隣のほうから来ました   作:にせラビア

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LEVEL:09 勇者VS魔王

デルムリン島を襲う強烈な震動。

それは、島に張った破邪の魔法陣を力尽くで無理矢理にこじ開けて通ろうとしているために起きていた。だが下手なモンスターでは一歩たりとも立ち入れないほど強力な結界を相手に、一体誰がこんなことをしているのか。

結界に拒まれながらも力技で強引に押しのけられる存在。アバンが知る限り、そんな相手は一人しかいなかった。

 

「まさか……!!」

 

脳裏に浮かんだその相手の姿。そんなアバンの考えを肯定するかのように、それまで島中を襲っていた震動がぴたりと止んだ。

 

「止まった……?」

「ははは……ひょっとして諦めた、とか?」

 

ポップが軽口を叩く。そんなことはあり得ないと本人自身も理解しているのだが、そんな馬鹿なことでも言わなければとても正気を保てそうになかった。

いつの間にか底冷えするような空気が辺りに漂い始めている。闘気を感じ取れないチルノですらわかってしまうほどの凄まじいエネルギーを感じる。

 

「クックックッ……貴様の魔法陣にはなかなか骨を折らされたぞ……」

 

低く威厳のある声が辺りに響いた。人影がゆっくりとアバンたちのところへと歩み寄っていく。頭からすっぽりと覆うほどの漆黒のマントを纏い、体形は一瞥しただけではよくわからない。

突然現れたその男にアバンたちの視線が集まる。ダイとポップは初めて見るその相手に困惑しつつも注意を払っていたが、チルノはその知識から、アバンはその存在そのものから、相手が誰かを理解していた。

 

「やはり、復活していたか……魔王ハドラー!!」

 

アバンのその言葉に、ダイたちは色めき立つ。かつて世界を震撼させた魔王が復活したとなれば、その反応も当然だろう。

ダイは驚きと恐怖の混じった表情を浮かべ、ポップはもはや絶望に近い顔を見せる。知っていたチルノであっても、ハドラーから感じる威圧感は凄まじかった。未だ戦闘態勢ではなく、ハドラーが注意を払っているのはアバンだけだというのに、溢れ出る力の前に膝を屈してしまいそうになるほどだ。

不幸中の幸いは、この場にブラスがいないことだろう。結界内に魔王が立ち入ったことで幾らかは邪悪な意志の影響を受けているだろうが、それでもこの場で邪気に直接襲われるよりかはマシだろう。

 

「久しいな…勇者アバン」

「えっ!?」

 

ハドラーのその言葉に、ダイとポップが慌ててアバンを見る。チルノだけはアバンの素性も知っていたため反応しなかったが。

 

「かつて貴様はこのオレの野望をことごとく打ち砕き、あまつさえわが命をも奪った! あの痛みと屈辱は決して忘れん……!」

 

ハドラーはアバンに向けて指を突きつけると、忌々しそうにそう言い放つ。

 

「お前は、その数百倍にも及ぶ人間の生命を奪ったではないか……!」

「フン! 笑わせるな。人間など我々魔族に比べれば家畜のような存在にすぎん……たとえ数万数億集まったところで、オレの生命とは釣り合わんわ!!」

「……変わらんな。いや、以前にも増して愚劣極まりない性格になった……!!」

「なんだとぉ~っ!!」

 

ハドラーとアバンの会話。過去の大戦を経験した者同士――それも当事者だった者たちの会話は、互いにいがみ合ってこそいるものの、不思議とどこか奇妙な懐かしさをも感じさせる。

 

「……かつて魔王を倒して世に平和をもたらしたという伝説の勇者アバン……やっぱり、先生のことだったんですね?」

「姉ちゃん、何で知ってるんだ!?」

「おじいちゃんから、ちょっとだけ聞いたことがあったの」

 

チルノは少しだけ嘘をついた。これは原作という知識を持つチルノだからこそ知っている事実であり、ブラスから実際に聞いたことはない。心の中で利用したことを謝る。

 

「本当なの!? 先生……!!」

 

だがダイとポップはその事実を知らない。チルノの言ったことを信じれば、自分たちの師であるアバンはかつて勇者であり、対峙している相手はかつての魔王だということの証明だった。

 

「古い話だというのに、ブラスさんは博識ですねぇ……いえ、それを覚えていたチルノさんを褒めるべきでしょうか?」

 

自嘲するように少しだけ笑うと、アバンはより神妙な面持ちを見せた。

 

「さあ、離れていなさい!!」

「そんな……! おれも一緒に戦うよ!!」

「ば、バカ! 来いっ!!」

 

アバンの言葉にダイは真っ向から反論したが、ダイの腕を慌ててポップが引っ張ると少しでもアバンとハドラーから距離を取ろうとする。

 

「チルノもだ!! 早く逃げるんだよ!!」

 

そしてただ一人、呆然と立ち尽くしてたチルノに向けて叫ぶ。ダイのように立ち向かおうとしているようには見えないため、どうしていいのかわからず混乱しているのだろう。ならば声を掛けるだけで大丈夫なはずだ。ポップはそう考えて、逃げるように伝える。

だが、チルノが考えていたのはもっと別の事だった。

そう……この場は逃げるのが正解だ。原作を知っているから。アバンは九死に一生を得ることを知っているから。ここで無理をする必要はない。そう思っていたのに……

 

「チルノ!!」

「……くっ!」

 

再び響いたポップの声に、チルノはゆっくりとその場から離れていった。

 

「何するんだよポップ! おれも戦わなくちゃ……!」

「バカッタレ!! おれたちなんかがいたら、足手まといになるだけだろうが!!」

「そんなことない! やってみなけりゃわかんないだろ!!」

 

ダイの言葉がチルノの胸に重く圧し掛かる。本当に、ここで逃げてもいいのかという疑問が頭の中を席巻する。

 

「ダイ……あなたの強さは、アバン先生だってよく知っているわ……」

「……姉ちゃん?」

「そのアバン先生が、離れていろって言ったの。多分、ハドラーは今まで戦ったことのある相手とは比べ物にならないくらい強い。私たちを守りながら戦う自信がなかったんだと思う……だから、だからこれでいいのよ……」

「姉ちゃん……」

 

