Fate/Day light   作:ラビット晴晞

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本当はここで3日目終わらせるつもりだった……
ただ、書いてるうちにどんどん妄想が広がって気付いたら終わってなかった。
本当に予定がガバガバだなぁ。
という訳で、あと1話は確実に投稿します。
取り敢えずはこれをおもしろくなっていると幸いです。


Day3-5 決闘/男の世界

 地面が冷たい。

 視界が揺れた数秒後に飛び込んできた感覚だった。

 続いて、背中に激痛が走る。

 

「ガッ!!?」

 

 肺の中の空気が1cc残らず外に逃げていく。

 視界がぼやけている。

 呼吸もままならない。

 陸に打ち上げられた魚のような感覚だ。

 どうやら大剣ごと持ち上げたときのように、吹き飛ばされて地面に叩きつけられたらしい。

 しかしその衝撃は先程の比ではない。

 そのうえ、受け身もまともに取れなかった。

 骨は折れてはいないようだが、ヒビは入っているかもしれない。

 

「ハッ、いっ……たい」

 

 なにをされた。

 白土さんが剣を振り下ろした場所と俺が立っていた場所の距離は離れていた。

 走れば数秒で埋まる距離ではあるが、剣を振り下ろされた場所は明らかに大剣の射程距離からギリギリ外れていた筈だ。

 なのに、白土さんが剣を振り下ろした直後に俺は吹き飛ばされて仰向けに倒れている。

 あまりにも不可解だが、それがどういう現象であるのかの答えは得ている。

 

──忘れたのか?俺は魔術結社の一員なんだぜ?

 

 大剣を地面に叩きつける直前に、白土さんが俺に言った言葉。

 今の現象は間違いなくなんらかの魔術によるものだ。

 

「……はぁ……はぁ……」

 

 それがどんな魔術なのか調べるのはひとまず後回しだ。

 今の最優先にするべきことは新しい空気で肺を満たすことだ。

 でないと、視界も思考もぼやけたままだ。

 はやく脳に新鮮な酸素を届けてやらないと、まとまらない思考で答えが出る訳がない。

 

「おいおい坊主。そんなにのんびり倒れている時間なんかねぇぞ!!」

 

「って、ヤバッ!?」

 

 そういや、白土さんがいるってこと忘れていた。

 巨漢の追撃を転がって回避しつつ立ち上がり、そのままその体勢が出せる全力で横に跳躍した。

 

「まだ終わらねぇぞ!!」

 

 その言葉とともに、俺の足元までアスファルトにヒビが入る。

 また、俺を吹き飛ばした“なにか”が来る────!?

 あの威力は何度に喰らってはいられるものじゃない。なんとかして避けなければ。

 そう判断して、今度は後ろに跳ぶ。

 

「なっ!?」

 

 直後。

 俺が居た場所で途切れたアスファルトのヒビから、ガッシャァァンという轟音とともに地面がかなり角度のある三角形で言うところの斜辺のような歪な形が一瞬もかけることない速度で盛り上がった。

 3歩後ろに着地して、すぐに双剣を投影して構える。

 間一髪。今度はギリギリだが避けることができた。

 敵が突き刺さった大剣を引き抜く動作を警戒しながら、さっき俺が吹き飛ばされた場所を確認する。

 やはりそこでも同じように地面がせりあがっている。

 

「これって、もしかして……」

 

「ほらほら、余所見なんてしてる余裕なんかねぇぞ!!」

 

「く……」

 

 ゆっくり思考してる時間はないか。

 さっき魔術が使われた二度の状況から考えて、ある程度の距離がなければあの攻撃方法は使えない筈。

 

「なら、最速で懐へ飛び込むまでだ……!」

 

 判断を下して、駆け出した。

 

「成る程なぁ。距離を詰めればあの攻撃は使えないと判断した訳か。まだこの攻撃を二回しか見てないのに懸命な判断だな」

 

「一々口に出さないと気が済まないのかアンタは!!」

 

 吐き捨てながら、全速力で突進する。

 その数秒後には男の懐へと潜り込んでいた。

 迎撃に放たれる逆袈裟斬りを突進の勢いを乗せた莫耶で上へと跳ね上げる。

 この状況なら、さっきの魔術を使っている時間はない。

 もう片方の干将で袈裟斬りを放つ。

 今度こそ胴体を斬り裂いて勝負を決める─────。

 

