隣のほうから来ました   作:にせラビア

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LEVEL:68 伝説の名工

ギルドメイン大陸に連なるギルドメイン山脈の(ふもと)にほど近く、地理的にはテランやベンガーナのやや東方に位置する地点。そこにランカークス村がある。

そして、村にほど近い位置へと光が天から降りてきた。その光跡はかなりの勢いを伴っていたものの、だがあわや地面に激突すると思ったその瞬間に見事な制動を見せる。

そこには大地にしっかりと立つダイたちの姿があった。

 

「ひゅう、危ねぇ危ねぇ。もう少しでミスするところだったぜ」

 

額に浮かんだ汗を拭いながらポップは呟いた。ルーラの呪文は高速で飛行移動する。そのため制御を誤れば着地に失敗して墜落したり、飛行中に障害物に激突するような無様な真似を晒す羽目になる。

四人と一匹を同時に運び、何事もなく着地できたということは十分にルーラの扱いに精通していると言って良いだろう。実際、ギリギリだったと口では言うものの、傍から見ればまだまだ余裕があるように見える。一緒に運ばれてきた仲間たちなど、高い場所から着地したという実感すら感じないほどだ。

 

「へぇ……いつのまにか、ルーラが随分上手になってたのね」

「当たり前だろ? おれは魔法使いだからな。戦闘が始まる前から仲間を無駄に怪我させるような下手な事はできねぇって」

 

過去にルーラで痛い目を見たのだろうか、マァムは見違えるように成長したポップへ賛辞の言葉を贈る。だがポップはそれを聞いても、調子に乗るようなマネはせずにむしろこのくらいは当然だと言ってのけた。

破邪の洞窟での試練にて、仲間がいることの大切さを嫌と言うほど教わったからこそだろう。ルーラの失敗などというくだらないミスをするような甘えはポップの中から消えていた。その意識が、彼の集中力や魔力制御というものを今までよりもずっと高めていた。

 

「フム……そこの魔法使いクン!」

「おれ、か?」

 

ルーラの見事さに驚いたのはマァムだけではなかった。続いてチウが口を開く。

 

「ああ、そうだとも。今のルーラは中々よかったよ。さすがはパーティを支える存在だけのことはある」

「そ、そりゃどーも……」

「自分の役目をキチンと自覚して実践している証拠だよ。素晴らしい」

「自分の役目、ね……チウだったか? ありがとよ、その言葉はもらっとくよ」

 

――自分の役目。

その言葉にポップは少々苦々しい顔を見せた。まるで今までは自分の役目を自覚していなかったと言われているようだからだ。なんとも胸に突き刺さる言葉ではあるが、だがそれも今のポップならば素直に受け止める事が出来る。

 

だが、それはそれとして、だ。

ポップはマァムとダイにだけ聞こえる様にこっそりとヒソヒソ声で話し始めた。

 

「なあ、アイツなんなんだ? マァムと一緒に武術の稽古していたってのは聞いたけれど、あの態度といい変に立派なマントといい」

「えーと、実はロモスで色々とあってさ……」

「ごめんねポップ、それは後で話すから。今は気にしないであげて」

 

チウとは初対面であり、名前と簡単な素性しか知らされていないポップに、チウのその言動は容易に理解できるものではなかった。一応、気を遣って当人には聞こえないようにしているが、尋ねられた方も一言では説明しにくいことのため、口を濁してしまう。

まあ「落ち込んでいたところを、創作話で元気づけたら妙なやる気を見せてしまい、結果として王様にまで評価されてマントをもらった」と言うのは、理解しにくいだろう。

 

「戦闘があったら任せてくれ。こう見えても武闘家だからね」

「ああ、わかったよ。精々頼りにさせてもらうぜ」

 

自信たっぷりの顔を見せるチウに、ポップも「気にするな」というアドバイスに従って苦笑しながらも答えると、気を取り直したように指を差す。

 

「さて、今さら言うまでもないかもしれないが、あそこがおれの故郷だ。案内させてもらうぜ」

 

その先――歩けばすぐにでも辿り着きそうな距離に、ランカークス村がある。村へ向けて、ポップは皆を引っ張るように先頭に立って歩き出した。

 

 

 

 

 

「なかなか良いところじゃないか」

 

村の中を見ながら、ダイは何気なく呟いた。

ランカークス村は良く言えば牧歌的な、悪く言えば何も無い田舎の村というところか。石造りの家が並び、宿屋や小さな商店なども見受けられる。

 

「小さい村だからな……一年以上経つってのに、何一つ変わっちゃいねぇ……」

 

ポップは先頭に立ち、仲間を案内していた。だが否応なく目に飛び込んでくる景色は懐かしいものばかりだ。それぞれの家や壁の一つ一つにも思い出があり、なんならば道一つとっても昔の記憶が呼び起こされる。

