隣のほうから来ました   作:にせラビア

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おお、喋る喋る!! すごいすごい!!
……あ、さ、サボってませんよ……



LEVEL:93 全軍集結

「これは……一体……」

 

最初に口を開いたのはバランであった。

冷静沈着を絵に描いたような彼にしては珍しく、非情に狼狽えた様子を隠そうともせず感情の赴くがままに言葉を漏らしていた。

とはいえ、それは何もバランに限ったことではない。程度の差こそあれダイもハドラーもキルバーンですらも、突如として現れた竜の姿に度肝を抜かれ、その動きを止めていた。

 

とはいえ一番驚かれたのは、間違いなくダイであろう。姉が光に包まれたかと思えばそこから竜が出てきたのだ。何かあったと考えるのは間違いない。だが果たして何があったのか、この場の四名の中で知識も経験も最も浅いダイでは思考がしっかりと回らず、何も言わなかったと表現するよりも、言葉すら出なかったと言う方が適切だろう。

 

「まさか、火竜変化呪文(ドラゴラム)か……?」

 

元魔王でもあるハドラーは流石と言うべきか、チルノが姿を変えた理由の一つを口にしていた。火竜変化呪文(ドラゴラム)はその名前が示す通り、術者を巨大な火竜の姿へと変身させるという幻の呪文だ。

チルノに対する詳細な知識を持たず、この世界の常識だけで当てはめるのならばその結論に辿り着くのは至極当たり前といえよう。

 

「いや、それは違うだろう」

 

だがその結論を耳にしたバランは首を横に振った。

 

火竜変化呪文(ドラゴラム)で変身した場合、基本的にその竜は真っ赤な鱗をしている。あのような黒い鱗を持った竜に変身することはない」

 

超高位の魔法使いであれば、火竜だけでなく自身の望んだ竜の姿へと変身できるように火竜変化呪文(ドラゴラム)を改良することもできるだろう。だがそれも、まずは呪文を契約できなければ絵空事だ。

チルノの秘密を――この世界に存在する呪文は扱えず、その代わりに異なる力を操ることを知っているバランはその可能性を捨てる。

 

「何より、あの姿形だ。あのような姿を私は知らん……」

「え、どういうこと……?」

 

目の前の黒竜の姿形は、スカイドラゴンなどに代表される蛇のように長い身体をしたタイプの竜ではない。巨大なトカゲに牙と爪と翼とを備えた形状である。この世界にも似たような姿を持つ竜族は存在しており、魔界に住まうレッドドラゴンやアンドレアルと呼ばれる竜たちがそれに最も近いだろう。

 

だがそれはあくまでも似た姿を持つというだけだ。

 

件の黒竜は、それらトカゲ型の竜と比較してずっと首が長く、なによりも頭部から伸びる一対の巨大な角が目を惹く。悪目立ちするその角は並の怪物(モンスター)など一刺しで屠れそうな異様を誇っていた。

翼もこの世界の竜よりもずっと大きく、その翼を羽ばたかせればどれだけの飛行能力を見せることになるのかは想像もつかない。ただ、並の飛行種怪物(モンスター)では相手にもならないだろうということもまた容易に想像できた。

漆黒に鈍く輝く竜鱗は見るからに堅牢そうであり、半端な攻撃では傷一つ負うこともないだろう。黒色でありながら威圧感と同時に王のような高貴さを兼ね備えている。これだけ見事な鱗もまた、この世界の竜では有り得ない。

ただ、大きさだけは並といったところだった。かつてベンガーナでポップが相手にしたドラゴンたちやラーハルトが騎乗用に使っていた竜よりも一回り大きい程度か。今は大魔宮(バーンパレス)へと続く通路の中にいるため、若干狭苦しそうだ。

 

「ディーノよ忘れたか? 私は元超竜軍団長として無数の竜どもを率いていた。魔界に乗り込み、冥竜王ヴェルザーやその部下の竜たちと戦ったこともある。だがそれら全ての竜と比べても……いや、私が今まで出会った竜の全てと比較しても、あのような竜は見たことがないのだ。それがどういう意味かは、お前もわかるだろう?」

