隣のほうから来ました   作:にせラビア

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ご都合主義すぎて迷走している感まである。本当に申し訳ない。


LEVEL:58 閃華裂光拳

「怪傑大ねずみ!!」

 

チウの勇ましい叫び声を聞き、マァムたちは思わず手を止めていた。彼女たちが現在いる場所は、ザムザ曰く生体牢獄(バイオプリズン)と呼ばれる場所――その中に捕らわれている。

 

蝙蝠などの翼に覆われた内側を想像すれば分かり易いだろうか、内部は仲間の顔や少し先の距離程度ならば判別出来る程度には明るく、どういう仕組みなのか外からの声もある程度は届いていた――とはいえ、内側からの声は外に届いていないことから、この牢獄は捕らえた物を逃がさない能力に長けているようだ。

その内側にて、彼女たちは捕らわれてからというもの必死になって脱出の方法を模索し続けていた。拳に剣、弓矢に鞭に呪文と多彩な手段が揃っているものの、だがそのどれを試しても脱出することは出来なかった。打撃、斬撃、刺突といった類いの攻撃は全て跳ね返され、頼みの綱であったはずの呪文もまるで効果が無い。

生体牢獄(バイオプリズン)の名に恥じぬ、生きた檻となって全員の脱出を拒み続けていた。

一時は、チルノの放ったバイオの魔法によって天井に穴が開いたことで、文字通り脱出のための光明が差し込んだかに見えたが、直後に彼女が吹き飛ばされたことでその想いには暗雲が立ちこめていた。

皮肉にも彼女が穴を開けたことで閉じていた時よりも外部の状況が分かるようになり、ダイの苦戦やチルノが狙われているということが音によってより強く伝わっていた。

 

「な、なあ……今の声って……」

「予選でオレが戦ったネズ公だろうな……」

「彼を悪く言うわけではないが、彼が出てきたところで……」

 

捕らわれた男たちは、声を聞いて落胆の表情を隠そうとはしなかった。勇者とその仲間が自分たちを助けようとしてくれている。という希望から一転、危機に追い込まれて助っ人として現れたのは予選で手も足も出なかった大ねずみである。

 

だが、暗くなる男達とは対象的に、マァムだけは彼の声を聞いて神妙そうな顔つきになっていた。

 

「チウ……」

 

戦おうという決意を認めると同時に、だが彼には武術家として致命的な弱点があると告げたばかりでもある。空手ねずみを心配するのはこの場には一人だけ――

 

「…………」

 

もとい、もう一人。二人の武闘家が外で奮戦しようとするチウを想っていた。

 

 

 

「誰かと思えば、予選で赤っ恥を晒していた下等生物か。見逃してやるからとっとと失せろ!! 貴様のようなザコを相手にしている暇はないのだ!!」

 

そう言ってザムザは雄叫びを再び上げた。その声を聞くだけで、怪傑大ねずみ――もといチウは、全身が怯えて竦みそうになる。このまま平伏して、逆らわないままの方が利口だと訴える自己の本能を無視して、チウは自分の怯えを吹き飛ばすように叫んだ。

 

「う、うるさいッ!! そこのスライムですら命を懸けて仲間を守ろうとしているのだ!! 英雄たるボクが逃げるような真似が出来るかッ!!」

 

――まさかこうなるなんてね……

 

チウの姿を見ながら、チルノは複雑な想いを抱いていた。チウに向けて語ったのはあくまで創作であり、彼女の中の予定では、この戦いでここまで苦戦するはずではなかった。だが蓋を開けてみれば、まるで本来の歴史を再現しようとするかのような光景が繰り広げられている。

ならば、せめてもの助言を。そう考え、チルノはようやく怪我の痛みが引いてきた身体を動かす。

 

「くぅ……チ、チウ!!」

「チウ? 誰だねその素晴らしい大ねずみのような名前は!? ボクは怪傑大ねずみだ!」

「じゃ、じゃあ怪傑大ねずみさん! アイツを相手にまともに戦ったらダメ! 今は防御と、余裕があったら妨害をお願い!!」

「わかった! それが今のボクに出来ることなんだね!?」

 

チウと呼ばれた途端、即座に訂正する辺りを見るに、彼の中でも譲れない何かの線引きがあるようだ。だがそれはそれとして、チウは存外素直にチルノの言葉を聞き入れて、ザムザの前に回り込む。

 

「チィッ!! アドバイスのつもりか? もうそこまで回復するとは……!」

 