「悪いな。こいつにはこういう使い方もあるもんでよ!!」

 

 そう言って、巨漢は大剣を強引に地面に突き刺した。

 二度あった魔術と同じように、アスファルトにヒビが入る。

 だが、白土さんの魔術よりも速く、俺の剣が胴に届く。

 

「貰った!」

 

 直後。

 干将に硬い衝撃が走った。

 少なくとも、人体を斬り裂いた感覚ではない。

 

「なに!?」

 

 視界に映ったものに驚愕する。

 白土さんと同じくらいの大きさの岩の壁に干将が深々と突き刺さっていた。

 あの一瞬で自分と俺との間に岩の壁を作って、俺の攻撃を防いだというのか。

 だとすると、視界に白土さんがいないのはマズイ。

 早く剣を引き抜いて、この場を離れないと。

 

「ふんっ。くそっ。剣が抜けないっ!?」

 

 今の俺の力ではこの剣は引き抜けないみたいだ。

 だったら仕方ない。

 この干将は一旦消して、距離をとってから投影し直すしかな───────。

 

「お~らよ!!」

 

 剣を消して、後ろに跳躍しようとしたその時。

 掛け声とともに繰り出された大剣の一撃は岩の壁の上半分を砕き、その瓦礫が飛んできた。

 身を捻り、出来る限り体勢を低くする。

 

ドォォンッ!!!。

 

 破砕音とともに飛んできた瓦礫群は俺の髪を掠めながら、その路地の突き当たりにある建造物の壁を破壊した。

 あんなのをまともに食らったら大怪我どころじゃ済まないぞ。

 

「手ごたえはねぇな。ならもう半分に居るってことか」

 

「しまった!?」

 

 この体勢ではもう先程のようには躱せない。

 かといって、たとえ干将を投影したとしても瓦礫群を全て叩き落とすのは無理だ。

 回避も捌くのも不可能。

 なら、全て真正面から防ぎきるしかない。

 結構賭けになるが、一番可能性が高いのはこれだ。

 

「──体を剣で出来ている」

 

 右手に残った莫耶を消し、詠唱で頭の中の雑念を消し、ただひたすらにイメージを研ぎ澄ます。

 

「じゃあ、もう一発行くか」

 

 男は言葉とともに大剣を握る右手を高々と掲げる。

 さっきの攻撃がまた来る。

 展開が一瞬でも遅れたら死ぬ。

 

「間に合ってくれよ……!」

 

「そぉ~ら!!」

 

 頭上に翳した大剣を勢いよく振り下ろした。

 その軌道は、岩の壁の残った下半分を砕き、砕かれた瓦礫はさっきと同じように飛んでくる。

 それから一秒もかからずに瓦礫は俺に激突した。

 轟音と響き、砂煙が舞う。

 

「まだ情報が揃ってないなかでは懸命な判断だがな。それだけじゃ半分なんだよ。まぁ、防いだみたいだがな」

 

 砂煙が消え去ると同時に白土さんは語りかける。

 

「……それでも、ここまで飛ばされましたけど」

 

 熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)

 俺の持ちうる中での最高の盾。

 咄嗟の展開だったので花弁二枚が限界だったが、なんとか間に合わせることができた。

 しかし、飛んできた瓦礫程度で花弁は一枚も割れることはなかったが、踏ん張っていたというのに2~3mは衝撃で飛ばされた。

 とはいえ、目立った怪我を負わなかっただけ幸運だと考えるしかない。それに、このおかげでなんとなくだが白土さんが使っている魔術の正体を掴みかけてみた。

 

「でもよぉ、距離が出来たらこれが飛んでくるんだぞ!!」

 

 三度、剣が地面に突き刺さる。

 アスファルトに入るヒビが迫ってくる。

 俺の予測が正しいのなら、この攻撃の予測して避けることは不可能だ。

 より正確に言えば、これは俺の位置を狙って攻撃してきている筈なのでただ回避行動をとるだけでは位置を修正されてしまって終わりだ。

 避けるには、さっきの偶然のようにギリギリまで引き付けてから俺の位置を“ズラす”しかない。

 目測だが、ヒビが俺に到達するまで2秒程か。

 

「……」

 

 あと1秒。

 当たり前だが……練習してる暇はない。

 失敗すれば待つのは敗北。

 重要なのはタイミング。

 早すぎても遅すぎても俺に命中する。

 意識を研ぎ澄まして、そのタイミングのみに集中すればいい。

 

