隣のほうから来ました   作:にせラビア

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(´・ω・`)



LEVEL:99 ゆさぶり

「――以上が、この娘……チルノから聞き出した大まかな内容ですじゃ」

 

ザボエラはそう言って、バーンへの報告内容を一旦終える。

彼が説明したのは本当に大まかな内容――

チルノが占い師のように今とは違う流れの未来を知ること。

その世界では最終的にバーンが倒されていることと、そこまでの簡単な流れについて。

今まではその未来の知識からより良い未来になるようにダイたちが動いていたこと。

未来の知識は歴史書を眺めたようなもので(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)細かなやりとりまでは知らないこと(・・・・・・・・・・・・・・・・)

――そういった程度だ。

 

「無論、これよりも詳細な内容についても聞き及んではおりますが、まずは一刻も早くこの不吉な未来をお知らせせねばと思いまして、このような説明となりました」

「ふむ」

「…………」

 

低頭しながらいけしゃあしゃあと言ってのけるザボエラの言葉にバーンはそう一言だけ呟き、ミストバーンは無言のままである。

 

「その話に相違はないか?」

「勿論ですよ、嘘じゃありません。ボクもある程度は話を聞きましたからね。それに、偉大なる大魔王様に虚偽の報告なんて出来るわけないじゃないですか」

 

冷徹な瞳で二人を射竦めるような視線を向ける。嘘や偽りは許さんと言わんばかりの大魔王の恫喝にザボエラは思わず身を竦ませ、キルバーンは平然と言ってのけた。あまりにも堂々としたその態度は、それだけで思わず納得してしまいそうになるほどだ。

 

「何よりもこの()がいるんですから、嘘なんて言えませんよ。ねえ、チルノ?」

「はい……間違い、ありません……」

 

チルノの存在を見せつけるような言葉回しと共に、間違いの有無を確認するべく問い質す。彼女は、キルバーンの言葉に素直に頷く。

 

「ついでに言うと、ミストは極大消滅呪文(メドローア)という呪文で。バーン様は双竜紋(そうりゅうもん)の力に目覚めた勇者ダイの力に敗れたそうですよ。ねえ、チルノ?」

「はい……間違い、ありません……」

「…………」

 

率先して誤りがないことを見せつけるかのようにチルノへと問い質す。そのキルバーンの姿にミストバーンは微かな違和感を覚えたものの、だがそれを口に出すことはなかった。

彼女は大魔王の超魔力によって操り人形となっている。それをどうやってねじ曲げ、都合良く操作できるというのか。

バーンの持つ力の強大さを誰よりも近くで知るミストバーンであるがため、そんなことは不可能だと断じてしまう。チルノが肯定している以上、嘘ではない。そう判断してしまう。

ただ一つ、先ほどからチルノが同じ言葉しか話をしていないことだけが気がかりではあったが……

 

「それと、極大消滅呪文(メドローア)双竜紋(そうりゅうもん)についてですが――」

 

続けてキルバーンは、その二つの力についての説明を始める。大魔王を正面から圧倒し得るだけの力と、凍れる時の秘法すら例外としてしまう呪文。その術理や使い手について、チルノから聞いた話をさらに簡略化した内容ではあるものの、口にしていった。

 

極大消滅呪文(メドローア)、か……そのような呪文があったとはな……」

「……なんと……」

 

二つの力の説明を聞き終え、バーンは感心と驚きの入り交じった声を漏らした。ミストバーンもまた、言葉少なげでこそあるもののそこには驚愕の感情が在り在りと浮かんでいる。

大魔王を正面から倒し得る力の存在など、有り得ないと思っていたからだ。仮にそのような力の持ち主が存在したとしても、ミストバーンが真の力を発揮すれば倒すことは可能と思っていた。

 

だがその大前提がここに来て覆された。その驚愕はいかほどか。

外部から凍れる時の秘法を無理矢理解除する手段の可能性については、大魔王も危惧していたことだ。そのためミストバーンという霧に正体を隠させ、事前準備が出来ないように注意もしていた。

けれども相手は秘密を知り、対抗する手段を持ち合わせているとなれば、話は違ってくる。秘法を無理矢理解除されるだけならまだしも、全盛期の肉体を失ってしまえば取り返しがつかない。

 

「怖いですよねぇ」

 

