パプニカの首都にほど近い、けれど安全といえる程度に離れた森林地帯にてダイとチルノは向かい合っていた。
普段から仲の良い姉弟である二人だが、今回ばかりは少し様子が異なる。二人とも真剣な表情を浮かべ、何も知らぬ者が見れば一触即発直前の状態といったところだろう。
チルノは完成したばかりのガリアンソードを構え、対するダイは姉の作った短剣を手にしている。
オリハルコン製の剣とキラーマシンの装甲にて作られた短剣。武器の材質だけで見れば、誰が見てもオリハルコンを持つ方が優勢だと思うだろう。だが、そんな有利な武器を持っていてもなお、チルノは押し潰されそうな圧力を感じていた。
――いつの間にか、こんなに強く……
最後にダイと腕試しをしたのは、いつの事だろうか? そう考えたときに、彼女の脳裏に思い浮かぶのはデルムリン島での記憶だった。あの頃はまだ幼く、そしてダイ自身も未熟であったおかげで、チルノの剣技でもダイに稽古をつけてやることはできた。
それがたった二ヶ月ほどの期間で、逆立ちしても埋められないほどに差が隔絶している。肌を通してピリピリと伝わってくる気配に
だが、それでいい。そのくらい差が開いていなければ、オリハルコン製の武器を持った相手の稽古相手など務まるはずもない。
「……いくわよ、ダイ」
その言葉を合図に、チルノは剣を振るう。だがそこは剣の間合いの遥か外だ。元々、対峙していた時点でダイとチルノの間には六歩程度の距離が開いている。一足飛びに攻撃を仕掛けるのならともかく、その位置からでは例え槍を使ってでも届かない距離のはずだった。
「むっ!」
しかしダイは小さくうめき声を上げながら身体を横にずらす。一瞬遅れて、ダイがそれまでいた場所にチルノの剣が降り注ぎ、地面を強烈に叩き揺らす。
本来ならば有り得ないはずの攻撃だ。それを可能とするのが、彼女の持つガリアンソードの特性だった。見た目は普通の幅広剣としか思えないそれは幾つもの節に分割させることができ、その一片一片が特殊な金属線で繋がれている。剣として扱えると同時に、刃の付いた鞭として操る事も可能な武器である。
先ほどの攻撃も、分割させた剣を鞭の如く叩きつけたに過ぎない。だがそれは座視できないほどの威力と攻撃速度を誇っており、事前にからくりを知っていたとはいえダイを慌てさせるには十分だった。
「やあっ!」
距離を取るのは不利と判断し、ダイは姉へと飛びかかり距離を詰めていく。だがそれを予期していたかのように、チルノもまた鋼線を引き戻して剣の状態へと戻していた。何しろロン・ベルク謹製の持ち主の意志によって瞬時に自由自在に形を変える金属を使用しているのだ。その速度はダイのそれよりもよほど早い。
むしろ飛び込んでくるダイは格好の獲物とばかりに、チルノは突きを放つ。
「わわっ!?」
空中の不安定な体勢でありながらも、襲いかかる剣先をダイは身体をよじって必死で躱す。すれ違いざま、再び剣が分割されていたのが見えた。
ならば、とダイは刃と刃を結ぶ鋼線部分をつかみ取り、力一杯引き倒した。
「きゃっ!?」
それは突きを放った槍の穂先を避け、柄を掴むような荒技である。思いがけない反撃に、チルノは思わず声を漏らしてしまう。反射的に踏ん張ろうとするが、相手の方が力も速度もずっと早く大きくバランスを崩す。
「今だっ!」
大きく踏み抜き、ダイは一瞬にしてチルノの懐まで潜り込んだ。その手に握られた短剣の刃は、チルノの喉元に――触れるか触れないか程度だが――位置していた。
誰が見ても決着がついた、いわゆる詰みの形だろう。
「ちぇっ、引き分けかぁ……」
しかしダイは残念そうに言いながら自ら剣を引き、見えないはずの自身の後頭部へと視線を――というよりも意識や気配を――向ける。そこには、チルノの持つガリアンソードの先端部分がピタリと止められていた。
