まずは遅れてすみません。
そしてリメイクの件、あれは嘘ではないんです。
少しだけ予定を変更しただけなんです。
あと一話くらい投稿したら、一旦この小説を非公開にして、すべての話を設定を変更しつつ書き直します。
嘘ついたみたいなかたちになって本当にすみません。
それでも読んでくれる人がいるなら嬉しいです。
ソファに寝そべりながら漫画を読みふける上条少年は、風呂上がりなのか髪は濡れ、心なしかほわほわした雰囲気を纏っていた。
寝巻き姿に着替えているところから、もうすぐ就寝につくことが窺える。
歯磨きは済ませた。食器洗いや洗濯も士郎が居る間に二人でやってしまった。寝る前にするべき家事は、既に終わらせているようだ。
10年以上のキャリアを持つ主夫の力は伊達ではなく、上条の約3倍のペースと丁寧さで片付けてしまった。
特に夕飯のあの生姜焼きは、どうやったらあんなまろやかで奥深い味が出せるのか気になって仕方がなかった。あの生姜焼きをおかずに白い米を掻き込むなんて、幸せ以外の何者でもないと思わせるほどの逸品だ。
その様子に上条少年は、素直な尊敬の念を抱いたが、やっぱり客人であるはずの士郎に家事をさせてしまったり、自分の怪我の応急処置までさせてしまっていることに、何度目とも知れない申し訳なさが募った。
閑話休題。話を戻そう。
寝る準備を済ませたとはいっても、髪が濡れたまま寝ると寝癖が出来てしまう。しかしながらドライヤーは使うのはあまり好きではない。電気代がかさむので忌避しているというより、他人に髪を乾かしてもらうのは好きだが、自分でやるのはなにか面倒くさいのでやりたくないという感じだ。
だから上条少年は本棚から適当な漫画を取り、読みながら髪が乾くのを待っている。
「……」
漫画のページをペラペラと捲ってはいるがその実、内容はまったく頭に入ってはいない。
さっきから、コマと吹き出しの文字を流し目で追っているだけで頭でそれが理解できるかたちに変換されない。
もう読んだ漫画ではあるので、先の展開は分かってはいるのだが、それでも少年は漫画の内容に意識が向いていない。もう漫画を読んでいるといっていいのか、というレベルで。
一言で表すならば、心ここに在らずといったところ。
ここ1日は普通に過ごしてきているはずなのに、なにか大切なものを見落としているような違和感が胸のうちにこびりついて離れないのだ。
だが、さっきも言ったように、寝るまでに必要な工程は全て終えている。もう髪さえ乾けばいつだって寝ることが出来るのだ。
なのに、そんな違和感が頭から離れない。
いったいなにを見落としているのだろうか────。
プルルルルルル。プルルルルルル。プルルルルルル
と、思考を深く先鋭化させようとしたところで電話の着信音が鳴り響いた。
少年は寝ていた身体を慌てて起こし、トコトコなんて擬音が似合いそうな速度で電話のところまで歩く。
電話のまえに立つと上条少年は何気なくため息をつく。
この古くさい着信音を聞くと、学園都市は何故固定電話にも着メロ機能を実装しないのかと不思議に思うのだ。
流行りの曲とかではなくとも、クラシックを何曲か入れて、それから着信音を設定するような形にすればいい。少なくとも、嫌に耳に響く音よりは何倍もマシだ。
「はい、上条ですけど……」
『もしもし、当麻さん?母さんですよ』
……はぁ。
妙に間延びした声が聞こえてきたので、一旦受話器から手を離し、ため息をつく。
電話の相手は少年の母、詩菜だった。
別に嫌という訳ではないが、詩菜はマイペースかつ少し天然なきらいがある。その為、どうしても話に乗りきれず、いつの間にか詩菜のペースに振り回されることが多いのだ。