 

なお、小さい村とポップはいうが、マァムの故郷であるネイル村には木製の家々が立ち並んでおり、魔の森の中に存在するという立地もあって人通りも少ない。それと比較すればランカークス村は十分に発展していると言えるだろう。

 

「あれ……あんた、どこかで……! そうだ、ポップ!! ポップじゃないか!!」

「あん、一体何を……ああっ、本当だ!! ジャンクさんところの!!」

 

村に入って少し歩いたところで、やがて一人の村人が先頭を歩くポップの顔を見て、そして気付いて大声を上げる。その声を聞きつけ、近くで作業をしていた別の村人もまた叫んでいた。

 

「よう、みんな。久しぶりだな」

「久しぶりだな、じゃないぞ。今までどこに行ってたんだ!?」

 

さらにはその騒ぎを聞きつけて、わいわいと人が集まってくる。田舎の村のため、各家々との交流は都会と比べて深い。その交わりの深さは、仮に何か噂話が持ち上がった場合、三日もすれば村中の人間に知れ渡っているくらいだ。

村の人々はポップの顔も知っていれば、一年ほど前に家を出た事も知っている。

 

「おい、誰か今すぐ行ってジャンクさん()に知らせて来い!! スティーヌさんなんて泣いて喜ぶぞ!!」

「わかった、ひとっ走り行ってくる!!」

 

そして、ポップが――一人息子がいなくなったことで、残された彼の両親がどんな想いをしてきたのかも、村の人々は知っている。まだ若い村人の一人が全力で駆けて行き、やがて戻ってきたときには一人の女性の手を引いていた。

 

「はぁ……はぁ……なんだって急に、こんなところまで……」

「スティーヌさん、ほら見てください!!」

 

若い男の体力で引っ張られ、息も絶え絶えとなっている黒髪の女性。彼女こそがポップの母親のスティーヌである。彼女は言われるがままに顔を上げ、そして――

 

「ポ、ポップ……? ……ポップかい!?」

「ああ、心配かけてごめんよ……それと、ただいま。母さん」

 

信じられないものを見るように、スティーヌはポップのことをじっと見つめる。その視線を受け止めながらポップもまた目に少しの涙を浮かべ、少し照れくれそうに言った。

 

「……ポップ!!」

 

息子が無事に戻ってきた事に歓喜し、彼女は思わずポップへと抱きついた。ポップもまた母親を力強く受け止めてみせる。それは一年前の彼からでは考えられないほど成長した証拠でもあった。

彼女の記憶の中のポップとは違う、立派な男に成長したことに喜び、だがその成長の過程を自分で見ることが出来なかった微かな悔しさとが相まって、スティーヌはポップの胸で涙を流す。

 

「あ、ジャンクさん。良いところに! ほら、見てください!!」

 

そしてスティーヌに遅れることしばし、がっしりと立派な体躯の男が現れた。ポップの父親のジャンクである。武器屋を営み、また自身でも鍛冶を行うためにその体格は並の男よりも遥かに頑強そうであり、職人の名に恥じぬような厳つい顔をしていた。

 

「あれは……ポップか?」

「そうです。ほら、奥さんはもうあそこに」

 

村人に教えられずとも、ジャンクの目にもポップの姿は映っていた。一年以上の歳月が流れているために彼が最後に見たときよりも息子の姿はより成長したものになっていたが、とはいえ実の親である。子供の姿を見間違えようはずもなく、妻が抱きついているのも証拠の一つだろう。

 

「あなた! ポップが、ポップが帰ってきたんですよ……!!」

「親父……」

 

ジャンクが姿を見せたことに気付いたスティーヌはポップから離れ、夫へと視線を向けた。そしてポップもまたジャンクへと決意を込めた表情を浮かべ、父親と正面から相対する。

 

「本当に、ポップみたいだな……」

「……すまねぇ、親父!!」

 

開口一番、ポップは勢いよく頭を下げた。その行動に、思わずジャンクも動きが止まる。

 

「勝手に出て行ったことは謝る!! 連絡一つよこさなかったのも謝る!! この通りだ!!」

 

父親の前で地に膝をつき、深々と頭を下げている。ましてや周囲には村の者も大勢いて、ポップたちのことを取り囲んでいるのだ。衆人環視の中で土下座をする息子と、それを黙って見つめている父親。そんな光景に母親はどうしたものかとオロオロすることしかできなかった。

当人達がそれなのだから、周りにいる村人やダイたちはさらに困ったこととなる。止めるべきか見守るべきなのかの判断も付かぬまま、ただ事の成り行きに任せるので精一杯だ。

 