突きを避けたまでは良かったものの、そこはチルノもタダでは起き上がらない。剣を引き戻す際に、普通に戻すのではなく切っ先を背後から襲いかからせるように操っていた。もしもそのまま攻撃が続行していれば言葉通り相打ちだっただろう。
剣に関してはもはや一日の長があると密かに自負していただけに、この結果はダイにしてみれば不本意だったようだ。
「でも私の場合は剣の強さも込みだから、どっちかって言えば私の負け。だからそう落ち込まないで、ね?」
そんなダイの姿に苦笑しながら、チルノは弟を諭すように言う。こちらも既に剣を引いており、手には幅広剣があるだけだ。姉の言葉にダイは、今はそれで仕方がないといったように頷いた。
ロン・ベルクに願い出た武術の指南役という依頼は、結局のところ保留という形で落ち着くことになった。
彼曰く「もしも必要になれば手を貸すこともあるだろう」とのことだった。
なるほど思い返してみれば、本来の歴史でロン・ベルクがダイたちを鍛えたのは彼らが手痛い敗北を喫したときだ。そこで稽古――というよりヤキを入れる名目で修行をつけていた。
ならばそういった事が今のところ起きていないため、彼もそこまで手を貸すつもりはないのだろう。
ロン・ベルクに直接剣技の手ほどきをして貰えれば、全体のレベルアップにもなるだろうと思っていたチルノだけに、当てが外れたことには少々がっかりしていた。
だが何時までも落ち込むわけにも行かず、パプニカに戻ったチルノは手にしたガリアンソードを使いこなすべく一人剣を振るっていた。そこにダイが現れ、先ほどの様に実戦形式の稽古が行われたというわけだ。
だが蓋を開けてみればその結果は、ダイがまだ慣れていなかった初戦で引き分け。以降は回数を重ねるたびにチルノが少しずつ劣勢に立たされていく結果となっていき、五本目にしてついに完全に一本取られる形となった。
「へへっ! やったね!!」
嬉しそうに声を上げながら、ダイは左手に握っていた鋼線を手放す。そこは切っ先に最も近い部分であり、この部分を抑えられるとガリアンソードの動きに大幅な制限が掛かる。それどころかチルノが動かそうとすればそれに反応し、妨害してくるほどだ。
彼女もダイに負けじと剣を土中へと隠して奇襲を仕掛けたり、螺旋を描くように回して攻撃を仕掛けるなど工夫を凝らすが、そのどれもが満足な成果を上げることはできなかった。
とはいえ、鋼線部分を握って動きを制限するだけであれば対策はある。例えば鋼線部分へ茨のような鋭い棘を無数に生やせば良い。持ち手の意志に応じて自在に姿を変える金属だけに、そのくらいの事はやってのけるだろう。
――でも、流石にダイ相手にそこまでは出来ないからねぇ……
だがこれはあくまで稽古。実戦ならばともかく、訓練で大切な弟にそんな真似ができるはずもなかった。
「はぁ……差があるのはわかっていたけれど、ここまでとは……」
どこか疲れたようにチルノは呟く。しばらく剣の稽古などしていなかったためか、ダイを相手にしていたためか、その身体は既に重い。対するダイはまだまだ元気いっぱいだというのに。
「でも姉ちゃんも凄く強かったよ。普通の戦いの常識が通用しないんだもん……攻撃が見えないし、気がつけばとんでもない場所から攻撃されてるし」
「そりゃ、ダイが相手だもの。ダイなら平気でしょ?」
感想とも文句とも付かない言葉を聞きながら、チルノはくすくすと笑う。
ガリアンソードの特徴は変幻自在にして縦横無尽な攻撃だろう。相手の予期せぬ場所から予期せぬ方法で仕掛けられる攻撃が襲われたかと思えば、剣による正当な攻めに突然切り替わる。
当然練習相手には自分よりも実力が上で、危機対処能力に長けた相手が必須となる。
「でもオリハルコンだよ? いくらおれでも無理だってば……!!」
「そこはちゃんと当たらないように心がけているもの」
ましてや武器の素材が素材だ。そういった意味では、最悪の場合は
だがそう判断していても、受ける方は怖いようだ。ダイは背負った剣をちらりと見ながら不満そうに口を尖らせる。
