隣のほうから来ました   作:にせラビア

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LEVEL:06 姫と勇者と賢者と 後編

「レオナ、兵士の皆さんも。ちょっといいかしら?」

 

少し前からハイテンションにはしゃぐレオナを制するようにして、チルノが言う。

 

「なによチルノ、一体どうしたの?」

「さっきの魔のサソリのことよ。チラッと言ったと思うけれど、この島にあんなモンスターはいないわ」

「うん、おれも見たことないよ」

「それがどうかしたの?」

 

チルノの言葉の真意がいまいち掴めず、レオナは首を傾げる。

 

「つまり、あれは島の外から来たってことになるわ。海を渡ってきたとは考えにくいから、誰かが持ち込んだと考える方が自然。じゃあ、何時、誰が持ち込んだのか? さっきからずっと気になって考えていたの」

 

レオナに、ダイにわかりやすいように疑問点を確認するようにしながら、チルノは言葉を紡いでいく。

 

「仮に、何日も前からこの島にいたのなら、島のモンスターが気付かないはずがない。実際、魔のサソリは凶暴だったから、大人しく身を隠していたとは思えないの。つまり、あのサソリはついさっきこの島に現れたんじゃないかしら」

「ついさっき!? あのねぇ、いくら何でもそれは無理じゃないかしら?」

「いいえ、無理じゃないわ。ダイなら、わかるわよね?」

「え!? うーん……あ、魔法の筒!!」

 

急に話を振られたダイが頭を捻り、やがてチルノの欲しかった正解を口にした。魔法の筒があれば、生物の出し入れは自由自在だ。実際にロモスにてゴメちゃんを奪還する際に活躍したこともあって、ダイの印象も強かったのだ。

そんな魔法の筒の効果をレオナ達に向けて簡単に説明すると、聞いていくうちにレオナの顔色が変わっていった。

 

「そういえば、昔聞いたことがあったわ……魔法の筒があれば、確かに可能ね」

「ええ。そして、この島に来たのはレオナたち以外にはいないわ。つまり……」

「まさか!」

「そのまさかだと思っているわ。テムジンとバロンの二人が怪しいと、私は睨んでるの。そして魔のサソリの出現タイミングから考えれば、目的はレオナの暗殺」

「な、なんですとぉっ!!」

「姉ちゃん、いくら何でもそれは……」

 

チルノの考えを聞くなり、兵士の一人が大声で驚く。ダイですらも、それは考えすぎだと諫めようとするほどだ。だがレオナの表情は真剣そのものだった。まるで思い当たる節があるかのように真摯にチルノの言葉を耳にする。

 

「洗礼の儀式は必ずしもデルムリン島で行う必要はないんでしょう? 五十年前に儀式を行った場所でも良かったんじゃないの? デルムリン島で儀式を行う様に薦めたのは誰なのかしら?」

「……テムジンよ」

「「「えええっ!!」」」

 

これにはダイも兵士たちも一様に驚くしかなかった。

 

「チルノの言う通り、本来は洗礼は別の場所で行う予定だったの。でも、ロモスでのダイ君たちの活躍を知って急遽この島で行うことになったの」

「じゃ、じゃあやっぱり」

「怪物島なら、魔のサソリがいてもおかしくはない。モンスターに襲われてレオナは死亡。後は国に戻って上手く立ち回って実権を手に入れる、とかそんな筋書きなんじゃないかしら?」

「なんだよそれは!! あいつら、そんな悪い奴らだったのか!?」

 

原作知識という武器と状況から判断した推論を組み合わせた論理を展開していくチルノに、レオナが事実という補足を行うことで、テムジンたちへの疑念はどんどん深まってゆく。事実、聞いていたダイなどは怒髪天を衝かんばかりの様相を見せていた。この場にテムジンらがいたら今にも襲い掛からんばかりだ。

 

「……魔法の筒を使ったなら、犯人はすぐ近くまで来ていたはず。でも、こうして今も話しているのに何もしてこないということは、もう逃げたんでしょうね。となると次は……おじいちゃんが危ない!!」

「え? どういうことだよ姉ちゃん!?」

「ここからは推測。相手の立場になって考えた当てずっぽうよ」

 

そう一言断ってから、チルノは言葉を続けた。

 

「多分、魔のサソリが簡単に倒されたのを見て、犯人は一度引いたんだと思うの。でも、暗殺計画はそう簡単に諦められるものじゃないはず。準備もしてきたし、こんな好機はそうそう訪れないでしょうからね、力ずくでも成功させようとすると思うの。例えば、おじいちゃんを人質にとれば、私とダイは手が出せない。その可能性はあるじゃないかと思って」

「そんな! だったら早く戻らないと!!」

 

チルノの説明を聞いた途端、ダイは今にも飛び出さん勢いを見せる。だがそんな弟を制して、チルノはレオナに対して地につかんばかりに頭を下げる。

 

「レオナ姫。申し訳ございませんが、一旦戻らせていただきます。祖父が、ブラスおじいちゃんが心配なんです」

「……わかりました。チルノ、ダイ。役目の途中ですが、あなたたちが戻ることを許しましょう。ただし、条件として私も連れて行きなさい」

 

今までの考えは、すべて推論に過ぎない。証拠がないのだ。憶測でしかないことで、道案内という仕事を勝手に放りだすわけにはいかない。他人行儀なしゃべり方はしないように言われていても、時と場合というものがある。パプニカ王家の姫に対して、無礼を承知で頭を下げて戻ることを告げると、返ってきたのは自分も連れていけという予想外の――いや、レオナの性格からすれば十分予想のできた――言葉だった。

 

「狙われたのはあたしよ。その張本人が蚊帳の外なんて嫌よ。何としてでもテムジンを問い詰めてやるわ」

「……本当、すごいお姫様だなぁ……」

 

やる気満々といった体を見せるレオナの前に、ダイはそう呟くのが精一杯だった。姫らしからぬバイタリティに未来の勇者といえども振り回され気味である。

 

「わかったわ。それじゃあ、戻りましょう。ダイ、袋を貸して!」

「え、これ? でもこれって薬草しか入ってないんじゃ……?」

 

