隣のほうから来ました   作:にせラビア

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何の伏線を張ったのか、自分でも忘れてきた……



LEVEL:70 会議は踊る

――今頃ダイは、剣を打ち直してもらっている頃かな?

 

窓から外――正確にはロン・ベルクたちのいるであろう方角――を眺めながら、チルノはそんな事を考えていた。

 

彼女の知る本来の歴史と同じように進行していれば、ランカークス村でポップの父と出会い、ロン・ベルクの元へと赴くだけでも多少時間が掛かる。そしていくら剣を打つという了承を得ても、そう簡単に出来上がるものではない。良い物を作るには、それに見合っただけの時間も掛かるのだ。

ダイたちがランカークス村へと出発してから既に丸一日以上が経過しているが、未だに彼らは戻ってこない。それは逆に言えば、彼らが上手く行っている証拠でもある。それを知るからこそチルノはそう判断し、そのまま上手く剣が出来上がることを遠い空の下から祈っていた。

 

――さながら、嫌なことを忘れようとするかのように。

 

「チルノ、そろそろ入ってちょうだい」

 

一心不乱に祈り続けるチルノへ向けて、レオナの声が掛かった。それを聞いた少女は、祈りを止めると聞こえないように小さくため息を吐いた。

 

「ねえ、レオナ……やっぱり私も参加しなきゃ駄目なの?」

「当然でしょう? この世界会議(サミット)の目的は、各国の垣根を越えて協力しあって魔王軍に立ち向かうためのものよ! その最前線にいるチルノが参加しないでどうするのよ?」

 

これこそが、チルノが現実を忘れようとしていた理由であった。

 

ロモスにて覇者の剣を受け取りパプニカへと戻ったあの日、ベンガーナ王はレオナたちに向けて戦車という力を誇示し、さらには親友(チルノ)のことを「踊り子の方が似合っているのではないか」と侮辱したのだ。

とはいえ、戦車の力についてはチルノが利点と欠点を軽く説明しておいたし、失礼な物言いにも「気にしていない」という意思表示はしていたのだが――どうやらレオナの中ではその程度では溜飲が下がらなかったようだ。

本人の口からきちんとした言葉を引き出させようと画策した彼女は会議の当日に急にチルノを誘い、会場である大礼拝堂まで強引に連れてきていた。まあ、なんだかんだ言いつつも会議場隣の控え室までやってきたところから、チルノの人の良さが窺える……ひょっとすればレオナの押しの強さかもしれないが。

 

「そうですよ、チルノさん。凄く名誉なことじゃないですか」

 

そんな裏の事情を知ってか知らずか、メルルは疑う事を知らないような笑みを浮かべていた。彼女は本来ならば立場上はテラン参加者の控え室にいなければならないのだが、無理に頼み込んでチルノたちと同じ部屋にいた。もっとも、メルルがこうしたワガママを言うのは良い傾向だと判断され、フォルケン王やナバラが頼み込んだこともあってのことなのだが。

 

「でも、各国の指導者の前に出るなんて……」

「あら、何を言っているのかしら?」

 

なおも食い下がろうと、無駄な抵抗を試みようとするチルノに向けて、今度はフローラから援護射撃が飛んできた。彼女もまた、本来はカール王国用の控え室を用意する予定だったのだが、本人の希望もあってこの部屋にいた。勿論、護衛役のホルキンスもだ。

 

「貴方もアバンの使徒でしょう? それに、勇者ダイこそ不在ですが、魔王軍を相手に勝利を積み重ねてきた立役者の一人です。参加する資格は十二分に有していますよ」

 

そう信じて疑わないフローラの表情を見て、彼女はもう一度小さくため息を吐いた。

 

「ピィ……」

「ん、ありがとうスラリン。良い子だね……大丈夫、ハラは括ったから」

 

心配そうに声を掛ける小さな相棒を優しく撫でると、チルノは真剣な表情でレオナを見つめる。それを受け止めたレオナは、チルノが決意をしたと読み取った。

 

「参加してくれるの?」

「……ベンガーナ王を論破すればいいんでしょう?」

「そ、それは別に本来の目的じゃないのよ……チルノは魔王軍との戦いを最も多く経験した者としての意見をね、その……」

 

