隣のほうから来ました   作:にせラビア

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"ゆうごう"ってよく調べたら、攻撃方法にもあったんですね……
(敵側の技だからセーフ)


LEVEL:48 解き放たれた呪縛

「ええいっ!! まだか! 悪魔の目玉はまだ到着せんのか!!」

「も、もう少々お待ちくだされ! なにしろ遠くにいたもので……」

 

鬼岩城にハドラーの怒りの声が響き渡る。その声を背後から聞きながら、ザボエラが必死で悪魔の目玉へ急ぐように命令を降していた。

それまでバランたちの状況を映し出していた個体は、チルノのファイラの魔法によって倒されている。そのため、近くにいた別の個体を急遽向かわせる事になったのだが、あいにくと一番近くにいた個体であっても現場へ到着するまでにそれなりの時間を必要としていた。

 

この場で受信用の悪魔の悪魔やザボエラにどれだけ声を荒げたところで、時間が短縮されるわけでもない。そんなことはハドラーとて理解している。だがそれでも苛立ちを隠すことが出来ずにいた。

これまで情報の多くを即時仕入れることに慣れてきた魔王軍にとって、何が起こったのかがリアルタイムで分からない状況に不安を覚えさせられる。それでなくともこの戦いは、ハドラーの進退が掛かっていると言って良い。

よもや(ドラゴン)の騎士が負けるとは思えないが、それでもどうなることか……

 

「到着しました」

「おお!」

 

やがて受信用の悪魔の目玉からの報告が入り、映像が映し出される。

 

「な、なんと……」

「これは一体……何があったというのだ!?」

 

そこに映し出された光景は、これまでの経過を何も知らぬ彼らでは易々と理解できぬだろう。何しろバランは健在のままであったが、そのすぐ足下ではクロコダインが倒れており、バランから少し距離を置いた場所にはこれまで一切姿を見せていないはずのダイがいる。

 

そして、そのダイに抱きついたまま力の全てを失ったチルノの姿があるのだから。

 

 

 

「あん!? なんだこの光は!?」

 

ポップとガルダンディー。互いに死闘を繰り広げていたはずの二人は、突如として視界に飛び込んできた光に思わず戦いの手を止めた。

互いに肉体はボロボロと呼んでいいだろう。ポップはガルダンディーの剣を避けきれず、あちこちに裂傷が走っている。マイティガードの魔法が事前に使われていなければ、この怪我はもっと深くなっており、もはや勝負は付いていたはずだ。

ガルダンディーは、ポップが得意とする火炎系の呪文を受けてあちこちを焦がしており、その身に生やしていた羽毛が見るも無惨な状態になっている。

 

「この光は……まさかバラン様の身に何か!?」

 

両者とも、もはや相手以外のものに意識を向ければ、その瞬間にやられてもおかしくは無いだろう。だがそんな極限状態にあってでも、その光の事を確かめずにはいられなかった。

 

 

 

「む!?」

「この光は……!?」

 

時を同じくして。ヒュンケルとラーハルト、二人の闘士たちの戦いもまた、突如として飛び込んできた光によって強制的に中断されていた。

ヒュンケルの言葉によって僅かに動揺させられていたラーハルトであったが、やはり互いの実力差は大きかったようだ。ヒュンケルはジリジリと削られていき、彼が纏う鎧はラーハルトの槍技によって少しずつ砕かれていた。

対するヒュンケルも負けじとカウンター気味に剣を振るうが、ラーハルトの持つ圧倒的な速度によって攻めあぐねている。何度かに一度、掠める程度には当たるが、そんな慎ましやかな反撃ではいずれ押し負けることは明白だった。

ラーハルトが戦いの主導権を握ったままの戦場でありながら、彼は光の原因を求めて視線を外す。そしてそれにつられるようにして、ヒュンケルもまた警戒の姿勢を崩さぬまま視線を移す。

 

こうして、その場にいた者たち以外もまた、何が起こったのかを知ることとなった。

 

 

 

「おねえ……ちゃん……?」

 

突如自分に抱きついたかと思えば、何かを耳元で囁き、そして力の全てを失った。まるで一方的に押しつけられたかのようなそれに、ダイは困惑していた。だが困惑しつつも、力の抜けたチルノのことをダイは反射的に支える。

今のダイでは何が起きたのか分からない――いや、完全に理解出来る者はこの世界には存在しない――が、なんとなくそうしなければいけないような気がした。

 

「おねえちゃん、どうしたの?」

 

チルノのことを支えながら、ダイはもう一度彼女のことを呼ぶ。今のダイの幼い精神では、死と言うものが理解できないのだろうか。それとも死んだにしては余りにも綺麗すぎるために眠っている様にしか見えないからだろうか。

