隣のほうから来ました   作:にせラビア

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LEVEL:60 狂う計算

「あれってまさか……」

 

両手を固められてなお大暴れするマァムの姿にはこの場の全員が十分に驚かされたのだが、チルノだけはそれ以上に驚くことがあった。それは彼女が手を固められてから使った技である。

 

――オーラキャノンに爆裂拳……いくら教えたとはいえ、もう完全に自分のものにしているなんて……

 

チルノの脳裏に、パプニカでマァムへ技を教えていた時の記憶が蘇る。

両手を重ねて放つ闘気砲に、内部から大ダメージを与える攻撃。そのどちらもチルノがマァムに教えた技だ。本来の歴史の知識より武闘家を目指すことを知っていたため、底上げの意味も込めて予め教えていた。

だが、久しぶりに見たその技はどれもチルノが知っているそれとはまるで別物のようであった。オーラキャノンの方は他の技の練度と比較すれば多少不得手にも見えるが、十分に実戦レベルまで上がっている。爆裂拳については、文句の付けようも無かった。

 

そして、最後に見せたのはチルノも知らない技だ。少し離れた場所から見ていただけなので確約は出来ないが、彼女には内部から破壊しているように見えた。内側から吹き出しているのは闘気だろうかと推測する。

 

「……あっ」

 

そこまで考えて、彼女はある結論に思い当たった。その気付きに、思わず声を漏らしてしまう。マァムが最後に使った技は、言うなればオーラキャノンと爆裂拳の複合技とでも呼べばいいだろうか。相手の体内へ衝撃と共に闘気を流し込み、内側で爆発させる。これならば闘気が噴出するのもおかしくはないだろう。

だが、言うは易く行うは難し。その二つの特性を併せ持つ技を、しかもこの短期間で実戦で使えるほどに昇華させるなど、並大抵のことではないはずだ。

それをこうも見事にやって見せたマァムの才能に、チルノは頼もしさと少しばかりの恐ろしさを感じていた。

 

「ふふふ、マァムの力はキミの目から見てどうかね?」

「えっ!?」

 

思わず息を呑んだ瞬間に声を掛けられ、驚きながらそちらを振り向く。そこにはいつの間に移動してきたのか、ゴーストくんがいた。大きな布を被った者に音も無く隣に並ばれていたという事実に、別の意味で驚かされる。

 

「すごいだろう? 本来の修行に加えて、キミに教わったのだから使いこなしたいと言って来てね。本来の修行だけでも普通の武術家が何年もかかるほど難しいというのに、あれらの技を使いこなす……もはや常人ではあり得ないほどの密度と量を持った修行だったのだけど、彼女はやりきったよ」

 

――そうか、この人がいたのか……なら、ここまでのレベルアップも納得ね……

 

修行の日々に想いを馳せるように、語るような口調でゴーストくんは口にする。その言葉を聞きながら、チルノはマァムが技を完成させた理由に思い当たった。

何しろこのゴーストくん。かぶり物の下に隠されたその正体こそ、武術の神とまで呼ばれたブロキーナである。マァムは覚えた技をブロキーナにも教え、そして二人で研鑽を積んだのだろう。天才と呼んで差し支えない二人の武術家が協力すれば、技の完成度を高めることも、そこから発展させた新しい技を生み出すことも、不可能ではあるまい。

 

「技の完成については多少の手伝いもしたけどね……ああ、安心したまえ。あれらの技は教えることも、不用意に誰かに見せることも絶対にしないと約束しよう」

 

そんなチルノの考えを肯定するかのように、ブロキーナはそう言ってきた。元々、彼が編み出した技ではないのだから、無許可で他人に教えず、むやみに広めない。という意味の約束であり、彼の人格が垣間見えるような言葉だった。

 

――とはいえ『人に教えない』『不用意に誰かに見せない』という言い方をしているあたり、裏を返せば『必要があれば躊躇いなく使う』という少々ズルい約束でもあるのだが。

 

「まあ、最初の二つはともかく……聖拳爆撃(せいけんばくげき)には苦労させられたよ」

「せいけ……? なんですかそれ?」

「おや、知らなかったのか……ああ、すまないね。そういえばアレはマァムが考えた技だったか」

 

