隣のほうから来ました   作:にせラビア

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……あれ、もう「あけおめ」過ぎてる!?!?


LEVEL:92 死神の取引

「ディーノ!!」

 

ダイとバランの攻撃によって、ハドラーとの戦いに決着が付いた。

ハドラーへの最後の一撃を放ち、倒れたことを確認すると、バランは大急ぎでダイの元へと駆け寄る。

 

「腕は……手は無事か?」

 

彼が案じているのは息子の身――左拳についてだ。

いくら拮抗状態へ勢いを加える為とはいえ、両刃である"ダイの剣"を素手で殴ったのだ。ましてやその剣は地上最強の攻撃力をもつオリハルコン製だ。竜闘気(ドラゴニックオーラ)を纏っていると理解していても、親であるバランからすれば、決して楽観視できない肝の冷えるような光景であった。

 

「大丈夫だよ、ホラ」

 

だがバランの心配をよそに、ダイは何食わぬ顔で左拳を見せた。

そこには、剣を殴ったことで刻まれたのだろう赤い跡のようなものはあったが、それだけだった。それ以上は何の異常も見受けられない。

オリハルコンを殴ったことで少々痛そうにしているが、それとて骨折はおろか怪我一つ負っていない。一時的な痛みを感じているだけだ。

種明かしをすれば、チルノが戦闘開始時に張ったマイティガードの効果である。物理攻撃と魔法攻撃の両方を軽減する結界を張ったおかげで、ダイが受けたダメージも最小限で済んでいた。これがなければ、いかに竜闘気(ドラゴニックオーラ)で拳を覆っていたにせよもう少し深い傷になっていたはずだ。

 

だがそれを説明してくれる者はこの場にはいない。そのためどうしてここまで軽傷なのかを少々不可解に感じながらも、息子の無事な姿に親はようやく胸をなで下ろす。

 

「それよりも、姉ちゃん!?」

「むっ……!」

 

今度はダイが慌てる番だった。

戦闘中に突然、これまでにないほど弱った姿を見せた姉の様子が気になって仕方がない。姉に言われ、戦闘に集中することで一時的に思考の外へと回していた感情が、彼の心中へ一気に押し寄せてくる。

一目散に駆け寄ろうとするダイの動きを制したのは、押しとどめるように掲げられたチルノの手だった。

 

「だい、じょうぶ……」

 

ダイの心配は徒労で済んだようだ。彼の目には、未だ膝をついているものの、先ほどよりも幾分と楽になった表情を見せるチルノの姿があった。

 

「ほ、ホントに大丈夫なの……?」

「ええ。さっきよりも、ずっと、楽になったから……」

 

そう告げる彼女の口調からは苦しさが随分と抜け落ちている。まだ不可解苦しさは体内に燻っているが、戦闘中と比べればその差は歴然としていた。ダイを安心させるようにぎこちなく微笑んで見せるチルノの姿に、彼はようやくその言葉を信じて一つ息を吐いた。

どうやら、これ以上の心配は無用のようだ。

 

「見事だ。ダイ、バラン……」

 

チルノの無事を心配していたダイとは対照的に、バランは倒れたハドラーへとその視線を向けていた。バランの視線に気付きハドラーは全身の苦痛を押し殺しながら口を開く。その声にダイもまたハドラーの方へと向きなおる。

 

もはや両腕を失った上、胸部にも夥しいほどのダメージを受けており、ハドラーの再起は絶望的だろう。それを裏付けるかのように傷口からは出血が見られていた。

彼の持つ生命力を大きく上回るほどのダメージを受けた結果なのだろう。彼が持っているはずの超常的な再生能力も働いておらず、もはや超魔生物としての死が訪れ始めていることの現れだった。

こうなっては回復手段などありはしない。ゆっくりと黒い灰となって朽ちていくのを待つのみだ。今のように口を開くことすら、残ったか細い生命を削る行為に他ならない。だがそれでもハドラーは告げずにはいられなかった。