表情が見えない電話ではこの傾向が強くなる。
故に、少年は母のことが嫌いなわけではなく、むしろ大好きではあるのだが、彼女との電話に少し苦手意識を持っているのである。
「どうしたの、おかあさん」
出来れば早急に会話を切り上げたい少年ではあるが、春休みに実家に帰っていない息子との数少ない会話のチャンスを母親がみすみす逃してくれる訳がない。
きっと長電話になる。
上条としては湯冷めしないうちに寝たいので、出来れば長電話は避けたい。
しかし、自分だって家にいない間の両親の近況が気にならない訳ではないので、要件を聞いて今日のところは電話を切り、どこかの昼頃に電話を掛けて直してゆっくり話すことにしよう。
……無論、そのときは父である刀夜だったほうがありがたいが。
『今月の仕送り、ちゃんと当麻さんのところに届いたか確認したかったの』
「うん。それならちゃんと届いてるよ。いつもありがとね」
『いえいえ。まだ幼い我が子に一人暮らしをさせているんですもの。これくらいは当然よ』
受話器の向こうの詩菜が誇らしげに言う。
なんだろう……受話器の向こうで胸を張っている姿が眼に浮かぶ。というより、多分してる。
「でも、いつもならしおくりのかくにんってお父さんからだよね。なんで今日はお母さんなの?」
『刀夜さんは急な出張でいま海外にいるのよ。だから、今日は私が代わりに電話を掛けたの』
「わざわざかくにんしなくてもちゃんととどいてるって、もしとどいてなかったらそのときはじいちゃんの家でごはん食べるし……」
『あぁ、そうだ。お義父さんから聞きたわよ。最近学園都市で連続通り魔事件が起こっているらしいわね。当麻さんも夜道を歩くときは気を付けるのよ』
「だいじょうぶだよ。そもそもよるでかけないし……」
夜道に出歩くような不良少年になった覚えはないんだけど、と上条は思う。
そんなにことをすれば、祖父である良三郎に大目玉を食らってしまう。
少し軽口が多いものの、基本的には温厚な良三郎だが、激怒したときの表情はまさしく修羅のそれに変わる。
普段の行動は結構放任されてところがあるが、そこに少しでも危険がつきまとうのならその限りではない。前に路地裏で野良猫の世話をしていたのが見つかったときには鬼のような形相でこっぴどく叱られた。
結局その時は上条に目立った怪我もなく、猫も野良の癖に人懐っこすぎたため、狂犬病などの病気がないかを動物病院で検査して貰った後に良三郎の家に飼うことになったものの、あのときの良三郎の形相は、いまでも不意に思い出しては肩を震わせてしまう。
平たく言えばトラウマだ。
そんなトラウマから、少年は門限を守る。
日が沈む前には家には着いているし、就寝につく前にも必ず戸締まりを点検する。
祖父に怒られたくないというのが理由の第一だが、祖父を怒らせたくないという理由もある。
祖父が怒る理由が自分を心配してくれているからだと少年は理解している。だから、祖父に要らぬ心配をかけたくないのだ。
『でも、母さん心配だわ。当麻さんは後の事を考えずに突っ走っていくところがあるから……』
「いつの話をしてるんだよ。おかあさん」
『たった2年前のことよ。あなたが学園都市に行く前のことだもの』
母の言葉に少年は怪訝な感情を溢す。
二年を“たった”と表白する感覚を、まだ7年の時ほどの人生しか生きていない少年は理解できない。
「2年もむかしのことじゃんか」
『2年なんてあっという間よ。当麻さんも大人になったら分かるわ』
それが大人になるということよ、と詩菜は言葉のあとに付け加える。
思い出を懐かしむような声色がどこまでも優しく、思わず口が綻んでしまう。
──────あれ、もしや?
