超痛い。ビタミンCがいいらしいですけれど、手っ取り早いミカンは染みるんだよなぁ。薬がどこにあるかも分からないし、八方塞がりだ……
そんな痛みに耐えきって、なんとか書き終えました。
楽しみにしてくれた人がいるなら嬉しい。
読んでくれたら幸いです。では、どうぞ。
夕食から二時間。
俺は当麻と別れて、ホテルに帰ろうとしている途中だ。せっかく学園都市に来ているのだし、バス一本で帰るのももったいない気がして、気分転換と散歩も兼ねて学園都市の景色を見ながら遠くのバス停まで歩いている。
「……はぁ」
周りをキョロキョロ見渡しながらため息を吐く。
手には空き缶を握り締めて───────
夕食からのことを語るなら、多分ほとんどは愚痴になる。俺に起こったことではなく、当麻に起こった不幸に対する……だから、プライバシーというものがあるので、あまり語りたくないが、俺も実害を被ったお金を呑んだ自販機とやらにだけは愚痴りたい。
まずラインナップからしておかしい。
いちごおでんとか、抹茶ミルクにきなこ練乳、カツサンドドリンク、ヤシの実サイダー、と聞いた限り、美味そうなのがかなり多めに見ても、ヤシの実サイダーくらいしかないのはいかがなものか。
当麻が言うには、大学や研究所で作られた商品の『実地テスト』として市場に並んでいるらしいのだが、どう考えてもゲテモノしかない。もっとマトモな発想はなかったんだろうか、と疑問を呈してたい。
そのうえでお金を呑むときたら、もはやその自販機の存在価値を疑わざるを得ないだろう。
当麻も当麻で、他に持ち合わせがなかったとはいえ、二千円札を自販機に突っ込むぐらいなら、少し歩いて近くのコンビニで買ったほうが良かったのではないだろうか。というより、二千円札なんて珍しいものを一体どこで手にいれたのだろう。そっちの方も少し気になる。
しかも、そのあと自販機がバグったらしく、ヤシの実サイダーとカツサンドドリンクの二つを吐き出してきたようで、当麻の奴、俺にカツサンドドリンクを押し付けてきた。
当麻って、意外と図々しいというか、臆面のないというか、とにかく遠慮のないところがあるよな。前回でも触れたけれど、会って間もない俺の話を聞いただけで、遠坂のことを躊躇いなく『うっかりさん』って言っていたし……
とは言っても、人から貰ったものを無下にするのも嫌なので出したくもない勇気を出して飲んだのだが……ことのほか不味くない、というか、普通に美味かったのが悔しい。
まぁ、無理してまで飲もうとは思わないが……
そもそもカツサンドってトンカツの衣のサクッ、という食感と、厚い豚肉のジューシーさ、ソースのまろやかな甘さをパンで挟んで食うことで、渾然一体の美味を味わうものであって、それを飲み物にしたら良いところがすべて台無しになる。
極論、別にカツサンドじゃなくても良かったと思う。
「でも、こんな時間でも賑やかなんだな」
話題を変えるが、完全下校時間を過ぎているにも関わらず、学園都市は華やかに輝いていた。
ファミレスを見ればまだ営業時間らしく、普通に制服を着た高校生くらいの生徒が夕食を食べているし、ホールのバイトをしている人も居る。
そうなると、その完全下校時間もそんな重要視されてないのかな。または、小学生、中学生、高校生という感じで、それぞれ門限は違うものなのか。
そこら辺のシステムは、パンフレットにも載っていなかったのでよく分からない。
「……とは言っても、やっぱり一番目に入るのはアイツらなんだよなぁ~」
改めて周囲を見渡しながら、力なく呟く。
言葉通り、他に見えるどんなことよりも、俺の視界に強烈な存在感で飛び込んでくる奴等がいた。
ロン毛にドレッドヘアー、パンチパーマ、アイロンパーマ、リーゼント。今どきこんな不良いるのかってくらい、テンプレートな不良がコンビニの前や、シャッターが閉められた店の前などにたむろしていた。
それを、防具を着込んだ大人達が注意するという構図。
恐らくではあるが、彼らが当麻の話ででてきた
そうして思い浮かべるだろう。
不良生徒とそれを叱りつける教師達の構図を。
俺は今、たまにテレビの再放送される一昔前の学園ドラマでしか見ることが叶わないような光景を目の当たりにしている。
普通に驚きである。
