隣のほうから来ました   作:にせラビア

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LEVEL:57 英雄降臨

ダイは油断なくザムザを睨み付けていた。

姉と確認した分担作業――自分の役目はザムザの相手である。チルノが生体牢獄(バイオプリズン)に捕らわれたマァムたちを解放するまでの間、時間を稼ぐ必要があるだろう。

いっそのこと、ここで相手を倒してしまっても構わないはずだ。そう考えながら、同時にダイはザムザの異様な様子を見かね、攻めあぐねていた。

 

「ク……ヒヒ……」

「…………っ!」

 

つい先ほど建物の壁へ叩きつけるほどに強烈な一撃を、ザムザに与えていた。それも、竜闘気(ドラゴニックオーラ)を全開で込めた一撃だ。普通の相手ならばそれだけでも大ダメージは免れず、ともすればこの一撃で勝負が決まっていてもおかしくは無い。

だがザムザは、壁に埋まり、血を流しているとはいえ、不敵に笑っている。そんなことは、(ドラゴン)の騎士の力を知るダイからすればあり得なかった。

 

「計算通り……まったくもって計算通りだ……(ドラゴン)の騎士の力、恐るるに足らず!」

「なに……!?」

「先ほども言ったはずだ。貴様のデータは予選の戦いで既に取得済みだとな! だがせっかくの実戦の場だ、どれほどのものかと実際に喰らってみたが……驚いたよ」

 

口の端から一筋の血を流しながらも、ザムザは不敵な笑みを浮かべており、反対にダイは攻撃を与えたにもかかわらずどこか不安げな表情を浮かべている。ここだけを見れば、どちらが優位であるかを勘違いしてしまいそうだ。

ダイの微かな違和感を感じながら、ザムザは更にダイへ向けて言い放つ。

 

「人間相手に手加減していたと思っていたが……本気を出してもこの程度か? ならば問題はない……全くもって問題はない!! 当初の予定とは異なるが、貴様の相手もしてやろう! 光栄に思うが良い!! キィ~ッヒッヒッヒッ!!」

「当初の予定だと?」

 

埋もれていた壁からゆっくりとその身体を離し、ザムザは観客席へと降り立った。そのザムザの動きに対応するかのように、ダイも一足飛びに観客席へと飛び移り、すぐに動けるように身構える。

 

「ああ、そうだ。本物の(ドラゴン)の騎士の力をこの目で見ることが出来、データも取れた。実験動物(モルモット)として必要な人間は捕まえた。ならば長居は無用。なにしろお前達がいるのだからな、欲をかけば失敗しかねん。王への攻撃は会場に混乱を起こすのが目的で、成功せずとも問題は無い。その混乱に乗じて逃げるつもりだったのだ」

 

ニヤニヤとした笑いを浮かべながら、ザムザはゆっくりとダイに近づいていく。並の魔族ならば既に立ち上がれないほどのダメージを受けているにも関わらず、その足取りはしっかりとしていた。それが更に不気味で、ダイの動きはほんの少しだけ鈍る。

 

「お前の姉がオレの正体に気づいたと聞いたときは少々焦ったが、問題は無い。役目を分担すると聞いたが、その目論見はどちらも失敗するのだからな」

「そんなことあるもんか。姉ちゃんがああいうときは、絶対に何か考えがあるんだ! だからおれは、お前を倒すことに集中する!」

「ウヒヒヒ……それは人間いう、信頼だか情などというものか? だが生体牢獄(バイオプリズン)を破壊することは不可能だ。あれはオレの自信作よ。たとえ極大閃熱呪文(ベギラゴン)を放っても破壊することは不可能、つまり貴様の姉は失敗する。付け加えて――」

「むっ!!」

 

そこまで言い切ると、ザムザは片手に魔力球を生み出した。バスケットボールほどの大きさを誇るそれを見て、ダイはすぐさま反応し、竜闘気(ドラゴニックオーラ)を生み出して防御の姿勢を取りながらザムザに突撃する。

 