「おれは親父にぶん殴られても、いや、殺されたって文句は言えねぇような不義理なことをした!! それはわかってんだ!! でもそれを承知でここに来た!! 許してくれとは言わねぇ!! それでも謝らせてくれ!!」

 

そんな周囲の葛藤を知ってか知らずか、ポップは頭を下げたまま叫び続ける。その様子にジャンクは根負けしたようにため息を吐いた。

 

「はぁ……頭を上げろ、ポップ……」

「ダメだ……出来ねぇ!!」

「男がこれだけ謝ってるんだ。それに、自分のしでかしたことが、どれだけ心配かけたのかも理解しているようだしな。なら、おれがこれ以上何か言うようなことはねぇよ」

 

それを聞き、思わず顔を上げた息子に父親は手を差し伸べて立ち上がらせる。一年ぶりに叶った親子三人の再会に、周囲からは思わず安堵の声が漏れていた。

 

「それに……」

 

ジャンクはポップの肩へと手をポンと置く。

記憶にあったそれよりも手の位置は高くなっており、そんな当たり前のことに内心驚きながらも彼は息子の顔をマジマジと見つめる。

 

「ちったぁマシな面になったみてぇだからな」

「お、親父……」

 

マシになったのは面構えだけでなく、精神もだろう。彼の知る今までのポップであれば、文句を言うかはたまた逃げだそうとしていたか。父親など厳しいくらいがちょうど良いと思っているジャンクにしてみれば、まっすぐに謝って見せただけでも大した成長だと感じた。

思わず口元にニヒルな笑いがこぼれ落ち、ポップもまた父のそんな顔を見て自分が少しは認められたのだと悟る。

 

だがそれも長くは続かなかった。

 

「まあ、それはそれとして……だ!!」

「いってえええぇぇぇぇ!!!!」

「ケジメはケジメだ。自分で「殴られても文句は言わねぇ」って口にしてんだ、嫌とは言わせねぇぞ」

 

片手でポップの肩を掴み、逃げられないようにしたまま、もう片方の手で拳を握りポップの脳天へ全力で叩き込んでいた。鍛冶師の仕事を続ける男の拳である。その力は下手な戦士顔負けな威力を秘めていた。

あまりの痛みにのたうち回りたくなるのだが、万力のような力でがっしりと肩を掴まれているためそれも出来ない。両手で頭を抑えたまま不格好に暴れるのがポップにできる精一杯の行動だった。

そんな光景に「ああ、いつものことか」とばかりに周囲の村人からは笑いが上がる。彼らにしてみれば、ポップが悪さをしてジャンクに叱られるのは見慣れたものなのだ。

 

「んで、ウチの馬鹿息子の後ろにいるお前さんたちは?」

「あ……は、はいっ! 実は……」

 

ようやく気付かれたとばかりに声を掛けられ、ダイは少し緊張した面持ちで村へと来た目的を答えた。

 

 

 

 

 

「なるほど、そりゃおれの作った剣だろうな……」

 

椅子に座ったまま、ジャンクが渋い顔をしながらそう口にした。

 

あの親子喧嘩のような騒動の後、ダイたちは自己紹介や村にやってきた理由などを伝えたところ、込み入った話のためしっかりと落ち着いて話せるように場所を変えた方が良いということになり、今現在は彼の家――つまり武器屋の居住区――の居間へと移動していた。

そこで改めてダイたちの話を聞き、覇者の剣の偽物を作った人物を探しに来たことを告げられたところ、彼が答えたのがそれである。

 

「本当かよ親父!?」

「ああ。二ヶ月くらい前だったか、ロモスの役人ってのが来てな。こういう剣を作って欲しいって注文されたのさ。珍しい注文だとは思ったが、時間はあったからな」

「二ヶ月前……ロモスの役人……」

 

思わずポップはそう口にしていた。

確かに彼が言った情報は、ロモスで王から聞いた話と――時期は少々大きな幅ではあるが許容範囲内だろう――符号する。疑いようはなかった。

だがそれとは別に、ポップは驚かされていた。彼が知っている父の姿は、腕は良いが所詮は小さな村の小さな鍛冶屋にしか過ぎないと思っていた。それが、一国の王から依頼を受けて、その依頼に対して十分に満足させられるほどの技術を持っていたのだ。ましてや父の剣がなければ、ダイが持つ覇者の剣は魔王軍に奪われていたかもしれない。決して派手ではないが、なんとも見事な活躍ぶりであった。

父の仕事ぶりを間接的に知らされて、ポップは父のことをこっそりと見直す。

 

「デザインやら寸法やらを指定されて、それでいて超一流の剣士が見ても納得できるような出来映えにしろって注文だった。金払いは良かったが、なんとも面倒だったぜ」

「それって、こんな剣でしたか?」

「どれどれ……」

 