チルノの直球すぎる物言いに、レオナは慌ててしどろもどろに言い訳を展開し始めた。だが幾つかの理由を口にしたところで、はたと詰まったように言葉が止まって無言になり、やがて小さな声で呟いた。

 

「……うん。ホントはちょっと期待してる」

「フフッ、任せて」

「や、やりすぎないでね……」

 

親友の飾らない言葉を耳にして、チルノはとても良い笑顔で返事をする。少し前まで嫌がっていた彼女と同一人物とは思えないほどに頼もしすぎるその様子に、レオナは圧倒されながらも最低限の釘を刺すことだけは忘れない。

そんな少女二人のやりとりを、フローラは微笑ましく見守り、またメルルは少しだけ羨ましそうな瞳で見ていた。

 

「そうだメルル、ちょっとお願いしていいかしら?」

「お願い、ですか……?  構いませんが、一体なんでしょう?」

 

メルルの視線に気付いた、という訳ではないが、チルノは思い出したように口を開く。

 

「たいしたことじゃないの。ちょっとスラリンを預かってて欲しいんだけど大丈夫?」

「ピィ!?」

「スラリンさんを、ですか? でも一体どうして??」

 

そこから出てきたのは、スラリンを預かって欲しいと言う言葉だった。急に聞かされて、スラリン本人からは驚きの声が上がる。そしてメルルもその言葉に異論は無いが、驚かされていた。チルノとスラリンがデルムリン島からこっち、ずっと共に行動をしていた親友のような存在だということは、メルルも既に聞き及んでいる。

そんな相棒を預けるとはどうしたことかとメルルは疑問を浮かべる。

 

「うん、幾ら無害なスライムとはいえ怪物(モンスター)だからね。無用な誤解を招かないためにも、会議に出席するのは私だけにしておきたいの」

「あ……なるほど、そういうことですか」

 

何しろ厳重な警備の下で秘密裏に行われる会議である。ならばこの選択も仕方の無いことなのだろう。理由を聞き、メルルもスラリンも納得した表情になった。とはいえスラリンは少々不満もあったようだが。

 

納得して貰えたと判断したチルノは、スラリンをメルルへ手渡す。

 

「スラリン、メルルの言うことを聞いて良い子で待っててね」

「ピィ!!」

「短い間ですが、よろしくお願いしますね。スラリンさん」

「ピイィィッ!!」

 

受け取ったメルルは、チルノと同じようにスラリンを自らの肩へと乗せると優しい笑顔でそう口にする。それを見たスラリンは、気のせいかチルノの時よりも嬉しそうな声を上げていた。

 

「それとこれも、お願いできるかしら?」

「これは?」

「それ、パプニカのナイフじゃない。それも外しちゃうの?」

 

続いてチルノは、装備していたナイフを鞘ごと外してメルルへと渡す。今度は受け取った彼女ではなくレオナが驚く番だった。なにしろこれは、二人の最初の出会いの時に渡した思い出の品のような物だ。それを目の前で外され、彼女は少しだけ寂しさを味わっていた。

悲しそうな顔を見せるレオナに向けて、チルノは当たり前のように口にした。

 

「だって、これから各国の指導者の集まる場所に行くのよ。武器を外すのは最低限の礼儀でしょう?」

 

幾らアバンの使徒であり、レオナ・フローラ両名のお墨付きがあるとはいえど、チルノの社会的な立場は低い。王族やこの場に代表として正式に呼ばれた者ならまだしも、飛び入り参加のような立場の彼女が武器を持って入場するのは色々と面倒な事になるだろうとの配慮からだった。

 

「あ……」

 

理由を聞き、レオナは思わず呆けた声を上げた。どうやら彼女は王女としての立場が考え方の基準になっていたらしい。最低限の礼節を守ろうとするチルノの気遣いに、彼女は何度目かの衝撃を受けていた。同時に、これならば会議でも活躍してくれるだろうと密かな期待も持っていたのだが。

 

「わかりました。このナイフも、しっかりと預からせていただきます」

 

一方メルルは、大切な相棒だけでなく装備をも預けられた事実に心の中で歓喜していた。自分に対してそれだけの信頼を持ってくれているのだと思えば、それだけ嬉しくなっている。

 

「お願いね。それと……」

 

だが、彼女が本当に喜ぶのはこれからだった。チルノはメルルの耳元まで顔を寄せると、

 