「……あ! そ、そうか!」

 

そこまでヒントを出されれば、ダイもようやく仮説に辿り着けた。

つまりチルノが変身したこの黒竜は、この世界に存在するものではない――彼女が力を行使している別世界に存在している竜なのだということに。

 

「でも、だったらどうして……?」

 

彼女が竜を呼べる――もしくは竜に変身できる。ということは、ダイですら聞いたことがない。そもそも、そんな切り札があるのならば秘密にしておく必要もないだろう。仲間であるダイたちにまで手の内を隠す意味が分からない。

そもそもこの竜は、敵なのか味方なのか? はてさてどの様に接するべきか、ダイたちは頭を悩ませる。

 

 

 

 

 

「……これは、面白くないね……」

 

ダイたちが慎重に様子を見ているころ、キルバーンは一人舌打ちしていた。彼の視線はその竜の足下へと向けられている。そこには、茨の残骸が転がっている。

 

どのような方法を使ったのかは彼でも分からなかったが、だがあの黒竜はチルノが変身した姿だというのは忌々しいほどに理解できた。なにしろ、自慢の罠の一つである♣の4(クラブ・フォー)の茨が引きちぎられていたからである。

その切断面の状況を見るに、内側から膨張する圧力によって千切られたことは明白だった。つまり、茨が絡みついていた相手――チルノが変身したことで起きた結果であることは間違いない。

 

あの茨は特別製であり、繊維は固く、加えて一本一本が複雑に絡み合って強度と柔軟性を高レベルで維持している。そのため、刃物で切断しようとしても容易には破壊できない。単純強度ではオリハルコンには叶わなくとも、厄介さでは上回るほどだ。

 

「……仕方ないね」

 

自慢の罠をそのような力尽くで破られるなど、彼からすれば腹立たしくて仕方ない。本意ではないが、残った♥の2(ハート・ツー)の罠を発動させようと魔力を集中させようとした。

 

「グルルルル……ッ!!」

「……ッ!?」

 

キルバーンのその動きに先んじるように、黒竜が彼の方を睨み低く唸り声を上げた。獣が威嚇するのと同じような動作にすぎないものの、それだけでキルバーンは出鼻を挫かれたように行動を一瞬止めてしまった。

だが黒竜の方は止まらない。再び大きく唸り声を上げると、その長い首を天へと向けた。

 

「どうしたッ!?」

「姉ちゃん!!」

 

そこまで変化があればダイたちとて気付く。だが黒竜は止まることはない。天を向いたまま大きく顎を開くと、そこから一息にブレスを吐き出した。

竜が吐き出すブレスと言えば一般的には炎だが、黒竜が生み出したのは炎ではなかった。例えるならば極大閃熱呪文(ベギラゴン)に近いだろう。だがベギラゴンとはまるで比べものにならないほどの、もっとずっと途轍もない程の高威力な光と熱の奔流だった。

 

「なんだこれは……!?」

「うわあああぁぁっ!!」

「チッ! これはマズいかもね!」

 

ましてや今の場所は大魔宮(バーンパレス)へと続く通路――それも地に埋まったままの場所だ。地の底から天に向かって放たれたブレスは天蓋を突き破り、それだけでは飽き足らず周囲一帯に余波となって破壊の嵐を生み出していく。

近くにいたダイたちはたまったものではない。

天井は飴細工を溶かすよりも簡単に崩れ落ち、土砂と砕けた岩盤が降り注ぎ周囲を埋めていく。だが上から降り注ぐ何トンもの土砂や岩を物ともせずに光のブレスは突き進み、やがて地の底から天に向けて一本の光の柱を生み出してみせた。

 

もしもチルノが正気を持ったままならば、きっとこう呼んでいただろう。

 

――竜王バハムートのメガフレア、と。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

「トドメだ!」

「くっ……!!」

 