そんなバーンたちの不安を煽るようにキルバーンは他人事のようなお気楽な口調で低く笑ってみせる。その態度に、ミストバーンが先ほど感じた違和感がもう少しだけ強くなった。

親友であるキルバーンにすら隠していた、ミストバーンの正体についての秘密。その秘密についても目の前の相手は知っているのではないだろうかと疑いが濃くなっていく。

 

「なんでもダイ君は大魔王様の相手をするために単身先に進み、ミストは残った仲間たちを先に片付けるために戦った結果、それぞれ倒されたとか」

 

だがそんなミストバーンの疑いを払拭するかのように、キルバーンは二人がどのような状況で倒されたのかの補足を口にする。それは「なるほどその状況ならばそうなっても仕方がないだろう」と思わせる程度の説得力は備えていた。

 

「それとボクとザボエラ君は……あれれ? ねえ、やられた相手は誰だっけチルノ?」

「ザボエラ、様はクロコ、ダインに……キルバーン、様はマァム……に倒され、ました」

「そうだったそうだった。バーン様たちの話の衝撃が強すぎて忘れていましたよ」

 

更にチルノの口から新たな事実を引き出させる。

自分たちの敗因を語らせたそれは魔王軍が負けたという話の説得力を増し、同時にチルノがキルバーンたちの話を肯定し続けるように操られているわけではないということの証明ともなった。ならば、真なる大魔王の秘密についても知られていないのかもしれない。

疑いの芽は完全には枯れぬものの、ミストバーンは現時点ではそう結論づける。

 

「あとは……そうそう、この()の正体ですかね」

「ま、待て待てキルバーン! 報告するのはワシの役目じゃ!!」

 

そう話を切り出そうとしたところへ、ザボエラが慌てて口を挟んできた。まるで自分の活躍の場を少しでも奪われたくはないと必死に主張しているかのようだ。

その勢いにキルバーンは嘆息しながら一歩下がり、ザボエラへと主導権を譲る。

 

「とはいっても、これについては詳細は不明でした。何しろ本人も分かってはおらぬようで……わかったことは未来の知識を知ることと、この娘が操るのは異界の力ということくらいですじゃ」

「異界の力!? ならばあの竜も……」

「やはりか……」

 

異界の力という言葉にミストバーンは再び驚かされ、バーンは平然と頷く。大魔王のその姿にキルバーンは少々の驚きを禁じ得なかった。

 

「ご存じでしたか?」

「余も知らぬ竜の姿であったからな。ならば残る可能性はそのくらいよ」

 

僅かな時間、逡巡するように瞳を閉じるとバーンはチルノがバハムートへと変身した時の姿を思い浮かべる。

漆黒の鱗を持ち、大魔王すら驚かせるほどの力を備えた竜の姿。

数千年の時を生き、あらゆる知識と経験を兼ね備えたバーンすら知らぬ以上、その程度の可能性は充分に予期できることだった。

 

「となればこの(むすめ)は天界か、もしくはその上――神々の差し金であろうな。それ以外には余の邪魔をせんと企み、実行できるだけの力を持つ者は思い当たらん」

 

そしてそう考えれば、正体についても推測はできる。大魔王は伏せていた目を開き、自身の考えを口にした。

 

不思議な力を使う天界の関係者と考えるのも自然なことだ。事実、天界の精霊たちは冥竜王ヴェルザーの魂すらいとも容易く封じて見せたのだ。ならばそのくらいのことはしてもおかしくはないと考えていた。

 

「しかし、この仮定が真実ならば、とんだ阿呆もいたものだ。こうしてあっさりと捕まり、本来ならば絶対に隠匿せねばならぬ秘密を話しておる。これを阿呆と呼ばずして何と呼ぼう?」

 

そこまで語ると、大魔王は顎に手を当てながらニヤリと笑みを浮かべた。

 

「天上の神々は、どうやら随分と親切な者たちのようだ」

「ククク、確かにそうですね」

「キヒヒヒヒ……まったくですじゃ」

 

バーンに追従するように、二人は低く笑い声を上げる。だが、その意味は大魔王の笑いとは若干異なった意味合いが含まれていた。

 

 

 

 

 

「さてさて、親切な神様のおかげで敵の秘密が色々と手に入ったわけですが……それじゃ我が魔王軍としては、これからどうしましょうか?」

 

話を切り替えんとばかりに、キルバーンは声を上げる。

 

