(投稿直前の悲劇)
――すまんが、もう少しだけ付き合って貰うぞ。
バランのその言葉に首を縦に振ったダイとチルノは、彼の
体感としてはそれこそ一瞬のうちに、彼らはとある場所へと移動していた。
「……ここは?」
「森の中、みたいだけど?」
呪文の効果によって降り立った場所の風景を見ながら、ダイたちはそんな感想を呟く。彼らの言うように、連れてこられた場所はどこかの森のようだった。ときおり鳥のさえずりが聞こえ、そよ風が木々の葉を揺らして天然のメロディを奏でている。
尤もそんな些細な共通点などどの森でも当たり前なのだが、どこか故郷――デルムリン島のことを二人に想起させていた。
「アルゴ岬の近くだ」
見た目ほど傷は深くなかったのか、はたまた
現在の場所が分からずに落ち着きなく辺りを見回している二人に向けて、バランは手にしたハンカチをチルノへと返すように差し出しつつ告げる。
「アルゴ……岬……?」
「あれ、それって……」
父親からそう言われてもイマイチ要領を得られず、ダイは首を捻る。一方チルノは、血の染み込んだハンカチを受け取りつつ、聞き覚えのある地名から記憶を辿ろうとしていた。
「ついて来い」
だが疑問を浮かべる息子の言葉に答えることもなく、バランは率先して森の更に奥へと歩みを進め始めた。黙って付いてこいと言わんばかりの様子に、二人は仕方なし慌ててバランの後を追って森の中へと入っていく。
それからしばらく歩いた先で、急に森が開けた。
それまで視界には常に木々が入っており、若干の薄暗さも感じていたところへ陽光が差し込んできた。視線の先には泉があり、それが光を反射して飛び込んでくる。
――この泉が見せたかったのもなのだろうか?
そう声を掛けようとするが、泉のほとりに着いてもなおバランの足が止まる事はなかった。そこから泉に沿うようにしてほんの少しだけ歩くと、そこには小さな石が置かれていた。
小さな石と言っても、高さは子供の背丈程度はある。綺麗な長方形に
「それ、お墓?」
「ああ、そうだ」
「……ッ!」
それは誰が見ても石碑か何かだと思うであろう。事実、ダイも同じ感想を口にしていた。
ダイの言葉にバランは小さく頷きながら答える。その仕草とこの場所から、チルノはようやく思い当たり、小さく悲鳴のような声を上げる。
「この下には、ソアラが眠っている」
それはチルノが想像した通りの答えだった。
ダイたちを見ず、墓標へと視線を向けながら告げるバランであったが、その身の端々からは悲壮な決意が漂ってくるようだ。
「ええっ!?」
一方、予想もしていなかったのだろう。ダイはバランのその言葉に驚かされつつ石碑をしっかりと確認する。そこには確かにソアラと言う名が刻まれていた。
「ソアラ……って、それって確か、おれの……」
「ああ、そうだ」
記憶を掘り起こすように、確認するかのようにゆっくりと口に出していくダイの言葉を、バランが首肯する。
「私が唯一愛した女性であり、お前の母親が、その下に眠っている」
「そ……」
父の言葉を聞き、ダイは言葉を失っていた。何かを言おうとすれども言葉にはならず、水中の魚のように口をパクパクと開閉させるのが関の山だった。
対してチルノの方は、事前に察することが出来たのが大きいのだろう、心に少しだけ余裕があった。再び辺りを見回しながら口を開く。
「まさか、この泉は
「詳しいな。その通りだ」
チルノが知る、本来の歴史という知識の中にのみ存在する光景。ようやく正解に辿り着いたとばかりに紡がれる言葉を、バランは肯定していた。
「ここは奇跡の泉と呼ばれ、その水は
そこまで口にすると、バランは泉の方を眺めながら遠き過去へ想いを馳せるように目を細める。
「そして、私とソアラが初めて出会った場所でもある」
その瞳には、在りし日の妻と出会った時の光景が甦っているのだろうか。バランの纏う空気に微かに柔らかな物が混ざっていく。
「二人の思い出の地……だからここに、お墓を……?」
チルノの言葉をバランは無言で頷く。その反応を見ながら、少女は驚きと感動を感じながら周囲を見渡していた。
彼女の知る本来の歴史には、ソアラの墓という物は描写されていない。どこかにあるのだろうと推察することはできるが、真相は闇の中であり、知っているとすればバランだけだ。だがそのバランも、ようやく息子と同じ方向を向けたと思った矢先に力尽きる。
