――カラン。
室内に不意に乾いた音が響いた。それに反応して、作業の手を止めて何事かと視線を移動させた途端、チルノは異変に気付いた。
「おじいちゃん!?」
「ウ……ウウウ……」
いつも手にしていた木製の杖を取り落としており――先ほど聞こえたのはこれが床とぶつかった時の音だ――苦悶に満ちた表情を浮かべながらうめき声を上げていた。加えて、断続的に体を痙攣させている。
そんな祖父の様子を見るや否や、チルノはブラスに駆け寄ると彼の体を優しくさする。
「おじいちゃん、どうしたの? しっかりして!? 怪我!? 病気!? それとも……」
「チ、チルノ……? うう……何かドス黒い血が全身をかけまわっとるようじゃ……なんとか堪えることは出来ておるが、油断すればすぐにでも正気を失ってしまいそうで……」
そう告げるだけでもブラスの表情は歪み、息が切れていた。何もしていないのにうっすらと汗をかいている。
この原因は何なのか、チルノは知っている。
「おそらく、魔王が復活したのじゃ!」
「……っ!!」
いつかこの日が来ることは、知識としては知っていた。だが実際に目にした途端、チルノの胸には言いしれない悲しみが、嘆きが、襲い掛かってくる。現実として受け止めるのはこうも違うものかと彼女は息を呑む。
「この島に住む者たちは、元来は魔王の手下のモンスター……魔王の邪悪な意志により、暴れておった者たちじゃ……」
「その邪悪な意志が……再び襲い掛かってきた……」
「そうじゃ、この感覚は紛れもなく……」
チルノの言葉にブラスはゆっくりと頷く。
「そうじゃ、ダイは……ダイはどこじゃ? あやつは外に出ていたはず……もしや、モンスターたちに襲われておるかもしれん……」
「でも、ダイなら……いえ……無理、よね……私だって……」
チルノは言いかけた言葉を詰まらせてしまう。強さだけで判断すれば、襲われても撃退は容易であろう。だが、仲間として、家族として共に暮らしてきたこの島のモンスターたちを倒すことが出来るか。そう問われれば、答えは否だろう。チルノだってそうなのだ。ダイも同じことを思うはず。
「そうじゃ……一刻も早く探して……」
「どうしたんだよ、みんなぁっ!!」
途端に、外からダイの悲鳴のような叫び声が聞こえてきた。
「ダイ!?」
「あ、姉ちゃん! 大変なんだ! 島のみんなが!!」
慌てて外へ顔を出せば、今にも飛び込まん勢いでダイが駆け寄ってきた。彼の指差した先には、島のモンスターたちがさながら流行り病でも蔓延したかの如く苦しみ蠢いている姿だった。ギガンテスがうずくまり頭を抱えているかと思えば、サーベルウルフが地面に寝転がったまま暴れている。キングコブラは大アリクイに巻き付いたまま、けれども力を入れずに必死で何かを堪えているように見える。
「みんな……!?」
一様に苦しんでいるその姿。だが、チルノはそれに少しだけ違和感を覚えた。彼女の記憶では、デルムリン島で正気を保っていたのはブラスのみ。他のモンスターたちは魔王の意志のままに見境なく大暴れしていたはずだ。
だが目の前に広がる光景は、記憶にあるブラスのように苦しみこそすれどもギリギリで踏みとどまっている。暴れていない分だけマシだろうが、はてこの違いは一体――
自分がモンスターたちとより多く交流したから、平和な島の生活への未練が増しているのだろうか。などと益体もない考えが一瞬頭をよぎるが、どのみち今考えることではないことに気づく。
「ダイ、そこにおったか……」
「じいちゃん!? 島のみんなが急に苦しみだして……」
「怪我は、ないか……?」
「うん、俺もゴメちゃんも無事だよ」
「ピピーッ!」
「みんなが苦しんでいる原因は、魔王が復活したからだそうよ。魔王の邪悪な意志に苦しめられているんだって……」
「ええっ……!! それじゃ……」
魔王の復活。ダイにとってみれば想像もしていなかった原因である。いっそのこと、怪我や病気ならばどれだけよかったことか。今すぐ魔王を倒せば解決するだろうが、そんなことは出来ようはずもない。
「ダイ、チルノ。二人とも今すぐにこの島を出るんじゃ! さもないと、ワシは……お前たちを……ぐうう……」
「じいちゃん……そうだ、姉ちゃん! なんとかならないのかよ!?」
縋るような瞳で姉を見るが、彼女はゆっくりと首を横に振る。
偽勇者の時も、レオナの時も、姉は的確な行動を取っていた。ならば今度も。そう考えたダイの望みも、あっさりと打ち砕かれる。
「そんな……」
「ごめんなさい……ごめんなさい……ダメなお姉ちゃんで……」
「いいんじゃよ、ダイ、チルノ……その気持ちだけで、十分じゃ……」
自身の苦しみを押し隠して、ブラスは優しく微笑む。それを見た二人は、それ以上何も言えなかった。
「さあ、行くんじゃ二人とも」
ブラスに引きずられるようにして、二人は海岸への道を歩いていた。日の光も差さないような曇天の空模様は、まるで魔王の復活を知らしめるように見える。
道すがらも、苦しむモンスターたちの姿がちらほらと見え、その都度何もできないという事実が二人の心に暗く影を差す。
ついには海岸が見えた。すぐ近くには、チルノたちがこの島に流れ着いたときに乗っていた小舟がある。いつか、デルムリン島を出るときに備えて整備をしていたものだ。
だが、近づくにつれて二人の足取りは遅くなり、やがて止まる。
「じいちゃん……やっぱり、おれ、いやだよ……」
「おじいちゃん、私も……」
「ならん! まだ正気を保っておるが、それもいつ失うやもしれん……」
「そうだ、眠らせる魔法で……!!」
「それはいつまで持つんじゃ? この島のモンスターたち全員に使えるのか? 一時しのぎにもならんことは、お主が良くわかっておるじゃろう……」
珍しく語気を荒くして、チルノの言葉を遮るブラス。だがそれは彼女たちの身を案じての行動だ。ここで押し問答しているその瞬間にも、自分は邪悪な意志に呑まれてしまうかもしれない。だからこそ、すぐにでも会話を打ち切り脱出させてやりたかったのだ。
「この島を出たら、ワシのことはすぐに忘れるんじゃ……そして、もし、ここに戻ってくることがあったとき、狂った鬼面道士が襲い掛かってきたら、遠慮はいらん。躊躇わずに殺すんじゃ」
「じいちゃん!?」
「おじいちゃん、何言ってるの!?」
「ワシは、お主たちを……大事な子供を、自分自身の手で傷つけたくはない……!! 早く、早く行ってくれ!!」