死の大地――その地上部分ではアバンの使徒たちとハドラー親衛騎団との激戦は続いていた。全員が全員、死力を尽くすような死闘。

 

だが、その戦いの一つにまもなく決着が訪れようとしていた。

 

ラーハルト対シグマという、速度自慢の戦士同士の戦い。この戦いは終始ラーハルトが優勢のまま進んでいた。地力はラーハルトの方が上であり、互いに使う武器も槍という似通った物。呪文に対する絶対的な耐性を誇るオリハルコンの肉体も、ラーハルトほどの戦士が相手では意味を為さない。

シグマにはそれに加えて"シャハルの鏡"と呼ばれる魔法の盾を持っていた。これは呪文を相手に跳ね返すという呪文返し(マホカンタ)の効果を持つ伝説の装備である。だがそれもラーハルトを相手にしては少々固いだけの盾にしかならず、シグマは使用する機会に恵まれることもなかった。

じわじわと押され続け、遂に最後の一撃が放たれるその瞬間、事件は起こった。

 

「う、うおおおおぉぉっっ!?!?」

「なんだアレは!!」

「光の……柱……!!」

 

最初に届いたのは目も眩まんばかりの強烈な光。それに少しだけ遅れて、全てを破壊しつくさんばかりの強烈な破砕音が衝撃波と共に襲いかかってきた。衝撃波そのものは距離もあるため既に弱まっており、棒立ちしていれば少し体勢を崩すかもしれない程度の威力しかなかった。

けれど、異質すぎる来訪者の襲来に先ほどまで戦っていたはずの誰しもが根源的な恐怖心を揺さぶられ、思わず戦いの手を止めて音の発生源へと視線を向けてしまう。

 

そして彼らは見た。

地の底から天空へと上る一本の光の柱。

それは死の大地上空の雲まで届くと瞬く間にそれらを蹴散らし、暗く重い雰囲気を漂わせ続けるこの大陸に太陽の光を降り注がせたほどだ。その美しくも幻想的でいて、その実とてつもなく恐ろしい光景に、何時しかその場の全員が戦おうということを完全に忘れたように見入っていた。

 

「……い、いけません!! あそこはまさか!!」

 

不意にアルビナスが口を開いた。その表情には不安と焦燥感に満ちあふれており、仲間たちがその狼狽えぶりを見て心配するほどだ。だが女王は構うことなく何か思い詰めたような表情を浮かべ続け、ブツブツと口の中で小さく何かを呟いていた。

まるで何かに葛藤しているような時間が数秒続き、やおら意を決したようにポップら全員へと視線を投げかける。

 

「……提案があります」

 

無理矢理絞り出したようなその声音からは、アルビナス自身がこのような行動に出るのは不本意だと全力で主張しているようだ。心の機微に疎い者であってもそれに気付くほど分かり易いものだったが「提案」という言葉を耳にしたことで、特に指摘することなく彼女の次の言葉を待った。

 

「一時休戦……としませんか?」

「むっ……?」

「なるほどね」

 

飛び出てきたのは意外な言葉だった。全員が息を呑む中、ポップだけは納得したようだ。

 

「あの光の柱の場所で何が起こったか調べに行きたい、ってところか?」

「ええ、そうです。あの場所へ向かい、そしてそこで何があったのか。真相が分かるまでは互いに一時休戦……協力、とまでは言いませんが、互いに不干渉。これでどうでしょう?」

 

大魔道士の言葉に女王は頷く。だが当然のように異を唱える者がいた。

 

「それを信用しろって言うの……?」

「口約束でしかありませんが、親衛騎団の名に賭けて誓いましょう。それに、この提案はそちらにとっても利がありますよ」

 

胡乱げな瞳で女王を睨むレオナに対しアルビナスは頷く。

 

「目算でしかありませんが、あの辺りには魔宮の門から大魔宮(バーンパレス)への通路があるはずです。ならばそちらの勇者に何かあったと考えるのが自然かと……」

「つまりハドラーもいるかも知れない。お前たちもボスの安否が気になっている、ってことろか?」

 

