死の大地へと降り立った面々であったが、彼らは皆一様にその異質さに驚かされていた。
「初めて来たが、とんでもない所だな」
「寒々しい光景ね……」
「なんとも物寂しいものだ」
「世界の果て、なんて言われるわけだな」
自らが抱いた感想を、口々に言い合う。
死の大地は人間はおろか動植物が存在していないと言われている場所だ。地図上で見れば北西に位置し、緯度はオーザムに並ぶ――つまり北国のため体感温度はかなりの寒さである。一年中温暖な気候に包まれている中央や南方の出身者たちは、それだけでも少々酷に感じる程だろう。
加えて、辺り一面見渡す限りが岩と山しかない。目に付く限り寒々しくも退屈な景色がどこまでも続き、訪れた者たちの心をゆっくりと削る。
そもそも大前提として、訪れることが難しい。
この島の周囲は特異な海流が流れているため半端な船では近づくことすら容易ではなく、空には鳥すら寄せ付けないほどの乱気流が渦巻いている。そんな場所に好んで近づこうとするのは、よほどの変人か物好きくらいだ。
そのため、世界中の殆どの人間はこの島のことを調べようとすら思わなかった。解明しようと訪れた人間も皆無ではなかったが、その者達は皆まともに帰ってこられなかったという曰くが付いて回る。
まともな測量も行われず、地図上でも――対岸に位置するカールやオーザムから――見える範囲のみから推測の上で記載されている。本来ならば円形に似た形状をしているはずのこの島は、人間たちからは横に細長いと認識されているという有様だ。
いつしか人々はこの島のことを"魔の島"や"世界の果て"と呼び、近づく者はいなくなった。
そんな場所に自らの意志で降り立っているのだ。加えて周囲からは、なんとも言えない剣呑な雰囲気が肌ではっきりと感じられる。既にヒュンケルとラーハルトの二人は
「……なあ、やっぱり姫さんは来ない方がよかったんじゃねぇのか?」
魔法使いの自分ですら感じ取れてしまうほどの恐ろしい気配が漂う場所。そんなところに一国の王女が来るのはどうなのかと、ポップは今さらながら口にする。
だがレオナはそんな気遣いは無用とばかりの態度で答えた。
「あら、ポップ君はあたしを仲間外れにする気?」
「いや仲間はずれっつうか、もっとこう……危険な場所なんだし、王女なんだから後ろで待ってて欲しいっつうか……なあマァム?」
「わ、私に振らないでよ!」
マァムも思うところがあったのだろう。急に水を向けられ、しどろもどろになってしまう。その反応を見て、レオナは更に口を開いた。
「マァムはいいのに、あたしはダメなのかしら? それって差別じゃないの? それともマァムは守って貰えるアテがあるのかしらね??」
完全にからかうような態度と口ぶりであったが、その言葉にポップたちは一瞬押し黙ってしまう。確かにその理屈ならば女性であるマァムがいるのに異議を唱えてもおかしくない。
「いやマァムには戦闘能力があるし、それに……」
「冗談よ、冗談」
だがポップがそれ以上の言葉を言うことを遮るように、レオナがカラカラと笑い始める。
「確かにみんなと比べたら攻撃能力はないけれど、自分の身を守るくらいは出来るわよ。それに、
ここにいる誰よりも、自分が戦力とならないことは彼女が一番良く理解している。肉体的な戦闘力は言うに及ばず、今や攻撃呪文を操るのもポップの方が圧倒的に上だ。死の大地へ攻め込むまでの数日間の準備期間中、チルノたちと共に鍛錬は積んだものの、これから先の相手を考えれば目眩ましになれば上等というところだろうか。
だが回復能力ならば決して劣っていないと彼女は自負していた。連戦になればなるほど、彼女の操る回復呪文が重宝されるだろう。
だが、彼女が参戦を強行した理由はそれだけではない。
「なによりダイ君やチルノと最初に友達になったのはあたしよ、意地くらいはあるの。最後の戦いくらいは見届けさせてちょうだい」
それは彼女なりの意地であった。
チルノの知る本来の歴史の知識によって、自分は最終決戦に参加することは聞いていた。だがそんなことを聞いていなくとも、彼女は参加することを選んでいただろう。
デルムリン島で知り合った奇妙な姉弟の近くに少しでも居たいという、ワガママと言っても良い。だがそんなワガママを強引に押し通すほどに、彼女は二人のことを信頼していた。
尤も彼女が信じているのはその二人だけではない。
「それに、これだけ腕の立つ仲間が揃っているんですもの。信じているわよ、みんな」
現在の地上戦力としては、集められるだけ集めた最強の仲間に囲まれているのだ。王女としての立場もある彼女からすれば、これ以上ない護衛とも言える。最も頼もしい仲間たちに囲まれているのに、これ以上何を恐れることがあるのか――そう暗に口にしていた。
「そこまで言われちゃあ……なぁ、おっさん?」
「ああ、オレにも意地がある」
レオナのその言葉に力を与えられたように、ポップは表情を引き締めた。クロコダインは力強く答え、マァムは優しげな微笑と浮かべる。ヒュンケルとラーハルトも、口に出すことはなかったが口角を僅かに緩め、満足そうな気配を僅かに覗かせている。
彼女の持つカリスマ性――もっと言うならば、人を導く力を垣間見せた瞬間であった。
