴン)たちを連れてきた……ってんならもっと数がいてもおかしくねぇか……?」

 

バラン以外の三つ、という言葉にレオナたちは首を捻る。

 

「クロコダイン、ヒュンケル。バランの三つと聞いて、何か思い当たることはない? 例えば、配下の強力な相手とか」

「む……いや、オレは……」

「三つ……三人……まさか!?」

 

チルノの言葉に誘われて、元魔王軍の二人は少しだけ考え込む。そして、クロコダインは何かに気付いた。

 

「噂の竜騎衆か!?」

「竜騎衆!?」

 

耳慣れぬ言葉に反応して、だがクロコダインはその言葉に頷いた。

 

「バラン配下の最強の竜使い(ドラゴンライダー)たちだ。こやつらが(ドラゴン)を操った時の力は、我ら軍団長にも匹敵するという!」

「なん……だってぇ……」

 

軍団長に匹敵する。その言葉は更にダメ押しとなる。

 

「そんな配下を連れてくるということは……」

「多分、力づくの意思表示ってところかしらね……」

「見つけた! 捕らえたよ!!」

 

不意にナバラから声が上がる。彼女はメルルがバランの気配を感じた時から水晶玉を取り出し、意識を集中させていた。どうやらナバラの実力を持ってしても時間が掛かったようだが、ようやく見つけ出したようだ。

 

「南東の方角から真っ直ぐにこのテランに向かってきている!」

 

やがて、手にした水晶玉にその姿が映し出される。そこにはバランと轡を並べて進む三人の竜使い(ドラゴンライダー)たちの姿があった。

 

「こいつらが、竜騎衆か……」

「どいつも一癖ありそうな顔してやがんな……」

「だが、数の上ではこちらが有利だ」

 

姿を見ただけで威圧されかける。だがヒュンケルは静かに言ってのけた。

 

「それに、バランを倒すのではなく説得するのならば、命を賭する必要もないだろう」

「聞いてくれると思うのか?」

「わからん、だが……伝えてみせる」

 

確信があるわけでもない。だが自分ならばやれるかもしれない。確率としては五分あるかどうかだろう。だがそれを仲間に感じさせる事が無い様に冷静に振る舞う。

 

「……一応、説得が失敗したときのことも考えておこうぜ」

 

ヒュンケルを信頼していないわけではない。いや、それどこからポップからすれば認めたくは無いが絶大な信頼を寄せていると言って良いだろう。だが、それを素直に認めるのがなんとなくシャクであり、ポップはそんな言い方をしてしまう。

 

「そのときは、それぞれが竜騎衆とバランを押さえる。そして、勝利した者たちが協力していく。といったところか?」

「一人を集中攻撃して順番に潰していった方が良いんじゃねぇか?」

「相手がそれを許すと思うか?」

「う……」

 

至極当然のことを言われ、ポップは思わず口を噤んだ。

 

「ヘタに集中させれば乱戦になりかねない。そうなれば、こちらの数の利点が失われかねない。姫を遊撃要員として、確実に数を減らした方が確実だろう。情けない話だがな」

 

要するに一対一の戦場を複数用意して、勝った方が仲間の援護に加わるということだ。これならば数の差を活かせる。レオナはベホマによる回復が期待出来る上に、攻撃の援護も可能なのだ。

一国の姫までもを前線の戦いに借り出さねばならないという問題点はあるが、員数外としたところで大人しく聞くようなタマではないため、致し方ないといったところだろう。

そして軍団長と匹敵するという竜騎衆であれば、クロコダインたちが奮戦すれば勝てない相手ではないはずだ。そう考えた上での戦い方だった。

 

だが、未来の歴史を知るチルノは、あり得た可能性の一つを投げかける。

 

「……一人だけ突出して、奇襲するっていうのは?」

「それこそ下策だろう。数の差で何も出来ずに負ける可能性が高い」

「そもそも、オレたちがそんな戦法を許すと思うか?」

 

だがその考えはヒュンケルたちに瞬く間に潰される。だがそこまでは彼女も、そして本来の歴史では彼も予想していたことだ。

 

「わざと諦めたフリをして、一人だけ先走る……みたいなことは?」

 

