欲しい……約5万か……でも欲しい……でも5万は……
(エンドレス悩み)
「勝ったわ……」
「や、やった! やったぞ! 勇者の勝ちだ!!」
ダイの一撃に、マァムや他の見ていた者達が歓喜の声を上げる。それだけ見事な一撃であった。覇者の剣によって肉体を切り裂かれ、大量の鮮血を吹き出しながら地面に倒れたその姿は、誰がどう見ても決着がついていた。
それが理解できるからこそ、周囲の人間達はポツリポツリと勝利を確信した声を上げ、その声は次第に全員の口からあふれ出ていた。
「ダイ……やったか……!!」
遠巻きに見ていたロモス王でさえ、勝利を疑うことはなかった。護衛の兵士を伴って闘技台へと歩み寄っていく。
最後の一撃を決めたダイ本人も同じ気持ちだ。オリハルコン製の武器の切れ味と
「な……なぜだ……どうして……?」
勝利に沸き立つ人間たちとは対照的に、ザムザは自身の敗北を受け入れられずにいた。肉体はダイの渾身の一撃を受けたことで悲鳴を上げ続け、変身に必要となる核を破壊されたことでもはや超魔生物の姿を維持することもできない。魔族の姿へと強制的に戻され、ダメージが還元されたのかその肉体は大部分が黒く炭化したようになっていた。
誰が見ても負け。しかしそれだけの姿になってなお、ザムザは敗北を受け入れられなかった。最強であるはずの超魔生物の肉体を得た。
「なぜ負けたのだ……!?」
勝てはせずとも、負ける要因はなかったはずだ。この場を切り抜けることは出来たはず。だが現実はザムザの計算の全てを裏切り、敗北という結果を齎した。怨嗟の声が自然と口から漏れ出て、それはロモス王シナナの耳にも届いた。
「ザムザ殿……」
地に横たわるザムザへシナナは労るようなトーンで声を掛ける。それを聞き、ザムザは視線を少し動かすと口を開く。
「お人好しの王様か……お前を騙していたオレを、笑いにでも来たのか……?」
「いや、そのようなことはせんよ。それに、そなたは覇者の剣が偽物だと知っており、なぜダイが本物の覇者の剣を持っていたのか。それを疑問に思っておったようじゃからな」
つい先ほどの戦闘中にも、ザムザはダイが手にした覇者の剣が偽物だ知っていたような発言をしていた。ならばシナナでなくとも、その程度の推測は容易いことだ。
しかし、ならばどうしてダイが本物の覇者の剣を手にすることが出来たのか。その問題を解けるのはシナナしかいない。
「そなたが見た覇者の剣は、宝物庫にあったものであろう? あそこに置いてあるのは、精巧に作った偽物じゃよ」
「な……に……!?」
「本物は別の場所に保管しておき、宝物庫には偽物を置いておく。普通に考えれば、剣は宝物庫にあると判断する。じゃがそこにあるのは偽物の覇者の剣じゃ。偽物を後生大事に警備するはずがない。となれば本物は失われ、ロモスの王はそれに気づかぬまま。ワシを見た者ならばそう推測するじゃろうな」
覇者の剣の偽物を用意しておき、如何にも大事な物を扱っている場所へダミーとしてそれを置いておく。仮に覇者の剣を狙った賊が偽物を見つけた場合、本物の覇者の剣はどこか別の場所に隠してあると思うだろう。
――その相手が切れ者と評される王であれば。
だがシナナの人柄を多少なりとも知った者であれば、善き王とは思っても切れ者という印象は抱きにくい。そのため、偽物にすり替えられたことにも気づかぬままと思い込んでしまう。自身がどう思われるかを計算に入れての防衛策である。
その効果の程は、ザムザが見事に引っかかったことからも明らかだろう。人が良いだけでは一国の王は務まらぬということか。自身の策が的中したことで、少しだけ得意げな表情を見せながらシナナはさらに続ける。
「なにしろアレはダイに渡すことを約束した大事な剣、万が一にも奪われる訳にもいかんからな。それに、とある人物から注意を受けたこともあってのぉ……急遽、そのように対策したのじゃよ」
「なるほど、そういうことか……」
シナナのその視線の意味を理解出来ぬザムザではない。詳しい理由は分からずとも、何かしらの注意をしたのだろうと推測し、またしてもこの小娘にしてやられたのだと思う。