チルノのことを抱きしめたまま、ダイはチルノを起こすように軽く揺さぶる。記憶を失ってなお求めた姉のことを心配しながら。

 

「チル、ノ……?」

「どうした!? なにがあったというのだ……?」

 

光は勿論、レオナたちにも届いていた。彼女達からしてみれば、チルノがダイを抱きしめたかと思えば、急に光を放つとその光がダイへと注ぎ込まれた様に見えたのだ。そして、その光の全てが治まった後に見えたのがこの光景である。当惑するのは当然の反応だろう。

 

「どうやら、お前達には分からんようだな」

 

この場で唯一バランだけは――ゆうごうの魔法の効果は知らないまでも――長年の技術と経験からどうなったのかだけは理解していた。

 

「あの小娘が何をしたのかは、私にもわからん。だが、今の小娘からは生命力の一切を感じられない」

「……ッ!?」

 

その言葉にクロコダインは思わずバランを強く睨む。一方レオナは、何のことか分かりかねているのか不安げな表情を浮かべたままだ。対照的な反応を見せた相手に向けて、バランは更に残酷な言葉を紡ぎ出す。

 

「わからんか? ならばはっきりと言ってやろう。あの小娘は死んだのだ」

「死ん、だ……ですって……」

「やはり、か……!?」

 

明確に告げられたチルノの状態に、二人は驚きを禁じ得なかった。突如光を放ったかと思えば、命を落とす。そんなことが果たしてあり得るのだろうか。あまりに不可解な出来事に、クロコダインはバランの言葉を理解しつつも信じることが出来ずにいた。

 

「っ!! まさかあの子、メガザルの呪文を使ったんじゃ……!?」

 

だがレオナは、その現象にほんの少しだけ心当たりがあった。

 

「メガザル!? 姫、それは一体……」

「あたしも、チラッと聞いた程度でしか知らないわよ……」

 

果たしてレオナがそれを知ったのは、いつのことだったろうか。呪文の勉強中に教えられたのか、それとも古い書物に書いてあったのを偶然目にしたからだろうか、それすらも定かではない。

ただ、そんな古い記憶を奥底から引っ張り出しながらレオナは語り始めた。

 

「なんでも、その呪文を唱えた者は命を失う。その代わり、味方全員に奇跡を起こす呪文、らしいわ……」

「奇跡……? それは一体……?」

「わからない。一説には全ての傷を癒して、死者すら蘇らせるとか……ああもう! こんなことならもっとちゃんと勉強しておくんだったわ!!」

 

クロコダインの疑問にきちんと答えることが出来ず、レオナは苛立つように吐き捨てる。一方クロコダインは、初めて耳にした呪文の効果に驚かされていた。そして、そんな呪文に頼ってまで場の状況をひっくり返そうとしたこと。何より、命を捨てる覚悟を持ってでも仲間を助けようとしたその愛に。

 

「ほぉ、そんな呪文があったのか。まるでメガンテと対を為すような呪文だな」

 

バランですら、レオナの言葉を耳にして驚かされていた。博識であり、全ての呪文を使いこなすと言っても良いはずの(ドラゴン)の騎士であってもメガザルの呪文のことは知らなかったようだ。

 

「しかし、そんな呪文を使ったところで、この状況を覆せると思ったのか? 大博打に出た挙げ句、失敗するとは、とんだ無駄死(・・・)にだ。まだメガンテの方が逆転の芽があったものを」

 

その言葉は暗に、自分にはメガンテが効果があるということを知らせているも同然であった。だが、そんな事にも気付かないほどにレオナたちは動揺していた。そしてバランは、レオナ達がそんな精神状態になっていると理解しているからこそ、あえてそのような言い方をしたのだ。

彼らの心を更に揺さぶるために。

不思議なことに、そう言った途端に、自分の心の奥底で感じたチクリとした痛みから目を背けながら。

 

「馬鹿な……」

 

レオナ達の会話は、戦いの手を止めたヒュンケルたちにも届いていた。チルノが命を落としたことを知り、言い様もない絶望感が彼を襲う。現状を否定するような言葉が知らず知らずのうちに口から漏れ出ていたほどだ。

 

「たしかに、大博打をしたようだな。仮に成功していれば、状況はひっくり返ったかもしれん。奇跡を起こすというのであれば、ディーノ様を元に戻すことも出来たかもしれんな」

「だが……だがその為にお前が犠牲になってどうするというのだ……! それで、ダイが喜ぶとでも思ったのか……!!」

 

