隣のほうから来ました   作:にせラビア

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LEVEL:56 生体牢獄

決勝進出者紹介の場はつつがなく終了した。だが観客席は未だ熱狂に包まれており、歓声に混じって予想屋の怒声も聞こえる。それも当然だろう。かつての英雄の登場に加えてその英雄が決勝を辞退し、優勝者と特別試合を行うというのだ。何も知らない一般人は相次ぐ変更に混乱しかねない。

下手をすれば一騒動起こるのではという懸念があったものの、現在は休憩時間ということもあってかその兆候は見られなかった。

 

決勝参加者の紹介完了後、すぐさま決勝戦が行われるのかと思えばさにあらず。諸々の準備などが必要とのことで、三十分ほど後に開始されることになっている。そのアナウンスが行われ、各人はそれぞれ割り当てられた控え室――個室で待機となった。

この部屋は、決勝参加者それぞれに用意されたものであり、決勝戦開始までの間、自由に過ごすことができる。最後のウォーミングアップをするもよし、武器防具の手入れをするもよし。係の者に頼めば、食事や酒なども貰える。もちろん、外に出ても問題なし。

 

つまるところ、一人で行動する時間。そのはずなのだが――

 

「姉ちゃん、用事って何?」

 

控え室に備え付けられた椅子に座りながら、ダイが尋ねる。本来一人しかいないはずの彼女の個室には、今だけ二人分の影があった。

 

「ごめんね、急に呼んだりして。どうしても、ちょっと伝えておきたいことがあったから」

 

決勝進出者の顔見せ終了後、全員が一旦下がったところで、チルノは用事があるからと言ってダイを控え室へ無理矢理引っ張り込んでいた。

本来ならば優勝者との特別試合を控える身として、ダイはロモス王シナナと共に王族用の席で決勝を観戦することになっていたのだ。無理を言ってここに連れてきたことをまずは謝りながら、チルノは本題を切り出す。

 

「……ねぇ、ダイ。気づいている?」

「何を?」

「ザムザのこと。彼は魔族よ。それも、おそらくはこの大会で何かを仕掛けてくるはず」

「ええっ!!??」

 

突如として切り出された事実に、ダイは驚きを隠せなかった。まるで予想していなかった言葉に目を白黒させる弟であったが、チルノは構わず先を続ける。

 

「もちろん、ただ魔族ってだけで疑うつもりはないわ。親切で人間に協力しているだけの魔族かもしれない。私たちだって、ヒュンケル・クロコダイン・ラーハルトの力を借りているもの」

「じゃあ、何か疑うだけの理由があったの?」

 

善意を持った魔族の可能性を考慮に入れつつも、疑うだけの理由があることをチルノは述べる。対してダイは、それだけの理由があってどこを疑ったのかが不思議でならなかった。

 

本来の歴史を知るチルノは、ザムザが強靱な肉体を持つ人間を実験材料として集めるためにこの大会を開かせたことを。ついでに強い人間を減らすこともできるため、一石二鳥の作戦となっていることを知っている。

とはいえ今はそれを正直に話すことなく、彼女はもっともらしい理由を語る。

 

「最初に感じたのは、昨日王様との会話の席でザムザと出会ったとき。パプニカでザボエラと戦ったときに近い感覚を少しだけど感じたの」

「ザボエラ!! たしか、ロモスでじいちゃんを!!」

 

まだクロコダインが魔王軍に属していた頃、二人の育ての親ブラスを人質として使うように命じた相手の名前だ。その名に反射的に反応して叫んだダイへ向けて、チルノは首肯する。

未だ許しきれない相手の名前を出しただけに、ダイの中の信用度は上がったようだ。

 

「それと、予選試合の相手も疑わしい……これは気にしすぎかもしれないけれどね」

「相手が? どういうこと??」

「一回戦の相手は様子見――つまり私たちの戦い方や相性を見極めて、二回戦と三回戦でそれぞれに適した相手を当てられたんじゃないかと思うの」

「???」

 

何を言っているのかわからない、と首を捻るダイに対して、更にチルノはかみ砕いた説明を続ける。

 