今まで見たこともないような姉の表情。諦めているような抗っているような、苦渋に満ちたその表情をダイは今まで見たことはなかった。彼の知っているチルノは、もっと明るく快活でいながらも理知的な……そんな印象しかなかったというのに。初めて見る姉の顔に、ダイはそれ以上何も言えず、押し黙ってしまった。

 

「ダイ……私だって嫌よ……だから、いざというときにはすぐに駆け付けられるように、心の準備だけはしておきなさい……」

 

ギリリと奥歯を噛みしめながら言う。チルノは未だ、どうすればいいのか。一度決めたはずの心を振り乱されていた。

 

「あれが貴様の弟子か……聞けば"勇者の家庭教師"などと抜かして、正義の戦士を育成しているらしいな……」

 

物陰に隠れてアバンたちの様子を窺うダイたちを一瞥すると、ハドラーは口を開いた。

 

「我が魔王軍の侵攻を邪魔する者は誰であろうと許さん! まずは恨み重なる貴様を血祭りにあげてから、貴様の弟子すべてを抹殺してやる!!」

 

そしてマントを翻すと、ハドラーは右腕に魔法力を集中させる。

 

「あの世で仲良く学芸会でも開くがいい!! イオラ!!」

 

爆裂系呪文をアバンに向けて放つ。それが開始の合図だった。十五年の時を経て、魔王と勇者の対決が再び繰り広げられた。

ハドラーの呪文を逆に自らの魔法力でかき消すようにして無力化すると、お返しとばかりにアバンも呪文を放つ。だが放ったのはベギラマの呪文だ。ハドラーが纏っていたマントこそ焼き尽くすものの、その肉体には焦げ跡一つついていない。

再びハドラーは魔法でアバンを攻撃する。アバンは海波斬で呪文を切り裂いて防ぐものの、その威力を完全に殺しきることは出来ず、余波だけでも周囲に爆炎が立ち上り、アバンも決して少なくはないダメージを受ける。

 

強い……以前戦った時よりも遥かに強くなっている……いったいどうして?

 

思わず口を突いて出た疑問に対して、ハドラーは高らかに宣言した。

 

自分は魔界の神の手によって、大魔王バーンの力によって甦った。今のオレはバーンの全軍を束ねる総司令官、魔軍司令ハドラーだ。と。

 

魔王の上には、より強大な敵が控えている。その事実は、アバンたちを絶望させるには十分すぎるほどだった。チルノにしてもそうだ。彼女にとっては既知の事実であるとはいえ、ハドラーの実力を実際にその目で見た後では抱く感想も違う。それは、彼女が元々考えていたはずの予定にも、影響を及ぼしていた。

アバンはここで、ダイたちを守るためにメガンテを使う。自己犠牲の呪文によってハドラーだけでも倒し、後のことを自分の教え子たちに託して散っていく――いや、散っていくはずだった。

とあるアイテムの効果によってアバンは生きながらえることを知っている。そこで自分はアバンを助けて、自分の秘密を話そう……そう考えていた。そう決めていたはずだ。

 

――なのにどうして、その光景を見たくないとこんなにも願う自分がいるのだろう。

 

アバンがここで生き延びれば、魔王軍の警戒度は跳ね上がる。同時に、アバンが危惧していたように教え子たちもアバンに対する頼り癖がついてしまい成長が阻害されるだろう。たとえアバンと別行動を取ったとしても、自分たちだけで何とかしなければならないという強い意識を持った場合と、アバンがいるからなんとかなるだろうという甘えを持った場合とでは、大きな差が出てくる。

だから今は、アバンを見捨てるのが正解のはずなのに……

 

「うぅ……ダイ、チルノ……無事か?」

「……ッ!!」

 

突如聞こえてきたその声に、チルノの葛藤は強制的に遮断させられた。その声音は、この場にはいなかったはずの人物。この場から離れた場所にいたため、ここまでは来ないだろうと思っていた相手の声だった。

 

「おじいちゃん、どうして!?」

「チルノ、か……? 突然あのどす黒くおぞましい感覚が襲ってきたのじゃ……そして大きな爆発も聞こえてきて……」

 

やってきたのはブラスであった。魔王の邪悪な意志に襲われているのでふらついた足取りであるものの、ゴメちゃんと一緒にチルノの近くまで歩いてきた。その弱々しい姿に思わずチルノは駆け寄って支える。

この三日ほどの間、ブラスは特訓の時には家にいた。ハドラーが襲ってきたときも特訓の時間であったため、ブラスは家にいたはずだ。それがどうしてここまで来たのか。

 

「ええっ! 何でじいちゃんがここに!?」

「そうよ、どうして来たの?」

「そんなもの、お前たちが心配だったからに決まっておるじゃろう……危険だとは、わかっておった……それでも、お前たちが無事なところを一目でも見んことにはいられんかったんじゃ……」

 

ダイとチルノの言葉に、ブラスは当たり前の事のように言った。

家で二人の帰りを待っている途中、突然邪悪な意志に襲われた。呪文による爆発炎も見えた。それだけで何が起きたのか、ある程度の想像はついていた。自分が下手に動かない方がいいことはわかっていた。それでも、子供たちのことを心配せずにはいられなかった。邪魔になるかもしれない。役に立たないかもしれない。それでもだ。

だがそんなブラスの温かな心を、魔王の冷酷な言葉が容赦なくえぐる。

 

「おや……誰かと思えば貴様、ブラスではないか」

「まっ、魔王……!?」

 

ハドラーを見た途端、ブラスの顔色が変わる。まるで何かに怯えるような、恐れるような表情だ。それとは対照的に、ダイ、チルノ、ブラスを順番に見まわすと何かを思いついたようにハドラーの顔が邪悪に歪む。

 

「その小僧どもへの言葉から察するに、貴様が親となって育てていたのか? クククッ、これは傑作だ。あのブラスがなぁ!! ハハハハハッ!!」

 

何かを察したようにハドラーは腹の底から大声で笑いだす。その声を聞き、ブラスはハドラーに縋るような眼を見せた。

 

「やめろ……魔王、さま……どうか……」

「どうした? ……ほほう。さては、ガキどもには何も話してはおらんな」

 

ブラスの態度にますます気を良くしたハドラーは、さらに大きな声で笑う。これから自分が話すことがどのような結果を引き起こすのか。それを想像して、笑いが止まらなくなっている。

