隣のほうから来ました   作:にせラビア

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LEVEL:74 戦いの影で

片足を失い、鬼岩城が海中へと崩れ落ちていく。巨体が倒れゆくその姿は、遠く離れた大礼拝堂の諸王たちの目にも当然届いていた。

 

「おおおっ!! なんという光景じゃ!!」

「あの巨人を倒してしまうとはッ!!」

 

ロモス王シナナとベンガーナ王クルテマッカは、その姿を見るやいなや共に歓喜の声を上げる。だがそれも無理はないだろう。その巨体という分かり易すぎる恐怖の象徴として現れ、軍艦を一隻投げ飛ばすほどの暴れっぷりを見せた鬼岩城が、僅か数人の活躍によって倒れたのだ。

人間側からすれば、これほど痛快な見世物もそうそうあることではない。二人はまるで子供のようにテラスから身を乗り出し、奇跡の光景を少しでも近くで目に焼き付けようとしていた。

 

「あはは……王様たちを逃そうと思ってたのだけれど、必要ないみたいね……」

 

当然ながらレオナもその光景を目撃しており、隙を見て諸王らを脱出させようと画策していた彼女であったが、思わずその考えを投げ捨ててしまう。それほどに衝撃的な光景だった。

もはや笑うしかないとは、このことだろう。

 

「ええ、本当に。大したものですね、勇者ダイの仲間たちは……」

 

そしてカール女王フローラもレオナの言葉に首肯する。たった数人であの巨人を倒してしまう――その事実は、どれだけ多くの者たちの心を奮い起こさせるだろうか。

圧倒的とも言える彼らの姿は、フローラの目にもとても頼もしく映る。彼らならば、魔王軍を打ち倒し、大魔王バーンを倒す事も夢物語ではないだろうと考えてしまうほどだ。

 

何よりも、まだあの場には本命たる勇者ダイの姿はない。一行が最も頼りにする勇者がおらずともこれだけの活躍を見せるのであれば、果たして勇者はどれほどの強さを誇るのか。

フローラの心は、白馬の王子を待ち焦がれる幼い少女のように躍っていた。

 

「ですが、避難をさせるという考えは間違ってはいませんよ。常に最悪のことを考えて行動するのは、上に立つ者として当然です」

 

だがそれはそれだ。

彼女は自らも諸手を挙げて喜びたいという気持ちを押し隠し、あくまで毅然とした態度でレオナへと諭す様に言う。

 

「は、はい。そうですよね、申し訳ありません……」

 

レオナがフローラへ強い憧憬の感情を抱いていることは、直接伝えられたわけではないものの、彼女自身もレオナのその態度から気付いていた。だからこそ彼女は、年長者の勤めを果たすかのように自身を律することを心がけていた。

とはいえ、しゅんと気落ちしたような表情を見せるレオナの様子に、フローラは二の句を継げる。

 

「いえいえ、あの活躍を見て浮かれない者はいないでしょう。それにほら、あれに水を差すというのも少々野暮でしょう?」

 

そう言いながら指を差すその先には、各国の代表者たちが和気藹々と語り合う姿があった。

 

「しかし、あの巨人をああも容易く倒してみせるとは……」

「巨人が足を失う前に見せたあの攻撃、あれもおそらくは賢者殿の呪文だろうか? なんとも頼りになるものだ……それだけに、恐ろしい……」

 

世界会議(サミット)の最中、常に暗く沈んだ表情を見せていたリンガイア代表のバウスンも、何時の間にかその瞳に力を取り戻していた。テラン王フォルケンはといえば、チルノが放ったであろう力の正体に興味を見せていた。

 

「確かにチルノたちも活躍しておったようじゃが……ベンガーナ王よ、そなた自慢の戦車部隊も中々の活躍振りを見せていたではないか?」

 

諸王が口々に賞賛の言葉を述べる中にあって、シナナは戦車隊へと目を向ける。確かにチルノたちの奮戦振りと比較しては、目覚ましい活躍をしていたとは言い難いだろう。だが鬼岩城への砲撃を行い続けて行動を抑制し、半数は戦車を降りて鎧兵士たちを倒していた。

 

「いや、あれは……」

 

シナナの言葉に、クルテマッカは申し訳なさそうに顔を伏せた。

 

「恥ずかしい話だが、戦車隊があれほどの動きをしたところなど見たことがない……おそらく、ホルキンスの指揮あってのことだろう。賢者殿の考えがなければ、はたしてあれほどの活躍ができたかどうか……いや、下手をすれば早々に敗れていたかもしれん……」

 

自国の部隊の練度は、クルテマッカも当然知っている。鬼岩城を相手に見せた動きは、最初こそ演習などで幾度となく目にしたそれであった。

だがその動きは途中から一変する。

ホルキンスが指揮を引き継いだと思われるその瞬間から、それまで見たことが無いほど活き活きとした連携を見せ始めたのだ。大礼拝堂という高い場所から俯瞰で見ているだけに、その差は痛いほどよく分かってしまう。