「この会議の最中、きっと魔王軍が襲ってくるはずなの。だから、メルルの予知に期待させてもらっていいかしら?」

 

他の誰にも聞こえないほど小さな声でそう伝える。聞いていたメルルはその内容に目を白黒させる。だが、よくよく考えればチルノにこの場の誰よりも頼られているのだと気付き、軽い興奮で顔を赤くした。

 

「は……はいっ! 任せてください!!」

「ごめんね、勝手なことを言っちゃって。でも、頼れるのはメルルしかいないから」

 

やけに喜んだ様子を見せるメルルを少々不思議に思いつつ、チルノは念を押すようにそう言うと会議場へと足を運ぶ。レオナはすぐにそれへ続き、フローラは彼女たちを見守るようにゆったりとした足取りで向かう。

 

いよいよ会議が始まる。

 

 

 

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会議場は四角いテーブルを中央に配置し、それを囲むように六脚の豪華な椅子が配置されている。その豪華な椅子には各国の代表者がそれぞれ座しており、まずは開催国にして司会役を務めるレオナの事を見ている。

 

「これより、世界会議(サミット)の開催を宣言します」

 

集まった各国の王、代表の顔を見回してから、レオナは厳かにそう宣言した。堂々たるその言葉は、まだ二十歳にも満たない少女とは思えないほどだ。

 

「まずは、急な要請にも関わらず集まってくれた各国代表の方々に、開催国として感謝の言葉を述べさせていただきます」

 

レオナはそう言うと、集まった五名に対して深くお辞儀をする。

 

「ああ、礼には及ばんよ。力ある国として当然のことだ」

 

集まったそれぞれはレオナの言葉に礼を持って返すが、ベンガーナ王クルテマッカだけは一人違っていた。ここに来るのが、もっと言えば招かれて当然と言わんばかりの態度を見せている。

 

「それよりも、レオナ姫に尋ねたいことがある」

 

そう言うとクルテマッカはレオナの方――正確には彼女の少し後ろ――へ視線を向ける。

 

「確かそちらの少女は姫の侍女だったかと記憶しているが、どうしてこの場に参加しているのかな? 給仕役として呼んだのであれば、そのように座している暇などないでしょうに」

 

レオナの座る席の少し後方に、代表者たちが座るそれと比べれば普通の造りをした椅子があり、そこにはチルノが座っていた。彼女は内心ではその空気に圧倒されつつも、レオナの隣にいるのが当然といった表情を浮かべていた。

 

「ベンガーナ王にはご紹介が遅れたようで、もうしわけありません。それと、バウスン将軍も初対面でしたよね?」

「ああ……」

「既知の方もいらっしゃいますが、彼女のことを改めて紹介させていただきます。彼女の名はチルノ。勇者ダイのパーティの一人にして、彼女もまたアバンの使徒の一人です」

 

レオナは立ち上がりチルノの隣に立つと、彼女のことをそう紹介する。

 

「チルノと申します。今回はレオナ姫からの特別の依頼を受けて、この場に参加させていただきました。田舎育ちの礼儀知らず故にご無礼な言い方をするかもしれませんが、ご容赦ください」

 

チルノもまた立ち上がり、各国の代表者へと深々と頭を下げた。大半は彼女のことを知っている者たちであったが、知らぬ二人の人間の一人、バウスンは驚きの顔を浮かべていた。

 

「アバンの使徒……? あの勇者アバンの教え子だというのか……!?」

「はい。ただ、私は卒業の証を貰えるほど教えを受けてはいません。ですが、諸事情で今この場にはいませんが、私の仲間達はアバン先生から教えを受けて卒業の証を渡された者ばかりです」

 

バウスンはチルノの言葉に最初こそ落胆したものの、多くの仲間がいるという言葉を聞いて僅かながら希望を見いだした様な顔をしていた。

彼は国を焼かれた恐怖が精神的な傷となっているらしく、会議場に到着してからも常に弱気な表情を浮かべていた。それが変わっただけでも大した物といえるだろう。

 

「ハッハッハ!! 何を言うのかと思えば、このような小娘がアバンの使徒とな? しかも卒業の証を持っていない? 仲間は不在? それでよく使徒と名乗れたものだ。それが通るのであれば、小さな子供でもアバンの使徒と名乗れるわ!」

 