自らの命を捨ててでも勝利を渇望した相手との決着がついたのだから。

 

「超魔生物となり、全てを捨ててでも……勝てぬか……いや、過去にこだわりすぎていたことが、オレの一番の敗因かもしれぬな……」

「ハドラー……」

 

その言葉にダイは思わず零していた。

過去にこだわっていたというのならば、ダイもまたアバンの仇という感情がある。それに、ハドラーが勝てなかったのはダイとバランの二人を同時に相手にしていたからという大きすぎる理由もある。

対等な条件とはとても言えぬ戦いだというのは、誰の目にも明らかだ。そして、不利な条件でいながらハドラーは恐ろしい程の強さを見せていた。一対一ならば勝算は十二分にあっただろう。

だがそんなものは何の慰めにもならなければ、そもそもハドラー自身が二人を相手に戦ってみせると公言している。決着の付いた今となってはそれは全て、戦いを後から汚すだけの雑音にすぎない。

 

ダイはハドラーの名前を呟くと、グッと奥歯を噛み締めるようにしてその口を噤んだ。

だがダイの胸中の感情をハドラーも理解しているのだろう。今にも苦痛に歪みそうな顔を努めて満足そうな表情へとし続ける。

 

「もはや、吹けば飛ぶようなオレの命だが……頼みがある。トドメを刺してはくれぬか?」

「えっ……!」

「お前たちに負けたと、胸を張ってあの世へと向かいたいのだ……」

「…………よかろう」

 

思わずダイはバランの顔を見た。

するとバランもまた、ハドラーの覚悟と気持ちに通じるところがあったのだろう。眉間に皺を寄せた沈痛な面持ちで、真魔剛竜剣を手にしていた。

 

「ディーノ」

 

そしてダイのことを視線だけで見る。一瞬の逡巡の後、ダイはその視線に首肯して返答すると"ダイの剣"を逆手に持つ。

 

「いくぞハドラー……覚悟はいいか?」

「ああ……」

 

ハドラーは瞳を閉じ、最後の瞬間を待っているようだった。後は二人が手にした剣を振り下ろすだけだ。だが――

 

「いやいや、それは困るなぁ」

 

何もないはずの空間から、突如として声が響き渡った。

 

 

 

 

 

「何だッ!?」

「この声は……キルバーンか!! どこにいる!?」

 

予期せぬ声にダイたちは手にした剣を構え直し、すぐさま臨戦態勢を取ってみせた。二人の視線はあちこちへと忙しなく飛び回り、闘気を探ってその気配を探知しようとする。

驚かされたのはハドラーも、そしてチルノも同じだ。

ハドラーは伏せた目を再び見開き、声のした方向――つまり通路の奥へ向けて睨み付けるような視線を向ける。チルノもまた同じように、頼りなくとも声の出所を探ろうと視線を走らせた。

 

やがて彼らの前方、ハドラーの横たわる場所よりも更に奥の空間が不意に大きく燃え上がった。まるで火炎呪文(メラゾーマ)を何発もつるべ打ちしたかのような巨大な炎が立ち上り、轟音が響く。

突然現れたその音と炎に反応して四人が凝視すると、真っ赤に燃える炎柱を切り裂くようにしてキルバーンが姿を現した。

 

「やあ皆さん、おひさしぶり。特にバラン君はいつぶりだっけ?」

 

剣呑な雰囲気が漂う渦中にいながら、けれどもキルバーンはまるで世間話でもしに来たかのような飄々とした態度だった。ダイとバランの二人の(ドラゴン)の騎士に剣を向けられているとはとても思えないほどの余裕ぶりだ。

 

「死神、何をしに来た!!」

 

剣を向け、闘志を滾らせながらバランは叫ぶ。

 

「いやだなぁ、助けに来たに決まっているじゃないか。ハドラー君のピンチなんだから」

「助けだと! ふざけるな!!」

 