それらを理解しているからこそ、素直に喜ぶことなど彼はできなかった。

 

「ベンガーナ王、世界会議(サミット)の時の発言を、少しだけ訂正させていただきます」

 

そんなクルテマッカの姿を見かねたのか、バウスンがおずおずと口を開いた。

 

「戦車だけで戦いに勝利することは難しいかもしれません。ですが戦車は、運用次第ではどの様にでも化ける高い可能性を秘めているようです。もしかしたらと思わせるほどに」

「確かに、バウスン将軍の言うことにワシも賛同させてもらう。ホルキンス殿の指揮があっての活躍だとしても、それだけの兵を鍛えたのは誰じゃ? 他ならぬお主であろう?」

 

仮にホルキンスが戦車隊を率いていたとしても、超竜軍団に勝利するのは難しいだろう。だが、その攻撃力と機動性を上手く活用できれば、ドラゴンたちの猛攻にもなんとか耐えられるのではないかと。バウスンの目にはそのように見えていた。

 

彼の言葉尻に乗るようにして、シナナは更にハッパをかけるべく口を開く。

 

「ホレ、最初の自信はどうしたんじゃ? 自らの鍛えた兵士たちの力があってこそ、ホルキンスもあそこまで活躍できたのだ! そのくらいのことを言わんでどうする? もっとドーンと構えてみせい!」

 

やや挑発的な物言いであったが、その言葉は決して間違いではない。そのことに気付かされ、クルテマッカはようやく顔を上げる。

 

「そうだな……すまぬ、わざわざ気を遣ってもらって……」

 

そしてせっかく上げた顔を再び、今度は諸王たちへ向けて下げる。その様子にシナナたちは思わず笑みを浮かべていた。

 

「確かに、あの楽しそうな語らいを中断させるのは少し気が引けますね……」

「フフ……男性というのは、幾つになってもどこか子供のようなものだそうですよ。ましてや普段はそれぞれが重責ある身です。もう少しくらい、羽目を外させてもいいでしょう」

 

シナナらの様子を一歩離れた場所で見守っていたレオナはそう呟くと、フローラもまた余裕のある笑みを浮かべる。

 

 

 

 

王たちが口々に勝利の言葉を述べ、各人が思い思いに感想を言いあう。誰もが大戦果に酔いしれていた中でただ一人、メルルだけは鬼岩城が倒れた姿を見てもなお、安堵することなく気配を張り詰め続け、周囲に気を配っていた。

その理由は、彼女がチルノから伝えられた「こっちの居場所を探そうと配下の怪物(モンスター)を放っているはず」という言葉である。メルルはその言葉を愚直なまでに信じ、今度こそ少女の期待に応えようとしていた。

 

「……ピィ」

 

いや、そう考えていたのはメルルだけではない。彼女の肩に乗っているスライム――スラリンも同じ気持ちである。スラリンもまた、メルルの力になるべく目を皿のようにしていた。ましてやスラリンはモンスターである。ならば同族の気配には人間のメルルよりも敏感に察知してみせようという意気込みすらあった。

 

一人と一匹が気を張り続け、やがてメルルはある一点を見た瞬間、思わず目を見開いた。

 

「……っ!」

 

彼女の持つ予知能力が警鐘を鳴らしていた。メルルの気付きを肯定するように、スラリンもまた「ピィ」と小さく鳴く。邪悪なる者の存在を察した彼女は、誰にも気付かれぬほどゆっくりと、三賢者たちへと近寄る。

 

「三賢者の皆さん、少しよろしいでしょうか?」

 

そしてアポロたちにのみ届くように、蚊の鳴くような声で話し出した。

 

「反応せず、落ち着いて聞いてください。この付近に怪物(モンスター)が潜んでいます」

「「「!?」」」

 

メルルの言葉に、三人は声を出しそうになるのを必死で我慢していた。事前に彼女からの断りの言葉が無ければ、誰かが叫んでいてもおかしくはなかっただろう。

なにしろこの場所には各国の代表者たちが勢揃いしている。護衛役たる彼らからしてみれば、怪物(モンスター)が潜んでいるとなればそれだけで気が気では無い。鬼岩城が倒れた喜びなど吹っ飛んでしまうほどの衝撃であった。

 

「私がなんとか炙り出してみせます。ですから皆さんは、姿を現した敵の攻撃をお願いします」

「ま、待ちたま……」

 

メルルの言葉を聞き、アポロは反射的に口を開いていた。炙り出すという、それだけでも危険な行動を、戦闘の心得の無い少女にやらせるなど彼の矜持が許さない。ましてやメルルはテラン王に着いてきている立場なのだ。下手に怪我などさせるわけにもいかず、自らがその役目を買って出ようとさえ思っていた。

 

だが彼女の耳にはそんな静止の言葉が届くことはなかった。言ったが早いかチルノから預かったナイフを引き抜き、逆手に構える。

 

「そこです!!」

 