自分自身の命すら顧みず、子供たちのことを想う。魔王の意志から逃れ、正しき心を持ったからこそ、再び呑まれて悪事を行うことが許せないのだ。ましてや育てた子を手にかけてしまっては、心が耐えきれない。それ故の苦渋の決断。だがその想いは、ダイたちも同じなのだ。
「……そうだ、魔法の筒!! あれなら、外からの影響を受けないはず!!」
「そうか! それだよ姉ちゃん! 今すぐ取って……」
「なるほど、確かにそれならばワシは助かるじゃろうな」
今すぐにでも駆け出そうとしたダイをブラスは手で制する。
「お主らも知っておるじゃろう。魔法の筒は、この島のモンスター全てを封じ込められるほど数はない……」
「うん……でも、おじいちゃんだけでも……」
「他のモンスターを犠牲にしてワシだけ助かれというのか?」
「それは……」
ブラスの指摘にチルノは何も言い返すことは出来なかった。そんなつもりはないのだが、確かに結果だけ見れば、犠牲にして生き延びる行為だろう。
「ワシ以外にも、筒の数だけ封じ込めるのか? ならば封じるモンスターはどうやって選別するんじゃ? 選ばれなかったモンスターはここに残されるのか? 選ばれたモンスターは、残った者たちを犠牲にして生きていくのか?」
「……それ……は……」
「ワシは、この島の代表として、お主たちの親として、恥ずかしくないように接してきたつもりじゃ……そんな人道にもとる行為はできん……」
「おじい、ちゃん……」
チルノの瞳から一粒の涙が零れ落ちた。こんな事態だというのに、高潔な意志を見せるブラスの姿はまるでどんな王族よりも輝いて見える。自分よりも他人を優先する。それだけの想いと覚悟で自分たちを育ててくれたのだと知り、言葉に詰まる。そして、その想いを無駄にしたくないという気持ちが強くなってしまう。
「私たちは……逃げなきゃいけないの……?」
「……いやだ! おれは、いやだ!! みんなを……じいちゃんを置いて逃げるなんてできない!! そんなの勇者のやることじゃないよ!!」
だがダイはその気持ちを振り切った。逃げれば確かに助かるかもしれない。だが、ブラスを置いて逃げることもまた、犠牲の上で生き延びようとする行為にしか、彼は感じ取られなかった。
ブラスの想いと同じく、ダイもまた純粋な想いを持っているのだ。そんな純粋な願いに応じるように、不意に声が響いた。
「その通り、いいことを言いますね君は……ダイ君!」
全員が声のした方を向くと、そこには一艘の船が辿り着いていた。そして、二人の男性が姿を見せている。一人は年齢は三十程度。銀髪をカールさせた髪型と眼鏡が特徴的な、優男といった風貌。もう一人は、まだ少年である。黒髪に黄色いバンダナがトレードマークの、利発そうではあるが、同時にどこかお調子者な印象を受ける。櫂を持っているところを見るに、船を漕いでいたのもこの少年だろう。
「だ、だれ……?」
「ブラスさんもチルノさんも、お気持ちはわかりますが……まあ、この場は私に任せてください」
声をかけてきたのも年上の方である。彼は腰に差していた剣を鞘ごと抜き取ると、鞘尻で地面を軽く突き刺す。
「さて、ひとっ走り行ってきましょうか……ちょええええええ~~!!」
何やら緊張を削ぐような奇妙な掛け声と共に、剣で地面を削りながら島の内部に向かって駆け出した。あまりに唐突な出来事に、それまでの深刻な空気はどこへやら。完全に毒気を抜かれたようにぽかんとした表情で、ダイとブラスは男の走り去った後を眺めている。
そしてチルノは、彼が来たことに安堵していた。これもまた彼女の知識にある出来事。いわゆる規定事項であるとは思っていたが、それでもどんなイレギュラーが起きるとも限らない。実際にその姿を見るまでは油断はできなかった。だがその緊張もようやく解ける。こうして彼が走り回って何をしているのか、彼女は知っているのだから。
「あのさ、あれ、何をやってるの?」
「心配すんなって。先生はすげえんだから」
何をやっているのかわからず、残った少年に向けてダイは尋ねるが、返ってきたのはいまいち要領を得ない回答だった。ダイからすれば、その言葉はさらに混乱を招くだろう。
言葉の意味が分からず茫然としていると、やがて男は出て行った勢いを殺さずそのままに戻ってきた。地面の上に線を引きながら島を一周してきたのだ。もしも上空から島の様子を見ることができたのであれば、巨大な五芒星が描かれているのが確認できただろう。
「邪なる威力よ、退け……マホカトール!」
精神を集中させ拳に魔法力を込めると、男は呪文を発動させる。それに応じるように、地面に描かれた魔法陣が光り輝いた。光は島全体を覆いつくすとそのまま天へと上り、上空の暗雲を払い飛ばす。天から柔らかな光が差し込むと、島を包んでいた邪悪な気配が霧散していく。
「こ、これは……奇跡か?」
「おじいちゃん!? 大丈夫なの?」
「ああ。あの方が呪文を使った途端、今まで襲ってきていた苦しみが嘘のように消えたんじゃ」
あれ程まで苦しんでいたブラスの顔色が、今は嘘のように穏やかになっている。暖かな光の気配が島全体を包み、破邪の力が魔王の意志を打ち消しているのだ。まるで昨日までの穏やかな日常が戻ってきたような、そんな光景がダイたちの目の前には広がっていた。
「す、すげえや……」
「あなたは一体……?」
「これは申し遅れました。私……」
言いながら男が懐をまさぐると、一本の巻物を取り出した。それを開き、書かれた内容を見せながら言葉を続ける。
「こーゆー者でございます」
そこには『勇者の育成ならお任せ!!』という一文があった。ただ、それ以上に『アバン・デ・ジニュアールⅢ世』の記載が目立つ。『魔法使い、僧侶も一流に育てあげます』とあるのだが、前述のそれと比べると目立たない。
それを唐突に見せられたダイとブラスの混乱や如何に、というものである。
サイズは段違いに大きいけれど、なるほどこれは名刺の代わりか。と事情を知っているチルノだけは一人納得していたが。
「まあ、平たく言えば勇者の家庭教師というやつですよ」
「「家庭教師ィ!?」」
「そう! 正義を守り悪を砕く平和の使徒! 勇者、賢者、魔法使い……彼らを育て上げ超一流の戦士へと導くことが私の仕事なのです!!」
「はぁ……」
