「うーん……うーん……ぼ、ぼくの必殺技がなぜ負けたんだ……うーん……」
闘技場内に用意された救護室のベッドの上で、チウはうなされていた。
自信満々、勇んで試合に向かったものの、結果は完敗だった。対戦相手のゴメスには攻撃を当てられず、逆に相手からの攻撃は避ける事も出来ず一方的に殴られる。
一発逆転を狙い自身の必殺技
マァム曰く、大岩をも砕く必殺技とのことであり、確かに当たれば大岩をも砕きそうな勢いはあった……当たればだが。
「チウ……言いにくいことだけど、あなたの弱点がわかったわ……あなた手足が短いのよ」
「!!!!!」
申し訳なさそうに言うマァムの言葉に、チウは強く衝撃を受けた。
「そ、それは……」
顔を青ざめさせ、目に涙を溜ながら彼は自身の手足を見つめる。
チウは背丈ですらダイよりも小さく、大ねずみという種族のために手足は人間よりも短い。ずんぐりむっくりとした体型をしていた。そんなチウが、ましてや巨漢を相手にしていてはどうあがいても普通の戦い方では手も足も届かない――もとい、手も足も出ない。
「……一緒に組み手とかしたことくらいあったでしょう? 今まで気づかなかったの?」
「うん、組み手だからある程度は、その……相手に合わせるのも必要だから」
チルノが苦々しく口を開くと、マァムはさらに言いにくそうに返す。チウが組み手をしたことがあるのはマァムとブロキーナの二人のみ。ましてやその二人と比べて実力の劣るため、チウに合わせた戦い方をしていた。
マァムが気づかなくてもある意味では仕方の無いことかもしれない。
「うひーーん!!」
とうとう我慢できなくなったのか、チウはマァムへと泣きついた。マァムも気の毒に思ったらしく、チウの気の済むよう受け止める。
「あ、あのさ……元気出せよ……」
「うるさいな……ぼくはたった今、武闘家として死刑宣告に近い事実を知ったばかりなんだぞ。なぐさめはよしてくれ……」
しばらく泣き続けていたチウであったが、やがて落ち着いてきた頃を狙ってダイは声を掛けた。マァムから離れ、落ち着いた様子を見せていたため頃合いだと思ったらしい。だがチウの傷心は完全には癒えてはおらず、涙声で反論する。
「気にするなよ、そんなこと。いざとなったら頭突きとか体当たりで戦えばいいじゃんか。パワーはあるんだし」
「じゃあきみは、頭突きや体当たりで戦うヒーローをカッコ良いと思うのかね!?」
「そ、そりゃ思わないけどさ……」
ダイが何気なく言った一言に、チウは途端に力強く反論する。先ほどまでの落ち込みようもどこへやらといった様子だ。
「カッコ良くなくてはダメなんだよ! そもそもぼくがこの大会にでたのは……」
そこまで断言したところで、急に語気が弱まった。
本来ならばチウが大会に出場した動機も、マァムに良いところを見せたいがためだ。彼女に懸想しているため、そういった下心が秘められているのだが、さすがに本人のいる前で下心丸出しの理由を馬鹿正直に宣言するほど迂闊ではなかったらしい。
「……お、おほん!! と、とにかく!! カッコ悪いのはダメなのだ!!」
「頭突きや体当たりはそんなにカッコ悪い?」
何かを誤魔化すように強く言い切ったチウに対して、チルノが口を挟む。
「む、チルノさん? なぜかね!?」
「マァムが言っていたけれど、チウは当たれば大岩だって砕くパワーを持っているのでしょう?」
「まあ、そのくらいはできるけれど……それが何か?」
優しく尋ねるようなその言葉に、チウは疑問符を浮かべながらも素直に頷いた。
「それだけの強い力を持っているのに、つまらない理由でそれを活かせない方がもっとカッコ悪い事だと思わない?」
「え……? い、いやしかし……!!」
