Fate/Day light   作:ラビット晴晞

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そして今回も終わらないと。
まずはすみません
数ヶ月失踪しておいてホント計画ガバガバだな。
取り敢えずは最近書くのサボって失踪していることに定評があるであろう僕氏です。
まぁ、定評もらえる程支持されてないがナ!!
あと、それなりに浅い設定を後書きに載せておきます。


Day3-6 反撃/起死回生の一矢

 少年がビルに逃げ隠れてから5分が経過してから、白土は矢を射られた脚に応急手当を施して、敵が追ってビルに突入した。

 白土は明かりのないビルのなかを歩いている。

 窓から差し込む月明りのおかげでなにも見えない訳ではないが、数m先は黒が世界を支配している。この暗闇に目が馴れるのはまだ少し時間がかかりそうだ。

 人間の感覚のなかでもっとも重要な視覚に頼れない今、むやみに走り回ることは出来ない。なにせ少年がこのビルに姿を消してから5分が経っている。この建物の狭い通路に罠を1つ2つ仕掛けて待ち伏せるには5分は十分すぎる時間だ。

 事を焦り、迂闊に動きまわって罠に嵌ったなんてことになれば、笑い話にすらならない。

 落ち着いて進まなければならない。但し、慎重になりすぎてもいけない。慎重が過ぎて及び腰になり、チャンスを逃してしまうなんてことも避けたいし、そういう姿勢を白土は好まない。

 適度に緊張感を持って、少なくとも暗闇に目が馴れてくるまでは動きまわる訳にはいかない。

 

「……だがよ。ここじゃ俺のほうが有利だぜ」

 

 白土が言うとおり、彼には一つアドバンテージがある。

 さっき敵を探知したときに彼はその副産物として、調べておいた。あくまで本筋には関係なかったが、知っておけばここからの戦いを有利に進めることが出来るカード。

 建造物の構造。

 この建物がいくつの層から成るものなのか。どこにどんな部屋があって、そこになにが置いてあるのか、どんなところに曲がり角や突き当たりがあるのか。それを大まかだが把握出来たのだ。

 五階建てで階段は二つしかない。エレベーターもあるが今は停止している。部屋は各回に四つずつだ。建物自体の曲がり角は意外と多い。隠れる場所も多い。

 トラップ。待ち伏せ。奇襲。他にもこの建造物で取れる行動はいくつかある。

 敵の策を予測するには情報が必要だ。詳しい情報があれば、そこから敵のしたいことを絞り込める。情報は多ければ多いほどいい。

 白土は現在二階にいる。

 一階にはいなかった。念のため、このビルに入った段階でさっきの探知をもう一度、今度はビルの一階だけに絞って使ったので探し歩くまでもなかった。

 とはいえ、建物は五つの層で区切られているのだ。一つの可能性を潰せても単純に引き算したってあと四つ残っている。

 安心は出来ない。罠があるかを逐一調べていかなければいけないのだ。

 罠があるかどうかを調べ方は単純で、岩の壁の瓦礫を石と呼べるサイズにまで砕いて、その一つを着物に忍ばせてきた。突き当たりなどの罠があると考えられる場所に来れば、それを投げてなにもなかったら石を拾って前に進む。これの繰り返し。

 この石は手元にある。少年はいない。

 まだ敵である白土がなにかを隠している可能性を警戒したのだろうか。だが生憎、白土に出来ることは全てやり尽くした。剣技という名の豪胆すぎる喧嘩術に、大地を持ち上げるだけののルーン魔術。

 これだけなら、そこまで驚異には感じないだろう。

 だが蓋を開ければ、シンプル過ぎるが故に応用力も高く、詠唱の必要がない分より実践に特化させてある。なにより、敵の策を強引に突破できるだけの出鱈目な身体能力に組み合わせればその破壊力は極大にまで膨れ上がる。

 手数が少ないのは、それだけで十分だという自負。

 この技だけあれば、大抵の敵には負けないという確信。

 二つを掛け合わせたものを人は自信と呼ぶ。

 その自信が彼の歩みに力をもたらしている。これは勝利への凱旋であると───────

 

「……待てよ。もしかしたら、坊主のほうも動き回っているのかもしれねぇ」

 