いけしゃあしゃあと言ってのけるキルバーンの態度に、ハドラーは思わず叫んだ。これは既に決着がついた戦いだ。ならばこれ以上の手出しなど何の意味もない。それをどの面さげて助けに来たというのか。

ましてや出現タイミングを見れば、この瞬間を狙い澄ましていたことは想像に難くない。これで「助けに来た」などと言われては例えハドラーでなくとも素直に受け入れようはずもない。

 

「まあまあ、そう怒らないでよ。とっておきのプレゼントもあるんだ」

 

仮面に隠されてなお、他人を小馬鹿にしたような雰囲気を隠そうともせず見せつける様に放ちながら、キルバーンは指を鳴らした。パチンという小気味良い音が辺りに響き渡り――

 

「あぐうぅっ!!」

 

一拍遅れてチルノの苦痛の声が響き渡った。

 

「姉ちゃん!! ええっ!?」

「チルノ!? な、なんだと!?」

 

その声を聞きつけてダイが真っ先に反応し、一瞬我を忘れる。バランもまた視線を向け、だがこちらは驚愕していた。

そこにあったのは、どこから生み出されたのか無数の茨に全身を覆われているチルノの姿だった。彼女の四方から伸びる茨はまるで意志を持つかの様に手足へと絡みつき、動きを封じるように絡みついている。

加えて、チルノが纏っているのは特殊な製法を用いて編み上げられた衣服であり、下手な金属鎧よりも強固な防御力を誇っている。だが茨はそれを易々と突き破り、少女の柔肌へ深々とその棘を食い込ませていた。

動きを封じるよう茨が全身に絡みつき、ところどころ服が破れて素肌が見え隠れする。だが肝心の肌は浅く怪我をしており、うっすらと赤く染まっている。彼女の肌の色と相まってか、どこか退廃的かつ背徳的な匂いを醸し出しているようだ。

 

「ウフフ、二人とも良い反応だねぇ……ほら、ハドラー君。これがそのプレゼントの中身さ。これなら今のキミだってまだまだ逆転の目が有るんじゃないかな?」

 

二人の反応にキルバーンは笑いを噛み殺しながら"とっておきのプレゼント"の中身とその利用法について得意げに口にしていた。無論、決着の付いた戦いをさらに邪魔されたハドラーはますます渋面を深くするが、そのようなことを気にするキルバーンではない。

 

「アレはボクの死の罠(キル・トラップ)の一つ、その名も♣の4(クラブ・フォー)さ。こんなこともあろうかと、仕掛けておいたんだ」

♣の4(クラブ・フォー)だと?」

「そう。特殊な茨を呼び出して、相手の動きを封じ込める呪法だよ」

 

むしろその場の全員を煽るかのように、嬉々とした様子で罠の説明を初めていた。

 

「鋭い棘はどれだけ強固な鎧であろうとも簡単に貫き、相手を苦しめる。しかも、棘の先からは特殊な液体を分泌させて、それが生物に触れると感覚を鋭敏にさせるのさ――わかるかい? つまりアレに刺されると、とってもとっても痛くなる。激痛から逃れようと暴れれば暴れるほど、自分で勝手に傷ついていくんだ」

「ええーっ! 痛いのやだーっ!!」

 

不意に甲高い声が聞こえてきた。

声の主はキルバーンの使い魔ピロロだ。普段は肩に乗った姿をよく見かけるのだが、今回に限ってはどこに行っていたのか、彼の足下にいつの間にか現れていた。

 

「おやおやピロロ、どこに行っていたのかな?」

 

キルバーンはピロロを子供をあやすように抱き上げると、定位置である肩の上へと乗せる。

 

「大丈夫だよ。痛いのは、あの子だけだからね」

「それなら安心だね!」

「ふざけるな! 何が安心だ!!」

 

三文芝居には付き合いきれないとばかりに、ダイが口火を切った。

 

「アレが茨だって言うんなら、おれが全部ぶった切ってやる!!」

「待てディーノ!! 動くな!!」

 