その言葉に反応したのはチウだけではない。ザムザもまた、チルノの言葉から彼女が回復しつつあることに気付き、急ぎ彼女を始末しようとする。何しろチルノは彼の生体牢獄(バイオプリズン)を外部からとはいえ穴を開けた危険人物だ。

不確定要素は早々に潰すに限る、とばかりに行動を再会しようとして、彼は自分の片足の違和感に気づいた。

 

「む……?」

「行かせない、行かせないぞ! この悪党め!!」

 

ザムザの片足にはいつの間にかチウがしがみついており、必死の形相を浮かべてこれ以上一歩たりとも進ませないという決意を見せる。

 

「邪魔なザコめが!」

 

忌々しげな舌打ちと共にチウを振り払うべくザムザは蹴りを放つように片足を大きく動かしてみせるが、その目論見は失敗に終わる。かなりの勢いが付いていたはずの蹴りだったが、チウは未だ必死でしがみついていた。

 

「ええい! 鬱陶しい!!」

「ぐ、うううッ!! うああああっっ!!」

 

一度で振り払えなかったことがザムザを逆上させ、今度は片手で攻撃を仕掛けてチウを振り落とそうとする。幾度となく繰り出される張り手のような攻撃をまともに受けながら、それでもチウは未だ手を離す事無く張り付いたままだ。

まともに戦おうともせず、文字通り足止めを続けるチウの姿は、少し前の大会予選中に思い描いていたカッコよく戦う姿からは到底かけ離れている。だが今の彼はチウであってチウではない。伝説の怪物(モンスター)怪傑大ねずみなのだ。

 

「ハァ……ハァ……」

「ふ、ふふふ……どうした? もう攻撃は終わりかね? 究極の生物だとか口にしていたわりには、ちっぽけなネズミ一人すら倒せないとは……笑わせてくれるよ」

 

チウのタフさと一心不乱に張り付き続ける不気味さを感じ取ってか、ザムザは呼吸を乱して攻撃の手を止めた。攻撃が止んだ瞬間を見計らい、挑発するように笑ってみせる。

自身が超魔の存在であるという自負があるザムザにとって、この言葉は到底聞き流せるものでは無かった。

 

「何だと! ならば貴様は何だ!? そうやってオレにしがみついているのが精一杯ではないか!!」 

「あはは、確かにそうさ!! 悔しいけれど、ボク一人の力じゃあ逆立ちしたってお前を倒すことは出来ないだろう!!」

 

お前は無力でしかない。そう言われた言葉を、チウは笑いながらすんなりと受け入れた。だが決して自暴自棄になっているわけではない。

 

「けれど、これが今ボクが出来ることなんだ!! お前の邪魔をしていれば、チルノさんは起き上がる! マァムさんはあの変な牢を壊してすぐにだって出てくる!! だったらボクは、喜んで囮役を引き受けよう! これが今ボクに出来る精一杯だ!! でも、一人一人が

こうやってできる限りの事をすれば、どんな難局だって乗り越えられる!!」

 

チウは腹の底からそう叫ぶ。その声には一切の疑いの色は混じっていなかった。

人から聞いただけの、おとぎ話のような物かもしれない。だがチウにとってはチルノから聞いたその話を真実として受け取っていた。そして、信じた英雄の名を借りて動いている今、英雄の名に恥じるような言動をするなど、彼の中では到底許容できない。

 

「お前一人だけが強くても、それで絶対に勝てるわけじゃない!! みんなと力を合わせれば、お前なんてすぐに倒せる!! たとえボクがやられても、勝てるんだ!!」

「ヌウウゥ……減らず口を!!」

 

チウの言葉に自分でも理解できない苛立ちを募らせてながら、ザムザは渾身の一撃を放つべく再び手を振り上げる。

 

「チウ! 今すぐザムザから離れて!!」

「お、おうっ!!」

 

だがその拳が振り下ろされるよりも早く、チルノの声が辺りに響いた。その声に従ってチウは手を離すと、力を振り絞って素早くその場所から離れていく。

 

「【サンダガ】!!」

「グギャアアアア!!」

 

チウが離れたのとほぼ同じタイミングで、天空から一条の雷撃が降り注いだ。その雷はザムザの巨体すらすっぽりと覆い包むほどに太く、超魔生物と化しているはずの肉体すら易々とダメージを与えるほどに強烈だった。

 

「グガガガ……小娘ェェ!!」

 

想像以上のダメージを受けながらも、ザムザはいつの間にか立ち上がっていたチルノの姿を睨む。

そもそも超魔生物はあらゆる怪物(モンスター)の長所を無理矢理掛け合わせることで生み出す化け物だ。その細胞には、各種怪物(モンスター)から抽出したメラ系やヒャド系に代表される、各種の属性に対する耐性も備えている。

