隣のほうから来ました   作:にせラビア

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LEVEL:72 巨人 VS 巨頭

鬼岩城から響いてきた「ヒュンケル……」という言葉。それを耳にしたヒュンケルは、まるで自嘲するかのように薄く鼻で笑った。

 

「やはりお前だったか。確信が無かったわけではないが、どうやら間違ってはいなかったようだ……」

「なんだと……?」

 

それは自分自身に対して確認するような口調だった。戦場の最前線に位置していながら、敵のことをまるで見ようともしていない。その態度がミストバーンを僅かに苛つかせる。

 

「もう忘れたのか? オレは声を聞くよりも前から、お前の存在に気付いていたということだ」

「何……!?」

 

だが続くヒュンケルの言葉に、その苛立ちを気にする余裕は瞬く間に消え失せていた。事実、ミストバーンが声を発したのはヒュンケルの後だ。つまり、声を確認したことでその存在に気付いたわけではない。

ましてや鬼岩城が取った行動は、砲撃をした程度である。それだけで相手がミストバーンだと特定することなど出来るはずもない。

 

「今のオレには、貴様の姿がはっきりと見える。鬼岩城の頭部、と表現すれば良いのか? たしか玉座の間だったと思ったが……そこでデクの棒を操っているのだろう?」

「…………ッ!!」

 

続く言葉を聞き、遂にミストバーンは絶句した。

ミストバーンであると看破しただけならば、偶然だと思うこともできよう。なにしろ現在の六大軍団は壊滅状態である。加えて唯一生き残っているザボエラの性格を考えれば、ミストバーンが相手をしていると考えるのは妥当と言えるだろう。

だが居場所までを完璧に言い当てられたとなれば話は違ってくる。ヒュンケルたち裏切り者は、鬼岩城が動くところを見ていない。つまりどこで操っているのかの情報は持っていないのだ。

にもかかわらず、一切迷うことなく言ってのけた。それはすなわち、相手の居場所を探知できるほどの実力を積み上げたということに他ならない。

 

「しかし、無口なお前が一人で出張ってくるとはな。こういう交渉ごとはザボエラ辺りが嬉々としてやると思っていたが」

「……何?」

 

――交渉ごと。という単語に、ミストバーンは微かに反応する。

現在、鬼岩城内部にいるのはミストバーンとその配下である魔影軍団の怪物(モンスター)たちのみである。そう言う意味ではザボエラはこの場におらず、ヒュンケルはそれすらも見抜いていることになるだろう。

 

「大方、降伏して大魔王に忠誠を誓えば命だけは助けてやるとでも言うつもりか? 残念だが、鬼岩城を持ってこようとも、そんな脅しに屈するほど人間は弱くはないぞ」

「……フッ……フフフフフフフッ……!!」

 

毅然として言い放つヒュンケルの言葉に、だがミストバーンは耐えきれずに哄笑を上げた。それは先の一言で彼が感じた違和感をはっきりと肯定する材料だったからだ。

 

「何がおかしい?」

「これが笑わずにいられるか!? 命だけは助けてやる? 脅す? フハハハハ!! ヒュンケル、少し見ぬ間に随分と察しが悪くなった……いや、甘くなったな!!」

 

ヒュンケルの推察をミストバーンは嘲笑う。なにしろそれは、彼が魔王軍に属している頃を知るミストバーンからすれば噴飯ものの内容だったからだ。

ひとしきり笑った後に、ミストバーンは口を開いた。

 

「私は交渉に来たのでは無い……人間どもを皆殺しに来たのだ」

「なっ……!!」

 

その声を上げたのは果たして誰だったのだろうか。ヒュンケルたちの耳に届いたことから、おそらくは戦車隊の誰かが思わず声を上げたのだろうとは思う。だが同時に、大礼拝堂にいる諸王たちも上げたに違いないだろう。

そう思わせるほどの内容であった。

 

「命令する、死ね。お前たちには一片の存在価値もない。大魔王バーン様の大望の花を汚す害虫だ……降伏など許さん、死ね! この国ごと地上から消えよ!! バーン様のお耳に届くよう、精一杯大きな最期の悲鳴をあげろ……それがお前たちに許された唯一の行動だ!!」

 

そう宣言するミストバーンの声はどこまでも冷徹であった。人間はそうなる事が当然だと言わんばかりの気配を伺わせる。むしろ、今現在生きている人間たちに何故そうしないのかと理不尽な疑問を投げかけているかのようですらあった。

 

そして、それを聞いた者の反応も様々であった。恐れを抱く者もいれば、反対にあまりにも一方的な物言いに怒りを見せる者もいる。

そして――

 