ポップはニヤリと笑って見せた。

 

「安心しろよ、姫さん。こういうこった。なんだかんだ理由を付けちゃいるが、本音を言えば向こうも今すぐにでもすっ飛んでいきたいだけさ」

 

言うなれば腹の探り合いに近い。

弱みを見せまいと、ダイたちのことを大義名分にして提案を呑ませる。自分たちの方が駆けつけたいという意識を悟らせないために。アルビナスら親衛騎団の面々は、ハドラーの魔法力によって生きている。そのため、ハドラーに何かあれば己の命で感じとることもできる。

だが現在はハドラーから送られてきている魔法力は微弱であり、それに加えて不可解な光の柱が立ち上った。何かあったと考えるのは至極当然のことだった。

 

「それにこっちとしても、アレがなんだったのかは確かめておきたいってのも嘘じゃない。なら、一時的に提案を呑むってもアリだと思うんだが……みんなはどうだい?」

 

その提案に異を唱える者はいなかった。どうやら仲間たちも気になっていたようだ。

そしてそれは親衛騎団の面々も同様だ。鉄の結束によって結ばれ、任務を確実に遂行するだけの非情さを持っているが、同時に仲間を思いやる面も持っている。今すぐにでも駆けつけたいと願うのもまた、ある意味では仕方ないことだった。

 

「よしっ、じゃあ早速行ってみるか。全員集まってくれ。見えている場所なら、瞬間移動呪文(ルーラ)ですぐにでも行けるぜ!」

「こちらも集まりなさい。移動しますよ」

 

こうして、二組の仲間たち(パーティ)が同じ呪文を唱えた。

 

 

 

 

 

視界が届く位置への瞬間移動呪文(ルーラ)のため、移動には一秒も掛かることはない。文字通り一瞬にして景色が変わり、アバンの使徒たちと親衛騎団たちは揃って件の場所へと移動していた。

 

「着いたぜ……って、うぉっ!! こりゃあ、また……」

「ッ……! まさかハドラー様……!」

「ものすごい光景ね……」

「なんだよ、こりゃ……?」

 

そこで飛び込んできた光景に、彼らは思わず敵味方同士であることすら忘れて感想を口にしていた。

地の底からブレスによって大量の土砂が吹き飛ばされ、円周状に降り積もっていた。小さな山が一つ出来上がっており、その勢いがどれだけ強烈なものだったのかが一目で分かる。加えて周囲の土など、砂になっていればまだ可愛いもので結晶化している箇所すら見受けられるのだから、とてつもない高温だというのも理解できるだろう――尤も、立ち上った光の柱を見れば細かな説明を抜きにしても自ずと想像はつくだろうが。

 

その山の天頂部近くには、一匹のドラゴンがいた。黒い鱗を誇るドラゴンはこの事態を引き起こしたというのに何やら落ち着いた様子を見せており、ポップたち大勢の人間がやってきたというのに動くことはなかった。ただ彼らを遠巻きに眺めているだけだ。

 

「あの竜……素直に考えるのならばアイツが犯人ということか……?」

「でもよ、おっさん。あんな姿の竜なんていたか? 先生に教わった覚えもねぇし……みんなはどうだ? なにか知ってるか?」

 

クロコダインの考えには賛成だが、ポップは相手の正体について気になっていた。それまで見たことがないため、敵なのか味方なのかそれとも全くの第三者なのか、判定する材料が少しでも欲しかったのだ。

 

「いや、オレは……」

「ううん、私も見たことないわ」

「あたしも……」

 

三人がそれぞれ首を横に振る。

 

「オレもだ……ラーハルト、お前ならどうだ? バランの下にいたのだ、少しは……」

「いや、オレも知らん」

 

残ったヒュンケルとラーハルトも、知らないと答えた。特にラーハルトには過去の経験から何か知識があるのではと淡い期待をしていたのだが、どうやら空振りに終わったようだ。

 