一瞬肯定しかけたチウであったが、やはりまだ未練があるらしく慌てて否定する材料を模索し始めた。
「そうね、チルノの言う通りだわ」
「そんな……マァムさん!?」
「おれもそう思う。本当に大岩を割れるくらい強いんだったら、なおさらだよ」
「ピィ」
だがチルノの意見に賛同するように、マァムとダイが。それに加えて戦った立場からということかスラリンまでもが口を開く。全員に――特にマァムに――そう言われては返す言葉も思いつかず、チウはたじろぐことしか出来ない。
だが押し黙っていても、心の底から納得したわけではないようだ。それを見抜いたチルノは、どうしたものかと少しだけ思案する。
確かにチウは、ダイやマァムと比べれば弱いだろう。だがそれでも彼もまた、本来の歴史ではダイたちと共に戦った仲間であり、存外バカにしたものではない活躍を見せるのだ。ブロキーナの下で長年修行したのも決して無駄ではない。
本当ならば彼はロモスでポップと協力して敵と戦い、自分の間違った考えに気づく。だがチルノはそのような展開を起こさせるつもりもない。
ならば何か別の手段が必要だろう。そこまで考え、彼女は口を開いた。
「……少し、昔話を聞いて貰える?」
「なんだい急に? まあ、構わないが……どんな話かな?」
「その名も、怪傑大ねずみ」
「「「かいけつ、おおねずみ……?」」」
急に告げられた耳慣れぬタイトルに、チウどころかマァムたちもオウム返しをするのが精一杯だった。なんとなく可愛らしいその様相を見ながらチルノは頷く。
「ええ、そうよ。その昔――ハドラーが魔王として地上で暴れていた頃よりも前に、とある地方に存在していたという伝説の
伝説の
「彼は普通の大ねずみだったけれど、誰よりも勇敢で仲間思いだった。自分の事は二の次で、仲間のことを凄く大切にしていた。困った事があれば誰よりも早く駆けつけて、一緒に悩んで解決方法を探したり。色んな仲間のところへ常に顔を出して、何かあれば遠慮無く言ってくれと声を掛けていたの」
「ふーん……ま、まあ、普通かな? というか、ありがちな話だね」
大層な呼び名の割には、大した活躍をしたわけでもないと思ったのだろう。チウは興味を失ったように言う。ただ多少なりとも動揺しているのは彼自身でも何か思うところがあるのだろうか。
だがもちろんチルノとしても、その程度で話は終わらない。彼女はその反応に微笑を浮かべてから続きを話し始めた。
「当然、それだけなら名前は広まらなかったでしょうね。でも彼の凄いところは、仲間の範囲を人間まで広げていたのよ。人間も
人間を相手にしていた。という部分がチウと重なったのだろう。彼の失われかけた興味に再び火がついたらしい。まじまじとチルノが次の言葉を発するのを待っている。
「もちろん、最初は怖がられた。酷いときには攻撃も受けた。でも彼は諦めず、近隣の村や街へ何度も出向いては訴え続けた。人間と
「ふむふむ」
既に取り繕う事すら忘れていた。完全にチルノの話に聞き入り、興味深そうにチウは耳を傾ける。いや、チウだけではない。ダイやマァムも同じく、今まで聞いたことも無い話に興味津々だ。
「あるとき、その地方に凶暴な
「おお!!」
「大ねずみは快くそれを引き受けて、人間の討伐隊と一緒に退治に向かったわ」
「なるほど! そこで彼は
もはやチウの中ではお話の大ねずみと自分が同調しているらしい。まるで我が事のように得意満面の様相で、チウは先の展開を口にする。伝説の大ねずみ、などという前情報があったがため、そうなることをどこかで期待していたのだろう。
だがチルノは目を伏せ、残念そうに首を横に振るう。
「それが全然。彼も普通の大ねずみよりは強かったけれど、さすがに相手が悪すぎたみたい。仮に、彼が上位種のおばけねずみでも勝てなかったでしょうね」