ブラスが生返事に似た声を上げる。つい先ほど、魔王の意志すら打ち払うほどの強力な結界を張った姿と、目の前の男の姿がどうにも同一視できないのだ。
あまりのテンションの落差に、自分は夢を見ているのではないかとすら疑ってしまう。これを狙ってやっているのだとすれば、たいした者だろう。
「これは弟子のポップ、現在魔法の修行中の身であります」
アバンがポップの肩を軽く叩くと、ポップは軽く頭を下げた。
「それで、その家庭教師がなぜこの島へ?」
「もうすでにお気づきでしょうが、魔王が再び現世に復活してしまいました」
「やはり……そうでしたか……」
つい先ほどまで、魔王の洗礼とでもいうべき苦痛を自身でたっぷりと味わっていただけに、その言葉に疑いなど持てようはずもない。
「ええ。魔王の配下の邪悪な怪物たちが世界中にあふれだし、人々を苦しめ始めています。ロモス、パプニカなどの王国も危機にさらされているのです」
「ロモスの王様や、レオナが!?」
アバンの言葉を聞いた途端、ダイの顔色が青くなる。デルムリン島に来るまでの道中、アバンたちはそうした邪悪なモンスターに遭遇しては退治をしたり、町や村の依頼で退治を行うことも何件かこなしていた。
実際に自分の目で見て、体験してきた事実だけに、その言葉は深く、重い。今こうしている間にも、命の危機に瀕しているかもしれない。そう思わせるのには十分すぎるほどだ。
「はい、その通りです。私はパプニカ王家から頼まれてここに来たのです。デルムリン島には、未来の勇者と賢者が住んでいる。二人を一日も早く、本物の勇者に育て上げてほしい、とね」
「……!!」
「あの、少しいいでしょうか?」
「どうしましたチルノさん?」
話の途中で遮ることになるため、おずおずと挙手をしながらチルノが口を挟む。だがアバンは嫌な顔一つすることなく、彼女の方へと向き直る。
「パプニカ王家からの依頼、それはひょっとして――」
「ええ、お察しの通りレオナ姫からです」
「レオナは、無事なんでしょうか……?」
「……今はモンスターが散発的に暴れているだけです。人々が団結して対処すれば、十分に跳ね返せますよ」
アバンが口にしたのは、極めて客観的な、けれども十分に優しさを含んだ言葉だった。
「そう、ですか……」
チルノはその言葉から、何を言いたいのかを理解した。
散発的に暴れているだけ、十分に跳ね返せる、という言葉は甘美な響きに聞こえる。だがそれは、裏を返せば、魔王軍が本格的な侵攻を開始すればどうなるかわからない。ということでもある。
それは彼女の記憶にある展開と同じであり、そしていずれそうなるであろうことは、アバンも予期しているからこその言葉だった。
「よかった、無事なんだ……」
ダイなどはそれに気づかず、言葉を額面通りに受け取って少しだけ安堵していた。
希望を持たせる意味でもあえて言わなかったのだが、それでも言葉の裏を正確に読み取っていることに、アバンは顔には出さねど感心していた。
「ダイ、私はアバンさんに教えを乞うべきだと思う。さっきの結界の呪文だけでも、相当な実力者だってわかるわ。それに、レオナたちだって今は無事でもいつ危険になってもおかしくないのよ」
ここで断ってもらっては困るとばかりに、ダイの背中を押す。だが、チルノの気遣いなど無用とばかりに、ダイは強い決意を込めた瞳でアバンを見る。
「わかってるよ姉ちゃん! 俺やるっ!! 魔王を倒さない限り、じいちゃんたちは平和に暮らせない!! それにレオナがピンチだっていうなら救いに行かなくちゃ!!」
「……二人とも、本当に私の修行を受けますか? 魔王を倒すために。もちろん修行はメチャクチャハードですよ?」
ダイの熱い宣言を聞いたアバンは、だが少しだけ意地の悪い笑みを浮かべながら決意を揺るがすような言葉を口にした。仮にこの程度の揺さぶりに、少しでも動揺するようであれば、その決意も程度が知れるというものだ。
「平気です! おれを鍛えてください! 本当の勇者になって、魔王を倒すっ!!」
だが、ダイの信念はその程度では些かも揺るがなかったようだ。強く、純粋な想いに満ちた瞳を正面から受け止め、アバンはレオナの推薦が、そしてここまでやってきた自身の行動が間違っていなかったことを確信する。
「よろしい。では……この契約書に判子を。あ、サインでも結構ですよ」
どこから契約書を取り出すアバンの姿に、緊張していたはずの空気はぶち壊された。
さて、記憶が正しければ――
「……あれ!」
一件ふざけたアバンの態度によって弛緩した空気の中、チルノは空を見上げ、自身の記憶が間違っていなかったことを確認すると短く叫んだ。それにつられるようにして、ダイたち他の面々も空を見上げる。
初めに見えたのは、ゴマ粒のように小さく黒い点だった。だが、一行の見ている間に黒点は徐々に大きくなり、その輪郭もじっくりと鮮明に変化していく。
「なんじゃ、あれは……!?」
「あれは、ガーゴイルですね」
眼鏡の位置を調節しながら瞳を細め、遠くを睨んでいたアバンだったが、やがてブラスの誰何の声に応えた。それから数十秒後には、アバンの言葉に偽りがなかったことを知る。
その証拠に、剣を手に持ち背中に羽を生やした鳥人間のような魔物の姿が二匹、全員の目にはっきりと映っていた。
「しかしチルノさん、よく気づきましたねぇ。お手柄ですよ」
「あはは……このくらいしか取り柄がないもので……」
カンニングの賜物です。などと胸を張って言えることでもないため、どうにも歯切れ悪く返すことになってしまう。そんなやり取りをしているうちに、ガーゴイルはさらに距離を詰め、空から急降下して襲い掛かって来る――
「グェッ!?」
――訂正。襲い掛かろうとして結界に正面からぶつかり、勢いよく弾き飛ばされた。
マホカトールは魔を払い、邪悪を打ち消す魔法陣を生み出す呪文だ。ガーゴイル程度では、その干渉を力技で打ち破ることも、技術ですり抜けることも、どちらも不可能である。
現に、ぶつかった方のガーゴイルは、結界との接触がまるで火傷でも負ったかのようにダメージを受けていた。
「び、びっくりしたぁ……」
「ピィ……」
「うむ……なんと強力な結界じゃ……」
マホカトールの効果を知らないダイたちはガーゴイルの襲撃に対して身構え、そして弾かれたことにただただ驚いていた。
「な? 先生はすげえんだって」