どうやら、知らぬ間にまた詩菜のペースにまた付き合わされていたらしい。そして不幸なことに、少年はそのペースに安らぎさえ感じてしまっている。
「……もう。だからやなんだよ、おかあさんと話すの……」
『ん。なにか言ったの?』
「な、なにも言ってないよっ」
そこまで自覚して、気恥ずかしさで頬を赤くしながら口ごもる。
しかし、微かながら上条の声を無駄に高性能な受話器が拾ってしまったらしく詩菜が聞き返すと、上条はムキになって話をはぐらかす。
やはり母には勝てないのかな、と上条は肩を落とした。
『あらあら。当麻さんはそういうところは昔の刀夜さんそっくりなのかしら』
詩菜は変わらず柔らかい声で続ける。
「とにかくもうきるよ。ボクももうねるんだし、これいじょう話すと、本当によふかしするふりょうしょうねんになっちゃうよ」
『あらあら、それは困るわ。じゃあ、今日はもう切るわね。さっきも言ったけど、夜道を歩くときは気を付けるのよ』
「よるなんて一人ででかけないよ──────」
思い出した。いや、その可能性に気が付いたのほうが正確だひろう。
とにかく、先程からあった見落としていた気がしていた“なにか”を掬い上げることが出来た。そんな違和感を消し去ることが出来たのだ。
見落としていたなにか───それは衛宮士郎のことだった。
彼が鍛えていることは、服の上からでもわかる。きっとチンピラモドキの
そして、彼は見ず知らずの上条を助けてしまうほど強い正義感を持ち合わせている。
そんな正義感の強い彼が
しかし、ここが学園都市であることを忘れてはいけない。
まして今の学園都市は、何者かの襲撃事件の脅威がある状態だ。
限りなく低いだろうが、彼がその襲撃者と遭遇する可能性がない訳ではない。
『もしもし、当麻さん。どうかしましたか?』
「……あ。ううん。なんでもないよ」
『そうですか。じゃあ、夜更かしは美容の大敵だし、母さんももう寝るわね』
「うん、おやすみ。おかあさん」
『はい。おやすみなさい、当麻さん』
その言葉を最後に、ガチャという音を残して詩菜は電話を切った。
上条の次に取るべき行動は決まっていた。
すぐさま携帯電話を取り出し、電話帳から“しろうにいちゃん”の名前を探し出して電話を掛ける。
そこから、電話の発信音が鳴り止むことも、士郎の声が聞こえることもなく──暫くして、電話がプツン、と切れる音がした。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
キィン。
鳴り響く金属音。剣戟の度に散る火花。
己の信念を剣に乗せてぶつけ合う。
互いに譲れないものの為に、相手を叩き伏せる為に打ち合う。
とにかく無我夢中だった。
余計な思考を全て遮断して、ただ目の前にいる敵を打ち負かすことだけに全ての意識を向ける。
この場所にいるのは、俺と敵の二人だけ。
どちらかが倒れるまで続く殺し合い。
「ハァッ‼」
「フンッ‼」
唐竹割りに振り下ろされる鉄塊の圧力を右手の莫邪で受け流しながら、もう一方も左手に持つ干将で水平に斬りかかる。
敵は莫邪で受け流した大剣に向かって飛びながら、身を捻って干将による横一文字を躱す。
そのまま体制を立て直した男は、俺と同じように大剣を右から真横に薙ぐ。
それを二刀で受け止めようとするが、強靭な肉体から放たれる鉄塊は二刀を硝子細工のように砕き、俺の身体を容易く吹き飛ばした。
「──────くっ……!」
男はすぐさま俺に向かい振り払った状態を維持しながら、一直線に突進してくる。
そして、突進のスピードと全体重を乗せ大剣を左から水平に振るう。
全身に走る激痛をかき消して立ち上がり、すぐに新たな干将・莫邪を投影して踏み込む。
左から袈裟に放たれる大剣を、交差させた夫婦剣で受け止める。
互いの威力が拮抗したことと、新たに投影した干将・莫邪が最適化されていたため、先程のようには砕けることはない。
鍔迫り合いに持ち込むつもりはない。
大剣を上にに受け流しながら、さらに前へと踏み込む。
莫邪で左腕に一撃。袈裟に迸った干将が背中にもう一撃。
「えらく芸達者だな、坊主。見てて退屈しねぇ」
左腕と背中を斬られた男は不敵な笑みを見せ、首をコキコキ、と小気味よく鳴らしながら言う。
その挙動に戦慄した。
たとえ致命傷にはならなくても、続けざまに放った二太刀は確実に男の肉を断っている。
事実。
斬り裂いた左腕から出た血は重力に従い、青の和服を赤に染めながら左手から滴り落ちている。
なのに、何故目の前にいる男は何事もなかったかのように立っている──────?
