隣のほうから来ました   作:にせラビア

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LEVEL:67 あの時歴史が動いていた

「――ノ……聞いてるチルノ?」

「……え、あっ……!」

 

レオナの声にチルノは、思考の海に沈み掛けていた意識を取り戻した。見ればレオナと男は揃ってチルノのことを心配そうな表情で見つめている。

 

「す、すみません! 私ったら……!!」

 

それに気付き、彼女は大慌てで頭を下げた。

なにしろ対話の最中にこのような状態を見せるなど失態以外の何物でもないのだ。ましてや相手はレオナが紹介したいと言っていた相手である。加えて現在パプニカ王城の一室に逗留していることを鑑みるに、世界会議(サミット)の参加者の一人だろうと推察できる。

そんな相手の前で取るべき態度ではなかった。ヘタをすればチルノ一人だけではなく、レオナにまで飛び火しかねない。そう判断しての行動だ。

 

「いやいや、お気になさらずに。名高い勇者パーティの一人とはいえ、まだ少女……たしか、レオナ姫とそう変わらぬ年齢だと聞いています。驚かれても無理もないでしょう」

 

だが相手の男は、不器用ではあるが穏やかな微笑みを浮かべていた。どうやら言動から察するに、チルノの行動について特に問題視するつもりはないようだ。器が大きいのか、それとも無頓着なだけなのか。

とあれ男は、チルノへと向き直る。

 

「改めて、名乗らせていただきます。自分の名はホルキンス、カール王国騎士団長を務めていました」

「ホルキンス……? カール王国の……??」

 

ホルキンスと名乗る男の言葉を聞き、チルノはその言葉を理解するのに時間が掛かった。自分の脳に改めて叩き込むように、オウム返しに口にする。それから更に数秒の間を置いて――

 

「ええっ!!」

 

ようやく全てを理解し終えた。

その時にはもはや驚きの声を上げる事しかできなかった。そんなチルノの様子を見ながら、レオナは良い物を見た、とでも言わんばかりの表情を見せる。

 

「驚くにしても遅すぎでしょ」

「え……だって……」

「でも、チルノの気持ちもわからなくはないわ。あたしも知った時は驚いたもの」

 

レオナの中では、どちらかと言えばチルノに対するイメージは冷静な方だった。その彼女がこうも取り乱している姿を見るのは、とても珍しいことだった。

予備知識なしで連れてこられれば、親友の少女もこのような反応を見せるのだと感心すると同時、その知識量にレオナは小さくうめき声を上げる。

 

「それにしても、その反応から見るにホルキンス団長のことも知っていたのね」

「多少は名が通っている自覚はありましたが、まさかご存じでしたとは。驚きましたよ」

「ええ、それは勿論……有名ですから……」

 

彼女のこれまでの出自と行動を振り返るに、一体どこでホルキンスの名を知る機会があったのかは分からない。事実、レオナも知らぬとばかり思っていたのだ。だが、チルノの反応から判断するに既知としか思えない。そのことに二人は驚く。

だが、チルノは苦笑いを浮かべるのが精一杯だった。

 

――カール王国騎士団長ホルキンス。

彼は、隣国でもその名を知らぬ者はいないと評される程の英雄である。そもそもカール王国はかつての勇者アバンやマァムの父ロカの出身国でもあり、その騎士団は大陸最強と呼ばれている。ましてやその騎士団の団長を務めるとなれば、彼の腕前はカール王国最強――この世界全体で見ても上位と言って差し支えないだろう。

 

だがそんな彼は、本来の歴史においては超竜軍団がカールへと攻め込んだ際に、バランの手によって倒されていた。そのため、本来ならばこの場にはいない筈の男である。

 

本来の歴史という情報を知るチルノからすれば、出会えること自体があり得ない事だった。絶句し、言葉を絞り出すことすら困難になるのも仕方ないだろう。

 

「あ! じゃあ……まさか……」

 

本来の歴史ではカール王国の人間は世界会議(サミット)には不参加だった。生存者を見つけられなかったからだ。だが死んでいる筈の男が生きており、世界会議(サミット)の場に存在している。