「ヒヒヒッ……覇者の剣が偽物だった理由はわかった。だが、何故それをオレに言う? せめてもの意趣返しのつもりか?」
「いや、そのようなことは考えておらんよ」
なぜ偽物が本物の覇者の剣となったのか、その理由は分かった。だがそれを何故自分に教えたのかが理解できず、ザムザは憎まれ口のような言い方で尋ねる。偏屈な物言いだったが、これがザムザにしてみれば当たり前と思う理由なのだ。
だがそんな彼の予想を裏切るように、シナナは静かに首を横に振った。
「ザムザ殿、ワシらは確かに騙されておった。それは事実じゃ。じゃが、そなたのおかげでロモスの復興がとても早く進んだことも、また事実じゃよ。たとえそれが、ワシらからの信用を得るための手段でしかなかったとしてもな……」
ザムザに取ってみれば、自身を信用させて武術大会を開催させるに足るだけの信用を得ること。そして宝物庫に近づける程度の信頼を得ること。そのための手段でしかなかった行為に過ぎなくとも、シナナにして見れば違う。
彼からしてすれば、ふらりと現れて、ロモスの為に尽力してくれた恩人である。チルノの「身元の確認できない人間は信用しすぎるな」という注意の言葉を受けてなお、ザムザのことを信じたいと思ってしまうほど。
「怪傑おおねずみじゃったか? 彼の言葉を借りれば、あの時のそなたは自分に出来ることを一生懸命にやってくれたとのだと思っておる。そなたの知恵や見識、それらに基づいた指示があったからこそ、ロモスの民は飢えや寒さ、
もしもザムザがいなければ、ここまで見事にロモスが復興できただろうか。傷跡の残る国を立て直すことができただろうか。魔の森に住む
「これから言うことは、一国の王としては失格、許されることではないのじゃろう。じゃがワシは、あえてそなたにこう言おう。今までありがとう、とな」
シナナの言葉を聞き、兵士達すら言葉を失っていた。
彼らもまた、ザムザの手腕に直接的・間接的に助けられた者達だった。ザムザが薬草の効率的な治療法を教えたおかげで、深い傷を受けて命を救われた同僚がいる。
「そう、かもしれない……お前は魔族で、オレたちを騙していた。でも、今日までのことで助けられたのも嘘じゃない……」
一人の兵士がそう口にしたのをきっかけに、皆が言葉少なくとも感謝を口にし始めた。皆が皆、納得しているわけではないのだろう。それでも、言わずにはいられなかった。
「馬鹿な奴らだ……オレは人間のことなど、なんとも思っていないというのに……」
そんなロモス兵達の様子を見ながら、けれどもザムザは何の痛痒も感じることはないとばかりにそう言ってのけた。瞳の端から一筋の雫を零れさせながら。
「涙……?」
誰かがそう呟く。魔族であるはずのザムザの目から溢れ出た、人間を実験材料としかみていなかったはずの男の涙に誰もが驚きを禁じ得ない。
「そういえばザムザ、あなたは自分はゴミじゃないって言っていた……もしかして……」
「多分……その涙が答えなんじゃないかしら……?」
戦闘中、ザムザが突然狂ったように暴れ、自分はゴミでは無いと否定していた。マァムはその時の様子を思いだし、何か関係があるのではないかと呟く。そしてその言葉を、チルノは間違いないとばかりに肯定する。
「姉ちゃん!?」
「チルノ、どうしたんじゃその姿は!?」
ダイたち前衛組からやや遅れて、チルノもザムザの前へと辿り着く。だが今の彼女は苦しそうな表情を浮かべ、ロモス兵の一人に肩を借りて歩いている。そんな姿を見れば、ダイでなくとも心配する。
「少しだけ、魔法力を使いすぎたみたいで……それよりも、ザムザのことよ」
エスナの連続使用で毒を打ち消し、レジストの魔法で防毒対策を施し、トルネドの魔法で竜巻を起こして見せた。短期間に連続してこれだけの魔法を使えば、息切れの一つも起こすというものだ。
けれど彼女は、何でも無いとばかりに手を振って見せ、ザムザへの言葉を続ける。