「二回戦と三回戦で私が戦ったのは、早さと攻撃回数が得意な接近戦タイプの相手だったでしょ? 自衛手段があるとはいえ、後衛の私にはあんまり得意な相手じゃない」

「あ……」

「ダイの相手なんてもっと露骨だったわ。二回戦の相手はこの武術大会優勝候補の一人に上げられていた相手。三回戦の相手は、すごく巧みにムチを使っていた。あれはダイの力量を測るためだったと思うの」

 

ダイを相手には(ドラゴン)の騎士としての力量を試そうと、チルノを相手には予選で負かそうという意図がなんとなく見え隠れしている。だが、これだけでは説得材料として弱いのはチルノも承知だ。

 

「考えすぎかもしれないけれど、でもマァムの相手を思い出してみて。私たちが戦った相手と比べて、どうだったかしら?」

「……そう言われれば」

 

武術大会に参加している以上、どの参加選手も決して弱いわけではない。だがチルノの言葉通り、姉弟の戦った相手は参加者の中でもトップクラスの実力を持っていた。対してマァムが戦ったのは、二人の試合相手と比べれば一枚も二枚も劣る。

 

武術大会と銘打っているものの、祭りとしての側面も持っている。ならば祭りを盛り上げるため、そういった強い相手同士は出来るならば後半で戦うようにするのも、主催者の腕の一つだろう。そういった意味で考えても、ダイの対戦相手は異常すぎるのだ。

 

「そうだ! そういえば試合中に時々、変な視線を感じることがあったっけ」

「変な視線?」

 

ダイは突然、文字通り思い出したように声を上げる。

 

「気のせいかもしれないし、そのときは竜闘気(ドラゴニックオーラ)の制御に必死だったから。だから、ちょっとは変な目で見られても仕方ないかって思って忘れてたんだ。でも、姉ちゃんの話が本当なら……」

「おそらく、その通りでしょうね」

 

あくまで仮の話としてチルノは扱っているものの、ダイの言葉は真実だと判断する。手加減されていても(ドラゴン)の騎士の力を間近で見られる好機なのだ。ザムザの立場からすればそれを見逃すことなどありえない。

 

「そして、今まで何も変な動きは無かった。つまり、何か行動を起こすとすれば決勝戦」

「そんな!! じゃあ、このことを王様にも伝えて――」

「それは待って欲しいの」

 

すぐにでも動き出そうとしたダイをチルノは止める。

 

「今言ったのは、あくまで仮定の話よ。全部、私の考えすぎかもしれない。もしそうだったら、この大会を潰すことになっちゃうわ」

「でも事実だったら大変なことになるよ!?」

「だから、私たちがいるのよ」

 

心配するダイに向けて、チルノは安心させるように優しく語る。

 

「私は決勝参加の選手を守る。ダイは王様と観客たちを守る。決勝戦で闘技台に上がる私と、特別試合のために観客席に戻るダイとで、綺麗に分かれていると思わない?」

「ええっ、でもそれ大丈夫かなぁ?」

「もしも王様を狙っていたのなら、チャンスは幾らでもあったはず。つまり、狙うなら決勝進出者の方。狙う相手が分かっているのなら、ある程度後手に回っても対応できるわ」

 

そこまで言うが、ダイはまだ納得しきってはいない様子だ。

 

「でも、おれたち二人だけなんて……」

「マァムだっているし、お城の兵士たちもいる。何かあってもすぐに対処できるでしょ?」

 

――コンコン

 

そのとき、個室のドアがノックされた。二人とも会話を中断して扉の方を向き、チルノは返事をする。

 

「はい」

「失礼します。決勝戦の準備が整いましたので、もうじき開始となります。闘技台の方へ移動をお願いします」

「わかりました」

 

ノックの主は城の兵士だった。大会運営役も兼ねているらしく、要件だけを簡潔に述べるとすぐさま引っ込んでいった。だが伝えられた内容は、決断の時が迫っていることを告げる。

 

「迷っている時間はないみたいね」

「うーん……わかったよ。おれたちが率先して注意していればいいんだね?」

「ええ。ザムザにも王様にも、位置的に一番近いのはダイだから……お願い」

 

チルノの言葉にダイもまた覚悟したように頷き、姉弟はそれぞれの役目を果たすべく歩き出した。

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■

 

 

 

「長らくお待たせいたしました!! これよりロモス武術大会決勝戦を行います!!」

 

司会者の声が闘技場内に響き渡り、開始を今か今かと待ちわびていた観客達はそれを聞いた途端にわあっと歓声を上げる。その大声は、聞いているだけでうっすらと耳が痛くなるほどだ。