「勇者様御一行がこれまで奇跡の快進撃を続けてこられたのは、あの()が持っていた情報のおかげ。なら、これを逆手に取るしかないとボクは思っているのですが」

「ふむ……何か考えがあるのか?」

「ええ、勿論ですよ」

 

持って回ったような言い方は腹案があると言外に述べているようなものだ。予め定められたやりとりのようにバーンが尋ねれば、待っていましたといわんばかりに食いつく。

 

「ボクたちの本来の予定は、この後(ピラァ)を世界各地に落とすことでした。ですがこれはもう相手にもバレちゃってますからね、予定通り落としたところで何かされるであろうことは明白です」

 

この話は冒頭、バーンに説明をした際にも話題として出された内容である。そのため、本来ならば秘密裏に進めていたはずの戦略がザボエラにも知れ渡っているのだが、もはやそれを気にする者はこの場にはいない。

バーンですらキルバーンのこの提案に口を挟むことはない。

 

「ならばどうする?」

「簡単ですよ、勇者たちをおびき寄せれば良い。面倒事はとっととまとめて潰してしまいましょう」

「なっ……!?」

 

キルバーンの意見にミストバーンは声を上げた。

彼はチルノが語った未来の知識を受け入れ、その上で「如何に安全にダイたちを倒すか」という方向で話を進めると考えていた。それだけに、おびき寄せるという考えは到底許容できるものではなかった。

なぜむざむざ危険度を上げるような真似をするのか。それでは敗れたという未来と似た流れになるのではないか、と問い質したかった。

 

「……聞こう。それをどう実現する?」

「ありがとうございます」

 

だがそれを口にする機会は訪れなかった。彼が異を唱えるよりも先にバーンが続きを促したからだ。

大魔王の言葉にキルバーンは一礼すると話を始める。

 

「まず、このまま勇者たちとにらみ合いを続けた場合、最悪の事態が起こる可能性があります。何しろ向こうは双竜紋(そうりゅうもん)という切り札を知っているんですから。下手をすれば、二つの紋章の力で強引にこの城を破壊するような暴挙に出るかもしれない。でも、それは面白くない」

 

起こりえる可能性のうち、最も厄介であろうものを提示して、だがキルバーンは続く言葉でその可能性を否定してみせた。

 

「だから、それを封じます。その上で、相手がこちらの意図に乗らざるを得ないようにすればいい」

「……大した自信だなキル」

 

あまりにも大言壮語な考えとしかミストバーンの目には映らなかった。

 

「そう言うからには、何か秘策があるのだろう?」

「当然だよミスト。なぁに、簡単なことさ。挑発してやればいい」

 

故に当然の疑問を口にすれば、相手もまた当然のことのように答える。

 

「キミも聞いた通り別の世界のボクたち、どうやらヒュンケルたちを捕らえて処刑しようとしていた。だったら、それと同じ日付だけ待てば良い。ついでに世界各地の(ピラァ)の投下予定地でしばし停止してやるのもいいでしょうね。そこまでやれば、どれだけ頭の悪い相手だって気付きますよ。これはメッセージだと」

「この娘の持つ秘密が我々に伝わったと暗に教えるわけか。それで?」

「メッセージに気付けば、相手はあの()が生存しているかもしれないと考えてしまう。何しろ別の世界ではヒュンケルたちは人質として生かされていたんです、似たように考えるのは当然のことですよ。人間は希望を持ちたい生き物ですからねぇ」

 

それこそがキルバーンの考える挑発の一つ。

ダイたちからすれば、チルノは行方不明となっている。あのままバーンらに倒されたのか、それとも竜の姿のまま世界のどこかを彷徨っているのか、そういった安否確認の一切が出来ていない状態だ。

そんな時に少女の生存を匂わせるような行動を取ればどうなるか。

目敏い者ならばすぐに気付くだろう。

 

「最後は、彼らの前に城を下ろせば良い。彼女が言う本来の歴史と同じ時間だけ猶予を与え、目の前に姿を現す。明らかな挑発、罠が待っているぞと言っているようなもの。でも勇者様御一行は、挑まずにはいられない。大切な姉が生きているかも知れないという希望を持ってしまった。ましてや、こちらの手の中にあるとなれば……ウフフフ」

 

それは「来るなら来てみろ」という余裕の現れ。バーンたちは何も伝えぬ、無言の圧力という名のゆさぶり。

だがダイたちはその挑発に乗らざるを得ない。

本来の歴史と比べて、圧倒的に危険だと理解した上でも、それでもだ。

 