「……となると」

「いえ、生憎と私達も知りません。もし知っていれば、この局面に投入しないわけがないでしょう?」

 

残る可能性としてポップは親衛騎団に視線を向けると、アルビナスはその目線の意味を正しく理解して先手を打つ形できっぱりと否定してみせる。とはいえその答えもまたポップが求めていたものの一つだ。

 

「なるほどねぇ……つまりアイツは、既存の怪物(モンスター)とは違う存在……残る可能性はバーンが秘密裏に動かした新手か、それとも……」

 

チルノからある程度の未来の知識について聞いているため、親衛騎団たちより幾分と落ち着いてその正体について可能性を模索し始める。だがクロコダインが待ったを掛けた。

 

「出自を探るのも結構だが、あの竜にどう対応するつもりだ?」

「へ……どう、って、そりゃ……」

「このまま放置して逃げるか? 情報を少しでも探るか? それとも……禍根とならぬよう戦って倒すか?」

「ううぅ……」

 

今までの経緯から察するに、光の柱を生み出したのがこの黒竜であることは誰にでも予想ができたことだ。となれば、最悪の場合は戦わねばならないということだ。ポップたちが立つ今の場所、その場所を生み出した超破壊の力を操るほどの竜と。

 

「……ま、待って……」

「ダイ!」

 

思わずうめき声を上げていたところへ、か細い声が聞こえてきた。ポップはその声にいち早く反応し、仲間たちもすぐにどこから聞こえてきたのか探し始める。そして、最初に彼の姿を見つけたのはレオナだった。

 

「ダイ君!? どうしたのその姿は……」

 

彼女が見つけたとき、ダイはまるでモグラのように地中から這い出てきたところだった。土や砂で顔と言わず身体と言わず汚れており、何があったのかを尋ねずにはいられない。だがダイにはそれより何より伝えなければならないことがあった。

特に先ほどのポップたちのやりとりを聞いていれば、真っ先に伝えなければならないのは彼の中で明白だ。

 

「あれは、あの竜は姉ちゃんなんだ!」

「……ええっ!?」

「どうことだ!?」

「じつは――」

 

ポップたちだけでなく親衛騎団までもを驚かせる特大の爆弾発言だ。ダイはチルノに何があったのか、自分が知りうる限りの内容を説明していく。

 

「――ということなんだ」

「竜に変身……でも呪文でもない……ねぇ……」

「レオナは何か知らない?」

「ううん、ごめんなさい……あたしも特には……」

 

一通りの出来事について説明を終えたが、何が起こったのかその原因について理解できたものは皆無であった。

この中で最も詳しく事情を聞かされているはずのレオナでさえ、首を横に振っていた。それはつまり、チルノも予想していなかった現象が起きていることを意味する。

 

「だが、ひとまず急に襲われることはなさそうだな。それだけでも収穫はあった」

 

そしてヒュンケルは黒竜を見ながらそう呟いた。

チルノとおぼしきドラゴンは、周囲を窺ってこそいるものの先ほどから動くこともなく大人しくしている。ダイが合流した瞬間を確実に目撃しているはずなのに、まるで借りてきた猫のようだ。まだ警戒は必要だろうが、様子を見続けているその姿から下手に手出しをしなければ襲われる可能性は限りなく低そうだ。

 

「待ちなさい勇者ダイ!」

 

話を聞いていたのはポップたちだけではなく、親衛騎団の面々もだ。彼らはハドラーが敗れたという話を聞いて居ても立ってもいられなかった。今まで口を挟まなかったのが奇跡と言ってもいいだろう。

 

「その話が本当ならばハドラー様は! ハドラー様はいずこへ!?」

「ハドラーならばここだ」

 

ダイは初めて見たオリハルコン兵士たちの姿に思わず面くらいながらも「わからない」と返そうとしていた。だがそれを遮るようにして、土の下からバランが姿を現した。彼の傍らにはハドラーの姿もある。

 