姉の言葉に疑問符を浮かべつつも、ダイは腰に括り付けていた袋を手渡した。袋を受け取るとチルノは口紐を解くと、中に手を入れる。

 

「薬草以外にも、毒消し草も入っているわよ。特製の調合したやつだから、魔のサソリの毒にだって負けないくらいのがね……っと、あったわ」

 

そう言いながら袋から取り出したのは、加工された羽のようなアイテムだった。

 

「キメラのつばさ!? こんなものどこで……?」

「ええ。これがあればすぐに戻れるわ。ちなみに、私のお手製よ」

 

原材料はこの島に棲んでいるため、抜け落ちた羽が簡単に拾えるのであとはチルノの生産系のスキルを活用することで手軽に作り出せる。

 

「こんなのも入ってたのか……知らなかった……」

「じゃあ、戻るけれど、兵士の皆さんはどうします?」

「わ、我々も行きますぞ! テムジン殿のことが事実であれば捕まえる必要がありますし、姫にもしものことがあれば一大事です!」

「わかりました、それでは……」

 

自分の持っている袋に何が入っているのか知らない弟の言葉を、とりあえず聞かなかったことにしつつ、チルノはキメラの翼を使おうとして……

 

「……そうだ! 無駄になるかもしれないけれど、一つ策を弄してみましょう」

 

直前に思いついた悪だくみにより、移動がほんの少しだけ遅れた。

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■

 

 

 

キメラの翼の力によって、海岸まで転移した。突然現れたチルノと数名の兵士の姿に、ブラスもテムジンも驚きの色を隠せなかった。

 

「チルノ!? 一体どうしたというんじゃ!?」

「テムジン司教、申し訳ございません!」

 

誰何の声を上げるブラスを無視して、チルノはテムジンに対して深々と跪礼を行う。そのチルノに倣うようにして、ダイと兵士たちも頭を下げた。

 

「チルノ殿? 一体どうしたのいうのかな……?」

「はい、奥地でレオナ姫がモンスターに襲われて、力及ばずに……」

「なんじゃとぉっ!?」

「む、それは本当ですかなチルノ殿!?」

「はい……せめてご報告をと思い、私たちだけでも戻ってまいりました……」

 

チルノの言った言葉にブラスは純粋な驚きな声を上げているが、テムジンの言葉には隠し切れない笑いが含まれていた。チルノたちはそれがはっきりとわかったが、困惑するブラスは気付けなかった。

 

「申し訳ありません……私が……」

「チルノや、それはどこなんじゃ!! 急いでいけばまだ間に合うかもしれん!! テムジン殿も早く向かいましょう!!」

 

肩を落とすチルノを奮い立たせるようにして、どこで何があったのかを訪ねる。まだ助かるかもしれないとブラスは必死になる。そんなブラスの姿を見て、チルノも兵士たちもブラスの優しさを感じていた。

改めて明言する必要もないだろうが、これはすべて嘘である。テムジンの本音を引きずり出すための一芝居を打っているだけなのだ。だがそうとは知らないブラスは、本当にレオナが襲われたと思い、どうにかしようと息巻いている。

 

「チルノ殿、その前に聞きたい。レオナ姫を襲ったモンスターはどのような相手でしたかな?」

「それは……巨大な、鋏を持った……」

「そうですか、サソリですか!! ふ、ふふふ……ふぁははははは!!」

「テムジン殿、いかがかなれた……?」

 

巨大な鋏を持った、そこまで聞いたところでテムジンはこみ上げる笑いを我慢しきれなかった。喜びを隠し切れず、感情の赴くままに哄笑する。頬を緩ませたその表情は邪悪に歪んでおり、思わずモンスターであるブラスですら慄いたほどだ。

 

「よくやったぞバロン! これで計画は成功したも同然よ!!」

 

この場にいないバロンを褒め称えるテムジンの言葉に、小声で「やっぱり……」と呟く者がいた。

 

「レオナは死んだ。これで後継者を失ったパプニカの実権はわしのものよ」

「な、なんと……!?」

「さて、念には念を。貴様ら始末もしておかねばな。お前たち!」

 

テムジンの命令に従い、彼の直属の部下である七人の兵士たちが手に槍を持ち、チルノたちを取り囲んだ。眼前に突き付けられた槍を目にして、さしものブラスも悔しそうに唸る。

 

「ぬぅ……」

「クックックッ……怪物島と呼ばれたこの島ならば、姫が襲われても不思議ではあるまい? そして、それを知ったお前たちは、姫を守り切れなかった責任によりここで死ぬ。素晴らしい筋書きじゃろう?」

 

完全に勝ち誇ったように、テムジンは聞いてもいないことをペラペラと喋りだした。気分はさながら、勇者に冥土の土産を渡す魔王とでもいったところか。計画の成功が彼を饒舌にしていた。

 

「貴様! 神に仕える身でありながら、己の欲望のために主君の命を奪うとは!」

「そうよねぇ、まったくもって許せないわよねぇ」

 

不意に、激昂するブラスの言葉に追従する聞きなれない声色が辺りに響いた。よく通る、少女のようなその声に、ブラスもテムジンも、この場にいた多くの者が動きを止めた。

 

「ま、まさか……この声は!?」

「テムジン、もうあたしの声を聴き忘れたのかしら?」

 

一人の兵士がローブを脱ぎ捨てると、その下からはレオナが姿を現した。

あまりに唐突な登場に、テムジンも彼の子飼いである兵士たちも目の前の光景はあり得ないとばかりに驚愕に彩られた顔を見せる。

 

「な、何故生きている!? お前は確かに……」

「私は一言でも、レオナが死んだなんて言った?」

 

チルノを睨みつけるテムジンに向けて、彼女は笑顔で返した。

これが移動の直前にチルノの思いついた悪だくみである。レオナとダイにローブを着せて変装させ、さらに列の後ろに配置することで視線を遮ることで体形をテムジンから見えにくくする。そうして準備した上で、レオナを殺されて逃げ帰ってきた部下を装い、テムジンに報告することで彼の失言を引き出させるのが目的だった。