「果たして、そう上手く行くか?」

 

だがキルバーンの考えに対し、当然の疑問をバーンは口にする。

 

「バランがダイの為に自刃し力を託す。その可能性は充分にあろう?」

「かもしれませんね。でもボクは、その可能性は低いと思っているんですよ」

 

十二分にあり得る可能性。その存在を肯定した上で、それでも有り得ないと考える根拠を死神は口にする。

 

「考えてもみてください。バラン君からすれば、せっかく手に入れた幸せですよ? なら、出来ることならば失いたくはない。人間はそう考えてしまう。ましてや向こうには未来の知識というアドバンテージもある。ならば、何とかなるのではないかと楽観的に――もっと言えば自分たちに都合良く考えても不思議ではありません」

「いや、今のバランならば、やりかねん。ヤツにはそれだけの覚悟があると余は睨んでいる」

「そうしてくれたら、むしろ好都合ですねぇ」

 

キルバーンの話はあくまで理想論であり、根拠としては弱いとバーンは判断していた。なにしろ実際に、戦場で敵として相まみえているのだ。その際に肌で感じたバランの印象、それがバーンの否定する根拠であった。

だが、彼からすればそれはむしろ好都合であると考える。なにしろ対策は非常に簡単になるのだ。

 

「確かにバラン君には、いざとなったらそれだけの覚悟はありますよ。でもダイ君はどうでしょうか? そして相手がこの()だったら?」

 

ダイの相手をチルノにさせればいい。

 

「せっかく和解できた父親を失ってまで力を得たダイ君に、果たしてもう一人の家族を失うという選択肢を取れますかねぇ? 賭けてもいい、ボクは無理だと思います。絶対に手出しなんてできませんよ」

 

ダイが双竜紋(そうりゅうもん)の力を得ていようとも、その力をチルノに向けられるはずがない。

 

「父親の命を糧に、せっかく何者をも凌駕するだけの実力を身に付けても、最愛の姉が相手となっては宝の持ち腐れ……バーン様の超魔力を解除するだけの暇を与えず、一気に倒してしまえばいい。姉の手に掛かって死ねれば、ダイ君も本望でしょう」

 

唯一の懸念点は精神混乱呪文(メダパニ)を解除されることだが、相手が迂闊な動きを見せる前に倒してしまえば問題も消える。

 

「そもそも、勇者たちの最初の相手にはこの()を使うつもりです。かつての仲間であれば勇者たちは手を出しにくい上に、失ってもこちらの腹は痛まない。最も使いやすい駒でしょう?」

 

相手がどう出てこようとも、キルバーンはチルノを先鋒として使うつもりだった。そうすることが最善であると言わんばかりに。

 

「そして、ボクたちが別の世界で負けた一番の理由は相手を侮っていたから。でも今回は違う。大魔王様にミスト、ザボエラ君もいますし、勿論ボクもいれば、魔界の怪物(モンスター)たちも控えています。窮鼠猫を噛む、確かにそれも事実でしょう。ですがこちらは猫ではなく虎、しかも相手を侮るような馬鹿はいない。敵の切り札も透けて見えているんですよ、これではネズミに負ける道理もないでしょう?」

 

そして、ダメ押しとばかりに勝利の根拠を口にする。

相手を決して甘く見ることはなく、執りうる手段の全てを選ぶことなく使えば、負けるはずはないだろう。

 

「バーン様、私はキルの意見に反対です!」

 

だがその尤もなはずの意見に、ミストバーンは異を唱えた。

 

「確かに道理は通っていますが、ならばわざわざ危険を侵す必要もありません!! 多少時間が掛かろうとも、勇者たちを確実に倒していくことを具申いたします!!」

 

この話の最中、常にキルバーンから感じていた小さな違和感。ゆっくりとゆっくりと大きくなっていたそれが棘のようにミストバーンの心を刺激し、警鐘のように存在を誇示していた。その得も言われぬ感覚に従うまま、彼は叫んでいた。

 

「ふむ……それもまた事実だな」

 

忠臣の言葉にバーンは再び思考を始めた。

確かに彼の言うこともまた事実である。むざむざ相手を招き入れずとも、他に手段はいくらでもある。わざわざ相手に時間を与えずとも、チルノが生存していることを主張する方法も同様にあるのだ。