 

「そこの鬼面道士ブラスは、かつて我が魔王軍の幹部の一人よ!」

「え……」

「そんなっ!!」

「じいちゃんが……?」

「なんですって!?」

 

ハドラーの言葉にダイもチルノも、アバンすら驚きを隠せなかった。特にアバンは魔王との戦いを繰り広げてきた当人だ。そのアバンの記憶の中にすら、ブラスの存在はなかった。

 

「アバン、貴様が知らなくとも無理はなかろう。こやつはかつては参謀として、後方で策を練っておった。その知識と見識を活かしてな。直接殺した人間の数は少なくとも、その策によって命を落とした人間は……さて、いかほどだったやら」

「やめろ、やめてください魔王様……もう、もうあれは……」

 

滔々(とうとう)と、まるでハドラーは過去を懐かしむように語る。その言葉には一切の誇張も脚色も感じられない。ただ事実をありのままに喋っているのだと、そう誰の耳にも感じ取れた。それが一層真実味を帯びさせる。あの人の良い、好々爺然としたブラスがかつては魔王軍にて人間に仇なしていたという事実を。

そして魔王の言葉に反応したブラスが、止めるように懇願する姿が真実であることを一層、言外に告げる。

 

「せっかくだブラスよ。ガキどもに語ってやったらどうだ? 村にモンスターを忍び込ませ、無防備な内側から瓦解させた話がいいか? それとも、魔王軍に寝返るように仕向けて、人間同士で殺し合いをさせた話がいいか? あれは中々傑作だったな……」

「もう、お許しくださいっ!! お願いですじゃああぁぁっ!!」

 

ついにブラスは力の限り叫んだ。魔王に懇願するように強く強く。

過去の過ちを、それ以上聞きたくない。これ以上子供たちに聞かせたくない。そう願いながら。

ハドラーの言葉通り、かつてのブラスは魔王軍の幹部として活躍していた。邪悪な意志に操られていたとはいえ数多の人間を殺し、魔王のために献策を行っていた。

そして十五年前。アバンの手によってハドラーが倒され、正気に返ったブラスを襲ったのは恐怖と絶望、そして言いようもないほどの後悔だった。

ブラスは本来、争いを好まない穏やかな性格である。それだけに、自身の犯した罪の重さに耐えられなかった。大戦終了後、善良なモンスターたちを集めてデルムリン島へ住みついたのも、再び自身が罪を犯すことを恐れてのため、という側面もあった。

流れ着いたダイとチルノを育てようと決意したのも、勿論善良なる心からの行動であるが、育児を通じた贖罪の気持ちがなかったわけでもない。人間の子供を育てることで、自身の罪が少しでも軽くなるようにと望む気持ちもあった。

この事実は、いずれ自分の口からダイたちには話すことになるだろう――ブラスはそう思っていた。今はまだ知らなくてもいいことだろうという判断と、知られれば自分はどうなるのかという恐れの感情もあってズルズルと先延ばしになってはいたが。

 

「大方、そのガキどもを育てることで殺した人間に対する罪滅ぼしとでも思っていたか? 人間など幾ら殺そうが救おうが価値などないわ。そんなママゴトを嬉々として続けていたとはな」

 

だが、封じ込めていたかった過去は魔王の手によって無残にも掘り起こされ、無遠慮にダイたちに突きつけられたのだ。どうしていいかわからず、ブラスはただ呆然と立ち尽くしていた。

 

「フン、もう正気を失ったか。だがちょうどいい、ガキどもを貴様の手で殺してみせろ。かつての狡猾さを思い出せ」

「ぐ、ぐおおおぉぉっ……」

 

ブラスに手を向けると、少しだけ何かを念じた。それだけで襲い掛かる邪気はより強烈になり、ブラスの肉体を、精神を蝕んでいく。マホカトールの結界の中であっても影響を受けないほどの高濃度の邪気がブラスを狂わせる。

 

「おじいちゃん、負けないで!!」

 

その場を打ち破ったのはチルノの声だった。彼女はブラスを庇うように両手を広げて、ハドラーから祖父の姿を隠すように仁王立ちとなる。

 

「チルノ……逃げるんじゃ……ワシはもう……」

「ククククッ! 小娘、オレの話を聞いていなかったのか? そいつは……」

「そんなの関係ない」

 

ブラスの澱んだ声もハドラーの嘲りの言葉も、それらの言葉をチルノは一言で切って捨てた。

 

「おじいちゃんは、わたしたちを拾って育ててくれた! たくさんの愛情を注いでくれた! たとえどんな思いがあろうとも、それだけは変わらない!」

 

チルノの頭からは、先の予定など完全に吹き飛んでいた。

 

「犯した罪は消えなくても、償うことは出来るはず。失敗からやり直すことはできるはずよ!!」

 

悩んでいたことなどもはやどうでもよかった。ただブラスを――家族を貶められるのがどうしようもなく許せなかった。青臭い理想論かもしれない。一方だけの都合のいい言葉かもしれない。

だが、チルノにはそんな言葉が不思議と口をついて出てきた。

 

「そうだ! じいちゃんが悪いことをしたのは、そもそもお前が原因だ! ハドラー!!」

 

チルノの言葉に勇気を受けたように、ダイも大声で叫ぶ。既に姉弟の間にハドラーに対する怯えはなくなっていた。それ以上に強い感情によって心が揺さぶられているからだ。

 

「ダイ、やるわよ!!」

「当然だ!!」

 

ダイは特製ナイフを抜くとハドラーに向けて構える。チルノも足を肩幅に開き、自然体に構えることでいつでも動き出せるように備えた。

 

「まったく、ガキどもが揃ってやかましいことだ。せっかく親の手にかかって死ねる機会を不意にするとはな。そんなに死にたければ、望み通りまとめてあの世へ送ってやろう」

 

ダイたちの戦闘態勢を見ても、ハドラーはそれを脅威とは思わなかった。ブラスへの圧こそ止めたものの、少々腕が経つ程度の人間の子供が二人。アバンすら凌駕した自分が後れを取るはずがないと、そう過信していた。

それは大きな油断に他ならない。子供は子供でも、相手は竜の子なのだから。

 

「うおおおおっ!!」

 