チラリとポップに視線を向けながら、その手段を口にする。その意味ありげな視線にドキリとさせられたのか一瞬目をそらすが、すぐにポップは降参したように口を開いた。

 

「あー……わりぃ。白状すると、それちょっとだけ考えてた」

「む!?」

「ポップ!?」

「けどよ、一番辛いのはチルノのはずなんだ。そのチルノがこうして踏ん張ってるのに、一人だけ投げ出すわけにはいかねぇよ。それにこうして戦力も揃ってるんだ。なら精々、最期まで諦めずに足掻いてみせらぁ」

 

ポップはそう自らの心の内を語る。

本来の歴史では彼は、迫り来る敵と不足する戦力に板挟みにされ、一人でバランたちへ決死の挑戦を試みていた。途中、援軍に来たヒュンケルのおかげもあってどうにか竜騎衆を倒すことには成功していた。

だがこの世界では、既にヒュンケルが合流している。ならば今からポップが一人で特攻したところで、間違いなく力及ばず倒されるだろう。

 

「ああ、その方が良いだろうな。お前にはそんな役は似合わん」

「なっ! なんだと!!」

「その勇気だけは買うがな」

「……っ!」

 

ヒュンケルにそう言われ、嬉しいようなむず痒いような。なんとも言えない感情を味わってしまい、ポップは黙ってしまう。

そんな様子を見ながらチルノは、彼の特攻を防げたことに安堵し、そして気付いた。

 

「…………!!」

 

――つまり、バラン指揮下の竜騎衆が相手……

 

それは、この状況では考え得る限りで最悪の展開に近いかもしれない。

己の気付いた事実に頭痛すら覚え、チルノは無言で息を飲んだ。

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■

 

 

 

バランは名将と呼んで良いだろう。

(ドラゴン)たちが如何に強いモンスターといえども、人間の中にはそれを倒しうる力を持つ者がいないわけでは無い。

特に、彼が侵攻を行っていたリンガイア、カールの二国はこの世界でも指折りの強国――特にカールは勇者アバンの出身国でもあり、最強の騎士団を有しているのだ。

そんな音に聞こえた強国であれば、(ドラゴン)を倒すことの出来る実力を持った騎士は間違いなく存在していただろう。

そして(ドラゴン)は、どれだけ強くとも所詮は野生の獣――それでも普通の獣よりも高い知能は持っているだろうが、協力して一つのことを行う――いわゆる戦術や戦略という面では、人間と比べて遙かに劣ると考えて良いだろう。

伝説に名高いヴェルザーやボリクスと呼ばれる竜族であれば、その辺りを理解しているのだろうが。

 

そしてもう一つ。(ドラゴン)たちは個体が強い分、生息している絶対数は少ない。倒されれば、他の魔王軍の軍団よりも補充は困難だろう。

 

つまりこの二つの事実を組み合わせれば、(ドラゴン)を倒せるだけの実力を持った騎士を中心に、決死の覚悟で少しずつ数を減らしていけば、リンガイアであれカールであれ、もっと粘ることができたはずだ。

そして倒せば倒すほど、戦いは楽になっていくはず。少なくとも、これほど早く国が滅亡することはなかったはずだ。

 

――それを覆したのが、バランの指揮能力である。チルノはそう考えている。

 

(ドラゴン)の群れを手足の様に操り、巧みに敵を倒していく。本人の実力もさることながら、こうした将としての実力にも秀でているのだろう。本人の才覚か、それとも戦いの経験を次世代に継承できる(ドラゴン)の騎士の力が為せるのかはともかく。

 

どちらの要因にせよ、バランが指揮する軍団はある意味で本人以上に危険だとすら考えていた。竜騎衆との戦いもそうだ。本来の歴史では、バランが先行したため監視下から外れた竜騎衆たちが思い思いに行動したため、その油断を突いて倒せたと思っている。

だが今回は違う。

ポップが足止めに向かわない以上、バランたちは障害なくここまでやってくる。そしてバランの指揮下による油断のない竜騎衆と戦わねばらない。こうなれば、配下の三人の誰もが油断出来る相手ではないだろう。

 

――となれば……

 