外の世界ではほとんど見ない髪型の不良が、学園都市ではこんなに大量発生しているとは誰も思わないだろう。科学技術が数十年先を行っている学園都市で、何故このような俺の感覚では一昔前の、不良感溢れる不良達が居るんだろうかとか、考え出したらキリがなくなるような疑問ばかりが出てくる。
だから今回は、ア◯ム然り、頭文◯D然り、流行というものは一周回れば戻ってくるものらしいし、今回はその解釈で纏めることにしよう。
……出した例えがどこか違う気がするが、解釈は合っているはずなので気にしないでほしい。
う~む。だがこれは、第三者の意見を交えて議論してみたいところだ。議題はそれっぽく『学園都市の常識について』みたいなかたちで。
と、学園都市のゲテモノドリンクと不良についての持論を長々と展開してきたが、やはり実際に来てみないと見えない景色というものはやはりあるものだな。
技術も、システムも、常識も、全てが異世界と呼んでも過言ではないというのが恐ろしい。なによりも恐ろしいのが、ここが俺達の世界の延長線上にあるということだ。
この学生しかいない外から隔離された世界では、なにを支えにして生きているんだろうか。それこそ、考え出したら終わりがなく、結論が出る前に考えることが億劫になりそうな問いかけだけれど……
「……あれ?」
思考を振り払うように首を振る。
そこで、ふと目についた路地裏ヘ続く道に誰かが入っていくのが見えた。それだけで疑問符が出るほどではないが、それが顔見知りなら話は別だ。
190以上はある上背に、無駄のない筋骨、そしてあの着崩した青い和服。俺はその出で立ちに見覚えがあった。あんなに特徴的な姿を見間違える筈がないのだ。
あの背丈にあの青い和服って、もしかして──────
「─────白土さん、だよな……?」
白土佐薙。
その名は俺が朝に出会い、束の間の会話を交わした人がもう会うことはないだろうから、と最後に残していったものだった。
まさかその日に見かけることになるとは、どんな運命の悪戯かは分からないが、とにかく良かった。
だが、嬉しいと思う反面、なんか色々と残念でならない気もする。拍子抜けというか、朝の会話が丸々とまではいかずとも、最後の会話が無駄だったと思えてしまうのが少し頂けない。
自分で言うのもなんだが、あんな余韻ある別れ方をしといてすぐに再開、というのは肩透かしもいいところである。
いや、そこじゃないよな。
そんなことよりも、触れるべき点はいくらでもあるよな。
観光客がこんな夜遅くに外出しているのも妙だ(自分のことは棚上げしているが)。
なによりも、わざわざ路地裏に入っていくなんて少しおかしい。ニュースを見ていなくても、通り魔事件のことなら、俺が朝に話したんだし、まさか忘れてるなんてことはないだろう。
「……いやいや、あり得ないだろう」
そこまで考えて、嫌な可能性が頭によぎる。
それを振り払うように、言い聞かせるように言葉を思考の隙間に差し込んだ。でも、それがよぎってしまったらもうそれを消し去ることはできない。
消し去れないなら、あとは疑問が次々に溢れ出すだけ。
もし、今朝の疑心暗鬼が杞憂じゃなかったのなら。単なる思い過ごしではなく、本当に怪しかったのだとしたら。
もし、通り魔事件が当麻を狙う奴らとなにか関係があるんだとしたら。
もしそうだったのなら、白土さんが最後に残していった一言と辻褄が合う。
────久々に、一般人と話せてよかった。
白土さんはそう言っていた。
どこか引っ掛かるところがあったが、それが何処かが漸く分かった。一般人という言い方が鼻についたのだ。わざわざ俺のことをそう表すところに違和感を感じたんだ。
このパーカーをくれた遠坂が言うには、俺の魔力を遮断する機能が備わっている。それのせいで、白土さんが俺のことをただの観光客だと勘違いしたのであれば。
「───────」
点と点が一気に繋がった。
途切れ途切れの手がかりが一本の線となった。
しかしながらこれには、まだ決定的な証拠はない。この疑惑を確信まで引き上げるだけの根拠がまだ俺の手元にはない。
考えすぎと言われてしまえばそれまでだけれど、ただ頭ごなしに否定するには、疑わしい材料が揃いすぎている。
「これは、確かめてみる必要があるな」
俺は白土さんの後をつけることにした。
