隣のほうから来ました   作:にせラビア

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LEVEL:45 激戦! 竜騎衆!! 前編

「出迎えご苦労、という雰囲気ではないようだな……」

 

ドラゴンに跨がったまま、バランはチルノたちを見下ろす。彼の背後には、ガルダンディー・ボラホーン・ラーハルトの三人がそれぞれ、自身の愛馬ならぬ愛竜に騎乗している。

アルゴ岬にて竜騎衆を呼んだバランは、テラン王国までの道のりをドラゴンに載って駆け抜けてきた。付き従う竜騎衆たちも同様だ。

それなりに長い距離にもかかわらず、誰一人としてその疲労を感じさせないのは、それだけでも彼らの強さの一端を窺わせる。

 

対するチルノ達が陣取るのは、テラン王城から少し離れた場所。例え戦闘になったとしても余波もギリギリ届かないだろうという位置だ。元々ナバラの占いで敵が進む方角が分かっているのだから、網を張るのは簡単な事だった。

 

「だが、一応言っておこう。大人しくディーノを渡せ」

「驚きね……そんな手勢を連れてきて交渉をするつもりだったなんて」

 

バランの強気な物言いに対して、チルノは小馬鹿にしたような態度で応じる。その行動に一瞬バランが怒気を纏わせる。

 

「そもそも竜に乗ったまま交渉なんて、馬鹿にしているのかしら?」

「……なるほど、一理ある」

 

だがその怒気もすぐに霧消した。チルノの言葉に素直に頷き、バランはドラゴンからひらりと体重を感じさせないほど軽やかに降り立つ。

 

「バラン様……!?」

「構わん。お前達も降りろ」

 

ラーハルトが疑問の声を上げるが、バランは取り合わない。簡潔に下された命令に従い、竜騎衆達はそれぞれの竜から降り立つ。

だがどこか満足していないような表情を見せる三人に向けて、バランは言う。

 

「最低限の礼儀は弁えるべきだ。そうでなければ己が誇りすら失う」

 

そして、口元に笑みを浮かべた。

 

「いかに相手が、滅ぼすべき人間が相手であろうと、な」

「なるほど……さすがはバラン様……」

 

その言い方から、バランの持つ絶対の自信が覗えた。竜騎衆までもを連れてきたのであれば、今の自分は決して遅れを取ることは無い。とそう言っているのだ。

その遠回しな表現に気付き、チルノは余裕の現れだと冷静に分析する。

 

「さて、これで満足か?」

「ええ……でも、何度聞かれても答えは"いいえ"よ。姉として、弟を見殺しにするような真似ができるものですか!」

 

バランの言葉に"姉"という言葉をことさら強調しながら、叩きつける。その言葉を聞いて、竜騎衆たちははっきりとした動揺を見せた。

 

「姉、だと……!?」

「まさか……!?」

「バ、バラン様! もしやこの娘も!?」

 

予想通り、というべきだろう。詳細な人間関係を知らぬ竜騎衆たちは全員が揃って同じ勘違いをする。すなわちダイ以外にもバランの子がいたのでは無いかという誤解だ。

だが当人達からすれば、迂闊にも傷つけるような真似など出来るはずも無い。動揺させられ、親子同士仲違いをしているのだと勘違いさせられれば御の字。そう考えていた。

 

「いや。この娘は我が子でも何でも無い。ただディーノの姉を気取っているだけだ。構わん、まとめて叩き潰せ」

「な、なんだ……驚かせやがって……」

 

ガルダンディーが汗を拭う。

せっかく生じたはずの動揺も、バランの冷徹な一言ですぐさま沈静化してしまう。劇的な効果を期待していたわけではないとはいえ、これだけあっさりと無効化されるのは逆に辛い者すら感じる。

 

「さて、交渉は決裂か? ならば……」

「待てバラン!」

 

一斉攻撃命令を出そうとしたバランよりも早く、剣士が声を上げる。

 

「……ヒュンケル、か……お前も来ていたとはな……」

「ああ、あいにくと野暮用で前回の戦いには参加できなかったがな……おかげでこの数日、随分と歯痒い想いをさせられたよ……」

 

前回の戦いでは影も形も見えなかった男が今回は参戦していることに若干の驚きを覚えつつバランは告げる。ヒュンケルもまた、事のあらましを聞いているがために忌憚ない言葉で応じる。