まるで戦友同士の会話のように、ラーハルトの言葉に反応してヒュンケルは自身の胸の内を吐き出す。チルノのことを信じていたヒュンケルであったが、こんな結末は望んでいない。たとえ命を救われようとも、残された者の悲しみを、彼は誰よりも知っているのだ。

 

――そう、だな。確かにお前の言う通りだ……

 

つい先ほどまで殺し合いをしていたはずの相手が、隙だらけで慟哭する。ヒュンケルのそんな姿を見ながら、だがラーハルトは槍を振るう気にはなれなかった。自身の心の奥底で彼の言葉に同意しながら、ただ黙って事態を静観しているだけだ。

 

「クッ……クハハハッ!! クワーックワックワッ!!」

 

ガルダンディーとポップたちにも同様に、レオナ達の声は届いていた。突如として戦場に輝いた閃光の正体が、そして何があったのかを知った途端、ガルダンディーは我慢することを忘れたように腹の底から大声で笑う。

深く静かな反応を見せているラーハルトたちとはまるで対照的な騒がしさだ。

 

その行動に最も苛立たされたのは、同じく近くにいたポップである。チルノが命を失ったという受け入れがたい事実を耳にした直後である。仮に自分がもっと速くガルダンディーを倒していれば、この事態は避けられたのではないか。そんな意味の無い仮定が彼の頭をよぎったかと思えば、この馬鹿笑いである。

仲間の死を悲しむ暇すら与えられないこの哄笑に、怒らない者がいるだろうか。笑い続けるガルダンディーへ殺意を込めて睨みつける。

 

「テメェ!! 何がおかしいってんだ!!」

「ああん!? うるせぇんだよ、人間風情が!!」

「ぐっ!」

 

状況を忘れて、飛び掛からんばかりにガルダンディーに詰め寄っていく。だがそれは悪手でしかなかった。すぐさま反応するとガルダンディーはポップの腹部を殴りつける。後衛のポップはその攻撃に反応することが出来ず、まともに喰らってしまう。

 

「うう……」

 

動きが止まったところで、さらに追撃の一発をポップの顔面へ飛ばす。流石にこれは必死でガードすることは出来たものの、勢いまでは殺しきれずに地面へと倒されてしまった。うつ伏せになったポップの頭をガルダンディーは片足を乗せる。

猛禽類の特色を持つガルダンディーの足は、爪が鋭い上にまるで手の様に物を掴める。彼はその特徴を存分に生かし、万力の如き力でポップの頭を締め上げる。

 

「ぐあああ……!!」

「これが笑わずにいられるかってんだ!! 一発逆転の呪文に頼った結果がこれ!! そんな何の意味のねぇ行動をして命を落としているんだ!! 恥さらし(・・・・)も良いところだぜ!! やっぱり人間なんざ、大バカの集まりよ!!」

「…………」

 

ガルダンディーの勝ち誇ったような声を聞きながら、バランは心の奥底で先ほども感じた痛みを再び感じていた。いや、先ほどよりももう少し大きな痛みを伴ったそれを、けれどもバランは意識して目を背ける。

 

「大体その女は、何様のつもりなんだよ!! ドブ臭ぇ人間の分際でディーノ様の姉貴取り!! 身の程知らずにもバラン様の挑んだ挙げ句、光って死ぬとはなぁ!! 光るだけならホタルの方がまだマシ、汚ぇ死体が残る分だけ人間ってのは本当にゴミ以下の存在だな、

クハハアハハハハハッ!!!!」

「て、めぇ……」

 

歯に衣着せぬ無遠慮な物言いに、ポップは地に這いつくばりながら殺意を向ける。いや、ポップだけではない。ヒュンケルもクロコダインも、レオナも同じ気持ちだ。目に余るほどの態度に、ラーハルトすら苛立ちを感じるほど。

 

「…………ったな…………」

「ハハハハハ……は……?」

 

小さな声が響いた。それは、本当に小さな声。

だがその声は、ガルダンディーの耳障りな馬鹿笑いを切り裂くほどの、とてつもない鋭さと冷たさを兼ね備えていた。仮に、声だけで人を殺せるならば、今の言葉こそがそれなのだろう。

この場の全員の耳に届いたその声に、ガルダンディー本人すらも笑いを止める。

 

姉ちゃん(・・・・)のことを、よくも笑ったな!!!!」

「ちょ……!?」

「ディーノ様!?!?」

 

瞳から涙をこぼしながら、ダイはガルダンディーへ向けて怒鳴る。それは誰の目にもはっきりと見て取れるほどの、強い強い意志に満ちあふれた瞳。そして額には、彼の怒りの呼応するかのように(ドラゴン)の紋章が輝いていた。