ええい。そんなこと考えても仕方がない。
息を整え、構え直す。
「お褒めに預かり光栄ですよ」
「おう。オレが敵を褒めるなんて滅多に無いことだからな。まぁ、大事に閉まっておいてくれや」
男は、依然として自身につけられた傷を気にするような素振りは見せない。
警戒を強めながら、改めて敵を観察する。。
男の持つ大剣は、2mはある男の体躯を軽々と超え、斧にも似たその刀身も男の胴体に匹敵するほどの大きさだ。
そんな大剣を優れた体格を持つ男が扱うとなれば、ただ振り回しているだけでも十分すぎる脅威だろう。
ただ、身の丈以上の大剣になると、その用途は剣というより槍に近くなり、相手を懐に入れることなく中距離から圧倒的な物量で相手を叩き潰すような運用方法となる。
剛胆すぎる戦いぶりからして、おそらく男が本来得意とするのは一対多数の制圧戦。
だが、この狭い路地では大剣をむやみやたらに振り回せない。小回りも効かないため、その懐に潜りこむことさえできるなら、先程のように男に攻撃を命中させることができる。
地の利は俺にある。
加えて、大剣という武器の特性上、かなりの重量がある。それをただ振り回すだけにも相当な筋力が必要となる為、長期戦にも向かない。
まぁ、男のスタミナについては未知数なため、いつ底をつくかわからない体力切れを待つのは博打が過ぎる。
撤退するにしても、顔を見られた以上、明日から行動しにくくなる。
やはり、ここで真正面から男を倒すしかない。
「──────1つだけ、聞いていいか……?」
さっきまでの剣戟の熾烈さとは打って変わり、清閑とした空気が狭い路地の世界に満たされようとしているなかで、俺は男に訊ねる。
いま目の前にいる敵を倒すのなら、先に聞いて置かなければならない。
おそらく、まっとうな回答が返ってくることはないだろう。
それでも、衛宮士郎は知らなければならない。
「なんだよ、これでも守秘義務ってやつがあるからな。お前が欲しいモノは得られないかもしれねぇぜ」
「……なんで、当麻なんだ?」
何故、男達が当麻を狙っているのか。
アイツは人より少し『不幸』ではあるけれど、それ以外はどこにでもいる平凡な少年だ。
少なくとも、男達が当麻を狙うような“なにか”を持っているとは、微塵も思えない。
なのに何故、男達は当麻を狙うのだ。
それが知りたい。
衛宮士郎が上条当麻を守るために、それは必要なことだと思うから────
「……」
俺の問いに男は困ったように頭を掻く。
それから、腕を組みながら数秒ほど悩む素振りを見せ、問いに対する答えを探り当てたのか。また豪快に笑いながら口を開く。
「悪りぃが、それは守秘義務の対象ってやつだ。答えてやることは出来ねぁな」
男の回答は、概ね予想通りのものだった。
だから、話はここで終わりだと、そう思った直後…
「けどよ」
強い声が閑静とした薄い路地の世界に差し込む
声の主のほうを見ると、ソイツは大剣を右手で持ち上げたあとに肩に置きながら、尚も快活に笑っていた。
「どうしても聞きたいっていうなら──────」
不意に呆気なく表情を消した男の、その冷淡な黒眸が俺を射抜く。
「──────力ずくで聞き出してみろ」
そして。肩に置いていた大剣を俺のに突きつけながら、男はこう宣告した。
“それが聞きたいのなら、まず自分を倒してみろ”、と。
呼吸を整え、構える。
それが、俺が返すことのできる答えだ。
「準備は出来たかよ。じゃあ、続けるぞ」
言いながら、男も構える。
極度の緊張が一瞬にしてこの場を席巻した。
気さくな口調とは裏腹に、男は表情を殺したままであり、その周囲には重苦しい威圧感さえ漂わせている。
疾走する。
その気迫の中にあるはずの細い隙を掻い潜るように男との距離を詰める。
迷うな。怯むな。その隙を敵は見逃さない。僅かな隙さえ見せるな。
進み続けろ。一切の迷いを消し去れ。
そうして、互いが互いの間合いに再び侵入する。
男は大剣を下から斬り上げてくる。
「……くそっ」
焦りをそのまま罵声で表す。
男の攻撃に対し、左手の干将を袈裟に振り下ろす。
力の乗せて振るった剣は、間を置かず激突した。
「ふんっ!!」
「がっ!?」
俺の一撃は容易く弾かれ、可能な限りの威力は受け流したが、それでも一歩後退させられた。
男は振り切った大剣を強引に先程の一太刀の軌道を真逆になぞりながら第二撃を繰り出してくる。