手にした剣を構え、今にも飛びかかろうとしたところを怒鳴るような強い言葉を投げかけながらバランはダイの肩を掴んで止めた。

 

「父さん! なんで!!」

「動けるのならば、私が真っ先に動いている……!」

「さすがはバラン君、賢明な判断だね。色んな経験を積んでいるだけのことはある」

 

不満顔の息子の言葉に、バランは沈痛な面持ちでそう答える。だがバランの回答に満足そうな声を上げたのはキルバーンだった。その言葉を耳にして、完全に死神の手の上で躍らされていると理解しながら、バランは更に続けた。

 

「おそらくあれは他者を誘い込むための囮の罠だ。傷ついた獲物を餌とし、それを助けようと迂闊に近づいた相手を必殺の罠へと引っかけるためのもの……」

「なんという慧眼、素晴らしいね。ほぼ満点の回答だよ。その通り、あそこにはもう一つ、♥の2(ハート・ツー)の罠が仕掛けてある」

 

言いながらどこからかハートの2が刻まれたトランプを取り出して見せると、それを手の中で弄び始める。

 

「あれは最も単純な仕掛けでね。ハートの2、つまりハートが2つになる。相手の心臓を狙って剣が飛び出し、真っ二つにするのさ」

「こわいこわい♪」

「…………ッ!!」

 

余裕たっぷりに仕掛けの中身を喋るその姿に、バランは違和感を覚えた。そしてもう一つ、先ほどのキルバーンが口にした言葉を思い出す。

 

「……ほぼ(・・)、だと?」

「そうだよ、ほぼ満点。♥の2(ハート・ツー)が狙うのは迂闊に近づいたお馬鹿さんじゃなくて、あの子だからね」

「なにッ!!」

 

罠の定石に従うならば、先ほどバランが口にした通り弱った相手を囮として本命の罠へと誘い込むことだ。そのため、罠はチルノを救出に向かう者が掛かるのだと思い込んでいた。

だがそれは他ならぬキルバーン本人によって否定される。

 

「キミたち(ドラゴン)の騎士を相手に、その程度の罠じゃ防がれる可能性の方が高い。でもあの子ならばどうかな? 万全の状態ならまだしも、弱った今でも避けられるかな?」

 

キルバーンの言葉にダイたちは動く事が出来なくなった。

茨の罠によって視覚的な焦燥感を煽られ、だが見えざる第二の罠の存在が彼らの行動を躊躇させる。わざわざ罠の内容を説明したのも、明確な危機がその場にあると印象づけるためでしかない。

 

「それともう一つ、教えてあげよう。ダイ君の考えもあながち間違えってわけでもない。あの茨は剣や斧でも切断できるし、炎の呪文でも焼き尽くせる。結局、どこまで強化しても元は植物だからね、力尽くで解除できるのさ……罠の発動して命を奪うのとどっちが早いか、試してみるかい?」

 

さらに続けられる、明らかにダイたちへの挑戦とも取れる言動であったが、状況を理解しているために動くということはなかった。チルノを人質に取られ、生殺与奪の権利を握られているということを分からされては、大人しくそれに従うしかない。

彼らに出来ることは、キルバーンを殺意を込めた瞳で睨むくらいだ。

 

「おいおい、そんな怖い顔で睨まれ続けると、うっかり罠を発動させちゃいそうだよ。ほら、ボクって小心者だから」

「くっ!!」

 

そんなささやかな反抗を受け、キルバーンは愉悦するように笑っていた。

 

「う……くううぅぅ……いつ、のまに……こんな……罠を……あああっ!!」

 

一方、耐えがたい激痛に苛まれながら、チルノは己の迂闊さを悔いていた。痛みに身をよじりそうになりながら、だが罠の説明は彼女の耳にも届いていたため必死で耐え続ける。

 