ダイが覇者の剣を抜き、ジャンクの前へと差し出した。彼はそれを受け取ると、一目見るなり「ほぉ……」と息をついた。

 

「なるほど。確かにおれが作ったのと瓜二つだな……いや、こっちが本物で、おれの方が偽物か……」

「わかるのかよ?」

「当たり前だろうが。鍛冶屋が自分で作った剣くらい見分けられねぇでどうするんだ」

 

ジャンクは当然のことのように口にする。実際、ロモスの使いが持ってきた情報は正確なものであり、仮に本物と偽物を並べられれば、一瞥して判別するのは困難だろう。見た目、と言う点ではそれほどまでに酷似していた。

 

「しかし……こりゃ一体何で出来てるんだ? 鋼は勿論、ドラゴンキラーだってコイツの前じゃあ安物のナイフみたいなもんだぞ……」

 

手にした剣の角度を変えながら、ジャンクは覇者の剣の正体を探るべく真剣な眼差しで見つめ続ける。

先ほど酷似していると表現したが、それはあくまで形状に限ってのこと。本物の覇者の剣と比較されては、どう頑張っても彼が作った偽物は劣る。なにしろ輝きが違うのだ。だが、それは仕方が無いだろう。何しろ素材の時点で勝負になっていないのだから。

 

「その剣はオリハルコンで出来ているんです」

「オリハルコンだと!? ……まさか、童話の中でしか聞いたことのないような金属を実際に見ることになるとは思わなかったぜ……」

 

剣の正体を知らされ、ジャンクは思わず息を呑む。そして、自分がオリハルコン製の武器の偽物を作っていたと理解し、さら驚いた。だが、彼が本当に驚かされるのはこれからだ。

 

「お願いします! その剣を打ち直して、おれに剣を作ってください!!」

「はぁっ!?」

 

ダイの言葉に、ジャンクは一瞬自分の耳がおかしくなったかと考える。だが彼の真面目な表情からそれが冗談の類いではないことを悟る。

 

「まてまて、おれにオリハルコンを鍛えろってのは無理だぜ」

「でも、その剣の偽物を作ったんですよね!? だったら、オリハルコンだってきっと……!!」

「ああ……それは実を言うとだな……」

 

魔族すら騙すほどの偽物を作れるのだから、本物だってきっと大丈夫だろう。そう考え、ダイは食い下がる。その勢いに根負けしたのか、ジャンクはやれやれと言ったように話し出した。

 

「偽物を作ったときに、普通の金属じゃどうやっても満足できる物は作れねぇって悟ってな……知り合いの魔族にちょいと力を貸してもらったのさ。森に住んでるロンって奴で……」

「なんだって!! 親父、ちょっと待った!!」

 

ポップは父の言葉を遮り、頭の底から記憶を引っ張り出す。

 

「えーと、確か……そうだ! ロン・ベルク!!」

「ん、奴の名前だな。なんだお前も知ってたのか……?」

「ポップ、知り合いなの?」

 

ジャンクとマァムの問いかけに、ポップは首を横に振る。

 

「いや、名前を知ってるだけだ。けど、ヒュンケルの鎧の魔剣に、ラーハルトの鎧の魔槍。それを作ったのが確かそんな名前だったはずだ」

「なんだって!!」

「ラーハルトが言ってたことの又聞きだがな、魔界最高の名工だって話だぜ」

「へぇ、あいつがそんなに偉えやつだったとはな……」

 

正体を聞いたダイは驚き、だがジャンクは少し意外そうな顔をするだけだった。

 

「なら話は早えぇ! 親父、そのロン・ベルクに会わせちゃくれねぇか?」

「変わった奴だからな、会えるかどうかもわかんねぇぞ。剣を打ち直して貰えるかもわからん。それでもいいなら……」

「お願いします!」

「親父、おれからも頼む!」

 

ダイとポップの眼差しをジッと見つめ、やがてジャンクはゆっくりと立ち上がる。

 

「……スティーヌ、ちょっと出かけてくるぞ」

「いってらっしゃい、あなた」

 

そう言って外に向かうジャンクの後ろ姿を、ダイたちは戸惑った顔で見つめる。

 

「何してんだ? ほら、ついてきな」

 

だが、誰も動かないことに気付き背中越しにそう言うと、ダイたちは慌てて彼の後を追っていった。

 

 

 

 

木々がうっそうと生い茂る森の中を、ダイたちは進んでいた。無数の葉に遮られて、晴天であるにも掛からず陽光は半分も差し込まず、ときおり聞こえる現住生物の声も相まってほのかな不気味さを漂わせている。

だがこの森の奥にこそ、伝説の名工ロン・ベルクがいるのである。案内役として先頭を歩くジャンクは、森の中をやや慎重に進んでいた。

 