だがバウスンとは対象的に、クルテマッカはチルノの言葉を笑い飛ばす。確かに彼も言うこともあながち的外れではないだろう。

卒業の証を持たず、それを持っているはずの仲間達は席を外している。それを聞いてアバンの使徒だと言われて信じる方がおかしいと判断するのは決して間違いではない。

 

それが、この場でなければ。

 

「いいえ、ベンガーナ王。それは違います」

 

良く通る凜とした声で、カール女王フローラが口を挟む。

 

「彼女とは少し前に直接会い、会話させていただきました。確かに彼女は卒業の証こそ持ってはいませんが、確かにアバンの教え子だと確信しました。カール国女王フローラの名にかけて、保証しましょう」

「むっ……」

 

かつての大国が一つ、カールの若き指導者にそうはっきりと断言され、さしものクルテマッカも言葉に詰まる。

 

「我がロモスも同意見だ。ワシはチルノがまだアバン殿に教えを受ける前に会ったことがあるが、その時に我が国は彼女を未来の賢者と認めた。そして、我が国が魔王軍百獣魔団の攻撃を受けた日には、まるで天からの使いのように現れ、ロモスの為に戦ってくれたのだ。彼女のことはワシも保証するぞ」

「……テランも同様だ。我が国は侵攻を受けたわけではないが、縁あって少々彼女の面倒を見た。その時の彼女の様子を見るに、信用に値すると判断したよ」

 

ロモス王シナナとテラン王フォルケンが、フローラに続けとばかりに口を開く。カールと比べれば国力こそ劣るものの、他国の王からの言葉を更に受けてクルテマッカは完全に失っていた。

 

「ベンガーナ王、おわかりいただけましたでしょうか?」

 

そしてトドメとばかりにレオナが口を開く。

 

「彼女はロモス国の危機を救い、我がパプニカの国を奪還してくれました。それ以外にも魔王軍との戦いの最前線に常に身を置いています。その経験や、私達とはまた違った視点からの意見を期待して、私が参加を要請したのです」

「……なるほど。ならば精々、妙案を出してもらおうか?」

 

レオナの言葉にクルテマッカは、そう口にするが精一杯だった。

 

 

 

 

 

チルノの紹介を終え、議題は魔王軍と立ち向かうにはどうすれば良いかへと移る。だが、各代表者たちが話し合おうとするよりも、だれよりも早く口を開いた者がいた。

 

「簡単なことだ、レオナ姫よ。いつぞやも口にしたが、我が国の誇る戦車部隊を使えばよいだけのことだ。貴国らは我が国の援護をしておれば、それだけで魔王軍とて一網打尽にしてみせよう」

 

クルテマッカは自信満々にそう語る。

 

「何を言うかベンガーナ王! そのような考えでは魔王軍には勝てぬ!! 世界の国々が戦力を会わせねばならぬのだ!! 何のために集まったと思っておる!!」

「失礼ながらロモス王よ、貴国と我が国では国力の差が大きい。同列に考えられるのは止めていただきたいな」

「なんじゃと!? それはどういう意味じゃ!!」

「言葉通りの意味ですな」

 

シナナが真っ先に反論し、クルテマッカを諫めようとする。だが彼は聞く耳を持たず、逆にロモスを下に見た発言をする。その言葉にシナナはますますいきり立つが、それでもなお取り合おうともしない。

 

「ましてや我が国は、世界一安全な国と多くの民に評される国だ。その呼び名も、我が国の戦力あってのこと。他の大国が魔王軍に敗れた今、ベンガーナを置いて先頭に立つ国は存在せん。この会議も、その段取りを決めた方がよほど有意義というものだ。違いますかな?」

 

オーザムは滅亡し、この会議には代表者すら参加していない。リンガイアも超竜軍団に滅ぼされ王は行方不明となり、将軍が代理で参加している。カールも状況だけを見ればリンガイアと似たようなものだ。

なるほど、そういう意味では現在ベンガーナ国の一強と表現しても良いだろう。王の自信も理解できなくはない。

 

「なるほど、確かに一理はありますね」

「フローラ様!? ……っ、失礼しました」

 

クルテマッカの言葉に頷いたのは、フローラであった。予想外の言葉にレオナは大きな声を上げる。だが自分の失態を自覚した彼女は反射的に口を押さえ、謝罪を述べる。

その様子をフローラはジッと見つめ続け、場が収まったのを確認すると再び口を開く。

 