雄叫びをあげながらダイがハドラーへと切りかかる。その攻撃をハドラーは、短剣を指で掴み取ることで止めようとした。

 

「ぐおおっ!?」

 

しかし、ハドラーの予想を遥かに上回る速度で繰り出された短剣は、掴もうとした指をするりと躱すとそのまま掌に深々と突き刺さった。鮮血――もとい、魔族の蒼い血が噴き出し、痛みがハドラーを襲う。

 

「なんと!?」

 

この結果には、アバンすら度肝を抜かれた。予想もしなかった展開だった。

確かにダイは強い。アバンが読み違えたほどだ。だがそれでも、ハドラーには届かないだろうとアバンは目算する。

何か手はないだろうか? このままではダイ君の命が失われかねない。歯痒さに悩まされるアバンへ向けて、チルノは小声で囁いた。

 

「先生……もう少しだけ待っていてください」

「え?」

「お願いしますね!」

 

もう少しだけ待て、とは一体何を意味しているのだろうか。言葉の意味を理解する時間も与えられぬまま、チルノはアバンの下から離れていく。

 

「ぐぬぬ……小僧……ッ!!」

 

痛みと、なにより肉体を傷つけられたという事実がハドラーのプライドを傷つけた。怒り狂ったハドラーは突き刺さった短剣の痛みすら忘れたように、そのまま右拳を短剣ごと握りしめ、左手でダイへと殴りかかる。

 

「死ねっ!!」

「なんの!」

 

ダイは剣を手放すとハドラーの体を足場代わりに軽く蹴って左拳の一撃をやり過ごそうとする。だがその程度はハドラーも予期した行動だ。

 

「甘いわっ!!」

「【ブリザド】!」

 

ダイの回避に合わせるようにして蹴りを放とうとして、ハドラーの動きが一瞬だけ止まった。何が起きたかと見れば、そこには自らの足が氷に包まれているではないか。しかしこの程度の氷ではハドラーの攻撃を止めることなど出来はしない。蹴りの勢いに押されて次の瞬間には氷にヒビが入り、かと思えば瞬く間に砕け散った。

まるで足止めにすらなっていないように見えるが、チルノは気にしない。その一瞬が稼げたことでダイへの攻撃タイミングが狂ったためだ。おかげで額を軽く掠める程度で、ダイは身を屈めて攻撃を避けた。

 

「ちっ!」

 

必中を期した攻撃を避けられたことで、ハドラーの体勢がわずかに崩れた。思わず転びそうになるのをハドラーはなんとか踏ん張って止めた。そのため、一時的に全身の動きが止まる。

欲しかったのはその一瞬の硬直。

チルノは右掌をハドラーに向け、左手は狙いを定めるように右手首を掴んだ。

 

「新技の初披露ね……【オーラキャノン】!」

「ぐわああっ!!」

 

そして、掌から気の砲弾を撃ち出した。

これは必殺技と呼ばれるカテゴリに属する攻撃方法。肉体を鍛えることで覚える技の一つである。中々取得することが出来なかったが、アバンの特訓とダイの闘気修行に顔を出したことでようやく扱えるようになっていた。

聖なるエネルギーを内包した青白い気弾が、ハドラーに襲い掛かる。動きを止めていたハドラーでは不意打ち気味に放たれたこの一撃を避けられず、止む無く全身に力を入れて耐えようとする。だが、オーラキャノンはハドラーの思った以上のダメージを与えていた。

 

――闘気砲!?

 

チルノの一撃を見て、アバンの脳裏に浮かんだのはこの言葉だった。確かにダイの修行を見て、また講義を受けていたので闘気の取り扱いについては知っているだろうが、それでもこの短期間で。しかも、当てることが難しいとされる放つ攻撃をこうも見事に操るとは。

チルノの秘密を知らないアバンは、彼女の不思議な実力に素直に感心した。そしてもう一つ、この瞬間を狙っていたのだとようやく気づき、その意図に舌を巻く。

 

「先生!」

「なるほど、そういうことでしたか……」

 

まだ教えていなかったはずなのに、どこで学んだのやら……アバンは少しだけ口元を緩めた。

チルノの一撃は確かにハドラーにダメージを与えたが、それで倒せるとは到底思っていない。ようやく使えるようになった技で一発逆転を狙うのではなく、もっと確実な方法を。

アバンは剣を逆手に持ち、力を込める。

魔王を倒せるのは勇者の一刀のみ――十五年前と同じように、勇者のために戦う仲間たち。すべてはこの一撃のために。よくできた……いや、できすぎた教え子だ。

 

「アバンストラッシュ!!」

「ぬうぅっ!!」

 

ハドラーに飛び掛かると(ブレイク)タイプのアバンストラッシュを放つ。オーラキャノンのダメージから回復したばかりのハドラーはアバンストラッシュをまともに受け、その威力によって胸元に大きな傷を作り吹っ飛んでいく。

同時に、アバンストラッシュの威力と魔王の肉体とのぶつかり合いに耐えきれなくなり、アバンの手にした剣は刀身が中ほどから粉々に砕けていた。

 

「やった……のか……?」

 

物陰に隠れて様子を窺っていたポップがそう呟いた。ハドラーはアバンストラッシュの衝撃を受けて吹き飛んでいる。そしてアバンの持つ剣は粉々に砕け散っている。まるで戯曲か何かのクライマックスシーンのような光景だ。そう思うのも無理はないだろう。ダイとチルノですら警戒を緩めている。

 

「いいえ、まだです!」

「クククッ、その通り! 惜しかったなアバンよ!」

 

アバンの忠告とほぼ同時にハドラーは跳ね起きる。ダメージを受けた振りをして不意打ちのチャンスを狙っていたのだが、アバンの言葉でそれも無駄と悟り攻撃方法を変えた。既にハドラーの両手には魔法力が集められている。

 

「今度はこちらの番だな! まとめて吹き飛ぶがいい、極大爆裂呪文(イオナズン)ッ!!」

「くっ、アバンストラッシュ!!」

 

放たれた極大呪文に対して、今度は(アロー)タイプのアバンストラッシュで迎撃を試みる。既に柄しか残っていない剣ではあるが、アバン本人は武芸百般。牙(拳)のアバン流殺法との応用にて繰り出した。大威力の技の連発に耐えきれなくなり、とうとう剣は柄すらも砕け散る。