 

ガルダンディーは、ダイのことを味方だと認識していた。だがそこへ、突然当人から放たれたのは彼が今までで味わったことのないほどの強烈な殺意。その恐ろしさに全身が竦み、恐怖のあまりに言葉すら出てこない。

そんなガルダンディーの瞳には、ダイが拳を握りしめて、自身へと殴りかかってくる姿がはっきりと捕らえられていた。さながらスライムが攻撃してくるかのような遅い遅い一撃にしかみえない。だが、それを見ながらも彼の身体は動くことは無かった。攻撃を防ごうとするが、自身の身体はそれ以上に遅く動き、まるで言うことを聞かない。

それが死に直面した際の集中力――いわゆる走馬灯の体験の一つだということに、彼が気付くことはなかった。

 

「あああああああっっ!!」

「ぐがああっっ!?!?」

 

絶叫と共に殴り飛ばす。

恐ろしく鋭いその一撃はガルダンディーの力を一瞬で奪い取り、そのまま彼を吹き飛ばした。一度、二度と地面の上を水切りのように飛び跳ね、そして三度目の着地で勢いは殺され、ゴロゴロと地面を転がり、そして止まる。

そこにいたのは、くちばしが砕かれ、白目を剥いたまま微動だにしないガルダンディーだった。その様子は誰の目からでも絶命していると分かる。

 

「うお……っ……」

 

ポップはその光景を目にして、思わず呻いていた。

つい先ほどまで頭を捕まれていたはずの相手が、気がつけば吹き飛ばされて死んでいた。彼が理解出来たのはそこまでだった。見えなかったのだ、ダイが攻撃するその瞬間が。それほどまでの素早い一撃だった。

反応できていたのは、二人だけ。

ラーハルトと、そしてもう一人……

 

「ディーノ!?」

 

一瞬で倒された部下の様子を見ながら、バランは記憶を取り戻した息子の名を呼んだ。

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■

 

 

 

――青魔法"ゆうごう"

 

発動させることで、一人を完全に回復させる魔法である。

だが当然、そんな便利な魔法が無償で使えるわけがない。発動の際には術者の命を犠牲にする、いわば諸刃の剣である。

そしてこの魔法は、本来ならば負傷を癒し、失われた体力や魔法力を回復させるものだが、チルノはそこへさらに自身の記憶と想いまでもを注ぎ込んだ。自分の記憶が、少しでもダイの役に立つ様に。僅かでも記憶を取り戻すきっかけになってくれればと、願いながら。

 

自分がいなくなることに、後悔や恐怖がなかったわけではない。

本来の歴史についてはアバンもブラスも、マトリフにだって教えている。彼らならば、自分がいなくなっても大丈夫だろう。

そしてダイには、レオナがいる。自分と違い、きちんと律してくれる彼女がいれば、きっと大丈夫だろう。テランの地下牢での彼女の行動を見たときから、チルノはそう思っていた。

だったら、ここで全てを失っても良い。だって、後を託せるのだから。

 

「ダイ君!! その呼び方……」

「なんと、記憶が戻ったのか!?」

 

そんなチルノの願いは、どうやら成功していたようだ。チルノを聞き慣れた呼び方をしており、はっきりとした意思を持ってガルダンディーを倒すほどの力を見せた。それは、この場の全ての者にはっきりと伝わっていた。

 

「っしゃあ!! メガザルの呪文は成功していたんだ!! チルノは無駄死になんかじゃねぇ!!」

「違う……」

 

奇跡を起こす自己犠牲の呪文――不発だと思われていたそれが、実は成功していた。だからダイの記憶が蘇った。誰しもがそう考えるだろう。

事実、レオナたちは元よりバランたちですらそう見えていた。自身の命を糧にする呪文ならば、これほどの奇跡だって起こせるだろうと。そう考えていた。

だが、その考えは他ならぬダイ本人の口から否定される。

 

「え……?」

「違うんだよポップ……姉ちゃんはメガザルの呪文なんて使ってない……」

 

悲痛な表情でそう呟くダイの姿に、ポップとレオナはある事実を思い出す。

 

「そうか、そういや!!」

「忘れていたわ……チルノは、呪文が使えないはず……」

 

失念しかけていたが、チルノはこの世界の呪文は一切使えないのだ。メラやホイミといった初級呪文すら操れない彼女が、メガンテに比類するような高等呪文を使えるはずがない。そういった意味での発言だと捉える。

だがそれは間違いだ。

 

