遅くなるよりは、マシだよね……?
「計画が狂う……? い、一体どういうことじゃ??」
チルノの説明を受け、吐き出されたキルバーンの言葉。その言葉の真意を捉えかね、ザボエラは疑問符を浮かべていた。
「ザボエラ君は聞いてなかったのかい? ミストは凍れる時の秘法の状態を維持したまま戦えるんだよ。つまり、無敵。倒すことはおろか、害することさえ出来る者はこの世に存在しないということさ」
「はっ!! ……そ、そういうことか」
そこまで説明されれば、ザボエラもキルバーンの意図を読み取ることは出来た。
「ワシらの計画のためには、バーン様の打倒は必要不可欠。じゃがその近くには、無敵の存在であるミストバーンが常に控えておる。このミストバーンをどうにかせぬ限りは、計画は完全には成就せぬということじゃな?」
「流石、慧眼だね」
倒すべき相手の厄介さを充分に理解した答えに、おだてるような言葉を口にする。
「ついでに言うなら、バーン様だけなら今すぐにでも倒せないことはないんだ。でもその方法だと、ミストは確実に生き残ってしまう。下手をすれば、バーン様を倒した仇とばかりに、無敵の身体を活かしてボクたちに遮二無二襲いかかってくるかもしれない。そんなのは面倒だからねぇ」
「な、なるほど……たしかにそれもそうじゃな」
飢えも疲れも怪我や死をも知らぬ、無敵の相手に四六時中つきまとわれるなど、悪夢と呼ぶのも生温いだろう。単純な力押しでは倒せぬ相手を、一体どうやって倒せばいいのか。
「それも含めて、答えを知っている便利な存在がいるだろう? さてチルノ、答えて貰おうかな。ミストを倒すにはどうすればいい?」
「ミスト、バーン……を、倒す……」
その解放を本来の歴史を知るチルノに委ねる。少女は問われた内容を復唱するように呟きながら、自身の知る知識を語り始めた。
「まずは、光の闘気……闇の、衣を纏って、いない場合……光の闘気による、攻撃で……ダメージを与え……られます……」
「なるほどね。暗黒闘気が命を持ったミストにとって、光の闘気は天敵ってわけか」
「じゃがワシらは光の闘気など扱えんぞ?」
「しーっ、まだあるみたいだよ? 黙って聞こうじゃないか」
まず挙げられた方法は、ある意味では予想通り。そしてある意味では期待外れの内容だった。キルバーンからすればもっと劇的な、特効薬のように作用する物が欲しかったのだ。
故に、続く方法はなんとも魅力的に映る。
「次は、
「ほう! 凍れる時の秘法を無力化するとはねぇ!」
「メドローア!? それはどんな呪文じゃ!?」
凍れる時の秘法を無力化するという触れ込みと、聞いたことのない呪文の存在に二人のテンションが目に見えて上がる。
「ポップとマトリフ、二人だけが、使える……究極の、呪文です……両手に、それぞれ
だがチルノの口から告げられた内容を聞いていく内に、ザボエラの顔は見る見る間に意気消沈した物へと変化していった。隣で聞いていたキルバーンも、この呪文が一筋縄では行かないことは容易に想像がつく。
「だってよザボエラ君、できそうかい?」
「む、無理じゃ……両手で別々の呪文を操るだけでも手間だというのに、メラとヒャドのエネルギーを合わせるなど……おそらく、制御を少しでも誤れば暴発して自爆するわい……それに、呪文である以上は
「は、い……」
それでも有効打の一つであることには変わりがない。実現性の有無を確認したところ、返ってきたのはなんとも頼りない言葉だった。確かに強力なことには違いないが、扱いの難易度に加えて大きな弱点もある。
「そうか、残念だね」
「じゃが理論は使えそうじゃな。何か危険性のない、上手い手を考えることが出来れば……くぅっ! じゃがそれを考えるだけの時間が……」
ザボエラは妖魔学を修めた者として血が騒ぐのだろう。新たな可能性の模索に情熱を燃やしていた。反対にキルバーンは冷めた様子になっていた。これでは自分たちで使うのは難しいだろうと、思考を切り替えることにする。
「じゃあミストは、その
「いえ……ヒュンケル、に取り付き、光の闘気に……よって、消滅しました……」
「おや?」
「む?」
ミストバーンを倒す方法を口にしておきながら、全く予想だにしなかった最期の言葉に二人は思わず顔を訝る。確かに光の闘気については最初に候補として挙げられていたが、何がどうしてヒュンケルに倒されたのか、彼らにはさっぱり分からない。
「これはどうやら、聞き方を間違ったね。チルノ、ミナカトールの呪文を唱える辺りから、バーン様とミストがどうなったのかまでを教えてくれるかい? ああ、流れが分かる程度でいいよ」