だが、今回ザムザが喰らったのはサンダガ――強烈な雷を落とす魔法である。それは(ドラゴン)の騎士だけが操れるというライデインと同じ属性だ。

いかに数多の怪物(モンスター)の特性を得ているとはいえ、選ばれた者だけが扱える伝説の呪文に対して強い耐性を持っている怪物(モンスター)は少なかった。耐性を持たない攻撃を受けたことで、ザムザは見た目以上のダメージを受ける羽目になっていた。

 

「す、すごい……なんて呪文だ……」

 

すぐ近くに雷が落ちたことで痛いほどの耳鳴りが響く。だがそんな痛みも気にならないほど、チウはサンダガの魔法の威力に驚かされていた。凄まじい威力と目が眩むほどの光景。

しかも雷撃の影響で麻痺でもしたのか、ザムザの動きが鈍い。

自分が信じて耐えた甲斐があった。これならば後を任せても大丈夫だろう。

 

「チウ」

 

そう思ったところで、彼の背後からチルノの声が聞こえる。

 

「ありがとう。そしてごめんなさい……損な役回りを頼んでしまって……」

「……えっ、ええっ!? な、なんでチルノさんがここに!?!?」

 

慌てて後ろを振り向き、続いてザムザの向こうにいるはずのチルノの姿を確認する。そのどちらにもチルノの姿があった。理解できぬ現象に混乱したように、更にもう一度前後に視線を走らせる。

 

「あれは幻影。ザムザを騙すためにちょっとだけ、ね」

 

チウの背後にいたチルノがそう口にする。

彼女が使ったのはブリンクという魔法である。分身を作り出すこの魔法を、今回は囮として使い本体はチウの元まで移動していた。もう少ししっかり観察すれば、目の前のチルノの肩にいるスラリンの姿が、遠く離れた方にはいないことからその結論に自力で気づいていただろう。

驚くチウへ向けて、彼女は回復魔法を使い、傷を癒やしていく。

 

「幻影……そんなことも出来るなんて! いや、ならばなおさらだ! ボクに構わず、今すぐにでも追撃をするんだ!」

「そのつもりだったんだけど……私が頼んだ事とは言え、やられっぱなしは癪でしょう?」

 

チウの言葉を嬉しく思いながらも、チルノは少しだけ意地の悪そうな笑みを浮かべる。

 

「敵に反撃する良い案があるの」

「そ、そんなことが出来るのかい?」

「ええ、聞いてくれる? とっておきの一撃のやり方を――」

 

なんだかんだ言いつつも、一度も攻撃出来なかったことに少なからず腹に据えかねていたものがあったのか、チウはチルノの提案にすぐさま乗ってみせる。その反応を見て、チルノは本来の歴史で存在していた戦い方を含めて手早く語る。

 

「な、なるほど。その技はなかなか良さそうだ。それに、せめて一発くらいは殴り返してやりたいとボクも思っていたところだよ。ご厚意に乗らせて貰おう」

 

どうやらチルノの提案した内容はチウのお気に召したらしく、そう言うと回復した肉体の具合を試すように肩をコキコキと鳴らしながら歩き出した。だが一歩進んだところでその足をピタリと止める。

 

「それと先ほどから間違え続けているようだが、ボクの名前は怪傑大ねずみだと言ったハズだ。気をつけてくれたまえ!」

 

どうやらその一線はまだまだ譲れないらしい。

 

 

 

「グググ、あの小娘め! ふざけおって!! あのザコに時間を使いすぎたわ!!」

 

サンダガの直撃を受けたことによる麻痺と痛みからようやく回復し、ザムザは忌々しげに叫ぶ。

 

「だが、先ほどの一撃でオレを仕留められなかったのは迂闊だったな!!」

 

本来、超魔生物はその圧倒的な生命力によって生半可な傷などあっという間に治してしまうという特性を持っている。本来の歴史では、竜闘気(ドラゴニックオーラ)を全開にしていたダイの攻撃すら治癒してしまうのだから、その回復力がどれだけのものか窺える。

しかしその回復力を上回りダメージを与えたチルノの魔法に恐れを持ちつつ、だがザムザは追撃を受ける前に倒してしまおうとチルノへ向けて一気に駆け寄り、左手の鋏を振るう。

 

「な……幻覚だと!?」

 

だが鋏は何にもぶつかること無く素通りし、チルノの姿はかき消えた。その現象を見て、いつの間に幻覚を受けたのかと瞬間的に混乱する。その隙をついて、チウはザムザ目掛けて駆けだしていた。

 

――まずは助走!! ある程度の距離を走ることで勢いを付ける!!