つまり、墓が存在していたとしてもその場所は誰にも分からなくなってしまうのだ。
「ダイはわかるけれど、そんな大事な場所にどうして私を……?」
バランにしてみればこの場所は、聖域と呼んでも差し支えないだろう。愛した相手との思い出が詰まった最後の場所だ。仮に誰かを連れてくるとすればそれはきっと家族――すなわち、ダイくらいしか当てはまることはないはずだ。
ふと疑問に感じ、チルノは口に出していた。
「本来の予定では、お前までここに連れてくるつもりはなかった。だが、想定外のこともあったのでな。お前も連れてくるよりなかった」
「……? ……あ……っ」
その言葉の意味を考え、チルノはすぐに答えに思い当たる。
本来の予定ではダイだけ――つまり家族だけだったのだろう。だが蓋を開けてみれば、家族が増えていたのだ。
なるほど息子が結婚していると知らなければ、確かに想定外だろう。
バランが自分をここに連れてくる前の事を思い出す。ダイに続いてチルノを見る前の、バランの僅かな逡巡の時間。その意味にようやく思い当たり、少女は小さく声を漏らす。
「でも、どうしておれたちをここへ?」
「ソアラに、きちんと報告したかったのだ……息子が見つかったことを。そして、私が息子と共に歩むということを……」
それはバランなりの決意の証であった。
妻の死を乗り越え、息子と共に新しくやっていこうという決意のための、
バランはテランでダイたちと別れてから幾度となくここを訪れていた。傷を癒やしながらずっと、亡き妻への思い出と新たな想いを口にしていた。その総括とも言えるのが、息子と共に妻の墓前へ報告することだった。
「ねえ、だったらラーハルトも連れてきた方が良かったんじゃ?」
「心配はいらん。彼奴もここを訪れたことはある」
なんとなく浮かんだ疑問を口にすると、バランはそう告げる。だがその言葉は、ラーハルトを連れてこない理由としては弱い。一度訪れた事があるからと言って、再び訪れてはならない理由とはならないだろう。
――あ、ひょっとして……
いくらバランといえど、実の息子であるダイと息子同然のラーハルトとでは僅かに違いがあるのだろう。ましてやこれから妻に報告をするとなれば、気恥ずかしさが先に立ったとしても仕方あるまい。
その辺りの気持ちの折り合いはまだ完全に付けられていないのではないか? そんな理由を想像し、チルノは声に出さずに目尻だけを少し下げた。
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「ソアラ……」
まず最初に動いたのはバランだった。ダイたちをここに連れてきた者の責任とでもいうべきなのだろうか、石碑を見つめながらそう口火を切ったものの、だがそれ以上の言葉が続くことはない。
「…………」
沈黙が辺りをゆっくりと支配していき、少しずつバランの顔に焦りのようなものが浮かび上がってくる。
「なんと、言うべきなのだろうか……いざ、お前の前に立つと、上手く言葉が浮かばん……本当ならば、言いたいことが山ほどあったはずなのだが……」
無言に自分自身で耐えられなくなったのだろうか、遂にはそう零す。その言葉を聞き、チルノはやれやれと言った心持ちで、バランよりも前に出る。
「ソアラさん、初めまして。チルノと言います」
「むっ!?」
墓前に跪き、祈るように両手を組んでみせた。
「バランが考え中のようなので、私から先に、あなたに伝えさせてもらいます。もっとも、あなたから見ればバランのそんな姿も素敵に映るのかも知れませんけどね」
微笑と少しばかりの揶揄を込めた言葉を聞いて、根負けしたのかバランは沈黙したままゆっくりと後ろに下がった。その行動が先に報告することの許可だと判断したチルノは、僅かに瞳を伏せてから続きを口にし始める。
「空の上から見ていてご存じかもしれませんが、私は、ダイが赤ん坊の頃から今まで、彼の姉として、友として、ずっと一緒に生きてきました」
記録の上でしか知らぬソアラという相手が目の前にいるのだと想像し、本当に相手と会話しているかのように心を込めながら少女は語る。なにしろこの場の三人――いや、ソアラを含めた四人の中で、チルノだけが血の繋がりを持たないのだから。