突如言われた聞き覚えのない名前に、チルノは疑問符を浮かべる。その様子からブロキーナは彼女がなぜそのような反応を取ったのかを察した。

 

「彼女が最後に使った――相手の左腕を破壊した技、あれこそが聖拳爆撃(せいけんばくげき)だよ。キミから教わった二つの技を組み合わせた、いいとこ取りの技さ」

「そんな技を、いつの間に……」

 

ブロキーナの言葉を聞きながら、チルノは自分の予想が合っていたことを悟る。だが今度はいつそんな技を考えたのかと疑問に思った。

 

それはこの世界において、マァムがミストバーンと戦った際に切り札として使おうとした技だった。あの頃の彼女はまだ決定的な戦闘能力を有しておらず、ミストバーンを相手にまともにダメージを与えられなかった。

そのとき彼女が閃いたのが、二つの技を組み合わせることだった。とはいえその時は結局、技を使うことなく戦闘は終了してしまった。だが彼女はその時の無念から、こうして一つの技として昇華させるにまで至った。

 

「しかし、普段はここまで暴れるような子ではないのだが、今日はやけに張り切っているようだ……キミが後ろで見ているのが原因かな? ほら、見たまえ」

「あれって……まさか!」

「気づいたかな? あれもキミから教わった呪文の使い方だと言っていたね。熟達した僧侶ならば、同じ発想をする者もいるが……あんな使い方をするとは……」

 

続いてマァムの身体をうっすらと覆う呪文の光を指し示す。そこに張られているのは、回復呪文の膜。全身に張り巡らされたそれは、絶えずマァムの肉体を癒やしている。

 

これもまた、チルノが教えたリジェネの魔法を、彼女が自分なりにアレンジした呪文であった。一度に大量に回復させるのではなく、その回復量を分割して少しずつ回復させるようにしている。

後の世では"リホイミ"などと呼ばれる高等呪文である。

 

この呪文を使い、ザムザの放った猛毒の息をマァムは耐えていた。毒によって肉体を蝕まれる端から呪文によって回復すれば、実情を知らぬ相手からすれば無効化しているように見えるだろう。

 

「とあれ、このままマァムに任せても問題はなさそうだが――やはり、シメは勇者が行うべきではないかな?」

 

だが実際のところ、回復量よりも毒による減衰の方が強かった。マァムは表情に出すことなく上手く隠しているためザムザが気づいた様子はないが、ブロキーナの目はごまかせない。

自慢の弟子が大暴れしている内に倒してしまうかもしれないが、師としてはできるだけそんな無茶はさせたくはない。

ブロキーナはダイに向けて誘うようにそう言うと、ダイはようやく身体を起こした。

 

「ダイ? もう平気なの?」

「あ、うん……ありがと姉ちゃん、もうすっかり良くなったみたいだ!」

 

淀みなく起き上がった弟の姿にチルノは魔法を止め、本当に大丈夫なのか問いただす。

するとダイは、ほんの少しだけバツの悪そうな顔を見せたが、すぐに身体を動かして何の影響もないアピールをダイは始めた。解毒はチルノとブロキーナが会話をしている途中で完了していたのだが、姉の膝枕が心地よく、またマァムが優勢だったこともあってもう少しだけ甘えていたいという欲が出ていた。

それを自覚しているため、ダイは話題を逸らすようにさらに口を開く。

 

「それにマァムがあそこまで戦っているのに、おれだけ休んだままでなんていられないよ! チウも言ってたでしょ? 自分にできることをちゃんとしろって」

「わかったわ。それじゃあ……」

 

ダイの言葉を「ザムザに苦渋を舐めさせられたままではいられない」という強い気持ちからによるものだとチルノは判断し、だが同じ轍は踏ませまいと、とあるとびっきりの魔法を唱える。

 

「【レジスト】」

 

チルノの言葉に応じて無数の泡沫が一瞬だけ浮かび上がり、そのままダイの身体を包み混むようにして煙のように消えていった。それは一秒にも満たない幻想的な光景。

 