「おれもコイツが抜けたらいいのになぁ……姉ちゃんが羨ましいよ」
そう口にするのには理由がある。
ダイの剣もオリハルコン製であり、覇者の剣を材料としたことからある意味ではチルノの持つ剣とは兄弟のような物だ。だがチルノと違い、ダイの剣は完成してからこれまでの間、一度たりとも鞘から抜けたことがなかった。
元々、ダイの剣は魂があり自ら闘う時と場所を選ぶ剣なのだということはロン・ベルクから聞かされているが、だとしても同じオリハルコンの兄弟剣を相手にしているのだから、少しくらい力を貸してくれても良いだろうと文句を言わずにはいられなかった――加えてチルノの持つガリアンソードは制限もせずに簡単に抜けていることも、その感情に拍車を掛けている。
「ふふふ、どうして剣が抜けないんだろうねー?」
「……あっ! さては姉ちゃん、剣が抜けない理由を知ってるな!? ねぇ、教えてよ!!」
わざとらしい姉の言葉を敏感に察知し、ダイはチルノへ向けて縋るような目を向ける。まるで小動物がじゃれつい餌をねだってくるような様子に、チルノは根負けする。
「はぁ……じゃあ、ヒントだけね?」
「うん!」
一点の曇り無く素直に頷く弟を見ながら、チルノはどう口にしたものかと考える。
「ダイも知っているだろうけれど、その剣は魂を持っているの。そして、自分がどれだけ強力な力を持っているかも理解している。そして、持ち主がどれだけ強いかも知っている。だから迂闊に鞘から出てこないの」
「うん……」
そこまではダイもロン・ベルクから聞いた内容であり、想像できる内容でもあるだろう。
「そして私は、ダイよりも弱い。ダイの剣の助力なんてなくてもなんとか出来るくらいにはね……こんなところかしら?」
殆ど答えのような言葉だったが、ダイはその言葉を聞いて真剣に悩んでいたようだった。しばしの間思考を続け、やがて彼は顔を上げる。
「……それって、姉ちゃんがもっと強くなれば、おれも剣が抜けるかもしれないってこと?」
「か、可能性はね……」
「よしっ! じゃあ姉ちゃん、今からもっと修行しようよ!!」
はたして答えに気付いたのか気付いていないのか、判断の難しい様子でダイはチルノの手を引く。
「そういえばさ、アバンの書には鞭を使った戦い方も書いてあったんだぜ」
「へぇ、鞭……ねぇ……」
さも初耳だと言わんばかりに惚けてみせるが、チルノ自身もそのことはよく知っている。デルムリン島で僅かな日数だけ繰り広げられた大特訓の最中にて、他ならぬアバン本人から鞭の扱いについても仕込まれているのだ。
過密というのも
「空裂斬とまではいかなくても、大地斬や海波斬くらいだったら姉ちゃんも覚えられるんじゃない? 剣だったらおれも教えられるし、鞭にしてもその応用だからなんとかなるってば! だからさ、一緒に特訓しようぜ」
明確に姉の力となれるのがよほど嬉しいのだろう。ダイは姉に手に剣を握らせ、今にも飛び出しそうな勢いを見せる。頼りになる面も見せたいらしく、語尾もどこか男らしさを感じさせるよう意識しているのだろう。
チルノもまた、弟の珍しい姿を見ながら、観念したように剣を振り始めた。
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「……ん?」
ダイ主導によるアバン流刀殺法と鎖殺法の並列特訓が開始してから小一時間が過ぎようとした頃、何かの気配を感じたようにダイは教えの手を止める。
「ふぅ……はぁ……どうかしたの……?」
「だれか、来る……?」
上がった息を整えながら尋ねると、そう呟く。その言葉が示すように、木々の奥から一人の少年が姿を現した。
「……えっ!?」
相手の姿を見てチルノは小さく息を呑んだ。
年の頃はポップと同じくらい、十六歳程度だろう。黒色混じりの青白い色をした髪を靡かせており、顔つきは整ってはいるものの険しい目つきとどこか不機嫌そうな表情が近寄りがたい雰囲気を醸し出している。