「しかし、森の中ってのはどこまで行っても似たような景色ばっかりだな……」

「魔の森も似たような場所ばっかりだったわ。一度覚えちゃえば楽なんだけどね」

「おっ、さすがはマァム。森の中はお手の物かい?」

 

おどけた調子でそう言うが、彼女は買いかぶりすぎとばかりに首を横に振る。

 

「よく知ってる場所ならね。この森は土地勘もないし、私もお手上げよ。むしろ、ポップの方が良く分かるんじゃないの?」

 

元々住んでいた場所の近くなのだから、その分ポップの方が詳しいかもしれない。だが彼とてここまで森の奥に入った経験はなかった。

結局の所、彼らの命運はジャンク一人の双肩に掛かっている。下手をすれば延々とさまよい続けることになるかもしれない。まあ、仮にそうなった場合でもルーラを使える者がいるのがせめてもの救いだろう。

だが、そのジャンクは急に立ち止まる。

 

「…………」

「お、親父……?」

「さて、どっちだったか……」

 

森の奥を睨みながら、彼はぽつりと呟いた。その言葉に、ポップたちの表情が青ざめる。だが、一人違う反応をする者がいた。

 

「ここはおまかせを!」

 

そう言うが早いか、チウはスンスンと鼻を鳴らして匂いを嗅いでいく。やがて、ある一点の方向を指さした。

 

「ボクの鼻によると、あっちが怪しいな……」

「ん? そっちだったか? まあ、他に指標もないしな……」

 

ジャンクは首を傾げつつも、チウの鼻に従って進んでいく。そして――

 

「違ってるじゃねぇか!!」

「あ、あれおかしいな……ボクの鼻は確かに……」

「ああうるせぇ!! ちょっと静かにしてろ!! 今すぐに思い出すからよ!!」

 

結論から言うと、間違った道であった。

行けども行けどもそれらしきものは影も形も見えず、気がつけばジャンクも来たことがないほど森の奥深くまで進んでいたのだ。

 

「本当に、たどり着けるのかな……やっぱり、姉ちゃんについてきてもらった方がよかったかも……」

 

――ごめんね、ダイ!!

 

不安から思わずそう漏らした時、ダイは聞こえる筈のない姉の声を聞いた気がした。

 

 

 

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「おう、ここだここだ」

 

紆余曲折を――本当に大変な道のりであった。何しろ一度ルーラで入り口に戻ったくらいなのだ――経て、ダイたちはようやく目的の場所へと辿り着いた。

 

「こ、ここが……?」

 

ポップが訝しげな声を上げる。それも無理もないだろう。そこにあったのは簡素な家。木製で、外観から察するに精々人間二人ならばなに不自由もなく暮らせるのではないかという程度の、取り立てて特筆すべき所もないような普通の家だ。下手をすれば、小屋と言い換えても良いかもしれない。

 

「おい! ロン!! いるか!?」

 

だがジャンクは臆することなく家へと声を掛ける。すると家の中から何かが動くような気配があり、そして入り口の扉がゆっくりと開き、中にいた人物が顔を覗かせた。

 

「どうしたジャンク、何かあったのか?」

 

家主の姿を見たダイたちは、反射的に身構えていた。何しろ中から出てきた男は魔族だったのだ。魔族の特徴の一つである人とは明らかに違う青い肌を持ち、眼光はまるで獲物を射貫くかのように鋭く、顔には十字の深い傷跡が刻まれていたのだ。警戒するなと言う方が難しいだろう。

 

「よう、ロン」

「困るな、ジャンク……お前以外の人間をここに連れてきては……」

 

だがそれも、ジャンクの一言で霧散した。ダイたちはロン・ベルクについて魔族だと聞いてはいたが、それ以外の特徴などについては何一つ聞いていないのだ。小屋の中から出てきたとしても、彼のことを魔王軍の刺客と判断しても責められないだろう。

 

そして当のロン・ベルクは、ダイたちの行動などまるで気にした素振りもなく全員へと視線を走らせ、そして再度――今度はダイとチウだけを見やる。

 

「フッ、まあ人間じゃないのも少し混ざっているようだが……」

 

チウは見ての通りだが、ダイを一見しただけで人間ではないと判断するのは困難だろう。なにしろ(ドラゴン)の騎士は見た目は普通の人間と変わらないのだ。だが、目の前の相手はそれをやってのけた――ダイの正体までは無理だろうが、それでもダイが普通の人間ではないと見抜いた――のだ。

その深い観察眼に、ダイは思わず息を呑む。

 

「あなたがロン・ベルク……伝説の名工と呼ばれた人なんですか……!?」

「……伝説の名工とは、こりゃまた懐かしい呼び名が出てきたな……おい、ジャンク。なんだいこいつら?」

「息子の友達なんだ。まあ、話を聞いてやってくれ」

「……わかった。とりあえず入りな」

 