「なんだって!?」
上位種たる"おばけねずみ"でも勝てないという、チウにとっては分かり易すぎる例えは彼を十分に驚かせたようだ。
「というより、人間たちも大ねずみには期待していなかったの。彼らは『適当におだてて
「なっ! なんだとぉ!!」
信じていたはずの人間が、実は利用することしか考えていなかった。その事実が更にチウを驚かせる。義憤に燃える彼は、地団駄を踏むようにガシガシと足を鳴らす。
「そんなことを知らない大ねずみは、彼らにおだてられるまま先頭に立って戦った。でもその
「そ、そんな……だって人間は彼を騙しているのだろう!? なのになんでそんなに頑張れるんだ!?」
「利用しようとした人間も、大ねずみが常に立ち続ける姿を見て、いつの間にか奮い立った。そして討伐隊と大ねずみは全員で協力して、遂にその
「よかった……勝ったんだね……」
どうなる事かと思ったが、なんとか勝利することが出来たと聞いて、チウは安心したように落ち着きを見せた。騙されているとも知らずに戦っていたと言ったときなど、近くの物を手当たり次第に破壊しかねないほどの殺気を見せていたほどだ。
「怪我人は大勢いたけれど、奇跡的にも死者はなし。そして勝利の宴が、人間たちの街で催されたわ。その宴の主役はもちろん討伐隊の人たちと、大ねずみ。そこでは街中の人が、大ねずみに謝っていたわ。利用しようとしてごめんなさいって、真実を打ち明けながらね」
「真実を……? 一体どうして? 言ってはなんだけれど、人間達は黙っていた方が都合がいいだろう?」
「うん、普通はそうね。街に戻った討伐隊は、人々に大ねずみのことを話したの。彼は強くはなかったけれど、誰よりも勇敢で仲間思いだったって。彼の弱くても常に戦い続ける姿を見ていたら、自分たちがしようとしたことが恥ずかしくて仕方が無かったの。その話を聞いて、街の人たちも考えを改めたわ。特に討伐隊の家族の人たちは。だって大ねずみがいなかったら、全滅していてもおかしくはなかったんだから」
当然の疑問を口にしたチウであったが、その理由をチルノは答える。良心の呵責に耐えかね、一番の恩人をだまし続けることに人間たちは耐えきれなかったのだ、と。街の人たちも同じように、命を懸けて戦ってきた人たちの真実の言葉に、己の浅はかさを思い知ったのだ。
「人間達に利用されていたことを知った大ねずみだったけれど、彼は笑いながらその事実を許したそうよ。彼曰く『自分は富や名声が欲しくて戦ったのではない。あのまま放っていれば、この地に住まう誰もが被害を受けていただろう。それに自分の力では倒すことは出来なかった。あの場で自分に出来る最善のことをしたまでだ』って」
「うそだっ! そんなこと言うはずがない!!」
「うん、そうよね。街の人たちはその言葉に大層驚いたそうよ。普通なら怒られて当然、暴れられたとしても仕方ないと覚悟していたの。でも彼は許したの。理由はどうあれ、みんなが生き残ることが出来た。問題は解決した。そしてあなたたちは自分の行いを反省した。だったらどうして怒る必要があるのかって」
「なっ……!?!?」
チウは強い衝撃を受けたように表情を一変させていた。
なにしろ騙していたことがバレたのだ。怒り、批難の言葉を幾重も浴びせるのが当然だろう。だがその大ねずみは許したというのだ。
その行動が彼の常識を大きく揺らしていた。
「街の人たちはその大ねずみに、せめてものお礼の品と言ってマントを渡したの。その街は過去のとある勇者が使っていたマントを生産していて、織物で有名な場所だったから。その勇者が使っていたマントと同じデザインの物を贈ったそうよ」
「勇者が使ってたものと同じマントを……!?