「……なるほど。確かに、そうだな……」

 

ヒュンケルは、まるでかつてを思い出すように僅かに瞳を伏せた。ダイたちと出会う前、まだ自身が暗黒闘気に呑まれていた頃であれば、今にミストバーンとおそらくは同じことを言っていただろう。確かに、その頃を基準とすれば、先ほどの発言は甘いと評するのも当然のことだろう。

 

思わずそう自嘲していると、ふと横手から不機嫌そうな感情が漂ってくるのを感じ、ヒュンケルは視線を僅かに移動させる。

その正体はラーハルトであった。彼もまたヒュンケルと同じように瞳を伏せ、だがイラついたような態度を隠そうともしない。

 

「…………」

「どうした、ラーハルト?」

 

クロコダインもそれを感じ取ったようで、思わず声を掛ける。するとラーハルトは態度をそのままに、だが存外素直に胸中を吐露した。

 

「いや、少し前の自分もあのような態度を取っていたかと思うと、な……」

 

その苛立ちの原因は、ヒュンケルと同じく、自身の過去に鑑みてのことだったのだ。クロコダインはその言葉に思わず目を丸くし、そしてヒュンケルは同じ心境になったことを知って誰にも聞こえないほど小さな声で笑う。

 

「見ろ! 巨人が!!」

 

だが感傷に浸る時間はなかった。ホルキンスが声を上げると同時に、それまで止まっていた鬼岩城が遂に動き出したのだ。腹部の正門が重々しい音を上げながら開くと、その中からは大量の怪物(モンスター)が姿を見せる。

 

「あれは、魔影軍団か!」

 

そこにいたのは鎧兵士――地獄の鎧やキラーアーマーと呼ばれる、甲冑型モンスターの一種だ。妖魔士団の主戦力であり、魔王軍のカール攻略にも当然参加している。ホルキンスにとっては見知った敵であり、気がつけば彼は憎々しげに叫んでいた。

 

「鎧兵士どもよ!! 地上の小うるさい害虫どもを皆殺しにしろ!!」

 

鬼岩城は両腕を自身の腹部前まで動かすと、鎧兵士たちは次々に鬼岩城の手の上へと移動していく。どうやら鬼岩城の手の上に乗って地上へと移動するようだ。

とはいえ、直接地上への移動手段があるわけでもなし、かといって飛び降りようにもそこは、下手な塔よりもずっと高い位置だ。頑強な甲冑型モンスターと言えども着地に失敗すれば、ただでは済まない。

そのための、手を使った輸送手段であった。明らかな設計ミスであり、脚部に出入りの一つでも作ればすぐにでも解決するように思われる。もっとも、そうできない理由があるのだが……

 

「あの程度のザコでオレたちを倒すつもりとは……甘くみられたものだな」

「いや待て、まだ何か出てきたぞ!!」

 

鎧兵士の大群が出現したことを見て、実力を過小評価されたとラーハルトが吐き捨てる。しかしそれは早とちりだったらしい。鎧兵士たちが移動して正門の前からいなくなると、その奥から新たな影が姿を見せる。

 

「そしてヒュンケル……いや、裏切り者どもよ!! 貴様らの相手はこやつらだ!! 我が魔影軍団の強さと、この大魔王様からいただいた鬼岩城の恐ろしさを、たっぷりと思い知るがよい!」

「あれは……?」

 

現れたのは三つの影。その影はいずれも大門から空中へと身を投げ出し、だがその全てが見事な着地を見せた。

 

「……行けっ!! 我が軍最強の鎧兵士デッド・アーマーたちよ!!」

 

その姿形は、例えるならば全身鎧のアメフト選手とでも形容すれば良いだろうか。上背もクロコダインより頭一つ以上は高く、異質な雰囲気を纏っている。顔面部分にはまるで人魂を思わせるような不気味な灯火が輝いていた。

デッド・アーマーが地上へ現れたのに少し遅れて、鬼岩城の腕が地面へ到着した。乗っていた鎧兵士たちはすぐさま地上へと降りていく。

 

「鎧兵士どもがウジャウジャと……少々面倒そうだな」

「くだらん。全て倒せばいいだけだろう?」

「だが、デッド・アーマーという敵に加えて、あの鬼岩城の相手もしなければならんのだぞ。余力は残しておかねば、いずれ数で潰されかねん」

 

ヒュンケル、ラーハルト、クロコダインの三人は、地上に散開した敵を油断なく見つめる。だがその口ぶりは、鎧兵士など歯牙にも掛けていなかった。相手を道中の石ころ程度にしか感じていないのだろう。事実、それだけの実力差はある。