「イオラッ!!」

 

だがザムザの反応速度と魔法力も大したものだった。ダイが動き出したのとほぼ同時に、イオラの爆裂球を撃ち出す。それは狙い違わず、チルノ(・・・)目掛けて飛んでいく。

 

「しまっ!!」

 

後悔の言葉を口早に走らせるが、既に遅すぎる。ザムザの攻撃はダイの視界の端を止まることなく悠々と通っていった。

 

「やった……!!」

 

一方、チルノは自身の放った魔法の効果を確認し、小さく歓喜の叫びを上げた時だった。

チルノはザムザの攻撃に気づく事は無かった。今までその威力と効果を恐れ、使うことのなかった魔法。ましてや対象の中にはマァムら仲間が捕らわれているのだ。万が一にも影響を与えないよう必要以上に集中しており、それが彼女の運命を分けていた。

 

「……っ!?!? うぅ……」

 

生体牢獄(バイオプリズン)に穴が開いたことを確認したところでイオラが着弾し、チルノは吹き飛ばされる。完全に意識の外からの攻撃を喰らい、何が起きたのかも理解できぬまま、それでも彼女は手放しそうな意識を必死でつなぎ止めていた。

 

「姉ちゃん!!」

 

イオラの攻撃を見逃した結果、自身の姉へと攻撃を許してしまった。そのことを悔恨しつつダイが叫ぶ。そしてザムザは姉弟の様子を見ながら、その結果に満足そうに笑った。

 

「キィ~ッヒッヒッヒッ!! (ドラゴン)の騎士に呪文は効かない。その程度のことをオレが知らないと思っていたか? その程度のことも知らずに、お前に攻撃を仕掛けると思っていたのか!? だとすれば貴様はとんだ愚か者だな!!」

 

既にザムザはダイを相手に、何度となく(ドラゴン)の騎士のことを知っていると公言しているのだ。にも関わらず、呪文で攻撃を仕掛けると思い込んでしまった。チルノを狙うとは考えられずにいた慢心がこの結果を招いたと理解する。

 

「我が父に傷をつけるほど狡猾な相手が、任せろと言ったのだ! ならば何か奥の手があると考えて当然!! そんな相手に注意を払わないとでも思ったのか!? オレばかりを見ていたのが貴様のミスよ!!」

「なにを!!」

「さっきも言っただろう!? 人間の信頼だか情だか知らんが、そんなものに頼っているからこんな結果になるのさ!! 半人前の(ドラゴン)の騎士が、出来もしないことをやろうとするからこういうことになる!!」

 

ダイとチルノの裏をかいた。そのことに喜び、気を良くしたザムザは高らかに宣言する。その裏で、彼自身にも理解できない僅かな快感と充実感を味わいながら。

 

「ふっ、ふざけるなぁぁっ!!」

「キヒヒヒ……遅いんだよっ!!」

 

ザムザの言葉に怒り心頭に発し、ダイは感情の赴くままにザムザへ攻撃を仕掛ける。それでも姉の言葉によってギリギリ我慢して、竜闘気(ドラゴニックオーラ)を無意味に全開にしなかったのは流石だと言える。

だがその攻撃は感情が乗りすぎており、これまでダイを研究していたザムザから見れば稚拙な動きにしか見えなかった。

 

「そこだっ!!」

「ぐっ!!」

 

攻撃を仕掛ける絶妙なタイミングで、逆にザムザはダイへと攻撃を仕掛ける。身体能力を活かしてギリギリ防御には成功するものの、今度はダイが大きく吹き飛ばされる番だった。

 

「そらそらそら!! 次はこちらが攻撃の番かな!?」

「このくらいの攻撃っ!!」

 

吹き飛ばされたダイを追いかけながら、ザムザはでたらめに拳を放ってくる。かなりの速度と威力を持つ攻撃であったが、その攻撃はでたらめでしかなかった。ランダムな連続攻撃であるとか、リズムが読めない攻撃などのように評されるものではなく、完全にでたらめ。武術の素人が力任せに放つそれと変わらず、おかげでダイも攻撃を防ぐ事は容易い。