 二階を調べ尽くして、ふと頭によぎった可能性。

 それが言葉となって虚空に消えていく。

 二つの階段ある。

 一方が昇っているとき、もう一方が降りている可能性がある。無論、その逆もあり得るし、昇っているときに少年がさらに一段昇っているというのもあり得る。もしかすれば同じ階層で動き回っているから見つけられなかったのかも。

 要は少年も動いている可能性。

 普通に考えれば、動けばその分だけ遭遇するリスクが高くなるので動かず待ち伏せするほうがよっぽど懸命な判断だ。そんなリスクは今の白土のように追ってきた者だけに押し付ければいい。

 だがそのリスクはある条件──敵も自分と同じように白土の位置を正確に把握する術を持っているという条件が加われば、一転してこちらをいくらでも叩けるチャンスに変わる。

 

「……悪い癖かな。こりゃ───」

 

 白土は自分の思考を反省する。

 魔術という学問が世界の裏側の深いところにあり、自分が触れているからか、それとも長年積み上げてきた自信から来る弊害か、自分に出来ることが特別なことだと無意識のうちに思ってしまっている。

 なんにせよ、自分が出来ることが他人には出来ない(・・・・・・・・・・・・・・・・・)と考えるのは傲慢だ。

 

「まぁ、考えても仕方のねぇことだな。こればっかりは……」

 

 目の前に投げ捨てられた結果は変えようのない現実だ。

 受け入れるほかない。

 しかし、自分の意識の外にあるものを推測で迫っていったところでそれはあくまで予測だ。確証がある訳ではない。この予測の真偽が分かるのは、次に敵が仕掛けてきたときだけだ。

 そう思考を打ち切って、白土は階段を昇る。

 デパートや学校でよく見る二回に分けた折り返し型の階段だ。窓もないので切り返しが死角になっている。

 

「一応、確かめておくか」

 

 そんなことを呟きながら、石を投げて罠があるかを確認する。

 反応はない。

 取り敢えず罠は仕掛けられていないようだ。肩を下ろして安堵のため息を吐いてから、すぐに警戒階段を戻して一段一段力強く踏み締めて昇っていく。

 そして半分を昇りきり、外側から出来るだけ全体を見渡せるようにゆっくりと弧を描きながら階段の折り返しへと進む──────

 

「むっ!?」

 

キィン。

 

 白土が視界に入った瞬間に、両手に剣を持った少年が一直線に突進してきた。

 その勢いのままに右手に握られた小太刀を横一文字に振るう。対して白土は左斜めからの袈裟斬りで少年の一撃を弾いた。

 剣の激突による甲高い金属音が腹の奥まで響く。

 敵の選んだ行動は奇襲だった。

 意識外から攻撃して一気に押し切るつもりだったようだが、ギリギリ防ぐことができた。警戒しておいて正解だったようだ。

 さて、出鼻は挫いた。

 奇襲は相手の動揺を誘わなくてはならない。故に、初撃を命中させることは絶対条件。白土のような多くの経験を積んだ者が標的なら尚のこと。

 もし奇襲に失敗したなら、起こそうとした混乱の『波』に自分が飲み込まれてしまう。

 丁度、今の状況のように──────

 

「そぉら!!」

 

 自分に傾いた流れを逃す訳にはいかない。すかさず防御から反撃へと転じる。

 白土は大剣を振り下ろした軌道を巻き戻すように反対側から斬り上げた。少年は残った左手の小太刀を袈裟に斬り下ろすことで防御するつもりのようだ。

 しかし、一つの小太刀で対抗できるほど白土の振るう大剣は軽くはない。

 このまま激突すれば少年が打ち負けるのは明白。

 しかし、少年の表情に焦りも諦めも感じない。その眼差しには確かな闘志があり、逆立った赤髪が燃えているかのように錯覚させる。

 少年の顔つきに違和感を覚えてから一秒も経たないうちに、白土の大剣と少年の小太刀が激突した。

 

「─────っ!?」

 