これはこの集まりにカール側も積極的だということに他ならない。となればだ。

彼女の脳裏にはまるで連想ゲームのようにある人物の存在が浮かび上がり、キョロキョロと視線を動かし始めた。

 

「ふふふ、そりゃ気付くわよね」

「ええ、おそらくそのまさかですよ」

 

チルノの行動から彼女が何を気付いたのかを二人は察していた。レオナはチルノに落ち着くように言い、そしてホルキンスは室内のある扉――部屋の出入り口ではなく隣室へと続くものだ――の奥へと一端姿を消し、だがすぐに戻ってきた。

 

そこに、一人の女性を連れて。

 

「初めまして、チルノさん……いえ、チルノと呼ばせていただきますね」

「フローラ……様……」

 

予想通りの人物の登場にチルノは息を呑んだ。

 

 

 

「し、失礼しました。お初にお目に掛かります、チルノと申します」

 

驚き動きが止まっていたのは、時間にしてほんの一秒程度だった。予め予想が出来ていたのが幸いしたのだろう。チルノは同じ轍は踏まないとばかりに、慌てて名乗り頭を下げる。

 

「ええ、ご丁寧な挨拶をどうも。そちらは私のことをご存じなようですが、名乗らせてもらいますね。カール王国の女王フローラです。ですが、今や私は亡国の女王……不必要な気遣いは不要ですよ」

「ありがとうございます」

 

チルノの挨拶に対して、フローラは丁寧な礼儀作法で応える。栗色の短い髪が僅かに揺れ、物腰には優雅さすら漂っている。まさに大人の女性と言った風体だ。

 

――カール王国女王フローラ。

先の魔王ハドラーの地上侵攻の折り、病床に伏せっていた父親に代わりカール騎士団を率いて対抗していた女性だ。ハドラー対抗勢力の中では最も強大であり、その障害を排除すべくハドラー自ら狙ったことからも、その能力は明らかだ。

その後、アバンがハドラーを打倒後には彼女は正式に王位を継いで女王となる。各国の指導者たちと比べれば若いものの、確固たる実績に裏打ちされた指導力を持っている。

そして同じ国を統べる者として、レオナが彼女を強く尊敬していたりする。

 

だが彼女が姿を見せるのは、本来の歴史ではまだ先のことだった。

ダイたちが大魔王へと挑むものの、そのあまりに強大な力に敗北を喫する。自信も希望をも失い掛けたときに現れ、まるでアバンの代わりのようにダイたちをまとめ上げて反撃の体勢を整えてくれたのだ。

 

それを知っているからこそ、チルノはフローラがこの場にいることが驚きで仕方がない。むしろ「出番はまだ先ですよ」と言わなかったことを褒めてやりたいくらいだろう。

 

「ふふふ、私達がこの場にいるのがそんなに驚きかしら?」

「……はい。率直に言って」

 

そんな心情を読み取ったかのようなフローラの言葉に、チルノは失礼な言い方になると承知で頷いた。

 

「カール王国は、超竜軍団によって滅ぼされたと聞きました。現に、同じ軍団に攻め込まれた城塞都市リンガイアは王は行方不明。バウスン将軍をお助けするのが精一杯だったと聞いています……」

「ちょっとチルノ!?」

 

慌ててレオナが口を挟み、彼女を諫めようとする。

それも無理もないことだろう。今の言い方は端的に言ってしまえば「同じ軍団に攻め込まれたのに、片方の国は指導者が不在。なのにどうしてあなたたちは生き残っているのですか? 国を見捨てて早々に逃げたのではありませんか?」と尋ねているようなものだ。

直接言葉にはしていないものの、言葉の裏にはそのような意味が込められている。

 

実際、その言葉を聞いたフローラとホルキンスは沈痛な表情を見せる。

 

「そうですね……知っていれば、誰もがそう思うでしょう。ちょうど良い機会です。レオナ姫、貴方も聞いてください。カール王国がなぜ滅んだのかを」

 

だがフローラは無念の感情を飲み込んで、語り始めた。その口ぶりから、今まで誰にも語ったことの無い内容なのだろう。

 