 

不気味なのは、その速度と威力。一流の戦士に匹敵、ないしは凌駕するほどの攻撃を繰り出し、しかも疲れを見せない。高すぎる肉体能力と稚拙な技術のアンバランスさが、ダイの闘争本能に警鐘を鳴らしていた。

 

「くっ!」

 

たまらず、何度目かの攻撃を避けたところで距離を大きく取る。だがザムザは追撃を仕掛けてくることもなく、そのままたたずんでいた。

 

「どうした? オレが怖くなったか? ならば遠慮せず、姉に助けでも求めたらどうだ?」

 

ダイの様子を見ながらそう言うとザムザは「キヒヒヒヒ」と自嘲するように笑った。その所作に苛立ちを感じながらも、ダイは無言で相手を睨み付ける。その無言の抵抗すら心地よく感じながら、ザムザは余裕の態度を見せ続ける。

 

「まあ、どちらにせよ無理な話だがな……先ほど『貴様らの目論見はどちらも失敗する』とオレが言ったことを覚えているか?」

 

そう言うとザムザの額のサークレットが怪しく輝き、彼の顔面が魔獣のような凶悪なそれへと変貌する。

 

生体牢獄(バイオプリズン)に穴を開けられたのは随分と驚かされたが……結果は変わらん!! 貴様も貴様の姉も、お前達はオレに敗れるのだからなぁ!!」

「なっ……なんだこれは……!?」

 

変貌はザムザの全身に及び、その肉体は肥大化して作り替えられていく。同時に、ザムザの身体の奥底から、恐ろしいほどの闘気が生み出されていった

 

 

 

――場面は少しだけ巻き戻る。

 

マァムたちが生体牢獄(バイオプリズン)に捕らわれたかと思えば、ザムザが自分が魔王軍に属する魔族だと宣言する。そして王へと攻撃しようとしたがそれはダイの乱入によって防がれ、気がつけば城の兵士達が慌てながらもしっかりとした連携を見せて観客達の避難誘導を行い始めた頃だ。

 

「なっ……なんなのだあいつは……!!」

 

不意に現れたザムザの姿を見ていた途端、チウは全身を震わせていた。蛇に睨まれた蛙のように、ザムザの姿を見ているだけで震えが止まらなくなる。見た目はタダの優男といった印象しか受けないはずの相手になぜそのような反応を起こすのか、理由も分からずチウは混乱していく。

 

「ピィ!!」

「あんな弱そうな相手に何をビビっているのか、だと!? し、失礼な! ビビってなどいない!!」

 

すぐ隣にいるスラリンの言葉を耳にして反射的に反論するものの、本心は指摘された通りであった。だが必死の見栄でそれを否定する。しかしスラリンもチウの言葉が虚勢と察したのだろう。胡乱げな瞳でチウを見る。

 

「なんだねその目は!! 大体、どうしてこんなところに残らなければならないのだ!? キミはスライムだろう!? あの時一緒に避難していればよかったのだ!!」

 

そうチウが告げたように、今や闘技場内には観客は誰もいない。一般参加者も既に避難が完了しており、この場にいるのはダイたちを覗けばロモスの兵士くらいだ。ロモス王の迅速な避難命令によって一般人の姿は既に闘技場内には見られない。

 

ならばどうしてチウたちは残っているのか。

 

それは一言で表すならばスラリンのせいであった。

生体牢獄(バイオプリズン)にチルノが捕まったと思ったことでスラリンは避難命令を無視し、一人でもチルノを助けるべく残った。チウもまた同じくマァムが捕まっているために残って助けようとしていたが、結果だけ見ればスラリンの言葉に引っ張られた形で残ることとなった。そしてゴメちゃんは、二人が残るため強制的に残る羽目になっていた。

 