「そこだ!!」

 

 ヒビが俺に到達する直前。

 適当な剣を投影して、ヒビへと投げつける。

 そして、一歩後退する。

 剣が刺さった場所から真っ二つに裂けた岩盤が現れる。

 

「……やっぱりだ」

 

 投げた剣に大して意味はない。

 強いて言えば、岩盤を切り裂けるほどの切れ味があって、出来るだけ早く投影できるものを選んで投影した。

 出てくる地点に障害物を置いても、それを突き破る形で出てくる。

 例えばぬいぐるみとかならさっきの俺のように吹き飛ぶだろうが、剣みたいな鋭い障害物が深々と突き刺さっていたなら岩盤は裂けた形状で出てくる。

 そして、ここにきてもう一つ分かったことだが、盛り上がった地面の周りは溝のように沈んでいる訳だ。

 アスファルトのヒビからうっすらと空洞が見える程度しかないので、裂けた岩盤を間近で見るまで気付かなかった。

 それと、地面が裂けて盛り上がったということは“ただ”盛り上がっている訳ではなさそうだ。

 考えてみれば、当然だろう。

 ただ地面が盛り上がっただけならばあんな斜めにせりあがる訳がないのだ。

 

「その様子だと、もう俺の使う魔術がどういうものなのかはなんとなくわかってるみたいだな……」

 

 好戦的な色を帯びた笑みで白土さんが聞いてくる。

 歪な速度と形状で盛り上がった大地。

 そしてなにより、剣を投げたところから裂けてから盛り上がってきた岩盤。

 つまり、白土が起こしている魔術現象は─────

 

「自分の狙った位置の地面を、一回“沈み込ませて”から隆起させているのか……?」

 

「……正解だ」

 

 俺の導き出した答えに白土さんは肯定する。

 そのまま男はアスファルトに深々と突き刺さった剣を片手で容易く引き抜き、肩にのせる。

 

「この剣は三層構造になっててな。真ん中の層には“大地”“流動”“固定”っていう俺のオリジナルのルーンが刻んである。こいつを地面に突き刺して魔力を通せば、狙った場所の地面を液状化してから盛り上げるって寸法さ」

 

「……っ」

 

 続けてご親切にそれがどんな原理かも教えてくれた。

 ただ、呆れるよりも先に白土さんの言葉に戦慄する。

 白土さんの言っていることが事実なら、剣の射程なんてあってないようなものだ。

 当然ながら、近付かなければ剣で斬るどころか、剣戟にだって持ち込めない。

 接近戦であの馬鹿力を受け流して一撃を入れるので精一杯なのに、距離を取ったり、弾かれた先にあのルーン魔術が待ち構えているのでは、とても捌き切れない。

 一つ一つなら対処はそう難しいことではない。

 だが、近距離でもルーン魔術はさっきみたいに岩の壁を作ることもできる。

 もし発動されてしまえば、攻撃を防がれるだけでなく、剣が突き刺さったら俺の筋力では引き抜けないので、相手の反撃に対する防御の初動が遅れるし、岩の壁で白土さんの姿が見えなくなるなど、俺が一気に窮地に立たされる。

 さっきの防ぎ方も、もう少し練習すれば感覚を掴めるかもしれないが、まだ意識を集中させないと出来ないだろう。

 あの豪胆無比の剣術に、いまだ射程の上限が見えないルーン魔術。なんて凶悪な組み合わせなんだ。

 結論から言って、今の俺で白土さんの全力に対処することは不可能だ。

 だとしても、ここで逃げるわけにはいかない。

 明日からの行動を制限されるだけではない。

 当麻を守るという意思と俺自身の力を、自分にも敵にも刻みつける為にも、ここでなんとしても白土さんを打ち倒さないといけない。

 勝つ為に……するべきこと。

 近距離でも遠距離でも驚異は消えない。

 

────────なら。

 

「……なら、一旦近付くのは止めだ!!」

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

 白土佐薙は困惑していた。

 今、自分の目の前に立つ敵はなんと言ったのか。

 白土は大抵のことでは動揺や困惑を見せない。

 より正確に言えば、そもそも気にしない。

 戦いには自分と相手、そして互いの得物さえあれば成立すると考えている。

 その動機や理由は、戦いが始めれば意味はなくなるとも。

 そんな考えを持つ彼が……いや、だからこそ彼は目の前にいる少年の言葉に困惑していたのだろう。

 

『……なら、一旦近付くのは止めだ!!』

 

 赤毛の少年は確かにそう言った。

 少年の得物はあの双剣だ。

 あれほど高度に練り上げられた剣技は、十分強敵と言わしめるものだ。

 だというのに、その近接戦を捨てると言ったのか……?