そんなダイたちに向けて、ポップが自慢げに言った。
アバンの結界がどれほどすごいのか、彼は知っているのだ。まあ、ガーゴイルが結界にぶつかったときに、一瞬腰が引けたのは本人の名誉のために黙っておこう。
「どうやら、魔王の偵察隊のようですね。放っておくわけにもいきませんし……ポップ、あいつらをやっつけちゃってください」
「えー、おれ一人でですかぁ?」
不満を隠そうともしないポップの背中を押しながらアバンは言う。
「その通り。私はマホカトールを使ってベリーベリー疲れているのです。それに……兄弟子になるのですよ。弟弟子にカッコイイところの一つでも見せてあげたらどうです?」
後半は、他の人間に聞こえないように耳打ちで伝える。そう言われたポップは、弟弟子の姿を――というか、チルノの方をちらりと盗み見た。
ここに来る途中、島にはチルノという少女がいるとは聞いていたが、容姿については詳細に聞いていなかった。精々が髪の色程度だ。島に人間は二人しかいないのだから、行けばわかる。
事前情報がなかったこともあって、期待はしていなかった。怪物島に住む少女なのだから、最悪モンスターまがいの野生児が出てくるのではないかと思っていたほどだ。
だが、実際に会ってみてどうだ。年下ではあるが、彼の目から見ても十分に美少女である。
アバンの言葉ではないが、ここで良い格好の一つも見せれば、なびくかもしれない。辛い修行の最中、兄弟子である自分に頼るチルノ。いつしか彼女は淡い恋心を……
――ポップも健全な男の子である。このくらいの都合の良い妄想は十分許容範囲内だろう。
「よっし!! おい、カラス野郎!! おれが相手になってやる!!」
気合十分どころか、些か空回りしているのではないかと思うほどの勢いで意気揚々と結界の外に飛び出していく。その態度はガーゴイルを激昂させるのに十分すぎるほどだった。
「このガキがあっ!! 笑わせるなッ!!」
「メラゾーマ!!」
口角泡を飛ばしながら、剣を片手に空から飛び掛かっていく。中々に早い攻撃だったが、ポップには通じなかった。魔力を増幅させる短杖マジカル・ブースターを片手に、上級火炎呪文をカウンター気味に放つ。
「グワアアッ……!!」
大人でも一抱えはありそうなほど巨大な火球が放たれ、突進してきていたガーゴイルを一瞬にして包み込む。火力も見た目に恥じず凄まじく、断末魔を満足に上げることすらできずに息絶えた。後に残った人型の炭だけが、ガーゴイルの残滓である。
「すごい……」
初めて見るメラゾーマの威力を目の当たりにして、チルノは我知らずにそう呟いていた。炎の魔法を使えるが、自分のそれとはレベルが違う。これがアバンの使徒の力。そして、ポップを鍛え上げたアバンの実力。デルムリン島で――狭い世界の中で鍛えてきた自分とは大きな差がある。否応なくそれを実感させられた。
せめてこの一割でもあれば、そう思わずにはいられない。
「さあ、次はお前の番だ!!」
だがそんなチルノの心情など知らぬポップは、先ほどの発言を単純に「強いポップさん素敵!」という意味に捉えていた。そのため、ますます気を良くして残ったガーゴイルを挑発する。
「き、貴様ァッ!!」
挑発に怒るガーゴイルであったが、だが先ほどのメラゾーマを見ているのだ。同じ轍を踏むほど阿呆ではない。呪文が怖いのならば使えなくしてしまえばいい。
「マホトーン!!」
「あっ! あぐぅぅ!!??」
相手の呪文を封じる呪文。ガーゴイルの得意技である。調子に乗っていたポップはそれをモロに食らってしまい、呪文を封じ込められてしまう。直接戦闘能力の低い魔法使いにとっては致命的だ。
「あ……っ」
呪文を封じられ慌てるポップを見て、チルノは正気に戻り小さく悲鳴を上げた。そういえば、ここでマホトーンを使われていたと今更ながら思い出した。さすがに記憶から抜け落ちていた展開だった。何も反応できなかったことで悔恨の情にかられる。
「死ねぇ!!」
「【エアロ】!!」
それでも、その後の展開は十分に予想できることだった。無力化した魔法使い相手に接近戦を仕掛けるはずだ。ならば自分はそれを妨害してやればいい。グズグズしている暇はない。
攻撃に移りかけたガーゴイルの出鼻を挫くタイミングで、魔法で風を操り強制的に動きを止める。
「ガッ!! な、なにが……おおおっっ!?」
さらに、チルノの予想以上の出来事がガーゴイルに襲いかかる。
エアロの魔法でガーゴイルが動きを止めた瞬間、ダイが即座に駆け出して結界から抜け出ると、敵目がけて思い切り拳を振りかぶっていた。ガーゴイルからしてみれば、強い衝撃を受けて一瞬混乱状態となり、気が付けば自分が今まさに殴られる直前である。
「くらええええっっ」
「グエッ……おお……」
ダメージを覚悟する暇も与えられず、ガーゴイルの腹にダイの拳が深く突き刺さる。ハンマーのような鈍い衝撃を腹部にモロに受け、口から空気と共に痛みを訴える声が漏れ出る。小さな声にも関わらず、だが下手な悲鳴を上げるよりも何倍もの苦痛を訴えていた。
「今です、下がって!!」
「くそっ……カッコわりぃ……」
ガーゴイルの動きが止まった瞬間に、チルノはポップに声を掛けて結界内まで戻るように指示する。呪文を封じられ、まともな近接戦闘能力を持たない魔法使いでは足手まといにしかならないからだ。ポップもそれをわかっているため、悪態を吐きつつも素直に結界内に逃げる。吐き捨てられた言葉の向かう先は、自分への不甲斐なさか。
そして、逃げるポップへガーゴイルの意識が向かわないようにダイは叫ぶ。
「魔王の手下めぇ、この島から出て行けっ!!」
「ぐぐ……な、舐めるなチビぃっ……!」
「わっ! わわっ!!」
痛みのせいで若干のろのろとした動きになりながらも、ガーゴイルは気力で剣を振るう。その攻撃をダイは、大きく飛び退いて避けた。だがガーゴイルは苦痛を押してダイに向けて続けざまに剣を繰り出していく。通常時と比べれば何とも覇気のない攻撃ではあるため、ダイの今の実力ならば避けることはそう難しいことではなく、反撃に転じることも可能だ。
だがダイは、反撃することなく避けるだけだ。
本来の歴史であれば、ダイはパプニカのナイフを持っており、この局面ではそれを使ってガーゴイルと渡り合っていた。だが現在そのナイフを所持しているのはチルノである。ダイは完全に徒手空拳のため、真剣を持った相手と正面から渡り合うには少々心許なかった。