ジャンクの言葉にロン・ベルクは頷くと、顎で奥へと入るような動作をする。それが入れという合図なのだろう。そして扉を開けたまま奥へと引っ込んだ。

 

 

 

 

ロン・ベルクに招かれ、ダイたちは家の中へと脚を踏み入れた。室内には、最低限の区切りしかなかった――というよりも、部屋の区別が無いという方が正しいだろう。壁掛け式のベッドがあるかと思えば、棚には保存の良さそうな食べ物を詰めた壷がある。

およそ居住性というものを最低限にしているのだろうその何よりの存在は、面積の半分は締めているであろう鍛冶道具だ。椅子やテーブルも幾つかあるが、その殆どはふいご(・・・)やハンマーなどの置き場所となっている。来客を持て成すなど間違っても期待してはいけないだろう。

 

「で、オレに何のようだ?」

 

部屋の中で唯一無事な椅子へ腰掛け脚を組み、その傍らのテーブルには酒のボトルが置いて一口呷る。誰がどう見ても客に話を聞く態度ではないだろう。

そんな態度を目にして少々あっけにとられつつ、ダイは持ってきた剣を鞘から抜いた。

 

「あの、まずはこれを見てください」

「それはジャンクが作っていた剣か? なんだ、お前が注文したものだったのか……いや、ちょっと待て!!」

 

一瞥し、最初こそ知り合った人間が以前作っていた剣だと判断する。何しろ彼に相談された際にロン・ベルク自身もこの剣を目にしていたのだ。ならば自分が出る幕はないだろう、とつまらなそうに視線を外しかけ、だが強烈な違和感を感じ慌てて視線を戻した。

 

「違う……違うぞ! この剣は……」

「それは覇者の剣、オリハルコンで出来た剣です」

「オリハルコン!! やはりか……」

 

以前見たときとは明らかに違う、圧倒的な力を剣から感じる。その疑問はダイの口から語られた単語によって氷解した。オリハルコンこそ、ロン・ベルクが鍛冶屋として追い求めていた伝説の金属なのだ。

長年待ち望んだ物が手の届く距離に存在し、彼の心は思わず震える。

 

「この剣を見せて、オレにどうしろって言うんだ?」

「覇者の剣を打ち直して欲しいんです。おれの手に合うように……おれの力を存分に振るっても壊れないくらいに!!」

 

切実に訴えるダイであったが、それを聞いたロン・ベルクはため息をついた。

 

「存分に力を振るっても壊れないように、だと? 馬鹿なことを……」

「なに? ダイの言うことのどこがおかしいの?」

「オリハルコンは、この世で最高の金属だ。それを破壊するほどの力を、このボウズが持っているとでも言うのか? 手に合わないというのも、単純に持ち手の力量不足だろう。自分の未熟さを剣のせいにされちゃ、剣も泣くってもんだ。お前には過ぎた代物だよ」

 

オリハルコンの武器を手にして、それでもなお不足していると訴える。そんな相手がそうゴロゴロといるわけがないだろうと考え、ロン・ベルクはダイの実力不足だと結論付ける。

だがそんなことを聞いて、仲間たちが黙っているはずもない。彼らはダイの力を間近で見続けた者たちなのだ。

 

「そんなことないわ! ダイが弱いなんてことはありえない!!」

「そうだぜ! さっきから黙って聞いてりゃなんて言い草だよ!! ダイは(ドラゴン)の騎士だぜ! 真魔剛竜剣をブチ折るくらいに強えんだ! 実力がないなんざ、おれが言わせねぇ!!」

「なにぃっ!!」

 

強く反論するポップとマァムの言葉であったが、その言葉にロン・ベルクはこれまでで一番大きく反応した。なにしろ聞き捨てならない言葉を聞いてしまったのだ。椅子から乱暴に立ち上がると、その発言者であるポップに刃よりも鋭い眼光を向ける。それを見たポップは微かにたじろいでしまうが、負けじと更に口を開いた。

 

「そ、それとも何か!? 伝説の名工といえど魔族だから、魔王軍の味方ってわけか!?」

「魔王軍など関係ない! それよりも、今なんと言った!?」

「あ? 伝説の名工といえど……」

「そこじゃない! もう一つ前だ!! 本当に真魔剛竜剣を折ったのか!? (ドラゴン)の騎士が!?」

 

もはやジッとなどしていられなかった。ロン・ベルクはポップの傍に詰め寄り、虚言は許さんとばかりに彼を見つめる。それを受けたポップは、さながら蛇に睨まれた蛙といったところか。身体を強ばらせながらも、コクコクと頷く。

 

「一体何があった!?」

 