その声を合図としたわけではないだろうが、大扉が開き、中からは決勝参加者の八名が再び姿を現した。全員が落ち着きすら感じさせる悠々とした足取りで中央の武闘台へと集まっていく。

 

「ほら、キミのご主人様も出てきたぞ」

「ピィィ!!」

 

予選の短い間に多少なりとも打ち解けたのだろう。チウがチルノを指さすとスラリンもそれに追従するように声援を送っていた。

 

「おっ、いたいた……マァムさ~~ん!! ぼくの分まで頑張ってくださいね~っ!!」

 

そしてチウは、自身のごひいきであるマァムの姿を見つけると指笛を鳴らしながら歓声を上げた。まるでスラリンに対抗しているかのようなその行動に、ゴメちゃんは二人がまた争わないかと気が気でなかったが。

 

「隣の席、座ってもいいかな?」

「ああ、どうぞ……って、えええっ!?」

 

応援に夢中になっている三匹は、懸けられた声を特に注意するわけでもなく了承の返事をする。だがチウはちらりと横目で隣の席に座った相手を見て、大いに驚かされた。

 

「なっ……なんでキミがここに!?」

「ピィ~~!!」

「いやまぁ、確か優勝者との特別試合を行うと言う話だったから、ここにいても良いのかも知れないが……だとしても、特別な席が用意されるのではないのかね!?」

 

ゴメちゃんはダイとの再会に喜び彼の身体に飛び込んでいく。どうやらこの二人の面倒を見るのに解放されると思ったのだろう。

そしてチウは、ダイがこの場に姿を見せた理由を問いただす。

 

「うん、それもあったんだけど……せっかくだから、試合場の近くで見たくってさ。ほらほら、細かいことは気にしないで、今は楽しもうよ」

 

適当な理由を口にして、ダイは怪しまれないうちに意識を試合へと向けるように促す。

本当の理由は、ザムザが現在いる場所と王たちが試合を観戦しているテラスとの間の位置だったからであり、チウの隣の席に座ったのも、そこが偶然開いていて、しかも知り合いがいたからでしかないのだが……言わぬが花と言う奴だ。

 

「それでは! 今回の主催者ザムザ殿から、決勝トーナメントの説明をしていただきましょう!!」

 

アナウンスの声に、ダイは少しだけ身を強ばらせる。いつでも動けるように少しずつ姿勢を変え、ザムザの動きに注視して、さらに気配をこっそりと探り始めた。戦闘中などに代表される興奮状態ではないので即時性には欠けるものの、じっくりと時間を掛ければある程度は相手の気配の質を――善意と悪意を感じ取ることもできる。

 

「諸君、よく勝ち残った。想像以上のメンバーが集まり、私も大いに満足している。国王陛下にご提案申し上げ、この大会を開いた甲斐があった……」

 

ダイに探られていることなど露知らず、ザムザは観客席の中頃にて立ち上がり、仰々しく口上を述べていく。この武術大会の発起人でもあり、彼にしてみれば満願成就の瞬間なのだ。芝居がかった様子にもなろうというもの。

 

「さて、それでは最後のステージを整えよう。諸君らの立っている部隊の端々には合計八つの宝玉が埋まっている。一人一人、好きな物を選んで取りたまえ……」

 

――これは!!

 

ダイが感じ取ったのは、ドス黒い気配だった。普通の人間が悪事を働こうと思っても、ここまで強い意志には決してなり得ないだろう。それほどの強さ。

だが平時からこんな気配を発していれば、ダイが気づかないはずがない。おそらく普段はそれを必死で隠し続けていたのだろうが、どうやら気が緩んだらしい。その気配の存在は、決勝戦で仕掛けてくるという姉の言葉へますます信憑性を与えた。

もはやいつでも戦闘態勢に入れるほどだ。

 

「なるほど……こいつで対戦相手を決めようというわけか」

 

舞台上では、剣士バロリアが先陣を切って宝玉の一つを手に取る。

 

「私はAだ」

「オレはEだぜ」

「私のはO……」

「Mだ」

 

それに続いたように、参加者達はぞくぞくと宝玉を拾い上げ、刻まれたアルファベットを読み上げる。一名ほど無言でVと書かれた宝玉を見せつけている者もいたが。

 

「ちょっと待って、変だわ……!! 同じ文字の人が誰もいないし、アルファベット順にもなっていない……これじゃ、対戦相手なんて組みようが無いわ!!」

 

仮に同じ文字同士を対戦相手とするならば文字は四種類。文字の順番通りに戦わせるのであればAからHまでの八種類があれば良い。わざわざOやMの文字を用意する必要はない。

明らかな異質さにマァムは疑いの声を上げ、正体を看破すべく近くにあった宝玉を拾い上げた。

 

「もう一つEが……!?」

 

――ま、まさか!?