「ザムザの父親は、あのザボエラよ。アイツなら、実の息子であっても道具としてしか見ていなくても、役に立たなければゴミでしかないと言われていても、不思議じゃない。もしも、実の親からそんな扱いを受けていたら……」
それは、彼女が知る本来の歴史の知識から推察した言葉。だがチルノは、それが間違いではないと確信していた。父親に認められたいという承認欲求を持つザムザにとって、シナナとロモス兵達からの言葉は、ザボエラからのそれに代わるものとして彼の心にきっと届いたのだろうと。
特にシナナ王とは――魔族と人間という種族差のため、実年齢こそザムザの方が上であるが――親子の関係に近い。そのシナナからの言葉であれば、なおさらだろう。実の父親からずっと言われたかった言葉を耳にして、涙を流してもおかしくは無い。
「ヒヒヒ、察しがいいな……ああそうさ。俺は、父ザボエラからはっきりと言われたよ。お前は道具だ、だから自分の役に立つ道具でいろ。でなければゴミでしかないとな……」
「なんと!! ザムザ殿、そのような者が親であろうはずもない!! 今からでも遅くはない、今日の遺恨はすべて水に流し、生まれ変わったつもりでワシらと共に歩もうではないか!!」
「いいや、もう遅いさ……」
ザムザがチルノの言葉を肯定したことを聞くと、シナナは血相を変えてそう語りかける。まるで我が子の事のように心配している姿に、ザムザの口から自然と「もう遅い」という柔らかな言葉が流れ出ていた。
それはきっと、ほんの少しであっても心を許した証拠なのだろう。それと時を同じくして、彼の発した「もう遅い」という言葉の示す通り、ザムザの肉体は少しずつ崩れていく。
「これは……!!」
「これが理由さ。超魔生物となった者は、死体すら残らず黒き灰となって散る定め……だが!!」
崩れゆく肉体に驚くシナナたち。しかしザムザはそれも当然だと言わんばかりに、残った最後の力を振り絞って身体を動かし、額の飾りを強引に毟り取る。
「いけない……ッ!!」
ザムザが何をしようとしているのか、すんでの所で思い出したチルノであったが、魔力不足で疲弊した身体では反応が鈍かった。手を伸ばし、なんとか止めようとするよりも早くザムザは次の行動に移る。
「死ぬ前に、これを!! ……届け! 我が父の下へっ!!」
そう叫びながら額当てを力いっぱい放り投げる。投げると同時に転送の呪文を使ったのだろう。手で投げたとは思えないほどの速度と飛距離で、瞬く間に空へと消えていった。
「今のは……?」
「あの中にはオレの知識の全てが詰まっている。超魔生物の研究の成果もな。それを、我が父に送ったのだ……あれさえあれば、残りの研究は妖魔士団が引き継いで完成してくれる……」
「なんと……ザムザ殿! 失礼だが、先の話を聞く限り、そのようなことをしても……」
どこか満足そうにそう呟くザムザの言葉に、シナナは言いにくそうに口を開いた。けれどもザムザはその言葉を全て聞かずとも理解したように、口を開く。
「わかっているさ、そんなこと……あの父は自分以外の者すべてを道具としか見ていない。オレが死んでも、涙一つ流さないだろう……だが、あんな父でもオレの父であることに変わりはない……」
「そんな……!!」
全てを知った上で、報われぬと理解していながら、最後の行動を取る。その悲壮な想いに、傍らで聞いていたマァムはやり切れない気持ちを吐き出した。
「キヒヒヒ……小娘、どうやら貴様には散々してやられたようだが、このオレの最後の行動までは読めなかったようだな……」
まるで当てつけるかのように言うザムザの行動を見て、チルノはある仮説を思い浮かべる。
もしかしたらザムザがチルノへ敵意を向けていたのは、ダイとの間に家族の絆を見ており、それに苛ついていたからではないだろうか、というものだ。
「そうね……最後のあれは、してやられたわ……」
あの時、自分は本当にザムザの最後の行動を止められなかったのだろうか? 本来の歴史という知識を持つ彼女にとって、邪魔することは容易なことだったはず。それなのに出来なかったのは、ザムザが生きた精一杯の証を消したくなかったという気持ちがどこかにあったのではないだろうか。