「それと……」
だが次の言葉を言うのは流石に躊躇われた。世界中でただ一人、彼女に告げるのだけはとても勇気の必要なことだった。だが意を決して、少女は口を開く。
「それと、本当ならあなたが担うはずだった、母親の代わりも、未熟ながら務めさせていただきました」
自身の背後でバランが僅かに息づいたのが、チルノの耳にも聞こえる。なにしろ相手のソアラは、国を捨ててまで愛するバランと結ばれ、ようやく子供が生まれたと思った矢先に息子と引き裂かれ命を失ったのだ。
それがこんな年端もいかぬ少女に母親代わりだと言われても、反応に困るだろう。侮辱していると取られてもおかしくはないかもしれない。
「実の親であるあなたから見て、私はダイを立派に導くことができたでしょうか?」
そう尋ねるものの、だがその答えが返ってくることはない。当人は既に天に召されており、今チルノが声を掛けているのは物言わぬ石碑でしかないのだから。
だがそれを理解した上で、相手が充分に返事をしたであろう時間だけ間を置いてから、チルノは再び言葉を紡ぎ始める。
「そしてもう一つ報告があります……ううん、これはちゃんと言わないとダメね」
後半は自分にだけ聞こえる程度の小さな声であったが、そよ風程度しか吹くことのない静かな森の中のため、バランはおろかダイの耳にも届いていた。
だがチルノ本人だけはそれに気付かず、しゃがんだ姿勢のまま横に――ちょうどバランとソアラの墓とか両方の視界に入るような位置へと移動する。
「ソアラさん、バランさん」
それまでバランと呼び捨てにされていた相手が突然、改まったように呼び方を変えたことで、バランもまた自然と姿勢を正す。
「私は、お二人の子……ダイと、将来を誓い合いました。私がご報告しなければならないのは、そのことです」
チルノの口から出てきたのは、バランが唐突に聞かされた事柄だった。それも、混乱する中で又聞きのように知らされており、今のように面と向かってしっかりと聞かされてなどいない。
言ってしまえば、ある意味では初耳と呼んでも差し支えないだろう。
「お二人から見れば、私は愛しい我が子を
バランは複雑な想いを胸に抱きながら、チルノの述懐を聞いていた。それと同時に、自分がソアラと出会った頃のことを思い出すように瞳を閉じて、少女の言葉を耳にし続ける。
だが、その言葉もやがて終わる。言うべきことは全て終えたといわんばかりに、チルノが立ち上がろうとした時だった。
「ま、待って姉ちゃん! おれも……!!」
そう言いながらダイが飛び込んできた。彼は立ち上がろうとするチルノの手を掴み、まだ言うことがあるとばかりに彼女の隣に並ぶ。
「えっと、初めまして……でいいんだよね? 母さん……あ、でもおれは母さんを知らないけれど、母さんはおれのことを知ってるのか……なんだかややこしいな……」
母は赤子の頃の自分を知っているが、ダイ本人は記憶が無く母親のことを覚えていない。ということを思い出しての言葉だった。照れ隠しのようにそう呟くと、ダイもまた表情を引き締めた。
「母さん、おれ、島のみんながいてくれたから……姉ちゃんがいてくれたから、寂しくなかった。姉ちゃんがいてくれたから、ここまで来られたんだ。だから、心配しないで」
墓碑を真っ直ぐに見据えたまま、チルノが尋ねた言葉に返事をするように、胸を張ってはっきりとそう告げる。空の向こうにいるはずの母に届くくらいに堂々とした様子だ。
「それと、結婚して欲しいって言い出したのはおれからだから、だから姉ちゃんは悪くないんだ!」
続くその言葉だけは、いつもよりもやや早口になっていた。そうやって面と向かって口に出すのは、まだまだ気恥ずかしいのだろう。父親とどこか似たような反応を見せるダイの姿に気付き、チルノは再び心の中だけで微笑ましさを感じる。
「それで、全部が終わったら、もう一回ここに来るから。そこでちゃんと、おれたちが大魔王を倒して、世界を平和になったって報告するから、だから天国で見守っていて欲しいんだ。すごく大変かもしれないけれど、平気だよ。だっておれには姉ちゃんと、バラ――」
そこまで言いかけて、ダイはふと言葉を句切る。
まだ心の中の
だがそれでもだ。