「今のって何……?」

「おまじないみたいなもの、かな? ダイがもう一度毒に負けないように」

 

何が起きたのか分からず困惑する弟に向けて、姉は優しい笑みを浮かべてそう説明する。

レジストの魔法は、発動時の対象の状態をデフォルト状態として固定する効果を持つ。つまり、解毒が完了した今のダイであれば、ザムザが再び毒を使おうともそれが効果を及ぼすことはない。それどころか、何かダイの肉体に影響を及ぼそうとしても、その全てが徒労となるのだ。

チルノ自身が言ったように、毒に負ける事は無くなったと言って良いだろう。

 

こうしてみればとても便利な魔法のように思えるが、いくつか問題もある。

まず、負の影響を受けない代わりに、正の影響――スクルトなどに代表される支援呪文効果――も同時に無力化してしまうのだ。もっともこれは、支援呪文を唱えた後でレジストの魔法を使えば解決する問題ではあるのだが。

もう一つの問題は、単純に消費魔力量が多いということだ。下手な攻撃魔法の倍以上は消費するのだから、おいそれと使うわけにもいかない。現にチルノの魔法力は今ので随分と削れていた。

 

「ありがと、姉ちゃん! それじゃあ、行ってくるよ!」

 

だがそんなことを知らぬダイは、姉の言葉に単純に喜び、すぐさまマァムと共にザムザと戦おうと動く。だがそれをチルノの言葉が止めた。

 

「あら? もちろん私も行くつもりなんだけど」

「えっ!?」

生体牢獄(バイオプリズン)はもう壊れちゃったし、それに私もできることがまだ残っているから、ね?」

 

その言葉にダイは何も言い返すことはなかった。

チルノへ対して了承の意味を込めて強く頷くと、すぐさまザムザへ向けて駆けだして行く。その後ろをチルノも少し遅れながら追っていった。

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■

 

 

 

「グオオオッ!! オレの腕がっ! オレの肉体がっ!! こんな、こんなはずはっ!! 実験動物(モルモット)ごときが! ゴミ同然の……!?」

 

超魔生物の特性は強く、聖拳爆裂によって砕けた腕であっても再生を始めている。だが受けたダメージは彼の想像以上に大きく、自己再生能力を持ってしても完治には相当な時間が掛かりそうだ。そして閃華裂光拳で受けた傷は、未だ治ることなくザムザを苦しめている。

信じられぬ現実を否定するように騒ぎ立て、そしてザムザは自ら口にした言葉によって忌まわしき記憶を呼び起こしていた。

 

――父上……!!

 

かつてザムザは、実子であるザボエラから「お前は道具でしかない」と告げられていた。いや、彼だけではない。ザボエラからしてみれば、この世の全ては己が出世のための道具でしかなかった。そのため、実の子に対してすら「自分の役に立たない道具はゴミ以外の何でもない」とまで言い切った。

その言葉を聞いたのは、ザムザがまだ若かりし時分の頃。我が子を物としか見ない父親の姿は彼に強いトラウマを植え付けることとなる。

 

「違う! 違うぞ!! 超魔生物を生み出したこの頭脳!! 自らを実験体としてまで得たこの力!! オレはゴミなんかじゃない!! こんな、こんなことがあってたまるかぁぁっ!!」

 

超魔生物というとてつもない研究成果を上げながら、たった一人の人間に敗れようとしている。一度は封じる手段を思いついたものの、それすらも容易に突破された。

その事実は彼の価値観からすれば、自分が役に立たないと宣言されているに等しく、自らの負ったトラウマと相まってザムザを苦しめる。

 

「ザムザ……? あなた、一体どうしたの!?」

 

自分はゴミなのではないか? 心中に浮かんでしまった考えを必死で否定しようと、ザムザは全てを否定するように頭を抱える。

その様子は異様であり、戦っていたマァムですら思わず心配してしまうほどだ。

 

「うるさいっ! だまれ!! 貴様が、貴様が悪いのだっ!! 貴様さえいなければ!!」

 