 

「私たちは確かに島の奥でモンスターに襲われた。そのモンスターは鋏を持っているのも本当。そこまで聞いて、嬉しさを抑えきれなかったのね。犯人しか知りえないようなサソリ型のモンスターだと断言した挙句に、ペラペラと喋ってしまうなんて……こっちの手間が省けて助かったわ」

 

本来の予定ならば、襲われたモンスターが魔のサソリだと明言せずに匂わせるはずだったのだが、こうも上手く転がってくれるとは……本来の歴史ではテムジンは自分から悪事をベラベラと喋っていたのだが、今回も同じように掌の上で転がされてくれるとは、チルノをしても思ってもみなかったことである。

余談ではあるが、当初の予定では報告役もチルノではなく兵士の誰かになるはずだったのだが「自国の姫が死んだなど冗談でも口にしたくない」「あくまで推測の域を出ないため間違っていた場合にどうなるか恐ろしい」「とてもそんな腹芸はできない」などの理由で悉く断られ、仕方なし、言い出しっぺの法則によってチルノがそのお役目を果たすこととなっていた。

 

「テムジン、あなたがこんな大それたことを企んでいたなんて……今更言い逃れが出来るとは思わないことね! ここにいる全員が証人よ!! 潔く観念しなさい!!」

「ぐぐぐ……もはや、こうなっては……ええいっ!! 貴様らっ、そいつらを殺せ! 殺すのだ!!」

 

退路を断たれたことで逆に開き直り、テムジンが部下へと抹殺命令を下す。部下たちもこのままでは重い処罰は免れないと悟ったことで腹を括り、命に従って槍を構える。

 

「まだ罪を重ねるつもりなの!?」

「お前たちもパプニカの兵だろう!! 往生際が悪いぞ!!」

 

動き出した敵の兵たちを見てレオナと護衛兵が口々に言うが、本人たちは止まらない。

 

「もうこれ脱いでいいんでしょ!? この服、ブカブカで動きにくくって!!」

 

これまで沈黙を守ってきた――余計なことは話すなと厳命されていたともいう――ダイは、ようやく窮屈な思いから解放されるとばかりにローブを乱暴に脱ぎ捨て、パプニカのナイフを構えた。

 

「悪いのはお前らだからな! たああぁぁぁっ!!」

「ラリホー」

 

そのまま短刀を片手に敵兵の一人に突っ込んでいくと、あっという間に一人を弾き飛ばしてしまった。吹き飛んだ兵は衝撃に耐えかねて気絶するほどだ。これだけでも如何にダイとの間に差があるかが理解できるものである。

護衛兵たちもダイに負けずとばかりに、武器を手にもって敵兵と乱戦を繰り広げる。

そしてレオナは、互いに戦っている兵士たちの隙を見ては、睡眠呪文を使って無力化していく。幾ら反乱に加担したとはいえ、自国民なのだ。きちんとした法の裁きを受けさせてやりたいという願いがそこにはあった。

 

「チルノや、これはいったい……?」

「おじいちゃん、詳しい説明は後で。今は、この事態を切り抜けることだけを考えて……【スリプル】」

「わ、わかったわい……」

 

喧噪の隙を突いてブラスの下へと近寄ったチルノは、簡単に説明すると同時に残っていた敵兵の一人にレオナと同じく睡眠魔法を使い、無力化する。

そうして一人一人と無力化されていき、気づけば残っているのはテムジンだけとなっていた。

 

「残りはお前だけだぞ! 観念しろ!」

「テムジン、おとなしく法の裁きを受けなさい」

「ぐぬぬ……バ、バロン!! バロンはどこに行ったのだ!?」

「……ああっ!」

「そういえば、バロンはどこに行ったの!?」

 

テムジンの苦し紛れのように呟いた言葉に、だがレオナはハッと気づかされたように顔色を変える。それはチルノもダイも同じだった。ペラペラと自供したことであまりにうまく行き過ぎていたために忘れかけていたが、バロンにも容疑は掛かっていたのだ。もしもあの賢者がこの場にいれば、これほど簡単に事が運んでいたことはなかっただろう。

 

「そ、そうだバロンじゃ!! わしは奴に騙されただけなのです。レオナ姫様、主犯は奴です!! わしは、わしは悪くありませんぞ!!」

 

レオナたちが慌てたことをこれ幸いと見たのか、テムジンはこの場にいないバロンへと罪の全てを被せて、少しでも刑罰を軽くしようと試みる。必死で訴えるが、それはその場逃れの言葉でしかないことは誰の目にも明らかだった。

 

「バロンめぇぇっ!! 奴が、奴があのようなことを言わなければ……」

 

テムジンがそう叫んだ時だった。

地の底から震えてくるような低い音が鳴り響き、一行の耳まで届いた。だがその音の正体が何かを考える暇はなく、またその必要もなかった。音に続いて爆発音が鳴り響く。慌てて音の方向に目をやれば、沖合に停泊していた船から煙が上がり、音の正体が姿を現していた。

 

「おおっ、キラーマシーン!!」

 

それを見た瞬間、テムジンは嬉々として叫んでいた。

爆煙を切り裂いて現れたのは、巨大な機械だ。一見すれば人型を模しているが、安定性を高めるために脚部は四本存在しており、右手にはその体に見合った反りの深い巨大な曲刀を持ち、左手は手甲と一体化したボウガンを装備している。

先ほどの音はこのキラーマシーンの起動音だったのだ。

 

「バカな……魔王の死んだ今、キラーマシーンがなぜ動く……!?」

 

キラーマシーンは魔王が勇者を殺すために作り上げた殺人機械である。魔王の魔力によって動く機械のため、魔王が死ねば活動することはない――そのはずだった。だが眼前のキラーマシーンは船から降りると海を割るようにして海岸目がけてズンズンと突き進んで来ている。

これはどうしたことだとばかりにブラスは声を荒げた。だがその疑問も、キラーマシーンが海岸まで近寄ったことで氷解した。

 