 

「ミストバーンよ、確かに余もお前を失いたくはない」

 

下手をすれば二度と手に入らぬ大切なものを失うことにもなりかねない。大魔王は思わず「シャハルの鏡を砕いたのは少々早計だったな」と口の中でそう呟いて見せる。

 

「……ザボエラよ」

「はっ、はい!」

 

数瞬の無言の後、バーンはザボエラへと視線を向けた。まさか自分に矛先が向かってくるなどと考えてはおらず、萎縮しながらも返事を返す。

 

「そういえば、お前の意見をまだ聞いていなかったと思い出してな。それでどうだ? 余は地上を征服すると言いながら、その実、お前を騙しておった。そこに不満はないか?」

「は……え……はっ!?」

 

相手の質問の真意を測りかね、すっかり混乱した様子を見せる。それはザボエラだけでなくキルバーンもまた大魔王の狙いを読めずにいたが、それでもボロだけは出してくれるなと思わず祈っていた。

 

「不満、ですか……!? い、いえいえ滅相もない!! バーン様のお考えに不満などあろうはずも!! この地上など不要ですからな!!」

 

だがあまりに返事が遅いのもまた怪しまれる。そう考え、ひとまず最も無難と思える意見――すなわち、主の意見に賛成するということを選ぶ。

 

「あの、差し出がましいようですが、その……こういった場合、お二人のどちらの考えに賛成か? と尋ねられるのが普通ではないかと……??」

「確かにな。だがお前は現在、魔軍司令補佐の肩書きよ。ならばミストバーンの考えに賛成であろう?」

「あ、ああ、左様でございますか……」

 

だが好奇心が抑えきれなかったのだろう。恐る恐る疑問を尋ねたところ、返ってきたのはザボエラの意見など最初から頭数に入っていないとも取れる答えであった。

一応の納得の行く答えに、ザボエラは唖然と頷いてみせる。

 

「つまるところ、二対一か……だが此度は、キルバーンの策を採用しよう」

「なっ……! そ、んな……!!」

 

そして、大魔王が選んだのは死神の考えだった。

すでに相手の手札は割れている。切り札も自分たちが握っている。そんな状態で、大魔王軍が負けるはずもない。と、そう考えてしまうのもまた事実だ。

ならばどちらを選んでも大差はないだろうとの考えと、そしてもう一つの理由から、誘い込むことをバーンは選んだ。

何より、下手に攻め込まれて優位を崩されるよりかは、受け身となってでも主導権を握っていた方が良い。という考えもあったからだ。

 

「まあまあミスト、そんなに落ち込まないでよ」

 

自らの考えは理解しているだろうに、なぜ採用されなかったのか。愕然とするミストバーンに向けて、キルバーンは慰めるような柔らかな口調を見せる。

 

「なんだったら、呪文返し(マホカンタ)を張る罠でも用意しようか? あれなら確実にキミを守ってくれるさ」

「……いらん!」

 

だが口調とは裏腹に、投げかけた言葉は挑発に近いものだった。まるで死を恐れ、身を守る手段を模索していると思われたかのような言葉に、ミストバーンが苛立ちを隠そうともしなかった。

激しい口調と共に、強く拒絶する。

 

「ボクがいうのなんだけど、人の親切は素直に受け取った方が良いと思うよ。幸せになろうじゃないか、みんなでね」

「……チッ」

 

それを見たキルバーンは、不敵な態度で口を開いた。明らかに含みを持ったその言葉に、ミストバーンは軽く舌打ちをする。

 

「異論は無いなミストバーンよ?」

「……大魔王様のご命令とあれば」

 

最終確認だと言わんばかりの言葉に、ミストバーンは彼が幾度となく口にしたお決まりの文句で肯定の意を示した。それは決して心底から賛成しているわけではないという態度が誰の目にも明らかだ。

 

「ならば方針は決まりか」

 

それが鶴の一声であった。

 

「ええ、それでは失礼します。これからあちこちに罠を仕掛る必要がありますので」

「ワシもですじゃ。備えは幾らあっても損ではないですからのぉ」

 

話はまとまったとばかりにキルバーンとザボエラは退室しようとする。

 

「待て、ザボエラよ」

「はっ! ま、まだ何か……?」

 