 

これで七文字目。そして初めての重複した文字である。マァムの脳裏に嫌な予感が走る。

 

「チルノあなたは!?」

「多分、マァムの予想通り……Gよ」

 

最後まで宝玉を拾わずにいたチルノであったが、マァムの問いかけに答えるように最後の宝玉を拾い上げて文字を読み上げる。

 

「やっぱり……みんな、持っている宝玉を集めさせて!!」

 

確信を得たとばかりに、マァムが叫ぶ。チルノはマァムへ自身の持っていた宝玉を渡すと、離れた場所へ少しずつこっそりと移動して事の成り行きを見守る。

その間にもマァムは全員の持っていた宝玉を集めていた。ゴメスが両手を受け皿のように広げ、その上にマァムが八つの宝玉をとある順番に並び替えていく。とはいえ、たった八文字だ。作業自体はものの一分と掛からずに終わる。

 

「……GAME OVER……!!」

 

浮かび上がった文字は、終わりを告げるものだった。

 

「こ、こりゃあ何の冗談でぇっ!!」

「冗談も何も……見た通りの意味さ。遊びは、ここで終わりだッ!!」

 

抗議の怒鳴り声などどこ吹く風と受け流して、ザムザは叫んだ。

 

――今っ!!

 

その声を合図に、チルノは軽く飛ぶ。

少女の動作に僅かに遅れ、闘技台の床を破って爪の様なものが突き上がってくる。奇しくもその位置は、八つの宝玉が置かれていた場所と同じ位置であった。

そしてただの爪ではない。浮かび上がったそれは関節を持ち、蝙蝠の羽のような皮膜で隣それぞれがつながっている。

 

「なっ、なんだ!?」

「うおおおっ!?」

「と、閉じ込められる……!!」

 

動いたのはほんの一瞬程度の時間。予期せぬ行動に頭が付いていかなかったということもあるのだろうが、手練れの選手たちは何も動けぬままだった。

そしてそれぞれの爪は闘技台の頂点で交差し、舞台を完全に包み込む。外から見れば、八枚の悪魔の翼が闘技台を牢獄のように覆い囲っている光景だった。

突如として現れた異質過ぎる物体に、観客達はどうして良いのか分からず困惑している。

 

「キヒヒヒヒッ!!」

 

牢獄の完成を確認すると、ザムザはこみ上げる笑いを隠そうともせずその上へと飛び乗る。

 

「ザムザ殿! これはいったい……まさか貴様は!?」

「おや、察しが良いですなぁロモス王! 気づかれましたかな? だが少々遅すぎた!! これで我が魔王軍も大いに助かる!!」

「魔王軍!? や、やはり……!!」

「キィ~ッヒッヒッヒッ!!」

 

もはや隠す必要も取り繕う必要もない。ザムザはどこかで聞いたことのある特徴的な哄笑を上げながら、変身呪文を解除して自身の正体を明かす。

 

「!!」

「ま、魔族……!!」

 

それまでの学者のような目立たない格好から一点、派手な衣装に包まれている。だが何よりも違うのは肌の色。人間では決してありえないその色は、彼が魔族であることを何よりも雄弁に語っていた。

 

「我が名はザムザ! 魔王軍妖魔士団――うおおぉっ!?!?」

「くそっ、浅かったか!!」

「おおっ!! ダイ!!」

 

得意げに名乗りを上げようとするザムザであったが、それは飛び込んできたダイの攻撃によって無理矢理中断させられる。何よりも早く反応して、ザムザへと攻撃を仕掛けたダイの姿に王は歓喜の声を上げ、観客達も勇者が間に入ったことで落ち着きを取り戻しつつあった。

 