 白土は眼を見開く。

 剣が交わったのと同時に、少年は後ろに跳んだ。自分の喉元へとせり上がってくる大剣の鉄塊の圧力に負けないように踏ん張ろうとするのとは逆に。

 地面を蹴って手放したのだ。

 しかし、もう白土の剣の軌道が止まることはない。そのまま大剣を真上に斬り上げる。

 少年の身体は当然、上へと弾き飛ばされた。

 が、そうやって吹っ飛ばされることこそが少年の狙いだったのだと白土は悟る。青髪の巨漢の力を利用して、少年は2階と3階を繋ぐ階段を一気に駆け上がったのだ。

 天井に吹き飛ばされた際に弾かれた小太刀が突き刺さり、少年は三階に辿り着いた。

 少年は安心したのか眼を閉じため息を一つ吐いて小太刀を手放して着地する。手放したと同時に小太刀は消えていた。

 

「失敗するのも折り込み済みって訳か?」

 

 白土はなにが面白いのか少年を見上げて笑いながら言葉を投げ掛けた。

 少年は頭を掻きながら少し固い表情を挟んでから答える。

 

「……まぁ、通用しないかなとは思ってたよ。成功すればいいな程度の策かな」

 

「いや、かなり驚いたぜ。もう一瞬対応が遅れてたら負けてたな」

 

「その一瞬がないんだろ……アンタには」

 

 少年が垂れた文句は確かに事実だ。このシチュエーションならば、例え10回同じことが起ころうと10回とも今と同じ結末を辿るだろう。

 

「それはさておき、かくれんぼはもう終わりか」

 

「俺的には鬼ごっこのつもりなんだけどな……でもかくれんぼだと思ってたんなら確かにここで終わりだよ」

 

「ってことはお前の言う鬼ごっこはまだ続くってことかよ?」

 

 質問の答えは肯首でも言葉でもなく、次の階段へと走り出す形で返された。

 白土は間を置かずに少年を追って階段を上りだす。だが、急ごうとする思考とは逆に太ももから広がる痛みが白土の動きを確実に鈍らせる。

 白土が3階に着く頃には少年は4階へ続く階段の折り返しに入っている。

 

「チッ、応急処置はしたんだ。テメェは黙って動いてろ……あとでいくらでも休ませてやるからよ」

 

 痛む足を拳で叩きながら吐き捨てて、白土は階段を上るペースを速める。

 階段を一段飛ばしで進んでいく。

 数秒と経たないうちに折り返しに到達する。そして、振り返ろうとしたところで閃光が走った。

 

「ウォッ!?」

 

 間一髪。

 閃光の軌道の先には、壁に突き刺さった矢が見えた。矢が飛んできたを方向を辿れば弓を手にした少年が階段を上りきった先に居た。

 矢をもう一度見やり、冷や汗をかきそうなのを我慢して白土は少年のほうへ身体を向ける。

 

「なんだなんだ……ただの鬼ごっこじゃねぇのか?」

 

「逃げる側のハンデぐらい許して欲しいな」

 

「別にいいぜ。そっちのほうが捕まえがいがあるってもんだ」

 

 白土の答えに呆れように苦笑いを零した後、今度は階段ではなく4階へと走り出す。

 それを追って白土も残りの階段を駆け上がる。

 4階のフロアに足を踏み入れると、少年は既に右の通路の一つ目の曲がり角に入っている。白土がさらに追って曲がり角に入ると、また最初の分かれ道を右に曲がっている。またさらに追っていけば今度は左に、次も左に曲がっていく。

 

「オイこら坊主!!ちょこまか曲がんな。真っ直ぐ走りやがれ!!」

 

「なんで妨害はアリでこれは駄目なんだよ?!」

 

 直線の距離なら、スピードが落ちているとはいえ白土は少年をすぐに捕まえられるだろう。

 単純な話になるが、そもそも体格が違うのだ。体格が違うということは背丈が違う。白土のほうが少年より二回りは大きい。当然、背丈の差があれば歩幅にだって差が生まれる。脚を負傷して多少スピードが落ちていたとしても、歩幅が違えば距離は縮んでいき捕らえられる。

 だが、こうも曲り角を多用されると追いつけない。

 通路が狭いので少年いつ見失うか分からないうえに、直角に曲がらなくてはならないので一々スピードを落とすためにブレーキをかけなければならない。ブレーキをかける瞬間に脚に鈍痛が走るのだ。

 ただでさえ、身体全体を直角に曲げるという動作を短い間隔で繰り返すのには相当の負荷がかかる。先程脚を矢で射抜かれている白土にはその負荷が痛みとともにダイレクトに伝わってくる。