テラスの隅には柱があり、そこから床へと影が生み出されている。だが、その影の一部分だけが不自然に伸びていた。普通ならば見落としかねないほどの小さな違和感。そこへ向けてメルルは勢いよくナイフを突き立てた。

大理石の床にナイフを突き立てれば当然、堅い衝撃が返ってくるはずだが、彼女の手に伝わったのは紙に刃を差し込んだときのような感触だった。

 

「ムウウゥッ!! まさかこうも早く見つかるとは!! だが、見つけたぞ!!」

 

ナイフの突き立てられた位置から、怪物(モンスター)が姿を現した。姿形は鬼岩城から現れたホロゴーストによく似ているものの、体色は青い。加えてホロゴーストたちよりも知能が高いのだろう、流暢な言葉を操っている。

 

「うおおっ!? な、なんじゃこいつは!?!?」

 

突如現れた敵の姿に、諸王たちは驚きを隠せなかった。

この怪物(モンスター)は名をシャドーと言い、ミストバーンの分身体でもある。世界会議(サミット)の会場を見つけ出し、参加した代表者たちを亡き者とする命を受けて暗躍していたところであった。

本来の歴史ではシャドーはクルテマッカの影に人知れず取り付き暗殺の機会を窺っていたものの、メルルが気付いたことでそれは失敗に終わる。その後、ミストバーンへと王たちの位置を知らせると鬼岩城を操り大礼拝堂へ攻撃を仕掛けるという八面六臂の活躍を見せていたのだが――

 

「メラミ!」

「ギラ!」

「グワアアアァァッ!」

 

メルルの事前の忠告が功を奏し、アポロとマリンはシャドー目掛けて即座に呪文を放った。火球と閃熱がシャドーへと襲いかかり、その身を熱で焼き焦がした。青い色をした怪物(モンスター)の肉体が熱と炎によって赤く染まり、たまらず苦悶の声を上げる。

 

「ヒャダルコ!」

 

二人に一拍遅れて、エイミが氷系呪文を唱えた。吹雪が襲いかかり、熱と炎で焼かれたシャドーを急激に冷やしていく。極低温によってさらなるダメージを受けるシャドーであったが、彼女の狙いは攻撃ではない。

 

「ぬおっ!? う、動けん……!?!?」

 

雪と氷と低温の直撃を受け、シャドーは大礼拝堂の壁へとその身を貼り付けられていた。その結果に、三賢者たちは思わず安堵する。アポロたちの攻撃に遅れてエイミが呪文を唱えたのは、彼女が未熟だからではない。

初手の二人の攻撃は避けられるのも仕方なし、当たればそれはそれでよし。というけん制だった。エイミの攻撃こそ本命――攻撃を避けた所へ向けて、呪文を放つ。加えて冷気で動きを止めるというおまけつきだ。

シャドーはその連携に見事なまでにハマっていた。どうにか抜け出そうと足掻くものの、それを黙って許すほど甘くはない。

 

「まさか、こんな敵が隠れ潜んでいたなんて……」

「あ……ああっ!!」

 

身動きの取れなくなった敵の姿を見ながら、フローラは右手を掲げ掌をシャドーへと向けた。彼女の集中に呼応するようにして魔法力が集まり、それを見たシャドーは思わず恐怖の悲鳴を上げる。

 

「バギマ!」

 

だがそれを聞いたフローラが手を止めるようなことはなかった。彼女は真空呪文を放つと無数のかまいたちを生み出し、シャドーの身体を削り取っていく。

 

「ミ、ミストバーンさまああぁぁっ……!!」

 

真空の刃にその身を苛まれ、シャドーは自らの主の名を叫びながら絶命する。実体を持たぬ生命体故に、まるで煙がかき消えるように消滅していた。

 

「あ、ありがとうございます。フローラ様、それとメルルも……」

「いえ……まだです!」

 

憧憬を抱くフローラの攻撃的な面を初めて目にしたのだろう、レオナは珍しく借りてきた猫のような大人しい態度を見せながら二人に向けて礼を述べる。けれどもメルルはその言葉を聞きながら首を横に振る。

 

「まだあの海の中に、恐ろしい気配を感じます……上手く隠しているものの、底知れない邪悪な力が……!!」

 

テラスから先、鬼岩城の沈んだ辺りへ向けてメルルは指を差す。その表情は焦りと恐怖に満ちており、この場にいた誰もがただならぬその様子に思わず息を呑む。

 

「……避難を、急いだ方が良いかも知れませんね」

 

占い師の少女の言葉を聞き、フローラとレオナは互いに頷きあった。

 

 




本当ならこの後、ヒュンケル対ミストバーンなシーンもある予定だったのですが……

先日、ダイ大の旧アニメ全部収録ブルーレイが届きまして……私の興味が完全にそっちへ行ってしまいました。
(こ、更新しないよりはマシだから……(言い訳))

表面に勇者側・裏面に魔王軍側が描かれたボックスやら、ゴメちゃんラバーストラップやら、こんなのズルすぎます。見るに決まってるじゃないですか。
そしてブルーレイディスク6枚組、約1200分という暴力……

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