「馬鹿な!! 動くのが早すぎる!! 貴様、どうして!?」

 

慌てつつもダイの攻撃をどうにか回避したザムザであったが、その内心は驚きに包まれていた。

彼の計画ではここで名乗りを上げ、ついでにロモス王へと攻撃を仕掛ける。魔族が現れたことによる混乱と、王に攻撃が仕掛けられたという恐怖を演出することが目的だ。観客達はパニック状態になり、いかにダイが勇者であれど、まだ少年でしかない。異常な状況に即応しきれず動きは確実に鈍る。

少なくとも、ここまで迅速に反応されるはずがないのだ。

 

「ザムザ! お前が怪しいのはわかっていた。だから、動きは見張らせてもらった!」

「怪しい、だと……馬鹿な! 一体どこで見破ったというのだ!!」

「教えてやるもんか! さあ、姉ちゃんたちをあの変なのから解放しろ!! さもないと、ただじゃおかないぞ!!」

 

下手な動きも見せた覚えはなく、露骨な敵意を見せたこともない。彼の中では、ダイに疑われる要素など一切なかった。ならばどうしてとダイへと尋ねるが、ダイもまたそれを口にすることはない。

まあ、姉に教えられてようやく気づけたというのは少々言いにくい部分もあるのは仕方ないだろうが。

 

「……はっ! そ、そうじゃ、皆のもの!! 今のうちに観客達の避難を!!」

「そ、そうでした!!」

 

ザムザとダイのにらみ合いによって少し時間が出来たことで余裕を取り戻し、ロモス王シナナは兵へと命令を下す。兵士達はその命令に従って、闘技場のあちこちへと走って行った。

 

ザムザはその様子を一瞬だけ盗み見る。当初想定していた混乱はダイの登場によって一瞬にして沈静化していた。魔族が現れたかと思えば間髪入れずに勇者が姿を見せたのだからそれも当然だろう。

観客達はダイを応援しつつも兵士の誘導に従って、特に大きな混乱を見せることなく避難していく。大会でダイの力を見ていたため、彼が勝つと信じているのだろう。

 

「ちぃっ……認めたくはないが、中々見事なものだな……」

「魔族に褒められたとて、嬉しくなどないがのぉ……それに昨日チルノに注意を受けなければ、ワシとて未だに混乱しておったかもしれん……」

 

武術大会前日、王と謁見したときにチルノは遠回しに内側から敵が現れるということを告げていた。シナナはその意味に気づき、信頼できる兵士たちを中心に少しばかりとはいえ対策を練っていたのだ。幸いにもその効果はあったらしく、兵士達は多少の混乱を残しつつもスムーズに観客達の避難を行っていく。

忠告がなければ、重用してきたザムザの裏切りに呆然としていただろうとシナナは笑う。

 

「王様! 王様も早く避難を!!」

「わかっておる。じゃがそれは国民の避難が済んでからじゃよ。それに、この場はダイが守ってくれるんじゃろ?」

 

敵の近くにいながら国民の避難を優先させるその姿は、王としては立派かもしれないが、守る立場にいるダイとしては気が気ではなかった。こうしている間にも、ザムザが動くかもしれないのだ。

だがダイの不安とは裏腹に、ザムザは王の言葉を聞いて何やら考え込んでいた。

 

「チルノ、だと……? いや、なるほどそういうことか……あの小娘ならば……」

「なんだ? 姉ちゃんがどうかしたのか!?」

 

姉の名がザムザの口から出たことで、ダイは警戒の度合いを一段階引き上げる。

 

「なぁに、お前の姉ならば可能性はあると思っただけよ。なにしろあの小娘は、オレの父と戦ったことがあるのだからな」

「お前の父……まさか!!」

「ほう、どうやらその反応を見るに、当たりだったようだな! だがまあ、改めて名乗らせて貰おう!! 我が名はザムザ! 魔王軍妖魔士団長ザボエラが一子、妖魔学士ザムザだ!!」

 

姉の言ったザボエラと似た雰囲気という言葉であったが、まさか本当に関係者だったとは思わず、ダイは言葉を失う。対してザムザは、まさかの可能性が当たっていたことに自分自身驚いていたが、それはおくびにも出さない。むしろこの状況を利用してやろうと考える。

 