 

「まさか……剣を投げるとか、そんな馬鹿みてぇなことするんじゃないだろうな?」

 

「まぁ、当たらずとも遠からずですかね」

 

 そう言って、敵が手に現れたのは何度叩き折っても取り出してきた双剣ではなく、弓だった。

 弓を手にした少年は、すぐさま二つに割れた岩盤の間に突き刺さった剣を引き抜き弦を引いて弓を引き絞る。

 

「──I am the bone of my sword.(我が骨子は捻れ狂う)

 

 少年が言葉を虚空に放つと、剣はその構造を矢のように造り変えた。

 ただ。弓なんて武器をこんな距離で使うなど愚の骨頂。

 そもそも狙撃というのは、遠距離から気付かれずに標的を暗殺する為のものだ。

 つまり、座っていたり、演説中といった相手が動いていない。あるいは、歩くなんてゆったりとしたスピードで動いているのが前提条件になる。

 もし気付かれ、走られたりすれば、それだけで命中させる難度は爆発的に跳ね上がる。

 まして、視覚的に動きの幅が広がる近距離ならば尚更だ。

 標的との距離が近ければ近いほど狙撃難易度は上がるというのに、少年は弓による攻撃を選んだ。

 このまま、左右に素早くステップを刻んで撹乱しながら距離を詰めれば終わる。

 

「……」

 

 と、通常のセオリーから考えればそうだが、少年はそのリスクを侵してまで弓を使う道を選んだ。

 ここでセオリー通りに戦うのは逆に危険。

 ないより、そうやってちょこまか動き回るのも、深く考え込むのも柄ではない。

 

「ハッ!こういうときは直感に限るよな!」

 

 変に動いて相手に打つチャンスを与えるよりも、敵が矢を放つ前に斬り伏せる。

 その方がよっぽど彼の性に合っている。

 相手がどんな策を弄していようと関係ない。

 如何なる策も、己が肉体に宿るものを極限まで鍛えた力と技で突破する。

 これこそが、白土佐薙の戦い方────!!

 

「この程度じゃビビらねぇか……」

 

 とはいえ、想定外の動きで敵が動揺してくれるのを期待していなかった訳ではない。これで驚かないのなら、敵は白土がこういう対応をすると、薄々感づいていたようだ。

 しかし、こうして白土が走り出した以上、敵は一撃で決着を着けなければいけなくなった。

 その為に狙う位置は限られる。

 これならば、たとえ敵のほうが先に矢を射ったとしても、一発程度ならなんなく弾ける。

 白土の直感は意図せず、地の利を味方につけていた。

 

シッ。

 

 先に仕掛けたのは、敵だった。

 白土に矢が向かっていく。

 矢が確実に貫けて、一撃で仕留められる位置。

 ここまで条件が出来れば、自ずと狙いは見えてくる。人間の身体でそんなところは一つしかない。

 

「頭だろ!!」

 

 巨漢は野生の動物が威嚇するように叫ぶ。

 その直後に大剣の広い刀身で頭を隠す。

 矢は白土の予測通り、頭を目掛けて直線で向かっていき、大剣に弾かれ、回転して弧を描いたあと五歩後ろに突き刺さった。

 

「このまま……」

 

 白土は突進の速さを緩めない。

 大剣の間合いが少年に到達するまで三秒とかからない。

 敵には攻撃を防がれ、己の身は守る術はない。

 攻防は決着が着いた。

 この戦いの決着も。

 それが、望まぬ結末であったとしても─────。

 

ドスッ。

 

「ガッ!?な、に……」

 

 着く筈だった。

 しかし、白土の身体に走ったのは敵の肉体を砕いた勝利の手応えではなく、生々しい音の衝撃と鋭利な痛み。

 痛みの源流は脚からだった。

 より絞った言い方をするなら、太ももと膝の付け根。

 このままに無理に動くのは得策でない。

 白土は立ち止まって痛みの始まりのほうへ視線を落とすと、矢が突き刺さっていた。

 さっき弾いた矢とは僅かな差だが、より鋭く、身体を貫くのに特化した形状をしている。

 