ただクロコダインだけは、少々慎重な意見を口にしていた。何しろ二人と比べ、クロコダインは総合的な実力で劣る。修行中に幾度となく痛感させられたその事実が、彼に一歩引いた物の見方を育んでいたようだ。

 

「ならば、我々が手を貸そう」

 

僅かな逡巡の後、彼らの背後から声が掛けられり。ヒュンケルたちは敵に動きに気を配ったまま、それでも僅かに身体を動かすと声の主を見る。

 

「ヒュンケル殿、久しいな」

 

声の主――ホルキンスはヒュンケルのことを見ながら、文字通り知り合いにあったように声を掛けた。対するヒュンケルは無言で頷く。

 

「知り合いか?」

「ああ。以前、少しだけな」

 

それは消えた鬼岩城の足取りを追っていた時の話だ。ギルドメイン山脈に存在していたはずの鬼岩城が忽然と姿を消したのを確認した後、残った手がかりである巨大な足跡を追ってヒュンケルはカール王国まで足を伸ばしていた。

鬼岩城の痕跡が無いかと調査するヒュンケルは、偶然にもホルキンスらカール王国の生き残りと出会っていたのだ。とはいえ、ヒュンケルはその素性から正体を明かすことはなく、ホルキンスたちも隠密活動中故に目立つことは避けたかったため、大きな騒ぎとはならなかった。

その過程で、ヒュンケルとホルキンスは互いの名と顔程度は知り合っていたのだ。尤も、カール王国の生き残りと出会ったと言う事実を、ヒュンケルはレオナにしか報告していなかったのだが。

 

その頃のことを思い出すようにホルキンスは目を細め、だが声を絞り出した。

 

「そなたたちのことはレオナ姫から聞いている……その素性も含めて、な」

「……!!」

 

それはどこか苦しそうな言葉だった。それも当然だろう。目の前の三人は、いずれも元魔王軍に所属していた者達――ましてや各軍団長である。ラーハルトに到っては、カール王国を滅ぼした張本人である超竜軍団に所属していたのだ。

本来ならば声を掛ける必要すらなく、背後から感情の赴くままに、怒りと憎しみに身を任せてヒュンケルたちに剣を振るったとしても、仕方の無いことだろう。

 

「自分とて、言いたいことはある。だが、今はそんなことを言っている場合でもない」

 

だがホルキンスは、その感情を必死で飲み込んでいた。同郷の仲間たちが死にゆく姿は、決して忘れたわけではない。だがレオナから素性を知らされ、今は魔王軍を倒すために共に戦っているのだということを聞いていた。

 

何より、不死騎団によって自国を滅ぼされたはずのレオナがヒュンケルのことを許しているのだ。自分よりも幼い少女が過去の遺恨を断ち切り、前を進もうとすることを知らされていた。

 

なにより鬼岩城からの砲撃を受けた際に、彼らはその全てを防いで見せた。その姿を見たホルキンスは、レオナと同じように、過去を乗り越えて見せようと思ったのだ。

 

「あの巨人を倒すため……いや、世界に平和を取り戻すためにも……過去は捨て、我々も協力させてほしい。これはその第一歩と考えてくれ」

 

そう言うホルキンスは、鬼岩城と敵兵の群れへと視線を飛ばす。

 

「それにあれは城に手足が生えたものと聞いている。そもそも敵の戦力があの程度のはずもない。城の奥にはまだまだ兵士が控えているだろう。ならば味方は多いに越したことはない、違うかな?」

「……なるほど、確かに道理だな」

「我々を受け入れて貰えるだけでもありがたいのだ。その提案、是非とも乗らせて貰おう」

 

魅力的な提案にヒュンケルは頷き、そしてクロコダインも、ラーハルトも異論はないようだった。特にクロコダインは喜色を隠そうともせずに笑みを浮かべている。

そして全員が了承の意を見せるや否や、ラーハルトが動いた。

 

「話はまとまったな? ならばザコの相手は任せたぞ! オレたちはまずあの大型鎧を叩く!」

 

そう言うが早いか、デッド・アーマーたちへ向けて突進していく。その足取りは軽く、今すぐにでも戦いたくてウズウズしているようかのようだ。

 

「ラーハルト!! くっ、まったく!!」

「すまぬ! だが、そなたらの力、当てにさせてもらうぞ!」

 

文句の言葉を口にしながら、ヒュンケルたちもラーハルトを追う形で後に続く。だがその足取りは、ラーハルトに負けず劣らず軽かった。口では仲間の勝手な行動を諫めているものの、どこか羨ましそうにも、ホルキンスには見えた。