「確かに我がカール王国はドラゴン軍団に襲われました。その勢いは苛烈であり、ドラゴン種族そのものの強さもあって苦戦を強いられました。また、よほど用兵に長けた人物が指揮を取っていたのでしょう。騎士団の中には竜を倒しうる実力者もいましたが、それらを嘲笑うかのような巧みな戦術を駆使してきました」

「実際、自分も竜は何頭も倒しました。だがそれ以上に敵は狡猾であり、我々は戦線を維持するのにも手一杯でした。まるで、我々の弱点を的確に看破されていたかのような印象を受けました」

 

女王の言葉を補足するように、ホルキンスが口を挟む。その言葉は、前線に立っていた者の言葉であり、何よりも信憑性がある。

そしてその内容はチルノの知る本来の歴史と照らし合わせても、おかしな点はなかった。なにしろ本来の歴史では、魔影軍団が苦戦していたカール王国をバランは僅か五日で壊滅させたのだ。そこには、竜が本来持つ強さに加えてバランの指揮能力が関係しているだろうことは想像に難くない。

 

「ですが、ある時を境に敵の攻め手が緩くなりました。突然、本能のままに襲いかかるようや粗暴な攻撃へと変わったのです」

「え……?」

 

だがここからチルノの認識と齟齬が生まれる。思わず口から言葉が漏れてしまったが、フローラは気にすることはなかった。

 

「敵に何があったのかはわかりません。ですが、私達はこれを最大の好機だと考えました。最初のような攻勢が続いていれば国は数日で滅び、私もこの場にはいなかったでしょう。ならば、たとえこれが敵の罠だったとしても賭けるしかない。私達はそう判断しました」

 

そういう彼女の表情は屈辱を耐え忍んでいるかのようだった。何しろ、真っ当に戦ったのでは勝てぬと判断した上で、敵に原因不明の混乱が生じている隙に逃げるという選択肢を選ばねばならなかったのだから。

 

「屈辱、でした……ですが、戦況を比較できたからこそ否応なく理解させられました。それに、リンガイアがドラゴン軍団に滅ぼされていたのは我々も聞き及んでいましたから」

「そういった情報を集めていたからこそ、私達は悟りました。このままでは勝てない、と。それに、もしも超竜軍団に勝利できたとしても、その後が続きません。カール一国だけでは遠からず息切れするでしょう。だから、私達は撤退することを選びました。勝てぬ戦いに全てを賭けるのではなく、一時の恥辱に耐えてでも、この世界に生きる全ての人々で協力して立ち向かおうと」

 

納得した上での敗北。そして力をまとめ上げての再戦を誓ったがための屈辱の敗北だった。だがそうは言うものの、やはりどこかに忸怩たる思いがあるのだろう。特にホルキンスは、あの場で自分が残って戦っていれば勝てたかも知れない。というもしもを強く意識せずにはいられないようだ。

ましてや彼は、本来の歴史においては――戦いを見ていた彼の弟の主観が入った評価とはいえ――剣ではバランと互角の戦いを繰り広げる程の戦士である。

 

「それでも少なくない人々が犠牲になりました……撤退を悟られぬよう、残って最後まで抵抗する役割を受け入れてくれた兵士たち。そして戦火に巻き込まれた国民の皆……その犠牲を無駄にするわけにはいきません」

 

戦いを続けるにせよ、退くにせよ、どちらにしても多くの血は流れる。フローラは為政者としてその血を無駄にすることなく戦うことを誓っているのだろう。そうしなければ、多くの人々に顔向けできないだろうから。

 

「これが、私が選んだ道です」

「ありがとう……ございます……」

 

話を聞き終えたチルノは、そう言葉を絞り出すと深く頭を下げる。

 

「フローラ様の決意も知らずに失礼な言い方をしてしまい、申し訳ございませんでした」

「いえいえ構いません。むしろはっきりと聞いてくれて感謝しているくらいですよ」

 