戦闘用の服に肩当てをしており、背中には立派そうな長剣を背負っていることから、少なくとも彼に剣士の心得があることは明白だった。
初めて出会う相手。だがチルノだけは知っている相手だった。
「……ノヴァ……さん?」
「へぇ、ボクのことを知っているとは……少しは物を知っているようだね? それとも、父さんから聞いたのかな?」
思わず零した言葉を耳にして、相手は若干得意げな表情を見せる。だがダイは姉を守るように前へと出る。
「な、なんだお前はっ!?」
「ダイ、落ち着いて。この人は――」
ダイから見れば得たいの知れない相手なのだから、この反応もある意味では当然だろう。そんな弟を落ち着かせるように、チルノはダイの肩に手を当てる。
「先に名前を呼ばれてしまったが、改めて名乗らせて貰おう」
だがその行動に何の反応も見せず、相手は淡々と口を開いた。
「ボクの名はノヴァ――人呼んで、北の勇者」
「北の勇者……?」
「ダイも
名乗られてもなお要領を得ないといった表情を見せるダイにチルノが補足するように説明する。とはいえ彼の説明だけではどのような出自の人間なのか分からず、ダイと同じく首を傾げる人間の方が多いだろう。
「そうなんだ。ごめんよ、おれはてっきり……あっ! そうだ、おれたちは――」
「知っているよ、勇者ダイと賢者チルノだろう?」
姉の説明にようやく合点がいったらしく、ダイは慌てて弁解と自己紹介を同時に始めようとする。だがそんな慌ただしいダイの反応を鼻で笑いながら、ノヴァは続く言葉を口にする。
「"自称・勇者"の御一行の、ね」
その言葉を耳にして、チルノは「ああ、やっぱりか」と叫びたくなるのを必死で押さえつけ、代替行為だと言わんばかりに額に手を当てる。
本来の歴史でもノヴァは自尊心が非常に強く、ダイに対する一方的な対抗心を燃やしていた。先ほどの言葉通りにダイたちを自称と言い放ち、自分こそが真の勇者だという傲慢さを見せつけていたのだ。
「自称……」
「ああ、そうだ。魔王軍を次々と撃退していく勇者ダイ――」
そこまで口にするとダイの顔へ視線を飛ばし、続いてチルノにも同じように視線を向ける。
「そして、先日の
タイミングからして、
「だが、父さんから聞いた評価なんてボクは信じられなかった。だから、こうして会ってみて、やはり噂は噂でしかないと改めて感じたよ。こんな相手と同列に扱われていたなんて、考えただけで腹が立つ」
ダイに見下すような目つきを向けるノヴァを見ながら、チルノは思考を巡らせる。
本来の歴史でも、最初に出会った頃のノヴァはダイに対して同じような態度を取っていた。だが、その様子を見せたのはもっと後だ。わざわざパプニカまで乗り込んできて、ダイたちの実力を見るような真似はしていない。
だがこの世界ではノヴァは単身やってきたのだ。おそらくは、父バウスンから聞いた話が本来の歴史よりもずっとダイたちを賞賛するような内容だったのだろう。それに腹を立て、自ら腰を上げることを決断させるほどに。
――それってつまりは……私のせいでもあるのよね……
チルノという人間の存在と、あの時取った行動が彼に影響を与えたのだと判断して、少女は自らの迂闊さに嘆息する。だがこれは自身が撒いた種でもある。故に解決の糸口を探るべく、彼女は口を開いた。
「それじゃあ……ダイが勇者失格だとしたら、どうすればいいの?」
「そんなもの、決まっているだろう?」
少女の問いかけに、そんなことも分からないのかと言外に口にしながらノヴァは言う。
「世界中であがめられる、真の勇者は一人で充分! 自称・勇者には大人しく退場してもらおう!!」
臆面無く言い切る様子に、さしものダイも面白くなさそうにムッとした表情を覗かせる。そしてチルノは、ある意味では予想通りの反応に再び頭を悩ませていた。
――さて、どうしたものかしら……?