「ベンガーナ王の仰っていることも決して間違いではない。そうは思いませんか、チルノ?」

 

水を向けられ、チルノは気付く。なるほど、どうやらフローラ女王なりに場を整えてくれたということだろう。言うなればこれは女王なりの期待の表れでもあるようだ。ならば精一杯やってやろうと彼女は決意する。

 

「……ええ、そうですね。魔王軍を打ち倒すだけの力と意志を持った者が先頭に立つというのは、私も同意見です。その上で……ベンガーナ王、少々よろしいでしょうか?」

「うむ、何かな?」

 

フローラから賛同の意を得たと思い、クルテマッカの機嫌は良くなっていたようだ。チルノの言葉に尊大に頷いてみせる。同時に、各国の代表たちもチルノへと視線を向ける。

 

「王の自信の根拠となっているのは、パプニカまでやってきた巨大な軍船と戦車部隊。間違いないでしょうか?」

「いや、それだけではないぞ。最新の装備の数々に加え、それを操るは厳しい訓練によって統率された我が精鋭たちよ。これらが合わされば、まさに無敵と言えよう」

「なるほど、戦車部隊は私も拝見させていただきました。確かに素晴らしい戦力だと思います……相手が人間であれば」

「それは……どういう意味かな……?」

 

チルノの言葉もその意味を問うクルテマッカの言葉も、表面上は穏やかなそれだ。だがその言葉の裏では、空気がピリピリと張り詰めていくのが目に見えるようだった。シナナなどはこの僅かなやりとりだけでもチルノのことを案じるような瞳を見せているほどだ。

 

「今お話した通りの意味ですよ。人間相手には有効でしょうが、魔王軍を相手にするには力不足としか言い様がありません」

「なんだとっ!! 無礼にも程がある!! 貴様は我が国の実力を知らんのか!!」

 

そう叫びながらクルテマッカは机をドンと強く叩きつける。一国の王としての威厳が怒気と共に放たれ、チルノは内心で一筋の汗を垂らす。

 

「いえ、よく知っています。先ほども王自身が仰ったように、ベンガーナは世界一安全な国と評判です。魔王軍の侵攻を幾度も退けている、と……」

「その通りだ!」

「では、ベンガーナを攻めている相手の詳細をご存じですか?」

「敵の詳細、だと……?」

 

何を言いたいのか分からず同じ言葉を繰り返すが、それに対してチルノは大きく頷いて見せた。

 

「ベンガーナを攻めているのは妖魔士団――そして、その部隊を率いるのは妖魔司教ザボエラと言います」

「ザボエラ、だと?」

 

その名を聞き、シナナとレオナは思わず渋面を覗かせる。

一人は仲間たちからのその性格と性根について聞いており、もう一人は自国の城にて間接的にではあるがその卑劣極まりないやり口を直接目にしていたためだ。

だが、肝心のクルテマッカ当人はまるで初めて耳にしたとでも言うような態度を見せる。

 

「その様子では、ご存じないようですね。ザボエラは他の軍団長に取り入ることに熱心なため、侵略行為そのものには力を入れていません。必要最低限の攻勢しか行わずに自軍団の力を温存させているのだと思います」

 

事実、本来の歴史でもこの世界であっても、ザボエラはよほどのことが無い限りは前線に姿を現すことすらない。であれば、クルテマッカといえども敵の軍団長の名前すら知らない可能性があるとチルノは考えていたが、どうやら正解だったようだ。

 

そして、軍団を温存させているというは完全にチルノの推測でしかない。だが彼女はその考えを、そう外れた物では無いと確信していた。自軍団の戦力が多ければ――言い換えれば自分の手駒が多ければ多いほど、選択肢は多くなる。他人に取り入ることに力を注ぐザボエラにしてみれば、その手段を侵攻でいたずらに消費することの方が愚と考えるだろう。

 

「つまり、誤解を恐れずに言うのであれば、ベンガーナが世界一安全な国と評されているのは相手に恵まれただけ。侵攻する軍団が違えば、この場にはベンガーナ王の代わりにオーザムやリンガイアの王がいても不思議ではなかったでしょう」

「貴様!! 言うに事欠いて、相手に恵まれただけだと!! 取り消せ!!」

「では、バウスン将軍にお聞きします」

「私、かね……?」

 