誰もが気遣うために聞きにくいことであり、そしてフローラの方からも言いにくいことだったため、その言葉通り忌憚なく問われたことが逆に心地よくすら彼女は思っていた。

どちらにせよ世界会議(サミット)に参加する以上は、同じようなことを各国代表の前で話すことになるのだ。そのための予行演習だったと考えれば良いだろう。

 

「貴重な言葉をありがとうございます……しかし、どうして超竜軍団は動きが鈍ったのでしょう?」

「それは私達もわかりません」

 

レオナもまた同じく、国を預かる者としてのフローラの決意と態度に感銘を受けていた。だが、ただ一つだけ気になっていたことがつい口に出てしまった。

なにしろ超竜軍団に関わっていたのだから、その原因が気になるのも仕方ない。レオナはこの中で最も詳しそうな親友へと矛先を向ける。

 

「チルノはどう? 何か思い当たることはない?」

「うーん……ごめんなさい、特には……」

 

それはレオナに問われるでもなく、チルノも考えていたことだった。本来の歴史の時系列を思い出しながら、可能性のあるであろう何かを探る。

 

なお、正解だが――フレイザードを本来の歴史よりも早く倒したため、カールへと向かったバランは攻撃を開始した少し後に、鬼岩城へとトンボ返りをさせられていた。そして鬼岩城に乗って移動し、新たな魔王軍の本拠地へと向かうまでの間は足止めさせられざるを得なかった。

つまり、バランの不在であったその期間だけは、カール攻略の手が鈍っていたのだ。

 

注意深く推察を重ねれば決してたどり着けない結論ではないのだが、チルノが思いつくことはなかった。言うなればこれは、彼女の行動が実を結び歴史を変えた大きな成果の一つなのだが、その事実に気付くことはなかった。

 

「わからないことをいつまでも詮索していてもしかたありません。今は、目の前に差し迫った問題に注力すべきでしょう」

世界会議(サミット)について、ですね」

「ええ」

 

レオナの言葉に、フローラは頷いた。

 

「実は、レオナ姫の提案は渡りに舟でした。我々も似たようなことを考えてはいましたが、三賢者からのお話を聞いて考えを変えました。魔王軍から国を奪い返したパプニカの方が国民の支持も高いでしょうから」

 

本来の歴史でもフローラは、魔王軍に対するレジスタンスを結成して徹底抗戦の姿勢を見せていた。ならば同じような事を考えていたとしても不思議ではないだろう。

世界会議(サミット)を発案したことについて褒められ、国を奪還したということを評価されたことでレオナは頬を赤らめる。

 

「ですがそれも、人々が一つにならねば意味がありません。この会議はなんとしてでも成功させねば」

 

真剣な表情を見せるフローラに、レオナは追従するように頷いて見せた。会議に参加する者同士、強い決意を新たにする。かと思えば続いてチルノへと視線を向ける。

 

「そして、仮に人々が団結したとして……この戦いの中心になるのは、アバンの教え子であるあなたたちになるでしょうね」

「あのフローラ様、私は……」

「ええ、レオナ姫から聞いていますよ。教え子のなかで、あなただけはきちんとした修行を受けていないことも。それに、アバンが既に亡くなっていることも」

「そうなんです。卒業の証も持っていない私では……」

「ですが、アバンが間違った人間を選ぶとは思えません。チルノ、あなたはアバンに師事する前から非凡な才能を発揮していたと聞いています。アバンに教わったダイが今や勇者として活躍しているのですから、あなたにもその力はあるはずですよ。その先見を信じて、尋ねます」

 

自分はアバンの使徒ではない。そう言おうとするチルノであったが、既にそういった一通りのことはレオナから聞いているようだ。彼女はアバンは命を落としたと思っている。だがそれでも、アバンのことをどこまでも信じているのだろう。そしてアバンの忘れ形見とでも言うべき教え子のことも。

 

「……私たちは魔王軍に勝利することが出来ると思いますか? あなたの率直な意見を聞きたいのです」

「私の意見で、よいのですか……?」

「かまいません。今、魔王軍と最も激戦を繰り広げているのはあなたたちです。その当事者の意見を聞きたいのですから」

 