 

「ほう……お前がいれば、前回の戦いに勝利できた、とでも言いたいのか?」

「いや、違う」

 

あの場面にさらにヒュンケルがいれば、より苦戦は免れなかっただろうとバランは推測する。だがその予想は他ならぬヒュンケル本人によって否定された。

 

「バラン! 人間を滅ぼす事など間違っている! なぜならば……」

「ゴチャゴチャうるせぇなぁ!!」

 

だがヒュンケルの言いかけた言葉は、ガルダンディーの怒声によって無理矢理中断させられた。

戦いを前にして長々と話をすることに苛立ちが限界に達したようだ。元々竜騎衆たちは、バランがダイを奪還するまでにチルノ達を叩き潰すよう命令を受けている。特にガルダンディーは性格上、人間を軽視しており命を奪うことになんら痛痒を感じていない。

 

「バラン様、こいつらは敵なんでしょう!? どんな事情があろうが、敵なら殺す! 違いますか!?」

「ふむ……それもそうだな。竜騎衆よ、邪魔な人間と裏切り者たちを倒せ」

 

邪魔者を消し去る。ともすれば歪んだその思想ではあるが、今のバランには追い風でもあった。もはや語る舌すら持たない。語るべき事は前回に全てを口にしたのだ。バランの中ではそう結論が出ている。

 

「そう来なくっちゃ! なぁに、人間と裏切り者たちなんざオレ一人でも……」

「ガルダンディー……」

 

戦闘命令を耳にして、鬱憤の溜まっていたガルダンディー今にも飛びかからんほどの意気込みを見せた。だがそれは、バランの一言で瞬く間に止められる。

 

「出立前にも告げたはずだ。舐めて掛かるな、と……」

 

それはたった一言でしかない。

だが恐ろしく冷静な、それでいて腹の底にまで響き渡るような声だった。幾つもの視線をくぐり抜けた武人にしか発することの出来ぬ、威厳のある言葉。

散漫になりかけていたガルダンディーの意識が、その一言で引き締まる。いや、ボラホーンとラーハルトもだ。決して油断していたわけではない。だが今までの精神は言うなれば戦闘準備中といったところか。

それがバランの一言で瞬く間に、戦闘態勢が整う。

 

「わ、わかってます。敵には確実な死を。決して無様な姿などお見せしません!」

 

――これだから厄介なのだ。とチルノは心の中で毒づく。

格下を相手に油断する。勝利を積み重ねることで慢心する。それは誰しもが避けて通る事の出来ない道だ。特にガルダンディーはその傾向が強い。人間を見下しきっている。

本来の歴史でも相手をしたポップが勝てたのは、この油断のおかげが想像以上に高いと思っている。

だが今は、これ以上睨まれることのないように必死で主のご機嫌を取ろうと尻尾を振っているかのようだ。

 

「それでいい……竜騎衆よ、改めて命令する。やれ!」

「「「はっ!」」」

 

主の命に、竜騎衆達はそれぞれ動きだす。

 

「待て! バラン!! まだ話は……くっ!!」

「仕方あるまい! オレたちも戦うぞ!!」

 

話すら聞かず、有無を言わせぬバランの態度に歯噛みしながらも、ヒュンケルもまた剣を構える。クロコダインも斧を手に、ポップは緊張の面持ちで杖を掲げて、それぞれが事前に決めた相手へと襲い掛かる。レオナはその三人から等間隔の場所へと移動し、誰のところにでも何時でも援護が出来るように備える。

 

そしてチルノは、バランの眼前から動くことはなかった。

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■

 

 

 

「なるほど……」

 

ポップ、ヒュンケル、クロコダイン。それぞれが竜騎衆達に攻撃を仕掛ける。一対一ということに多少訝しむものの、竜騎衆たちは選りすぐりのエリートだ。即応し、それぞれの相手を始めていた。

 

「竜騎衆を一人ずつ抑える……大方、クロコダインとヒュンケルが勝利し、あの少年は時間稼ぎのための捨て石。その後、残った一人を倒してから私と戦う、といったところか?」

 

その動きを見ながら、バランはチルノ達の狙いを推測する。バランの狙いは、ポップを囮に使うという一点を除けば、概ね正解だ。

 