本来の歴史では、死神の罠があるのは大魔宮(バーンパレス)の中へと突入してからだった。ましてや現在の位置は、魔宮の門を抜けた先。まだ大魔宮(バーンパレス)の本殿までは辿り着いていない。こんな辺鄙な場所に罠が仕掛けられているなど想像もしていなかった。ましてや長い通路の最中、これほど的確な位置に罠を仕掛けるなど、予想できるはずもない。

原因不明の不調と相まって、チルノはまともに動くことすら困難になりつつあった。

 

「ううん、心地よい悲鳴だね」

 

チルノの苦痛の声を耳にしながら、キルバーンは笑い続ける。

結論から言えば、罠が仕掛けられたのは彼が姿を見せてからであり、それまではこの通路には罠など一つとして存在していなかった。

その手法も、キルバーンが仰々しく登場することで全員の注目を集めている隙に、呪文にて姿を隠したピロロがこっそりと罠を仕掛けていただけ。奇術の基本とも言える単純な方法を活用していたにすぎない。ただ時間の都合で大がかりな罠を仕掛けることは出来なかったものの、その効果は十二分にあった。

チルノからすれば、まさに何もない場所から突然罠が出来上がった様に見えたのだから。

 

「姉ちゃん! なんとか助けるから動かないで!!」

 

耐え難きを耐えるよう拳を血が滲むほど強く握りしめながら、ダイはチルノへ向けて叫ぶ。チルノもまた、激痛に苛まされながらもダイの言葉に頷いてみせた。

 

「フフフ、良いねぇ……麗しき兄弟愛ってやつかな? これがいつ絶望の表情へ変わるか、今から楽しみで仕方ないよ。そうは思わないかい、ハドラー君?」

「死神! 貴様、一体何が目的だ!!」

 

ダイの悲痛な叫びを耳にしながらニヤニヤと笑い、そして未だ倒れたままのハドラーへと話の矛先を向ける。だが肝心のハドラーは激怒したままであった。

 

「何が……って、酷いなぁ。もう忘れちゃったのかい?」

 

ニヤニヤとした笑みを隠すこともないまま、キルバーンは心外だとでも言うようにおどけたポーズを取ってみせる。

 

「約束したじゃないか。ボクも少しだけ手伝わせて貰うって、さ。キミはそれを了承しただろう? だからこうして、手助けに来たんだよ」

「!!」

 

思わずハドラーは息を詰まらせた。その言葉には確かに聞き覚えがあったからだ。

超魔生物へとその身を変え、ミストバーンたちに竜闘気(ドラゴニックオーラ)を操る所をみせた時のこと。確かにキルバーンは「手伝う」という旨の言葉を口にし、そしてハドラーはその言葉に対して「好きにしろ」と確かに返事をしていた。

 

「ふざけるな!! 確かにオレは貴様の言葉に頷いた。だがそれと同時に、オレの邪魔をするなとも言ったはずだ!! それすら忘れたか!!」

 

とはいえ、よもやあの時の口約束にも満たないようなやりとりを盾に介入してくるとは思ってもみなかったことだ。寝そべっていた筈の状態をゆっくりと起こしながらハドラーは更に叫ぶ。

 

「邪魔なんてしてないさ。まだ決着はついていない、戦いはどちらかが死ぬまで終わらないよ。だけど今からじゃあ逆立ちしたってハドラー君は勝てない。だから確実な勝利を得られるように助けに来たんだよ」

「ふざけるな! オレはそんなことを望んでいない! 戦いをこれ以上汚すな!!」

「そうつれないことを言わないでよ。全てを捨ててでも勝ちたかったんじゃないのかい?」

「黙れ!!」

 

言葉を紡ぐだけでも苦しいのだろう、そこまで言い切るとハドラーは肩で息をし始めた。そうしている間にも、彼の肉体は今にも崩壊してしまいそうだ。

 

「……ダイ、バラン……すまない、これはオレの落ち度だ……今さら何を言おうと、許されるなど考えてはおらん……だが!!」

 

どこにそのような力が残っていたのか、中途半端に上げかけていた上体を突然勢いよく跳ね上げさせると、その勢いを利用してハドラーは軽く飛び上がった。両腕を失いバランスを取ることはおろか立ち上がるのも難しいだろうに、それを感じさせないほどの見事な体術だ。