「はい……」
この段階に到って、自分たちが歴史の流れというものを理解していないことにようやく気付いた。なにしろチルノから告げられた真実が色々と衝撃的過ぎたのだ。
バーンが倒されたという結論と、自分たちの求める答えを引き出したいという気持ちばかりが先行していたことを恥じながら、彼らは改めて何があったのかを尋ねる。
「本来の、歴史では……ハドラーの、黒の
正気を失い操り人形となったままのチルノは淡々と告げていく。
「作戦は……失敗……五名の、アバンの使徒、が集まり……ミナカトールによって、ダイたちは……
チルノの話を耳にしながら、キルバーンたちはその展開を頭の中で想像していく。操り人形となったチルノの話は融通が効きにくいという難点もある。
そのため、どのようなことがあったのかの細かなことは脳内で補完する必要があった。話を止めて逐一詳細を確認することも出来るが、話の流れが途切れることを嫌いそうすることはなかった。
「
「そうやって、真の姿に戻ったわけか」
相づちを打ちながらも死神は心の中で恐怖する。
傍目に見ても敵など存在し得ぬと思わせるだけの強さと叡智を兼ね備えたバーンをも圧倒するダイの力とは、果たしてどれほどのものなのだろうか。
ヴェルザー陣営である彼にとって、大魔王以上の敵が生まれるというのは絶対に避けたい事態としか思えなかった。
「そしてミスト、バーンは……失った肉体の、代わりにヒュンケルへと取り憑き、ました……元々、ヒュンケルを、育てていたのも、予備の肉体にするため……ですが、取り憑くことを相手も予想、しており光の闘気を体内に溜め続け……それに触れ、消滅しました……」
「!!」
「なんと……!」
続くミストバーンの最期と、彼がヒュンケルを育てていた理由を知らされ、二人は言葉に詰まる。
万が一に備えた代替となる肉体を求めていた以上、ヒュンケルの肉体にも凍れる時の秘法を使うだろうことは想像に難くない。下手をすれば、全盛期のバーンとヒュンケルの肉体を操るミストバーンとの二人を同時に相手にする可能性もあったかもしれない。
「本来の姿……に戻ったバーン、様も、ポップたちの協力で、追い詰められ……最終的にダイ、は二つの
「
何があったのか、聞かされた大まかな流れと今までの話に出てきた事実を反芻しながら、キルバーンはどうやって動くべきか頭を働かせ始める。
この混沌とした状況こそ、バーンに仕えてからずっと待ち続けることで訪れた最大の好機なのだ。それを利用しない手はない。
「ならばワシはどうなった!? その話には出ておらんぞ!?!?」
一方、やはり気になるのだろう。話が終わった頃合いを見計らい、ザボエラは自らの結末について詰問する。
「ザボエラ、様は……クロコダイン、に、倒されました……」
「な、なななんじゃと!! ワシがあのようなオツムの足りんワニにだと!? い、一体何があったというのじゃ!!」
返ってきたのは信じがたい言葉であった。そもそもクロコダインに負けたという事実など、到底許容できるものではない。知恵比べをすれば決して負けるはずのない、踏み台としか見ていないような相手に命を奪われると聞かされれば、平静ではいられなかった。
「ヒュンケル、たちの公開処刑の際……ザボエラ、様は魔界の
「ん、超魔ゾンビ? ザボエラ君、それは一体なんだい?」
思考の途中、耳慣れぬ単語を聞きつけたキルバーンはその正体を尋ねる。
「い、いやそれは……」
「ここまで来て隠し事はなしだよ?」
「くっ……!」
二人は既に一蓮托生、手札は多いに超したことはない。
なおも何とか秘匿できないかと言葉を濁そうとするザボエラであったが、強い圧力を伴ったキルバーンの言葉に根負けしたようで、渋々ながら語り始めた。
「……超魔生物の究極形じゃ……超魔生物はどれだけ強くとも消費が大きすぎる。他者を改造するならともかく、自分がなるのは御免じゃからな……そこで考えたのが、無数の
「へえ、そんな奥の手があったんだね」
「尤も超魔ゾンビという名はまだ決めておらんが……どうせこれのことじゃろう?」
「はい……」
知られており、問えば答えられると分かっていても、奥の手として隠匿していた内容をバラされるというのは決して気持ちの良い物ではない。無機質な肯定をするチルノの言葉に、一度は下がりかけていたザボエラの溜飲が再び上がっていく。
「それじゃお付き合いで聞いておこうか、ボクも誰かにやられたのかい?」