バラン達がテランに到着するまでの間、チルノは本来の歴史からの知識を駆使して、少々アドバイスを伝えている。とはいえ、付け焼き刃の生兵法だ。どこまで効果が発揮できるかは分からない。

それでもチルノは竜騎衆たちを相手に、それぞれが全勝すると信じている。

 

「その策は分からんでもない。だが、随分と残酷な策だな……そして何より、貴様程度で私の相手が出来ると本気で思っているのか?」

「当然でしょ? ……スラリン(・・・・)!」

「ッ!?」

 

相棒のスライムの名を高らかに呼ぶ。その名を耳にした途端、バランの動きが微かに止まった。それは、前回の戦いにおいて最もあり得ない動きをした忌まわしきスライムの名だ。

眼前の少女が再びその名を口にするということは、また何かあり得ないことをやってくるかもしれない。

 

だが、予想に反して何も起こることは無い。

ただ一人の少女が薄く笑みを浮かべただけだ。その意味に気付いた時には遅かった。

 

「【マイティガード】!!」

 

バランの隙を突いて、チルノは耐物理攻撃・耐魔法攻撃を兼ね備えた防御結界を全員に張る。これで勝率が――特に前衛職業ではないポップなどは――格段に上がっただろう。

 

「貴様……!!」

「さすがの(ドラゴン)の騎士も、スライムの恐ろしさが身に染みたみたいね」

 

やられた、とバランは胸中で吐き捨てる。

前回の反省を踏まえ、警戒しすぎが仇となったのだ。そのせいで、チルノ本人が動けるだけの隙を与えてしまった。

本物のスラリンは、ゴメちゃんやメルル達と共に地下牢にいる。あり得ないことだが、バランがそれを知っていればこんな失態を犯すことはなかっただろう。

 

薄絹のような結界が全員に生み出されたのを確認して、チルノは大きく息を吐く。

効果が強大なだけに、マイティガードの魔法は消費も大きい。ヘタなタイミングで使えば発動前にバランに潰されかねないため、スラリンの名前に引っかかるかは彼女にしても賭けだった。だが、まずは一勝。これでバランが少しでも冷静さを欠いてくれれば、それだけ付け入る隙も大きくなるはず。そう考えていた。

 

「今のはおそらく、スクルトのような補助呪文といったところか……」

「…………ッ」

 

バランの言葉に、今度はチルノが驚かされる番だった。

発動した魔法の効果など、バランが知るはずもない。というより、詳細を知るのはチルノだけだ。だが、似たような呪文はこの世界にも存在する。発動させたタイミングと現在の状況から効果を推察するなど、百戦錬磨のバランにとってみれば容易いことだ。

 

「だが、その程度で差が埋まるとでも思ったか?」

「いいえ、ぜんぜん」

 

射貫くようなバランの視線を受けながら、自分の持ち得る技や魔法の全てが見透かされているのではないかと錯覚に陥る。そんなことはあり得ないと自身へ言い聞かせながら、片手に握りしめていた剣を抜き放つ。

 

「その剣は……」

「そうよ。借りてきたの」

 

見覚えのある武器に思わずバランが反応する。

その手に持つのは、先日の戦いでダイが持っていた剣だ。チルノがダイのために手を加えた世界に一振りしか存在しない武器である。

 

――今だけでいい……少しだけでいいから、力を貸して!

 

彼女が得意としているのはどちらかと言えば取り回しの良い短剣だ。だがこの剣を使うことで、少しでもダイと共に戦っていると信じられる。

今はただ迷子になったままのダイの魂と共に立ち向かっているように感じられた。

 

「ぬぅん!!」

「うっ!?」

 

だが剣の腕前では、バランの方が圧倒的に上だ。チルノからすればいつ抜刀したのか分からないほどの速度で剣を抜き放ち、バランは振り下ろしてきた。視界の端のギリギリでそれを捕らえたチルノは、全細胞を総動員させるほど慌ててその攻撃を受け止める。

すんでの所で一撃を受け止められたことを確認して、チルノはその結果に疑問を持った。

 

剣の腕前では圧倒的に差があるはずなのに、バランの一撃を防げたことに。

 

「正直に言おう……」

「……?」

「貴様にはディーノを育てたという一応の恩義がある。それに貴様は女だ。女を殺すのは忍びない」

 