意外そうな顔を見せるバウスンに向けて、チルノは頷く。

 

「ええ。超竜軍団と実際に戦った経験のある将軍に、率直にお聞きします。ベンガーナの全戦力があったとしても、超竜軍団に勝てたと思いますか?」

「超竜軍団を相手に……?」

 

問われたバウスンはしばし、瞑想でもするかのように瞳を閉じていたが、やがてその瞳に弱気な色を映しながら口を開いた。

 

「いや、おそらくは無理だろう……ドラゴンたちの強さ、おそろしさ……あれは戦った者にしかわからない……チルノ殿の考えに、私も賛成だ……」

「そうでしょうね」

 

フローラもまた、賛同の意を示す。

 

「我がカールにも超竜軍団は差し向けられました。ドラゴンたちの強さは当然ですが、我が国がそれ以上に恐れたのは、これが魔王軍の全軍ではないということです。仮にドラゴンたちを撃退したとしても、その他多くの怪物(モンスター)に攻め込まれれば壊滅は必定――早いか遅いかの違いでしかない。そう考えたからこそ、我が国は一時の屈辱に耐えてでも身を退いたのです」

「そのようなことは決して無い!! いかなる敵が攻めてこようとも戦車は負けん! 後詰めがいるというのであれば、我が軍が敵の主力を倒してみせよう! 貴国らはそのサポートに徹すれば問題ないはずだ!!」

 

一国の王が、自国を諦めるという屈辱的な体験を話してもなお、クルテマッカは考えを改めるつもりはないようだ。その様子にチルノは、しかたないとばかりに手札をもう一枚切る。

 

「話は変わりますがベンガーナ王。私は先日、ベンガーナのデパートに訪れました。建物自体もとても広く大きく、中には無数の商品の数々……一日中いても飽きないだろうと思いました。あんな素敵な場所があったなんて、今まで知りませんでした」

「ほう、そうかね……? まあ、あれは我が国の自慢の一つだ」

 

急な話題転換に怪しみつつも、笑顔でデパートへの賛辞を送るチルノにクルテマッカは少しだけガードを下げた。自国のことを褒められれば、誰でも悪い気はしないのだろう。

 

「では、そこがドラゴンたちに襲われたことは当然ご存じですよね?」

「む……っ」

 

風向きが悪くなったことを自覚したのだろう、言葉少なげにそう言う。

 

「偶然にも私達はその現場に居合わせました。そのとき襲ってきたのはスカイドラゴンとヒドラが一匹ずつ、そしてドラゴンが五匹でした」

「それがどうかしたのかな?」

「街中にドラゴンが突然沸いて出てくる、ということはまずあり得ません。あのドラゴンたちは超竜軍団に属する――つまり、魔王軍の手の者です。そしてドラゴンたちはベンガーナの防衛部隊の攻撃を易々と跳ね返したと聞きました」

「…………!!」

 

チルノが何を言いたいのか、クルテマッカには理解できたのだろう。無言ではあるが、その表情は明らかに焦りのそれになっていた。だがチルノがその手を止めることはない。

 

「防衛部隊には、大砲が装備されていたはず……おや? 確か、王ご自慢の戦車部隊も大砲を装備していましたね? ということは、ドラゴンの鱗に大砲の攻撃は効果が無いということになるのでは……?」

「そっ、そのようなことはない!! 戦車に装備させているのは最新式だ!! 威力の桁が違うのだよ!! あの場に戦車部隊がいれば、街に被害を出すことなく倒していたわ!!」

 

わざとらしい言い回しではあったが、効果は抜群だった。思い当たるところがあったのだろう。クルテマッカの反論はどうにも無理がある。本人自身も、後には引けなくなっているようだ。

ただ、最新式の大砲というのもあながち嘘ではないのだろう。技術は日進月歩、常に進化を続けているはずだ。戦車部隊の攻撃ならばダメージを与えることも、もしかすればあの時点でヒドラたちを倒すことも可能だったかもしれない。

 

――とある欠点を除けば。

 

「お忘れですか? デパートを襲ったドラゴンの中にはスカイドラゴンがいたのですよ」

「それがどうしたのだ!?」

「スカイドラゴンはその名の通り、空を飛び炎を吐き出すドラゴンです。そんな相手に、ご自慢の戦車部隊をぶつけたらどうなるでしょうか?」

「どう、なる……だと?」

「……誘爆か?」

 

