隣のほうから来ました   作:にせラビア

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LEVEL:82 思惑

「くそっ! まさか、あそこでザボエラが現れるとは……!!」

 

突如現れたザボエラの助力より、ハドラーはダイたちから見事に逃げ失せた。なまじ戦況が有利だったこそ、あと一歩のところで取り逃がしたという事実が、ダイたちの心に重くのし掛かっていた。

何しろ、超魔生物としての特性に加えて竜闘気(ドラゴニックオーラ)を操り、胸には黒の核晶(コア)が埋め込まれているという厄介極まりない相手なのだ。可能な限り早めに対処しておきたいと考えるのは、至極当然だろう。

 

「逃げる手段まで計算ずくで挑んできた、ということか……?」

「いや、それはどうだろうか?」

 

だが彼らは落ち込んでばかりもいられなかった。

特に眼前で取り逃したヒュンケルらは、憤慨しつつも先ほどの戦闘を振り返り始める。

 

「あの時……ザボエラが現れた瞬間のハドラーの表情から察するに、ヤツもまたこの事態は知らなかったと考える方が自然だろう」

「だろうな」

「バラン!!」

 

突然バランが話に加わり、彼らは驚きの表情を見せる。

 

「怪我はいいのか?」

「ああ、回復呪文(ベホイミ)を使っておいた。まだ傷は痛むが、この程度ならばもはや支障はない」

 

なるほど彼の言うように、先ほどと比べれば傷はすっかり癒えていた。少し離れた場所に目をやれば、こちらもバランが回復呪文を唱えたらしくダイも同じ程度にまで復活していた。

完全に傷を癒やすのならばベホマの呪文を唱えていたのだろうが、そうしなかったのは治療よりも復帰を優先させたためだ。

 

「もうしわけございません……バラン様らが相手をあそこまで追い詰めてくださったのに、取り逃がすような失態を……」

「いや、よい。アレは一人の手には余る化け物だ。それに、ザボエラのヤツが出てきたのも想定外だった」

 

自らの失態を謝罪すべくラーハルトは膝を突いてバランに伏す。だがバランは、彼を叱責するつもりなど毛頭なかった。敵の強さは直接刃を交えた彼の方が何倍も良く知っている。

加えてザボエラが戦場に隠れ潜んでいたことを見抜けなかったことも、自責の一因となっていた。

 

「お前達の話すように、ヤツが瞬間移動呪文(ルーラ)でハドラーを助け出したのは独断だろうな。それにしても……ザボエラが隠れているのを見抜けなんだとは……くっ! 自分が腹立たしい!!」

 

助け船を出したタイミングから察するに、この近くで様子を窺っていたのは明白だろう。だがそれを見抜けなかった。ハドラーの放つ圧倒的な闘気に邪魔され、気づけなかったと言ってしまえばそれまでかも知れないが、それで「仕方がなかった」と納得できてしまうほどバランは器用な性格ではない。

次の機会があれば、この雪辱はなんとしてでも果たすことを誓う。

 

 

 

――ザボエラが現れた? このタイミングで?? ……どうして?

 

一方、チルノはラーハルトたちから少し離れた場所で一人思考していた。議題は当然、先ほどの闘いについてだ。

大魔法を操ったことによる影響か、肉体が僅かに不調を訴えているが考えを止めるわけにはいかなかった。なにしろ、どう考えても先ほどのザボエラの行動は不可解なのだ。

 

よほどの理由がない限りは前線に姿を見せない相手が、部下も連れずにたった一人でこの場所に現れる。しかも相手は、ハドラーに埋め込まれた黒の核晶(コア)の存在だって知っているはずだ。

本来の歴史で「超魔生物への改造を施した際に気付いた」という旨の発言をしていることからもそれは明らかだろう。ならば、誘爆の危険性にも気付いていたと考える方が自然だ。

 

つまり今回の場合は、それらの要因を上回るだけの理由があったと言うことだ。

 

――……まさか!!