この疑惑が、朝思ったときと同じくただの取り越し苦労だったのなら、それに越したことはないが、俺としてはむしろそっちのほうが良い。
朝出会ったばかりの人間を、疑わしいという理由だけで尾行するという、俺のながでほの暗い罪悪感が芽生えるだけで事態を納めることが出来るし、白土さんの身の潔白も証明することが出来る。
……まぁ、俺が勝手に疑いをかけているだけなので、誰に対して身の潔白を証明するんだと言われたら、それは間違いなく俺自身に対してだ。
尾行を決断するほどに疑ってはいるものの、やっぱり俺は白土さんを信じたいのだ。俺の中で渦巻いている疑惑がすべて思い違いであってほしいと願っている。
できる限り足音と呼吸を小さくして気配を殺しながら、白土さんを見失わないように歩く。
しかし、近すぎず、遠すぎず、絶妙な距離感を維持しながら、相手のどんな小さな仕草や行動にも見落とさないように神経を尖らせていなくてはいけないというのは、中々骨が折れる作業だな。刑事ドラマでよく描写されている尾行や張り込みを何気なく見ていたけれど、実はこれほどの忍耐力が求められる行為だったとは。
いや、こういうを根気の強さを求められる作業はむしろ得意分野ではあるが、それでもさすがに神経が削られる。
その緊張かは分からないが、さっきから心臓の鼓動が早くなっきている。それを深呼吸で落ち着けながら、尾行を続けている。
白土さんは一片の迷いもなく迷路のように複雑な路地裏を、下駄をカタカタ鳴らしながら歩いていく。
行動での華やかな喧騒とは打って変わって、路地裏の陰鬱とした雰囲気から生まれる嫌な静けさのなかを下駄と地面が擦れる音だけが響き渡る。
「……ッ」
白土さんの放つ自然体でありながら、同時に堂々とした立ち振舞いに思わず唾を呑んでいた。
いまこの場において場違い過ぎる感情なのは重々承知しているが、それでも感嘆の息を溢してしまったのだ。
これを、普通の街中で見れたら多分俺はその場から動かずにその様子をただただ見入ってていただろう。
できることなら、そうであって欲しかった。
そんな俺の願いとは裏腹に白土さんは路地裏をさらに奥深くに潜っていく。
そのあとも、俺は白土さんの行動や仕草を一つたりとも見落とさないように注視しながら尾行を続ける。時間にして約8分、白土さんは止めることなく、かといって変に急ぐことなく、一定のペースで路地裏を進み続けた。
その間に、特に語るようなことはなかったので省略させてもらう。
話を戻してそう。8分に渡って白土さんは歩き続けた。言い換えれば、8分歩いて白土さんは立ち止まった。
いや、立ち止まったというより目的地に着いたといったところか。
道の角に身を隠しながら、白土さんの様子を伺う。そこには、白土さんとさっき見た
もっと詳しく説明させて貰えるならば、男達のほうが白土さんに因縁をつけているように見える。でも、白土さんから話しかけていたので、因縁をつけているというのも少し違うのもかもしれない。
ドクンドクンドクンドクン
くそ。こんなときに心臓の鼓動が煩くなって会話が聞き取れない……もっと近付けば聞けるか。
「─────」
そう判断して、気付かれないように少し白土さん達の距離を縮めようと試みたところで、白土さんの唇の動きが見えた。
そして、次の瞬間───────
ズドン!、とコンクリートの砕ける破砕音の衝撃が俺の耳を襲った。
その周りには、砕けたコンクリートの破片と傷だらけの状態で血を垂れ流す男達の姿が残されていた。
「あー、またやっちまった。でもまぁ目撃者は無傷で帰すなってイアンに言われてるしなぁ。まぁ仕方ねぇか」
彼は左手の頭を掻きながら、面倒そうに呟いた。
もう片方の右手には、石包丁をより鋭利にして肥大化させたような、もしくは斬馬刀と石包丁を足してニで割ったような、どこに閉まっていて、どこから取り出したのか見当もつかないほどの大きさの剣を携えて。
ただ、その剣を取り出す際、白土さんの身体に魔力のようなものが通っているのは辛うじて分かった。
その様子が、その光景が、なにを意味しているのかといえば、疑惑の確定である。
路地裏の行き止まりで佇む白土佐薙という男が、上条当麻を狙う魔術師であることが寸分違わず、疑いようのない厳然とした事実ということが証明されてしまった。
「ふざけるなよ……よりにもよって」