その斬撃を両手の夫婦剣を交差させて受け止める。
「さて、オレはお前さんの質問に答えたんだ。今度はお前さんがオレの質問に答えてもらおうか」
鍔迫り合いの最中。
男が冷たい色で俺に語りかけてくる。
「オレがお前さんからの質問で唸ってる間、なんで斬りかかってこなかった?」
「こんな状況で、答えられる訳ないだろっ!!」
吐き捨てて、大剣に軌道を逸らしながら地面へと受け流す。
地面に叩きつけられた大剣はアスファルトを砕きながら、その下の土に深々と突き刺さった。
男は面食らいながらも、すぐに大剣を引き抜こうとする。
この瞬間を待っていたのだ。
俺は跳躍し、突き刺さった大剣に乗る。
「なっ!?」
俺の予想外の行動に男は驚きの声を上げ、一歩下がってしまう。
しかし、男は驚きはしたものの怯んではいない。
なら何故男は後退してしまったのか。
元々大剣を引き抜こうと、後ろに力を加えていたのだ。
そこに俺の体重が加われば、大剣を引き抜く程度の力しか込めていない男は当然引き抜くことはできない。
転倒させるまでは行かないものの、ほんの少しバランスは崩れる。
そして、男は態勢を立て直そうと無意識に一歩後退せざるを得なくなってしまう。
それは、言い換えれば一瞬の隙が生まれるということ。
「よし、このまま……」
莫邪の横一文字。
狙いは胴。
このタイミング、必中不可避──────
「お~らよっ!!」
「なっ、嘘だろ!?」
その雄叫びとともに、大剣は引き抜かれる。
引き抜かれた大剣は弧を描き、その上に居た俺を軽々と吹き飛ばした。
「がはっ!?」
地面に勢いよく打ち付けられた俺の肺から酸素が逃げ出す。
が、その痛みに構っている暇はない。
転がりながら、立ち膝の態勢にとる。
その勢いのまま、追撃を加えるために迫ってくる男に夫婦剣を投げる。
男は立ち止まり夫婦剣を両方とも打ち落とした。
「……馬鹿力にも、程がある」
深呼吸で逃げた酸素を取り込みながら、悪態をつく。
左腕斬られているんだぞ。
明らかにパワーダウンしているはずだろ。
なんで俺が乗ってる大剣をあんな軽々と持ち上げられるんだ。
無茶苦茶すぎだろ
「まぁ生憎、それしか取り柄ねぇもんでな。それにしても坊主、さっきのはマジで焦ったよ。咄嗟に軌道ずらすことしかできなかった。顔にかすっちまったぜ」
……一々称賛してくるのか、この人。
男の言葉通り、頬に切り傷がある。そこから血も垂れている。
「じゃあさっさと質問に答えて貰おうか。戦闘で余計なこと考えたくはねぇだろ?」
改めて質問の回答を迫られる。
絶好のチャンスだっだだろ、と言葉のあとにそう付け加えてきた。
そりゃあ、俺から質問したのだから、質問に対する答えが返ってくるまで待つのは当然だろう。
しかし、そんな当たり前すぎる理屈は、男だってわかっているだろう。
求められているのは、きっとそれ以外の回答だ。
そう問われると、斬りかからなかった理由なんて一つぐらいしない。
「……隙が全くなかったからだよ。あのとき斬りかかったってアンタなら簡単に防げていただろ?」
「まぁ、否定はしねぇがよ。そういう待ち方じゃあなかったろ。なんでだ?」
男はこの答えでは満足せず、新たな答えを要求する。
だが生憎、俺は男を満足させることが出来るようなきちんとした理由があるわけではないのだ。
騎士道や武士道に反するから、なんて高尚な理由があったほうが良かっただろうか。
それでも、俺の理由なんて質問の答えが欲しかったことと、隙が一欠片もなかったことの2つしかない。
「もっと単純な言葉で良いんだぜ?」
答えに困った俺に、男の言葉が届く。
そうして、頭から捻りだした言葉は、男の問いに対する答えではなかった。
「質問に質問を返す形で悪いけど、なんで俺がアンタを待っていたって思ったんだ?」
先程、男は俺の攻撃しなかった理由を答えた際に『そんな待ち方じゃあなかった』と返した。
さっきの俺の言葉にはそう感じ取れる要素はなかった筈なのに。
“隙がなかった”と言えば、普通は“攻めあぐねていた”と解釈するだろう。
ところが、男は俺が自身を“待っていた”と思ったらしい。
いまハッキリさせるようなモノではないとは自分でも理解しているのだが、しかし口から出てしまたのだから仕方がない。
でも、疑問は解消するべきだ。
それだけでも、ほんの少し迷いが減る。