「先に謝っておくわ。ごめんね、みんな。そして、私の言うことを疑わないで聞いて欲しいの」

「どうしたの、急に?」

 

急にそんなことを言い出すチルノを見て、全員が不審そうに見つめる。幾つもの視線を向けられながら、チルノは今まで秘密にしていた情報の一部を開示することにした。

 

「竜騎衆……敵は、空戦騎ガルダンディー、海戦騎ボラホーン。そして、陸戦騎ラーハルトの三人」

「!?」

 

全員が驚く。だがそれも当然だ。

魔王軍に在籍していたクロコダインですら、噂程度でしか知らない相手を何故デルムリン島にずっといた少女が知っていると信じられるのか。混乱して適当な妄言を口にしていると言う方がまだ信頼性があるだろう。

推測などでは決して知り得ない名前という情報。それを当たり前のように確信を持って話すのであれば、なおのことだ。

 

「文句や疑問があるのは当然のことよね。でもそれは、後で満足するまで付き合ってあげる。だから、今だけは何も聞かずに私の言うことを信じて欲しいの」

 

今は問答する時間すら惜しい。とばかりに一方的にそう宣言して、チルノはさらに言葉を続ける。

 

「ガルダンディーは、あの中の鳥人間みたいな相手よ。乗騎のスカイドラゴンは一緒に育ってきて、そのコンビネーションは決して甘くは無い。それに剣の腕も立つし、冠羽を相手に刺すことで体力や魔力を減少させる能力を持っている」

「お、おい……急にどうしたんだよ?」

「ガルダンディーにとってスカイドラゴンは弱点であると同時に逆鱗でもあるの。倒せば良くも悪くも戦局が変わるはず。注意してね」

 

ポップの顔を見ながら、チルノは言う。そのあまりにも真剣な眼差しに、ポップは言いかけようとした言葉をそのまま引っ込めてしまう。

続いてチルノはクロコダインへと視線を向けた。

 

「ボラホーンはトドマン種族の相手。ガメゴンロードを投げ飛ばすほどの豪腕を持っていて、武器は鋼鉄製の錨。鎖の付いたその錨を相手に叩きつけるのが得意技。そして、ボラホーンの放つ凍てつく息はマヒャド級の威力があるの。これで凍らせてから錨を叩き込むのが彼の必勝の策、だそうよ」

「む?」

「でも、単純な腕力だけならクロコダインの方がずっと強いはず」

 

豪腕、という言葉に反応してか、クロコダインは小さく呻く。そこには自身の腕力に絶対の自信を持つ獣王のとしての矜持が見て取れた。

 

「そして最後の一人、ラーハルト。あの魔族の青年よ。彼は竜騎衆の中でも別格の強さを持っているわ」

 

少女は残ったヒュンケルへと視線を投げかける。

 

「ヒュンケルの鎧の魔剣と同じ、鎧の魔槍というのを持っている。そして単純な実力だけでも竜騎衆最強。針の穴を通さんばかりに高められた槍の腕前もさることながら、特にそのスピードは閃光のように速い」

「…………」

「そして彼の放つハーケンディストールという必殺技は、アバンストラッシュみたいに二つのタイプがあるの。そのどちらもが一撃必殺の威力を秘めている」

 

チルノの言葉にヒュンケルは黙って耳を傾けていた。

 

「それに、ラーハルトはヒュンケルに近い存在よ」

「……なるほど、言わんとしていることはなんとなく分かった」

 

その言葉に、小さく頷いた。近い存在という曖昧なキーワードであったが、それが何を意味しているのかは彼自身の過去を振り返れば、自ずと見えてくる。

ヒュンケルの察しの良さに感心しながら、チルノは最後の言葉を口にする。

 

「私が竜騎衆について知っているのはこのくらい。皆にはそれぞれ、今言った三人の相手をして欲しいの」

「まて、それでは!!」

 

竜騎衆をクロコダインたちが相手をする。ではバランの相手は誰がするのか。簡単な消去方である。驚きの声を首肯してみせた。

 

「ええ、私がする」

「オレは反対だ。お前一人でバランを抑えきれるとはとても思えん」

「クロコダインの意見に賛成だ。その役目は、オレが代わった方がまだ安全だろう」

「二人の意見におれも賛成だぜ……幾らお前でも、相手が悪すぎらぁ……」

 