もはや話は終わったと思っていただけに、思わず探るような目をザボエラは見せていた。何か不自然なことを言っただろうかと自らの言動を思い返すが、だがそれは全て杞憂だった。

 

「もはやその娘を尋問する必要もなかろう? 大魔宮(バーンパレス)内に部屋を用意しておく。無論、そこには誰も近づけさせぬ。来たるべき時が来るまで、チルノはそこで身体を休めよ。わかったな(・・・・・)?」

「ははああぁぁっ! 勿論でございます!!」

 

ただチルノを部屋で休ませておけというだけの命令。身構えていただけに思わず拍子抜けしてしまい、必要以上に仰々しい態度で了承の言葉を返してしまう。

 

その姿をバーンは愉しげな眼差しで眺めていた。

 

 

 

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「……上手く行ったかの?」

「さて、どうだろうねぇ? 信じて貰えたとは思うけれど」

 

バーンとの話を終え、チルノを別室へと連れて行った後に、ザボエラたちは再び密会していた。議題は当然ながら先のバーンと交わした会話の内容についてだ。

一応、ある程度声を潜めて二人は会話しているが、そもそもこの部屋には外部へ会話が漏れないように工夫が施されている。

 

「じゃが、あの娘を隔離する羽目になるとは思わなんだわい」

「危なかったねぇ……一応、取り外しておいたよ」

 

そう言うとキルバーンは掌を見せる。

そこには、つい先ほどまでチルノの耳元を怪しく飾っていた一対のイヤリングがあった。

これこそが、先の会談にてチルノを自由に喋らせぬよう制限していた仕掛けの肝である。

 

このイヤリングを身に付けた者は、登録した相手以外の全ての音を遮断されるという効果がある。つまりコレを身に付けていたことで、あの時のチルノはキルバーンとザボエラ以外の会話は一切耳に入ってはいなかった。

 

加えて事前に彼女には「チルノ?」と名前を呼ばれた時には、その前の内容を肯定するように命令をしておいた。この二つの仕掛けによってバーンが命令しても耳に届くことはなく、キルバーンかザボエラがそれとなくサポートすることで彼らにとって都合の良い真実を作り出していた。

 

だが、キルバーンらが何かを尋ねても「はい」と肯定するだけでは疑われかねない。そのため時折どういう内容だったのかを尋ねることで、盲目的に肯定するだけの都合良く操られただけの存在ではないという印象も相手に与えていた。

そもそもバーンの超魔力に抗える者などまず存在しないという大前提が魔王軍の者たちには存在しているのだ。その前提条件の上でチルノの言動を見ていれば、おかしな点はないと判断してしまうだろう。

 

そうして準備を重ねたことで、二人は大魔王の真の正体を知らずにいると思わせていた。

そう、そこまでは上手く行ったと考えられた。

 

「しかし、今の状態では……下手をすれば全ては水の泡じゃ……」

 

問題は去り際、バーンが突然チルノに個室を与えると言ったことだ。

 

ゆっくりと休めるだけの部屋を用意する。

 

それだけ聞けば、普通にことにしか思えない。だがあの場でバーンが言い出したことが、猜疑心の表れなのではないかと考える。

加えて世話係の言うことを聞かねば不都合に思われるため、イヤリングは現在取り外してある。つまり、バーンの言葉を聞ける状態だ。そんな状態のチルノに改めて尋ねられれば、嘘が瞬く間に露見してしまう。

 

「それも大丈夫だと思うよ。もし本当に後日確認するつもりなら、あの時点で直接聞いていたはずさ」

 

だがキルバーンはそう考えることはなかった。

長年バーンの下にいるだけのことはあり、彼はバーンがどう動くかについてはザボエラよりもよく知っている。加えて大魔王としての矜持が邪魔をするため、もう一度尋ねるような真似をする可能性は極めて低いと判断していた。

 

「むむむ……まあ、確かに……もはやワシらにはどうすることもできん……こうなっては、残る策を成功させるよう全力を尽くすだけじゃな」

「そうそう、そのためにわざわざ勇者たちを引き込む作戦を進言したんだから」

 

ダイたちを大魔宮(バーンパレス)におびき寄せる。

バーンに進言したあの考えもまた、二人の計画の一部だ。最終目的としては、バーンもミストバーンをもダイたちの手で始末させるということで決定している。

 

ならばそのためにはどうすればいいか?