だがどれだけ考えても、全ては詮無きこと。死にゆくザムザに問いただす様なことでも無ければ、改めて確認するようなことでもない。
だから彼女は、少しだけ悔しそうにそう言った。
「ク、ククク……」
「ザムザ、どの……」
次々と肉体が崩れ落ち、灰が煙のように細かくなって霧散していく。そんな光景に耐えきれず、シナナはザムザの名を呼ばずにはいられなかった。
「どうしたお人好しの王様よ? もしかして、オレの冥福でも祈るつもりか?」
「そうじゃ……もしよければ、祈らせてくれ……そして、もしもそなたさえ良ければ、来世では共に……」
「キヒヒヒ……残念だったな。超魔生物となった以上、もはや魂すら朽ち果てるだろう。こんな俺が生まれ変わる可能性など、最初っからないのさ。だから、
それを聞いてシナナは言葉を失う。
誰も人間に生まれ変わろうなどとは、一言も口にしていないのだ。それなのにザムザは人間に生まれ変わることを否定して見せた。それはきっと、彼自身が心のどこかでシナナの心に恩義を感じていた証なのだろう。
「超魔生物はいつの日か完成し、お前達を倒す……魔族がこの地上を征服する……あの世でその瞬間を見られないことだけが……こころ……の、こ……」
ついにはザムザの肉体は全て崩れて灰と化し、空へと溶けるように消えていく。その様子をこの場の誰もが無言で見つめる。その様子はまるで、ザムザへ黙祷をささげているかのようだった。
「姉ちゃん……」
「ん……?」
「ザムザを見ていたら……おれ、本当に恵まれていたんだって、そう思えたんだ……」
そんな光景の中、ダイはチルノに向けてポツリと呟いた。
親代わりのブラスに育てられ、チルノには姉として親として接してもらい、実の親であるバランとも悶着はあれども歩み寄ることができた。これが幸せでなくてなんなのだろうか。
同時に、この幸せを大切にしたい。これ以上壊したくないという決意が彼の中に固まる。
「そうね……」
チルノはダイの頭をそっと撫でていた。
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「ささ、皆の者! いつまでもしんみりした雰囲気ではおれんぞ!」
「王様……?」
つい先ほどまでのしんみりとした雰囲気を吹き飛ばすように、シナナは声を上げる。その変貌ぶりは、周囲の人間が思わず目を疑う程だ。
「ワシらはまだ生きておる。ならば、精一杯を生きねばならぬのじゃ! 違うかの?」
やり切れぬ想いを抱えているのは、シナナ王も同じであるはず――いや、ひょっとすれば彼の方が大きいかも知れない。にも関わらず、彼はこのように率先して人を導くような態度を見せた。
やはり王として人の上に立つ者である以上、このような能力も必要なのかもしれない。シナナの狙い通り、彼の言葉を聞いた面々は塞ぎ込もうとするような空気を払拭していく。
次第に活動的になっていく者達を後ろに、シナナはダイの下まで出向くと申し訳なさそうな顔をしながら言う。
「ダイよ。このような事があっては、いつまた同じ事になるかもしれぬ。覇者の剣はもはやそなたに預けていた方が安全かもしれぬな」
「えっ……?」
そう言われて、思わずダイは手にしていた覇者の剣を確認する。そこにはザムザを切り裂いたというのに刃こぼれはおろか、傷一つ付いていない刀身があった。これだけでもオリハルコンという金属がどれほどの強度を誇っているのか嫌と言うほどわかる。
「本来ならば明日、大々的に行う予定であったが……また今日の様な事が無いとも限らん。そなたらが立会人じゃ。限定的かつ簡易的ではあるが、この場で授与を行わせてもらうぞ」
「えっ、えっ!?」
武術大会の翌日、ダイへの授与式を行うはずであったのだが、もはや悠長なことは言っていられないと判断したのだろう。この場で授与式を行うと言うものの、その展開の早さにダイの頭は追いつかず、混乱したように辺りを見回すばかりだ。