本来の歴史と現状とを比較しながら、妙案が浮かばないものかと僅かな間、押し黙る。
「……ノヴァさん。ダイが本当に勇者の名にふさわしくないか、少し手合わせをしてもらえますか?」
「何だと?」
「私はダイを――勇者の姿を一番近くで見てきました。そのダイが、勇者に相応しくないとは思えません」
「だから、手合わせをしてその実力を証明しようということかい? フフフ、まあ構わないよ……逆に現実を知る結果にならなければいいけどね」
チルノが言わんとしていることを理解し、それでも自身の優位を信じて疑わないノヴァは態度を崩すことはなかった。それどころか逆に引導を渡せると思っているのだろう、上機嫌で手合わせの準備をするようにダイたちから少し距離を取る。
「ダイ、勝手に約束しちゃってごめんね?」
「ううん、それは別にいいけど……」
「迷惑ついでにもう一つだけ……少しだけ
「えっ……!? ほ、本気、って……」
「お願い……ね?」
姉の"本気"という言葉に、ダイは焦りの様子を隠せなかった。少し前にダイとチルノが行っていたように、味方同士の手合わせには暗黙の了解としての制限がある。相手を必要以上に傷つけるような技を封じることや、目的にそぐわない手段は使わないなどといった事だ。
だが彼女は"本気"と言った。
そして、現状でダイが"本気"という言葉を聞いて思い当たるのは一つだけだ。まさかと思って問いただそうとするよりも早く、チルノは続いてノヴァに向けて口を開く。
「ノヴァさん、ダイはかつて超竜軍団の軍団長バランを退けた程の実力者です」
「ッ!?」
その言葉を聞いた途端、ノヴァの様子が一変した。どこか慢心を含んでいた雰囲気が消え、冷水のような殺気が漂い始めてくる。
「ダイと闘えば、その実力が見えてくると思いますよ?」
「……良いだろう。その下手な挑発、乗ってやる!!」
「え、と……どういうこと……?」
ノヴァとチルノのやりとりの意味が分からず、ダイは困惑したままだ。その様子を見かねて――というよりも元から説明するつもりだったのだが――チルノが耳打ちする。
「彼は、オーザム国を救うべく遠征している最中に、母国を超竜軍団に滅ぼされたの」
「ええっ!?」
「あの時もしも自分がいれば、魔王軍を撃退してリンガイアを守る事ができたとずっと信じているわ……実際、彼は弱くはない……でも、相手が相手でしょう?」
「……あっ!」
そこまで聞き、ダイはようやく姉が何をさせようとしているのかを悟る。同時に"本気"と言う言葉が何を意味しているのかも確証が持てた。
「なるほど、わかったよ姉ちゃん。わかったけどさ……気が進まないなぁ……」
「ごめんね……損な役回りを頼んじゃって」
だが理解しても気分が乗るかどうかはまた別問題である。何しろ大雑把に言えば、道化師役を頼んでいるようなものだ。気乗りしないのを自覚したまま、ダイはノヴァの正面に立つ。
「それじゃあノヴァ、さん? おれが相手をします」
続いて愛用のナイフを引き抜くと自然体に構える。だがそれを見たノヴァの顔に影が掛かった。
「……キミはボクを馬鹿にしているのか?」
「え?」
「短剣で相手をするなんて、愚弄するにも程がある!! その背の剣を抜け!! まさかそれは飾りなのか!?」
背負った長剣を一息に引き抜くと、その切っ先をダイへと突き付けながらノヴァは叫んだ。彼の立場からすれば、勇者失格と断じている相手が持っている立派な剣を抜く素振りすら見せずに、それどころか短剣で相手をしようとしているのだ。激怒したとしてもなんら不思議ではない。
――えーと、こういうときは……
ノヴァの剣幕を受け止めながら、ダイは
「だったら、おれに剣を抜かせてみせたらどうだい?」
「……後悔するぞ!」
どうやらその言葉は効果覿面だったようだ。
ノヴァは激しい怒りを内に秘めながら、勢いよく切り込んできた。その剣筋は鋭く力強い。彼が持つリンガイア戦士団の団長という肩書きは、決して親の七光りで得た物ではないということを如実に語る。