「「「バロン!!」」」

 

近寄ったことで、モノアイの部分に人がいることを確認できた途端に、レオナ・ダイ・ブラスの三人が同時に叫んでいた。唯一、未来知識でそれを知っているチルノだけは口を開かなかったが。

 

「ハハ……ハッハッハッ、でかしたぞバロン!!」

「そうか、バロンの魔法力で動かしておったのか……」

「そうだ! ただのガラクタに過ぎなかった、この前大戦の化物をわし自ら改造したのだ! 人間の意思で自在にその威力をふるえるように、なっ!!」

「なんという恐ろしいことを……!」

 

キラーマシーンを見た途端、テムジンが喜色を見せた理由がこれだった。配下であるバロンがキラーマシーンに乗って助けにやってきた。これならば、今の窮地を脱することもできるはず。そう考えたためだ。

つい先ほどまで、自分が言っていた言葉も忘れて。

 

「今のお前は地上最強だ。蹴散らせバロン!」

「ああ、望み通り蹴散らしてやろう。まずは……貴様からだ!!」

 

バロンはキラーマシーンの手でテムジンを掴むと、顔の高さまで持ち上げる。

 

「何をするのだバロン!!」

「俺はこの計画の主犯なんだろう?」

「なっ! そ、それは……! 知らん! そんなことわしは知らんぞ!」

「聞いていないとでも思っていたか? そもそも先に切り捨てたのは貴様の方だろうが」

「く、うううぅぅ……」

 

なぜそれを知られてしまったのか見当もつかず、テムジンは唸り声を上げるが、これは彼の自業自得だった。

バロンは魔のサソリが倒されたことを確認してから、その場から少し離れてからルーラで船まで戻っていた。そして、魔のサソリ戦で見せた戦闘力からダイたちを油断ならない相手とみなし、キラーマシーンを起動させようとしていた、その時だった。

船上まで響いてくる喧噪に作業の手を止めて確認すれば、それはレオナたちとテムジンたちが大暴れしていた音だった。だがそれもすぐに止んだかと思えば、続けて聞こえてきたのはテムジンがバロンに罪を被せてでも助かろうと嘆願する声であり、バロンはそれらを聞いていたからだ。

 

「裏切りの報いを受けろ」

「ひいいぃぃっ!!」

 

テムジンを手近な岩に力を込めて投げつける。だが、岩に当たる直前に動いた者がいた。

 

「【エアロ】!」

「ぐえっ!!」

 

チルノである。彼女は風を操る魔法を使い、テムジンが岩に当たる直前のタイミングで、岩と体の間で風を爆発させて簡易的なクッションとなるようにしていた。それでも威力を完全に殺しきることはできなかったため、テムジンは蛙が潰れたような声を上げたが、岩に直撃するよりはまだマシだろう。

 

「さて、次は貴様らの番だ。こうなっては、このストーリーも筋書きを変更しなければなぁ……大筋はほぼ同じだが、犠牲者にはテムジンも加わり、そしてこのバロンが凶暴なモンスターを倒して実権を握るように変更してやろう」

 

バロンはテムジンのことなど意に介さないように、今度はレオナたちの方へと向き直った。その口から語られるのは、この場を切り抜けてからの青写真。彼は既に勝利した気でいるのだ。確かに、キラーマシーンの力があればそれも可能だろう。

 

「来るっ!!」

 

キラーマシーンが動き出すよりも一瞬早く、ダイが警告を上げる。そのダイの言葉に従うかのように、キラーマシーンはレオナたちに向けて襲い掛かってきた。それまで開いたままの頭部モノアイを閉じて、バロン本体を直接狙われることのないように考慮された、まさに本気の状態だ。

 

「ダイ、前衛をお願い!! 【プロテス】」

「任せとけ!」

「小癪な!」

 

チルノの言葉を聞くが早いか、ダイが待ってましたとばかりに前に飛び出る。念のために防御力を高める魔法をかけておくのも忘れない。

ダイと対峙したバロンは、走りこんできた勢いのまま剣を振るう。だがダイはひらりと剣をかわすとお返しとばかりにバロンに向けて切りかかった。しかし、堅い装甲に阻まれて浅く傷をつけるのが精いっぱいだった。

 

「ダイ君! よし、あたしも……!!」

「待ってレオナ!」

 

ダイの戦う姿を見て加勢しようとしたレオナであったが、それを見たチルノは慌てて腕を引っ張り止める。

 

「チルノ!?」

「バロンの狙いはあなたよ! たとえ私たちが無傷でも、あなたがやられたら終わりなのよ!」

「それは……」

 

チルノの言葉にレオナは納得しかねるといった表情を浮かべた。それを見たチルノはため息を一つつく。

 

「でも、見ているだけじゃいられないって気持ちもわかるわ。だから、せめてもっと離れた場所でお願いできる?」

「さっすがチルノ! よくわかってる!!」

 

本心を言えば、もっと遠くまで避難していてほしかったが、それを説得する時間も惜しいと判断したチルノは降参の言葉をこぼした。それを聞いたレオナは我が意を得たりとばかりに歓喜を浮かべる。

そしてチルノの言葉に従ってバロンからさらに離れた位置まで移動すると呪文を唱えた。

 

「ダイ君よけて! ギラ!」

 

警告とほぼ同時にレオナが閃熱呪文を放ち、それを聞いた途端にダイはバロンから必死の形相で離れる。間一髪のところで退避は間に合い、ギラの呪文はキラーマシーンだけを包み込んだ。

 

「何するんだよレオナ!」

「ごめーん! でも注意はしたし、当たらなかったからいいでしょ?」

 

悪びれた様子もそこそこに、レオナは軽く謝罪の言葉を口にする。だが、そのどこか安穏とした空気も、辺りに響いた機械音によって霧散する。

 

「ずいぶんと余裕ですねぇ、姫様」

「ま、まさか……」

 

恐る恐る目を向ければ、そこにはギラのダメージなどまるで影響の見られないキラーマシーンの姿があった。

 