「背筋を伸ばしてシャンとしていればいいから……それで構いませんよね、王様?」
「うむ。なぁに、元よりそのつもりだったのじゃから、心配することはないぞ」
弟のあまりの様子に見かねて、チルノが助け船を出す。そしてシナナもまた、チルノの言葉に頷いてそれでいいとダイに示した。それを聞いたダイは、素直に従って真摯な態度を見せる。
凄まじい力を持っていても、まだこういった部分では年相応の子供なのだとわかり、決勝進出者の面々は笑いを堪えるのに必死だったが。
シナナは仕切り直しとばかりに「ゴホン!」と一つ咳払いをしてから、朗々とした声で宣言を始めた。
「勇者ダイよ。そなたは先のロモス襲撃に続き、此度の闘技場の一件でも活躍を見せた。もはや名実ともに勇者の名を名乗るに相応しいと判断した。よってここに、ロモスの国宝たる覇者の剣を進呈しよう」
「はい! ありがとうございます!!」
「その剣を持って、どうかこの世界に平和を取り戻してくれ」
姉の言葉で何をすれば良いか直感的に理解し、少年のような素直さと勇者の如き凜々しさを兼ね備えた表情で返事をする。その様子にシナナは笑顔で頷き、周囲の兵士やゴメスら出場者たちは大いに沸き立った。
「ガハハ、伝説の剣を持った伝説の勇者様の誕生ってわけか」
「やったわね、ダイ!」
「うん……」
惜しみなく祝福の声が浴びせられるが、当のダイ本人は憂いを帯びた表情を浮かべる。探し求めていたはずのオリハルコン製の武器が手に入ったというのにだ。今の状況に余りにもそぐわない様子に、見かねてチルノが声を掛ける。
「どうしたの? 何か不満?」
「姉ちゃん……剣のことなんだけど……その、なんていうか、微妙?」
「「「微妙!?」」」
その言葉に、チルノ・マァム・シナナの三人が揃って同じ声を上げた。まさか伝説の剣を持った感想が『微妙』などとは、誰も想像しえなかった言葉だ。
「び、微妙って……どんな風に!?」
「まさか、その剣も偽物じゃったのか!?」
チルノ、シナナと矢継ぎ早にダイへ問い詰める。その物凄い剣幕にダイは目をパチクリさせながらも答える。
「ううん、この剣は本物だと思う。おれの全力の攻撃にも耐えたんだし、オリハルコン製なのは疑いようが無いよ」
「じゃあ、なんで? 何が微妙なの?」
「なんていうのかな……持った感触? 大きさが合わないっていうか、ちゃんと握れていないっていうか……」
自分の中で芽生えた違和感を上手く言葉にできないのか、ダイはしどろもどろであった。そんなダイの言い方に、一人の武人が声を上げる。
「なるほど、そういうことか」
「バロリア? お前、わかるのか?」
「ああ、当然だとも」
その主は武術大会決勝進出者の一人、旋風のごとき剣の使い手と評された騎士バロリアであった。彼はダイの言うことに我が意を得たりとばかりに頷き、ゴメスの質問にも当然だとばかりに口を開く。
「答えは簡単、その剣が勇者殿の手に合っていないのだ」
「手に合っていない?」
その言葉に何人かは首を捻るが、ある程度の人間――特にチルノは、それだけで何が原因なのかを理解する。
「人間は一人一人体格が異なれば、好みも異なる。そして店で売っている剣や鎧は、全ての人間が気に入る作りをしているわけではない。大雑把なサイズを決めてあるだけだ。サイズは大きくても小さくても、装備した者は違和感しか感じないだろう?」
「なるほど、言われてみればそうだな……」
「本来ならば鍛冶師が一人一人に合った物を作れれば最高なのだが、現実問題としてそうもいかない。覇者の剣も、同じ事が当てはまってしまったのだろう」
さすがは騎士と言ったところか、量産品と特注品を例に出して説明してみせる。その言葉を聞いてチルノは頷いた。
「多分それで正解だと思います。ダイは子供の頃から、握りの大きさや刀身の長さ、重心の位置なんかを細かく調整した物を使っていましたから」
「なんと、子供の頃から特注品とは……」