普段であれば、それでも木剣くらいは携帯しているのだが、今日は邪悪な意志によって苦しむモンスターたちを心配しているため、手放していた。
――素手にも関わらず迷わず飛び出したのは、流石は未来の勇者というべきか。それとも後先考えずに突っ込むその直情径行を責めるべきか。
微かに頭痛を覚えながらも、腰に巻き付けていた鞘から素早くパプニカのナイフを抜き取ると、ダイの前の地面目がけて投げつける。
「ダイ! それ使って!!」
「サンキュー、姉ちゃん!」
狙い外さず、チルノの投げたナイフは地面に突き刺さり、ダイはそれを即座に拾うとガーゴイルに向けて構える。
「チイッ! こいつ、剣を!」
「へへっ、これでもうお前なんか怖くないぞ!」
一転。ダイが今までのうっ憤を晴らすかのように反撃に転じる。短剣と自身の小柄な体を活かした高速の連撃を繰り出し、ガーゴイルを一刀ごとに追い詰めていく。不調のガーゴイルでは受け止めるのがやっとであり、それでも一撃ごとに体勢を崩している。
「あいつ、あんなナイフで……」
「ほう、これはこれは……」
そんなダイの戦闘風景を見て、アバンとポップがそれぞれ声を上げた。ポップは、ガーゴイルを瞬く間に追い詰めていくダイの戦闘力に単純に舌を巻く。アバンもその戦闘力に感心していたが、まだまだ技術面で荒さが見える。とはいえこの年齢で、聞いた話によれば、まともな人間に師事せずにこれならば……ダイをきちんと育てればどれだけ大輪の花を咲かせるのか、アバン本人でも想像ができずにいた。
「ぐぎぎ、こんなガキが……くそっ!!」
「逃がすか!」
たまらず空中へ飛び退いたガーゴイルだったが、ダイにとっては想定内である。すぐさま風刃を放ち、剣圧でガーゴイルの片翼を被膜ごと一気に切断する。
「なななぁっ!! おおっ!!」
「っ!! ……今のは!?」
当然、翼で風を掴めなくなったガーゴイルは浮くこともできず、真っ逆さまに落下した。
「ぐぺぺ……ぺええええっ!?!?」
地面に落ちた衝撃で口中に飛び込んだ土を唾ごと吐き捨てながら起き上がるガーゴイル。彼の目に飛び込んできたのは、自身の眼前で剣を構え、今まさに振り下ろさんとするダイの姿であった。
「ずああああっ!!」
「ぎゃああああああああっ!」
大上段から全力で振り下ろされる雷刃。ガーゴイルは回避も防御も間に合わず、哀れにも縦に真っ二つに両断された。正中線から綺麗に二等分され、断末魔の悲鳴を血泡で濁らせながら右半身と左半身が崩れ落ちる。
「あいつ、倒しちまいやがった……」
「これはまさか……」
「……先生? どうかしたんですか?」
「ああ、いえいえ。見事な剣術だなぁと思いましてね」
ポップの言葉にアバンはとぼけた表情を作り見せるが、その内心は驚愕一色に彩られていた。先ほどダイが使った剣技は、まさしく海波斬と大地斬――自身が編み出したアバン流刀殺法の技だ。とはいえ、仕組み自体はそれほど難解なものではない。
仮に、一人の剣士が長年に渡り剣を振るい続けていれば、いずれは思いつく技だろうとアバンは考えているが、それにしては、自身の技に似ていた……似すぎていた。ならば果たして、どこでこの技を覚えたのか……
アバンはもう一度、ガーゴイルの死体に目を向ける。威力重視の大地斬にも拘らず、その切断面は滑らかなものになっているところを見ると、鋭さはかなりのものである。
「ダイ君、少し良いでしょうか?」
アバンは自身の考えを抑えることが出来なかった。勝利に浮かれるダイに向けて、無粋なことだと理解しつつも口を挟む。
「先ほどのガーゴイルの羽を切断した技と、真っ二つに両断した技。あれは一体どこで習ったんですか? 誰かに教わりましたか?」
「ああ、雷刃と風刃のこと?」
「雷刃と風刃……」
パプニカのナイフを姉に返しながら、ダイは答える。
「姉ちゃんが考えてくれたんだ。おれ、魔法が全然できなくて、そうしたら姉ちゃんは剣の方が向いているだろうからって教えてくれて」
「お姉さん……チルノさんにですか!?」
「あ、あははは……はい、一応……」
受け取ったナイフを鞘に戻しつつ、アバンの疑問も当然だろうと思いながらチルノは苦笑いを浮かべる。
「誰かに教わったわけではなく?」
「はい。ダイが未来の勇者になる手助けができればと思って」
ダイの成長の一助になればという思いから稽古をつけたのは本当であるが、原作を読んで知っていたので先に教えておきました。とは流石に言えなかった。何時かは打ち明けるべきだと理解しているが、今ここで言うべきタイミングでもないだろうとチルノは考えていた。
「……そうでしたか、変なことを聞いてすみません。素晴らしいお姉さんですね」
「へへっ、まあね」
昔、デルムリン島に一人の人間がやってきてこの剣術を教えてくれました。
もしかしたら、そう言ってくれるのではないかというアバンの淡い期待は叶わなかった。彼の初めての弟子である少年――いや、もう立派な青年になっているだろう――のことを思い出す。彼はどうしているのだろうか。
かつての経験を少しだけ思い出しながらも、今考えることではないとアバンはそれを振り切った。
「さて、ダイ君。チルノさん。アクシデントがあったとはいえ、二人とも素晴らしい活躍を見せてくれました。ダイ君はその類まれな剣術を。チルノさんはポップをすぐに助け、ダイ君に短剣を投げ渡すという素晴らしい機転を見せてくれました。弟子入りに文句のつけようもありません。明日よりキビシー修行を……」
「あの、ちょっといいでしょうか?」
アバンの言葉を遮り、チルノが申し訳なさそうに口を挟む。
「私はまだ教えを乞うとお返事した覚えがないんですが……」
「……おや……? ……そうでしたっけ?」
チルノの言葉に全員は少しだけ記憶を巻き戻す。
アバンが「修行を受けますか?」と聞いたところ、ダイが「鍛えてください!」と即答。その後アバンが契約書を取り出し、ガーゴイルが襲ってきて……
「……おや、本当ですね」
「ええっ!? じゃあ姉ちゃんは修行を受けないのか!?」
「そういうわけじゃないから、安心しなさい。決意表明みたいなものだから、ちゃんと言っておきたかっただけなのよ。あと、お願いしたいこともあったしね」
不安そうなダイの頭をポンポンと叩くと、チルノはアバンを真剣な瞳で見つめる。