「フフフ、その程度の呪文など通用するものか」

「嘘でしょう!? あれ、結構自信あった攻撃呪文だったのに!!」

「さ、さすがはキラーマシーンじゃ……あれほどの呪文を受けて無傷とは……」

 

ブラスがぽつりと呟いた。彼の脳裏に浮かぶのは、魔王が健在だった頃の記憶。キラーマシーンというモンスターをして化け物と呼ばれるような機械を作りあげ、その機体は呪文を跳ね返し、生半可な攻撃では傷一つつかないと耳にしていた。その恐ろしさを平和になったはずの世界で実感することになろうとは。

それも人間が操るそれをモンスターの自分が味わうのだ。皮肉以外の何物でもなかろう。なまじ知識があるがために、ブラスの心が屈服しかけていたその時だった。

 

「やっぱり正攻法じゃ難しい、か……なら、搦め手で。できる限りのことはしないとね」

「チルノ!?」

「何か策があるの!?」

 

ブラスと同じ光景を見ていたであろうチルノは、だがまるで怯えた様子もなく次の行動を起こそうとしていた。勿論これは彼女がこうなることを知っていたからこその態度なのだが、それを知らないブラスやレオナからしてみれば、逆境であっても諦めずに頭が回るように見えた。

 

「ええ、もちろん。大王イカ!!」

 

彼女の呼び声に応えて、海中から大王イカが姿を現す。

 

「大王イカはそのまま海岸まで来て! ダイはキラーマシーンの右側に回って!」

「えっ!? わ、わかった!」

「フン、何をするのか知らんがこのキラーマシーンに通用するものか」

 

そのままチルノの指示に従って大王イカは近寄り、ダイはキラーマシーンの右側に回る。バロンはそれを聞いていたはずだが、ためらうことなくダイを追って右側に向き直る。するとちょうど、ダイと大王イカが横並びになってキラーマシーンと相対するような位置関係となった。

 

「イカスミ! 顔を狙って! 終わったら海に隠れて!!」

「ちぃっ、目くらましか!? だがこの程度では子供騙しにもならんぞ」

 

大王イカはすぐにイカ墨をキラーマシーンへ向けて吐きかける。墨汁のように吹き付けられたイカ墨がキラーマシーンのモノアイを汚す。外からでは確認できないが、これで一時的にとはいえ視界が奪われただろう。

そう、あくまで一時的。海も近くにあるのだから、洗い流すことも簡単にできる。バロンもそれを理解しているらしく、慌てた様子は感じられなかった。だが、チルノが欲しかったのはその余裕だったのだ。

 

「その余裕がいつまで続くかしら? 【ブリザド】!」

「!?」

 

キラーマシーンへ向けて冷気の魔法を放ち、イカ墨を凍らせた。流れ落ちていくはずのイカ墨は凍り付いたことで動きを止め、キラーマシーンの視界を遮る役目を存分に果たす。

 

「おお!」

「そっか、これなら!」

「くっ! 張り付いただと!?」

 

なるほどこうすれば墨で視界を奪えて、しかもそう簡単に洗い流すこともできない。キラーマシーンの装甲に呪文が通じないのならば、別の方法で影響を与えるようにすればいい。それをやってのけたことに二人は感嘆の声を上げた。

 

「隙ありだ! たああああああっっ!!」

 

そしてその瞬間を見逃すほど、ダイはお人好しではなかった。視界を奪われ、慌てた様子を見せるキラーマシーンに向けて、存分に力を溜めた雷刃を放つ。それは無防備なキラーマシーンに直撃する、はずだった。

 

「なんのっ!!」

「えっ!?」

 

ダイの攻撃に対して、まるで見えているかのようにキラーマシンは後ろに下がり、直撃を避ける。尤もタイミングが遅かったせいで完全にはよけきれず、それでもダイの強烈な一撃は足の一本を切断することには成功していた。

 

「チッ、足が一本やられたか」

「避けた!? 見えている……? ううん、それにしては遅すぎる……ということは、何か別の……テムジン!!」

「ヒイィ!! な、なんじゃ!?」

 

痛みと恐怖から大岩の陰に隠れて様子を窺っていたテムジンに向けてチルノは叫ぶと、恐る恐る返事が返ってきた。

 

「あのキラーマシーン、目視以外にも何らかの方法で外部感知しているでしょ!? 温度!? 音!? 魔力!? 教えて!!」

「え? ね、熱じゃ! 温度の感知を行えるようになっとる」

「テムジンめ、余計なことをペラペラと……」

 

機械であるキラーマシーンが光学映像だけに頼っているわけはないだろうと考え、手を入れたテムジン本人に聞いてみたところ、予想以上にすんなりと答えが返ってきた。その理由がチルノに救われたからかそれともバロンに恐怖しているのかは知らないが。

――温度感知。その答えにチルノは少しだけ考える。サーモグラフィーのようなものだろう、それならば想像がつく。対処方法もある程度はわかる。

 

「聞こえたダイ!? そいつは温度も感知してるわ! でも精度は低いはずだから……」

「うるさい小娘だ」

 

その言葉を遮るように、キラーマシーンは左腕に装着されたのボウガンを構えると、引き絞り矢を放つ。人間では扱えないほど強力な弦を使い撃ち出された矢は、甲高い風切り音を鳴らしながらチルノへと襲い掛かる。

 

「きゃあああっ!!」

 

撃たれたことに気づいて必死で避けたが、そもそも狙いは外れていた。だが、サイズと相まってその威力は巨岩をも貫かんばかりだ。近くに着弾したことで爆発したかのような大きな衝撃が襲い掛かり、チルノは大きくバランスを崩した。

 

「くそっ! 上手く狙えんか」

「姉ちゃん!! 大丈夫か!!」

「大丈夫、外れているわ!」

 

ダイの言葉に応えたのはレオナだったが、その言葉にダイは安堵した。キラーマシーンを相手に視線が外せない。少しでも目を離した隙に誰かが大怪我をしそうな、そんな悪い予感が頭から離れないのだ。今でこそ、姉のおかげで視界を封じられているが、それでも何か別の方法で自分たちを探知しているらしいことも聞こえていた。姉が必死で考えてくれているのだ、ならば自分は自分にできることをやるだけだ。自分は未来の勇者なのだから。