そこまで口にするとバランは剣を捻り上げ、強く弾き飛ばした。剣同士がぶつかり合う金属音が鳴り響き、チルノは身体ごと吹き飛ばされる。幸いにも倒れる事は無かったが、バランとの距離は開いた。

 

「ディーノを渡して、今すぐにここから去れ! 故郷の島へと戻り、二度と我々の前に姿を見せること無く隠れ潜むと言うのなら、私の口添えで見逃してやる! そこで、我々が人間を滅ぼす様を眺めているがいい」

「なっ……」

「人間一人ならば百年と待たずに絶滅するのだからな」

 

なるほど、先の一撃は様子見。バランなりの最後の情けといったところか。そしてそれは、とても甘美な誘いに思えてしまう。たとえ全世界の人を犠牲にしてでも、自分だけは助かりたい。そう思ってしまうのもまた、人なのだろう。

 

だが、バランの言葉が何の意味も持たないことをチルノは知っている。

何より、ここでその言葉に従うのは過去の自分が許さない。彼女は既に、今まで隠し続けてきた手札を晒すことを決意している。

 

「……【ファイラ】」

 

バランの言葉に、炎の魔法で返答を返す。だが、攻撃目標はバランでも竜騎衆でもない。

 

「……あれは、悪魔の目玉か? 何のつもりだ? 我々の目を潰したところで、今更何の得がある?」

 

目標としたのは、近くで戦いの様子を窺っていた悪魔の目玉だ。吹き荒れる炎に巻き込まれ、目玉の化物は瞬く間に絶命する。

だがバランにはチルノの狙いが読めない。抗うのならば、バラン本人に攻撃を仕掛けるはず。自身が口にしたように、今更伝令役たる悪魔の目玉を屠る意味が分からなかった。

 

彼女の狙いが、大魔王へ情報が伝わることの阻止であることなど、分かるはずも無い。

 

「バラン……貴方は本当に、その選択で後悔しないのね……?」

「……何が言いたい?」

「ダイの記憶を消して、自分に都合の良い記憶だけを植え付けて父親ゴッコをして、奥さんに誇れるのね?」

「貴様ッ!!」

 

亡き妻を愚弄されたことで怒りの感情が一瞬で湧き上がる。反射的に攻撃を仕掛けようとするが、それよりもチルノの言葉の方がずっと早かった。

 

「地上の全てが文字通り消え去り、強さだけで全てが決まる世界を自分の理想郷だってダイに胸を張って言えるのね!?」

「……なに?」

 

それは、湧き上がったはずの感情が一瞬で萎むほどの衝撃だった。思わずバランが聞く姿勢になってしまうほど。それを見て、チルノは更に言葉を続ける。

 

「それがバーンの真の望みよ。貴方たちが聞いているのは偽りの目的。地上に六つの黒の核晶(コア)で六芒星を描いて発火させて、その全てを消滅させる。人間も魔物も竜も魔族も。そして地上には巨大な穴が開き、太陽はそこから差し込んで魔界を照らす」

 

それは、バーンとその側近であるミストバーンにキルバーンを除けば、この地上では知る者は決して存在しないはずの情報だ。だが本来の歴史を知るこの少女は知っている。

魔王軍と呼ばれ、地上を征服しようと集まっている者たち全てをバーンは謀っている。

 

「それが終わったら、次は天界に攻め込むでしょうね。魔界を冷遇した神々を憎んでいるバーンにしてみれば、神は怨敵の一人。そして悲願を成就させたバーンには多くの魔界の実力者たちが付き従う。バーンの号令に従い、魔界と天界との戦争が繰り広げられ、勝っても負けても今とは比較にならないほど多くの血が流れることになる」

 

チルノの話を、バランは特に何も言うこと無く聞いていた。否定するわけでも肯定するわけでもない。ただ鋭い目をしたまま淡々と聞き続けている。嵐の前の静けさのような恐怖を背筋に味わいつつ、だがチルノは言葉を止めない。

 

「これがバーンの真の目的……これでもまだ、バーンの事を信じられる? それともバラン、貴方が止めてみせる? 今のバーンは(ドラゴン)の騎士を凌駕するほど強大な力を持っているわよ」

 

全てを語り終え、バランに答えを投げかける。

だがそれでもバランは口を閉ざしたまま、静かに時間だけが過ぎていく。

 

「…………なるほど。そういうことか」

 

それからどれだけの時間が過ぎただろうか。ようやくバランが口を開いた。

 