 この状態を繰り返せば二人の距離は少しずつだが遠くなり、最後には見失ってしまうだろう。

 

「くそ。このままじゃ埒が開かねぇな」

 

 少年が今こうして走って逃げている理由は予想がつく。白土を倒すだけの策を練るための時間稼ぎのつもりだ。

 ならば、あまりモタモタしていられない。

 まずは少年を捕まえることが最優先。可能な限り早急にだ。その為には、まずは少年の行動を把握しなくてはならない。

 

「地面から離れてると精度が落ちるんだがな……」

 

 小さく呟きながら剣を床に突き立て魔力を拡散させる。

 白土の探知魔術は地面の任意の地点での流動化の応用である為、地面との距離が離れている程、正確な位置の把握が難しくなる。しかし今回はビルの中という範囲に絞られている為、一ヶ所辺りに流せる魔力を増やしてより細かく探知できる。

 少年は突き当たりを左へ曲がる。そのまま2つの曲がり角を無視し、次の道を右に曲がりそのまま全速力で直進していく。

 その先にあるものは──────

 

「階段か」

 

 少年の向かう先は階段ということは、上るか下りるか……どっちだ。5階に上るなら白土にとっては好都合だが、時間稼ぎのために逃げている少年がわざわざ逃げ道を狭めるような判断はしないだろう。

 数秒後、白土の予測は的中した。少年は階段の前で強く踏み込み、跳び落ちる。

 一段飛ばしならぬ全段飛ばし。

 一秒どころか一瞬で折り返しに入った。

 

「……よし」

 

 床に突き立てる剣から手放し、自身に向けて静かな決意を宣言する。

 白土は再び剣を強く握り締め、そのまま床へとさらに深く突き刺す。そして、男は続けてこう口にした。

 

「──────さて、終わりにするか……」

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 ヤバい。脚が凄く痛い。

 (かかと)と太もものが辺りが特に。

 階段から飛び降りて、足の裏から直接着地したのだ。そりゃ痛いに決まってる。

 迂闊だった。白土さんから逃げることに意識を集中させすぎて、自分の身体の限界を無視していた。

 急いでいたとはいえ、膝のクッションで勢いならほとんど殺せるなんて馬鹿なことは考えず、転がって勢いを受け流したり、脚を強化をかけるなり方法はあった筈だ。

 もし体勢を崩して着地に失敗すれば、脚の骨が折れていたかもしれない。

 反省しよう。自分の身体で出来ることをちゃんと考えなくては……

 またこんな機会があったら今度はちゃんと脚に強化の魔術をかけてから飛び降りるようにしないと。あとこの戦いが終わったらパルクールとか練習してみよう。

 

「……って、こんな呑気なことは考えてられないな」

 

 痛みのせいで自分がなんの為に逃げているのか忘れかけた。白土さんから倒せるだけの決定打になる作戦を考える時間稼ぎだった。

 

「いないぞ」

 

 後ろから追ってくる足音や気配を感じないので、顔を後ろに回すと白土さんの姿が見当たらない。

 振り切ったのか……いや違う。

 脚を負傷して幾分かスピードが落ちている筈だが、さすがにそこまで差が出る筈がない。

 足が万全じゃなくても白土さんのほうが速いと踏んだから、なるべく直線で追われるのを避けていた。

 スタミナだって、こんな数分で使い切る訳がない。

 だとすると考えられるのは、追う必要がなくなったとか。

 動かなくてもこっちの位置を把握できる手段を持っている可能性。

 俺の居場所を把握できる手段があるのだとしたら、回り込まれておしまいだ。

 考えてみれば俺がこの建物に逃げ込んでから、1分も掛けずに割り出してきたし、可能性はかなり高いと思う。ならば、もう時間的な猶予はない。

 

「もしそうだとしたら……まずいぞ」

 