とはいえただ残ろうとしても、見回りの兵士達に見つかって強制的に外へ放り出されるだろう。一回戦負けの大ねずみとスライム二匹が戦力になるとは誰も思わない。

だが幸いにも現場は混乱しており、見落としも多かった。加えてチウ達は一般人よりも小さいので、陰などに身を隠しやすかったこともある。

そして兵士達もまさか「魔族が現れた場所で避難しようともせずに残るような奴はいないだろう」と考えていた。その結果、チウたちは見事に闘技場内に残る事に成功したのだ。

 

「ピィ!! ピィピィ!!」

「むっ、あれはチルノさんか……どうやら彼女は逃げられたようだね……」

 

死角から死角へと身を滑り込ませながら生体牢獄(バイオプリズン)に近づいていたチウたちは、その途中でチルノが出てきたことに気づく。それを見ただけでスラリンは嬉しそうに鳴き声を上げ、彼女へと近寄ろうとする。

 

「ピィーッ!!」

「ピィ? ……ピィ!」

 

走りだそうとしたスラリンを止めたのはゴメちゃんであった。まだ戦闘中のため、不用意に近づいては危険だと訴えるゴメちゃんの言葉に、スラリンも渋々従う。

だがそれも長くは続かなかった。

姉弟が分かれ、ダイはザムザの相手を、チルノが生体牢獄(バイオプリズン)へと攻撃を仕掛けた。かと思えば、不意打ち気味のザムザの攻撃でチルノが吹き飛ばされる。

そんな攻撃を見ては、スラリンが黙っていられようはずもなかった。

 

「ピィィィッ!!」

「あ……ま、待ちたまえ!! 一人で行って何に…………ああっ!!」

 

矢も楯もたまらずに飛び出し、すぐさまチルノの元へ向けて突撃していく。

慌ててスラリンを追いかけようとして、チウは見てしまった。ザムザの肉体がゆっくりと変貌を遂げていき、今まで見たことも無いほどにおぞましい怪物へと変わっていくその姿を。

スラリンと口喧嘩をしたことで忘れかけていた恐怖が再びチウの全身を襲う。彼の尻尾が別の生き物のように震えて暴れだし、チウの身体は無意識に距離を取っていた。

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■

 

 

 

「グワアアアァッ!!!」

 

完全に変身を完了させ、ザムザは肉体の様子を確かめるように激しい雄叫びを上げた。たったそれだけの行動で、遠くにいたはずの兵士たちが身を竦めるような所作を見せた。

 

「これは……竜魔人……!? いや、違う……!!」

 

全く姿の変わったザムザを見ながら、ダイは呟いた。

肉体のボリュームだけでも数倍に増加しており、その外皮は時に分厚い筋肉に覆われ、かと思えば柔軟かつ剛性を備えた体毛に覆われている。明らかに堅そうな鱗に覆われている箇所も散見され、各所には攻撃に用いるのだろう角や棘が生えていた。右腕は人間のように指があるが、左腕は鋏となっており、器用さは劣るだろうが強力な攻撃を繰り出すのだろう。

背中には大きな翼を生やしており、それを巧みに使えば空中戦もこなせそうだ。

全体から受ける印象を見て、思わず竜魔人を連想したものの、それをすぐさま自身の言葉で否定する。確かに受ける印象は似ていなくもないが、目の前の相手は竜魔人よりももっと恐ろしい何かだ。

 

「ほぅ、中々察しがいいな……やはり同類というのは気づくものなのかな?」

 

だがダイの言葉に反応を見せたのは、他ならぬザムザであった。竜魔人という言葉がダイの口から出てきたことに、僅かに気を良くする。

 

「同類!?」

「そうとも。我らの研究目標は、(ドラゴン)の騎士の力を得ることなのだから!!」

(ドラゴン)の騎士の力を!?」

 

自分とバランしか存在しないはずの(ドラゴン)の騎士の力を得る。突拍子も無い発現に混乱しかけるものの、眼前のザムザの姿を見てあながちハッタリや夢物語では無いと思い直す。

 