 

三人が戦場へと飛び込んだのを確認すると、ホルキンスは戦車隊へと再び命令を下す。

 

「ベンガーナ戦車隊の勇者たちよ! これより部隊を二つに分ける!! 右翼の兵は我に続け! 剣を持ち、敵の鎧兵士たちを倒す!!」

「「「「はっ!!」」」

「もう半数はアキーム殿の指揮の下、引き続き砲撃を続行!! 巨人の足を止めろ!!」

「なっ!!」

 

驚きの声を上げたのは、アキーム本人であった。だがホルキンスはそれには取り合わず、更に声を張り上げる。

 

「たった一度、それも短い時間でしかなかった。だが諸君らは命令に従い、私の期待以上の働きを見せてくれた!! 一度でもあの動きが出来たのならば、それはもうまぐれではない! 諸君らはあのように、縦横無尽に戦車を操って戦えるだけの力を持っているのだ!! ならばもはや私の指揮がなくとも、やれるはずだ!! ベンガーナの勇者たちよ、存分に働いてみせよ!!」

「「「「う、おおおおおぉぉっ!!」」」」

 

さらに鼓舞してみせるホルキンスの言葉に、残された戦車兵たちは大声を上げる。だがその熱狂的な空気の中にあって、一人だけ不安げな表情を見せる者がいた。

 

「アキーム殿、今お聞きした通りだ」

「し、しかし……」

 

指揮を取るように命じられたアキーム本人である。本来ならば彼が戦車隊に命令を下すことが当然のはずである。だがホルキンスの指揮の下、まるで別人のような動きを見せた部下たちの姿を見たことで、気後れしてしまう。

あの動きを目標としてはいるが、こうもはやくその機会が訪れることになるとは予想だにしていなかった。

自信なさげに視線を逸らすアキームへと、ホルキンスはきっぱりと告げる。

 

「そう卑屈になることはない。先ほど戦車隊が活躍できたのは、個人個人の技量があってのこと。そしてあれだけの技量になるまで鍛え上げたのは、あなたの成果だ。誇っていい、あなたは優れた隊長だ。私が認めよう」

「わ、わかりました!! 不肖アキーム! ホルキンス殿のご期待に、応えてみせます!!」

「頼んだぞ」

 

ホルキンスの言葉に乗せられたのか、それとも覚悟の表れか。まだ弱気の目は感じられるものの、アキームはホルキンスをしっかりと見返しながらそう断言してみせた。力強いその言葉を耳にしたことで安心したのだろう、ホルキンスは腰に下げていた剣を一気に抜き放つと、天高く掲げる。

 

「右翼の兵よ、オレに続け!! 敵を味方に近づけるな!!」

 

一番生き生きとした大音声で叫ぶと、自ら先陣を切って鎧兵士たちへと突撃する。右翼の兵士たちは、突然のその様子に驚きながらも勝ちどきを上げながら後に続いていった。

 

その姿を見ながら、アキームはふと気付く。

先ほどホルキンスは、オレと言っていたのだ。そして今のホルキンスは、戦車隊を手足のごとく操り、見事な戦いを見せたのと同一人物とは思えないほど荒々しい。

だが敵へと切り込んでいく今の姿こそ、彼本来の姿のように見えた。知的な姿は仮面でしかなく、彼ほどの英雄であっても、他国の兵士を前にした虚勢を張っていたのではないかと、そんな考えが脳裏を過る。

英雄がほんの少し見せた綻びから連想した考えに、失礼とは思いつつも小さく吹き出してしまう。そしておそらく、当たらずとも遠からずなのだろうと、理由は分からないが確信できた。そんなことを考えているうちに、何時の間にか心には余裕すら生まれていた。

 

「ベンガーナ戦車隊!! 引き続きあの巨人を狙え!! 最優先目標は敵の砲台! まずは敵の攻撃手段を奪うのだ!!」

 

アキームは、残った左翼の部下たちへと強い口調で命令を下す。その姿はまるで別人のようだった。

 

 

 

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「どれ、コイツの実力は?」

 

微かに舌なめずりをするような態度と共に、ラーハルトは手にした魔槍を近くにいたデッド・アーマーへ向けて軽く振るう。完全なる様子見の一撃であったが、敵はそれに反応すらできず、無防備な一撃を受けた。

 

「……む、これは」

 

だが槍の穂先から伝わってくる感触に、その顔を僅かに歪ませた。どこかで感じたことのある、手に馴染んだその感触。一瞬、考えるような様子を見せた後、遅れてやってきた二人へ向けて注意するように叫ぶ。