竜騎衆と戦って欲しい、と頼った三人の男達は揃って否定の意見を口にする。レオナたちもそうだ。口には出さずとも、チルノのことを心配する視線を投げかけている。

先の戦いでは多対一にも拘わらずその恐ろしさを見せつけたバランを相手にして、前衛職でもない少女が一人で戦うと言っているのだ。

心配しない方がおかしいに決まっている。

 

「そうね、みんなの意見は当然だと思う……でも、私にも意地があるの……ダイの記憶を全部不要な物だって消し去ってしまうような相手に退いたら、私はダイの家族だなんて言う資格は全部無くなっちゃう。どんな手を使ってでも、バランに自分のしたことを謝らせてやるわ」

 

だが育ての親という絆を持つ少女の想いは、バランとの肉親という繋がりよりもずっと強い。その絆を知る仲間たちは、チルノの言葉に押し黙ってしまう。

 

「それに、私の得体の知れなさはよく知っているでしょう? 大丈夫よ、みんなが勝って助けに駆けつけてくれるまでの時間なら食い下がれる程度には自信もあるし、手段もあるから」

 

その言葉は嘘であり、同時にある意味では真実だった。

バランが本気を出せば、仲間達の誰もがまともに戦えるはずがない。彼らは知らないだろうが、(ドラゴン)の騎士には闘いの遺伝子と呼ばれる、歴代の騎士達の戦闘経験を引き継いでいく能力がある。

その能力によって、個人としては初めて見る技術や呪文であったとしても、まるで熟練者のように最善の対処が可能となる。そして、この世界に存在するそれらを扱うポップたちでははっきり言って分が悪い。

だが、異世界の力を行使するチルノならば、(ドラゴン)の騎士の経験を上回る事が出来るかも知れない。

という賭けである。自信の根拠はその程度。これ以上の奥の手があるわけでもない。

 

「……わかった」

「クロコダイン!?」

 

誰が聞いたとしても疑わしく思える言葉を、だが最初に頷いたのは意外にもクロコダインであった。

 

「その言葉を全面的に信じたわけでは無い。だが、今は問答をしている時間も惜しいのだろう? それにチルノが心配ならば、オレたちがさっさと敵を倒せば良いだけだ」

「ありがとう。でも、竜騎衆はバラン選りすぐりの強者揃いよ。さっさと倒せるなんて慢心は絶対に捨てて。私が伝えた情報以外の奥の手があっても不思議じゃあないから……」

 

申し訳なさそうに言うと、ヒュンケル達が口を開いた。

 

「……戦いで未知の技を受けるなど、当たり前のことだ。そもそも戦いは不平等なものでしかない」

「ああ、その通りだ。それに竜騎衆はオレたちの戦い方を知っていてもおかしくは無いだろう? お前の情報でその不平等が多少なりとも是正されたのだ。感謝こそすれど、恨む様なことがあってたまるものか」

 

二人の言葉にチルノは涙があふれ出しそうだった。

武人として、敵の手の内を事前に知るのは彼らの矜持を傷つけるのではないか。竜騎衆の事を話ながら、それがずっと気になっていた。だが彼らは、そんな彼女の心を汲んでくれたのだろうか、そう言ってくれた。

 

「それと、もう一つ」

 

少女は気が重そうにそう呟いた。

 

 

 

「出して! ここから出してよぉ!!」

 

地下牢の中に閉じ込められたダイが、泣きそうな顔をしながらチルノ達に訴えかける。だが、今ダイを助ける訳にはいかなかった。

 

「い……いくらなんでも、牢屋に入れなくても……」

「しかし、ここがこの城で最も地下深く堅固な場所です」

「で、でも……」

 

ダイを守るために、牢屋に入れる。正直に言って、チルノはこの選択肢を選びたくは無かった。見た目だけでもあまりにも可哀想であり、バランを相手にしてはこの程度の妨害などあってないような物だろう。

 

「……私だって、こんなことしたくない……」

 

だがそれでも、やらないよりはマシだ。自分にそう言い聞かせながら、少女は喉の奥から声を絞り出す。

 