「いかにも! 我が妖魔士団は妖魔力においては他軍を圧倒するが、パワーと生命力が無い!! それを補うために父・ザボエラの発案でオレが密かに研究を続けていたのが"超魔生物学"なのだ!」

 

話をしているうちに調子が出てきたのだろうか。ザムザの言葉に熱が入っていく。

 

「超魔――すなわち魔族を超えうる者!! 我々はありとあらゆる怪物(モンスター)の長所を移植手術することによって、人工的に超魔生物を誕生させることを思いついていたのさ。お前の父・バランが竜魔人の姿を見せた時、我々は確信した! これだ、これこそが超魔生物学の到達点なのだと!! まさに神が作りたもうた究極の生物兵器と呼べる存在だ!!」

「へ……兵器、だと……!?」

「何を怒っているんだ? 個人であれだけの力を発揮し、山をも破壊する! そんな物が兵器でないと本気で思っているのか!?」

 

兵器扱いされたことにダイは怒りを露わにするが、ザムザからすればその怒りは理解出来ないものであった。究極の力を持った存在を追い求めるが故の思考なのだろう。

 

「その力を再現するためにも、実験材料は必要だ。それがあいつらさ。いちいち実験のたびに我が魔族の手下を犠牲にするわけにはいかんのでな。使い捨てのモルモットには体力の強い人間がピッタリなんだよ!! グハハハッ!!」

 

ちらりと生体牢獄(バイオプリズン)を見ながら、更に笑う。だがその笑いも、すぐに止んでしまう。

 

「そして、超魔生物は既に九割近くまで完成していたのだ! このザムザ自身をベースとしてな!! 研究成果は見ての通り……だが、がっかりだ……まさか他ならぬ息子のお前の力がその程度とはな……バランと比べれば貴様の力はゴミクズ以下でしかない」

「ゴミクズ以下、だとぉ……!!」

 

バランと比べて劣るというのは、ダイ本人もある程度は自覚している部分もあった。だがゴミクズ以下などと揶揄されてはダイも黙っていられない。全身に闘気を発現させるが、その姿を見たザムザは更に笑いを強くする。

 

「グフフフフッ!! その通りだよ。お前の力は、未だ研究途中であるオレにすら劣る! まあ、変身も出来ない未完成な(ドラゴン)の騎士でも、超魔生物の実力の試金石程度には使ってやろう。精々ありがたく思え!!」

「なにをっ……!!」

 

ダイは殴りかかるが、ザムザの動きはダイのそれを上回って見せた。まるで消えたような速度ですぐさま背後へと回り込むと、左手の鋏でダイを挟み込もうとする。

 

「くっ!」

 

だがダイもその動きには対応してみせた。すぐさま身体を捻り、迫り来る鋏を両手で受け止める。幸いにも鋏そのものには鋭さがなく、切り裂くというよりも甲殻類のそれのように圧力で押し潰すタイプの物だったため、素手で受け止めても怪我をするようなことは無い。

だが込められた力はダイのパワーを上回る。多少なりとも余裕があったはずが、瞬く間に押されて鋏は胴体へと迫っていく。

 

「なんの……うおおおっ!!」

 

長期戦は不利と悟ったダイは、竜闘気(ドラゴニックオーラ)を最大に込めて放つ。瞬間的に生じた凄まじいパワーはザムザの持つ鋏の耐久力を軽々と飛び越え、粉微塵にしてみせた。そのまま油断なくザムザへ向けて拳を構える。

 

「ほう、やるな……」

 

一方、片腕が砕かれたというのに何の痛痒も感じないと言った様子で、ザムザは自身の左手とダイを見比べる。そして、ニヤリと笑う。

 

「さすがだが、これまでよ」

「ぐ……がああっ!?」

 

その言葉が合図となったかのように、ダイが突如として苦しみだした。地面に膝を付き、片腕は胸元を押さえている。呼吸が荒くなり、大粒の脂汗をいくつも浮かべているその様子から、ダイの痛みが伝わってくるようだった。