「マントを身に付けた彼の姿は、人々にはまるで伝説の勇者のように凜々しく頼もしく見えた。そして、彼はいつしか『怪傑大ねずみ』の名前で呼ばれたそうよ」
話はおしまいとばかりに、チルノは軽く一礼する。語りを黙って聞いていたダイたちは、その姿を見て拍手で労う。ただ、そんな二人とは対照的にチウの興奮冷めやらぬ。
「そ……そんな凄い
「わからないわ。さっきも言ったけれど、彼が活躍していたのはハドラーが地上を征服しようとするよりも前の話。一説には、魔王ハドラーの軍勢と戦い続けて命を落としたとも言われているけれど……真偽は不明だそうよ」
「そ……そんな……!!」
同種族でありながら、人々に認められたことがよほど関心を持ったのだろう。いまにも飛びかからん勢いでチルノへと詰め寄る。だがチルノはその勢いを削ぐような言葉を口にする。
ずっと昔から伝わってきた話だから詳細は不明。その言葉に、チウは膝から崩れ落ち、肩を竦めて落ち込むものの、ふと気になって顔を上げる。
「しかし、どうしてそんな話を知っているんだ?
「あら、言ってなかったかしら? 私とダイはデルムリン島――怪物島って言った方が伝わるかしらね? そこで育ったの。そして私たちの育ての親のブラスおじいちゃんは、その昔魔王ハドラーの下で参謀として活躍していたほどの知恵者なのよ」
話の出所を尋ねれば、それはチウの予想を遥かに超えた答えだった。
「おじいちゃんは長年生きていて、色んな事を知っているの。今の話も、おじいちゃんから教えて貰ったのよ」
「なるほど……だったら、まだ若いチルノさんがそんな話を知っていても不思議じゃないか……!」
長年生きた知恵袋という言葉に強い説得力を感じたのだろう。チウは納得したように頷いた。
「最初、チウが私のことを助けてくれたときは、怪傑大ねずみが来たのかと思ったわ。もちろん、本人ではないと分かっていたけれど、でも彼の意志を継いだ大ねずみがいたんじゃないかって……」
「そうか、だからぼくに今の話を……?」
「ええ。偶然にもチウは彼と近い立場にいるでしょう? だから、チウのこれからのヒントに少しでもなればと思ってね」
「ぼくに、彼みたいな生き方ができるだろうか……」
大ねずみに助けられたという事実が、チルノの記憶を呼び起こしたのだと知り、チウは嬉しくなると同時に迷う。
話に聞いただけの彼はとても立派だった。チウが求める理想の格好良さと比べれば、その姿はまるで似ていない。だがその泥臭い生き方が、チウの心のどこかで強烈に輝いて憧れてしまう。そして、自分に同じことができるだろうか。話に聞いていた姿を汚してしまわないかという不安が襲っていたのだ。
「ま、まぁ……少女の頼みとあれば聞いてやらんこともない。それに先ほどの話は、ぼくもちょっとだけ思うところがあったからね」
「本当に!? それじゃ……」
だが、チルノがチウのことを見つめていたことに気づき、チウは気を取り直したような態度を見せる。その言葉を聞いたチルノは、嬉しそうにチウを頼ることにした。
「おい、これはどういうことかね?」
「ピィ」
「ピィ~?」
不満げに呟くチウの頭の上にはスラリンが乗っており、彼の近くにはゴメちゃんが飛んでいる。
「怪傑おおねずみは困ったことがあったら何でも引き受けたそうよ。私たちが出場している間だけでいいから、スラリンたちの面倒をお願いね」
「いや、確かに言ったがね……こういう展開は想像していなかったぞ!!」
――ァム選手! マァム選手!! 次の試合が迫っております!! いらっしゃいましたら……――
「ほら、そろそろ私たちも出場する頃だし。順番によってはスラリンたちの面倒を見切れない可能性があるから」
部屋の外から聞こえてきたマァムを探す声の援護を受けて、チルノは時間がないことを材料に、更に説得を続ける。
「まぁまぁ、いいじゃないの。これも社会勉強の一つと思えば」
「うん、お願いできるかな?」
「くくく……わかったよ!! 不本意だが、面倒を見てあげよう!!」
マァムたちの言葉もあって、チウはヤケクソ気味に了承の言葉を放った。それを聞いたダイたちは、スラリンとゴメちゃんの面倒をチウに任せて試合場へと急ぐ。
「はぁ……キミたち、人の迷惑にならないようにするんだぞ」