だがダイも負けてはいない。
天性の才能を持ち、アバンからの修行によってその才能を開花させ、加えて幾多の強敵との戦いによってその剣術は磨かれている。短剣と長剣というリーチの差を物ともせずに、相手の攻撃を受け止め、ある時は受け流し、隙を見つけては積極的に攻めていく。
「すごい……でも……」
一進一退の攻防が続く中、傍らで見ているチルノがそう零す。彼女の武術の腕前は、この三人の中で最も劣る。だがそんな彼女の見立ては、ダイの方が優勢という物だった。
確かに剣技は優秀であり、一流と呼んでも差し支えないだろう。だがそれでも、ダイには届いてない。それが彼女の出した結論だった。
幾度となく攻撃を仕掛けるも決定打を見いだせず、逆にダイの反撃を重心を崩しつつも避けているのがその証拠だろう。
「くっ!」
見ているチルノですら差を理解しているのだ。直接剣を打ち合わせている二人は彼我の実力差を彼女以上にはっきりと感じていた。やがて幾合かの打ち合いの末、ノヴァは憎々しげな言葉と共にダイから少し距離を取る。
「なるほど、ある程度は認めよう。だがやはり、背中の剣を抜くべきだ」
「……えっ?」
その言葉の真意を問うよりも早く、剣を握るノヴァの手が輝き、次いでその光は剣全体へ広がる。
「
光の正体はノヴァが生み出した闘気だ。闘気を剣に纏わせることによってその切れ味は飛躍的に上昇する。
「どうだ!! これでもまだ、つまらない意地を張るつもりか!?」
「……だったら、おれは」
微かな逡巡の後、ダイが取った行動は腰の鞘へと短剣を納めることだった。それどころか、構えることすら忘れたかのように、棒立ちの姿勢を取っている。想定外の行動に、絶対有利であるはずのノヴァの方が逆に慌てさせられる。
「なっ! 何を考えているんだキミは!?」
「出来る物なら、やってみろ」
「なにを……!!!!」
淡々と言い放つその言葉に、消沈しかけていたノヴァの怒りが再び湧き上がる。完全に手を抜かれ、下に見られているのだと思い込んだ彼は、感情の赴くままに剣を振るった。
「はあああぁっ!! ノーザン・グランブレード!!」
跳躍すると同時に剣を大上段に構え、そのまま上空から一気に切りつける。全開で放たれた闘気が十字に輝き、まるで北極星のような存在感を見せる。それに対し、今まで不動だったダイは突如相手に合わせるように両腕を上げた。
ノヴァの秘技とダイの腕とが激突し――
「そっ! そんな馬鹿なっ!!」
あり得ぬ光景にノヴァは目を丸くし、声を荒げる。そこには、彼の剣を生身の腕だけで防ぐダイの姿があった。
いや、ダイは決して肉体的な頑強さだけで防いだのではない。気が動転しているノヴァでは気付くことがなかったが、瞬間的に腕へ
「ありえない……ボクの一撃が……」
ノーザン・グランブレードの一撃を直前になって避けるか、剣を抜いて防ぐかするだろうとノヴァは思い込んでいた。だが実際は、そんな想定を吹き飛ばすほどの衝撃的な対応を取られている。
認めたくはないが、受け止めるしかない衝撃的な現実を突き付けられ、まだ手合わせの途中にも関わらずノヴァは顔を蒼白にしながらその動きを止めた。
相手が目の前にいるにも関わらず。
「……はっ!?」
ノヴァが動きを止めてもダイはその手を止めることはなかった。拳を握り、相手へ見せつけるように大きく引くと、そのまま殴りかかる。不自然な程に予備動作が大きかったおかげでノヴァは寸前でそれに気付き、慌てて防御を固めた。
「せええぃっ!」
「ぐううぅっ!!」
その防御へ合わせるようにダイは拳を放つ。いや、むしろ防御など関係ないと言わんばかりの強引かつ圧倒的な一撃だ。ノヴァ自身も闘気によって防御力の底上げをしているというのに、受け止めた衝撃に耐えきれず吹き飛ばされる。
「く、ううぅ……うっ!!??」