事実、ダイは感じたことの無い激痛に襲われていた。あまりの痛みに全身から指先までも震えが止まらず、それが絶え間なく押し寄せてくる。呼吸をするだけでも痛みが走り続け、戦うことはおろか、満足に動くことすら出来ないほどだ。

そのダイの様子を見ながら、ザムザは静かに語った。

 

「効果は、まぁまぁといったところか。予想よりも効き目が悪いようだが、ぶっつけ本番の即興品にしては上等だ」

「な、に……?」

 

少し口を開いただけでも痛いだろうに、それでもダイは言わずにはいられなかった。ザムザの発した言葉があまりにも聞き逃せなかったからだ。

 

「気づかなかったか? だがそれも当然だ。なにしろ対(ドラゴン)の騎士用に開発した毒だからな」

「どく……?」

「そうだ。もっとも、しばらくすれば耐性が付くだろう。免疫が出来れば、次に使っても効果は期待できても一割程度――だが、お前の動きを止められれば十分よ」

 

苦しみのあまり単語でしか喋れなくなったダイを見下ろしながら、ザムザは淡々と語る。本人が語ったように、(ドラゴン)の騎士を研究した結果、その副産物の一つとして生まれた毒であった。彼は左腕でダイを掴んだ際に、その毒を噴霧していた。ザムザ本人には効果が無いよう免疫は既に持っている。

彼の腹に仕込まれたもう一つの口が、その毒の存在を誇示するかのように、ゆっくりと呼吸をしていた。

 

「貴様との力比べに興味がないわけではないが、まず始末すべきは貴様の姉からだ。オレの生体牢獄(バイオプリズン)を破壊した未知の力は看過できんからな」

「ま……ま、て……おれ、が……あいて……」

 

チルノが相手ということを聞き、ダイは倒れかけたまま必死でザムザ目掛けて手を伸ばした。だが既にザムザは歩み出しており、その手はどうやっても何も掴むことはできない。

 

「言われずとも相手をしてやるさ……貴様の姉を殺した後でな!! グワハハハハッ!!」

 

苦しむダイへ更に追い打ちを掛けるよう、そう口にしながらザムザはゆっくりと離れていった。

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■

 

 

 

「ピィ!!」

 

意識の外側から届いてくる聞き慣れた声と、頬に感じる柔らかな感触。それらを感じながら、チルノはゆっくりと目を開いた。

 

「うっ……スラリン……?」

 

目を開けると視界いっぱいに青色をした水滴のようなフォルムの相棒の姿が飛び込んできた。思わず身体を捻ろうとした途端、全身に痛みが走り、皮肉にもその痛みでチルノは自分が今どこにいるのか、そして何があったのかを思い出せた。

 

「そうだ、確か私は……」

 

バイオの魔法を唱え、効果があったことを確認したところまでは記憶がある。ならば自分が吹き飛ばされたのは、誰かの邪魔が入った――それも状況からすれば、ザムザだろう。

 

「【ケアル】」

 

そこまで考えると、自身に対して回復魔法を使う。本当ならばもっと上位の回復魔法を使うべきなのだろうが、痛みと混乱で集中できそうになく、応急処置のような意味を込めてやむを得ずといったところである。

 

「スラリンが起こしてくれたのね?」

「ピィ!」

「ええ、ありがとう」

 

身体を起こしながらスラリンに対してお礼の言葉を言いながら、チルノは気づいた。

 

「嘘、でしょう……!?」

 

視界に嫌でも入ってくる、ザムザの巨体。既に超魔生物へ変身しているのはある意味では想定の範囲内であった。だが、予定外の光景も同時に目に飛び込んでくる。ザムザがチルノへ向けて歩み寄ってくるその後ろではダイが倒れていた。ゴメちゃんが視界の端にも見えており、どうやらダイを心配して駆け寄っているようだった。

 

「なんで、どうしてダイが!?」

 

ダイには竜闘気(ドラゴニックオーラ)の使い方を教えてあり、苦戦することはあってもまさか負けるとは思っていなかった。だが、倒れたダイを無視して自分へと近寄るザムザの姿から、ダイに何があったのかをチルノは逡巡する。