チルノはレオナが何故ここに自分を連れてきたのか、その理由を朧気にだが理解する。彼女は紹介すると言っていた。なるほど確かに、フローラがアバンの生徒を見たかったという気持ちもあるのだろう。

だがそれとは別に、世界会議(サミット)にも影響するはずだ。

パプニカは開催国ではあるものの、国力や影響力などを考慮すれば本来ならばカールやリンガイア、ベンガーナと言った大国が音頭を取るべきだろう。

現に彼女は「似たようなことを考えていた」と言っていた。ならばフローラ本人が先頭に立つこともあり得るだろう。それが悪いことではないだろう。

ただ、ここで下手なことを口にすれば、パプニカの発言力が下がる。それは早い話がレオナに迷惑が掛かるということだ。

 

――つまりこれは、試されてる……?

 

そこまで考えると、少々卑怯な手を使うことをチルノは決意して口を開いた。

 

「そう、ですね……まず、必ず勝てる。とは口が裂けても言えません」

「それはどうしてかしら?」

「簡単です。必勝を約束されれば、人は自分でも知らないうちにどこかで心が緩みます。その緩みは人から必死さを奪います。それでは勝てる戦いも勝てないでしょう」

「なるほど……」

 

フローラがほんの少しだけ顔を顰めたような気がする。だがチルノはそれを見ながら不敵に笑う。

 

「でも、聞きたいのはそんな精神論ではないのでしょう?」

 

そう切り返すと、フローラの口元が微かに歪んだ。

 

――食いついた。

 

そう確信しながら、チルノは更に続ける。

 

「はっきり言います。勝率は限りなく低いでしょうね」

「ふふ……どうしてそう思うのかしら?」

「敵は――大魔王バーンは魔界の神とまで呼ばれるほどの超魔力を持っています。それは人間では想像もつかないほど強力です。たとえ人間が一つになったとしても、勝利する手立てなんて皆無に等しいでしょうから」

 

事実、バーンの力は強大だ。彼が本気を出せば、魔王軍など必要ない。効率を無視すれば、バーンとその側近だけで地上の生物を殺すことができるだろう。

そんなことはフローラとて理解しているはずだ。何しろバーンは超竜軍団の上に位置しているのだ。ならば圧倒的な力を有していることくらいは容易に想像がつくはずだ。

 

「なるほど。では、未来の賢者としては黙って滅ぼされろということかしら? それとも、他に何か考えがおあり?」

「ええ。簡単なことですよ。私達にできることは一つだけです」

 

――ここだ!

 

チルノは躊躇うことなく、ズルい言い方をする。

 

「ジタバタすることしかできないのだから、諦めずに全力でジタバタしましょう」

 

本来の歴史にて、まだカールの騎士団に所属していた頃のアバンが言った台詞である。ハドラーを相手に戦っていけるか不安がる人々の迷いを払拭させ、笑顔にしてみせた渾身の一言だ。

 

「チ、チルノ……?」

 

だがどうやらチルノには、アバンほどの器量はなかったのかもしれない。レオナは珍しい事を言ったためか不安そうに彼女を見つめ、フローラはホルキンスと共に訝しげな目で見つめている。

 

「それは、アバンから聞いたのですか?」

「……いえ。そもそも私はダイのような修行を受けていませんから」

 

ある意味ダイの修行よりも過酷だった。よって嘘ではない。

それにアバンから聞いたのでもない。知識として知っていただけだ。よってこれも嘘ではない。

 

「ですが、決して諦めず最後まで信じること。それは学んだつもりです」

 

これだけは真実だ。

ハドラーに立ち向かうその姿から。自分の秘密を話したときの言葉から。そして彼女が今まで知識として知っていたアバンの使徒の姿から。彼女は学んだつもりだ。

 

「ふふふ……懐かしい」

 

チルノの言葉を聞き、何かを待つかのようにフローラはジッと黙っていた。

だがやがて柔らかな笑みを浮かべた。レオナのように声を出して笑うのではなく、あくまで上品な雰囲気のその姿は、少女と女性の明確な差を見せているかのようだ。遠い昔を思い出し懐かしむように目を細めながら、フローラは口を開く。