「父と戦ったことがあるが故、息子であるオレとの共通点を見いだしてもおかしくは無いかもしれんな。怪しいと疑ったのは褒めてやろう!! だが、オレの生体牢獄(バイオプリズン)を見抜けなかったのは致命的だな!! キィ~ッヒッヒッヒッ!! 」

生体牢獄(バイオプリズン)!?」

 

言葉の意味から、ドームのように闘技台を覆っているおどろおどろしい生物を指すのだろうと考えてダイは少しだけ視線を動かす。

 

「我が妖魔士団が進めている、とある研究の実験体として強靱な肉体を持つ人間が欲しくてな! 生体牢獄(バイオプリズン)はその選別に合格した人間を捕らえる檻! 武術大会を開かせたのも人集めと同時に、魔王軍に逆らおうとする人間を奪える! まさに一石二鳥の作戦よ!!」

「ワシを謀ったのか!? この恩知らずめが!!」

「恩知らずとは随分な言い草だな。ロモスにも散々と協力してやっただろう? いわばこれは手間賃、正当な報酬だよ!!」

 

忌々しげにシナナが言い放つが、ザムザの言うようにロモスに益をもたらしてくれたこともまた事実であった。実利を重ねて信頼を得ていたからこそ、シナナもこの武術大会を後援していた。

だが、どれだけ活躍していようとも人間の命と引き換えに出来るはずがない。ザムザの言葉にシナナは悔しそうに歯がみするのが精一杯だ。

 

「じゃあ、おれも捕まえるつもりだったのか!?」

「ヒッヒッヒッ! お前の力――(ドラゴン)の騎士の力は予選で見せて貰った。ずいぶんと実力をセーブしていたようだが、それも無駄なこと。あれだけデータが取れれば本来の実力を予測することも容易い!! 強敵を当てた甲斐があったというものだ!!」

 

チルノの予想通り、ザムザは予選の相手をある程度操作していた。その中には、モルモットとして捕獲したかった人間もいたのだが、ダイの力を測るために泣く泣く諦めていた。

 

「まあ、正直に言えばお前もサンプルとして欲しいが……欲に目が眩みすぎては元も子もない。今回はこの八人で我慢してやろう」

「勝手なことを言うな!! そんな不細工な牢、お前を倒してすぐに開けてやる!!」

「ほう、だが出来るかな? 生体牢獄(バイオプリズン)の中の人間の命はオレの手の中にあると理解しているのか?」

「うっ……」

 

仲間を人質に取られている。その事実を突きつけられて、ダイの動きが止まる。

 

「けれど、中には姉ちゃんたちがいるんだ! こんなのすぐに壊して出てくるに決まっている!!」

「それこそ不可能だ! 生体牢獄(バイオプリズン)は脱獄も破壊も不可能の牢獄! 一度捕らわれれば、中の人間が抜け出せる手段など存在しない!!」

 

必死で反撃の糸口を掴もうとするダイであったが、ザムザは自身の生体牢獄(バイオプリズン)にかなりの自信を持っているのだろう。言動の端々からそれが窺える。そしてダイを苛立たせるべく、更に舌を回す。

 

「特に貴様の姉が捕まえられたのは僥倖よ!! あの女だけはたっぷりと苦痛を与え、徹底的に実験材料として使ってやらねばな!!」

「それは嫌かな」

 

得意げに吠えた言葉に続いたのは、あまりに普通の言葉だった。だがそれは本来ならば決して聞こえるはずのない人物の声。ダイとザムザの二人とも、全てを忘れたように声のした方を向く。

 

「姉ちゃん!!」

「ば、馬鹿なっ!! オレの生体牢獄(バイオプリズン)からどうやって抜け出した!?」

 

チルノがその場に姿を現したことを驚く二人。だがその感情は正反対だ。片方はどこかに"やっぱり"という感情を含ませ、もう片方は"ありえない"という感情を全面に発している。

 

「直前で闘技台から逃げただけよ。あなたが何か仕掛けてくるって予想をしていたから。じゃあ誰にどこで仕掛けてくるか? 一番可能性が高いのは、決勝進出者。となれば決勝の舞台が一番怪しい。簡単な理屈でしょう?」

 

マァムたちが宝玉の文字を並べ替えている間に距離を取り、いつでも舞台から場外へ一足飛びで降りられるようにする。さらに決勝進出者たちの影に隠れるような位置へ移動することでザムザから見えにくく、気づかれにくくしていたのだ。