「よく出来た作り話だ。それを聞かせ、私を騙して引き入れる。そうでなくとも、時間を稼ぐ……それが貴様の策か?」

 

バランが導き出した答えは、否定だった。

 

「……そう、よね……そっちの立場から見れば、そう見えるわよね……」

 

人は、自らが信じたいものを信じるという。例え真実であっても、不都合なものからは目を背けてしまう。ましてや今のチルノの話を証明する物など何もない。幾つか、バランしか知らない事実を語る事は出来るが、その全てが今の話と直接結びつくわけでもない。

 

なにより、今のバランを止めることが出来るだけの決定的な手札とはなり得そうもない。

 

「そのような姑息な策に頼るとは……ほとほと見下げ果てたわ!」

「……その、雷は……!!」

 

それはギガデインの呪文だった。バランが操り、その雷撃を自らの持つ剣へ纏う。

今のバランが抱く感情は怒り。それを表すかのように、彼の額の紋章もまた強く輝きを放っている。

 

それを見ながらチルノは、性急に事を運びすぎたかもしれないと後悔する。だが今以上の妙手など、彼女には思いつかなかった。

彼女が知る本来の歴史で問題なかったのだから、この世界でもきっと大丈夫なはず。そんな甘い考えに頼る様な真似は二度としたくない。命を捨てれば奇跡が起こり、死者すら蘇る。仮に、そんな絶対の保証があれば、幾らでも知恵を絞って見せよう。

だがそんな保証はどこにも無い。

 

さしあたっては、目の前の危機を乗り越えなければ未来も何もあったものではない。

 

「以前の様な真似が通じるとは思わんことだ。少し考えれば、対処方など実に容易い。無力化される前に、貴様に叩き込めばいい!!」

 

そう叫びつつ、バランは斬りかかってくる。

ラスピルの魔法で魔法剣を無力化するには、ある程度の時間が必要だった。(ドラゴン)の騎士の呪文を一瞬で霧散させるのは、今のチルノの実力ではまだまだ厳しい。

妙な手段で対処されるよりも早く攻撃をするというのは、最も単純かつ合理的な回答だ。

 

バランの動きを見たチルノも慌てて剣を構え、魔法を唱えようとする。

 

「遅い!」

 

だが(ドラゴン)の騎士の動きは、その程度の反応など易々と上回る。剣で受け止めようとするチルノであったが、僅かに間に合わない。そもそも剣で受け止めれば防げるようなチャチな技では無いのだ。

 

「ギガブレイク!!」

 

バラン最強の一撃が放たれた。

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■

 

 

 

「ぬおおおおおおっ!!」

「がああああああああっ!!」

 

海の王者と獣の王。二人の王が、それぞれ激闘を繰り広げていた。

かたや鎖の付いた巨大な錨を武器として振り回せば、もう片方は"真空の斧"と呼ばれる巨大な斧を振りかざしその一撃を受け止める。ただぶつかり合っただけでも凄まじい轟音が鳴り響き、動き回るだけで大地が揺れているかのようだ。

 

クロコダインとボラホーン。

竜騎衆でも最大の巨体を持つ者と、勇者パーティで最も巨大な体躯を持つ者。そのどちらもが己の肉体と怪力を駆使した、超重量級の戦士である。

その二人が互いにぶつかり合えば、この状況は必然だった。

それぞれが己の肉体の望むがままに武器を振るい、多少のダメージなど物の数ではないとばかり暴れ回る。

たとえこの場で二匹のドラゴンが命がけの戦いをしていたとしても、この二人の戦いを前にしては矛を収め、場を譲っていただろう。

 

「どうした!? 天下無双の怪力とやらはその程度か!!」

「ぐぐっ!! おのれえええぇぇっ!!」

 

だが当初は互角の打ち合いに思われた戦いも、時間が経つにつれて天秤が片方へ向けてゆっくりと傾いていった。

クロコダインの攻撃を受け止めるたびにボラホーンは少しずつ押されていき、反撃へと転じる速度が遅くなっていく。反対にクロコダインはボラホーンの攻撃を余裕を持って防ぎ、少しずつ獲得した優位性を殺すことのないよう、更に強烈な力を持って攻めていく。

 