 

「その言葉は、かつて私たちがハドラーの対策に悩んでいた頃にアバンが投げかけた言葉と同じなのです」

「えっ……!?」

「やはり、あなたもアバンの教え子なのですね。絶望的だと理解しても、それでも弱音を吐くことなく前に進もうとしている」

 

レオナはその言葉に驚いていたが、フローラはチルノの答えを聞いて満足そうな表情を浮かべている。

 

「あなたと出会うことが出来て良かった。そして、今度は勇者ダイに出会えるその時を心待ちにさせてもらいましょう」

「ええ。私よりもずっと良い――本当のアバンの使徒の姿を見られると思います」

 

どうやらフローラの試験は突破できたようだ。チルノは心の中で安堵の息を吐いた。

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 

「お久しぶりです、フォルケン王」

 

フローラと別れた後、チルノは当初の予定通りにテラン王の滞在する部屋を訪れていた。テラン王フォルケンは以前出会ったときと変わらず身体の調子は悪いようで、ベッドから身体を起こした状態でチルノと面会している。

 

「ああ、数日ぶりじゃな」

「お身体の調子はいかがでしょう……?」

「あまり良いとは言えんが、レオナ姫にハッパをかけられてな。この年寄りの知識が少しでも世界の役に立つならと思い、無理をして出てきたのだよ」

 

声色はテランで会ったときよりも、気のせいか幾分張りがあるようにも感じられる。どうやら気張って外に出たことが多少なりとも良い方向に向いたのか、それともレオナの言葉に彼もまた感化させられたのだろうか。

 

「して、本日は何の用かな?」

「はい、王様の知識のお力をお借りしたく……」

 

そう前置きをしてから、チルノは何があったのかを話し始めた。

本来の歴史では、フォルケンは覇者の剣以外にオリハルコン製の剣、ないしはそれに並ぶほどの強度を持った武器を知らないかと問われている。

それと比べて今回は、オリハルコンを打ち直せるような腕を持った鍛冶師を知らないかという問いだ。

人と武器、果たしてどちらが答えやすいかは人によるだろうが……

 

「なるほど、(ドラゴン)の騎士様は覇者の剣が手に入っても一苦労というわけか」

「ええ……そんな鍛冶師はご存じでしょうか……?」

 

その言葉に、フォルケンは渋面を作る。

 

「頼ってきたところをすまぬが、ワシではあまり力になれぬだろう。伝承などであれば大抵のことは答えられよう。だが腕の良い鍛冶師となれば、現在の情報が求められる。そういった知識には疎くての……流通の活発なベンガーナ王などの方が詳しいかもしれん」

 

フォルケンにとっては、答えにくい質問であったようだ。俗な例えをすれば、考古学者に昨今の芸能事情を聞くようなものだ。畑違いにもほどがある。人口も少なく小さな国であるテランよりも、人も物も活発に流れていたベンガーナの方がそういった情報は多く入ってくるのも道理である。

だが頼られた者の意地か、フォルケンは記憶の奥底から関係しそうな事柄を一つ思い出していた。

 

「そういえばベンガーナで思い出したが、あれはもう二十年程は前の事だったか……王宮随一の腕前を持ちながら問題を起こしてやめた鍛冶屋がいたと聞いたことがあったな。その者に頼ればもしかするかもしれん」

「あー……」

 

名案を思い出したのだろうが、チルノの反応は冷めたものだった。何を隠そうその鍛冶屋というのはポップの父親その人であり、ダイたちが現在向かっているところである。

 

「貴重なご意見ありがとうございます。ですが、申しあげにくいのですが……それはおそらく、今ダイたちが向かっていますので……」

「なんと、そうであったか……」

 

非常に言いにくそうに口を開くと、フォルケンは驚いた顔を見せる。とはいえ、こういった知識には疎いと自ら公言していたのだ。落胆した様子はないようだ。

 

「ならば、あとはワシでは力になれぬな。別の者に頼るとするか」

 

そう言うとフォルケンは近くにいた兵士へと声を掛ける。

 