防いだはずの上からじんじんと襲ってくる痛みを堪えながら、戦士として鍛えられた肉体と精神は自身の身体をのろのろと起こす。そして顔を上げたところでノヴァは再びダイの姿を視界に捉え、反射的にその身を硬直させた。
「あ……ああ……っ!!」
ダイから伝わってきたのは、圧倒的な威圧感だった。自分よりも幼いはずの少年から発せられるとは信じられないほどの強い気配。
身を起こしかけていたノヴァに対して、ダイは立ったままのため、必然的にダイの方が高い視点からノヴァを見ることになる。それも影響しているのだろうか。腕を組み、無言のまま見下ろす姿は、彼の目には魔王すら凌駕する強者に映っていた。
剣を生身で受け止められたという未知の恐怖もそれを後押しした結果、彼はとうとうその身に纏っていた闘気を完全に消失し、尻餅をつく。
「わあぁっ!! ごめん、やりすぎた!!」
それを見た途端、ダイもまた自身の闘気を霧散させていた。申し訳なさそうな顔と共に謝罪の言葉を口にして、小走りに近寄ると手を差し出す。
「大丈夫? 立てる?」
「……へ?」
一瞬前までとの印象の落差に、思わず間抜けな声を上げてしまうほどだ。瞳に映る感情は、ノヴァの容態を真剣に心配しているとか思えない。戸惑いながらも彼はダイの手を取ろうとして、だがチルノが横から伸ばした手にそれを阻まれた。
「動かないで、まずは回復させるから――【ケアルラ】」
「これは、回復呪文……?」
ダメージを負っていることを考慮して無理に立たせようとはせず、まずは怪我の治療を優先させた。チルノの手から溢れる柔らかな光を受けて痛みが引いていくのを感じ、これが回復呪文だということは直感的に理解しながらもながら、けれども聞き慣れぬ言葉に首を傾げていた。
「ど、どういうことなんだこれは?」
「えーと、それは……」
困惑しながらも、ダイは事情を話し始めた。
「……なるほどね」
「本当にごめんなさい」
ダイたちから事情の全てを聞き終えたノヴァは抑揚のない声でそう言い、姉弟は揃って頭を下げる。
どういうことかといえば、つまりはこういうことだ。
自分がいれば超竜軍団を倒し、バランすら退けることが出来る。そう信じて疑わずにいたノヴァに対してダイが仮想バランとして相手をしてみせることで、彼の鬱憤を晴らさせると共に戦おうとしていた相手の強大さを教え、傲慢さを取り除こうとしていたのだ。
これは、同じ
ただ、誤算があったとすればダイの行動である。手本として想像したのは、魔王軍にいた頃の――すなわち人間全てを滅ぼさんとしていた頃のバランである。加えて少々過剰にやり過ぎていた。その結果、ノヴァに必要以上の恐怖を与えてしまったのだ。
ある意味では、流石は実の親子ということでもあるのだろうが……
「ムシのいい話だとは思うけれど、発案したのは私なの。だから、ダイのことは許してもらえるかしら? 私になら、どれだけ怒りをぶつけても構わないから……」
「いや、謝る必要があるのはむしろボクの方だろうね」
ダイの謝罪に続き、チルノも言葉を続ける。二人の言葉を聞き、ノヴァは自身の胸中の想いを静かに吐露し始めた。
「キミのおかげで、ボクは自分が傲慢だったか思い知れたよ。手合わせの時に見せてくれたアレは、ボクが戦おうとしていた相手の強さを真似たものなんだろう?」
「う、うん……」
「やっぱり、か。竜騎将バラン……そんな底知れない化け物を相手に、ボクは勝てると一人で思い込んでいたんだな……」
その対象が実の父親であり、そしてまた自分自身も――幾ら真似たとはいえ――底知れない相手だと思われることに、ダイは少しだけ苦々しい気持ちだった。
だがダイの事情を知らぬノヴァは、彼のそんな感情に気付くことはなかった。
「そして、どれだけ狭量であるかも教えられたよ。ノーザン・グランブレードは間違っても味方に使うような技じゃない……手合わせだというのに、下手をすればキミを殺していたかもしれない……キミの見せてくれた強さに恐れ、そんな当たり前のことすら見落とすなんて……ほんとうに、もうしわけないことをした……」