その言葉にバロリアは驚いて唸り声を上げるが、これはダイが特別なだけだ。
チルノの持つ特異な能力のおかげで、ダイが使う武器は常に彼専用に調整されていた。それこそダイの腕の長さ・指の長さ・握りの強さ・感覚的に好む刀身の長さ・重心の位置などなど、数々の情報を熟知しているチルノが作り上げている。
言うなれば常に手に馴染む武器こそが彼の基準であり、今回の覇者の剣のように未調整の武器を振るって戦った経験は殆どなかった。今まではそれが有利に働いていたが、どうやらここに来て足を引っ張ることとなった。
「ガハハハ! 伝説の剣を前にして微妙と来たか!! さすがは勇者殿だ、オレたちとは器が違うな!!」
「いやいや、笑い事ではないぞ。手に馴染まなければ、実力を発揮しにくい。極限の戦いになればなるほど、そういった細かな要因が勝敗を左右することになるのだから」
笑い飛ばすゴメスであったが、バロリアは至極真っ当な意見を口にする。続いてマァムがバロリアへと尋ねた。
「ねぇ、普通の戦士はそう言う場合にどうするの?」
「普通ならば、身体を剣の方に合わせる――つまり、その剣を振るっても違和感が無くなるくらいに、その剣の特徴を徹底的に自分に覚え込ませるのだ」
「なるほどのぉ……じゃが、出来ればダイの納得する物を渡してやりたい。手に合わなければきちんと直して渡してやりたい。そう思うのは、ワシのワガママじゃろうか……?」
シナナのその言葉も分からなくは無い。出来るのであれば最高の品物を渡してやりたいという気持ちは、大なり小なり誰にでもあるだろう。だがその気持ちも、今回ばかりは相手が悪すぎる。
「姉ちゃん、直せる……?」
覇者の剣を手に、不安そうに姉を見つめるダイだったが、チルノはその視線を受けながら首を横に振る。
「オリハルコンでしょう……? さすがに無理よ。こればっかりは、ちゃんとした鍛冶屋に頼まないと無理でしょうね」
「でも、オリハルコンを打ち直せるような腕を持った職人でしょう? そんな人がそう簡単に見つかるかしら?」
チルノの言葉にマァムが更に続く。
神の金属と呼ばれるオリハルコンは、現存することすら珍しい。ましてやそれを加工出来るほどの腕を持った鍛冶師となれば、果たしてどうやって見つければ良いのやら。どんよりと落ち込んだ気持ちをダイたちは見せる。
「伝説の武器を打ち直すには、伝説の職人が必要ということか……」
誰かの絶望的な呟きが聞こえてくる。
だがこれも、チルノの知る本来の歴史には該当する人物が一人だけいる。今ここでその人物の情報を言うのは簡単だが、はてさて一体どうやって切り出せばよいだろうか。悩むチルノであったが、助けは意外なところから現れた。
「いや、もしかすると可能性はあるかもしれん」
「ええっ!?」
それはシナナの声だった。彼の力強い声に、落ち込みかけていた全員の顔がパァッと明るくなる。
「偽物の覇者の剣の制作を依頼した鍛冶師……あれならば、もしかするかもしれん」
「それって、一体どこの誰なんですか!?」
思いもよらぬ救いの声にダイはシナナへと詰め寄っていき、対するシナナはダイへ向けて正面から向かい合う。
「うむ、あれは……誰じゃったかのぉ……」
シリアスな顔でそう言い放つと、ダイたち全員ががっくりと肩を落とす。これがコメディであれば、全員がずっこけていたことだろう。
「王様~……」
「すまぬすまぬ、すぐに調べさせるから、少々待ってくれたまえ」
少々茶目っ気が過ぎたかと謝罪の言葉を口にするシナナであったが、チルノだけは違っていた。真面目な顔で押し黙り、やがて意を決してゆっくりと口を開く。
「……ひょっとして、ランカークス村の鍛冶師ですか?」
「ん……? おお、そうじゃ! その名前じゃよ!! そんな名前の村だったはず! 少々田舎の村ではあるが、腕の立つ鍛冶師がいると一部では評判らしくての……」
恐る恐る尋ねた名前であったが、どうやら正解だったらしい。シナナは疑問が氷解したとばかりに饒舌となるが、チルノの方はそれを聞いているほどの余裕はなかった。