その一撃を防ぐたびに、ボラホーンの腕には鈍い痛みと痺れが少しずつ走っていた。この結果は、単純に二人のパワーの差を表していた。重量もそう変わらない相手同士が互いに正面から押し合えば、力の強い方が押していくに決まっている。

それと同じように、ボラホーンの腕力ではクロコダインの攻撃を受け止め切れず、防御の上から少しずつダメージが蓄積していた。

言うなれば、完全なるジリ貧状態である。このまま同じことを続けていては、ボラホーンがクロコダインを上回ることはまずあり得ない。

 

「そらああああっ!!」

「ぐぅっっ!?」

 

ボラホーンの蓄積したダメージが遂に限界を迎えた。クロコダインの斧の攻撃を受け止めきれず、武器を手にしたまま右手が大きく弾かれた。衝撃は右手だけに留まらず、ボラホーンの巨体を大きく揺るがし、バランスを崩す。

クロコダインから見れば絶好の機会。これを逃すなどありえない。ボラホーンの肉体を断ち割らんと再び斧を翻す。

 

「なんのっ!!」

「むぅ!?」

 

その一撃を受けるわけにはいかんとばかりに、ボラホーンは凍てつく息(コールドブレス)を口から放った。不格好なのは百も承知であったが、ここでむざむざと負けるなどボラホーンの矜持が許さない。

彼の凍てつく息(コールドブレス)は必勝の技でもある。マヒャド級の威力を備えたブレスは、いかに不格好な体勢であろうともその威力を損なわない。

自身が力で劣っているのを認めることだけが癪だと、そう考えていたときだ。

 

「カアアアアァァーッ!!」

 

クロコダインもまた大きく顎を開き、焼けつく息(ヒートブレス)を放った。それはさながら、敵が冷気で来るのならば、こちらは炎で真っ向から迎え撃つとでも言わんばかりであった。

高熱の息が氷の息とぶつかり合い、互いに熱量を削りあって消滅していく。図らずも第二ラウンドはブレス対決となった。

だがどうやら、こちらの威力は同等らしい。本来の歴史ではポップのメラゾーマを無力化したはずの凍てつく息(コールドブレス)も、クロコダインのブレスを上回ることはなかった。

 

「な……」

「なるほど、聞いていた通りだな」

 

不意打ち気味に放ったはずのブレスを易々と防がれ、あまつさえ「聞いていた通り」などという聞き逃せない発言にボラホーンは我が耳を疑う。これまで竜騎衆の一人、海戦騎として常勝を誇っていた男に、この現実は少々受け入れがたいものがあったようだ。

 

「むぅん!!」

「ぬぐぐぐ……っ!!」

 

だがクロコダインにしてみれば、そんな気持ちを慮る必要などない。再び斧を振るい、ボラホーンを得意の力で追い詰めていく。勿論ボラホーンもなすがままにされるわけではないのだが、既に格付けは済んでいる。

つばぜり合いのように、受け止めたはずの斧によってぐいぐいと攻撃を押し込まれていく。

 

「このまま押し切らせて貰う」

「ぐぐ……ふん……馬鹿めが!!」

 

だが不利な体勢となったまま、だがボラホーンは不敵に笑った。それを見て今度はクロコダインが訝しむ番だった。チルノから聞いた話では、これ以上の隠し球は無いはず。ならば誰もが知らぬ情報かと判断し、気を引き締め直す。

 

「来い!! コイツを殺せ!!」

 

ボラホーンの叫び声に、初めクロコダインは何を言っているのか理解できなかった。だがその言葉の意味もすぐに分かる。

二人から離れた場所で待機していたガメゴンロードが、地響きを立てながら襲い掛かってきたからだ。先の言葉は、この竜への命令だったのだ。

 

ガメゴンロードは、見た目は凶暴な亀としか言いようがない。だが亀の持つ鈍重そうなイメージとは異なり、予想を超えた素早さで駆けてくる。そもそも竜騎衆が駆る他の竜たちに遅れることなく併走し、テランまで来るほどの速度を有しているのだ。決して遅くない。

 

そして、幾ら力で負けているとはいえ、ボラホーンを相手にしながらガメゴンロードの相手にまで手が回るはずもない。ボラホーンの相手をするかガメゴンロードの相手をするかの二択、どちらか選べばもう片方に良いように蹂躙されるということだ。

中々有効な戦術と言えるだろう。

 

――クロコダインが相手でなければ。

 