「そんな呪文なんか、関係ない! 姉ちゃんはただ、自分の命を犠牲にしてでもおれを助けてくれただけだった!! 目を覚ませてくれただけだった!! それに応えられなきゃ、おれは男じゃない!!」

 

ただ命を懸けて自分を救ってくれた姉の姿。そんなものを見せられては、どれだけ寝ぼけた頭をしていようとも目覚めずにはいられない。そこにあるのは、ただの意地だ。ゆうごうの魔法は確かに効果をもたらしていた。だがそんな事は、ダイにとってみればただの言い訳にしかならない。

大切な者を守れなかった無念と、自分を最後まで守ってくれた感謝。その二つが元の記憶を呼び起こしていた。

 

「……自らの、命を捨ててでも……う、あぁ……」

「……ラーハルト……?」

 

その光景を見ながら、ダイの言葉を聞きながら、ラーハルトの心は揺れていた。敵わぬと知りながらもバランに挑み、そして全てを投げ打ってでもダイのために尽くそうとするその姿は、彼の記憶の中に存在するとある人物を想起させるのに十分すぎるほどだった。

 

「どうやら、本当に記憶が戻ったようだな……」

 

そしてバランは、ダイの様子を見ながら受け入れがたい事実を口にする。だが自身で言った通り、その言動の全てが彼の記憶が元に戻ったことを表している。中途半端に思い出したのではなく、全ての記憶をだ。

 

「信じられん。完全に消去したはずなのに、ありえんことだ……だが!」

 

そう言うとバランは再び(ドラゴン)の紋章の強く輝かせ始めた。

 

「元に戻ったのならば、再び消し去ってしまえば済むことだ!! あの娘も無駄なことをしたものだな!!」

「待てバラン!!」

「テメェ、また!!」

「同じことをするつもり!?」

 

一度行ったことなのだ。ならばもう一度行うことに、もはや迷いやためらいなど存在しない。ましてや記憶を失った状態のダイとバランは短い時間ではあるが邂逅しており、その時にバランのことを父と認めているのだ。

その禍々しい出来事が、バランに再びダイの記憶を奪う選択を後押ししていた。だが――

 

「……な、何故だ!? 何故反応しない!?」

 

バランの予想も虚しく、ダイの紋章が共鳴することはなかった。一度出来たことが出来なくなる、そのことがバランから冷静な判断力を失わせる。

 

「探しているのはこれか? バラン!!」

 

そんなバランを嘲笑うかのように、ダイは右手の甲を掲げて見せる。そこには、(ドラゴン)の紋章が光り輝いていた。

 

「!! なんだと……!?」

「紋章が、拳に……!!」

 

その事実に、(ドラゴン)の騎士についての知識が深いバランたち二人は信じられないといった表情を見せていた。

 

「バカな、ありえん! 数千年に及ぶ長い(ドラゴン)の騎士の歴史において、額以外の場所に紋章の光が発動するなど、一度たりとてなかったはずだ!!」

「姉ちゃんのおかげだ……姉ちゃんが教えてくれるんだ……バランにはできなくても、おれはできるって。人間の血を引くおれにしか出来ないことだって……」

 

バランの言葉を、ダイは淡々とした様子で返す。

 

「こうすればバラン、お前にだって勝てる!!」

 

チルノはこの世界の歴史について知っている。その彼女の持つ知識が影響して、ダイに情報を与えていた。

バランの頭脳支配から逃れるためには、紋章の力をどこか一点に集中させれば良いのだということを。竜と魔の力を腕へと追いやり逆に支配すればいいのだということを。

人間の血と心を持ってすれば、それを可能にするのだということを。

 

「う、くうぅ…………バ、バラン様!!」

 

ダイの言葉を聞いていたラーハルトは、やがて感極まったように強く叫んだ。

 

「あの娘のことを……この者達のことを、信じても良いのではないでしょうか!?」

「なんだと!! 血迷ったかラーハルト!? そのような事を口にするなど……お前は自分の過去の経験を忘れたのか!?」

 

それはバランからしてみればあり得ない言葉だった。

腹心であるはずの竜騎衆の――それも、バランが息子のように思っていたラーハルトからのまさかの言葉である。彼の正気を疑うかの如き言葉に、だがラーハルトは努めて真面目に答える。

 

「いえ……そのようなことは。あの迫害の日々のことは、一日足りとて忘れたことはありません」

「ならば!」

「ですが!!」

 

バランが何かを言おうとしたが、それをラーハルトは更に強い言葉で強引に遮る。

 