 

「ヒュンケル!! どうやらコイツらはオレたちの鎧と同じ素材で出来ているようだ」

「なに!? お前たちの鎧だと!?」

 

だが反応したのはクロコダインであった。

ヒュンケルらの持つ鎧の魔剣と鎧の魔槍は、どちらもオリハルコンに次ぐ硬度を持った金属で出来ている。それはつまり、生半可な攻撃では傷も負わず、雷系の攻撃呪文以外は弾き飛ばすほどの防御性能を持っているということだ。

なるほどこれほどの相手ならば、ミストバーンが自信を持って繰り出すのも当然といえる。最強の名にも決して恥じぬ程の敵だろう――本来ならば。

 

「……では修行の成果を試すには丁度良い敵といったところか」

「ああ、同じ素材のよしみだ。本気で相手をしてやるとしよう」

 

ラーハルトの言葉を聞き、ヒュンケルは微笑する。いや、彼だけではない。ラーハルトもまた同じ反応を見せていた。二人は肩を並べるようにしてデッド・アーマーたちに立ち塞がると、剣と槍――それぞれの己が武器を手にし、叫んだ。

 

「「鎧化(アムド)!!」」

 

合い言葉(キーワード)に従って魔剣と魔槍が展開していく。一瞬の後、そこには鎧に身を包んだ二人の戦士の姿があった。

 

「これで互角」

「いや、腕はオレたちの方が上だ。ただ差が開いただけだろう?」

 

言いながら左腕の盾から槍を取り出し、ラーハルトは獲物を定める。

 

「左はもらうぞ」

「ならばオレは右のヤツを相手にしよう。クロコダイン、正面は任せたぞ」

「まったく、お前たちといるとオレの常識がおかしくなりそうだ……」

 

そう言うとヒュンケルらは返事を聞くこともなく、それぞれが敵と定めた相手へと飛びかかる。こちらの言い分も聞かず、勝手に行動していく二人の姿にクロコダインは思わず頭を抱えた。

だがその傍若無人な振る舞いは、それぞれの実力を信じていることの裏返しでもある。全員が全員、一対一でも問題無い腕前の持ち主だと確信しているのだ。

 

「まあ、オレも試してみたいという気持ちがあるからな……行くぞッ!!」

 

二人に遅れること少し。クロコダインもまた、デッド・アーマーへと躍りかかっていった。

 

 

 

 

「どうした!? その鎧は飾りか!?」

 

ラーハルトは手にした槍を変幻自在に操り、無数の刺突を繰り出す。相手はただの一撃たりとも避けることはおろか防ぐ事すら出来ない。いや、それ以前に反応すら出来ずにいた。

豪雨の方がまだ勢いが弱いだろうと錯覚するほどの連続攻撃。その全てをまともに食らい続けたせいで、デッド・アーマーはその姿をみるみるうちにみずぼらしく変貌させる。堅牢であるはずの金属が、まるで砂糖細工か何かで出来ているかのごとく削り取られていく。

 

普通の人間ならば、それだけの攻撃の前にとっくに命を失うか、はたまた生きていても再起不能なほどに戦意を刈り取られていることだろう。

だが、デッド・アーマーはそのような感情とは無縁だった。暗黒闘気によって生み出された命なき魔物であるため、言葉を喋ることもなければ、恐怖を感じることもない。自らの生命を心配することもないのだ。

 

閃光すら遅いと感じるほどの攻撃を間断なく受け続けながらも、デッド・アーマーはそれでもなお前へと進み続けていた。痛みを感じることもなく、自らの損傷すら省みる必要のない存在であるからこそ可能な、捨て身の攻撃とすら言える。

 

「ほぉ……」

 

その動きを目にしたラーハルトは、何を思ったのか槍を振るう手を止めた。前進することすら困難なほどの圧倒的な圧から解放されたことで、デッド・アーマーはそれまでよりも幾分早い速度で動き出す。

 

「そら、一回くらいは攻撃を見せてみろ」

 

ラーハルトは不敵な笑みを浮かべ、自らの胸元を親指でトントンと叩く。明らかな挑発――そこに攻撃をしてみろという意思表示なのだろう。槍を下ろし、棒立ちとなったその姿は隙だらけであり、少しでも知能のある者からすれば罠としか見えない。

 

だが恐れを知らぬデッド・アーマーはその誘いに愚直なまでに従い、拳を振り上げるとラーハルトの胸部目掛けて強烈な一撃を繰り出した。高さはデッド・アーマーの方が上である。打ち下ろした形で放たれた拳は勢いよくラーハルトへと襲いかかり、空を切った(・・・・・)