「ピィ!」
「む、嫌だけど従ってやるだと!? まったく、なんて失礼なスライムなんだ!! ぼくだって嫌だけど我慢しろ!!」
「ピィ~~!!」
さっそく口喧嘩を始めたスラリンとチウの様子に、ゴメちゃんが慌ててなだめ始めた。
「あ、さっきの話のことなんだけど……」
一方、試合場への道を急ぐダイたちであったが、そこでチルノが口を開く。
「あれ創作だから」
「あれ、って……大ねずみの話のこと!?」
「うん」
「「ええっ!!」」
あっさりと言ってのけたチルノの様子に、逆に聞いていたダイたちの方が衝撃が大きかった。思わず急いでいた足を止めてしまうほどだ。
「ほら、急がないと」
「え、ええ……じゃなくて!!」
「う、うそだったの??」
「嘘じゃなくて、創作よ」
嘘つきよばわりは心外とばかりに、ダイの言葉にチルノは頬を膨らませて抗議する。
「でも、だったらチルノはどうしてあんな話を?」
「少しでもきっかけになればと思ったの」
話をしたことの真意に対して、チルノはそう答える。
「マァムの言うように、チウは本当は実力があると思う。窮鼠って言葉があるみたいに、追い詰められたら本当の強さを発揮できるかもしれない。でも、出来ることならそんな土壇場に賭けるような真似はしたくなかったから」
「だから、あんな話を?」
「そう。子供が勇者の話に憧れて正しい道を志すように、少しでも良い影響を与えられればと思って」
チルノの言葉にマァムは唸らされた。
なるほど、確かに言われてみれば先ほどの話には子供が喜びそうな内容が詰まっている。誰にでも分け隔て無く接する正義の英雄を彷彿とさせるような姿。強敵を前にして、諦めることなく戦い続ける勇気。そして、騙されていたことを知っても態度を変えることのない高潔さ。少々都合が良すぎるとはいえ、心を動かされたとしてもおかしくない。
もしもチウが自分たちと共に魔王軍と戦うのであれば、もしかしたらそんな未来が訪れるのではないかと、錯覚したほどだ。
「でも、よくあんなにスラスラと話が出てきたね。あれ、姉ちゃんがその場で考えたんでしょ?」
「ばれた?」
「即興だったの!?」
元となった話はあるだろう。だがそれを下敷きにしていても、チウがあれだけ興味を引きそうな内容をとっさに考えたことにマァムは再び驚かされた。
「お話に出てきた、英雄となった
「え、それって……!」
「ふふ、そうかもしれないわね」
どこか予言めいたチルノの言い回しに、彼女が何を言いたいのかを理解してダイたちは笑い合った。
■□■□■□■□■□■□■
武術大会は続き、ダイたちは順当に勝ち上がっていった。
三人のうち、最も安定した強さを見せたのはマァムだ。対戦相手が力に頼った――いわゆる脳筋の傾向が高い者ばかりだというのが幸いしたのだろう。
スピードに翻弄され、大した見せ場を作ることも無く彼女の拳の前に倒れていった。
ダイの相手となったのは、怪力無双の戦士と鞭を使った者だった。
特に戦士の方は、今大会の優勝候補と目されるほどの実力を持っており、力も技も速度も兼ね備えた優秀な武人だった。
その実力はチルノから申し渡された、闘気の扱いの練習という枷があったとはいえ、ダイが苦戦するほどであり、闘気を込める量を読み間違えてダメージを受けることすらあった。
鞭使いは、戦士とは違った意味で苦戦を強いられることとなる。鞭という軌道が読みにくく、しかも素早い武器を前に予測が追いつかない。変幻自在の戦い方を前に勝利することは出来たものの、あるときは打たれ、またあるときは締め上げられる戦法に惑わされた。
そしてチルノは、ある意味では一番苦戦を強いられたと言える。
なにしろ彼女が相手をしたのは、弁髪の武闘家と、短剣二刀流の軽戦士だったのだ。
どちらも初戦で戦った槍を持った男とは実力が違う上に、二人とも速度を自慢とする戦い方をしてきた。
彼女も近接戦闘の心得はあるが、本業は後衛である。
息をもつかせぬ連続攻撃に苦労させられ、しかもこれは武術大会である。相手を殺すような魔法を使うこともできない。勝つには勝ったが、少なからずダメージを受けてしまう。
――試されている? 私だけじゃなくて、もしかしたらダイも……?