「そういうことか」

「何を強がりを……」

 

どんな奥の手が飛び出すのかと期待したはずが、蓋を開けてみればこの程度である。落胆しつつもクロコダインは斧を持ったままボラホーンに攻撃する(・・・・)

 

「フン!」

「ぐふ……っ!?!?」

 

自身の腹に突如として襲い掛るのは、大槌で殴り飛ばされたような衝撃。ボラホーンは一瞬何が起こったのか分からなかった。反射的に視線を下に向ければ、そこにはクロコダインの尾があった。

 

そもそもボラホーンには尾が無い。トドマン種族には存在しているのだが、彼だけは突然変異による物なのか、それとも何か別の要因があるのか詳細は不明である。とあれ、尻尾を持たないことだけは確かなことだった。そして、尾を持たぬが故に失念していた。

 

しまった!! そう気付いた時にはもう遅い。

 

ただ尻尾を叩きつけられただけであるが、バカにしたものではない。クロコダインの尾は鞭のように柔らかくしなり、それでいて丸太のような太さと強靱さを兼ね備えている。そんな物を意識の外から叩きつけられたのだ。あまりの衝撃によって瞬間的に呼吸が止まり、全身の力が抜けてしまう。

それは今この瞬間では致命的すぎる隙であった。

 

「無粋な真似をしてくれたな!!」

 

主を助けるべく、ガメゴンロードが炎のブレスを吐き出す体勢に入った。だがクロコダインはそのようなものなど意にも介さない。一時的に弱ったボラホーンを担ぎ上げ、ガメゴンロード目掛けて全力で投げつける。

 

「ぐわあああああああっ!!」

 

狙った通り、投擲した先はガメゴンロード――それも顔面であった。そこは今まさに猛る炎が放たれたばかり。そして、一度吐き出したブレスを引っ込めることなど出来ようはずも無い。

燃え盛る炎に全身を焼かれ、ボラホーンの口から絶叫が迸った。しかしその程度で投げられた勢いは止まらず、そのまま狙い違わず顔面に激突する。

 

「ぐ……くそっ……」

 

激突した衝撃で更にダメージを喰らい、続けて受け身も取れぬまま地面に激突する。だが仮にも竜騎衆に名を連ねる者である。まだまだ戦意喪失などしない。痛みを無視してボラホーンは起き上がる。彼の隣では、顔面直撃の衝撃でひっくり返って目を回している愛竜の姿があった。

コイツがヘタを打ったせいで、余計なダメージを受けた。そう考えると腹の虫がおさまりそうもない。明らかな八つ当たりだが、ボラホーンの思考はそう判断していた。

 

「ええいっ!! 役立たずめ!! 少しでもワシの役に立って見せろ!!」

 

未だ正気を取り戻していないガメゴンロードの甲羅を担ぎ上げ、クロコダイン目掛けて投げつける。目には目を、歯には歯を。投擲には投擲を、と言ったところだろうか。

 

「今度は八つ当たりか……見苦しい……」

 

凄まじい勢いと風切り音を上げながら、ガメゴンロードはクロコダイン目掛けて迫り来る。その様子は、岩石が飛んできたと錯覚しそうなほどだ。だが、クロコダインは臆することはない。

むしろ呆れたような声を吐き出しながら、殆ど亀の甲羅で埋まった視界に手をかざす。

 

「ぬぅん!!」

 

気合いの声を上げながら、クロコダインは襲い掛かるガメゴンロードを受け止めてみせた。

 

「な……バ、バカな……」

 

ボラホーンは眼前の光景が信じられず、呆けたように呟いた。

持ち上げるだけならば、実践してみせたように自分でも余裕である。だが受け止めるとなれば話は別だ。勢いがついた重量物を受け止めるのに、どれだけの力が必要になるのだろう。

受け止められたガメゴンロード本人ですら、あり得ない状況に驚き、手足をばたつかせている。しかし暴れるその勢いが伝わろうともクロコダインの巨体はビクともしない。

 

「お前の相棒だろう? そら、返すぞ!!」

「何っ!?!? ま、待て……うおおおおおっ!?!?」

 