思い切り空振りを行った形となり、その勢いに思わず蹈鞴(たたら)を踏む。

 

「すまんな。あんまり遅いもんで、待ちくたびれた」

 

いつの間に移動したのか、見ればラーハルトはデッド・アーマーの背後に立っていた。攻撃が当たる直前の刹那までそこにいたにも関わらず、影すら見せぬほどの高速移動だ。

だがデッド・アーマーはその鎧を軋ませながら背後のラーハルトへと再び襲いかかる。金属同士が擦れるその音は、さながら感情なき魔法生命体であるはずのデッド・アーマーの叫び声のようだった。

――約束が違う。まるで、全力でそう叫んでいるかのような音だ。

 

「はあっっ!!」

 

だがその攻撃を二度も待つほど、ラーハルトはお人好しではない。気合いと共に、槍を下から上へと強く跳ね上げる。強烈なアッパーカットのような軌跡を描く槍は爆発的な勢いでデッド・アーマーに激突すると、だが止まることなくそのまま相手を打ち上げた。

重装甲であるはずのデッド・アーマーが、まるでボールでも投げたかのように天高く飛んでいく。

 

「これでは、弱い者いじめだな」

 

自嘲するようにラーハルトは笑い、僅かに空を見上げる。

ラーハルトの放った攻撃は、誰が見ても一撃にしか思えない。だがそこには、自慢の装甲を十文字に切断されたデッド・アーマーの姿があった。

 

 

 

 

クロコダインはデッド・アーマーと真正面からぶつかっていた。何があったのか、互いの両手同士を掴み合う手四つの姿勢のまま、単純な力比べの構図となっている。

だがこの勝負、普通ならばデッド・アーマーが有利なのは間違いない。クロコダインもかなりの巨体ではあるが、デッド・アーマーの大きさはその上を行く。つまり上から押し込む側の方が、腕力にだけなく体重を加えることができるのだ。

 

鎧はギシギシと音を立てながら、クロコダインをその身体ごと上から押し潰そうと震える。だがその腕は一向に動かず、そしてクロコダインの腕もまた下がることがなかった。完全に均衡状態を保ったまま、数秒の時が流れる。

 

「フフッ、どうした? それで精一杯か?」

 

挑発に乗ったのだろうか、その言葉にデッド・アーマーは肩を高く上げ、力任せに押し込もうとする。斜め上から押さえ込もうとしていたそれが、もはや垂直に近い位置にまで動いている。全体重を掛けるようにしてクロコダインを屈服させようとしているものの、それでもクロコダインは涼しい顔でそれを受け止めきっていた。

 

「なるほど。腕力も重さも、この程度ならば十分に押し返せるか」

 

それは誰に向けたわけでもない、言うなれば自身の頭に覚え込ませるための確認の言葉でしかなかった。敵と戦っているように見えてその実、まるで相手にしてないかのような言動に、感情無きはずのデッド・アーマーの気配が僅かに揺らぐ。

 

「無理に付き合わせて……すまんな!!」

 

それが口火となった。

クロコダインは掴んでいた指へそれまで以上の力を込め、握り込んでいった。均衡を保っていたはずの二人の位置が、徐々に変化していく。だがそれはどちらかが動いたことが原因ではない。

その強力な握力によってデッド・アーマーの小手の部分が潰れていき、じわじわと変形していった。形状を保てなくなったことで、下へと引きずり込まれる形で強引に動かされたというのが正解だろう。

 

このままでは不利と悟ったとのか、デッド・アーマーは慌てて頭突きを繰り出す。中身はつまっていなくとも、とてつもない強度を誇る装甲での一撃だ。受ければダメージは免れないだろう。

 

「甘いわぁっ!!」

 

だがその程度の悪あがきが、百戦錬磨の獣王に通じるはずもない。クロコダインは握り込んでいた両手をサッと離すと、逆に相手の頭部を両手で挟み込むように受け止めた。

 

「潰れろっ!!」

 

両側から恐ろしいまでの圧力を掛けられ、まるで粘土で出来ているかのように瞬く間にデッド・アーマーの頭部はグシャリと潰れた。

見るも無惨な姿となったが、その程度でクロコダインは止まらない。

 

「ぬおおおおっっ!!」

 

続いてはまるで抱きつくようにして両腕を相手の胴体へと回し、一気に締め上げる。それは相手を死へと誘う抱擁だった。分厚く作られているはずの胴体部分の装甲がメキメキと音を上げながら、瞬く間にひしゃげていく。