 

「せめてヤツを倒し、あの罠だけでも止めてみせる!!」

 

着地した勢いのまま中腰となり膝を曲げると、今度はそのタメを利用して強烈な跳び膝蹴りを放った。それも、いつの間に練り上げたのか再び竜闘気(ドラゴニックオーラ)を纏っての一撃だ。

戦いを開始した頃と比べればなんとも小さな光だが、尽きかけた闘気を全て集約しているのかその輝きはとても強い。

 

「おいおいハドラー君。狙うのはボクじゃないよ」

 

だがそれでも当たるかどうかは話が別だ。繰り出された膝蹴りはキルバーンには容易く見切られ、あっさりと躱されてしまう。渾身の一撃を避けられたものの、ハドラーはすぐさま体勢を入れ替えて第二撃の蹴りを放つ。

 

「……ディーノ」

「うん……」

 

ハドラーの奮戦ぶりを目に焼き付けながら、二人の(ドラゴン)の騎士たちもまた体内で竜闘気(ドラゴニックオーラ)を練っていた。隙あればキルバーンへと飛びかかり、その命を一瞬にして刈り取らんとするためだ。

その好機をただ耐えて待つだけという、一秒が何時間に感じられるほど長く苦しい時間を味わいながら二人はハドラーたちの動きを注視する。

 

「おやおや、無理をするからどんどん生命力が失われているじゃないか。その残った力は、勇者たちを倒すのに使った方が良いんじゃないかな?」

「やかましい!」

 

三発目の蹴りを躱しながら、キルバーンはハドラーへとそう警告する。既にハドラーの肉体は限界を迎えており、それを無理矢理に酷使しているのだ。もはや少し動くだけでも彼の肉体は大樹が腐り落ちるようにボロボロと端から崩れていく。

それでも次の攻撃を放とうとして、ついにハドラーの足は力尽きたのか動かなくなった。地に膝を着いた姿は、もはや二度と立ち上がることも出来ないだろう。

 

「ほら言わんこっちゃない」

「黙れ! 腕を失い、足が動かなくなったとしても、まだオレにはこの首がある!! たとえ噛みついてでも貴様を討つ!!」

 

犬歯を剥き出しにして吠えるその姿は、彼の言葉通り首だけになっても戦おうであろう気概が伝わってきた。

 

「まるで(しつけ)のなっていない狂犬だねぇ……その意気は立派だよ。でもいいのかい? このままじゃ犬死にだ。バーン様の為に死ぬこともできないよりかは、残った力で勇者たちを倒した方がよっぽどマシだろう? それもこれも――」

 

そこまで口にすると、わざとらしく唇を弧状に変える。

 

「――本来なら全て吹き飛んで勇者達と相打ちで散り果てるハズだったキミの最期を、勝利で飾ってあげようという親切心からじゃないか」

「なにッ!!」

「あらら、これは失言だったかな?」

 

言ってはいけないことを言ってしまった、とばかりにキルバーンは自らの口を手で押さえてみせた。いや、それすらもポーズなことは明白だ。

だがその言葉にハドラーは――いや、多少理由は異なるもののダイたちにすら衝撃が走っていた。

 

「嘘じゃないよ、ボクも聞いたもん。バーン様がキミの中に黒の核晶(コア)を埋め込んでいたんだ。でも、ザボエラの爺さんがそれを取り除いてくれたんだよ」

「なんだと!? 黒の核晶(コア)がオレの中に!? それをザボエラが!!??」

「信じられないだろうけど、事実さ……信じられないのなら、ほらそこ」

 

そう言って指し示した先には、悪魔の目玉が張り付いていた。それを見ただけでハドラーは何を言おうとしているのか理解する。大魔王軍の通信設備としての役目を担うこの怪物(モンスター)を通して、今も戦いを見物しているであろうバーンへ直接申し立てろと言っているのだと。