用意した筋書きが、それだった。ダイたちが大魔宮(バーンパレス)に攻め込む際に、チルノに先陣を切らせる。だがチルノが出てくれば、ダイはどうにかして正気に戻そうとするだろう。

その試みが成功したと演出してやるのだ。

イヤリングの効果によりバーンの命令もダイの声も聞こえなくした状態で、適当なタイミングで正気に戻ったように演技をさせる。

 

だがそれは当然見せかけ。

そうして大魔宮(バーンパレス)の奥深くまでダイたちを引き込んだところで、チルノを改めて人質として捕らえ、バーン討伐を命令するのだ。そのための仕込みは既に済んでおり、後は実現するだけ。

凍れる時の秘法についても、極大消滅呪文(メドローア)という切り札に加えて、未実証ではあるもののチルノに何か考えがあるという話は聞いている。最悪それらがダメだったとしても、まだ考えは残っている。

不死身の怪物を倒すことはできなくとも、戦場から遠ざけることは可能なのだから。

 

ミストバーンさえどうにかできれば、残るはバーンのみ。ダイたちがバーンが倒すのを見計らい、死神たちは逃げれば良い。そして魔界でザボエラの研究を再開して、改めて地上侵攻を行う。

 

それが彼らの考えた計画の概要だった。

 

「それでは、ワシも準備はあるのでな。そろそろ失礼させてもらうぞ」

 

ザボエラは自身の立場を鑑み、予め影武者を立てておくことを考えていた。策の最中、チルノが正気に戻ったと同時にザボエラの命を奪うことで、偽りの死を演出する。そうして身軽になった後は裏方に徹する予定だ。

そして彼の言う準備というのは、その影武者を用立てることに他ならない。

 

「上手く行くことを祈っているよ。それと、チルノはくれぐれも傷をつけないようにね」

「なんじゃ、もう本番の心配かの? わかっておるわ、大事な人質じゃからのぉ! キィ~ッヒッヒッヒッヒッ!」

 

――本当に、頼むよザボエラ君。

 

機嫌良く笑いながら去って行くザボエラの背を見ながら、キルバーンは胸中で独白する。

 

――何しろあの娘には、残ったもう一つの役割を期待しているんだから。

 

もう一つの役割、その可能性と実現した時のことを夢想し、愉しげに鼻を鳴らす。

 

だがキルバーンは気付くことはなかった。

彼は自身の正体を隠匿することを優先した結果、話を中途半端に切り上げてしまった。協力者として選んだザボエラにすら自身の正体を隠そうとしたため、勇者アバンは実は生存しているという人間側の最大級の切り札(ジョーカー)の存在を知る機会をみすみす逃してしまったことに。

 

 

 

 

 

「……バーン様! やはり私は納得ができません!!」

 

玉座の間に怒声にも似たミストバーンの声が響き渡る。感情を発露させている原因は、言わずもがな先のキルバーンの考えを承認したことに対する不満感からだ。

 

「そうムキになるな、ミストバーンよ」

 

対してバーンは平静そのものだった。

凪いだ海のように些かの感情も揺らすこともなく、大魔王は言葉を紡ぐ。

 

「余にも考えがあってのことだ」

「考え、ですか……?」

「そうだ。気付かなかったか? 奴らがあの娘に何やら細工をしておったのを」

 

平然と言ってのけられた言葉であったが、だがそれを耳にした途端にミストバーンは更に感情を昂ぶらせた。

 

「細工……ですと!? 馬鹿な、バーン様のお力に対抗するなど……」

 

バーンの力を誰よりも間近で、誰よりも長く見続けてきた彼にとって、そのような細工が出来るなど信じられることではなかった。

 

「対抗? いや、違うぞ。奴らがどのような手段を講じようとも、余の力には抗えん。その代わり、中々面白い手段をとっておったようだ」

 

それはバーンとて同じだ。ザボエラとキルバーンの二人掛かりであっても、あの短時間でバーンの魔法力を外部から無理矢理書き換えるような真似など決して出来ないと、そう確信するだけの自身があった。

故に別の方法を考え、それを確認するための罠を仕掛けていた。

 

「二人が去る間際、余が口にした言葉を覚えておるか?」

「確か……あの娘のために部屋を用意する、でしょうか?」

「間違ってはおらぬな。だが真に必要なのはその先よ……余はあの時こう言ったのだ、"身体を休めておけ、わかったな?"と」

「それが一体……?」

「もう忘れたか? 余がそう口にした時、返事をしたのは果たして誰であったかな?」

「……はっ!!」

 