 

頭の中でチルノに教えられたことを思い返しながら、背後からザムザを狙う。

 

――そして回転!! 円の動きで勢いも威力も更に増す!!

 

「とおおおおっ!!」

「むっ!?」

 

雄叫びを上げながら飛び上がり、回転しつつ体当たりをする。その声に気付きザムザが振り返った時にはチウは既に眼前に迫まり、もはや回避も防御も不可能だった。

 

「グオオオオオオオオオオオッ!?」

 

それは本来の歴史にてチウが窮鼠包包拳(きゅうそくるくるけん)と名付けた技である。

本来、大岩を砕くほどのパワーを持ったチウである。その彼が助走と回転で勢いを付けて体当たりをすれば、生半可な力では止められる筈もない。激突した衝撃によってザムザは吹き飛ばされ、地面に倒れる。彼の肉体の一部にはひび割れが走っていた。

 

「やった!!」

「ピィ!!」

「こ、こんな威力が……」

 

その威力の高さを見て、ダイの下へ向かおうとしていたチルノは思わずガッツポーズをし、スラリンも思わず声を上げる。そして当人であるチウは、自分がこれほどの威力を放ったことが信じられないといった様子だ。

 

「グググ……ネズミがぁ!!」

 

倒れた身体を起こしながら、ザムザは叫ぶ。超魔生物の特性が受けた傷をすぐさま癒やしてはいくものの、再生能力では決して癒えることのない屈辱の痛みを彼は感じていた。

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■

 

 

 

「チウ……」

 

天井に開けた穴から響くチウの声を聞き、生体牢獄(バイオプリズン)の中では変化が起きていた。

 

「へ、へへへ……! 確かにそうだな!! まさかあんなネズ公に気づかされるとは、オレは自分が恥ずかしいぜ!!」

「諦めるな、自分に出来ることをやれ、か……確かにその通りだな!」

 

ゴメスとバロリアが互いにそう言いながら、一時は止めていたはずの壁への攻撃を再開する。己の持てる力を最大限に発揮させ、僅かでも傷を付けて少しでも穴を開けてやろうという強い意志を感じられた。

 

「そうだ! フォブスター、あんたルーラは使えるか!? 上手くすればあの穴から脱出できるかも!!」

「使えるが、あのサイズではダメだな。だが、そのアイディアは悪くない。なんとか穴を広げられれば……」

 

一方、スタングルはチルノの穴をどうにかして利用できないかと考えていた。単純に穴から脱出できないかと提案し、だが一筋縄では行かないようだ。フォブスターと二人、天井近くに開いた穴を見ながら知恵を絞っていた。

 

「ふむふむ。どうやら、良い刺激を受けたようだね。この光景を見れただけでも、この大会に参加した価値はあったようだ」

「ええ、そうですね……それに、私も今は同じ想いです」

 

そんな生体牢獄(バイオプリズン)の中の様子を一歩離れた場所で眺めながら、ゴーストくんが呟く。その言葉にマァムは力強く頷き、そしてゴーストくんへ向き直る。

 

「修行で得た力、今こそ使わせていただきます」

「おやおや、何の話かな?」

「いえ……ただ、改めて気づいただけです。力の大きさと、その力を使う際の責任を」

 

わざとらしくとぼけたような口調を見せるゴーストくんであったが、マァムの表情は崩れることはなかった。

 

「みんな、ちょっとどいて貰えるかしら?」

「なんだなんだ?」

「何か、秘策でもあるのか……?」

 

脱出方法を模索していた各々はマァムの言葉にその手を止めて、彼女の方を見る。

 

「ええ、この方法ならおそらくは。少なくとも、力任せに破壊しようとするよりかは確率が高いはずよ」

「へっ! 言ってくれるじゃねぇか!! よしわかった! それがアンタの『今できること』なんだな? なら後は任せたぜ!!」

 

ゴメスは豪快に笑いながら場所を譲る。バロリアもそれに続き、生体牢獄(バイオプリズン)内側の壁に最も近い場所にはマァムは立つ。続いて手袋を外し、精神を集中させるように低く声を上げながら手を後ろに振りかぶり、僅かにタメの時間を作る。

 

「はーーッ!!」

 

渾身の声と共に、拳が放たれる。拳が壁へと衝突する瞬間、彼女の右手はまるで閃光のような輝きを放っていた。

 

 

 

――ビシッ!