ラーハルトは、魔族の父親と人間の母親との間に生まれたハーフである。だが父親とは彼が幼い頃に死別し、それ以降は母親と二人で暮らしてきた。しかしその暮らしも、決してお世辞にも平穏なものではなかった。

彼が生まれてからしばらくした後、ハドラーが地上を我が物とせんと暴れ始めた。そのため、ラーハルトの存在は、人間達からしてみれば迫害の格好の的であった。同じ魔族であるために、ハドラーと同じく自分たちを支配するかも知れないと考えたのか、それともハドラーによって不自由な暮らしを強いられる鬱憤を晴らしたかっただけなのか。

彼の母親は、その迫害が原因で病没。その後、ラーハルトはバランに拾われるまでの間、ずっと一人で生きてきた。

その胸には、母を奪った人間に対する憎悪と復讐心を滾らせながら。

 

「ですが……オレを産み、オレのことを最後まで案じてくれたのも、また人間だったのです……」

 

だが、その人間がいなければ自分は生まれてこなかった。そして、生まれてきたラーハルトは、人間に迫害されながらも、それでも母親の精一杯の愛情を受けて生きてきた。

 

「その娘は、命を捨ててでもディーノ様を元に戻そうとしました……その姿にオレは……オレは、亡き母を重ねたのです……」

 

死別する直前まで、彼の母親はラーハルトのことを気にしていた。自分の身が弱っていることを理解していながらも、それでも必死で彼の為に尽くそうとしていた。

ラーハルトのためにどんなことでもしようとする母親の姿と、ダイを元に戻す為に命を懸けて奇跡を起こしたチルノの姿。そのどちらもが、彼の目には同じように映っていた。

 

「そしてディーノ様の紋章にしてもそうです。拳に紋章が発現するなど、ありえないこと……それを為し得たのは、奥方様の……人間であるソアラ様の血ではないでしょうか? 我々の行いに警鐘を鳴らすために、このようなことが起きたのでは?」

 

それはダイにしてもそうだ。

ソアラという産みの親が分け与えてくれた人間の血。そしてチルノという育ての親が教えてくれた知識と心。それがあるからこそ、ダイは拳に紋章を発現させることができたのだろうと、ラーハルトはそう考えた。

 

「我々は、間違っていたのではないでしょうか……迫害され、大切な者を奪われたから、人間全てを滅ぼすなど……」

「そうだ、ラーハルト!! お前のその考えは、間違ってなどいない!!」

 

迷いながら言葉を紡ぎ、バランへと訴えかけていくラーハルト。そんな相手に向けて、ヒュンケルは迷いそうなその心を支えるように力強く声を掛ける。

 

「バラン! お前の悲劇は、ソアラ王女を失った悲しみと怒りは、痛いほどよく分かる」

 

続いてヒュンケルはバランへと言葉を投げかける。だがそれはラーハルトの時とは違い、明確な怒りをバランへと感じさせてしまった。

 

「知った風な口を利くな! 貴様が何を知っていると言うのだ!!」

「推測でしかないが、チルノが教えてくれたよ。アルキード王国のソアラ王女と出会い、ダイを産み、そして人間の手によって失ったのが原因ではないか、とな……確信を持てたのは、同じ事を話した時のラーハルトの反応からだが」

 

推測でそこまでのことが分かるのか、とバランはラーハルトに視線を投げかける。するとラーハルトは困ったような顔をしつつ口を開く。

 

「……もうしわけありません、バラン様。オレが話をしたようなものです」

「よせ、ラーハルト。お前に責任はない。オレが勝手に話をしたのが原因だ」

 

つい先ほどまでは互いに戦っていたはずの相手だというのに、今では庇い合っている。その姿もまた、人間の心の影響だというのだろうか。少なくともバランにはそう見える。

 

「バラン! お前はいつまで目を背けるつもりなのだ!! ラーハルトは自ら理解したぞ、人間は全てが悪ではないのだということを! お前の考えが間違っていることを!!」

「…………」

 

ヒュンケルの言葉に、バランは無言のまま微動だにせずにいた。押し黙ったまま、瞳を閉じているその姿は、彼ら二人の言葉を胸中で反芻しているようにも見える。

 

「そう、か……」

 

そして、バランはようやく口を開いた。

 

「ラーハルト……お前もか……」

「バラン、様……?」

 

言葉の意味が分からない、とラーハルトは聞き返す。

 

「貴様もこの私を裏切ると言うのか!!」

 

激情の叫びを上げながら、バランは片目に装着していた竜の牙(ドラゴン・ファング)を引きちぎるように乱暴に手にする。

 

「バラン様! 違います、それは……」

「黙れ!! 私は貴様のことを、もう一人の息子のように思っていた。だが、どうやら見込み違いだったようだ!!」

 