「そういえばポップ君、さっきは何を言いかけたの? マァムには戦闘能力はあるし、それに……の後には一体何が続くのかしら?」
だがそこで綺麗に終わるような彼女ではない。
自分で言葉を遮っておきながら、まるでそんなことは知らなかったとばかりに素知らぬ顔をしてレオナは尋ねる。何も知らないような無垢を装ったその姿は、まさに小悪魔のそれだ。
だが今この場で回答を得られるだけの時間は、残念ながらなかったようだ。
「……ッ!! おしゃべりはそこまでだ!」
今まで沈黙を守っていたラーハルトが焦りすら感じさせる口調で飛ばす。次の瞬間には、先ほどまでとは比較にならないほど圧倒的に強烈な気配が周囲を覆っていた。そして、その気配の主達が唐突に姿を現した。
「こいつらは……!」
今までその場所には、間違いなく誰もいなかった。近くに隠れ潜んでいたならば自分が気付かないはずが――もっと言えば、自分たちの誰かが間違いなく気付く。
喉元まで出掛かった言葉をラーハルトは飲み込む。一人は知った顔――ハドラーであったが、残る五名は見たことがない。けれども彼らは皆、その存在をチルノから聞かされていた。
一言で表現するならば、全身金属人間といったところか。金属特有の光沢を全身に身に纏い、白銀に似た輝きを鈍く放っている。
その正体は、オリハルコン製のチェスの駒より生み出された最強の兵士たち。
ハドラー親衛騎団である。
「待ちかねたぞ、アバンの使徒たちよ」
なんとも威風堂々とした立ち振る舞いのまま、ハドラーはそう口を開いた。敵の姿を確認した途端、ヒュンケル・クロコダイン・ラーハルトは手慣れたもので瞬く間に戦闘準備を整え、いつ動き出しても即応できるほどの状態へとなっていた。
一方、超魔生物へとその身を変貌させたハドラーから放たれる圧を初めて間近で感じるポップ・マァム・レオナの三人は、思わずその身を震わせる。だがそれを悟られまいとするかのように、彼らもまたハドラー達のことを強く睨む。
「なるほど、大した物だ。そうでなくては……む?」
好敵手として認めた者達の衰えぬ闘気に満足したように言う。
だがそこまで口にして、ハドラーは違和感に気付いた。本来ならばこの場にいるであろう存在――すなわち、ダイたちの姿が見えないのだ。
「どういうことだ!! ダイは、バランはどこへ行った!?」
「へへへ……さーて、どうしたんだろうかね?」
ハドラーの狼狽を煽り冷静な判断力を奪うため、ポップは勿体ぶった挑発を行う。
ダイたちの姿が見えない理由、それは至極簡単なことだ。この死の大地の南端部分、海中に存在する魔宮の門へと向かっている最中であった。
外部から
ダイとバランが門を砕き、敵の本拠地を急襲する。チルノが周りの相手の足止めをしている間に、二人掛かりで大魔王バーンを倒す。ポップたちはハドラーたちの足止めを行い、少しでも彼らの負担を減らす。
という作戦である。チルノが本来の歴史を知っているからこそ可能な裏技である。
その作戦をハドラーが見抜くことなど、当然ながらできるはずもない。
肝心の相手がこの場にいないなど、自らの考えの中には欠片もなかった展開だった。あまりに予期せぬ状況にハドラーが動揺の色を見せる。
だがそれも一瞬の事にしか過ぎない。
「……まさか!?」
すぐさま精神を立て直したかのように呟く。
「まさか、あの時と同じ……!! バーン様の元へ向かったというのか!?」
ハドラーの脳裏には、十五年前の戦い――かつて勇者アバンと戦い、そして敗れた時の戦いの記憶が甦っていた。
その戦いにおいてアバンの仲間たちは、彼をハドラーの元へと無事に届けるべく魔王が差し向けた無数の配下の
結果的に、その行いは功を奏した。そのためハドラーは命を落とし、大魔王バーンの手によって救われることとなったのだ。
その手段を、遙かな時を経て再び同じように真似されるなど想像すらできなかった。
ましてや敵はアバンの教え子達であり、当時アバンの仲間であった戦士ロカと僧侶レイラの娘マァム、大魔道士マトリフの弟子ポップに加え、当時はハドラー配下として最終防衛を担当していたバルトスが育てた子供までいる。
これが運命だというのならば、これほどの皮肉はないだろう。
「ありえん! 一体どうやって……」
だがどう考えても、その行動は有り得ないとしか考えられなかった。
いくらバランが味方についたとはいえ、彼らの誰一人として
その方法を調べ、見つけ、侵入する手段を見つける。それほどの時間稼ぎをポップたちに頼むなど、どう考えても現実的ではない。本気で実現できると考えているのならば、愚かという言葉すら霞むほどの大愚策と呼べる。
けれどもポップたちの反応を見るに、ハドラーにはそうとしか考えられなかった。その大愚策を実現できると心から信じ、嬉々として足止め役を担おうとしているようにしか見えないのだ。
そんなハドラーの考えを後押しするかのように、死の大地が揺れる。
「くっ、もはや迷ってはおれん……!」
どれほど愚策だと分かっていても、この場にダイたちの姿が無いのは事実なのだ。最悪の事態に備えるべく、ハドラーは
――だが、果たして奴らはどこに……?