バランが全てに踏ん切りを付けるためにダイたちをここに連れてきたという気持ちが分からないほど、ダイも狭量でも子供でもない。そして、初めて出会った母に格好を付けたいという若干の見栄もある。
心の中で気合いを入れ直すと、ダイは口を開き直した。
「――"チルノ"と"父さん"がいるんだから」
「……ふふっ」
「ディ……! ダイ!」
愛する相手を、名前で呼ぶ行為。
父を父と呼ぶ行為。
どちらも普通に過ぎないそれは、特異な生い立ちのダイにすればどうにも難問だった。だが難問は何時の日か解決せねばならない。それが今だった。
自分のことを名前で呼んだことにチルノは微笑みを返すことで答え、バランは歓喜と共に息子の名を呼ぼうとして慌てて訂正し、改めて呼び直す。
「……ダイじゃなくて、ディーノって呼ばれるのもいい、かな……?」
だがダイの返事は、バランが予想していなかった言葉だった。
「だってさ、その、父さんには悪いけれど……おれがダイって呼ばれたい一番の人は、他にいるから……その人がダイって呼んでくれるから……だから、おれのことをディーノって呼ぶ人がいても良いと思うんだ……」
バランへ向ける視線を僅かに逸らしながら、恥ずかしそうにそう告げる。バランとソアラが名付けたディーノという名を、ダイなりにかみ砕き受け入れた結果なのだろう。
息子の成長を心で感じ取ったバランは、二人に倣うように亡き妻の墓前へと向かい合う。
「ソアラよ、聞いた通りだ……」
目頭が熱くなることを自覚しながら、だがバランはその感情を楽しむように味わいながら告げる。
「ここに来る前、息子を連れてここに来ると言ったのだが、まさか妻を取っていたとはな………私達の息子には、驚かされてばかりだ」
パプニカへと来る直前まで、バランはここで妻と語らっていた。そして、ダイをこの場所へと連れてくると誓い、だが蓋を開けてみれば驚きの連続だったのだ。正当な
「ディーノが言っていたように、我々は大魔王バーンへと挑む。その闘いに勝利し、もう一度ここに三人で……いや、今度はラーハルトも含めた四人来ることを誓おう」
だがその笑みも一時の物でしかない。まだ笑顔を浮かべるには早く、倒さねばならない相手がいる。そのことを自覚しているバランは、亡き妻の前で改めて誓いを立てる。
そう宣言し終えると、ふぅとため息を一つ吐いた。
「しかし、ディーノに嫁か……お前たちの言葉で、ようやく実感が湧いてきた……ソアラの父、アルキード国王もこのような感情を抱いたのだろうか? 尋ねてみたいが、今となっては叶わぬ夢、我が愚かさが生んだ惨劇か……」
かつてのバランとソアラの二人の恋路も――バランが追放される前までは――紆余曲折あれども比較的満帆なものだった。だが、愛娘を男に奪われるというのは父親として忸怩たる想いがあったのも決して嘘ではないだろう。
バランの場合は息子であるが、子供が親の手から離れるという意味では同じだ。似たような気分を味わったであろう相手の顔を、遠く脳裏に浮かび上がらせる。
「尋ねることは出来ないけれど、償うことなら出来るわよ?」
「……何?」
「アルキード王国を復興させるの。ダイは王族唯一の生き残りよ。忘れたわけじゃないでしょう?」
「なんだとっ!?」
「えっ、おれ!?」
不意に口を開いたチルノの言葉を、バランはすぐに理解することができなかった。だが続く言葉を聞いてようやく償うことができるという意味がわかった。だがそれは、新たな混乱を生んだだけだ。
ダイもまた、突然出てきた自身の名前に何のことか分からずに戸惑いを見せる。
「だ、だがそのようなことを人間が許すはずが無いだろう!!」
「ええ、普通なら」
一度滅んだ王国を甦らせる。今さらとしか言いようがないだろう。各国の都合などもあり、
だがチルノはそんなことは当然とばかりに言う。
「少し前に
「いや」
「そう? まあ、そこは重要じゃないの。大事なのは、その会議の中身」
当事者であるチルノからすれば随分と大騒ぎになっていたように感じるが、それを察知していればバランはあの時点でも駆けつけていたことだろう。
「簡単に言えば、大魔王を倒した後のダイの扱いについて話をしたの。バランの時と同じような結果にはしたくない、じゃあどうしようって」
「その話し合いの結果が、アルキード王国の復興だというのか?」