「お返事が遅くなりまして申し訳ありません。私にも修行をお願いします。そして一つだけ、ワガママを言わせてください。修行についてですが、まずダイを重点的に見てあげてください」
「はい、修行については問題ありませんよ。そしてワガママの方ですが、どういうことですか?」
チルノの意図が読み取り切れず、アバンはその真意を問う。
「ダイは私なんかと違って、本当にすごい才能を持っているんです。だから、ダイを最優先にしてあげたいんです。二人同時に見て、少しでも指導が疎かになるくらいなら、私は後回しで構いません」
「姉ちゃん!?」
「ふむ。チルノさん、貴女の気持ちはわかりました。そう言うのであれば、ダイ君を重点的に見ましょう」
何か隠している理由があるようだが、それはあえて尋ねることなくアバンはチルノの意思を尊重した。指導者としてはあまり褒められたことではないだろうが、本人が希望するというのであれば仕方あるまい。
確かに彼女の言う通り、逸材という点ではダイの方が圧倒的に上だ。チルノもこの年代としては飛び抜けているが、ダイは文字通りモノが違う。魔王が復活して、少しでも強い戦力が欲しい現状からすれば、チルノの言っていることも決して間違いではない。
「大丈夫よダイ。ちょっと先に行ってなさい。すぐに追いつくから、ね?」
「うん、わかったよ……」
「それに、ダイの修行を見ておいて後から私が楽々突破するための方策なんだから。そこまで気にしなくていいの」
「ええっ!?」
納得しかねるといった表情の弟を見て、チルノは軽口を叩いて安心させている。姉を気にしすぎて修行に身が入らないようにするのを防ぐためだろう――なるほど、いいお姉さんみたいですね。アバンは二人を見てそう思った。
「さて、では改めて仕切り直しですよ。明日からダイ君は真の勇者になるためのキビシー修行が始まります。チルノさんも、ダイ君ほどではないとはいえ修行を受けてもらいます」
パンパンと手を叩きながら弟子たちの注目を集めなおしてから、アバンは言う。
「ポップ。あなたは兄弟子として、二人の面倒を色々とみてあげなくてはダメですよ」
「はい先生」
「よろしく、ポップさん」
「ポップ先輩って呼ぶべきかしら?」
「ポップでいいよ。よろしくな、ダイ。チルノ」
兄弟弟子たちが短い交流をしている間に、アバンは懐から教本を取り出すとペラペラとめくる。
「さて、特訓のコースですが……なにしろ時間がない。世界中の人々が今こうしている間にも、魔王軍の猛攻に苦しめられているはずですからね……」
やがてお目当てのページを見つけると、アバンはそれをダイたちに見せつける。
「そこで二人にはズバリ! 一週間で勇者になれる"
「ゲエエエッ!? "
「ええっ? 一週間で勇者になれんの!?」
「え……私も勇者になるんですか?」
前評判を知っているポップはその言葉を聞いた途端にこの世の終わりのような表情を見せ、反対にダイは一週間というそのあまりに短い期間で達成可能という事実に歓喜していた。チルノだけは少々異なった反応を見せていたが。
「ノンノン、勇者になるというのは言葉の綾ですよ。ダイ君は勇者に、チルノさんは立派な賢者にして見せます。勿論、一週間で」
「賢者、ですか……」
「一週間で勇者に……」
チルノの疑問に答えたアバンであったが、賢者という言葉を聞いて浮かない顔をする。どうにも自分が賢者――というか知恵者扱いされることは苦手なのであった。
ダイは単純に一週間で勇者という響きにより一層瞳を輝かせていたが。
「せ、先生!? ダイの方はまだわかるとして、女の子に
「そんなにすごいんですか?」
「そりゃ、通常の特訓に加えて早朝と夕方にも猛特訓があるんだよ。今まで誰もやり通したことがないんで有名なんだぞ。下手すりゃ死んじまう」
「へぇ……なるほど……」
チルノの言葉にポップはどれだけ無茶な特訓をやらされるかを伝え、せめて思いとどまってほしいと願う。もっともチルノはといえば、原作と差異がないかをポップの言葉から読み取ることの方に頭を使っていたが。
「ポップ、チルノさんはダイ君の修行が終わってから参加するわけですから、ある程度の余裕はあります。大丈夫ですよ。それと、あなたも参加しても構いませんよ」
――後輩に失点を見せたままでいいんですか? と、口には出さずともアバンは言外にポップにそう告げる。
「あ、う、お……」
「おれそれやります!! 一日も早く強くなってレオナたちを助けに行くんだ!!」
「私は少し変則的になるみたいですけど、よろしくお願いします。アバン先生」
「よろしい! さて、ポップはどうします?」
ダイとチルノの二人が、こぞって参加表明をしたことで、ポップはいよいよ逃げ道がなくなったように思えた。自分よりも年下のダイと、年下に加えて女性のチルノがやるというのであれば、立つ瀬もなくなる。
それに、アバンの言った通り二人――というかチルノ限定――には失点も見せている。このままでは、自身の考えたカッコイイ先輩作戦が潰えてしまう。しばし両目を瞑り奥歯を噛みしめながら熟考した後、血を吐くようにして言葉を絞り出した。
「わかった、わかりましたよ! でも、無理だと思ったらすぐに降りますからね!! それが条件です!!」
決死のごとき参加表明に、アバンたちは「おお~!」と拍手を持って出迎える。
こうしてデルムリン島にて、三人の弟子が
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「うおおおおっ!!」
「ひいいぃぃっ!」
「ううっ!!」
翌日。
ダイ・ポップ・チルノの三人の
今行っているのは腰に岩を結び付けての長距離ダッシュ。ダイは三つの岩を括りつけられているが、ポップとチルノは多少遠慮して二つになっている。
それでもダイは二人を引き離すほどの速度でグングン駆け抜けていく。魔法使いのポップと後衛系のチルノ、この二人と比べればなるほどダイは基礎体力からして違う。
ポップは文句を言いながらも必死で走り続け、チルノもまた予想以上のキツイ特訓に苦しめられながらも必死でダイについていく。
「ハッ……ハッ……」
「ダイ、はやい……わね……」
必死で追いかけて、二人はゴール地点の浜辺までたどり着く。到着した途端、ポップは眩暈すら覚えてへたり込んでしまった。ダイは既に辿り着いており、必死で息を整えているところだった。チルノも倒れこんでしまいたかったが、ダイもいる手前、膝に手をついて堪えていた。