 

「疑うのなら、バーン様にお伺いしてみるといいよ」

「バ、バーン様……!」

「…………」

 

物も言わず、瞳には何も映し出さないままの悪魔の目玉へ向けてハドラーは声を掛ける。だが返事はなく沈黙を守ったままだ。何も答える気はないのかと訝しんだ瞬間、悪魔の目玉を通じて新たな声が届けられた。

 

「……キルバーンよ」

「ッ!!」

 

それはダイとチルノの二人だけが初めて耳にする声。すなわち、大魔王バーンの声だ。ダイたちがいることで未だ姿を見せる気はないのか、音声だけを送っている。そして当のバーンは、不可解なことに呼びかけたはずのハドラーではなく、開口一番キルバーンの名を出していた。

 

「お前にしては勝手な真似をしたな」

「申し訳ありません。断りも入れずに飛び出したことについては謝罪しますよ。ですがハドラー君と約束しましたので居ても立ってもいられずに、つい……なにしろ、契約を守ることは大事でしょう?」

「ふっふっ、なるほど……確かにその通りだ。ならば仕方あるまい、契約は守らねばな」

 

最後の一言にことさら力を込めながら、キルバーンは答えた。それを耳にしたバーンは小さく笑い、納得したように呟く。

 

冥竜王ヴェルザーと大魔王バーン。

魔界の実力者たる二人は、かつては互いに争い合う関係だった。だが最終的な目的は同じであったことから、ある時を境に敵対を止めた。互いに各々の戦略を進め、成功した者に従うという盟約を結んだからだ。

そしてキルバーン本来の立場はバーンの部下ではなく、ヴェルザーが監視役として送り込んだ者。バーンからすれば獅子身中の虫のようなもの。

 

先のやりとりも、言ってみれば二者間で取り交わした約束を仄めかすような言い回し。なればこそバーンはキルバーンへのそれ以上の言及を行うことはなかった。だがそれを知らぬハドラーは、二人の様子に気付かない。

 

「バーン様!! キルバーンの言っていたことは!!」

「事実だ」

「そ、そんなっ!!」

 

あっさりと肯定されたことで、ハドラーは落胆する。だが、更なる悲劇が襲いかかるのはこれからだ。

 

「だがザボエラのヤツがそれを取り除いた。それもまた事実だ」

「そうそう。だって竜の騎士を生み出せるかもしれない貴重な実験材料だもんね。なるべく生かしてデータをたくさん取りたいって言ってたよ」

「ッ!!」

 

ピロロのはしゃぐような物言いを聞き、今度こそ息を止めた。

 

「い、今のは……本当なのか……答えろ、ザボエラッ!」

「どうしたザボエラ? 答えてやれ」

 

バーンの声が聞こえ、やがて悪魔の目玉の瞳が新たな映像を映し出す。そこには望み通り、妖魔司教ザボエラの姿があった。だがハドラーを見つめるその目は、もはや興味の失せた実験動物を見るような色がはっきりと灯っていた。

 

「その通り、事実ですじゃ。何しろ超魔科学を駆使して竜の騎士を生み出せるかもしれんとなれば、その素材は疎かにはできんからのぉ」

「なん、だと……」

「パプニカで命を救ったのも、あの時点では実験データが足りなかったため。ですがそれも、連日の訓練と今の戦いのおかげで十分すぎるほどになりました。超魔生物のデータも含め、ハドラー様には感謝しても足りないくらいですじゃ! あとは時間と実験を重ねれば(ドラゴン)の騎士を量産することも夢ではないでしょう。その礎となれたのですじゃ、あの世でザムザにでも存分に誇ってくだされ! キィ~ッヒッヒッヒッ!!」

「貴様ッ!」

 

信じていた全てに裏切られたような感覚にハドラーは陥っていた。大魔王からは最初から捨て駒としてしか見られておらず、部下もまた彼の事を便利な実験動物としか見ていなかったのだ。ましてやザボエラには、息子を失ったことに対する憐憫の感情すら持っていた。