 

そこまで考えて、少女はある一つの仮説に辿り着いた。

 

 

 

「チルノ……」

 

思考を続ける少女を、ノヴァはどこか所在なさげに見守っていた。そもそもの事情を知らぬ彼から見れば今のチルノは、肝心なところで敵を取り逃がして落ち込んでいる少女の姿としか映らない。

加えて、ルーラで逐電したザボエラたちを追い掛けるべく最後に行動したのも彼女だ。鞭のような剣を操り、けれども届くことなく逃がしてしまったのを、責任に感じているのだろうと考えていた。

 

そこまで相手を慮っても、今のノヴァには彼女に掛ける言葉を知らなかった。

彼がもう少しでも女性の扱いというものを知っていれば、気の利いた台詞の一つでも言えただろう。

だがダイとの試合で落ち込んだ時も、ハドラーを見て戦慄したときも、彼を励ましたのはチルノだ。まだ若い彼では、そんな相手にどの面下げて声を掛ければいいのだと考えてしまうようだ。

仕方なし彼はそれ以上口を開くことも出来ぬまま、見つめ続けていた。

 

「……あれ?」

 

そこで彼は、ふと違和感を覚えた。

つい先ほどから見つめ続けてきた少女の周りの景色が、ほんの少しだけおかしくなっていたのだ。まるで目の焦点が僅かに合っていないような不可解な感覚に、ノヴァは自然とギュッと目を強く瞑り、再び開く。

 

「……ッ!!」

 

そして背筋を凍らせた。

見間違えでもなければ、目の錯覚でもない。チルノのすぐ後ろに、よく見えないがまるで道化師のような格好をした何かがいた。しかもその相手は巨大な鎌を振り上げており、今にも振り下ろしそうだ。

 

「チルノ! 危ない!!」

「ノヴァ!?」

 

気がつけばノヴァの身体は勝手に動いていた。駆け寄りながら背負った剣を抜き放ち、チルノを庇うようにその身を強引に滑り込ませる。

 

「……チッ!」

「くっ……!」

 

大鎌と剣とがぶつかり合い、甲高い金属音が辺りに鳴り響く。どうにか受け止めることに成功したものの、やはり僅かに遅かったようだ。

チルノの右頬から右腕に掛けて浅く線が走り、ズキンとした痛みが走った。彼女は小さく呻き声を零しながら傷口を押さえるように左手を当てる。無傷とはいかなかったが、とはいえノヴァが気付かなければチルノは確実に命を落としていただろう。

 

「な、何だお前は!!」

「フフフ、惜しい惜しい……キミが気付かなければ、間違いなく終わっていたのになぁ……」

 

その声と共に不鮮明だった景色がゆっくりと明確になっていき、相手が正体を現す。

 

「キルバーン!! お前ッ!!」

 

相手の姿を見た途端、今度はダイが動いた。まだ痛む全身の悲鳴を無視して身体を動かし、猛然とした勢いでキルバーンへと斬りかかっていく。だが、最愛の姉の命を狙われたことがよほどショックだったようだ。その動きは愚直なほどに真っ直ぐであり、キルバーンからすれば避けるのは容易い。

 

「おっと、怖いこわ……ッ?」

 

怒りと共に振り下ろされたダイの剣の一撃を余裕たっぷりに躱してみせる死神であったが、その言葉と表情は途中で驚きに代わった。

ダイの一撃を回避した先を狙い、いつの間にかバランが迫っていたのだ。なまじ挑発のために余裕を見せたのが(あだ)となり、それでもどうにか身を捻るものの片腕を半ばほどまで切り裂かれる。

 

「死神!! 貴様、ここに何をしに来た?」

「何、って……忘れたのかい? ボクの仕事は暗殺だよ? なら、何をしに来たかなんて決まっているじゃないか」

 

切り裂かれた左腕の傷は深く、傷口から滴り落ちる血が(おびただ)しく流れ落ちていく。にもかかわらず、死神はそんな怪我の事など意にも介した様子も見せずに、ただ淡々と答える。

 

「けれど、まさかしくじってしまうなんて、いささか腹立たしいね」

 

仮面のために表情こそ読めぬものの、クスクスと笑いながら語るその様子は気軽におしゃべりをしているとしか思えなかった。その異質さが、全員の警戒度を引き上げる。

 

「でもまあ、今回はハドラー君が主役だ。今日はこの辺で手を引こう」

「……まさか、逃げられると思っているのか?」

 