あの時、大魔宮へと続く通路にて。

チルノが天井を崩すと悟った瞬間、バランはハドラーの元へと駆け寄っていた。そして彼を守るべく細心の注意を払って竜闘気(ドラゴニックオーラ)を放ち、防御膜のように張り巡らせることでなんとか救っていたのだ。脱出が遅かったのも、ハドラーを気遣い続けたせいで少々遅れていたためだ。

だがバラン自身、このような行動に出たことには驚いていた。

自身の立場から考えればダイを守りに行くのが当然と言って良いだろう。それなのにハドラーを庇ったのは、バラン自身が利用され続けていたハドラーを哀れに思ったからだろう。叶わぬまでも、せめて無念を可能な限り晴らしてやりたいと、心のどこかで共感していたからかもしれない。

 

「ああっ! ハドラー様ッ!!」

 

主の姿を見た途端、アルビナスがすぐさま駆け出しバランから奪い取るようにしてハドラーを受け止める。残る親衛騎団たちも後へと続き、バランは彼らの邪魔にならぬようそっと離れ、ダイたちの元へと戻る。

 

「父さん、あの竜は……」

「話は聞こえていた。おそらくだが、あれは正気を失っているのだろう。強すぎる力のせいで意識のコントロールが上手くいっていないのだな。とはいえ正気を失っているにも関わらず、暴れ回るでもなく大人しくしている……それがあの娘の本質なのかもしれんな」

 

ダイたち全員を安心させるように、バランは自身の推論を語る。最年長であり知識も経験も豊富な将たる器を持つ男の言葉は重みが違ったようだ。それを耳にした全員がそれぞれの想いを胸に抱きながらチルノを見つめていた。

 

「だが、こうして冷静になり改めて見てみれば、何か親しみのようなものを感じる……これは一体?」

 

誰にも聞こえないほど小さな声で、バランは独白する。

 

 

 

 

 

「ハドラー様! そのお姿は……なんと痛々しい……」

 

話には聞いていたが実際の傷を目にして、アルビナスは悲しみと怒りに震える。反射的にダイたちへと飛びかかろうとした彼女であったが、それを見越した様にハドラーは叫んだ。

 

「よせ! これはオレの敗北の証。超魔生物となり(ドラゴン)の騎士の力を得ても勝つことはできなかった……だが、悔いはない」

「ハドラー様……」

 

両腕を落とされ、胸元には深い傷を。そして生命力の限界によって肉体が崩壊しつつありながらも、それでもハドラーは対戦相手であるダイたちを責めることを許さなかった。

そして自分の不甲斐なさを恥じるように、親衛騎団一人一人の顔を見つめていく。

 

「ヒム、シグマ、ブロック、フェンブレン、アルビナス……思えば、生まれたときから貧乏くじを引かせてしまったようなものか……お前達からすればこれは最初で最後の戦い、出来れば勝利で飾ってやりたかった……」

「いえ! そのようなことは決して!!」

「そうです、時間など関係ありません!!」

「ハドラー様と共にいられただけで、我々は……!!」

 

弱気としか取れないハドラーの言葉を、親衛騎団の面々は強く否定してみせた。生まれたばかりのまま、まともに戦った相手はアバンの使徒達が初めて。その戦いも決着がつかぬままハドラーの命が潰えることで消滅していくことになる。

 

「ふっ、そうか……まだオレには、信じてくれる者がいたのか……」

 

自分を責めて当然のはずなのに、それでも悔いはないと言い切りハドラーについていく姿勢を見せる子供たちの姿は、親からすれば言葉に出来ないほどの喜びだった。

このような結果となってもなおハドラーを信じようとする部下たちに、何かしてやれることはないだろうか。そう考え、彼は口を開いた。

 

「お前達に最後の命令を下す! この近くにキルバーンが身を潜めているはずだ。ヤツを見つけ、葬り去れ!」

「……ッ!?」

 

やはりオレは良い親ではないらしい。と、心の中だけで自虐する。

そこまで考えておきながら、いざ出てきたのが、部下たちへ戦いを命じる言葉なのだから笑うより他はないだろう。

ましてやその内容が、味方であるはずのキルバーンを殺せというのであれば、如何に絶対忠実なる親衛騎団であっても困惑の色を隠すことは出来なかった。

 