そう信じて、自身を鼓舞しながら再度キラーマシーンへ攻撃を加える。

 

「大丈夫チルノ……?」

「ありがとレオナ。平気よ、それに新しい策を思いついたわ」

「え……? も、もう考えたの?」

「おじいちゃんも、お願いできるかしら」

「な、なんじゃ一体……?」

 

ダイが攻撃している間に、ブラスとレオナはチルノへ駆け寄った。多少の擦り傷は見られるが、彼女自身に怪我らしい怪我はないようだ。

だがチルノの返事は、自身の怪我のことではなくキラーマシーンに対抗する新しい策だという。予想外のことに反応する間もなく、チルノは自身の考えを二人に披露する。

 

「なんと、そのようなことを……」

「二人には魔力の限界までお願いすることになるわ……やってくれる?」

「いいわ! このままなら一蓮托生だもの。やってやるわよ!」

「やれやれ、わかったわい。この老いぼれがどこまで出来るかわからんが、力いっぱいやってみせよう」

 

力技としか言いようのない考えだったが、他に策を考える者もいない。レオナはチルノの言葉に力強く頷き、全面的に協力することを決意する。それに後押しされるようにして、ブラスも決意を決めた。

 

「ダイ、合わせて!」

 

チルノがそう叫ぶと、その言葉を合図にして三人は一斉に呪文を放った。

 

「【かえんほうしゃ】!!」

「ギラッ!!」

「ぬうう……メラミッ!!」

「え、あ、メラ!!」

 

これに合わせられないほどダイも察しが悪いわけではなかった。ブラスは火炎呪文を。レオナは閃熱呪文を。少しだけ遅れてダイも火炎呪文を放つ。四人分の猛火に包まれたキラーマシーンの姿は煌々と輝き、周囲の空気はまるで蜃気楼のように揺らめいていた。

 

「ククク……貴様ら程度ではどれだけ力を合わせようとも、このキラーマシーンを焼くことは出来んよ!! ハハハハッ!」

 

四人が魔力を持続させ、必死でキラーマシーンへ炎を浴びせ続ける。先ほど張り付けたばかりの墨は既に氷解し、流れ落ちるどころか高熱で蒸発していた。これだけの長時間浴び続ければ、たとえドラゴンであってもダメージを負うだろうというほどの炎。だがそれでもキラーマシーンは耐え続ける。

 

「うぐぐ……すまん、もう魔法力が……」

 

一番初めに脱落したのはブラスだった。長時間魔力を放出し続けたことによる疲労困憊で息を切らせている。だがそれと同時に、キラーマシーンの動きが目に見えて鈍くなった。残った三本の足が力なくよろめかせ、両手で自身の頭部を掴んでいる。まるで苦痛に耐えているかのようだ。

 

「ぐ、ガアアッ!! ウゴゴゴゴォォッ!!」

「な、なんだアイツ? 一体どうしたんだ?」

「あれって……やったわねチルノ!」

「ええ。ダイ、今が好機よ! 頭を壊してやりなさい!」

「よくわからないけど、わかった!」

 

ダイはキラーマシーンの体を足場代わりにして駆け上がり、瞬く間に頭の上まで移動する。

 

「くらえッ!!」

 

短剣を逆手に持ち帰ると、上から下へ一気に突き刺す。だが。

 

「かたいっ!! ……って、あっちぃ!!」

 

力いっぱい突き刺したはずの剣は半ばほどまで刺さったところで止まり、過剰なほどに炙られた装甲の伝導熱を我慢できなくなったダイは慌ててキラーマシーンから飛び降りる。

 

「うぐぐ……ガキが、いったい何をした……!」

 

ほんの少しだけ精彩さを取り戻した動きで、キラーマシーンはダイへ向けて腕を伸ばす。だがそれは逆にバランスを崩す結果となり、今やキラーマシーンは誰の目から見ても隙だらけだった。

 

「今よ、やっちゃえダイ君!!」

「うおおおおおっっ!!」

 

レオナの応援を受けながら、逆手に握った短刀を、左手を柄頭に添えて全力の一閃。一瞬、文字通り閃光が走ったように見えたほどだ。払い抜けの斬撃は、一瞬の静寂の後に、キラーマシーンの胴体を斜めに両断していた。

鋭利な切り口を覗かせながら、キラーマシーンの半身がズズンと音を立てて地面に転がり落ちた。

 

「すごい……」

「ダイ……いつの間にこんな……」

「…………」

 

三人はダイの放った攻撃を目にして声も出なかった。ただ、レオナとブラスはその威力に驚いていたが、チルノだけは驚きの内容が異なっていた。

剣を逆手に持ち、莫大な破壊力を以って相手を直接攻撃する。それは彼女の知る必殺技――アバンストラッシュと酷似していたのだ。まだ空裂斬を会得していないので完成系ではないにせよ、その威力はとてつもない、その一言につきた。

 

「う、ぐ……何があった? ううう……気分が……」

「バロン!?」

「そうじゃった、まだこやつが……!!」

 

キラーマシーンが破壊されたことで機能も停止したのであろう。頭部モノアイを覆っていた装甲も開き、中からバロンが転がり落ちるようにして出てきた。

それを見たレオナたちは、一瞬言葉を失う。中からは出てきたのは、まるで茹でダコのように体を真っ赤にさせたバロンの姿だったのだ。満身創痍の見本とばかりに微塵も覇気が感じられず、その瞳もどこか虚ろだった。何より地面に転がったまま、碌に起き上がろうともしない。口は浅く荒い呼吸を繰り返しながら金魚のようにパクパクと開閉させている。

 

「チルノ、これがあなたの狙っていた結果……なのよね……?」

「ええ、そのつもりだったんだけど……効きすぎたみたい」

 

チルノが狙っていたのは、キラーマシーンに高熱を浴びせ続けることによる熱中症を引き起こさせること――端的に言ってしまえば蒸し焼きにすることだった。そのために四人がかりで加熱し続けたのだ。