駄目だ! アバンは直感的に察していた。イオナズンの威力にこの不完全なアバンストラッシュでは対抗しきれない。ならばどうするか。浮かんだ疑問に対して悩む時間はなかった。

 

「うわあああっ!!」

 

イオナズンとアバンストラッシュがぶつかり合い大爆発を起こした。轟音が鳴り響き、爆風が辺りを包み込む。肌を焦がすほどの熱気が漂うなか、誰かがふと気づいた。余波だけとは言えイオナズンはこの程度なのか。極大の名を冠する呪文がこの程度なのか。

その答えは、噴煙が晴れるにつれて氷解していった。

 

「あ、あああっ!!」

「先生!!」

「大丈夫ですか、みなさん?」

「先生こそ大丈夫?」

「フフッ、ありがとうございますダイ君。だけど痛がっている場合じゃありません」

 

ダイたちの少し前で、アバンが身を挺してイオナズンの衝撃から彼らを守っていた。無論、その代償としてアバンは大きく傷ついていた。

 

「フン、情けないものだなアバン。かつてオレの命を奪ったアバンストラッシュも今やこの程度の威力しかない。挙句、弟子共の盾代わりとは」

 

誇示するようにハドラーは自身の胸を軽く叩いた。そこにはアバンストラッシュで受けた傷があった。いや、傷と呼んでいいのか。強烈な一撃を受けたであろうことはわかるが、それはあくまで打撃跡。刀傷は残されていない。アバンストラッシュは確かにハドラーに直撃したにも拘らず。

 

「う、うそだろ……」

「アバンストラッシュが完全に入ったはずなのに……」

 

信じられないものを見たとしか表現できないように呟く弟子たち。特にチルノの受けた衝撃は大きかった。確かにハドラーとアバンの間には差がある。だが自分はアバンが最高の一撃を放てるように力添えをしたはずだ。なのにどうして?

全盛期と比べてアバンが衰えたから? 本日のダイとの修行で闘気を使いすぎていたから? 使っていた剣が安物のナマクラだったから? 勿論それらも理由の一つだ。

だが一番の理由は、アバンが"自分はもう魔王を倒す勇者ではない"と疑ってしまったことだ。もしも魔王を倒す勇者がいるとすれば、それは自分ではなくきっとダイなのだろうと認めてしまった。

僅か数日の間にその力を見せたダイ。弟を導く不思議な少女チルノ。この二人ならば自分がいなくなっても大丈夫なのではないか。そう思ってしまった。

必勝の念が必要となる勝負の場に持ち込まれた、気後れというほんの少しの不純物。それが決定的な差に繋がった。

ダイがただ強いだけだったら、チルノがファイナルファンタジー世界の技能を使うだけだったら、協力してハドラーを撃退するという選択肢をアバンは選んでいた可能性もあっただろう。

皮肉なことに、二人がそれぞれの強さを見せたことが、アバンに生徒たちの可能性を信じることを選ばせていた。

 

「皆さんの見ての通り、ハドラーはかつて魔王だった時以上。その上には大魔王まで控えています……残念ですが、今の我々の戦力では勝てません」

「そんなことないです! 武器がないなら、まだパプニカのナイフがあります! 私だってダイだってポップだって援護します!」

「そうだよ先生!!」

「あ、ああ……」

 

ポップだけは、やや歯切れの悪い言葉で返事をする。

 

「ありがとうございます。ですがそれでも、追い返すのが精々でしょう。しかもそれまでに、大きな犠牲を払うことになると思います。その犠牲となるのは教え子である皆さんかもしれない。皆さんの師として、そのような真似は出来ません」

「そ、そんな……」

「だからこそ、ハドラーだけは私がこの場で倒します。そしてダイ君、ポップ、チルノさん。皆さんには大いなる未来があります。あなたたちの手でいつか必ず大魔王バーンを倒してください」

 

そう言うとアバンは二コリと笑顔を見せた。案ずることはないというように、穏やかな微笑みだ。その笑顔の裏に隠された意味をチルノだけは知っている。

 

「アストロン」

「わっ!?」

「これは!?」

 

ダイたちの肉体が徐々に鉄へと変化していく。

アストロンは呪文を掛けた相手の体を鋼鉄の塊として、あらゆる攻撃を受け付けなくする高等防御呪文である。効果を受けたものは一時的に絶対の防御を獲得できるが、逆に自ら動くこともできなくなる。

そんな呪文を使ったということは――アバンが何を考えているか、誰の目にも明らかだろう。

 

「これなら皆さん安全です。こうでもしないと飛び出してくるやんちゃな弟子がいますからね。そこで私の戦いを見守っていてください……」

「まさか先生!?」

「先生っ! こんなのやだよ! おれも戦う! 一緒なら絶対に勝てるから!!」

「っ! せん、せい……」

 

最期の時が近いことを本能的に悟り、ダイとポップは涙を流す。それはチルノも同じだ。彼がこれから何をしようとしているのか。歴史(げんさく)を知る彼女にはアバンが何をしようとしているのかがわかる。だがそれを口に出すことは出来ない。迂闊なことを口にすれば狙いがバレる。だから何も言えなかった。

 

呆然とするチルノを余所にアバンはダイに、ポップに、それぞれにアバンのしるしをかける。ダイの言葉も、ポップの涙ながらの訴えも、アバンを止めることは出来ない。それぞれの足りない部分への指摘と未来についての言葉を投げかけ、優しくも厳しく諭していく。

そしてチルノの番が来た。

 

「チルノさん、あなたは不思議な人ですね。誰も見たことのない呪文を操り、その見識は同年代の誰よりも突き抜けている。かと思えばまるで基本的なことを知らなかったりと、どのように授業を進めればいいのか悩みましたよ」

 

アバンは自嘲するように笑う。

 

「ですが、ダイ君を導き、ブラスさんのために怒る。その気持ちを忘れないでください。それがあればあなたもきっと、正しく成長できますよ」

 

そういうと、チルノに対して頭を下げる。

 

「本当はあなたにも卒業の証を渡したかったのですが、ダイ君のおまけ程度でまだ本格的な授業には取り組んでいませんからね。それと、こんなに早く切り上げなければならないとは思っておらず、卒業の証は用意できませんでした。もうしわけありません」