どこかから潜入したというのは理解できる。だがその場所に悩み、動作が緩慢になってしまう。
「察しが良いなハドラー! だが、お前を向かわせるわけにはいかん!!」
そして、その動きを黙って見送るほど甘い者はこの場に存在しない。呪文の完成を阻止するべくヒュンケルは抜剣したままハドラーへと斬りかかり、ラーハルトもまたヒュンケルの影を追うような動きで追従する。
「おおっと! ハドラー様の邪魔はさせないぜ!!」
その動きは親衛騎団の一人――徒手空拳の
「ハドラー様! 行ってください!!」
ラーハルトの動きに対応したのは、親衛騎団の
「勇者どもが足止めを行うというのであれば、ワシらも同じことをするまでよ」
「ご安心ください。すぐにアバンの使徒たちを打ち倒し、ハドラー様の援護に駆けつけます」
「アルビナス、一つだけ言っておこう……侮るな」
そして残った
「はっ! 申し訳ございません!」
「ちっ! 貴様ら!!」
ハドラーを含めた全員を相手に足止めが行えるのが理想ではあったが、どうやらそこまで上手くはいかないようだ。
不敵な笑みを浮かべるオリハルコンの戦士たちと、アバンの使徒たちとの集団戦が開始される。
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「よし、誰もいない!」
魔宮の門をくぐり抜け、
ダイとチルノ、そしてバランの三人は、死の大地に
本来の歴史ではチウたちが海底の魔宮の門を見つけるものの、その事実を親衛騎団の
「当然だろう。ハドラーはおろかバーンたちの誰もが、我々がこの場所を知っているなど想像もつかんはずだ」
だがこの世界では、そのような事実はない。ダイたちが魔宮の門の存在を知っていることを予想出来る者など皆無である。当然ながら門を探している間も、
「ここから先はスピード勝負だよ! 父さん!! 姉ちゃん!!」
奇襲に成功し、通行自由状態となってはいるがそれが長く続くはずもない。侵入されたという情報は瞬く間にバーンに伝わり、迎撃の
ダイの言葉にチルノたちは頷き、その時間に少しでも進むべく全力で駆け出していた。
本来の歴史ではハドラーが待ち受けていたはずの祭壇のような場所を通り抜けると、そのまま前部から主城入り口付近――いわゆる
無人の野を行くが如く、ダイたちは駆け続ける。
このまま誰に会うこともなく中央部まで辿り着けることをチルノは密かに願うものの、流石にそれは虫の良すぎる考えだった。
「待てっ!!」
彼らが進む通路、その先から声が聞こえてきた。
進行方向から響いているということは、待ち受ける何者かがいるということだ。彼らの足取りが速度を重視するものから警戒するそれへと代わり、遂にはその先にて待ち構えていた相手の姿を確認できるほどになった。
「ここから先を通すわけには行かんのだ!!」
ダイたちの道を塞ぐように現れた敵の姿に、彼らは警戒を強める。
人間側の地図上では、死の大地は横に細長い形でした。
でも魔王軍はここを丸い大陸と認識しており、チェス盤に見立てていました。
なんでこんなに差が出るのか?
人間側は「こんな所を調べたり測量なんて時間と金の無駄。危険な場所があるって認識してりゃそれでいい」のような大雑把な扱いを。
魔王軍は「大魔王の本拠地があるし、ちゃんと調べなきゃ」と正確な作業をしていた。
というのが真相なんじゃないかと。
(正式調査は金食い虫でしょうし、モンスターも襲ってくる。そんな場所まともに調べるとは思えない)
魔宮の門を砕いて、海底から突入する3人。
(脳内では「チームご親族様」と呼称していました)
一応出し抜けたので、原作よりは奥に進めます。
さあ、あの人の登場です!!