「そういうことか……」

 

 自分の身に起きたことを瞬時に理解する。

 最初に頭部に射られた矢は(デコイ)

 当たれば即死の(デコイ)を弾く為に為に意識を集中する一瞬に、素早く第二弾を撃ち出していたのだ。

 少年が狙っていたのは、一撃必殺ではなく自分の機動力を奪うことだった。

 これからどう動くにせよ、痛みがあれば動きが鈍る。

 恵まれた体格に任せた豪快な突進や踏み込みを多用する白土の戦い方には大打撃になり得る────。

 

「……ふぅ」

 

 狙い通りに矢が命中したことに安心したのか、静かに空気を吐き出す。

 そして、琥珀色の瞳で白土を捉えながら少年は宣告する。

 

「言っておきますけど、的が動いていようが自分が動いていようが、そうそう外しませんよ。俺は……」

 

 成る程。

 少年の言葉には積み上げてきたものからくる確かな自信を感じる。

 これはかなりの弓の名手と見た。

 その練度はあの剣技にも匹敵し得るものだ。

 弓に切り替えた少年に対して強引に距離を詰める判断は間違いではなかったが、それでは敵の策を打ち破るには足りなかった。

 それが事実。

 終わった今更になって選択に対する後悔なんてしていられない。

 悔恨を重りにして歩みを止めていては敵の少年の思う壺であり、少年の期待を裏切ることになる。

 少年は白土に対して“ちゃんと勝ちたい”と言ってくれた。

 その期待と敵の力に対する敬意に、全霊を以て答えるのが“魔術師”や“魔術結社の一員”である以前に、“戦士”である白土がするべきこと。

 今は歩みを止めることなく、次の手を考えることに全ての思考を注ぐしかない。

 

「なら……!」

 

 それから、白土が次の手を考え付くのは早かった。

 飛んでくる矢を弾くのは、白土の動体視力と野生の勘を以てすればそう難しいことではない。

 しかし、少年は自分が動いていようと正確に狙うことが出来るとも言っている。もし矢を弾いている間に懐に入られ双剣で斬りかかられては対処が出来ない。

 かといって、動くには突き刺さった矢を抜いて止血しなければならない。

 少年の放つ矢から防御しながら、一瞬でも少年の視界から外れることが出来れば。

 

「そぉらっ!!」

 

 岩の壁。

 白土の持ち得る技術のなかで攻撃を防ぎながら、敵の視界から外れることのできる唯一の方法。

 大剣を振り上げ、地面へと叩きつけようと────

 

「みすみすやらせると思いますか……」

 

「く……!」

 

 するが、大剣が大地に接触する寸前に、キィンという金属がぶつかり合う音とともに矢で大剣が弾かれた。矢は一本目や僅かに差異があった二本目とは違い螺旋状の形状をしている。

 空気抵抗が少なくなり、矢が飛んでいく速度が格段に速くなっている。

 一歩引いて状況を観察できるから、こっちの攻めの手を悉く遮られる。絶えず“後の先”をとられ続けている。

 上へと跳ね上げられた大剣は右側のビルのコンクリートの壁に激突した。

 さらに少年は続けて矢を射る。

 放たれた矢が身動きが取れない白土に迫ってくる。

 白土の最初の手は潰され、逆に敗北の崖っぷちに立たされている。

 しかし、既に第二の手は進行している。

 

「へっ、詰めが甘ぇ!!」

 

 瞬間。

 ビルの壁に亀裂が走る。

 亀裂は次々に下へと波及し、白土の足元で完全にヒビ割れ、その隙間から岩の壁が生まれる。矢は岩の壁に突き刺さり、白土の身体を射抜くことはなかった。

 

「アスファルトとかを介して間接的にでも地面に触れてるなら、どこだって発動できるんだぜ」

 

「本当に厄介ですね。その魔術……」

 

 岩の壁で隔たれているので少年の顔は見えないが、険しい表情をしているに違いない。

 それと、少年の言葉は褒め言葉として受け取っておこう。

 敵が厄介という言葉や険しい表情ほど、白土が積み上げてきたものへの称賛の裏返しになる。

 

「こっちもなんとなくわかってきたぜ……お前の能力」

 