加えてハドラーの危機を命懸けで救ったことで、何か裏があるとは考えつつもその全てを信じてやろうという気にすらなっていた。

それが蓋を開けてみればこの始末。

 

「バーン!! ザボエラ!! 許さん、貴様らだけは!!」

 

哀れみや情けなさなどはとっくに通り越し、全てを憎み滅ぼさんとするほどの途轍もない怒りの感情だけが彼の中から一気に湧き上がる。

 

そしてキルバーンは、怒り狂うハドラーの様子をそっと眺めながら溜息を吐いた。

 

「あらら、ダメか。せっかくお膳立てしたり、追い込んだりして勇者たちを殺すように仕向けたっていうのに……」

 

ヴェルザー陣営である彼の立場から見れば、勇者たちがバーンを倒そうと動くのは主命を果たす好機とも取れる。乱戦の最中、大魔王を倒す隙を見いだせるかもしれないからだ。ならば、ハドラーに不粋な横槍を入れる必要はないはずだ。

だがほんの少しの可能性が、彼にダイたちが敗北する未来を選ぶように仕向けていた。尤も、そのための準備は全て無駄だったようだが。

 

とはいえキルバーンから見ればここから先は、過程が異なるだけで勇者が死ぬという未来は変わることはない。ただ手を下すのがハドラーからキルバーンへと変わるだけだ。

邪魔するであろうハドラーはもはや死にかけており、恐れる事は何もない。そして肝心のダイたちは、彼の仕掛けた罠とくだらない情によってまともに動くことは出来ない。

 

「しかたない、ここからはボクが頑張ろうかな」

 

どこからか死神の鎌を取り出すと、ダイたちへ向けて殺意を向ける。

 

 

 

 

 

チルノは、今にも狂いそうな程の痛みを必死で耐え続けていた。

一瞬が永遠にも感じられるほどの激痛が途切れることなく襲いかかり続けている。もはや外の様子を把握するほどの余力もなく、ただただダイたちがなんとかしてくれることを願い続けること以外に出来ることはなかった。

 

――う、うう……なに、またこれは……?

 

そうして幾らかの時が流れた後、彼女は再び体内で暴れ出した途轍もない衝動を感じ始めた。ハドラーとダイたちが戦っていたときと同じ、いや今やそれ以上の勢いを誇っている。それが、気を抜けばまるで内側からはじけ飛びそうなほどに、強く強く彼女の中に膨れ上がっていく。

外から与えられる激痛を堪え、自分を保っているのすら精一杯だったところで内からも苦しめられては、もはやどのような人間であっても耐え続けることは不可能だった。

 

――もう……だめ……いし、き……が……

 

それが彼女が心の中で紡いだ最後の言葉だった。正気を保っていられる限界を超え、ついに意識を手放した。本来ならばそのまま床へと崩れ落ちるところだが、茨に絡め取られているためそれもままならない。

そして、チルノの肉体に変化が起こり始めた。

彼女の全身が微かに明滅したかと思えば、やがて目映い程の光を放ち始める。まるで光の繭が生みだされ、少女を覆い隠したような光景。

 

「何だ!?」

 

その強烈な光に気付かぬ者はいない。各員から誰何の声が上がる中、光は更に輝きを増していき、やがて瞬時に消え去った。

 

「……えっ!?」

 

全員の視線の先、そこには黒い鱗を誇る一頭の竜がいた。

 

 




「まいれ こくりゅう!」(鹿賀さんのめっちゃ良い声で)


キルバーンのオリジナル罠。無駄に頑張って考えました。
・クラブの4
 クラブ→クローバー→植物的なイメージ。あと四方を囲ってる。という連想から。
・ハートの2
 文字通り「ハート(心臓)を2(真っ二つ)」に。駄洒落っぽい効果がお気に入り。

しかし♥とか♣とか♢って文字も使えるんですね。
「んっ……♥」 みたいな。
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