キルバーンがのうのうと口を開いている間に、ヒュンケルたちは抜け目なく動いていた。背後を抑えるように回り込み、正面のバランからの逃げ道を塞ぐように位置取る。包囲網は全周におよび、何か妙な動きを見せればすぐにでも対処できるほど距離も詰められている。

 

「勿論、思っているさ」

 

そんな状況にあってすら、キルバーンは余裕の態度を崩すことはなかった。彼の身体がこの場に現れた時と同様に不鮮明となったかと思えば、次の瞬間には完全に消え失せる。

 

「なにっ!!」

「馬鹿な、どこへ消えた!?」

 

幻術の類いかと判断したクロコダインが周囲をなぎ払うように斧を振るうが、虚しく宙を切るだけだった。

 

「そうそう、もう一つ伝えておかなきゃね」

 

周囲にキルバーンの声が響き渡る。

完全に逃げたと思った相手からの言葉に全員は周囲に視線を走らせて居場所を探ろうとするが、何か特殊な呪文でも使っているのかその声はどこから聞こえてくるのかまるで分からない。気配を探ろうにも、これだと断じられる様なものは感じられない。

 

「キミたちは、大魔王軍の本拠地へ攻め込もうと計画しているんだろう? 存分に準備してから来たまえ。ボク達も歓迎の準備を盛大にさせてもらうよ……ああ、でもあんまり時間を掛けすぎると今回のハドラー君みたいなことが起きるかもしれないから、早めにね」

 

一方的にそう告げると、再び声は聞こえなくなった。

ハドラーに続き、再び刺客を取り逃がしたことにラーハルトたちは歯噛みする中、チルノは別の事実に気付いていた。

 

「キルバーンがバランじゃなくて、私を狙ってきた……」

 

果たしてこれは、遅いと考えるべきか早いと考えるべきか。ただでさえハドラーの変貌に頭を痛めるというのに、厄介な事がもう一つ増えたのだ。

 

痛みに顔を顰めながら、少女はとりあえず今を乗り切れたことに感謝することにした。

 

 

 

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「ザボエラ……どういうつもりだ?」

 

ハドラーはザボエラへと問いただす。

ザボエラの瞬間移動呪文(ルーラ)にて有無を言わさず連れてこられたのは、かつて自身を超魔生物へと改造すべく隠れ潜んでいたあの小島だった。

事前の打ち合わせも何もなく、死闘に不粋な横槍を入れる形で割り込んできた部下の行動に、彼は憤慨していた。ハドラー自身はあの場で決着が付くと思っていた。正々堂々とした闘いを求めていただけに、その怒りは一入(ひとしお)という物だ。

その言葉にザボエラは、ハドラーを前に土下座せんほどに頭を低く下げた状態で申し開く。

 

「余計なことをしたと言うことは、ワシ自身よく分かっております」

「理解しているのならば、何故あのような真似をした!? オレの考えは、貴様も知っていよう!? 返答次第では厳罰も覚悟せよ!!」

「そ、それは……」

 

僅かな逡巡する様子を見せると、ザボエラは言いにくそうに口を開いた。

 

「ハドラー様の……そして、ザムザのためですじゃ」

「ザムザのため、だと……?」

 

それはロモスでダイたちに敗れたザボエラの息子の名だ。予想だにしなかった言葉を耳にして、ハドラーの怒りがスーッと冷める。

 

「あやつは、超魔生物の研究に命すら捧げておりました。そして、ハドラー様が気付かれた(ドラゴン)の騎士の細胞を組み合わせるという研究もまた、短期間ながら着実な成果を上げつつありました」

 

事実、僅かな時間で(ドラゴン)の騎士の動きを阻害する毒などを作って見せたのだ。その手腕は賞賛に値するだろう。語気から怒りが和らいだのを感じ、ザボエラは更に口を開く。

 

「ハドラー様の今のお姿は、言うなれば亡き息子が叶えたかった夢の結晶!! 気にならぬ筈がありませぬ! どうして放っておけましょうか!?」

「む……っ」

 

その言葉にハドラーは思わず低く唸った。

己の保身と出世のことしか考えていないと考えていた相手の口から、まさかそのような言葉が出てくるとは夢にも思わなかったのだ。ハドラー自身もまた、ザボエラが息子を失ったことは気に掛けていたこともそれを後押しする。