「フム……了解いたしました」

 

いや、それも一名を除く。

ただ一人、僧正(ビショップ)だけは我が意を得たりとばかりに頷いて見せた。

 

「フェンブレン!?」

「ワシらのすることは、ハドラー様の命に従うことのみ。違うか?」

「……いや、しかし!!」

 

驚くヒムたちであったが、フェンブレンは態度を変えることはない。それどころか当然のように言ってのける。

 

「それに、キルバーンが何を行ったのかはワシらも聞いていよう? ならば相手にも同じ報いを受けさせてやるのみよ。正々堂々、手段を問わずにな……」

 

フェンブレンの中には、ハドラーが超魔生物と化したときに捨てたはずの残酷さや狡猾さ、虚栄心のような感情が僅かに備わっている。他の親衛騎団には存在しない、彼だけが受け継いだ感情だ。

平時はそれを隠し仲間たちと足並みを揃えているが、だがこの場ではそれを隠そうとすらしていなかった。貪欲に勝利を欲したい、相手をいたぶりたいといった仄暗い感情を味わう最後のチャンスなのだ。それを逃すなど彼には考えられない。

ましてや主の誇りを汚したという大義名分もある。ならば、何を躊躇う必要があろうか。

 

残忍さを隠そうともしない僧正の言葉に、ハドラーを含んだ仲間達が僅かに圧倒されるものの、その言葉も一理あるとばかりに頷いたときだ。

 

「おやおや、随分と恨まれたものだねぇ」

 

いつの間にかキルバーンが姿を現していた。彼もまたダイたちと同じように土砂が襲いかかっていたはずなのに、どのような手品を使ったのか小綺麗なままだった。

ハドラーたちの会話を聞いていたのだろう、軽口を叩くその姿に、ハドラーたちだけでなくダイたちですら一斉に身構えた。

 

「うえぇぇ、ペッ! ペッ! 口に砂が入っちゃったよ」

「大丈夫かいピロロ?」

 

だがそんな空気を壊すかのように、地面の中から使い魔ピロロが起き上がってきた。こちらは土中に埋まっていたらしく、あちこちが汚れたまま。唾を吐きながら文句を言う彼を、キルバーンは抱き上げて自らの肩へと乗せる。

 

「ボク見てたよ! あの竜のせいでこうなったんだ! だからお願いだよキルバーン! あいつをやっつけて!!」

「そうしたいのは山々だけどねぇ、そうもいかないのさ」

 

チルノを指差しながら叫ぶピロロであったが、その言葉に取り合うことなくキルバーンは虚空を指さした。

 

「ほら、見てごらん」

 

指し示した先は、空間が歪んでいた。まるで何も無い場所を力尽くでこじ開けているかのように不可思議な景色が広がり、その奥から影が覗く。かと思えば爆発したような広がりを見せ、そこには三名が姿を現していた。

 

大魔王バーン。

 

魔影参謀改め魔軍司令ミストバーン。

 

妖魔司教改め魔軍司令補佐ザボエラ。

 

地上に存在する大魔王軍の幹部達である。

 

「……バーン!!」

「アレが、大魔王……」

 

ハドラーは突然現れた大魔王を憎々しげに睨み、ダイたちは大魔王の容姿が伝え聞いていた内容と一致していたことで、敵の正体を確信したように声を上げる。

 

――あれあれ、どういうことだろう? 勇者御一行はボクの予想と違う反応をしている……不思議だねぇ……

 

そしてキルバーンだけは、ダイたちの反応が予想と違うことに一人疑問符を浮かべていた。

 

 




Q.こんな展開で大丈夫か?
A.大丈夫じゃない、大問題だ。
(ネタが古い)

というか今さら気付いたのですが、今のチルノさん全裸ですよね……?

……お客様の中に、いてつく波動を使える方はいらっしゃいませんかー!!

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