ボールを受け止めたのだから、今度はクロコダインが攻撃する番だ――それだけ聞くとまるでドッジボールで遊んでいるようにも思えるが、現実は違う。

飛んでくるのは、人間を乗せてもまだ余りあるほどの巨大な体躯を誇る亀の化け物だ。

そして、何も投げ返されたそれを律儀に受け止める必要などない。だがクロコダインに度肝を抜かれた今のボラホーンでは、そういった考えすら浮かばなかった。

眼前に伸ばしたその腕は、受け止めようとする意思の現れだったのか、それとも迫り来る恐怖から身を隠そうとしていたのか。その理由は定かではない。

 

「ぐえっ!!」

 

わかったのは、ボラホーンは降り注いできた竜を受け止めることも避けることも出来ず、下敷きになったという事実だけだ。地面と亀の甲羅に押しつぶされて、カエルが踏み潰されたような情けない叫び声が口から漏れ出ていた。

 

「そ、そんな……こんな、こんなはずでは……っ!!」

 

普通の人間ならば間違いなく圧死、グロテスクな肉塊が出来ていたことだろう。だが彼の頑健な肉体は、これだけの目に遭っても気絶すら許さなかった。

衝撃で小さくくぼんだ地の底から力を振り絞り、ガメゴンロードを持ち上げて自分の上からどかすと、地面に手を着いたままヨロヨロと身体を起こす。受けたダメージよって彼自慢の牙は片方が折れており、左右非対称の不格好な様相を呈していた。

だがそれを気にする余裕すら今の彼にはない。まるで使い物にならなくなった愛竜を見ながら、ボラホーンは現実を否定するように言葉を漏らす。

 

自分に慢心や油断は無かったはずだ。だが、軍団長の一人であるクロコダインと戦い、こうして劣勢に立たされている。

魔王軍の軍団長になど、選ばれたエリートである自分たちが遅れを取るはずは無かったのではないか!? 話が違う!! そう叫びたい気持ちで一杯だった。

 

仮に魔王軍が結成したばかりの頃のクロコダインとボラホーンが戦っていれば、この結果は逆になっていただろう。ダイと戦い、技術の使い方を学び、信頼出来る仲間との絆を得た――劇的なレベルアップをしたクロコダインが相手だったのが敗因だった。

 

「ありえん……ありえん……ハッ!?」

 

恨みの言葉と共に這い出てきたボラホーンは、そこでようやく、日の光が翳っている事に気付いた。天気は晴れである。太陽光が届かないことなどありえない。それはすなわち、届くはずだった光を遮る巨大な何かがいることを意味している。

 

そして、この場所でそんな巨大なものなど、一つしか無いだろう。猛烈に嫌な予感を全身で感じながらも、ゆっくりと顔を上げていく。

 

待ち構えていたクロコダインとボラホーンの視線が絡み合う。

 

「ま、待て!! 話せばわか……」

「問答無用!!」

 

巨大な拳が、ボラホーンの顔面に深々と突き刺さった。上から下へ、単純に勢いよく振り下ろされた拳は残ったもう片方の牙を粉々に粉砕するだけでは飽き足らず、顔中の穴から血を流させる。

 

「貴様ごとき、もはやこの斧を使うまでもない」

 

拳を引き上げると、そこには見るも無惨な姿となったボラホーンがいた。戦闘前に見せていて余裕の表情などもはや微塵も見られない。倒した事を確認し、クロコダインはボラホーンに背を向ける。

 

「次は、せめて今の倍は力をつけてから来い」

 

もはや届くはずも無いその言葉を口にし、彼は次なる戦場を目指す。

 

 




ガルダンディーって優秀なヘイト役なんだなぁ……(他人事)

少女にギガブレイクを使うバランさん……クロコの見せ場が……

ボラホーンの扱いなんてこんなもんです。原作だと一番シーン少ない気すらします。
一応無理に頑張って評価をすれば、任務に実直な不器用すぎる男と評せなくも無い。
どんな手段を使ってもバランの命を厳守するため、人質を取ってでも勝利を優先した。
(あの場面では大怪我だしヒュンケルに勝てるかって感じでしょうから)

……いや、やっぱり無いですね。
どう考えても「調子乗りでピンチになったら卑怯な手段を使う敵」にしか見えない。
そもそも(親子関係で面倒なのに)そこまで気を回せない。
その瞬間、ボラホーンの扱いが決まりました。
何も考えずに、ただ派手に倒せば良いだけの敵って本当に素敵。

これを書いている途中、世界には色んな趣味があることを知りました。
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