「でも今の……私の絆だと、紋章を持つという共通点を持ったバランを親と思ってついて行ってしまうはず……悔しいけれど……」

「チルノさん……そ、そうですよね……一番辛いのは……申し訳ありません」

 

記憶を失ったダイにしてみれば、同じ(ドラゴン)の紋章を持つバランこそが親と考えて間違いないだろう。幾ら多少なりとも絆が残っていても、それは無意識レベルに近い。紋章という動かぬ証拠の前には、容易く覆される可能性が高い。

自分が積み重ねてきた絆など無意味だったと、そう遠回しに証明されているような気分だった。

 

「ううん……情けない姉だって、笑われても仕方ないって思ってるわ……」

 

自嘲しながら、牢屋越しの弟へそっと近寄る。

 

「おねえちゃん!! 出して、ここから出してよぉ!!」

「おねえちゃん、か……」

 

この二日で、何度そう呼ばれただろうか。その言葉を聞くたびに、チルノの小さな胸が締め付けられる。だがその痛みに構っているだけの余裕もない。

 

「ダメなお姉ちゃんでごめんね……本当なら、こんな結果になるはずじゃなかったのに……」

 

ダイの手を優しく握りしめると、チルノはそう囁いた。

 

「ダイ、よく聞いて。もしかしたら、次に来るのは私たちじゃなくて、額に竜を象った紋章のある男が来るかも知れない」

「男の人……? その人なら分かる! ぼくを守ってくれる人だよ。今もこっちに来てくれてるんだ」

 

紋章を通じてバランのことを感じ取っている。その様子をまざまざと見せつけられ、全員が一瞬言葉を失った。

 

「そう……もしもその人が来たら、私たちはもうあなたには会えないの」

「え……そんなのヤダよ! おねえちゃんと会えないの!?」

 

バランが迎えに来るのがどういうことか分からないダイは、チルノに会えないという単純なことだけに反応して悲しむ。

 

「そうなったら、もう私のことは忘れてもいい……だけど、みんなのことは、ちょっとだけでもいいから、覚えておいてあげてほしいの」

「みんなのこと……?」

「ブラスおじいちゃんに、ゴメちゃん。スラリン。レオナたちパプニカの人達。アバン先生にポップにマァムにヒュンケル。クロコダインやロモスのみんな……今まであなたが出会ってきた全ての人達のことを……」

「そんなこと言われても、ぼく覚えてないよ……」

 

覚えてない。その言葉をチルノは首を横に振って否定する。

 

「覚えてなくても、あなたは勇者としてみんなと関わって、そして助けてきたの。あなたが忘れても、助けられた人達はみんな覚えてるわ」

「そんなことないよ。ぼくが勇者でみんなを助けたなんて……」

「ダイ君!!」

 

否定しようとしたダイの言葉を、レオナの叫び声が無理矢理割り込んだ。

 

「何を弱気なことを言ってるのよ!! 小さくても勇気があって明るくて、まっすぐで、元気いっぱいすぎてチルノのことを困らせている……それが本当のキミの姿なのよ!! 今みたいにビクビクした姿なんて、ダイ君じゃない!!」

「そ、そんなことないよ……」

 

レオナの剣幕に怯え、チルノの手を強く握りしめる。その姿すら情けなく感じてしまい、レオナは更に口を開く。

 

「それにキミが感じている、守ってくれるって人は、本当は敵なのよ!! キミの心からあたしたちとのかけがえのない想い出を全て奪った許せない敵なの!! 本当のキミなら、そんなヤツが来るのに今みたいな態度なんて絶対にしない!!」

「レオナ……」

「戦って!! ダイ君!! 戦って自分で取り戻すのよ!! 思い出と勇気を! かけがえのない絆を……!!」

「ゆうき……きずな……」

 

だがレオナの悲痛な叫びすらも、今のダイには届かないようだ。俯いた姿を晒す。

 

「……もういいわ。みんな、行くわよ!!」

「ああ……」

「心得た!」

「お、おい姫さん!?」

 

その姿に愛想が尽きたとばかりにレオナは立ち上がり、クロコダインたちを伴って出陣しようとする。だが去り際に彼女は、チルノへ向けて小さな声でこう伝えた。

 