 

アバンの謝罪の言葉に、チルノは声を絞り出した。

 

「……だったら、勝ってください!」

「おや?」

「ううん、勝たなくてもいい。生きてください! そして、改めて卒業の証をください!」

「フフ、大変なお願いをされてしまいましたね。女性の頼みなのですから、男としてはこれは何としてでも生き延びなくては」

 

道化師のような態度を見せながらチルノから離れ、そして最後にブラスたちへと短い挨拶を述べると、アバンはハドラーの前まで歩みを進めた。

対するハドラーは腕を組み、詰まらなそうな表情でアバンが来るのを待っていた。右手に突き刺さっていたダイの短剣は既に抜き取っており、回復呪文でも唱えたのか傷跡は塞がっていた。肝心の短剣はどこかに打ち捨てられたらしく見当たらない。

 

「弟子との別れは済んだのか……?」

「……勝負だハドラー!」

 

剣を失ったため素手で、アバンはハドラーに挑みかかる。だがハドラーにはまるで通用しない。アバンのダメージが大きいこともあるが、何よりハドラーは格闘を得意とする。対するアバンもあらゆる武器の扱いに秀でているとはいえ最も得意とする獲物は剣である。

その辺の雑魚モンスターを相手にするのならともなく、ハドラーを相手にするのには得手の差が大きく水をあけていた。呪文を放つも、嵐のようなハドラーの連撃の前には溜めのない初級呪文しか放てず、その程度ではハドラーに有効打を与えられない。

 

「死ねぇっ! アバン!!」

 

ついにハドラーの渾身の一撃がアバンの腹部を襲った。やや大振りにも見えるその攻撃を、アバンは回避も防御もせずに喰らう。なぜよけん!? とハドラーが声を上げるよりも早く、アバンはハドラーのこめかみに両手を突き刺していた。

 

「きっ、貴様、この呪文は!!」

「ハドラー、お前も知っているだろう? 己の全生命エネルギーを爆発力と変えて敵を討つ呪文を……!!」

「まさか!! まさかぁ!! やめろっ!! やめんかあぁっ!!」

 

アバンの狙いを知り、慌てて引きはがそうとするハドラーだったがアバンの腕はびくとも動かず、そもそも呪文の影響下にいるために激痛が走りまともに力が入らない。

 

――メガンテ!

 

みなさん……あとはたのみますよ……アバンのそんな声が聞こえた気がする。果たしてそれは空耳だったのかそれとも。

メガンテの呪文は、先のイオナズンすら比較にならないほどの大爆発を起こした。

凄まじいエネルギーの本流は天へと駆け上り、空に穴を穿ったと錯覚するほど。地上は爆発の威力に蹂躙され、小さなクレーターが出来ていた。

 

そして、爆煙が晴れた後には何も残るものはなかった。

 

「先生……!」

「あ……っっ……!」

 

未だアストロンの効果で鉄塊となったままのダイとポップが悲嘆の声を上げる。命を賭して守ってもらったという現実に、だがまだ頭が追い付かずにいた。今にもアバンがその辺の物陰からひょっこりと「いやぁ、死ぬかと思いましたよ」と言いながら姿を現すのではないか。そう思えるほどに現実感がなかった。

そしてチルノだけは無言のまま、寒々しい景色を見つめて考えていた。

 

――大丈夫、カールのまもりがあるから生きているはず。大丈夫なはずだから……本当に大丈夫? 先生がカールのまもりを持っていることを確認したの? 効果が同じだとどこで調べたの? 今回も大丈夫だと、誰が保証してくれたの?

 

チルノの思考の中に、もしもの考えが割り込んでくる。大丈夫なはずだ、信じろ。と必死で自分に言い聞かせながら振り払う。だが振り払おうとしても振り払いきれないほどのおぞましい説得力を持った光景が、眼前には広がっていた。

だが、その光景も長くは続かなかった。不意に地面の一部が揺れ動く。

 

「先生っ……!?」

「違う!」

 

先ほどの妄想が現実になったのではないかと期待したポップの言葉を、遅れて気づいたチルノが慌てて否定する。チルノの言葉を肯定するかのように、土中から姿を見せたのはハドラーだった。

メガンテの威力をまともに受けて満身創痍となりながらも、辛うじて生きていた。何という生命力だろうか。アバンが無駄死にだったことに歓喜の哄笑しながら、最後の仕上げとばかりにダイたちの方を睨む。

 

「貴様らはオレの体を傷つけたのだ。命を以って償ってもらわねばなぁ……」

「うわあああっっ! 来るな! 来るな!!」

「くぅっ!」

「大丈夫じゃ! まだアストロンの効果が残っておる!」

 

ハドラーの言葉にポップはなんとか逃げようと試み、ダイはなんとか抗おうと試みる。だがそのどちらも上手くはいかず、ブラスは落ち着けるように言う。しかしその程度はハドラーもわかっていることだった。

 

「特にブラスのガキども。貴様らは油断ならん。だが身動きできん今は好都合よ」

 

人差し指を立てると、その先に炎を纏わせる。これから火炎呪文を使いますよと高らかに宣言しているようだった。

 

「オレのメラは地獄の炎……相手を焼き尽くすまでは決して消えん。こいつを放っておけば貴様らは……呪文がとけた瞬間に黒コゲだ!」

「うわああ!! やめろっ! やめてくれぇっ!!」

 

嫌がるポップの言葉すらハドラーにとってみればさながら心地の良い賛歌。アバンが一足先にあの世で待っているぞと笑いながら火炎呪文を放とうとする。だが、その一言がいけなかった。

それはアバンの命懸けの行動を軽んじる発言。ダイはアバンの想いを無駄にしないためにも力を集中させ、自らアストロンの呪縛を打ち破ろうとする。さながら風船が破裂するかのように、内側からの強力な力に鋼鉄が悲鳴を上げ、無数のヒビを作っていく。

その異様な様子にハドラーは慌ててメラゾーマを放つが遅かった。

ダイはアストロンを自力で完全に打ち破ると、メラゾーマを魔法で相殺した。続けてハドラーに肉弾戦を仕掛けると、まさに赤子の手をひねるように魔王を圧倒する。その頃には、この場にいる誰の目にも明らかになっていた。

 