デッド・アーマーの胴回りは、僅か五秒にも満たない短い時間で半分以下にまで潰されていた。

人であればそのまま背骨が折れ、絶命することでこれ以上の苦痛から逃れる事も出来るだろう。だがデッド・アーマーには骨格も痛覚も存在しない。最後の瞬間まで、クロコダインの抱擁を受け続ける事となる。

やがて、デッド・アーマーは真っ二つに引きちぎられた。

 

 

 

 

ヒュンケルは、デッド・アーマーの攻撃をあるときは剣を使って受け流し、またあるときはギリギリまで引き付けてから身をかわしていた。まるで剣術の教本を見ているような戦い方を、彼は意図的に続けていた。

 

――クロコダインは力……ラーハルトは速度……

 

眼前の敵に集中しながら、頭の片隅ではこの数日間の修行の内容を思い出す。各々が得意分野を伸ばし、同時に戦力の底上げを行うようにしていたのだ。そういった意味では、アバンの書に記載されていた戦い方や修行方法は理想的とすら言えた。

さらには三人の中で頭一つ抜けた力を持つラーハルトと実戦さながらの戦いを繰り広げ、いわゆる戦闘の勘を磨き上げる。

 

ヒュンケルは修行の総決算を試すように戦っていたのだ。

そしてデッド・アーマーは、ある意味で最適な相手だった。動きは素早く力は強く、だが単調な動きしかしない相手となれば、これほど便利な相手もいないだろう。仲間内でも力試しは出来るが、試しはあくまでも試しでしかない。

誤って殺すような真似は当然できないし、なにより殺気が違う。相手を躊躇いなく殺すと考え挑んでくる相手と戦ってこそ、本領を発揮できる。

 

「ここか」

 

何度目かの攻撃を避けると同時、剣を振るう。まるで無造作に振るったようにしか見えないその剣は、デッド・アーマーの装甲をバターのように切り裂いていた。剣による傷跡は、この一つだけではない。見れば強固な筈の装甲には無数の傷が刻まれ、末端部分はまるで宝石をカッティングしているかのように幾つもの断面を晒していた。

 

「まだ動けるか、ならば……」

 

まるでボロキレのような醜態を見せながらも、それでもなおヒュンケルへとデッド・アーマーは攻撃をしかける。それを見た彼は、微かな感謝の念と共に一旦剣を鞘へと納めた。

 

「はっ!!」

 

そして気合いを上げながら剣を居合抜きのように振るう。剣閃と同時に閃光が走り、敵を打ち抜く。その一撃で、デッド・アーマーは糸の切れた人形のようにその身を投げ出す。

 

「これならば、問題はなさそうだ……」

 

その出来映えを確認するように小さく呟いた。

 

 

 

 

この場の状況を一言で表すならば、混戦というのが最も相応しいだろうか。

ミストバーン配下の鎧兵士たちとベンガーナの兵士たちが激戦を繰り広げていた。金属と金属とがぶつかり合う甲高い音があちこちで鳴り響く。

問題はその数だ。三十体近い敵を相手に、ベンガーナの兵士たちは十人ほどしかいない。数の不利はそのまま戦力の不利となる。だが三倍近い戦力を前にしてなお、ベンガーナ兵たちは持ちこたえていた。とはいえそれを為しているのは、個々の戦力が上回っているからではない。

 

「死角をできるだけ消せ!! 常に背後を取られないよう気を配れ! お前たちの背中を、仲間同士で補うんだ!!」

 

ホルキンスは戦い続ける兵士たちに向けて言葉を飛ばす。

その主たる理由は、彼の存在が最も大きかった。彼は乱戦の最中に身を置きながらもベンガーナ兵たちへの指揮を執りつつ、自身も戦いに参加していた。

怒鳴り声のような言葉を上げながら剣を振るえば、鎧兵士がその一刀を受けて崩れ落ちる。戦いつつ全体を見渡し、必要とあれば言葉を投げかける。それがどれだけ難問かは想像に難くないものの、ホルキンスはこなしている。

それだけではなく、彼は自ら戦況の厳しい地点へと飛び込み、可能な限り多くの敵を引き付けようとしていた。(ひとえ)に、彼の卓越した剣技がなせる技といえよう。

 

「今だ! 戦車隊、撃てぇぇっ!!」

 

だがそれだけでは彼の活躍は成り立たない。アキーム率いる戦車隊は、鬼岩城の大砲を巧みに潰しつつ、隙を見ては鎧兵士にも砲撃を撃ち込んでいた。遠距離攻撃を封じながら、仲間への援護も行う。

大砲の轟音が響くたびに、剣を振るう兵士たちは勇気づけられていた。

 