本来の歴史の通り、キラーマシーンの装甲を一部でも破壊してから火炎呪文を使うことで、バロンを内部から焼くという考えもあったのだが、あれはダイが竜の紋章の力を発動させていたからこそ出来たと彼女は判断していたため、最後の手段と考えていた。

その代替案として取った作戦が、蒸し焼きである。キラーマシーン内部の制御機構に攻撃が通らないように厳重に塞いであるだろうと考え、ならば逆にその通気性の悪さを利用してやろうと考えたが故の作戦である。

だが、チルノですら予想していなかった事態がさらに起きていた。というのも、キラーマシーンには元々排熱機構が存在しており、内部の温度が上がった場合にはそれを使用して温度を下げていた。だがテムジンの改修の際に、無駄に魔力を使用するという理由で排熱機構は取り外されていた。涼みたければ頭部コクピットの装甲を開ければいいし、そもそもキラーマシーンの戦闘力の前には熱が籠る前に決着がつくと想定していたのだ。

 

「……多分だけど、キラーマシーンの熱が想像以上にキツかったみたいね。空気が籠っていたんだと思う」

「そういえば、途中からバロンが何も言わなくなってたけれど、ひょっとして……?」

 

ほぼ完全密閉に近い状態となっていたキラーマシーンの内部で言葉を発しようとも、それが外部に届くことはなかった。バロンは内部で話していたが、誰の耳にも届いていなかったのだ。

そもそも魔導機械が声を発する必要はなく、仮に声を発するのであればスピーカーのような外部装置を利用すればいい。逆に外からの音は敵の位置特定などに効果を発揮するため、外部マイクで拾えるようになっている。

元々内部に生物が乗り込んで操作するという考慮は元々されていない設計に加えて、排熱もまともに出来なくなった機械。そんなものに乗り込んで高熱で熱され続ければどうなるかなど、まさに火を見るよりも明らかである。

 

「とりあえず、捕まえましょうか?」

 

少しだけ哀れに思われながら、バロンはあえなく御用となる。テムジンとその配下たちも同様に逮捕され、全員まとめてパプニカの法によって裁かれることとなった。

レオナの洗礼の儀式も滞りなく行われ、つつがなく終了。

万事解決。

残すは、レオナたちがパプニカに帰るだけとなった。

 

「チルノ、ダイ君。改めてお礼を言わせてもらうわ。二人は命の恩人ね」

 

海岸でレオナはダイとチルノへ友好の握手を交わす。

出向を直前に控え、パプニカの兵たちが見守る中で告げられた言葉に、ダイは誇らしげな、チルノは何とも気恥ずかしい顔を浮かべた。

 

「レオナも無事でよかったよ」

「本当に、一時はどうなることかと思ったわ」

 

ダイもチルノと同様に、他人行儀な話し方はせずにもっと砕けた話し方をするよう、レオナに言われていた。

 

「あら、大丈夫よ。何かあっても二人が守ってくれるって、あたしは信じていたから。ダイ君の剣も、チルノの知恵も、どっちも凄かったわ」

 

レオナはまるで昔を思い出すような顔をする。ほんの僅かな時間だったというのに、まるで長い年月を一緒に過ごしたのではないかと思う。彼女にとってはそれほどに得難い経験だった。

 

「ねえ、チルノ。パプニカの王宮で働かないかってあの話、本当のことだから。ダイ君も一緒にいらっしゃい。あたしのボディーガードにしてあげるわ」

「ええーーっ! いや、おれはいいよそんなの」

「怪物島の田舎娘には荷が勝ちすぎるかな……」

「あら残念、振られちゃったかしら? でも、まだ諦めたわけじゃないわよ」

 

そんなやり取りに周りから笑いが起きる。いつまでもこうしていたい。だが、名残惜しいものの出発の予定時間となった。

 

「さようなら、レオナ」

「レオナ、また会いましょう」

「ええ。再会の日を心待ちにさせてもらうわよ!」

 

デルムリン島から一艘の船が出発していく。

ダイとチルノは、船影が水平線の向こうに消えて見えなくなるまでの間、ずっと手を振って見送っていた。きっと船の上からも一人の少女が手を振っていてくれることを信じて。

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■

 

 

 

「なるほどのぅ……魔のサソリの襲撃と、その事件の裏にいる存在を看破か……」

「そうだぜ爺ちゃん! 姉ちゃんってばズバズバ当てて、すごかったんだ」

 

家に戻ったダイたちは、ブラスに今回の事件について語っていた。レオナたちが魔のサソリに襲われたことや、なぜ洗礼の儀式をせずに戻ってきたのかの経緯などブラスの知らないことについてを重点的に話していたのだ。

ダイが大はしゃぎで話すおかげでチルノへの持ち上げが多くなり、本人からしてみればどうにも喜べない。カンニングの産物だと自覚しているのだから猶更だ。

 

「レオナの安全を第一に考えていただけだから、そんなに褒められることはしてないわよ」

「いや。チルノや、それは誇ってもいいことじゃよ。お主の活躍でこの事件は大事にならずに済んだんじゃ」

「……はぁ、わかったわ」

 

ブラスの言葉に曖昧に肯定すると、話題を変えたいとばかりに窓の外に目を向ける。その視線の先には、どこかで見た一本の金属があった。

 

「またそれ見てるの? 姉ちゃん、そんなのもらうなんて、やっぱり変だってば」

「いいじゃない。興味があったのよ、材質とか仕組みとか……」

 

そこにあるのはダイが切断したキラーマシーンの足の一本だった。何がどうなったのか、それは時間を少し遡る。

 

 

 

「キラーマシーンが欲しい!?」

 

チルノの言葉に、レオナは鸚鵡返しに叫んだ。現在は、レオナが帰国する少し前。船の準備が着々と進められている途中のことである。

 

「一体何に使うつもりよ、あんなの?」

「実は、装甲とか内部の仕組みとか、そういうのに興味があって。それにほら、パプニカに持って帰るとまた誰かに使われるかもしれないし、デルムリン島に置いておいたほうが安全じゃない?」