――まさか、こうやって繋がるなんて……
心の中でそう天を仰ぐ。
ランカークス村。それは彼女が知る本来の歴史にて、ダイがオリハルコン製の武器を作って貰うために向かった場所である。そこにいた
とても頼れる相手のため、どうにかして接触を図れないものかと思っていたところへ、渡りに舟とばかりに情報が飛び込んできた。
「――しかし、よく知っておったのぉ」
「え?」
「村の名前じゃよ。各国の主要都市でも無い場所の上、昨晩聞いた話の中にも出てこなかったからの」
「……いえ。ポップの故郷の名前なんです。彼が武器屋の息子だと前に聞いたことがあって、まさかと思って言ってみたのですが」
「おお、ポップか! おしいのぉ、あの子もここにおれば、まるでかつての再現のようじゃったのだが……」
ランカークス村という単語が出てくることを不思議に思ったシナナの言葉に、チルノは咄嗟に「昔聞いたことがある」とばかりに言ってみせる。ポップの名を聞いたシナナは、以前のロモス襲撃事件を思い出したように懐かしい目を浮かべて、それ以上追求されることは無かった。
「あの、でもいいんですか王様?」
「何がじゃ?」
「覇者の剣のことです。剣が手に合わないのって、おれのワガママなのに……迷惑なんじゃないかなって……」
「なんじゃ、そんなことか」
本当に問題ないのかと不安そうに尋ねるダイに向けて、シナナはドンと胸を張って答える。
「勿論良いぞ。それが世界平和に繋がるのであれば、何が迷惑なものであろうか」
かつての国宝と呼べる物を作り替える、その言葉に何ら躊躇うことなく許可を出すその姿はなんとも心強い物があった。その姿を見たチルノは、恐る恐ると口を挟む。
「……では迷惑ついてで、もう一つ良いでしょうか?」
「ほほほ、今度はチルノか? 一体なんじゃ?」
「覇者の剣を打ち直す時に、材料が足りなくなるかもしれません。その時は、私が持っている覇者の冠を提供しても良いでしょうか?」
本来の歴史では、覇者の剣はザムザによって偽物とすり替えられており、覇者の冠を剣に打ち直していた。同じような事がこの世界でも起きないとも限らないと考えた彼女は、この時点で覇者の冠にも手を加える許可を取ろうとしていた。
「ああ、それについても何も問題はないぞ。以前も言ったかも知れんが、それらはもはやそなた達に渡した物じゃ。追加の素材として使うもよし、いっそチルノ用の武器に作り直すのもよし、遠慮無く使ってくれ」
チルノのその言葉にもシナナは躊躇せずに許可を出す。
「その代わり、必ずやこの世界を平和へと導いてくれ」
だが許可の言葉に続いて、絶対に破ることの許されない約定を口にする。それは今の状況が、世界の危機を救うためだからこそ許されたということでもあった。シナナの言葉にダイとチルノは強く頷く。
「はい、もちろんです!」
「ここまでしていただいたのですから、必ず」
元より二人とも――いや、この場にいる誰もが同じ気持ちなのだろう。姉弟の言葉にシナナはその言葉を待っていたと言わんばかりに笑顔を浮かべる。
「うむ、期待しておるぞ。さて、皆の者も今日は疲れたであろう? 決勝に進出した全員を含めて、王宮へ……」
――泊まるとよい。
シナナがそう言おうとしたところで、闘技場の外から「わぁっ!!」と大きな歓声が聞こえてきた。続いて聞こえてくるのは、地響きのような音と振動。それが大勢が移動しているから起きているのだと気づくのに数秒の時間を要した。
「おお、やっぱりだ!」
「勇者様!!」
「勇者様の勝利を我々にもお祝いさせてください」
「せめて一言、祝いの言葉を!!」
そうやって口々にダイたちの勝利を祝う言葉を投げながら、多くの人が集まってきた。それも今見える範囲だけでなく、奥の方を見れば更に人が続いているのが確認できる。
「これは……一体どうしたことじゃ?」
「申し訳ありません王様! 避難していた観客たちが、勇者様の勝利をどこからか聞きつけて……我々だけでは止められませんでした」