今のバランには、ラーハルトすら裏切り者としか見れなくなっていた。ラーハルトは真にバランを思うが為に、あえて苦言を呈していたにも関わらずだ。かつて確認し合った、自らの考えに賛同しないものは全て敵でしかない。とでも言いたげだ。

 

「バラン!!」

「人間を許したところで、ソアラが蘇るとでもいうのか!? 我が心を癒し、失った時間を取り戻してくれるとでも言うのか!? もはやディーノですら我が手を離れた!! そのようなものは、もう必要ない!!」

 

そう言うと、手にした竜の牙(ドラゴン・ファング)を強く握りしめる。鋭利な刃物でもあるそれはバランの掌に食い込み、やがて一筋の鮮血を生み出していく。

 

「うっ……あ、あれは……」

「バランの血?」

「だが、色が……赤から青へ……!?」

 

バランが何をしているのか、それが分かるのはこの場には二人だけだ。そのうちの一人、ラーハルトは、バランの行動を見て慌てて叫んだ。

 

「あ、あれは……逃げろ、お前達!!」

「ラーハルト、何か知っているのか!?」

 

だがヒュンケル達には何が起ころうと言うのか分からない。だがラーハルトにしてみれば、説明している時間も惜しい。彼の頭の中にあるのは、ヒュンケルやダイたちを一刻も早く逃がしてやりたいという想いだけだ。

 

「もう、遅い!」

 

そう叫び、竜の牙(ドラゴン・ファング)を天に掲げる。天から一条の雷撃が降り注ぎ、それがバランの肉体を包み込んだ。やがて、雷の中からバランが姿を現す。

だがその姿は今までのものとはかけ離れていた。背中から竜のような翼を生やし、全身に竜の鱗を兼ね備えている。半人半竜の姿と評するのが最も適切だろう。

そして、漂ってくる力は今までのバランとは比較にならない。

 

「なんだ、あの姿は!?」

 

クロコダインが叫ぶが、その疑問に答える者はいなかった。バランは殺気に満ちた瞳で、ラーハルトを睨みつける。

 

「まずは貴様からだ、ラーハルト!!」

「う、ああああ!!」

 

短くそう告げると、バランはそのまま襲い掛かる。その速度は、人間の姿をしていた頃のバランよりも遙かに早い。スピードに自信があるはずのラーハルトであっても、驚かされるほどだ。

 

――やられる!?

 

目に映ったのは、自身を攻撃しようとするバランの姿だった。バランの力はラーハルトもよく知っている。その攻撃を受ければ、助かるはずもない。死を覚悟し、観念したラーハルトは目をつむる。

だが死ぬ以上に、主と仰いだバランに誤解させたまま逝くことを彼は悔いていた。

しかし妙な事に、ラーハルトに襲い掛かるはずの痛みは、いつまで経っても訪れない。

 

「ディーノ、様……?」

 

疑問に思い目を開ければ、そこにはダイがバランの攻撃を受け止めていた。

 

「竜魔人……バラン、お前はそんな姿になってまで!!」

「むっ……!?」

 

ダイの口から漏れ出た、本来知り得るはずのない"竜魔人"と言う単語。そして、今のバランの攻撃を易々と受け止めるほどのダイのパワー。その二つに得体の知れない何かを感じたバランは、一端距離を離す。

 

「ラーハルトはお前にとって、息子みたいなものだろう!? なんでもっと大事にしてやれないんだ!! お前の事を本当に思っているから、逆らってでも説得しようとしたんじゃないか!!」

 

距離が開いたバランに向けて、ダイは自身の感情を余すところなくぶつける。もしも、バランがラーハルトの言葉に考えを改めれば、とダイは微かな期待をしていた。だが彼の選んだ行動は、ダイを最も落胆させたものだった。

 

「その姿になったのだって、余計なことを考えたくないからだろう!? 違うか!?」

「どういうことだ?」

 

バランが何故変身したのか。そして、その変身に何の意味があるのか。予備知識の無い仲間達に、ダイは語る。

 

「あの姿は、(ドラゴン)の騎士の最強の姿……"竜魔人"と呼ばれる姿だよ。戦闘力が更に強化されるのは勿論、あの姿になると(ドラゴン)の騎士が持つ魔物と竜の力がより強化される。ああなったら、目の前の敵全てを倒すまで決して止まることはない……」

 