ダイの額には、竜の紋章が光り輝いていた。

 

「バカな……あの紋章は……!!」

 

ダイの額を見ながらハドラーは戦慄した。竜の騎士(ドラゴンのきし)について、ハドラーは無論知っている。曰く、竜の力、魔族の魔力、人間の心を併せ持つ究極の生物。

だが目の前にいるのはガキである。ありえない。信じられない。信じられないが――微かに痛む右手がその考えを否定する。

紋章を見せる前から、自身の体にダメージを負わせた。ならばダイが紋章を発動させ、自身は大ダメージを負った今の状態で戦えばどうなるか。

引くべきか、それとも挑むべきか。

 

「小僧おおおおぉぉっ!!」

 

魔王のプライドが勝ったようだ。地獄の爪(ヘルズ・クロー)と呼ばれる、両拳から魔力で超硬質化させた骨を突出させた武器を生成すると、力を振り絞りダイへと挑みかかる。

対するダイは素手だ。アバンの使っていた剣は既に砕け散り、ダイが元々持っていたチルノ特製の短剣はハドラーに突き立てた後、投げ捨てられて現在行方不明だ。

 

「私の……っ!!」

 

パプニカのナイフを使え、そう言おうとしてチルノは気づいた。アストロンの効果から逃れているのはダイだけであり、他の面々は肉体は勿論、衣服まで鋼鉄となったままだ。当然パプニカのナイフも。

 

「大丈夫だよ姉ちゃん。おれには、アバン先生が見せてくれた技がある」

 

チルノが何を言いたいのか察したダイは、そう言うと無手のまま拳を後ろへと引く。アバンストラッシュの構えだ。だが剣もないのに何をする気だ?

そう思ったのはチルノだけではない。ポップもブラスも、ハドラーすらもそう思った。だがハドラーはすぐに思い直す。何をするのか――同じことを師が既に行っている。

 

「アバン……ストラーーッシュ!!」

「ぐおおおおおおっっ!!」

 

無手であるはずのダイの拳から、(アロー)タイプのストラッシュが凄まじい勢いで飛んできた。慌ててハドラーは両手を交差させて防御を試みるが、拮抗したのはほんの一瞬。両手を切断しながらも勢いは衰えず、胸元から腹部にかけて斜めに切り裂いた。

拳を用いたアバンストラッシュ――そもそもアバンストラッシュは剣だけでしか放てない技ではない。剣・槍・斧・弓・鎖・牙のそれぞれに対応した殺法があり、地・海・空の極意を身につければ武器を選ばずにアバンストラッシュが使える。

とはいえ一度だけ、それもほんの少しだけアバンが行ったものを見ていただけで再現するとは、竜の騎士(ドラゴンのきし)の潜在能力は恐るべしといったところだろう。

 

――そういえば、紋章の力を発揮したのはこれが初めてね。

 

吹き飛びながらも原作同様、キメラの翼を使って命からがら逃げだしていくハドラーを見ながら、チルノはなぜかそんな場違いなことを考えていた。

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■

 

 

 

「姉ちゃん、ポップはどうだった?」

「少しは落ち着いたみたい。独りにしてくれって言われたから……」

「ふむ。今日はそっとしておくしかないかのう……」

 

家の前で三人が話し合う。

ハドラーが逃げた後、ポップの泣き声がデルムリン島に響いた。アバンを失った悲しみに耐えきれず、ポップは人目も憚らずに泣いていた。何時までも外で泣いているわけにもいかないだろうと部屋の中にこそ招き入れたものの、心の傷はまだ深いだろう。

ポップだけではない。ダイもブラスもゴメちゃんだって、ポップほどではないものの悲しみに包まれている。

――今すぐにすべてを打ち明けて、みんなの心を楽にしてあげたい。

そんな誘惑を必死で断ち切りながら、チルノはダイたちから離れる。

 

「チルノ、どこへ行くんじゃ?」

「なんだか落ち着かなくて、少し散歩でもしてくるわ……」

「まだ危険かもしれないだろ!? おれもいくよ!」

「大丈夫よダイ、本当に少しだけだから」

 

まだ納得しきってはいないだろうが、ダイは渋々引き下がった。家族の心配を裏切るような真似に心が痛むものの、チルノは島の外周部まで足を運ぶと目を皿のようにして海を見まわす。

 

「メガンテの威力と方向、潮の流れから考えると……」

 

頭の中に大雑把な地図を描きながら、目標がどの辺りに落ちたのかを推測する。

チルノの目的はアバンの救出だ。

本来、メガンテを使えば術者の命はない。だがアバンは身に着けていたカールのまもりというアイテムのおかげで命を救われる。それが原作の流れである。

 

「……【レビテト】」

 

海上の可能性が高いと考え、チルノは空中浮遊の魔法を使う。トベルーラのように自由自在に飛べるわけではないが、それでも上手く扱えばなんとか空中戦もできるだろう。

だが今はその魔法の力で海上を素早く移動しながらアバンを探す。

――確か近くの洋上だったはず。デルムリン島に一旦辿り着いていたことから考えれば、島の位置は目視できる……

原作の記憶を思い出しながら、チルノは必死で海上を駆ける。

 

「……あれは!?」

 

一瞬何かが光ったように見えた。まさか、と思いながら光った位置へと駆け寄っていく。そこには、予想通りというべきか、アバンが波間に浮かんでいた。

 

「これが、カールのまもり……」

 

チルノは呟きながらアバンの胸元を凝視する。そこにあるのは壊れかけたペンダント。これが海水を被って光を反射していた。メガンテからアバンの命を救い、そして今度はチルノにその位置を知らせるために、ボロボロになりながらも尽くしていた。

 

「ありがとう、お疲れ様。あなたがいてくれて、本当に良かった……」

 

勿論、ただのアイテムであるはずのカールのまもりにそのような効果はない。身代わりに砕け散った時点でその役目を終えている。だがチルノの目にはそう見えた。勘違いだと分かっていても、最後まで主の身を守る気高い意志を感じられた。

カールのまもりにお礼を述べてから、アバンの胸元へ手を触れる。

 

「心臓は……よかった、動いている!」

 