「チルノ、あなたは優しいおねえちゃんでいなさい。怖いおねえちゃんは、あたしが引き受けてあげるから」

 

レオナが何を言ったのか、それが理解できずに一瞬呆けてしまう。理解した瞬間に振り返り視線でレオナを追うが、もうその頃には背中しか見えなかった。だがいつもよりも少しだけ下を向いたようなその姿勢から、どんな気持ちなのかはよく分かった

 

――ごめんなさい、レオナ……余計な気を遣わせてしまって……

 

あえて損な役回りを買って出てくれた親友の行動に、チルノは勇気を貰う。

 

「ダイ……これ、借りていい……? それと、これも」

「え……そ、それって!?!?」

 

そして、予め用意してきた剣をダイへと見せる。それはベンガーナで購入した"鋼鉄の剣" に(ドラゴン)の素材で加工した剣だ。ダイが記憶を失い、剣を怖がったために今までチルノが預かっていたもの。

そしてもう一本はダイの短剣だ。キラーマシンの素材を加工して時間を掛けて作り上げた短剣。どちらもダイ専用の武器である。

 

「やだ、こわいよ……! 勝手に持って行っていいから!!」

 

だがダイの様子は相変わらずだった。鞘に収まったままだというのに剣に怯える姿は、ダイのことをよく知る者ほど痛ましく見える。

 

「ありがとう……必ず返しに戻ってくるから……だから、怖いかも知れないけれど、少しの間だけここで待ってて」

 

そう言うとチルノは腰に巻いていた短剣を鞘ごと取り外す。

 

「代わりに、コレを預かってて欲しいの」

「これは……?」

「ダイの剣を借りていくから、その代わり……かな?」

 

それはレオナから貰った"パプニカのナイフ"だ。"ダイの短剣"と同じデザイン――というより"パプニカのナイフ"を模して作ったのだから当然だが――をしており、一見すると区別が付かない。

長い間チルノが肌身離さず身につけていたそれを、ダイは武器だというにもかかわらず当然のように受け取る。

 

「それと、コレも」

 

続いてチルノは"銀の髪飾り"を取り外すと、同じようにダイへと渡す。当たり前のようにそれらを受け取ったダイは、手に持ったナイフと髪飾りを見つめながら呆然としていた。

 

「それじゃあ、行ってくるわね……ナバラさん、メルル。ダイのこと、よろしくお願いします」

 

二人へ深々とお辞儀をすると、チルノも遅れてレオナ達を追って外へと向かった。

 

厳しいときに、言いにくいことであってもきちんと言ってくれる者こそ、本当に相手のことを想っているのだろう。ならば、あのような行動を率先して行えたレオナこそ、ダイのことを本当に想っているのだろう。

ならば、もう自分はいなくなっても問題は無いだろう。後のことはレオナに任せられる。

チルノは外への廊下を進む。その速度は、いつもよりもずっと速かった。

 

一方ダイは、手にした二つの装備をもう一度見つめていた。

"パプニカのナイフ"は、己があれほど恐れていたはずの武器である。だが何故か、これだけは恐ろしさを感じない。ナイフから漂ってくるのはダイが幸せを感じる微かな匂い。

"銀の髪飾り"など、ベンガーナで購入してからまだ一週間と経っていない。にもかかわらず、姉の温もりが伝わってくる様な気がする。

ダイは手にした髪飾りを無意識に握りしめていた。

 

 




竜騎衆とチーム戦とか、すごく……面倒です……
(でも展開的にこうならざるを得ない。ヒュンケルがいてチルノもいればポップが先走る理由も薄いからね……せめて一対一を複数にしようという苦肉の策……)

バランの相手を買って出るチルノさん。まあ、足止めだけなら……
一応、最強の足止め方法があるといえばあります。

チルノ「私のお腹には、ダイの子供がいるのよ!」
バラン「なっ……!?」
チルノ「ほら、おじいちゃんですよ~」(お腹をさすりながら)
ラーハルト「バラン様、おめでとうございます!!」(混乱中)

とやれば、多分足止めどころの騒ぎではないはず。
(ヤりませんけどね)

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