バランが竜魔人の姿になったのは、自分の覚醒とラーハルトがバランに逆らったことが原因だろうとダイは推測していた。

実の息子と義理の息子、それぞれがバランを否定する言動を行ったのだ。それも、人間の心が原因で。それはバランにとって認められる物ではない。痛ましい負の感情に耐えられなくなり、より凶暴な感情でその痛みを消そうとした。

だから竜魔人になったのだろうと、ダイはそう考える。

 

「全ての者に裏切られたから、全部消そうだなんて……そんなこと、絶対にさせない!! バラン!! お前はおれの親でも何でも無い!! おれはお前を絶対に許さない!!」

 

そう言うとダイは、すぐ近くにあった剣を手に取る。

それは先ほどまでチルノが使っていた剣――元々は彼女がダイの為に生産技能を駆使して加工した物だ。握っただけで自分の手に恐ろしいほどよく馴染む。当然だろう、彼の姉がダイに合うように微調整を施した剣なのだから。

 

――姉ちゃんは、おれがここで戦うために剣を持って行ったのかな?

 

チルノは剣を使えないわけではないが、魔法と比べれば遙かに不得手だ。幼い頃からダイの稽古相手となっていたが、アバンから教えを受けて、数々の戦いを勝ち抜いてきた今のダイと比べれば比較にならない。

つけ加えるなら、この剣はダイの為の剣なのだ。彼女が使っても、使いにくいだけのはず。そんなことは加工した本人が分からないはずがない。

 

だがそんなリスクを知っていてなお、チルノはダイの剣を持って行った。それは何故だろうか? それはきっと、今この場で使えと姉が導いてくれたからだろう。

ダイは剣を握りながらそう確信していた。

 

「みんな……姉ちゃんを、頼む……」

「ダイ……?」

「これから、おれはバランと戦う……だから、姉ちゃんを……もう、姉ちゃんが……これ以上傷つくところなんて見たくないんだ……」

 

その言葉は、これから始まる戦いがどれほど強大な物になるのかをひしひしと予感させるものだった。その余波だけであっても、怪我人が出るのではないかと思うには十分過ぎるほどだった。だからダイは最も信頼出来る仲間達に頼んだ。

チルノがこれ以上傷つく事がないように。

 

「わかったわ! チルノのことは任せて! 毛の先ほども傷つけたりなんてしない!!」

 

レオナはダイの意図を正確に汲み、力強く頷いた。それを聞き、ダイはバランへと意識を集中させる。

 

「ダイ、オレたちは……」

「クロコダイン、分かっているのだろう?」

「ああ、わかっている……この戦いには、もはや誰も手出しは出来ん……」

 

一応声を掛けたものの、手助けが無用なことはクロコダイン本人も痛いほど分かっていた。ダイの無念を思えばこそ、この戦いに介入できる者はもはやいないだろう。

 

「む……」

 

それはラーハルトも同じだ。立場的にはバランに加勢をしたいが、今の彼はバランから敵視されている身である。ならばダイの為に戦うべきか。だが見捨てられてなお、ラーハルトの心はバランを慕ったままだ。

結論は出せないまま立ち尽くし、ヒュンケルに肩を叩かれて彼もまた邪魔にならないように大きく下がる。

 

そして、親子の二人だけが残った。

 

 




ガルダンディーさん輝きまくり。原作の言動などから鑑みても、こういう役目をさせたくて仕方ありませんでした。びっくりするほどハマる、とても良いヘイト役です。
ダイをブチギレさせて、バランの心をチクリとさせる。
ボラホーンより目立ってるぜ!!(このためだけに生かされていた)

バランさん、竜魔人になったのに微妙に手心加えているんですよね。
その辺は次回に描写しますので。

ラーハルト。
彼は魔族の父と人間の母のハーフ。
でも父を早くに亡くし、母の手で育てられた。けれど時期が悪くハドラーが暴れたとばっちりで、母は人間に迫害されて病没。これが人間を憎む理由。その後、バランに拾われる。バランを父親のように慕い、バランも息子のように思っていた。
(――ここまで公式)

つまり、母はラハやんを庇って必死で育ててくれた。守ってくれた。早くに亡くした父親のことは覚えていない(バランの記憶に置き換わった)が、母親のことは覚えていて、凄く大切に思っていた。母の温もりと献身を、彼は忘れられなかった。
(――ここまで妄想)

で、チルノが命を捨ててでもダイの為に尽くした。そしてダイは記憶を取り戻した。そんな彼女の姿は、ラハやんにしてみれば自分の母と重なるんじゃないかなぁ? と思った結果、ラハやんまでもがバランの説得に参加するという展開に。
書いている本人が一番びっくりです。
(すごく嫌な表現をすると「マザコンがバブみを感じて寝返った」と……)

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