行き場のない感情を必死に圧し殺しながら、それでも言葉が漏れてしまった。
しかしながら、言葉にしなくてはいけなかった気がする。
だってそうだろう。
もしこれが運命というもので仕組まれていたというのなら、悪趣味なことこの上ない。
その時点で、思考を打ち切った。
確かに、白土さんが当麻を狙う魔術師だったはショックだ。
それでも、いまはそんな理不尽に歯を 食い縛っている時間はないのだ。そんなことは、あとでいくらでも嘆けばいい。
だからいまの俺のするべきことは白土さんを上手くやり過ごした後、救急車を呼んで倒れている彼らを救急隊員に引き渡して、遠坂に白土さんの情報を伝える、この三つだ。
動揺。怒り。嘆き。
いまにも破裂しそうな感情をなけなしの理性で抑えつけながら、持てる限りの冷静な思考を総動員してするべき行動の順序を組み上げた。
プルルルルル
そんなときだった。
ポケットに閉まっていた携帯電話の着信が鳴り響いた。
そこまで大きくはない。
それこそ、ついさっきまで居た大きな道のなかでは喧騒にかき消されてしまうような大きさしかない。
しかし、ここは路地裏。
表の広い道路や歩道の延長線上にありながら、その道路や歩道とは完全に隔絶された音の制止した空間。
表の歩道では道路を走る車のエンジンの回転音にかき消されてしまうような大きさの音でも十分に響き渡る。
「……ッ、誰だ!!」
案の定、気付かれてしまった。
今しがた組み上げたこの場を切り抜けるための作戦が一瞬にして瓦解した。
「────くそっ!」
言い捨てて、走り出す。
走り出してから、なぜ携帯をバイブモードにしておかなかったんだと後悔した。
直後、そんな後悔とともに一つの疑問がよぎった。
いったい誰が電話を掛けて来たのだろう。
遠坂はまずない。科学オンチの遠坂は携帯電話なんてまず使えないし、固定電話だって着信履歴を辿って電話を掛けたり、電話番号を使って掛けるなどといった発想に辿り着くまで、最低でもあと10分はかかる。
となると、次に思い付くのは桜か。アイツなら俺と遠坂の定時報告の時間に掛けてこなかったら、心配してくれて掛けてくれるだろうか。いや、いくら心配性の桜でも約束の時間を少しオーバーしたくらいじゃ電話を掛けてこないだろう。
三人目の選択肢になるのは小萌さんか。小萌さんとは、例の襲撃事件の被害者の人の名前と入院している病室を教えてもらう約束をしていた。でも、メールでっていうことだったし、その線は薄いか。というか、もう犯人の一人が確定してしまったので、無理に聞く必要がなくなった。
こんなこと考えても拉致が開かない、普通に確かめるほうが手っ取り早い、とポケットのなかから携帯を取り出し、いまだ鳴り続ける携帯を開く。
上条当麻。
携帯電話の画面にはそう表示されていた。
電話を掛けてきたのは当麻だった。おおかた、明日の夕飯の相談や例の襲撃事件の注意喚起の目的で掛けてきたんだろう。後者だとしたら、これ以上ないくらい最悪のタイミングだ。
「ハッ……ハッ……ハッ」
走る。走る。走る。
逃げる。逃げる。逃げる。
──これが当麻の『不幸』ってやつなのか。
走りながら、俺はそんな場違いなことを考えていた。
一昨日俺は、当麻の不幸のことを『不幸の避雷針』と表現したけれど、こういうことなのか。当麻と関わった人間ももれなく『不幸』になっていくってことなのか。
いや、そうならやはり等価交換の法則が成り立たない。誰かが『不幸』になったなら、その分誰かに幸運が訪れるはずだ。それが俺じゃくても……
「そこじゃないだろ……ッ!!」
その言葉とともに俺は立ち止まった。
違う。『不幸』とか『幸運』とかは関係ないだろ。
まったく、自分の不甲斐なさに腹が立つ。
肝心なことを忘れてるだろ。
俺に羨望と親愛を眼差しを向けてくれるアイツは、当麻は、そんな『不幸』に毎日耐えているんだろうが。
それが必ずしも正しいとは思えないし、思いたくもない。けれど、当麻が耐えているものから、なぜ俺が逃げることが許される。
それこそ、ふざけるな……
守るって決めたのに、守りたいって思ったのに、俺がそれから背中を向けてていい理由なんてない。
俺が背中を向けることを許されるのは当麻の前だけだ。当麻を守るために立ち塞がるときだけだろうが……!!