どうにか決勝進出を決めた戦い、その台上でチルノは自問していた。
これまでの戦い、ダイの相手と自分の相手は、どれも一筋縄では行かない相手ばかりだったのだ。ましてやダイが戦った相手の二人は、本来の歴史ではどちらも決勝に進出していたほどの強者だ。
そして戦い方も、まっとうな戦士として強さと鞭というテクニカルな強さ。そのどちらもがダイに多少なりとも苦戦をさせる。
逆にチルノの相手は、彼女が苦手とする接近戦の相手――それもスピードを重視して魔法を使う隙を与えないような相手ばかりだ。もしもチルノが、完全に前衛としての能力を持っていなければ、負けていた可能性もあったかもしれない。
「…………」
そもそもこの戦いは、ザムザが主催したもの。そしてこの武術大会は、試合開始一時間前まで参加を受け付けている。ならば対戦相手を調整するのも、そう難しいことではない。
そして自分の場合は、苦手そうな相手を当てることで決勝進出を阻み、横槍を入れにくくするといったところだろうか?
チルノは頭の中でそうアタリを付けながら、退場していった。
■□■□■□■□■□■□■
やがて予選の全試合も終わり、決勝に進出する八名の選手が出揃った。このまますぐさま決勝戦へ――とはならなかった。
「会場のみなさん!! ついにロモス武術大会も大詰め!! 決勝進出選手八名が決定いたしましたっ!!」
決勝進出を決めた選手達。そのそれぞれ八名の顔見せの場が設けられていたのだ。それは観客たちへ誰が決勝を進出したのかを分かり易くするための配慮でもあり、もうじき始まる決勝の戦いへの期待を高める意味もある。
「それでは、我が国で最強を誇るその八名のファイターたちをご紹介しましょう!!」
選手達はアナウンスの紹介と共に闘技台へと姿を現していく手はずとなっている。事前にそう通達を受けていた選手達は、自分の名が呼ばれる時を待っていた。
「まずは、パワーとレスリングテクニックに長けた
最初に呼ばれた髭面の大男は、闘技台へと上がるなり自身の筋肉を誇示するようにポーズを決めて観客達へとアピールする。
「続いて強大な呪文を使いこなす魔法使いフォブスター!! 百発百中の腕前を誇る狩人ヒルト!! 旋風のごとき剣の使い手、騎士バロリア!!」
魔道書を片手に持った魔法使い、弓矢を手にした野性的な男、全身鎧に身を包んだ如何にもという出で立ちをした騎士が、それぞれ台上へと上がっていく。
「強いのか弱いのか、全くわからない! 謎の実力者ゴーストくん!!」
顔を描いた布袋を被っただけという、明らかに怪しすぎる人物が出てくる。よく登録できたものだと言ってはいけない。
「今大会に咲く美しき二輪の花! 武闘家マァム!! 魔法使いチルノ!!」
やはり女性の参加者というのは珍しいのだろう。予選でも参加していたのは片手で数えられるほどしかおらず、そのいずれもが初戦敗退だった。残った二人はどちらも目の覚めるような美女であり、観客の男たちが盛り上がりを見せる。
野太い声の割合が多い声援を受けながら、マァム達は手を上げてそれに応える。
「そして最後になります!! 今までの試合をご覧の皆様の中には、お気づきになった方もいらっしゃるかもしれません!! かつてロモスを救った英雄! 勇者ダイ!!」
最後に姿を見せたのはダイだった。彼は少し緊張の面持ちを見せながら台上へと上がる。すると途端、観客達の声援がにわかに大きくなった。
だがそれも当然だろう。アナウンサーの説明通り、かつての英雄が立派になった姿を見せてきたのだ。観客の中には、城のテラスに現れたダイの姿を見たことがある者もいるだろう。その者は、かつての記憶にあるダイの姿と今のダイの姿を比べ、驚いていた。