そこまで言われ、ようやく気付いた。ミストバーンの反応に、バーンもまた満足そうに笑みを浮かべる。

 

「あの時、余はチルノに向けて命じたのだ。だが、返事をしたのはザボエラのみ。呪文(メダパニ)の影響下にあったのならば、チルノもまた返事をしていたであろう?」

「た、確かに……」

 

それは僅かなやりとりにすぎない。だが相手からすれば、騙し終わり安堵感からついつい出してしまった尻尾だ。ミストバーンですらそう言われてようやく気付けたのだ、ならば言われた方であるザボエラたちはこの罠に気付くことはない。

 

「つまり、あの時にチルノの耳には余の言葉が届いていなかったということだ。だが何故そのような真似をしたのか? なぜ偽りを口にする必要があったのか? キルバーンの立場を考えれば自ずとわかるであろう?」

「ヴェルザー……ですか」

 

返事代わりにバーンは僅かに首肯してみせた。

 

「ですが、どうして今になって……」

「ヤツは元々、余の命を狙うことが目的。大方、チルノの話から暗殺を実行に移すだけの算段がついたのであろうよ」

「算段が……それはまさか……!?」

「お前の正体と、預けていたものの秘密を知った。それが答えであろうな」

「ッ!!??」

 

最大の秘密が漏れたことに、ミストバーンは強い衝撃を受けていた。思わず蹌踉めき蹈鞴を踏む。

 

「そしてもう一つ、ザボエラも計画に噛んでいるようだ」

「……やはり、ですか」

 

キルバーンが知っていたという話の流れからある意味で予想通りであったとはいえ、感情はまた別の問題だ。ミストバーンは小さく「あのダニめ」と殺意を込めた言葉を吐き出す。

 

「彼奴は地上破壊計画の正体を知った上で、余の考えに賛同すると言った。確かにザボエラの性格ならばそう口にするであろう。だが同時に、多少なりとも未練を残そうともするはず……詰めが甘いわ」

 

先の会談を思い返し、含み笑いを見せる。だが落ち着き払った大魔王と反対に、ミストバーンは険しい様相のままだ。

 

「そのような場合ではありません! 知られた以上、即刻キルとザボエラの排除を!!」

「それも考えておった。だが、今動くのは少々面倒だと判断したのだ」

 

大魔王の真の姿が知られた以上、すぐにでも排除に動くには当然のことだ。だがバーンはそれよりも優先することがあると考える。

 

「彼奴らは計画が上手く行っていると思っておるだろう、ならば騙されたように見せかけておくのだ。その隙に奴らの動きを探れ。余を害しようというのだ、生半可な手立てではなかろう」

「……畏まりました」

「余とて、問題だとは思っておる。だが、全貌も見えぬまま対応を取れば却って面倒なことになるやもしれぬと判断した」

 

今や地上破壊計画の最終段階間近、ならば軽挙妄動は控えるべきかと判断したようだ。

 

「そしてもう一つ……ミストバーンよ」

「はっ」

「長年お前に預けていたものを、返してもらうことになるかもしれん。覚悟をしておけ」

 

腕を組み、もしもの可能性を見据えながらバーンは呟いた。

 

 

 

 

 

「……………………」

 

大魔宮(バーンパレス)に存在する一室。身体を休めるようにと命じられ、用意された部屋の中にて、チルノはただ何をするでもなく椅子に腰掛けていた。

部屋の外に最低限の見張りがいるだけ。室内にて控え、少女に注意を払い甲斐甲斐しく世話をするような者は誰もいない。部屋の中にただ一人いるだけ。

だが未だメダパニの影響から逃れられぬ彼女が、文句など言うはずもない。ただ与えられた命令に従うだけの人形のようなもの。来たるべきその時が来るまで、何ら変化は無いと誰しもが思っていた。

 

「キル、バーン……」

 

だがその予想は覆された。

一瞬だけだが、少女は怨嗟にも似た声を上げ、虚ろであったはずの瞳もまた強い意志を宿らせ、そしてすぐに元に戻る。

少女の変化に気付くものは、誰もいなかった。

 

 




誰だよこんな頭の悪い展開にしたの……
何のためにハドラーと親衛騎団を出したんだよ……
どうするんだよこの後……
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