続けて過去の行動を振り返り、自省する。口にしながらノヴァの声が段々と力なく、震えていくのが分かる。今にも泣き出しそうになるのを、必死に堪えているのだろう。
「ははは……こんな無様な姿を見せるようじゃ、ボクは勇者失格だな……」
自嘲するように笑う姿を見ていられず、チルノは口を開いていた。
「でも、今気付けたのなら、それでいいじゃないですか」
「……?」
「もしも、魔王軍との戦いの中で気付いていたなら、仲間を危険に晒したかもしれません。でも、今のは手合わせでした。お互いに未熟な部分に気付いたりするのが目的なんですから、何も問題ありませんよ。次に生かせば良いだけですよ」
「そう……なのかなぁ……?」
声を掛けるものの反応は芳しくはない。とはいえ、何しろ自分が信じていたことが根底からたたき折られた様なものなのだから、それも仕方ない。ノヴァの様子を見ながら、もう少し強めの言葉が必要だと思い直す。
「……北の勇者。この異名は、ノヴァさんが自分から名乗ったのですか? それとも、人々からそう呼ばれるようになったのですか?」
「そ、それは……」
問われるものの、ノヴァは返答に詰まった。今の彼の精神状態では、たったそれだけのことを言うだけでも恥ずかしく思えてしまうのだ。だがその返答が重要なのではない。迷うノヴァの心をこれ以上傷つけないよう、チルノは続ける。
「まあ、そのどちらかが重要なわけじゃないんです。大事なのは、そう呼ばれることを自分で受け入れたことだと思います」
「自分で……かい?」
「ええ、そうです。人に言われて仕方なく勇者と名乗るではなく、自分で名乗るようになっているんですから、途中で諦めたり投げ出したりするのは反則ですよ?」
「ははは……厳しいなぁ……」
「男の子なんだから、厳しくても当然ですよ。そのくらいの意地は残っているでしょう? 勇者様?」
最後の"勇者様"という言葉に、どこかからかうような抑揚を付けてチルノは言う。少女の励ましの言葉を耳にしながら、ノヴァは胸の奥が僅かに熱くなっていたのだが、それに気付くことはなかった。
「そうだよ! ノヴァさんの今までの活躍で救われている人だって必ずいる筈なんだから!」
姉に倣いノヴァのことを"さん"付けで呼んでいるものの、どこか息苦しそうなダイの言葉。それを聞いた当人は、微かに頬を赤らめ、照れ隠しのように頬を掻きながら言う。
「ありがとう……それと、ボクの事はノヴァと呼び捨てでいいよ、ダイ。それから……チ、チルノ……」
どうして彼女の名を呼ぶ時だけ、僅かに言葉が詰まったのか。だがその理由を議論するだけの時間はもはやなかった。
「――ッ!!」
何の前触れも無くダイが顔を勢い良く上げ、ある方角を向く。その視線の先には、パプニカの市街があるはずだ。
「なんだ!? この、闘気は……!!」
「こ、この気配は……!!」
ダイに続き、闘気の扱いに長けたノヴァもまた同じような行動を見せる。
二人の様子を見ながら、チルノは「まさか……」と口にしていた。
最初のシーン。稽古というか、書いている人の描写練習というべきか……
ダイ相手に意表を突ける程度にはあの時点でも操れて、武器性能も借りれば格上相手にトリッキーさでやり合えるはず。
(でも後に控えている格上すぎる敵を相手にどれだけできるやら)
北の勇者、ちょっと早めに参上。
父親がダイを持ち上げ過ぎたので腹が立ってパプニカまで直接乗り込んでくる。
そこまで考えて書いている人が困る。こうなると、彼が鼻っ柱を折られて自分の未熟さに気づくイベントが起きない。どうしよう。
……あ、仮想バラン戦に丁度良い相手がいる。これなら良い感じに現実を知れそう。
その結果がコレ……
ノヴァさんは剣も呪文も得意ですし、闘気の剣を使えて強い。
初期のクロコダイン・ヒュンケル・フレイザード辺りならなんとか戦えると思う。
(ザボエラは前線に出てこないので除外)
強いんですけど……多分、活躍させられなさそう…………