それまで沈黙を守っていたフォルケンが口を開く。その言葉にクルテマッカはハッと気付かされたように目を見開いた。

 

「ええ。大砲の火薬に火がつけば、瞬く間に戦車は無力化します。爆発して兵士は大怪我を負い、火薬がなければ大砲もただの筒に。砲弾はただの鉄球になります」

「ぐ……」

「そしてもう一つ言わせていただければ、スカイドラゴンは空を飛ぶ相手です。つまり、戦車の砲弾を当てるには距離・方位に加えて、高さも計算に入れなければなりません」

 

当然のことだが、人間は空を飛ぶことが出来ない。

戦車部隊も厳しい訓練を行っているのだろうが、それはあくまで人間目線での訓練だろう。平地や森林などの場所に展開し、地上から攻撃してくる敵を想定したものばかりのはずだ。空から攻撃を仕掛けてくる敵を用意するなど、そう簡単に出来る物では無い。城や塔といった、大きな建造物を標的とするのが精々のはずだ。

 

「ベンガーナ王にお聞きします。戦車部隊は空を飛ぶ敵を想定した訓練は行っていますか? 兵士たちは天空を自在に舞うドラゴンに砲弾を当てられますか?」

 

とうとうぐうの音も出なくなったのだろう。その質問に、クルテマッカはついに力なく肩を落とした。

それを見たチルノは、どうにか一仕事を終えられたことにホッと胸をなで下ろす。話の成り行きを見守っていたレオナなど、こっそりと拍手を送っていた。

 

「……ベンガーナ王よ、わかったであろう? 確かに貴国は国力も戦力も群を抜いておる。それは誰もが認めよう」

「ロモス、王……?」

 

落ち込むクルテマッカに手を差し伸べたのは、意外にもシナナであった。当初、激しく言い合っていた相手からの言葉に信じられぬといった様子を見せる。

 

「だが、そのような考えでは……独りよがりの、他者を踏み台のように考えては駄目なのじゃよ。どれだけ強力であっても、一人の力では必ずどこかに穴が生まれてしまう。互いに支え合うからこそ、誰にも負けぬ力が生まれるのじゃ……」

 

まるで数日前のことを思い出すかのように、シナナは語り聞かせる。人柄の良い王と呼ばれるシナナだけに、その言葉は自己中心的な考えに凝り固まっていたクルテマッカの心をゆっくりと溶かしていくようだった。

 

「なるほど、とても興味深い考察でしたね……まとめると、戦車は確かに強力な戦力であるものの、まだまだ発展途上。戦車の力だけでは魔王軍に勝つことが出来ない。ということかしら?」

 

静寂に包まれつつあった会議場に、フローラの声が響く。

 

「ええ……ましてや大魔王バーンは、ドラゴンとは比べものにならない強さを持っています。ドラゴンに苦戦しているようでは、バーンを倒すことなど夢のまた夢……それに、魔王軍はまだまだ奥の手があります。まずはそれに打ち勝たないと」

「奥の手……? どうしてそんなことを知っているの……?」

「それは興味深いわね。一体何があるというのかしら?」

 

頷きながら口にしたチルノの言葉に、その正体は一体何かとレオナとフローラが反応を見せる。諸王たちも似たような物だ。何故そんなことを知っているのかという疑問と、その正体を知りたいという好奇心とがおり混ざっていた。

そんな視線の意味を理解して、チルノは立ち上がると窓際へと立つ。

 

「例えば――ベンガーナ王が乗ってきた軍艦、あれはここからも見えるほどの大きさですよね?」

 

窓ガラスを隔てた先にはパプニカの街並みが、その先には港までもが見える。そしてそこには彼女の言葉通り、ベンガーナ国所有の軍艦が停泊している。それは既存の全ての船を凌駕するほど巨大であり、港からかなり距離のある大礼拝堂からでもその大きさは容易に見て取れた。

 

「あの軍艦を、まるで船の模型のように持ち上げることのできる巨大な兵器――それが魔王軍にはあります」

「いやいや、さすがにそれは大げさ過ぎる。いくら何でもそのような相手など……」

「いえ、待って……たしか……!!」

 

少々弱気になりながらも、それをチルノなりのジョークと受け取ったのかクルテマッカは乾いた笑いを見せたるが、フローラだけはその言葉が記憶に引っかかっていた。そして彼女は、その正解を目にすることとなる。

 

――ドガァァッ!!