指先に生命の鼓動を感じた瞬間、安堵のあまりチルノは全身の力が抜けた。

原作で助かったのだから、今回もきっと大丈夫だろう。その考えはある意味では最も強い根拠であり、最も残酷な意見でもある。相手の意思の尊重を忘れた、考えることを放棄して結果だけを求めるという、人の気持ちを踏みにじった行為のようにチルノには思えた。

独善的な考えの結果が、目の前のアバンだ。自分の力は、自分がここにいるのは、こんな思いをするためじゃないと初心を取り戻す。

 

「まずは……【リジェネ】」

 

生きていることを確認すると、再生の魔法をかける。対象の生命力を活性化させ、徐々に回復させる魔法だ。これを使えば、瞬間的な効果は得られないが、今のような場合には真価を発揮することだろう。

なぜならば。

 

「身長が違うから……なんとか引っ張り上げて……」

 

アバンの両脇に手を差し込み、持ち上げると後ろ向きに引っ張っていく。上手く背負えればいいのだが、海上のために悪戦苦闘した結果の苦肉の策だ。ふらついた空中浮遊の足取りと合わせて不格好なことこの上ないが、ゆっくりと島に向けて歩みを進めていく。

 

「う……うう……」

「先生!?」

 

島の岸までようやく近づいたころ、アバンのうめき声が聞こえた。それに反応して様子を窺うと、アバンが目を開き意識を取り戻していた。

 

「よかった……本当によかった……ごめんなさい、ごめんなさい……」

「チルノさん、ですか? ここは? それに私は……どうして?」

 

それを見た途端、チルノは涙が止まらなかった。

アバンはまだ意識を取り戻したばかりで、何が起きているのか事態を把握できていなかった。キョロキョロと辺りを見回して、自分がチルノに抱えられながら海上にいるのだということを理解する。それだけでも時間が掛かった。

 

「私は助かったのでしょうか? それに、あなたに助けられた。で、いいのでしょうか?」

「はい! はいそうです!」

「困りましたね、そのように泣かれては……とりあえず離してもらえますか? 重たいでしょう」

「でも、先生が……」

「大丈夫ですよ。痛みもそれほどではないようです。それに陸も近い。このまま沈むことはないでしょう」

「わかりました……」

 

アバンの言葉に素直に従い手を放すと、アバンは割としっかりとした動きで泳ぎ、そして島へと上陸する。アバンの後を追って、チルノも陸へと上がる。

 

「チルノさん、一体何があったのですか? 教えてもらいたいのですが」

「そのことなんですが……」

 

少しだけ言い澱んでから、チルノは勢いよく頭を下げた。

 

「少しだけ、一日だけ待ってください! 明日の朝、おそらくダイたちが出発するまでの間だけでいいんです!!」

「出発、ですか? それは……」

「出歩いても構いませんが、誰にも見られないように身を隠して、明日の朝までです。お願いします!!」

 

有無を言わさぬその言葉に、具体的な説明はなくともアバンも何かを感じ取ったのだろう。チルノの様子を見つめ、やがて嘆息交じりに言った。

 

「……わかりました。明日の朝まで待てばいいんですね?」

「すみません、説明もなしに。でも、悪いようにはならないはずです。信じてもらえますか?」

「他ならぬ命の恩人の言葉ですからね。信じますよ」

 

アバンのその言葉を聞けたことで、チルノはようやく胸を撫で下ろせた。

その後も簡単な注意だけを口頭で伝えると、一旦別れてチルノはブラス達の下へ。アバンは身を隠すべく森へと移動する。

 

そして、夜が明けた。

 

 




第⑨回です(特に意味はない)

アバンVSハドラー戦はちょっとダイジェスト気味。原作と実力の差があるわけでもなし、思考に大きく差が出るわけでもないため。似たような理由で、やっぱり一部ダイジェスト気味。

原作通りメガンテさせるか、それとも撃退してしまうべきか。
悩んで、龍が如くして、悩んで、北斗が如くして、キムタクが如くした結果、結局こっちのルートに。(7話でそのルートを通ると書いておいて何をいまさら)
というか今回、上手くやったら勝てそうなんですよ。ただ個人のワガママとしてメガンテルートに進ませたい。じゃあどうしよう? 悩んだ結果、強すぎたことを理由としました。
ダイが強いからロートル勇者の自分じゃなくても大丈夫、後を安心して任せられる。ここで無駄に怪我をさせてリタイアすることのないように、自分が体を張ろう。って感じです。
……うーむ……(首捻り)

アバンのしるし。はい、こちらも頭を悩ませました。チルノさんに渡す?渡さない?数は5つ?明言されてないけどまだある?渡すなら魂の力は?ミナカトール……は契約できないか。ザッと考えただけでもこれです。
結局この場は渡さないルートですが、次話で話題に出ないわけもなし。

気が付いたら、ブラスに変な設定が付きました。原作ではハドラー様は気にも留めてなかったというのに、何がどうしてこうなった?(その場の勢いって怖い)
まあ、こういうのもアリってことで、どうか一つ。
そのためのアンチ・ヘイトタグ……いえ、独自設定タグも足しておくべきでしょうね。
(というわけで、怖かったので今回から増えてます)
ブラスの変な設定に伴ってハドラー様がちょっとアレになってます。

オーラキャノンってか〇はめ波モーションですよね?(コマンド的に波〇拳?)その方が収まりが良いはずなのですが、何となく片手撃ち(右手で構えて左手はブレを抑えるように掴む)に。
(マッシュの必殺技は便利ですよね(兄の方がもっと便利と言ってはいけない))

アバン先生の剣(10ゴールドのアレ)ですが、原作を確認したところ、ダイが剣を折ってからアバンは剣がないまま、しかしドラゴラム解除後に突然新しい剣を腰に差していました。その剣はどこから生えてきたの? 予備として持ってたんでしょうけれど。だったら最初っから持ってて。と困りました。この中では、ダイが折ってないので先生が持ったまま設定です。
10ゴールドの剣も魔王への一撃に耐えきれずに折れたなら格好もつきますよね?
(逆に言うとハドラーが10ゴールドの剣に負けてた可能性があったという……)
そして、武器がない関係で無手アバンストラッシュを使ってしまうアバンとダイ。アバンは良いんですけどダイがこの先どうなるか……すごく怖い。

最後にで恐縮ですが、毎回誤字報告と感想本当にありがとうございます。反応遅くて申し訳ございません。
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