だがその気遣いの言葉も、今の彼には耳障りな雑音にしか聞こえない。全ての責任をマァムへと押しつけ、それを排除することで精神の安寧を図ろうと再び彼女へと残った手を伸ばした。

 

「紋章閃!」

「ガアッ!? こ、この技は……!!」

 

襲いかかるべく動き出したところを、飛んできた竜闘気(ドラゴニックオーラ)の一撃によって邪魔され、脚を止める。

 

「マァム!」

「ごめんね、待たせちゃった? ダイの解毒が難しくって……」

「ううん、平気。チルノが教えてくれた必殺技もあったからね。あれのおかげで、戦い続けることができたわ」

 

遅れてやってきたダイとチルノが、マァムの元へと合流する。

勇者とその仲間たちが揃って自分へと挑もうとするその光景には、さしものザムザも無意識のうちに冷や汗を流し出していた。

 

――こ、このままではっ!! どうする!? 口惜しいが、逃げるしかないのか!?

 

明らかな劣勢――というよりもはや敗色は濃厚だ。思わず半歩ほど後ずさり、トラウマと死の恐怖との板挟みで動くことを忘れたように立ち尽くし、逃走と戦闘とを秤に掛けていた。

 

「それに、私一人だけだったらこのままだとコイツを逃がしていたかもしれないから。ルーラの呪文でも使われたら、悔しいけれど私には止める手段がないもの……」

 

仲間が増えたことで多少気が緩んだのだろう。マァムは不安に思いつつもそれまで口に出さずにいた言葉を吐き出した。しかし彼女のそんな言葉を、チルノは否定する。

 

「大丈夫よ。超魔生物は変身すると呪文が使えなくなるから」

「「ええ……っ!!!」」

「なっ……貴様なぜそれを……!?」

 

その場の誰もが知らなかった事実を平然と口にしたことに、ザムザだけでなくダイたちもが驚いてチルノを見つめる。

 

「自分で完成率は九割ほどって言っていたことでしょう? それに、あなたは妖魔士団のくせに、変身してから一度も呪文を使っていない――変身前は使っていたのに。それはどうしてか? そう考えればつじつまは合う……だけどまさか、敵が自分から答え合わせをしてくれるとは思わなかったわ」

 

本来の歴史から知っている超魔生物の弱点であったが、それを伏せて尤もらしい理由を彼女は口にする。だがそれはある程度の説得力を持っており、彼女の言葉に全員が低く唸る。

 

「ともあれ、ルーラで逃げるには魔族の姿に戻る必要がある。でも超魔生物の状態でも苦戦しているのに元に戻ればどうなるか……」

 

いわば、敵を逃がすかどうかの瀬戸際なのだ。彼女の言葉でそれを理解し、全員の緊張感が高まった。

 

 

 

「王様! 持って参りました!!」

「おお、でかしたぞ!!」

 

ロモス王シナナは、ようやく戻ってきた兵士たちの姿に心の底から喜んでいた。彼ら兵士たちにとあるもの(・・・・・)を大至急持ってくるよう言付けたが、闘技場からは少々遠く、戦いの流れによっては間に合わずに終わってしまうのではないかと心配だった。

だが兵士たちは、どうやら王の期待に応えるべく全力を尽くしたようだ。"それ"を運んできた兵士たちの顔には疲労の色が見える。

 

「見つけるのに難儀しました。ですが、なんとか間に合いましたかな?」

 

しかし疲れはあっても、彼らの顔にはそれ以上に名誉だという表情に満ちていた。それも無理もないだろう。この任務の内容を知れば、ロモスの兵士ならば誰しもが我先にと挙手をするに違いあるまい。

兵士達は闘技台へと視線を走らせ、その様子から自分たちがなんとか遅れずに済んだことを推察する。

 

「うむ、十分だ。すまぬが、それをダイのところへ届けられるか?」

「はっ! わかりました!」

 

王たちは闘技場の外に近い、比較的安全な場所にいる。そこにいる彼らがダイのところへ届に行くということは、この場で最も危険な区域に近づくことになる。しかしそんなことは彼らとて分かっていた。兵士たちは意気揚々と豪華な剣(・・・・)を手にし、他の者は護衛のように寄り添ってダイへと向けて駆け寄っていく。