「姉ちゃんも、ポップも、おつかれ」
そうやって三人がつかの間の休憩を行っていると、向こうから人の倍はあろうかという大岩がゆっくりと近寄ってくる。
「な、なんだぁ!? 岩が歩いてる?」
「ダイ、ほらアレ」
チルノが岩の下部を指差しながら注意を促す。よく見るとそこには、大岩を持ち上げているアバンの姿があった。抱え上げた岩とのサイズ差で長身のアバンが小さく見える。
「せ、先生……?」
「おや、三人とも到着していましたか」
全員の前まで歩いてくると、アバンは抱えていた大岩を地面におろす。その重量感により、一瞬地面がグラリとした揺れを感じたほどだ。
「ダイ君。これ、剣で割れますか?」
「え!? うーん……この大きさはどうだろう?」
「まあ、試してみてください。剣は貸してあげます」
アバンは腰に差していた剣を抜くと、ダイに渡す。
「ダイならできるわよ、大きさに気負わずにやっちゃいなさい」
「うん、それじゃ……でやあああっ!!」
雷刃を使い、剣を振るう。それだけで、大岩はあっさりと切断される。
「ふむふむ、なるほど。次は……ポップ、起きられますか?」
「へぇ……? 先生、何か用ですか?」
まだ完全に落ち着いたとはいえないものの、ある程度は回復したポップがのろのろと体を起こす。
「空に向かってメラゾーマを撃ってくれますか?」
「え!? なんでまたそんなことを……?」
「まあまあ、お願いしますよ。ダイ君は、その場でポップの使ったメラゾーマを切ってください」
師の意図が読めず困惑するものの、疲れた体に鞭打ってポップは短杖を構える。
「行きますよ……メラゾーマ!!」
「風刃!」
巨大な火球に向けて剣圧を飛ばし、ダイはメラゾーマを切断する。二つに分かれた火球はそのまま自然と消えていった。
それを最後まで見ていたアバンはその結果に満足そうに頷いた。
「ダイ君。昨日教えていただいた、そして今使った風刃と雷刃ですが、それこそ私が教える予定だった大地斬と海波斬なのです」
「「え!?」」
ダイとポップが驚きの声を上げるなか、アバンは続ける。
「細かな技術についてはまだまだ改善の余地ありですが、基本技術としては問題なく合格です。本来ならば三日ほど使い、この二つの剣技を覚えてもらうつもりだったのですが……いやはや、驚きましたよ。まさかもう使えるとは、思いもよりませんでした」
「……ん!? じゃあまさか、ダイは一週間も掛からずに勇者になるってことですか!?」
「えっ、そうなの!?」
「いいえ、それは違います」
ポップがハッと気づいたように声を上げ、それを聞いたダイが喜色を浮かべるが、アバンは冷静にそれを否定する。
「剣術を――アバン流刀殺法を極めるだけであれば、もっと早く修行を完了させることも可能でしょう。ですが、ダイ君は勇者になるんですよ? 剣はもちろん、呪文もそうですし、各種の知識についても学ばなければなりません」
「あ、そっか……」
「一週間かけてしっかりとした勇者になってもらいますが、使える時間はより多くなりました。やりましたね、ダイ君」
「あはは……よかったわね、ダイ」
喜んだり反省したりと百面相するダイに励ましの声を掛けつつ、チルノも少しだけ目論見が外れたことに落ち込んでいた。
残るアバン流刀殺法の技である空裂斬の修行を終えれば、すぐにでも勇者となるのではないか。チルノもそう考えていたが、確かにアバンの言う通りそれだけでは勇者とは言えないだろう。
「まあ、本日は先ほど言いました細かな技術などの修正をメインにしましょう。明日からは、アバン流刀殺法の残る技を教えますからね。それでは、通常の特訓コースに突入しますよ!」
「ええーっ……おれ、もう疲れましたよ……休んでていいんですか?」
アバンの言葉に水を差すようにポップが言う。
「まあまあポップ、一緒に頑張りましょ?」
チルノが少しだけ困った表情を浮かべながらも言うと、ポップは顔を赤らめ少し悩んだフリをしながら「しょうがねえなぁ……」と言って動き出した。
それを見ながら、「なるほど、こういう方法もアリですね」とアバンは心の中だけで呟いた。
特訓コースは剣術・格闘技の指導。昼休憩を挟んで座学、呪文の勉強。そして魔法力を高めるための瞑想から、呪文の特訓へと続く。
なお、ここでチルノは自身が呪文の契約が何もできなかったことと、謎の魔法――ファイナルファンタジー世界の魔法――が使えることを伝えたことを記しておく。そして、呪文の特訓でも理論などを学び、少しでも役立ったことも。
海を凍らせるという乱暴な呪文特訓を経て、夕方には再び剣術の猛特訓。アバンの言った通り大地斬と海波斬の調整を行い、夕日が沈む頃にはダイはほぼ完璧な技術を獲得していた。
こうして、
「ぐがーっ……ぐごーっ……」
既に中天は暗くなり、月が上っていた。
夕食を終えるとダイは倒れるように眠りにつき、今は大いびきをかいている。
「よほど疲れたんじゃな。チルノとの修行でも、ここまで疲れたことはなかったのう……」
「そうね……ダイは私よりもずっと大変な修行してたから……あふぅ……」
無邪気な表情で眠るダイを見ながら感慨深げに呟くブラスと、その言葉に頷きながらチルノも眠そうな目を見せる。
「チルノももう休んだ方がいい。明日も早くから特訓があるんじゃろう?」
「うん、でもちょっとだけ……」
少しだけ頼りない足取りで、チルノは外に向かう。
「む、どこに行くんじゃ?」
「泉よ。体中に汗かいて気持ち悪いから、ちょっと行ってくるね」
「だ、大丈夫か?」
「大丈夫、大丈夫」
ヒラヒラと手を振りながら、彼女は家を後にした。
月と星の明かりしかない夜の世界であっても、チルノにしてみれば慣れたものだ。伊達に十年以上、この島で野生児をやっていない。疲れた体であっても足を取られることなく進んでいく。
そのまま歩いて数分ほどか。近場の泉へとたどり着いた。
「さすがに、女の子だしね……」
誰に向けるわけでもなくそう呟くと、泉のほとりにしゃがみ、手で水をすくってまずは顔を洗う。洗顔フォームとは言わずとも、せめて石鹸くらいは欲しいのだが、無い物はしかたない。
首筋から耳の後ろと垢の溜まりやすいところを中心に、古布で汚れを落としていく。
「んー……まあ、いいか」