ザムザが、自身の策が見破られることはないと油断していたことも、理由の一つだろう。

もっともチルノが生体牢獄(バイオプリズン)から逃れることのできた最大の理由は知っていたからに他ならないのだが。

 

「き、気づいていたのか……!!」

「それよりも、あなたに何か恨まれるような真似でもしたかしら?」

 

魔王軍からすれば、自分たちが恨まれているのは理解できる。だがそれにしては、チルノ個人へ向けての憎しみが少々大きすぎるように感じられ、チルノは答えが返ってくることは期待せずに尋ねる。

 

「ふん、知れたことよ! 貴様は我が父に手傷を負わせただろうが!! 忘れたとはいわせんぞ! 捕まえて父の前に突き出し、生まれてきたことを後悔するような目に遭わせてやる!!」

 

かつてチルノは、パプニカでの戦いでザボエラに無数の針をぶつけていた。

その後すぐに相手が逃げたため、それ以降のザボエラがどうなったのか彼女は知らぬ事であるのだが、受けた傷が元で重大な場面に参加出来なかったり、ザボエラ主観で貧乏くじを引かされたことを恨んだり、単純に怪我を負わされたことを根に持ったりと、見えぬ場所で恨みを買っていた。

完全な逆恨みなのだが、そのような理屈が通じれば苦労はしない。

 

「そんなこと、させるもんかぁっ!!」

「ぐううぅっ!!」

 

だがザムザの言葉にダイは誰よりも強く反応した。最愛の姉の危機を感じて、無意識に動いたのだろう。その拳には(ドラゴン)の紋章が煌々と輝き、全身に竜闘気(ドラゴニックオーラ)を纏わせてザムザの頬を思い切り殴りつけた。

その一撃はすさまじく強力であり、生体牢獄(バイオプリズン)の上に立っていたザムザが吹き飛んで壁にめり込ませる程の威力を見せる。

 

「ダイ!! 今日練習してきたことを思い出して!!」

 

だがその動きは、ダイがロモスに来る前に見せた、すぐに全闘気を使い果たしてしまう無駄の多い戦い方だった。チルノは激昂するダイへと声を掛けて、冷静さを思い起こさせようとする。

 

「えっ!? ……あっ!!」

「今までは練習、本番は今ここ……怒ってくれるのは嬉しいけれど、あくまでも冷静にね?」

 

姉の声にダイは我を取り戻し、チルノが何を言わんとしているかをすぐさま理解する。なにしろほんの少し動いただけでも大きく消耗しているのだ。慌てて竜闘気(ドラゴニックオーラ)を制御する。

落ち着いた様子を見せるダイの姿にチルノも安堵し、あくまで冷静に戦うように、武術大会の予選で磨き上げてきたことを全力でぶつけるように告げる。

 

「ごめん、姉ちゃん……おれ……!」

「気にしないで! それより、ザムザの相手をお願いできる? 私はあの生体牢獄(バイオプリズン)をなんとかするから!」

 

本来ならば、生体牢獄(バイオプリズン)をなんとかすると言われても、疑うだろう。なにしろザムザがあれだけ自信を持っていたものだ。容易に破壊などできるとは思えないだろう。

だがダイは疑う事無く頷いてみせる。

 

「もちろん! 決勝前にも話していたんだから!! 姉ちゃんはマァムたちをお願い!!」

「ふふっ! それじゃ、そっちはお願いね!」

 

互いに守る相手を分担する。

決勝が始まる直前に話していたことを思い出しながら、姉弟はそれぞれの相手に向かう。

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■

 

 

 

「王様! 観客ならびに一般参加者たちの避難は完了しました!」

「残っているのは我々、城の者だけです! どうか安全な場所へ!」

 

兵士達の報告が飛ぶ。その言葉にシナナは頷き、だがどこか名残惜しそうに呟いた。

 

「わかった。これ以上ここにいては、ダイたちの邪魔になるからの。もっと離れた、安全な場所へ向かうぞ」

「はっ!」

 

本心としては、もっとここでダイの活躍を見たい。近くで応援したいという欲求がある。だが王としての立場がそれを許さず、シナナは不承不承その場を離れていく。兵士達はすぐに王へと続き、道行きの安全を確保するように先導し始めた。

 