「キル、バーン、様は……マァムに、倒されました……」
「マァム……ああ、あの武闘家か……意外だね」
予想外の名前が出てきたことに死神は少々驚かされていた。
「おお……なんじゃ、キルバーンよ。お主も話に上がらぬところでやられておったようじゃな」
自分と同じく話に上がらぬところでやられていたことに、ザボエラの機嫌が若干良くなる。
だがそれは被害者同士が傷を舐め合い苦労を分かち合うような感覚というより「やっぱりコイツもやられていたかザマーミロ」といった陰惨なものに近いのだが。
「ウフフフ……そうだねぇ……」
そしてキルバーンは、このザボエラの反応に満足していた。
彼が狙っていたのは自身の正体を看破・周知に到るであろう話の流れを断ち切ることだ。あのまま話を続けていれば流れから「キルバーンがなぜ負けたのか」ということを聞かれる可能性は充分にあった。
それを防ぐために話題を変え、相哀れむ感情を利用することで正体を探ろうという思考に到らせないように誘導してみせた。
「まあ、その話を聞けばそこまで恐れることじゃないよ。知った以上は対処は可能、怖かったら身代わりでも何でも用意して自分の死を演出すれば切り抜けられるさ」
「フム……身代わりか、何か用意しておくべきかもしれぬな……」
案の定というべきか、目論見通りザボエラの思考は自身の保身のための手段の模索へと切り替わる。
キルバーン自身、人形を操り本体のように見せているという秘密はチルノが知っていると思っている。マァムに負けたというのも正体が露見した結果、偶々彼女がトドメを刺したに過ぎず、実際に人形と戦ったのはダイかポップ辺りが打倒と推測していた。
ザボエラを真似するわけではないが、万が一のための回避手段は用意しておくべきだろうとも考える。
だがそれよりもなによりも、彼らには乗り越えねばならぬ困難がある。それは――
「しかし、これをバーン様にどうやってご説明しようかねぇ……」
「む、そうじゃったな……」
探り当てたチルノの秘密を、バーンに知らせることである。
普通に知らせるだけならば何も難しいことではない。だが彼らの目的からすれば、真実をありのままに伝えることは何かと都合が悪い。
理想はバーンとミストバーンが倒れ、勇者たちも満身創痍となっている。そんな状態。
それを実現するためにはどうすればいいか、二人は頭を悩ませる。
「ボクたちの報告だけで満足していただければいいんだけど、チルノがいるからねぇ」
「確かに。どれだけ言い繕おうとも、バーン様にこの小娘に"真実か?"と質問された瞬間すべて水の泡。全く面倒くさい……」
ネックとなるのはチルノの存在であった。
今の彼女は、良くも悪くも全て正直に話してしまう。バーンへの報告の際に同行させないというのが一番手っ取り早いだろうが、それをすれば"何か後ろめたいことがある"と自ら宣言しているようなものだ。
かといって"バーンの言葉に返事をするな"と命令しても、彼女がそれを聞き入れることはない。命令者には優先権というものがあり、バーンの言葉が最上位。キルバーンやザボエラたちはそれより一段劣る。
どれだけ厳重に命令したとしても、バーンが"話せ"と言った瞬間に話し始めてしまう。
「何か上手い方法はないかな? ボクたちの幸せのためにさ」
「ムムムムム……おお、そうじゃ! 思い出したぞ!!」
嘆息するキルバーンの横で、ザボエラは記憶を引っ張り出そうと唸り続けていた。やがて、その奥底から一つの妙案を引っ張り上げる。
「何か良い考えでも閃いたかい?」
「うむ。大丈夫、上手くいくはずじゃよ。キィ~ッヒッヒッヒッ!!」
勝利を確信したような、高らかな笑い声が牢獄内に響き渡った。
■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□
「まさか、この
「…………」
天翔る居城――その中央部、玉座の間にて大魔王の語る言葉をミストバーンは無言のまま耳にしていた。
「事実、こうして地上の空を我が物としたにも関わらず、少しも心が躍らぬ。腹立たしいことだ」
「であれば――」
本来ならばダイたち全てを葬り去り、邪魔のなくなった段階で
渋い顔を見せるバーンへ向け、ミストバーンは忠誠心から述べる。
「――であれば、なんなりとご命令を……私自ら地上に赴き、今度こそダイたち全てを抹殺してまいります」
「それは真の姿を使うということか?」
「……そ、それは……!」