それに、別に疑問を解消する為だけに男に質問をした訳でもない。
この問いには、きちんと俺なりの意図がある。
「お前な……その自覚があるんなら」
男は俺の新たな問いに男は不服なのか、僅かながら怒り引き戻す。
漸く……ではないが。
男の表情が息を吹き返したのだ。
望んだ答えが返ってこなかったので、然るべき反応なのだが。
直後。男の顔から怒りは消失し、次に浮かぶのは苦笑い。
しかしながら、怒りそのものが消失した訳ではないらしく、男は確かにイラついた様子で呟く。
「坊主。いまは結構真剣な場面だろうがよ。真面目にやろうぜ真面目に」
「む。大真面目だよ。そっちが質問に答えてくれなきゃ、俺だって答えを見つけられない」
たぶん、俺だけでは男の問いに対する答えには辿り着くことは出来ないだろう。
なら精々、男を利用させてもらうことにする。
男はさっき俺が質問したときのように、肩を組んで思考しているようだった。
それでも答えが出ないのか、組んだ肩をほどいて右手で顎を触って左上と右上を瞬きを挟んで交互に見るという奇妙な仕草を取っている。
そのまま、数秒間思考してから不機嫌そうに口を開いた。
「……理由なんかねぇよ。なんとなくだ」
あまり驚くことはなかった。
多分、この人ならそう答えると分かっていた。
「それだよ、“なんとなく”だ。俺にも理由なんてない」
疑問がスッ、と消えていくような音がした。
なんとなく──そんなもので良かったのだ。
明確な理由があったわけではない。ただ、漠然とした意図があっただけ。
あまり考えることではなかった。
「ただ、あえて理由を作るなら────」
その漠然とした意図に言葉というカタチを与えろと言うのなら───
「アンタに、“ちゃんと”勝ちたいと思ったから……だと思う」
敵やら味方やら、善人やら悪人やらの以前に。
俺にとって男は……白土さんは尊敬すべき人間なのだ。
その剣技も、精神も、在り方も、その全てが好ましい人間だった。
俺はこの人を越えたいと思ったから。
全霊を尽くして、白土さんに勝ちたいと思ったから。
だから、アレは────────────
「アンタに対する……俺なりの敬意だ」
言い切った。
これが、ここまでが白土さんの質問に対する回答。
俺だけが出せる、俺だけの回答だ。
「……」
巨漢はぽかん、ともう少しで顎が外れそうなくらいの大口を開けていた。
それで俺を不思議そうな目で見つめていた。
もう……見るだけで緊張感が途切れて薄れていきそうな表情をしている。
「ガハハハハハハハハハハッ!!」
直後。
白土さんは大声で笑いだした。
人払いの結界がなければ、大勢の人が野次馬として来るであろう程の大声で……
「本当に表情のバリエーション豊富だな……アンタ」
「いや、悪りぃ悪りぃ。でもよ。これが笑わずにいられるかよ……ブフッ」
悪いと思ってるなら吹き出さないでほしいものだ。
そして、吹き出したあとにまた大きな笑い声が響いた。
巨漢はその巨体をフルに生かして、なんともダイナミックな笑い方だった。
「はぁ、はぁ、はー、笑った笑った……本当に悪かったなぁ。お前がどことなく仲間に似てたもんでよ」
一通り笑いを吐き出した後で、白土さんはそんなことを言い出した。
その一言への俺の感想は決まっていた。
「それと笑う理由にいったいどんな関係があるんだよ」
「いや、それがその仲間ってのがとても面白い奴でよ。そいつに似てるお前も面白いってことだろ?」
……これほど人に笑われて納得がいかない理由が他にあるだろうか。
というかそれ以前に、真面目にやろうとか言ったはずの本人がふざけて真面目な空気を壊しかけているのはどうなんだろうか。
「あぁ、そうだな。お前さんがそんなことを考えているとはな」
俺の呆れた視線を気にも留めず、男は大剣を振りかぶった。
その動作を見た俺は、すぐさま後ろに跳び夫婦剣を構えて警戒を強める。
「忠告すると、お前さん。距離をとったのは間違いだぜ」
「何をするつもりだ……」
どう考えても大剣の射程からは外れている。
そこから剣を振りかぶって、どうやって攻撃するつもりだ────!?
「忘れたのか?俺は魔術結社の一員なんだぜ?」
この剣戟の最中に忘却の隅に置いていた前提を突きつけて、白土さんは大剣を地面に叩きつける。
地面が割れ、そのヒビが俺の足元まで侵食する。
胸にズドンッ、と強い衝撃が響く。
────直後、視界が変転した。