 

突如として轟音が鳴り響き、黒煙が立ち上る。その煙は会議場の諸王の目にも入るほどに濃い物であり、彼らは反射的に席を立つと正体を確かめるべく窓へと殺到した。

 

「あ……あああっっ!! うああぁぁ……!!」

 

そこで彼らは目撃する。

 

「こっ……こんなっ……バカなっ!!」

 

そこには、チルノの言葉通り軍艦を片手で持ち上げるほどの巨躯を誇った人影があった。海上に立っているにも関わらず、水面はその巨体の膝よりも下に位置していることから、どれだけ大きいのかが分かるだろう。

全身はごつごつとしたいくつもの岩塊で出来ており、傍目には出来損ないの土人形か何かに見えるかもしれない。だがその巨体を覆い隠すように濃い霧が立ちこめており、そこに浮かぶシルエットは悪魔そのものだ。

 

「……あれが先の奥の手の一つ、鬼岩城です」

 

チルノはどこか驚いたようにそう言った。

 

 

 

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――鬼岩城がその姿を見せたのと同じ頃。パプニカへと向かう三つの人影があった。

 

「お前たち、もっと急げないのか?」

「チッ、そうは言うが時間を勘違いしていたのはお前の方だろう?」

「まてまて、言い争っている場合か! 確かに遅れはしたが、これほど分かり易い気配を纏ってきてくれたのだ。おかげでギリギリ気付く事が出来たのだ。それにこの速度ならなんとか間に合うだろう。違うか?」

「ああ……この暗黒闘気、決して忘れはせん……!!」

「オレはまだよくわからんが……だが、見えてきたぞ。どうやらお前たちの期待通りの大物のようだ」

「ハッハッハッ!! なるほど確かに大物だな!!」

「あれならば、準備運動には丁度良い。修行の成果を試させてもらう」

「やはり急ぐぞ! これ以上遅れてはダイ様たちに恥をかかせてしまう!」

 

一行は頷き合うと、その速度を上げた。漂う強者の気配をその身に押し込めながら。

 

 




この世界会議イベント、実は書いている人が作中の時間経過をよく分かってません。
・ダイたちがロモスからパプニカへの船旅は5日(実際はデルムリン島で3日加算して8日経過している)
・ザムザ戦後にロモス王の「5日後に開催される」と「明日の夜に出発する」という発言からパプニカへは4日くらいと推測(遅れそうという描写があったので順調なら3日くらい?)

というように仮定したところで

・覇者の冠が素材になると気付いてデルムリン島→パプニカ→ロン・ベルクの家とルーラで移動。このとき「丁度港に着いたばかり」というポップの言葉がある。
・ロン・ベルクの家を訪問してからダイの剣が完成までに2日くらい(問答して、冠を取りに行って、半日くらい手を見て、鍛えるのを合計してそれくらい?)

という上記二つがあるわけです。
ザッと考えると「ロモス王が港に到着したのは開催前日」で「VS鬼岩城にダイが間に合ったことから滞在は2日(1日半?)」と、計算は正しいと思うのですが……

結局、
・ダイたちがパプニカに戻ってきたのは何時のことなのか。
・各国代表がパプニカに着いたのは何時頃なのか。
・剣ができるあがるまでにはどのくらい時間がかかったのか。

の辺りが自分の中で上手く整理できず、いい加減にボカしてます。

あ、でも原作でポップの「ルーラの連発でヘトヘト」と「半日近くなにもしてない」の台詞が同じシーンで言われているのはミスですかね?
だって「ルーラの連発→ロン・ベルクが半日ダイの手を見る→その間ポップはずっとヘトヘト状態(何もしていないことを知っているので戻ってから半日以上経過している)」ということに……
(「デルムリン島へ冠取り」「ロモス王への許可取り」のどちらもダイとポップの二人がいるので「ルーラ移動はポップだけ。ダイは手を見せ続けていた。戻ってきたポップが冠を渡してぶっ倒れた」という可能性はない)

……幾ら世界を半周するような移動をしたとはいえ、半日経っても回復しない……ルーラって消費の激しい呪文なんですね(棒読み)

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