「勇者ダイの強さは皆様も肌で感じられたかと思います。今大会の優勝者は王より望みの褒美が得られるということはご存じでしょうが、それに加えてなんと! 優勝者は勇者との特別試合を行います!!」
その言葉に、さらに観客達が沸き立つ。勇者の力を間近で見られるまたとない機会なのだ。しかも相手は大会優勝者ということもあって、その期待も高まっていく。
「そのため勇者ダイは決勝戦には参加しません! さて、勇者が特別試合を行うために選手が一人減ってしまいました。ですがご安心ください!! 厳正なる審査の結果、万能ムチの名手スタングル選手が参加することとなりました!!」
紹介を受けて、最後の一人である若い男が台上へと姿を見せる。彼もまた、ダイが最後に戦いを繰り広げたということもあってか記憶に残っている観客も多かった。いわゆる繰り上がり進出という扱いに不満はあるだろうが。
「さて、勇者ダイだけではありません! 彼の前に姿を見せたマァムとチルノもまた、ダイと共にロモスを救った英雄の一人なのです!! 今回、二人にも急遽武術大会に参加していただきました!!」
続くアナウンスに、観客達はもう何度目になるのかわからない驚きを味わう。だが言われてみれば確かにという声や、ダイが紹介された時点でまさかと思ったなどの声がちらほらと聞こえてくる。
「ですが彼女たちは特別参加枠ではなく一般枠です! このまま決勝へと進出していただきます!!」
あくまで一般枠だということを説明するが、台上に上がった他の選手たちの目はそれを信じていないと語っていた。なにしろ英雄相手に力を示せれば自分の強さを存分にアピールできるのだ。打算もあれど、純粋に戦ってみたいという気持ちもある。
特異な気配の漂い始めた闘技台の上で、チルノ達はほんの僅かに眉をひそめる。
「以上の選手達が決勝に臨みます!! 果たして優勝者は誰なのか!? より一層のご声援を……!!」
場を盛り上げるアナウンスの声が聞こえてくる。その言葉を聞き流しながら、ザムザは観客席の最上段、もっとも台上が良く見渡せる場所から各選手たちを見下ろしていた。
「これはいい……素晴らしい素材が集まったものだ! そればかりか、勇者の仲間まで飛び込んでくるとは、つくづく運が良い!」
多少試合相手を操作したとはいえ、決勝参加者達はいずれも彼の目にかなうほどの猛者たちであった。それどころか、彼自身思いもよらなかったマァムの参戦に、彼の心は更に高鳴っている。
「そしてダイ、お前の力は見せて貰った。さらにチルノも、まさか勝ち上がってくるとは……まあいい、決勝戦が今から楽しみだ! キィ~ッヒッヒッヒッ!!」
ダイが
そして最後に、チルノのことを忌々しげな瞳で睨む。だがそれもすぐに歪んだ楽しみを含んだものへと変わり、邪悪な笑いをこぼしていた。
チウへ話した内容(タイトルもですが)
果たして知っている人がどれだけいるんでしょう「怪傑大ねずみ」です。
これはドラクエ4コママンガ劇場にて栗本和博先生が生み出したキャラクターで、見た目はマントをつけた大ねずみ。強くはありませんが人望はあります。
そのため同じ大ねずみのチウへ話したら面白いかなぁと思って。
(話の内容は嘘ですが、発破をかける意味で。
まさかこんな長くなるとは……2回戦と3回戦カットです)
原作で「今大会優勝候補No.1!!」と紹介されていた怪力無双の戦士ラーバさんが落ちました。
なぜこの人を選んだかというと――
出場者(マァムと老師以外)を思いだしたところ「ゴメス・鎧着た騎士・魔法使い・鞭の人・弓矢の人……あと誰だっけ??」となりました。
(ラーバさんを完全に忘れていました)
ゴメスさんは割と目立ってる。一人だけ全身鎧で目立つ。一人だけ魔法使いで目立つ。武器が鞭に弓矢ってよく勝ち残れたなぁとある意味目立つ。というわけです。
予選は三回勝てば決勝へ、という認識で書きました。