そうダイに問いただすロン・ベルクは、まさに信じられないと言わんばかりの表情を浮かべていた。何しろ彼の知る限り、真魔剛竜剣とは地上最強の剣である。そしてそれは、代々の(ドラゴン)の騎士が手にするものだ。

だがダイはその(ドラゴン)の騎士であるといい、その真魔剛竜剣を折ったという。こう言われて素直に信じろと言うのは相当難しいだろう。

突然水を向けられたダイは、驚きながらも簡単な大筋を話し始めた。

 

「え、と……細かい説明は省くけれど、おれも(ドラゴン)の騎士なんです。それで、真魔剛竜剣を持った(ドラゴン)の騎士と戦って、それで……」

「なるほど。この覇者の剣で真魔剛竜剣を折ったのか……」

 

そう一人納得して、ダイが持つ剣を見つめる。彼の目にしても、覇者の剣は素晴らしい剣に見える。だが、良く言えばただの優等生。悪く言えば誰でも扱える面白みのない剣だ。(ドラゴン)の騎士専用とも言える真魔剛竜剣を相手にしては、物足りなく思えても仕方ないだろう――そう思っていた。

 

「いえ、あの時おれが使っていたのは……」

鋼鉄(はがね)の剣、だったよな? ベンガーナのデパートで買ったヤツ」

「馬鹿を言うな!! そんなことが出来るはずがなかろう!!」

 

今度こそ――なんだったらば、今日一番に驚かされた。自分の耳か目か、それとも頭がおかしくなったかと疑った程だ。なにしろ鋼鉄(はがね)とオリハルコンでは、素材の質からして全然違う。二つの間には超えられない壁があると言って良い。比べるならば、木剣で鋼鉄(はがね)の剣を切ったと言っているようなものだ。

ましてや(ドラゴン)の騎士が扱っているのだ、信じられるはずがない。

 

「あ、でもあの時は確かチルノがドラゴンの素材で武器の加工をしていたはずだ。だから純粋な鋼鉄(はがね)の剣とはちょっと違うか」

「加工をした、だと? そのチルノというのは……?」

「おれの姉ちゃんです」

「姉だと? ということは、お前の姉は鍛冶屋なのか?」

 

聞き慣れぬ名が出てきたことでその素性を聞き、ロン・ベルクは僅かな情報からチルノの姿を想像する。だが、そう問われて困惑するのはダイたちの方だった。

 

「鍛冶屋……? チルノが……???」

 

四者四様――それぞれが自分の知るチルノの姿を思い浮かべる。だが、四人の浮かんだ答えは一緒だった。

 

「鍛冶屋……じゃあねぇよな……?」

「そうね……」

「うん……」

「確かに……」

「なんだ? いったい、どういうことだ?」

 

チルノの知らないロン・ベルクからすれば、混乱は更に増すばかりだ。だが、説明しようにもダイたちも上手い言葉が浮かばなかった。おそらく、一言で表せと言われたら「よく分からない」というのが適切だろう。

それ以上の追求も問答もごめんだとばかりに、ポップは話を元の方向に戻すことにした。

 

「まあまあ、チルノの事が気になるなら今度連れてくるぜ。それより、今はダイのことだ」

「そうだったな。それで、その剣はどうなった?」

「消えちゃったんだ。戦いが終わったら、まるで全ての役目を終えたみたいに……」

「なんだと……いや、状況を鑑みればそれも仕方ないか……」

 

少々苦い経験でもあるため、ダイは若干言いにくそうにその時のことを口にした。だがその時のことを知らぬロン・ベルクは、ただ剣が失われたことを嘆いていた。何しろオリハルコンと渡り合った剣なのだ。一目見てみたいと思ってしまうのも仕方ないだろう。

 

だがすぐに別の考えが浮かんだ。鍛冶師としての腕を持つのならば、それ以外にも何か持っているかもしれないと思ったからだ。

 

「なら、お前の姉が作った何か他の物はあるか?」

「それなら」

 

ダイは腰に差していた短剣を引き抜き、ロン・ベルクへと見せつける。

 

「これ、姉ちゃんがおれに作ってくれたんだ」

「……少し借りるぞ」

 

短剣をダイから受け取ると、じっくりと見定め始めた。まず初めに目についたのは材質だ。地上ではまずお目にかかれないような不思議な光沢を放っている。普通の鍛冶屋ではまずこの正体も分からないだろうが、ロン・ベルクは知っている物だった。

 

「これは……まさかキラーマシンの金属か?」

「うん、そう」

 

そう簡単に手に入るものでは無いだろうに、どこで手に入れたのやらと軽く首を捻る。まあ、かつてハドラーが使っていたキラーマシンを加工したなど、想像出来るものではない。そもそも彼には材料の出所などさほど気にすることではなかった。