一人の兵士が、精根尽き果てた様子でそう答える。どうやら彼はこの大群衆をなんとか止めようと奮闘していたらしい。とはいえ、彼らがダイの勝利を知ったのは兵士たちのやりとりから推測したものであり、加えて兵士への直談判にきっぱりとした態度で断ることができなかったがために、このような状況になっているのだが。
「ふむ、なるほどわかった。後はワシに任せるがよい」
兵士の言葉にシナナはそう言うと、良く通る威厳を保った声で告げる。
「皆の者! そなたらの考え通り、勇者ダイとその仲間たちは見事勝利した。勇者の勝利に駆けつけてくれたことは誠に喜ばしい!」
「おおっ! 王様!!」
「やはり勇者様たちが勝ったのですね!!」
王の言葉に群衆は大喜びでダイを見つめる。一斉に向けられる無数の視線にダイは思わずたじろぎかけた。
「しっかりして」
「姉ちゃん、でも……」
「ほら、覇者の剣でも掲げて見せてあげなさいな」
こういう場合のよくある姿だと思い、チルノはそう助言すれば、姉の言葉に素直に従いダイは覇者の剣を片手で高々と掲げて見せた。その姿に、民衆たちからは歓喜の声が上がる。
「見ての通り、勇者ダイには我が国の宝である覇者の剣を授けた。この剣を持って、ダイは敵を倒したのじゃ……だがそのダイよりも、此度の戦いで活躍した小さな勇者がここにはおる」
「え?」
「へ……?」
このままダイの活躍を言うのかと思えば、シナナはその予想を裏切る言い回しを始めた。虚を突かれ、ダイたちは少し間の抜けた声を漏らしてしまう。
「それこそがそこにおる、おおねずみ――名を、怪傑おおねずみと言う。彼からは、我々一人一人が持たねばならぬ心構えを改めて教えられた。彼がいなければ、勇者達は負けておったかもしれん!」
「え……ええええっっ!?!?」
突如として指名されたことにチウは思わず悲鳴を上げ、目を白黒させてシナナと民衆とを忙しなく見比べる。それは集まった人々も同じだ。布きれを纏った大ねずみが勇者よりも活躍したと言われて素直に「はいそうですか」と信じろというのは無理な話だ。
「ああ、間違いないぜ」
「彼がいなければ、我々はきっと全滅していただろうな」
だがその流れを後押しする者達がいた。ゴメス達がそう口にすれば、スタングルたちはその通りとばかりに頷く。真面目な表情をしているが、隠しきれず口の端が微かに歪んでいる。
けれど幸運にもその微かな歪みは人々の目には届かず、逆に決勝進出者たちが口を揃えたことでようやく信憑性を増した。
皆が皆、そろってチウを見つめている。
「ちょ、ちょっと王様……!?」
「あいにくとダイは今日の戦いで疲れており、また世界の平和のために明日早くロモスを立たねばならぬ。もしもダイの活躍を聞きたければ、彼に聞くとよかろう」
その言葉が切っ掛けとなったように、人々はこぞってチウの所へ殺到していく。その隙を狙って、シナナはダイたちを伴って退散する。
「いいのかな……?」
「ふぉっふぉっふぉっ、こういうのも英雄の勤めじゃよ。それに、ワシは嘘は言っておらんぞ」
確かに嘘は言っていない。チウの言葉が皆を奮い立たせたのは事実である。だがどう考えても、やっかいごとを押しつけたとしか見えない。どうやらロモス王は中々したたかな面もあるようだ。
「いいんでしょうか、アレは?」
「うーん……まあ、何事も経験かな?」
マァムの言葉に
色々と忙しくって……
今回から多分ペースはおそらく戻る……ったらいいなぁ……
・ザムザさん
ロモスのために頑張った結果、王様から気に入られていたようです。ザボエラ相手に全然報われなかった彼ですから、このくらいは良いんじゃないかと。
・ダイ君、伝説の剣に文句を言うの図。
なんて贅沢なんだ。でも考えてくださいな。伝説の装備が手に入っても、それが自分にジャストフィットするとは限らない。ゲームで言うなら必要パラメータが足りないって感じでしょうか?
(DQ5で息子勇者のサイズに天空装備が自動調節をしてくれましたがアレは例外で。
え、ベンガーナで買った騎士の鎧? あれはギャグパートだからいいの!)