 刹那の攻防ではあったが、これまで培ってきた経験と野性的直感が少年の扱う弓の性質への理解が早くも輪郭を帯び始めてきたようだ。

 わかったことは二つ。

 

「一発ずつしか撃てねぇってのが、弓の欠点だよな……坊主」

 

 弱点と呼べるものではない。あくまで弓という武器の性質上の欠点。

 それは、矢を射るために弓を絞るという動作が絶対に必要だということ。

 連射がほぼ不可能なのだ。

 少年の弓の速射性や、狙いの正確性は確かに驚異だが、どんなに射られた矢と矢の間隔が狭くても、飛んでくる矢は一発ずつ。

 少年の扱う弓は、あくまでただの弓だ。それ自体に、なにかの魔術的加工が施されている訳ではない。

 むしろ問題なのは矢をほうだ。

 今まで少年が撃ってきた矢は、剣の構造を変化させてやにしている。その過程でなにか仕込んでいても不思議ではない。

 それがわかったからなにかが変わるかと言われればあまり変わらないが、少なくとも判断の間違いは格段に減る。

 

「……あともう一つ」

 

 そして、二つ目に分かったこと。

 

「ねぇんだろ……この状況で俺を倒せる矢がよ」

 

 先程なにか仕込んでいても不思議ではないとは言ったが、それでも白土の肉体をを一撃のもとに撃ち砕けるほどの矢を少年は持っていないということ。

 無論、それが少年のブラフである可能性や単純に様子を見ている可能性も否定は出来ないが……。

 それでも、白土の直感がそうだと告げていた。

 

「……当たりだよ」

 

「“それ”、敵の俺に言っていいのか?」

 

「む。一々敵に誉めたり自分の魔術をご丁寧に説明するようなアンタにだけは言われたくないな」

 

「ごもっとも。こりゃ一本とられたな」

 

 色々と破天荒な白土の正論になど説得力はない。

 まぁ、どちかといえばこの状況で正論を言っているのは少年のほうではあるが……。

 むしろこんな気の抜けた会話は、彼が戦いを心の底から楽しんでいる証拠なのだ。

 実際、白土の顔には獰猛な野獣が威嚇に使うときのものに、笑みを混ぜ合わせてたような混沌の表情が張り付いている。

 この状況を巨漢は楽しんでいる。

 互いに持ちうる技術を最大限に活用して勝利を掴もうとする。その技術が互角であればあるほどいい。勝敗が誰にも分からないほど拮抗していると最高だ。

 白土にとってこの戦いは極上の時間だ。

 

「それに……言ったでしょう。アンタに“ちゃんと”勝ちたいです」

 

「────」

 

「なのに、俺だけ手の内のいくつかを知っているのは不公平だ。違うか?」

 

 これもまた正論だった。

 が、彼にとって正論はどうでもいいこと。

 自分達が不幸な少年を標的にしている理由も同様。

 今この瞬間だけは、心の赴くままにこの戦の愉悦を味わい、そのうえで少年を打ち砕く。

 それだけでいい。

 それだけあればいい。

 

「坊主。まだ倒れてくれるなよ……!」

 

「こっちはさっさと倒れて欲しいですよ……」

 

 期待を込めて放った一言に、少年が少し不機嫌そうに文句を垂れる。岩の壁で隔たれていているので表情は拝めないが、きっと言葉に込められた感情と同じくらいのしかめっ面をしているに違いない。続けざまに愚痴をもう一発。

 

「まぁ、この戦いは長引きそうだけど」

 

「そりゃいいや」

 

 言い終えた直後

 ガシンッ、という激突音が岩の壁から響いた。

 少年がまた矢を放ったらしい。

 

「一応捕捉しておく」

 

「……?」

 

「正確にはアンタを倒せるだけの矢はあるんだ。けど、この距離じゃ俺も無事じゃすまないし、近くの建物だって倒れるかもしれない……こっちだって事を大きくなんてしたくない」

 

 大事にはするな。

 隠密に行動しろ。

 あの堅苦しい眼鏡がこっちの耳が痛くなるほど繰り返していた言葉。

 魔術は本来人に触れていいものではなく、科学の街でなんて以ての外だと。それは白土だって理解していたし、今までの人生で繰り返してきたものだ。

 

「でも、もう少し矢のランクを落とせばアンタを倒すことは出来ないだろうが、目眩ましになると思う」

 