それよりも注意すべきは、短剣の造りである。二度、三度と上から下までじっくりと見ていくと、不意に口を開いた。

 

「手を見せてみろ」

「え? これでいい?」

 

その言葉にダイは、まるで手相を見せるかのように利き手を差し出して見せる。するとロン・ベルクはダイの手首を掴み、その手と短剣とを交互に見比べる。

 

「なるほど」

 

やがて、得心がいったとばかりに呟いた。

 

「この短剣、切れ味は悪くはない。だが、なによりも注目すべきはボウズ専用に作られていることだ。おそらく、件の鋼鉄(はがね)の剣も同じだろう。他の人間が持っても、この剣は真価を発揮できまい」

「……っ」

 

その言葉はダイを驚かせ、同時に納得させるのに十分すぎるほどの説得力を持っていた。なにしろチルノに聞いた説明と同じだったのだ。伝説の名工と呼ばれるのは伊達ではないとダイは改めて思い知らされる。

 

「こんな物を作れる鍛冶屋がいるのなら、真魔剛竜剣を折ったと言う話も多少は信じてやろう」

「多少は、かよ……嘘じゃねぇって言ってるだろ……」

 

未だポップは不満顔だが、譲歩したというところは大きな進歩だろう。だがこのまま交渉がまとまらなければ意味は無い。姉を連れてくるべきだろうかと考え始めたところで、もう一つ交渉材料があったことを思い出した。

 

「あ、そうだ! ロン・ベルクさん、これを」

「なんだこれは……?」

 

出発前に姉から手渡された袋を乱暴に手に取り、ロン・ベルクの前へと差し出した。ロン・ベルクは訝しげな顔をしながらも袋を受け取るとその中身を確認し、そして目を丸くした。

 

「こ、これは!!」

「覇者の冠です。これもオリハルコンで出来ています。お願いです、これを差し上げますからどうかおれに剣を……!!」

 

姉から渡された物とは言え、出来れば使いたくはなかった。だが、ここで交渉を破綻させるわけにもいかないと、ダイは断腸の思いを味わいながら頼み込むものの、もはや相手は話を半分も聞いていなかった。

 

――これがあれば……!!

 

まるで魅入られたかのように、ロン・ベルクは覇者の冠を見つめ続けていた。その理由は、彼が武器造りを行っている理由と関係している。彼が密かに持ち続けるとある望みのためにも、オリハルコンは追い求めて止まない物だった。

覇者の剣を見たときも、適当な理由をつけてどうにか巻き上げてしまおうと思っていたほどだ。

とはいえ、相手はジャンクの知り合いであるということと、なにより真魔剛竜剣を折ったというにわかには信じがたい話を聞いたため、一時保留としていた。彼も自らの鍛冶技術にはプライドがある。その話が真実ならば、剣を作ることもやぶさかではないと思ってしまったからだ。

 

だが、この覇者の冠は違う。ダイはこれを「差し上げる」と言ったのだ。ならば誰に(はばか)ることはない。夢にまで見た伝説の金属を自分の物として自由に使えるとなれば、その喜びはいかほどだろう。

まるで子供のように瞳を輝かせながら覇者の冠を見つめ続け、そして、彼はふと気付いた。

 

「いや、駄目だな。コイツは使えん……」

「ええっ!!」

 

 




気を抜くとゴメちゃん達の描写をすぐ忘れてしまう……まあ、武術大会編である程度目立ったし、いいよね……(なお、この枠にチウもエントリーされている模様)

ポップ。
心が割と強化された感じ。色んな事を素直に認められる様になった、って感じです。だから親父さんの怒りも抑えめな感じです。
そして小さな村だからポップの顔を知ってる人間も大勢いるだろうなぁと思って、入り口からワイワイさせる羽目に。原作ではコソコソ隠れていたから、ギリギリ見つからなかったんでしょうねぇ……

メルルがいないから、森で迷うランカークス勢……
(本当はここでダイが姉の「ごめんなさい」を感じる所まで前話に詰め込む予定でした)

ロン・ベルク。
ある意味一番面倒だった人。説得するにしても、鎧の魔剣で折ったのならともかく、鋼鉄の剣で折ったなんて話を誰が信じるんですか。
しかも原作とは違い、彼が追い求めていたオリハルコンを最初から持って来ている。彼にしてみればカモがネギ背負ってきた様なもんです。力づくで奪われる可能性も十分にあったわけです。
ちゃんと話を聞いてくれてよかったよかった。
でもって覇者の冠を上げると聞かされて「これで星皇剣が作れる!!」と思ったら……
ごめんね、もうチルノさん用の武器の材料になることがもう決まってるので……

オリハルコンはバーン様を襲ってチェスのコマを奪って手に入れましょう。

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