 

「そしてハドラー様自身も、アバンの使徒らと闘い勝利することを望んでいるはずですじゃ!! ハドラー様の勝利はザムザの勝利! そのためならば、ワシは喜んで汚名を被りましょう!!」

 

もともと額を地に着けるほど低く低くしていたザボエラが、さらに地面へと額を擦りつけながら叫ぶ。

 

「加えて、今のハドラー様はバーン様からいただいたお身体を勝手に改造した身! それをバーン様のご報告もせずに命果てれば、道理が通りませぬ! 此度のことを報告する義務があるはず!! 三対一、いえ六対一に加えて二人の(ドラゴン)の騎士を相手にあれだけの闘いを見せたという結果を持ってすれば、バーン様も決してハドラー様を処断はいたしますまい!!」

 

その言葉を耳にしたハドラーはしばし無言のまま瞳を伏せ、やがて口を開いた。

 

「……なるほど。お前の気持ちはよく分かった。確かに、あの場で命を落とすのはオレも本意とは言えん。それに、あまりにも不義理ということもそうであったな」

「でっ、では……!?」

 

ハドラーの言葉にザボエラは少しだけ頭を上げる。

 

「今回ばかりは不問としよう。だが一度だけだ。もう二度と、あのような真似は許さんぞ」

「は、ははぁーっ!!」

 

――ヒッヒッヒッ、上手くいったわ……!

 

再び額を地に着け、ハドラーから完全にその表情をうかがい知れなくなったことを確信すると、ザボエラはその表情を邪悪に歪ませた。

 

ザボエラからすれば、ハドラーとて己が出世のための道具にしか過ぎない。

そして、超魔生物となりながら(ドラゴン)の騎士の力まで行使する今のハドラーは、ザボエラから見ればまたとない実験動物なのだ。

殆どノウハウが存在しない状態で強引に(ドラゴン)の騎士の力を操り、挙げ句の果てには魔法剣まで操って見せた。それほどの成果を上げておきながら、たった一度の戦闘で使い潰すなど、彼からすれば有り得ない。

もっともっとサンプルとデータを収集して、次に繋げる必要がある。そのためにはハドラーには死んでも長生きしてもらい、有益な情報を提供する義務があるとザボエラは疑うことなく考えている。

そのためならば、ハドラーの命を自らの手で救うことすら手段の一つでしかない。息子の事を方便として信じ込ませることすら、何の痛痒も感じることはなかった。

 

――いや、あやつもあの世で喜んでおるじゃろうな。何しろ死してなお、ワシの役に立てたのじゃから……褒めてやるぞザムザよ。キィ~ッヒッヒッヒッ!!

 

「傷が癒え、身なりを整えた後にバーン様へ謁見する。ザボエラ、お前も準備しておけ」

「了解いたしましたですじゃ」

 

良いことは続くのだろうか。

ハドラーの言葉を聞き、ザボエラは更に歓喜していた。

 

――ハドラーの研究成果を下地とすれば、(ドラゴン)の騎士を量産することすら夢ではない。その成果を持ってすればワシは魔軍司令の地位に! いやいや、バーン様の右腕となることすら夢ではない!! そうなれば地上をだけでなく、魔界を! 天界すら我が物とすることも……まったく、笑いが止まらぬのぉ!! キィ~ッヒッヒッヒッ!!

 

まだ見ぬ薔薇色の未来を夢想し、彼の興奮は留まるところを知らなかった。

 

 




前話の最後にこの話を入れるべきか悩み、結局分割しました。

チルノさん。
厄介なのが遂に実力行使に出始める。
死神が姿を消したのはレムオルで、隠れた場所にいるピロロが使ったから気付かれない。というトリックでどうでしょう?(本筋に関係ないので何でもいいのですが)

ハドラーさん。
こんだけスペックあれば、そりゃ使い潰すには惜しい存在です。
超貴重なサンプルなのですから、骨の髄までデータ取って次に活かさなきゃ!!
そのためにはザボエラだって危険を掻い潜ってでも助ける。
(実は親衛騎団を出したい為の方便)

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