そうして歩き出して、少し経った頃だ。

 

「……いや、まて!」

 

突如、思い出したようにシナナは叫んだ。そして、近くにいた兵士達へと真剣な眼差しで告げる。

 

「一つ、厳命を頼まれてくれ――」

 

兵は、生唾を飲み込みながら王の命令を聞いていた。

 

 

 

既に闘技場は避難が完了したようで、閑散としていた。つい先ほどまで漂っていた熱気を知る者からすれば、寒々しさすら覚えるほどだ。だがこの人の少なさは、避難がきちんと行われた証拠でもある。さしたるパニックなどもなく誘導されていったのであれば、忠告をした身としても冥利に尽きるというものだ。

 

「ごめんなさい、すぐに助けるからね……」

 

ザムザ謹製の生体牢獄(バイオプリズン)を見上げながら、チルノは小さく呟いた。

そして、心の中でマァムたちに謝る。この状況になることを知っていながら、マァムたちに告げることなく済ましてしまったことを。

決勝が始まる直前、説明しておけば彼女たちが捕まることは防げただろう。だがそれを、ザムザに自身の計画が上手く進んでいると思わせるため、彼女はあえて語らずにいた。それはザムザが魔王軍とつながっており、この武術大会に手出しをするというきちんとした証拠を掴むためだ。

そうでなければ、知らぬ存ぜぬを通され追及の手をのらりくらりと躱されかねない。そのままロモスに居残り続け、獅子身中の虫となるのがおそらくは最悪のパターンだろう。

 

だが、証拠は掴んだ。ならばもう遠慮する必要もないだろう。立場としてもそうだし、彼女がこれから放つ魔法についてもそうだ。これならば、影響が無いなどと決して言わせない。

チルノは強く集中し、影響範囲を極小に絞って魔法を発動させる。

 

「……【バイオ】!!」

 

チルノが狙ったのは生体牢獄(バイオプリズン)の天辺付近にほど近い一部分。そこに向けて放たれたのは、細菌を生み出す魔法である。それもただの細菌ではない。強い毒素を持ち、生物に悪影響を及ぼす細菌。しかもそれを異常繁殖させて暴れさせるのだ。

その特性ゆえに、おそらくはヒュンケルの纏う鎧の魔剣であろうと防ぐことはできず、(ドラゴン)の騎士を前にしても効果があっても不思議では無い。

 

命あるものであれば、動植物の区別なく強烈な効果を引き起こすこの魔法を、だがチルノは今まで使うことを封じていた。未熟な腕前で仲間にまで影響を及ぼす可能性を恐れ、そしてこれまで戦ってきた相手は彼女が救いたいと思っていた者が多かったからだ。

 

だが今この瞬間は、遠慮する必要もない。何しろ相手は物理攻撃も呪文攻撃をも無力化し、物言わぬ生体牢獄(バイオプリズン)なのだから。

とはいえ初めて本格的に使用する魔法のため、たっぷりと集中してから魔法を放つ。

バイオの魔法によって生み出された細菌は、生体牢獄(バイオプリズン)にすぐさま襲いかかると細胞を壊死させ、毒をまき散らし、命を喰らっていく。

肉が腐り落ちて、溶けていくような光景が繰り広げられ、やがて細菌はその強すぎる毒素に自身すら死滅させて消えていく。

全てが終わった後、生体牢獄(バイオプリズン)の一部分には歪な穴がぽっかりと開いていた。

 

「やった……!!」

 

思わず小さく叫ぶと同時に、チルノは強い爆発に襲われて吹き飛ばされた。

 

 




チウを活躍させようとした結果、色々面倒な展開になっています。
(彼を活躍させなければ、もうザムザ編が終わっててもおかしくない……)

チルノさん、実は妖魔士団のぶっ殺したい奴ランキングに入っていた模様。
まあ、親玉に【はりせんぼん】をぶつけましたからね……恨まれもします。

バイオ。
毒属性だったり無属性だったりよく分からない魔法。
個人的に細菌設定が好きなので、強い毒の細菌が細胞を攻撃する。でも強すぎてそのうち自滅する。というイメージに。
こんなの怖すぎてヒュンケルやバランに使えるわけがないですね。

ザムザさん。
実は原作と比べるとちょっとだけ強く……?
じゃない『厄介』になっています。
(理由はそのうち)

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