 

「勇者殿!」

「えっ!?」

 

兵士達の叫び声に、ダイはそちらの方を向く。ダイの目には、遠くから駆け寄ってくる兵士たちの姿があった。

 

「来ちゃダメだ! 離れて!!」

「そういうわけにも行きません! これを受け取ってくだされ!」

 

ダメージを負っているとはいえ、敵はまだ健在なのだ。下手に巻き込むわけにもいかず、ダイは大声で離れるように叫んだ。しかし彼らにも使命がある。口で言っても離れないことを察したダイはすぐにそちらに向けて走り寄る。

だがその大きな声は、チルノ達はもちろんザムザの耳にも届く。ザムザの瞳が兵士の方を見る。その瞳はちょうど良い獲物を見つけたように輝いていた。

 

「……マァム!」

「ええ!」

 

考えることは皆同じだった。相手が兵士たちを狙うというのならば、彼女たちはそれを防ぐだけだ。一言にしか満たない短いやりとりを経て、誰よりも早くマァムが動き、そしてチルノが続いて魔法を完成させる。

 

「もう出し惜しみは無しよ……【トルネド】!!」

「こ、これは!? うおおおっ!?」

 

彼女の放った魔力に導かれて、大気が暴れ出した。

トルネドは竜巻を発生させ、相手を攻撃する魔法だ。瞬く間に空気が渦を巻き、強烈な竜巻となってザムザの自由を奪う。動くことはおろか呼吸すら満足に出来ないほど圧倒的な風の暴力に抗う事は出来なかった。水中で溺れた時のように手を動かし、どうにか脱出しようとするがその全てが無駄な努力となる。

風に揺さぶられ、ところどころは真空となっているため肌を傷つけるが、超魔生物には大したダメージとはならない。しかし足止めという意味では、この上なく役割を果たしていた。

 

ザムザが竜巻に足を取られているその隙に、ダイは兵士たちとの合流を果たしていた。

 

「さあ、これを!」

「これは……?」

「ダイ!! 遠慮はいらぬ! その剣を使うのだ!!」

 

詳しい説明はせずとも見れば分かると言わんばかりにダイへ剣を差し出す。続いてシナナ王の大声が辺りに聞こえ、ダイはその言葉に従って彼らが命からがら運んできた剣を手に取り確認するように掲げる。

 

「この剣……まさか!!」

「それこそ"覇者の冠"と同じく我が国に伝わる"覇者の剣"じゃ!! 約束通り、今こそ渡そう!!」

「これが!?」

 

手にした剣が求めていた物だと知らされ、驚きつつもその剣の感触を確かめるようにダイは柄を二度、三度と握りしめ直す。

 

 

 

「ヒ、ヒヒヒヒ……」

 

すでに竜巻は静まり、ザムザは自由を取り戻していた。所詮は魔法の力で強引に生み出されたものだ。長時間に渡って発生し続けられるわけもなかった。

動けるようになった彼はダイの様子を確認してこっそりとほくそ笑む。ダイが手にした覇者の剣が精巧に作られた偽物だとザムザは知っていた。なにしろ彼は、過去に一度宝物庫に忍び込んで直接確認したのだから間違いはない。そこで見た剣は、オリハルコン製ではなかった。

偽物の剣では、(ドラゴン)の騎士たるダイのパワーに耐えられず砕け散るだろう。威力も本来の物と比べれば大きく減衰するはずだ。だがダイはそうとは知らず、剣を手にして襲いかかってくることだろう。その瞬間こそが狙い目であると確信していた。

劣った一撃ならば、いくら弱っているとはいえ超魔生物の肉体で耐えられるはず。

 

――そこで、再びあの毒を使えば……

 

一度はダイを行動不能に陥れた猛毒だ。なまじ実績があっただけに、彼はそれに絶対の自信を持っていた。そう易々と解毒が出来るわけも無く、動きは止めらるはず。その後は、動けなくなったダイを人質として、逃げることもチルノ達の命を奪う事も出来るのだ。