自身が体験したことだけに、バランはその問題がどのようなことかは直ぐさま察しが付いた。だがその問題とどう結びつくのかまでは、理解が及ばないようだ。
「ええ、そうよ。大魔王を倒した英雄が望んだのは、富でも権力でもなく、自身の故郷アルキード王国の復興だった。何も無い土地で耕作をしたり開墾したり、そういうのを全てゼロから始める。そうすれば、人々の妬みも少ないでしょう?」
「む……」
「それに加えて、各国からは監視役の人間を派遣してもらうことも取り付けてあるの。監視役のいる以上、ある程度の流通も必要になってくる。そうやって人が集まれば、交流が出来てくる。新しい商売の機会になるかと、商人も来るはずよ。人が来れば、ダイの本当の姿を知って貰える。多くの人の目に触れることで、ダイのことを遠くまで伝えて貰えるはず」
これこそが、
知る機会を増やすことで、ダイの正しい姿を多くの人に知って貰えるようにする。知った人間がダイの話をすることで話題は更に広がる。
ましてや大魔王を倒した英雄の姿となれば、一目みたいと思う人間も出てくるだろう。そういった多くの人々に知る機会を設けることで、バランの二の舞を防ぐという狙いがあった。
「そ……そんなの姉ちゃん考えてたんだ……」
「本当はもっと早く伝えてあげたかったんだけどね。色々バタバタしちゃってて……」
寝耳に水、とばかりに壮大すぎる計画を聞かされて、ダイはそう声を絞り出すのが精一杯だった。
「もちろん、ダイの意志が最優先だけどね。どうする?」
「えーと……か、考えておくよ」
「そうね、今はバーンとの決着をつけないと」
そう伝えられてもダイには未だ現実感というものが一切感じられなかったようだ。
「でも、そういう未来もあるんだってことは覚えておいてね。
一目見ただけでもわかるその反応を見て、チルノは頭の片隅にでも置いておいて欲しいという願いを込めながらそう言った。
「それじゃあ、別の話でもしましょうか?」
性急に話を広げすぎたというのは、チルノ本人も理解している。
なので、もっと別の――彼女が一度で良いから聞いてみたかった話をしようと、バランの方を
「な、なんだ……?」
「ソアラさんって、どういう人だったのかを聞きたいなって思って」
「なにぃっ!?」
突然矢面に立たされ、思わずバランは声を上げる。
――どういう人だったのか。
言葉を額面通り受け取るならば彼女の性格などを話せば済むだろうが、そのような逃げ道をチルノが残す筈もなかった。
「別に問題はないでしょう。夫婦の――お母さんの話くらいは、息子にちゃんと聞かせてあげなきゃダメですよ、お義父さん?」
「うん、おれも……おれも知りたい! おれの母さんがどんな人だったのかを!」
「私としては、二人の馴れ初めの話とか気になるなぁ……一国の王女様の心を射止めるとか、是非とも聞いてみたいわね」
ダイという味方を得たことで、チルノは少しずつ要求を露わにしていく。とても断れる雰囲気ではなく、そしてバラン自身も
だがその話をすれば、
「む、むうぅ……」
この日バランは、ある意味で冥竜王ヴェルザーと戦ったときよりも苦戦を強いられることとなった。
原作でのダイが"夢見の実"を使って良い夢を見るイベントに相当。
ですが、まあ、こういうイベントがあっても良かったのではないかと。
母の顔も見たことがない。そんな息子が父親と共に一緒に母親のお墓を参って、両親の話を聞く。そんな普通のことをやってるだけですが、原作では叶わなかった親子です。
させてあげたかった。
アルキードは、サミットでチルノと各国王様が言っていた考えの部分です。
「ダイっていう英雄はここにいて、新しい国を作ってるんだよ。怖くないよ。権力の座も興味ないよ」と伝える狙いですね。
悲劇の王子様という話題性もあり、文字通り1から田畑を開墾して森を開くとかするので、苦労アピールもバッチリです。
さらに、バラン(肉親)が大量虐殺したというとんでもない負の遺産があります。それを受け入れ、バランも大魔王打倒に貢献したということでなんとか差し引きを軽くする。
……勇者にしか実現出来ない策ですね。
でも国が軌道に乗ってくると「自称・王族の親戚」みたいのが絶対来て正当な権利を主張すると思う。
(そんなことになったらまたバランがキレそう……)