「ほぉ……」

 

そんなホルキンスたちの活躍振りに、ラーハルトは思わず感嘆の声を漏らしていた。デッド・アーマーを倒した後、ホルキンスたちの戦い振りが偶然にも彼の目に入ったのだ。

そこで視線を切らなかったのは、自ら「鎧兵士の軍勢を相手にする」と言ってのけたその実力を一目見ようという、気まぐれのような感情だったかもしれない。

だがその気まぐれな行動に、彼は驚かされていた。

 

――あの男、大した腕だ。剣術だけならば、バラン様が相手でも多少は手を焼くだろう。

 

ホルキンスの戦い振りを見ながら、口には出せない考えを思い浮かべる。その指揮能力や、広く周囲を見渡せる眼力も高いが、何より優れているのは剣術だとラーハルトは判断していた。それも、バランと少しでも戦えるほどの腕前だという、彼にとっては最上級の賛辞に近い意見でだ。

 

「フッ……」

 

戦場でそんなことを考えていることに気付き、意識を鬼岩城へと向けようとした時だ。ラーハルトの視界の端で、微かに動く者の姿があった。

それは、倒された筈の鎧兵士だった。兵士の一人が倒したと思い放置していたのだろうそいつは、完全に破壊された仲間の鎧を隠れ蓑としてホルキンスへと襲いかかろうとしている。

 

「チッ! 世話の焼ける!」

 

それを見た途端、ラーハルトは動いていた。風のような速度で動き、その鎧兵士を易々と切断して見せた。いや、それどころか、ホルキンスが相手をしていた鎧兵士たちをも、事のついでとばかりに屠るほどだ。

ラーハルトの突然の援軍にホルキンスは一見驚くものの、だがそれが自身を助けるための行動だと直ぐさま理解する。

 

「すまない、助かった。気付かなかったのはオレの落ち度だな。礼を言わせてもらおう」

「気にするな。お前の力はまだ必要だと思っただけだ」

 

とはいえ鎧兵士に不意打ちをするような機転を効かせる頭など無いため、本当に偶然の産物なのだろう。本来のホルキンスならば気付くことも出来ただろうし、仮に襲われていたとしても対処出来た可能性は十二分にあった。

だがそれでも、礼は礼だ。素直に謝辞を述べるホルキンスに対して、ラーハルトは無表情のままそう言ってのける。それはどこか、素直になりきれない子供のようにも見えた。

 

「ううん、そんなことはない。私からお礼を言わせてもらうわ」

 

そこへ、戦場にはどこか似つかわしくない柔らかな声が届いた。

 

「チルノ殿!」

「チルノ様!!」

 

突如として現れたチルノの姿に、ラーハルトたちは思わず声を上げていた。

 

「ごめんなさい、遅くなって……」

 

二人へ向けて謝罪するように頭を下げる。その騒ぎを聞きつけたのか、ヒュンケルとクロコダインも集まってきた。その三人の顔を順番に見ながら、チルノは口を開く。

 

「クロコダイン、ヒュンケル、ラーハルト。みんな、ありがとう。鬼岩城退治、ここからは私も手伝うから」

「手伝いはありがたいが、ダイはどうしたのだ? 確か、覇者の剣を取りに行ったと記憶していたが……」

「詳細は省くけれど、ダイはちょっと出かけているの。でもすぐに、戻ってくる! 覇者の剣よりももっと強い、地上最強の剣を持って!」

 

地上最強の剣。その言葉を聞き、三人の顔色が変わる。少しの驚きと、そして意地を張ったような気配を漂わせる。

 

「その剣があれば百人力だろうが、到着を指をくわえて待っている訳にもいくまい?」

「ああ。ダイには悪いが、その剣の出番は無さそうだ……」

「あのような玩具の相手など、ダイ様の手を煩わせるまでもありません」

 

チルノの言葉を、三人はダイがいなければ鬼岩城には勝てないと受け取っていたようだ。勿論彼女にはそのようなつもりは無かったのだが。

三者三様の闘志を自らの内に燃やしながら、鬼岩城を睨む。戦車の砲撃を受けて多少の損傷こそあるものの、敵の姿は依然として健在のままであった。

 

 




遅いわ進まないわ、本当に申し訳ない……
もうちょっとだけ、鬼岩城の相手にお付き合いください。

今回やりたかったこと。
・二人が肩を並べて「鎧化」って叫ぶ。
・ホルキンスをツンデレっぽく褒めるラーハルト。
・3人のそれぞれの修行の成果のチラ見せ。

残りのやりたかったことは次話で……

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