「あの二人を呼びなさい」

「はいっ」

 

兵士は王の命令に従って別室へと歩いて行く。

 

「あの二人って、ひょっとしてナバラさんとメルルですか?」

「うむ、察しが良いな。その通りだよ」

 

――やっぱり来ているのね。

 

本来の歴史と同じく、あの二人がパプニカに来ていることを知ってチルノは少しだけ安堵した。

 

やがて部屋に戻ってきた兵士に連れられて、メルルたちが姿を見せる。

 

「チルノさん、お久しぶりです」

 

顔を見せるなり、メルルは嬉しそうな顔を見せる。心なしか言動もハキハキとしており、当初漂っていた物静かな少女というイメージはあまり感じられなくなっている。

 

「ナバラさん、メルル。その節はお世話になりました」

「いやなに、たいしたことはしとらんさ。それよりも王様、あたしらに何か用があると聞きましたが」

「ああ、そのことだが……」

 

そう言ってフォルケンは、ナバラたちへオリハルコンを鍛え直す事が出来るほどの腕を持つ鍛冶屋の場所を占って欲しいということを端的に伝える。

 

「なるほどね。そういうことだったら、あたしよりもメルルの方がいいでしょう――メルルや」

「はい、おばあさま」

「さっそく占っておやり……と言いたいところじゃが、チルノや。まだ時間はあるかい?」

「え、時間ですか……?」

 

このまま占いが始まるのだろうとタカをくくっていただけに、ナバラのその言葉にチルノは驚かされる。ナバラは聞き返された言葉に頷き、その理由を口にした。

 

「ああ。その鍛冶屋の場所を一番知りたいのはダイなんだろう? だったらあんたを占うよりも、ダイ本人を占った方が精度はぐっと高くなるのさ。占いってのはそういうものなんだよ」

「なるほど」

 

本当に求める中心となる存在を占った方が良い、というあまりに当たり前の理由を聞いてチルノは頷いた。

 

「だから、当人が戻ってくるまで占いは一時中断さ。そこで、だ。どうだいチルノや、メルルとでも暇を潰してきちゃあもらえないかい?」

「え……えっ!?」

「お、おばあさま!?」

 

あまりに突然の言葉にチルノだけでなくメルルも狼狽えるが、ナバラはそんな反応にもどこ吹く風と言った様子である。

 

「気にすることはないよ。何しろこの子は、少し前からあんたの話ばっかりでね。どうやらアンタに憧れてるみたいなのさ。ちょっとは構ってやってはくれないかい?」

「おばあさま!!」

 

顔を真っ赤にして叫ぶが、取り合うことはない。

 

「それに、この子はこの中で一番若いからね。棺桶に片足突っ込んだような婆さんと四六時中いるよりも気晴らしになるだろうからね」

「はははは、確かにそうかもしれんな。ワシも棺桶に片足を突っ込んだ爺さんじゃ。こんな年寄りの相手をするよりも若い者同士の方がよかろう」

 

ナバラの提案にフォルケンも乗ったようだ。いや、フォルケンだけでなく二人を除いたこの部屋にいる全員が、と言った方が正しいだろう。

チルノたちは背を押されるような形で部屋を出されてしまった。

 

「えーと……」

 

気晴らしだ、構ってやってくれだと言われても、突然すぎてどうして良いのかチルノは思いつかなかった。街まで降りていくことも考えたが、護衛役の自覚もある以上はそこまで離れるのもどうかと思い直す。

 

「じゃあ……お城の食堂にでも行く?」

「は、はい。お任せします」

 

結局チルノが思いついたのは、色気もないような場所だった。とはいえ、兵士が不定期に入ってくる場所でもあり、文官なども利用しているためほぼ一日中開いている。場所も近く、手軽な場所と言えるだろう。

遠慮がちなチルノの提案にだがメルルは気にした様子もなく賛同し、二人は城の廊下を歩き出す。

 

「すみません、祖母が急に……」

「ううん、気にしないで」

「ですがその、祖母の言うことも嘘ではないんです」

 