 

「おや、気がついたか? グハハハハッ、運の良い奴め」

 

だが考え込む時間などは無かった。チルノが声を上げたことでザムザもまた気付き、凶悪な笑みを彼女へと向ける。

 

「だが逃がさん! 貴様はオレの生体牢獄(バイオプリズン)に傷を付けた。生かしてはおけん!」

「ピィィィィッ!!」

 

未だ十全に身体が動かずにいるチルノに対して、ザムザは今にも襲いかかろうとする。だがそんな二人の間に、スラリンは甲高い鳴き声を上げながら立ち塞がった。

 

「なんだ貴様は!?」

「ピィ!! ピィピィッ!!」

 

ザムザの鋭い視線を見ながらも、スラリンは怯むこと無く吠える。それがさらにザムザを苛立たせていた。

 

 

 

「な、なにをやっているんだアイツは……」

 

ザムザへと立ち向かおうとするスラリンの姿を、チウは離れた場所から覗いていた。今は先ほど別れた場所よりも更に離れた場所で柱の陰に隠れながら、その様子を見ている。

魔族の状態だったザムザを見ていただけでも、本能が恐怖を感じていたのだ。それがましてや超魔生物の姿へと変貌を遂げれば、強烈な見た目と相まって無意識のうちに逃げ出してしまう。獣のように本能が強いからこその行動だった。

 

「敵うわけが、戦える訳がないじゃないか!! あんな恐ろしい怪物が相手だなんて!!  誰がどうやったって……」

 

スライムという弱い種族では、どう足掻いても太刀打ち出来る相手ではない。そんなことは火を見るよりも明らかなはずだ。にも関わらず、立ち向かおうとするスラリンの姿を見ながら、チウの頭の中には全く別の光景が浮かんできていた。

 

「なぜだ……どうして、こんなときに……」

 

スラリンの主であるチルノ。彼女から聞かされた、遠き地にて活躍した名も無き同族の英雄譚。話だけで、どのような容姿をしていたのかも分からないはずのその英雄が、チウの心の中で小さく訴えていた。

 

「まさか、ボクがそんな……でも、ここで逃げたら、きっと後悔するだろうな……」

 

呟きながら、チウは自分のことを思い直す。自分はスライムよりは強い大ねずみ族であり、ましてや拳聖と呼ばれたブロキーナに鍛えられている。少なくとも、スライムが足掻くよりかはきっとマシなのだろう。

 

「……かつての同族の英雄よ! あなたの百分の一! いや、千分の一でいい!! ボクに勇気を貸してくれ!!」

 

恐怖の心と向き合い、近くにあった――観客が落としたのだろう――布を拾いながら、チウは叫んだ。

 

 

 

「お前のような雑魚がオレの邪魔をするな!!」

「待て!!」

 

スラリンを攻撃しようとザムザが拳を振り上げた瞬間、辺りに声が響いた。その鋭い声にザムザは振り下ろそうとした拳を止め、辺りを見回す。いや、ザムザだけではない。スラリンもチルノも同じく、声の出所へ視線を投げていた。

 

「悪党め!! ボクが相手になってやる!!」

「む、なんだ貴様は!?」

 

胡乱げな瞳でザムザは声の主を見つめる。だがそれも当然だろう。

その者は拾ったであろうハンカチやスカーフで覆面のように顔を覆っており、生身の部分が見えているのは目元くらいだ。背中には、旗か何かの布を破って即席で拵えたのであろうマントを背負っている。ふざけた格好としか言いようがないだろう。

だがその者は、恥じることなく大声で叫ぶ。

 

「怪傑大ねずみ!!」

 

後に伝説の英雄と呼ばれる男が、ロモスの地に降臨した。

 

 




風邪をひくと今の時期は、色々と面倒ですね。
なんだかんだで一週間近く不調でした。

がんばれ怪傑大ねずみ(悪乗りしすぎな気もします)
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