 

もっともらしい理由をこねるが、本音は最初に言った言葉である。仕組みの解析や装甲の研究を行えば、新たなジョブやアビリティを獲得できるかもしれないという打算も込みの言葉だ。いや、打算以外にも理由はあるのだが。

だがチルノがすべての言葉を言う前に、彼女に待ったをかける者がいた。

 

「いくらチルノ殿の頼みとはいえ、それは聞くわけにはまいりませんな」

 

そう言うのはパプニカの役人の一人だった。テムジンとバロンの罪を聞き、急遽駆けつけてきた者たちである。

 

「そのキラーマシーンは此度の罪の証。後の裁判でも立証のために使用する予定なのです。置いていくわけにはいきません。そもそもキラーマシーンとは、魔王が作り出した邪悪なる兵器です。こんなものを残しておくなど百害あって一利なし。裁判が済み次第、即刻破壊しなければ!!」

 

話しているうちにヒートアップしてきたのか、語気が強くなっていた。その目は、自身の正義を疑っていない。自分は正しいことを言っているのだと言わんばかりだ。

 

「ええ。その考えは理解できます」

「でしたら……!!」

「でも、キラーマシーン自体に罪はないと思いませんか?」

「む……それはどういう意味ですかな?」

「キラーマシーンは本来、人間を殺す恐るべき兵器です。ですが、人間が乗って操れるように改造できることからもわかるように、その力を制御することもできるはずです。天をも切り裂く強力な剣があったとして、勇者が扱えば人を助ける聖剣として祭られ、魔王が振るえば命を奪う魔剣として忌み嫌われる。不思議だと思いませんか?」

「では、このキラーマシーンでも人を助けることができると!?」

 

その言葉にチルノは首を横に振る。

 

「いいえ。剣もキラーマシーンも、生き物の命を奪う道具です。ただ、使う相手によって見方が変わる、人の評価も変わるもの。技術そのものに善悪の評価をするにはおかしいと言っています。キラーマシーンも、例えば勇者の仲間が作っていれば、邪悪な魔物を蹴散らす守護兵器として絶賛されていたと思いませんか?」

「むう……」

「この先、第二の魔王が出現しないと誰が決めたんでしょうか? そんなときに、この人間が操縦するキラーマシーンがあれば、国土を焼かなくて済むかもしれません。勇者の登場を待たずとも、魔王を倒せるかもしれません」

「し、しかし、その理屈は第二のテムジンを生むことにもなりますぞ!」

「ならば改良すればいいんですよ。複数人が操ることでリスクを分散させる。外部から強制停止できるようにする。王族が二人同時に起動させない限りは動かないようにする……一例でしかないですが、安全装置をつけておけばいいのです。魔王が作り上げた技術を使って、魔王に手傷を負わせる、なんて面白い意趣返しになりませんか?」

 

色々と理屈をつけているが、本音は前述の通りである。同時に、これを利用して大魔王バーンの侵攻に対する警鐘を少しでも鳴らせると考えていた。キラーマシーンを利用して、少しでも警戒を厳重とするように促す。

ロモスの一件でも同じように「邪気を持たないモンスターにこれほど苦戦して、兵士の練度は大丈夫か」といった旨を国王へと伝えていた。

勿論、大魔王バーンの襲来を直接教えられれば最良である。だが、証拠がない。そして、差し迫った脅威や目に見えた問題がない限りは、人間は中々動かないものである。

何より、人から言われて行うのではなく、自分たちで脅威に備えるようになるのが理想だろう。そのためのほんの少しだけ手助けをする。それができることの精いっぱいだと思っていた。

 

「なるほど、わかったわチルノ」

「姫様!?」

 

二人の意見を神妙な面持ちで聞いていたレオナが、重い口を開いた。

 

「結論から言うわ。さすがにキラーマシーンを渡すのは無理。この事件の重要な証拠品でもあるから」

 

それを聞いたパプニカの人間はホッと胸を撫で下ろす。

 

「でも、チルノの意見も正しいと思うわ。魔王が扱った技術だから禁忌、と安直に結論を出すのは問題ね。その技術の何が悪いのか、より安全に扱うにはどうすればいいのか。正しい使い方を模索するのも、人間の知恵だと思う」

「ひ、姫様……!?」

「我がパプニカ王国は、かつての魔王の居城のあった場所でもあります。魔王の技術を研究して、過去の悲劇を繰り返さないようにするのも、務めの一つでしょう?」

 

納得しかねる、と顔に書いてあるものの、口には出さずに男は肩を落とす。さすがにレオナがそう決めたことに面と向かって反論できるほどの度胸はないようだった。

 

「そういうわけだから、今からでは遅いかもしれないけれど、少しでも平和に利用できるようにできる限りのことはしてみるわ。それと……」

 

チルノへ向けてそこまで告げてから、レオナは耳元へ顔を寄せてから他の人には聞こえない声で言う。

 

「本体は無理だけど、ダイ君が切った足があるでしょ? あれくらいならコッソリ持って行っていいから」

 

 

そんなやり取りがあり、手に入れたものだった。キラーマシーン本体と比べれば見劣りするが、一部分とはいえどもスキル取得には役に立つだろう。

明日からはこの機械の解析なども修行の一つに加えようとチルノは決意する。

 

レオナがパプニカに帰ったということがどういうことか。先を知る彼女にだけはわかっている。

安穏とした時間は終焉に向かい、新たな舞台の幕が開く時はすぐそこまで迫っていた。

 

 




特製の毒消し草なら魔のサソリの毒も消せるぞ。という展開も考えてました。でも結局使わない。

レオナが正体を見せるシーンは「余の顔見忘れたか」と言わせたかった。

キラーマシーンの内部機構やらなんやらは独自設定です。目からビームを撃つ? ははは、ご冗談を(そんなところからビーム撃ったら外部カメラ焼けるだろ)

戦闘は、まだ竜の紋章はなくても勝てるだろうという前提で展開を考えていたらこんなことに。

ああ、次からやっと大地斬と海波斬って書ける。

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