少しだけ周囲を見渡し、誰もいないことを確認すると、チルノは身に着けていた服を手早く脱ぎ捨てると泉に頭の先までその身を沈める。
修行で汚れ、熱を帯びた体には泉の冷たさが何とも心地良い。デルムリン島が南海に位置することもあって気温が高いため、夏場にプールにでも入ったかのような涼を感じる。
「……ふぅ」
やがて、息が続かなくなってきたためチルノは水面から顔を出した。
濡れて額に張り付く自身の長い髪を手櫛で全て後ろに流すと、再び古布を手にして体の汚れを落としていく。
月の光は古来より、狂気を帯びると言われる。
星明りの下、水滴のせいで月光を反射してチルノの肉体は怪しく輝く。この世界では珍しい彼女の褐色の肌の色もまた、その辺にいるような女性からは感じられない魅力を醸し出す。
いつぞやよりももう少しだけ成長した彼女の肢体からは、胸の膨らみも、腰の丸みもより女性的なそれが見て取れた。
「このまま修行を続けると、筋肉ついちゃうのかな?」
自分の腕を見つめながらそう呟く。修行している以上は仕方ないと割り切れるが、武闘家になったマァムでも柔らかそうだったことを未来の知識から思い出し、そう諦めたものでもないのかと思い直す。
「このまま修行して……」
原作通りなら三日目にハドラーが来る。それを無事に乗り越えられるだろうか。言葉には出さず、心の中だけで口にする。
原作通りならば、アバン先生は助かるはずだ。自分は先生を回収してから、事情を説明する。その時には自分がこの世界に転生してきた存在だということも話してしまおう……うん、おじいちゃんにも一緒に話しておこう。
アバン先生なら、自分の持つこの知識をもっと有効に使ってくれるはずだ。メガンテを使っても、カールの守りがあるから大丈夫。自分が助ければ、もっと早く回復するだろう。
ただ、ダイの成長という意味では、やはり死んだことにしておくしかない。知っているのは自分たちだけ……比べれば少し危険が増したかもしれないけれど、全体的に見ればもっと上手くいくはずだ。
そこまで考えたところで、不意にガサリと草むらが揺れる音がした。
「誰ッ!?」
胸元を手で隠すようにしながら、音のした方向に鋭い視線を向ける。少しの間、睨めっこが続いたが、やがて観念したかのように草むらから犯人が顔を出した。
「……ピィ」
「スラリン!? またあなたなのね……」
予想通りの犯人の登場に、チルノは嘆息する。顔を出したのはスライムのスラリンであった。
ロモスでずるぼんの色仕掛けに引っかかったのもスラリンであるように、どうもこのスライムはスケベ心が強いようだ。チルノが水浴びをするのを見計らって、ちょくちょく顔を見せて――もとい、覗きに来ている。
自分のような小娘の裸を見て何が面白いのだろうかと思いつつ、チルノはスラリンを手招きする。
「ほら、スラリンおいで。夜だし近くにいなさい。それに、追っ払ってもまた覗くんでしょ?」
「ピィ!」
動物に裸を見られても恥ずかしがる人間はいないように、チルノもまたスラリンのことを意識していないがための行動であるが、お許しが出たとばかりにスラリンは嬉しそうにチルノに駆け寄っていく。
「こら、いたずらしない」
スラリンはチルノに勢いよく駆け寄ると、その胸元目がけて思い切り飛び込んだ。スライムらしからぬ力強い飛び込みにチルノはスラリンを受け止められず、彼女の体にぶつかった。
スラリンのボディがプルンと震え、それに負けないくらいに双丘が柔らかそうに震える。
「せめて、ほとりにいなさい。溺れ死ぬわよ」
泉に浮かぶスラリンを掴むと胸元で抱えながら、チルノは一旦泉から上がる。
スライムの軟体が潰れ、それに追従するかのようにして水風船のような膨らみが形を変えてスラリンを挟み込んでいるのが見て取れた。
「そうだ、暇だったら体洗うの手伝ってもらえる?」
胸元のスラリンを見下ろしながらそう呟くと古布を手に持ち直す。
その水浴びの裏で、とある一つの気配が泉から離れていった。
翌朝、二日目の早朝特訓。
ポップは目の下に大きな隈を作り、目を充血させながらも参加してきた。
だが、熱意は買うものの彼の体調を慮って通常の特訓からでいいということになり、ポップは早朝特訓の時間は寝るように命じられた。
昨晩ポップに一体何があったのか。それは誰も知らない。
ただ、チルノが心配そうに声を掛けられたときに、彼は彼女の顔をまともに見ることが出来なかったという。
書いてる人、ルビタグの使い方を覚える。
<ruby><rb>特別</rb><rp>(</rp><rt>スペシャル</rt><rp>)</rp></ruby>ハードコース とタグを入れても効果がなかったとき、ちょっと焦りました。
これで
魔王が復活して凶暴化する日が来るのをわかっているのに、対策の一つも講じていない。何しているんでしょうねこの主人公は。ダメ人間か。
ダイは大地斬と海波斬を既に使える。自分の剣術にすごく似ている。自分の剣技は、広く公開しているものではない。
そう考えたら「デルムリン島にヒュンケルが来てダイの師匠をしたのでは?」って考えるのは割と自然なことかと思います。原作見てたので知ってましたなんて答えは、アバン先生の目を持ってしても見抜けません。
ポップ君、原作よりもちょっとだけやる気出してます。まあ、女の子に応援されたら男の子は頑張ってしまう生き物なのです。
主人公さんの水浴びシーン。
いや、修行したら風呂入らないと汚いよなぁって思って。男衆は多分、濡らした手ぬぐいで汚れを落としたんでしょう。
でもチルノは女の子だしねー、水浴びくらいしないと汚いよねー、しかたないなー、ああー、ほんとしかたないなー、本編には全く関係しないんだけどなー(棒読み)
そういえばポップはなんで眠れなかったんでしょうかねぇ? 寝る前に何か刺激的な物でも見たんでしょうか?? いやぁ、不思議だなぁ。枕が合わなかったのかな?
水浴びシーンを書いた関係上、R-15タグを追加しました。
原作でも少年漫画なのにレオナがバーン様に服破られておっぱい見せてましたけど。もっとねっとりした表現しなければセーフですかね? とあれ、怖かったので一応。
それに、後々マトリフが乳揉んだり尻を撫でたりする可能性が大いにあるので、仕方なし。
(個人的なイメージは、ポップはスケベ担当でマトリフはセクハラ担当……何だこの師弟……)