「なんだよ。鬼ごっこはおしまいか、少しは楽しめたんだがな……」
追いついてきた白土さんは俺に言葉を投げつけてきた。
「……ッ、お前は───」
声がした方向に振り返る。
向くべき方向を見据える。
当然の如く、俺がそうだったように、白土さんは驚きの声を上げた。
「白土さん、一つだけ聞かせてください。あなたは魔術師なんですか?」
問い掛ける。
白土さんは一呼吸を置いてから、それに対する回答を返した。
「……それが分かっちまう坊主は、俺の敵ってことでいいんだな」
小さく苦い顔を見せる。
が、それも一瞬で冷徹な表情へと変わった。
「本当は、戦いたくないです」
「俺もだ。でも、そうもいかないんでな」
そうだ。戦いたくない。
俺は白土さんとは戦いたくない。たった数分の談話だったけれど、それでも関わってしまった。関わって、好感を抱いてしまった。だから、戦いたくない。
でも、そうもいかない。白土さんの言う通り、俺にも白土さんにも譲れないものがある。
「引き下がってはくれないですね……」
「まぁな、今朝出会ったばっかの小僧に譲る道なんてねぇよ」
当然だ。
譲りたくないならば、勝ち取るしかないんだ。その道を歩く権利を、その道を歩く資格を……
「安心しろよ。人払いの結界は張っておいた」
「なら、心置きなく戦えるってことですね」
「そういうこった。じゃあ、お喋りは終わりだ」
そう言って、白土佐薙は走り出した。
目の前にいる俺に斬りかかる距離まで接近する為に。
ふぅ。 息を吐き出して呼吸を整える。慌てる必要はない。狼狽える必要はない。混乱できるほどの選択肢なんて俺は持っていない。もとより俺にできることなんて一つしかないのだから。
「
繰り返そう。俺にできることは一つしかない。
──────あと十五歩。
それが
──────あと十歩。
──────あと六歩。
──────あと五歩。
──────あと四歩。
──────あと三歩。
──────あと二歩。
その全ての行程を凌駕し尽くし、幻想を結び、
──────あと一歩。
剣の形を成すことのみ。
──────あと零歩。
激突。
お互いの手の内にある剣が火花を散らす。
ただ、突然現れた剣に男は僅かではあるが怯んだ。そのお陰で踏み込みが浅かった俺の振るう太刀筋でもなんとか防ぐことができた。
だが、鍔迫り合いにはならなかった。そうなれば、体格の差で俺が押し負ける。
俺は白土さんが重心を前のめりにしていることを利用し、その勢いに任せる形で後ろにいなす。反発する力を失った力はそのまま前に進む。
「ハァッ!!」
瞬時に大男の懐に潜り込み、もう片方の手に持つ剣で左上から右上に切り上げる。逆袈裟斬りだ。
「ぐっ!」
白土さんはそれを避けようと真後ろに跳躍した。
崩れた体勢では着地をとれるはずもない。案の定、仰向けに倒れた……が、後ろに飛んだ勢いを利用し、転がりながら片膝をついた姿勢を取る。
和装の男は、険しい表情でこちらに視線を向ける。警戒しているのか。白土さんが俺を驚異と認識している。
「坊主、なんでお前追い討ちを掛けてこなかった」
「……まだアンタの力を把握しきれていない。その状態で追い討ちを掛けるのは危険だと思っただけだ」
「へぇ、慎重なんだな」
よっと、なんて言いながら白土さんは立ち上がる。
まぁ、それだけではないが。
「あとは宣戦布告というか、挑発しときたいんです」
「挑発ねぇ、いいぜ、面白い。挑発してくれよ」
男は面白そうに笑い、俺に挑発を要求してきた。
……挑発って、要求されるものだっけ。挑発するって宣言してから挑発しようとしている俺も大概だが。
「俺はアンタには負ける気がしない」
「へぇ、その心は?」
息を吸って敵を見据える。両手に剣を構えて、さぁ、宣誓しろ─────
「アンタより強い剣士を三人ぐらい知ってるから」
及ばない。
ほんの三ヶ月前に出会った彼らは、英霊達はなにもかもが桁外れだった。その技も、力も、疾さも、重みも、強さも、なにもかもが一線を、いや、一次元をも画していた。そう形容しても過言ではない。
それに比べてしまえば、俺の目の前にいる敵は、失礼を承知で言うならばあまりにちっぽけだ。別に英霊達を過大評価している訳でも、いま目の前にいる敵を過小評価している訳でもない。
贔屓目なしに比較しても、それだけの差がある。
だから、負ける気がしない。
例え相手の手の内が分かっていなくても、勝算なんかなくても、そう思うだけの漠然とした自信のようなものが、それでいて確信に近いなにかがあった。
「まぁでも、坊主は強いぜ。なら本気で答えるのが礼儀ってもんだなぁ」
「なら、俺も全霊で答えます」
「上等、行くぞっ!!」
その号令とともに走り出す。
そして、剣が交わる。
そうして、今宵の決戦の火蓋が落とされた─────
次回はこの場面の、上条視点での補完を交えつつの戦闘パートになります。