逆転の可能性を見いだし、自然と笑いがこぼれ落ちる。

 

「あら、私を忘れて貰っちゃ困るわね……せえぃっ!!」

 

勝機を見いだしたことで弛緩した心に、マァムの声が冷たく突き刺さった。瞬時に冷静さを取り戻そうとするザムザであったが、それを待つ馬鹿はいない。マァムはしゃがみ込むほどに姿勢を低くすると、回転しながら思い切り脚を払う――いわゆる水面蹴りを放つ。

巨躯を誇る今のザムザであっても、重心の配分を上手く見抜いて放たれたそれを止めることはできなかった。常人が喰らえば骨折しかねないほど強烈な足払いを受けて体勢を崩す。

 

「今だっ!!」

 

バランスを崩したザムザの姿を好機と見て、剣を逆手に構えてダイが突撃する。額には既に(ドラゴン)の紋章が煌々と輝き、その身に纏う竜闘気(ドラゴニックオーラ)は出し惜しみなしの全力全開。加えて放とうとするのはアバンストラッシュという出し惜しみ無しの一撃だ。

ライデインの力も上乗せできればさらなる威力が期待できたのだが、攻撃タイミングを考慮すると呪文を発動するほどの時間的余裕がなく、諦める他なかった。

 

接近するダイに対抗するかのように、ザムザはこっそりと毒の息を吐き出して自身の周囲に蔓延させる。目に見えないそれはザムザに接近すれば否応なく吸い込むことなるだろう。加えてダメージを少しでも減らすために、防御体勢を取って待ち構える。

あとは獲物が罠の中に飛び込でくるのを待つだけだ。

 

「うおおおおおっ!!」

「ガハハハ、馬鹿めッ!! その剣は……!?」

 

毒の範囲内に入った瞬間、ザムザは歓喜の声を上げた。毒の影響を受けて弱まり、しかも手にしているのは偽物の剣である。それらの事実を突き付け嘲笑してやろうとしたところで、その言葉が止まる。

 

――まさか……本物の(・・・)覇者の剣……? そ、そんなはずは……

 

ダイが手にする剣は、ザムザがかつて見たものとはまるで違う。冷たくも美しい輝きを放っている。それは、金属の照り返しを見ただけで誰もが「これは別格だ」と口を揃えて言わんばかりのものだった。

 

「くらえええぇっ!! アバンストラッシュ!!」

 

驚き、戸惑い、混乱するザムザへ向けて、ダイはアバンストラッシュを放つ。竜闘気(ドラゴニックオーラ)を爆発させて放たれたその一撃は、凄まじい威力を誇りザムザの肉体を真一文字に容易く切り裂いていた。

 

「ウオオオオオッッ!! ……そんな、こんなはずは……」

 

攻撃はザムザの心臓部にまで達し、血を吐きながら激痛の悲鳴を上げる。けれど、ザムザが声を上げたのはそんな理由ではない。

確かにダイは毒の範囲内で呼吸をしたはずなのに、その影響を受けた様子は微塵もない。強すぎる攻撃力と剣が砕けないことから、覇者の剣は本物なのではないかという疑念も加わり、混乱の度合いはさらに拍車が掛かる。

 

自分は一体どこで計算を間違えたのか。それを考えながら、ザムザは力尽き地に倒れた。

 

 




ちょっと前に王様が兵士たちに依頼していましたね。あれは「覇者の剣を持ってきて」ということです。ピンチの勇者に伝説の剣を渡せたらカッコいいですよね。
そこまで考えていたものの「はてどう渡そう?」と疑問に。
観客席から投げる? え、ロモスの秘宝を自国の兵士が投げるの? そんな罰当たりなことはしないよなぁ……という思考で、直接デリバリーになってしまう。

・"聖拳爆撃"
DQ10の格闘スキルより拝借。名前が無いと不便だったので。
本来(ゲーム中)の表記は"せいけん爆撃"(正拳突きの上位技)なのですが、オーラキャノン(聖属性)と絡めて、聖拳の表記にしてしまう私……

多分、もう出番のない技。

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