 直後。

 岩の壁が破裂した。

 いいや、違う。矢が爆発したのだ。その衝撃で岩の壁が砕けてこっちに飛んできた。それは先程、白土が岩の壁を大剣で破壊して攻撃したものと同じだった。

 

「チッ」

 

 舌打ちしながら全力で後方に跳躍しながら、腕力に任せて大剣で振り回し、飛んでくる破片を薙ぎ払う。大部分の破片を弾き飛ばせば、あとはぶつかって全て吹き飛ぶ。

 当然だが、恵まれた体格を持つ白土のような人間にしか出来ない荒業である。

 そんな荒業で窮地を乗り越えてきた。

 

「さっき俺の攻撃を参考にしたのか…ハッ!面白れ──」

 

 すぐに敵の方を視線を移し、威圧するように狂暴に叫んだが、言い終える前に言葉を切った。

 言うべき相手がいなかったから(・・・・・・・・・・・・・・)

 直前までいた筈の少年の姿が見当たらなかった。影も形も、あったのは瓦礫や隆起した地面などの戦いの痕跡だけ。だが、それが少年が直前まで居たことの証明になる。

 逃げたのか。いや違う。ここで撤退したところでメリットなんてなに一つない。

 なにより、矢が爆発する前にまだ戦いは長引くと少年自身が言っている。例え逃げたとしても戦闘そのものを放棄した訳ではなさそうだ。

 

「人払いの結界がどの程度の範囲かは坊主だって分かっている筈……この路地からは出ていない」

 

 結界の範囲外に出たのならすぐに分かる。

 それがないということは、まだ近くにいる筈だ。

 白土は魔力で相手を探知するのは不得手であるが、探知能力が低いわけではむしろ高い部類だ。な敵が空でも飛んでいない限りは見つけられないものはない。

 

「そう簡単に隠れられると思うなよ。坊主……!」

 

 そう言って、剣を地面を突き刺した。

 魔力を流して任意を場所の地面を持ち上げているのだ。それを応用して魔力を反響させれば地面のうえになにが乗っているのかだって簡単に把握できる。

 流す魔力の強さで事細かに探知することもできるが、今は大まかに位置さえ掴めればいい。微弱な魔力を人払いの結界の範囲ギリギリまで拡散させる。

 発見できた人間は5人。

 三人倒れている。それはさっき喧嘩を吹っ掛けられたので躾に吹き飛ばしたチンピラどもだ。一人建物のなかで椅子に座ってなにかを飲んでいる。これも違う。少年より一回り背が低い。そもそも座って休めるような猶予はなかった。

 となれば……

 

「へぇ、案外近くにいたんだな」

 

 白土が視線を向けたのは正面のビル。

 階層は五階まで、さっき白土が岩の壁の破片に壁のコンクリートが砕け、中が丸見えになってしまっている。おそらくあの穴を使って中に入ったんだろう。

 中にはいくつかの会社のオフィスのようなものや、駄菓子屋のようなものもある。こんな時間なので全部閉まっているが。

 つまり。

 中には誰もいない。少年は知らないだろうが、逃げ込むには打ってつけの場所という訳だ。

 中は暗闇で、少年は走っていたのでもう探知した位置にはいないだろう。迂闊に飛び込むのは愚策だが、このまま時間を与えて、待ち伏せや罠を仕掛られるのは面倒だ。

 

「さて、続きと……」

 

 罠を張られる前に強引に突破する。

 それが最善の策だと決断して、ビルの暗闇に飛び込もうと一歩を踏み出すと、鈍い痛みに脚に走った。

 

「あぁ、そういうことか」

 

 脚にはまだ矢が突き刺さっている。

 何故少年が脚を狙ったか。機動力を奪う他にもう一つ狙いがあったようだ。

 

「時間稼ぎか……」

 

 このまま脚を矢が突き刺さっている状態で、痛みに苛まれ機動力が半減している状態でビルの暗闇に飛び込むなど、愚策どころか無策無謀だ。

 脚の応急手当をする時間。矢を抜いて止血するまで、少なくとも五分は掛かる。

 その間は逃げ放題だ。

 おそらく安全地帯まで逃げて、白土を倒すための策や体制を整えるのだろう。

 取り敢えずは矢を引き抜く。

 

「こりゃ……坊主の言うとおり長引きそうだ」

 

 痛みに眉を潜め、それを誤魔化すために薄ら笑いを浮かべながら白土はそんなことを呟いていた。


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