 

突如として鳴り響いた異音に、チウへ報復を行おうとしていたザムザは動きを止めた。そして反射的に音のした方向――生体牢獄(バイオプリズン)を見つめる。その間にも生体牢獄(バイオプリズン)からは異音が断続的に鳴り響く。

 

「なっ……何事だッ!?」

 

視線を向けるザムザの視界には、外壁に無数の亀裂が刻まれ、内側から圧力が掛かっているような様子を見せる生体牢獄(バイオプリズン)があった。だが生体牢獄(バイオプリズン)がその姿を保っていたのはそれから数秒もなかった。

内側から爆発したように外壁が吹き飛び、その粉塵の幕の向こうからマァムの姿がうっすらと浮かぶ。

 

 

 

「ダイ! ごめんね待たせちゃって……」

「ね……ちゃ……」

 

生体牢獄(バイオプリズン)が吹き飛んだのと時を同じくして、チルノはダイの下まで辿り着いていた。ザムザの意識はそちらに向いており、ダイにまで注意は向いていなかった。そのおかげで彼女は割と容易く弟のところへ行くことができた。

ゴメちゃんが待っていましたとばかりにチルノに飛びついてくる。

 

「何があったのか知らないけれど、喋らないで! まずは回復を……」

「だめ……どく……」

 

それを片手で受け止めながら、まずはダイの回復を行おうとする。だがダイは痛む身体に鞭を打って、カタコトの言葉でチルノに注意を伝えようとする。

 

「だめ、どく? ……毒!?」

「どく……にげ、て……」

 

ザムザに毒を吐かれ、それがまだ辺りに漂っているかもしれない。自分があっという間に倒れた程の毒である。仮にそんなものを姉が吸ったとなればどうなるか……それを危惧したダイは、姉のことを遠ざけるべく必死で訴える。

チルノもまた、ダイの言おうとしていることをなんとなく察し、辺りをザッと見回す。

 

「……大丈夫みたい。安心して、そんな毒なんてすぐに治すから」

 

だが毒の気配は感じられず、仮に無味無臭だったとしてももはや時間が経ちすぎて自然に霧散しており、影響を与える程の量では無いのだろう。そう判断したチルノは、ダイを安心させるようにそう語り、とびきりの治癒魔法を使う。

 

「【エスナ】」

 

あらゆる状態異常を治す、と言っても過言では無いほどの治癒力を持った魔法である。多分に自信を持って使ったその魔法は、すぐにダイに影響を与えたらしく苦しげだったその表情が少しずつ和らいでいた。

 

――少し……ううん、随分と強い毒みたいね……

 

その様子を観察しながら、チルノは胸中で独白する。エスナの強力な回復力ならば、大抵の毒はすぐさま解毒してしまう。だがそれなりに時間が掛かることから、毒の強さが推測できた。

そしてもう一つ、毒の存在そのものについて疑問を持った。

本来の歴史を知るチルノは、ザムザが毒を使ってダイを倒していないことを知っている。いや、用意はしていたが使う間がなかったということも考えられる。だが、仮に本来の歴史でも毒を持っていれば、使って損するものでも無いだろう。

つまり、この毒はこの世界のザムザが用意したもの。彼女はそう仮定する。

 

そう仮定した場合、ダイに毒が効くのだろうかという新たな疑問が生まれた。

いかに人間との間に生まれた存在とはいえ、ダイは(ドラゴン)の騎士である。神が生み出した史上最強の生物であり、戦闘中のダイは竜闘気(ドラゴニックオーラ)をも纏っている。

あらゆる呪文を打ち消し、生半可な攻撃を跳ね返す竜闘気(ドラゴニックオーラ)であれば、体内に侵入した異物に対しても効果があってもよさそうなものだ。調べたわけでは無いが、(ドラゴン)の騎士は成長していくにつれて、抗体も強くなるのかもしれないが。

ともあれ、(ドラゴン)の騎士相手に毒が有効打となる未来が、チルノには信じられなかった。

 

――だったら、この毒は……?

 

仮にロモスに辿り着いた時点のダイを研究したとしても、時間的には一晩しかない。いかに妖魔士団といえど、そんな短時間でこれほど効果的な毒を作れるのだろうか? ならばもっと前から作っていた? それとも何か別の方法で?

治療を続けながら、チルノは無言で可能性を模索していた。

 

 




この話でザムザ戦の決着を付けるつもりだったのになぁ……。

そういえばザムザって尻尾ないんですよね。サソリの尻尾みたいなのがあって、強烈な毒素を注入する。みたいな展開もアリかな? と考えていたんですが。バランサーとしても使えるし攻撃にも使えるし、便利だと思うんですけどねぇ……
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