そう言うとメルルは俯いたまま、顔を真っ赤にする。元々白い肌を持つメルルは、まるで林檎のようだ。

 

「テランでダイさんを守り、命を懸けたチルノさんの姿は、私にはとても素敵に見えました。私はこんな性格ですからその……勇気がなくて……パプニカに来たのだって、チルノさんに少しでも近づきたい……少しでも力になれたらと思い、無茶を言って……」

 

ぼそぼそと呟くように語るメルルであったが、その真剣な気持ちはチルノにもしっかりと伝わってきた。

 

ただ、同時に罪悪感も感じる。

なにしろ本来の歴史では、メルルのこの気持ちはポップへと向けられたものなのだから。

テランにてダイを想い、バランを相手に一人で足止めに向かい、そして未熟を承知でメガンテの呪文を使ってまで助けようとする姿に、メルルは惹かれていった。

だが今は、まるでその立場を奪い取ったようなものだから。

 

「そんなことはないと思う。メルルはパプニカに来るのに、無理を言って付いてきたんでしょう? それだって勇気のしるし。やらないと後悔すると思ったからきたんでしょう? その気持ちを大事にしていけばいいと思うの」

「そういうもの、でしょうか……?」

 

だがそれはチルノが動いた結果だし、テランでのアレは間違ったことをしたと思っていない。ならば、彼女の気持ちを可能な限り受け止めよう。

チルノはこっそりとそう考え、メルルの想いを肯定するような事を口にする。

 

「きっとね。それに、メルルは占いとか予知の力を持っているんでしょう? それだって……あ!」

「? どうかしたんですか??」

「ううん、なんでもないの。メルルの力、頼りにさせてもらうわね」

「はい! おまかせください!」

 

急いで何でも無い様子を装い、メルルを頼る言葉を投げかける。幸いにも彼女は頼られたことに喜び、それ以上気にすることはなかった。

 

本来の歴史では、メルルの占いによってランカークス村へとダイたちは向かう。その際には彼女も同行しており、そこでメルルは道に迷ったときに正しい方角を感じたりパプニカの危機を予知したりと着実な活躍を見せていた。

 

だが今のダイたちには、彼女は同行していない。それで破綻することはないだろうが、面倒な事になるのだけは確実だろう。

 

――ごめんね、ダイ!!

 

決して届くことはない謝罪の言葉を、姉は弟に向けて送っていた。

 

 




前回の話を書いているときに「いくらベンガーナ王だからって、一国の姫(レオナ)の従者だと思っている相手(チルノ)に『キミ、エロい身体してるからこの職場やめてダンサーにならない?』と言うのは無礼か?」と悩んでました。
でも「レオナもデパートで踊り子の服を買っているからセーフ」と開き直りました。
(感想で突っ込まれるかな? と思ったら疾風の槍とラストの謎の人に目が行く皆さん……そりゃそうですよね)

上記を踏まえて。
そりゃ出てきますよね、カール勢……
フレイザードさんが出オチしたばっかりにバランさんの予定が狂い、その結果がホルキンスさんの生存ルートです。
(バランがトンボ帰りしたときの話の感想で「生存ルートですねわかります」とバレてて凄く驚きました)
でもホルキンスさんは騎士団長だし「命を懸けてでもここに残る!!」という生き方を選びそうだったので。
色々悩んだ結果、このような感じに。力のない私……
そして、勢いでフローラ様も出してしまいました。原作よりもカールの勢力もありますし。
ただ原作よりも切羽詰まってないので、アバンの使徒の実力を試す試練を与えさせてみたり。
(問題はバランが出てきた時なんだよなぁ……北の勇者もそうなんだけど……)

そしてテラン組。
原作を知ってれば、立ち寄る必要ないです。でもチルノさんが「仕事してました」という理由で向かうことに。
原作知っていれば占う必要なし。つまり占わせる必要もない。だったらメルルの好感度でも稼いでおこうと思って。
(原作と同じ占いやって「ランカークスにあります」って結果が出てもつまらないですからね)
メルルのポップへのフラグが折れてるので、受け入れるルートを選ぶお姉さん。友情エンドになるといいね……

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