痛いところを突かれた、とばかりにミストバーンは口ごもった。
彼が本気となれば、確かに無敵となるだろう。だがそれはあくまで借り物の力でしかない。若かりし大魔王の力を使い戦うのは、情報を隠す意味でも決して推奨されるものではないのだ。
だがその本分を忘れ、己の力のように振る舞いかけたことをミストバーンは猛省する。
「ふふふ、わかっておる。重ねて言うが、この状況は余とて本意ではない。だが本意ではないと駄々をこね、わめくほど幼稚でもない。予定外のことは起こるもの……それは此度のことでよく分かったはずだ」
「はっ! もうしわけございません」
言葉に詰まった部下とそう声を掛ける。
元よりミストバーンの言葉はあくまでバーンを気に掛けたが故の言葉であることは、何よりもよく分かっている。そのため大魔王はさして気にした様子も見せることはない。
「それにザボエラに任せたあの
「そのことですが……バーン様、やはり私は納得いきません」
再び、だが差し出がましいながらも言わずにはいられないといった様子で口を挟む。
「ザボエラのような愚物に任せずとも、尋問程度ならば私でも充分に可能です。彼奴に任せれば、何かを企むであろうことは想像に難くありません。それに何よりも、キルの奴が姿を見せていないのも気になります。ザボエラを後押しするような言葉といい、どこか違和感を感じます」
「おやおや……ミスト、さすがにそれはあんまりじゃないのかい?」
「ッ!?」
そう、自らが感じていた不満や違和感を口に出したところで、室内にキルバーンの声が響き渡った。まるで狙っていたかのような、的確過ぎる瞬間の言葉にミストバーンは僅かに驚いたような反応を見せ、バーンはようやく来たかと言わんばかりに薄く笑う。
「ザボエラ君だって一生懸命やっていたよ……ちょっとお遊びはあったけどね」
「キル……」
正面から堂々と死神が姿を現す。
そのあまりに堂に入った姿に、先ほどまで口にしていた内容もあってかミストバーンは僅かに苦虫を噛み潰す。
「ようやく来たかキルバーン。それで、悪巧みは終わったか?」
「ええ、お待たせいたしまして申し訳ございません。ですが、お待たせしただけの価値はあると思いますよ」
慇懃無礼も此処に極まれりといったところだろうか。
直球な皮肉を聞かされてもキルバーンは一切怯むことなく、道化師のように芝居がかった動作で深々と頭を下げる。
「さあザボエラ君、チルノ、二人とも入っておいで」
そう告げると、奥からザボエラがチルノを伴って姿を現す。
ザボエラはどこか緊張した面持ちでバーンの前へと並び、そしてチルノは――
「……その姿は?」
「大魔王様の御前に出るというのに、何時までも裸では不敬でしょう? 僭越ながらボクがコーディネイトさせていただきました」
それは一言で表すならばゴシックロリータのような格好、とでも言えば良いのだろうか。
死のイメージすら連想させる黒を基調としたドレスのような服装。だが所々には純白のラインで彩られており、決して単調な色使いではない。
腕にはドレスと同じく黒のロンググローブで飾られていた。肩口近くまでを覆うそれは、だがドレスそのものが胸元が開いており、肩を見せるデザインのためチルノの褐色の肌が大胆に覗いて見える。
ブーツも同じく黒だが、長さは膝上の近くまでを覆う程度。そのため短いスカートと相まって太腿が丸見えだ。
褐色肌のチルノに黒のドレスというのは一見、同系色の色のため地味になりそうだが、濃淡を上手く活かしているためかそのような印象は受けない。むしろ肌の露出が多くなった分だけ扇情的な雰囲気すら漂っている。
全体的には見栄えの派手さよりも動きやすさを重視しているらしく、裾は短く揃えられ、この格好のまま戦闘すら出来るだろう。腰には彼女の専用武器たる"ガリアンソード"がその存在感を放つ。
そして耳元には黒い宝石をあしらったイヤリングが揺れていた。
「いかがでしょうか? こう見えても、お人形遊びや着せ替え遊びは自信があるんですよ、ボク。ただちょっと迷ってしまいましてね。おかげで時間が掛かってしまって……」
弁解するような言葉の途中、チラリとミストバーンへと視線を投げる。
「…………」
視線だけで「自分が姿を見せなかったのにはこのように正当な理由があるのだ」と言外に述べていた。その意味を理解したミストバーンは、だが何を言うでもなくキルバーンを見返すだけだ。
「では、この娘から聞き出したことについてご説明させていただきます」
「聞こう」
静かなる舌戦が始まる。