 今のままじゃジリ貧だ。

 なにをするにしても、何らかの策を練らないと。

 地の利が俺にあるおかげでなんとか立ち回れているものの、俺の出来る限りで有利な条件を利用しても決定打がなく攻めきれずにいる。

 それはひとえに白土さんの実力によるものだ。

 戦いが始まった段階から分かりきっていたことだが今の俺は白土さんより弱い。きっと開けた平野とかが戦場だったなら、俺は一撃で斬り伏せられていたに違いない。

 しかし、だからといって勝ちを譲ってやるつもりなんてない。勝たなきゃいけないから戦っているんだ。実力差なんかで諦めてられるか。

 それに、俺と白土さんの実力差は覆し難いほどのものではない。実際、魔術の介在しない剣技だけの戦いだった序盤は先述の通り、地形が味方してくれていたので俺の方がやや優勢だった。

 単純な地力なら白土さんのほうが上だが、その差は地形や策で十分埋められる。

 だから、こっちは小賢しく策を講じなくてはいけない。

 格下の俺が白土さんとの実力差を埋める────いや、追い抜いてさらに勝ちをもぎ取れるだけの策をない知恵を振り絞って自分の出来ることを最大限に活用して考え出さくては。

 

「まぁ、すぐに策が思い付くならこうして逃げてないけど……」

 

 策として最初に思いつくのは弱点を突くとか。

 いや、弱点なんて見つかってたらたら最初から突いているけど。というか弱点以前に俺は白土さんを知らなすぎるな。

 もう一度俺の見た白土さんを振り返ってみるか。

 屈強な肉体から放たれる剛胆な剣術に、地面を液体化させて隆起させるルーン魔術を組み合わせて戦う魔術師。

 単純であるが故にその破壊力は絶大。

 振るう剣からは彼がこれまで切り抜けてきた修羅場の数とそこで積み上げてきた確かな実績の重みが伝わってくる。そして、それらが彼の剣に力を与えている。

 それが俺から見た白土佐薙。名前に関しては多分偽名だろうな。

 地面を持ち上げるルーン魔術はこの建物のなかじゃ使えないだろうし、使えるにしてもより魔力が要るだろうからあまり使ってこないと思うが、あの剣術だけでも十分脅威だ。

 なんせアスファルトの地面を容易く砕くあの腕力と鉄塊がなんの気兼ねもなく振り回されているのだ。一発でもまともに喰らえばもうそこは使いものにならないだろう。頭や胴なら死は免れない。

 アクションゲームなら何回か死んで慣れれば比較的簡単なボスタイプなのだが、死ねばそこで終わりの現実においてはそういう敵のほうがむしろ厄介だ。

 複雑なものほどからくりが分かれば発動するタイミングをずらすことや予測することで対応できるが、手数が少なくそれが単純であればあるほど地力の差がものを言う。

 今の状況がいい例だ。既に手の内がほとんど分かっているというのに、まったく対抗する術が浮かばない。

 

「せめて動きの癖くらい分かれば……」

 

 たとえば剣を振りかぶる直前に脚が半歩下がるとか、どちらかの肩が僅かに上がるとか。そういう動きの癖が分かればいくらか対策の建てやすくなるんだが。

 それを見抜ければ苦労はしない。そんな観察眼なんて実践経験が少ない俺に養われている訳がない……のだが、何故だろう。これが一番可能性が高い気がする。

 俺の持ち得る手札のなかに白土さんの動きの癖を暴くカードが残っているような感覚がある。

 

「いや、そもそも隙なんてあるのか?」

 

 そんな言葉が漏れていた。

 もし癖や隙なんてものが見つかったとしても、俺がそれを突いて利用すれば勝てるなんて見込みが生まれることとは別問題だ。1%でも可能性があるなら賭けるが、それ以下や未満なんてこともあり得る。

 白土さんの剣術に俺が付け入る隙なんて──────

 

「……くそっ!」

 

 意識すればするほど、俺のなかで白土佐薙という存在が大きくなっていってる。過大評価しているとは思わないが、目の前の脅威をちゃんと正しく認識しないと諦めに呑まれてしまう。

 なんでもいいんだ。

 白土さんは今、脚を負傷していて機動力に難がある。少しでも稼いだこの時間のなかで、なんとしても白土さんの剣術のなかにある癖や隙を見つけないと、この際白土さん自身のことでなくともいい。剣の構造的に弱い部分でも……あれ、ちょっと待て。

 俺は今、なにを考えていた───────?。

 

「白土さんの……剣術……剣の構造……」

 

 剣術。

 つまり、白土さんが使っている武器は剣ってことだよな。より細かく言えば大剣や斧剣なんだろうが。今はどちらでもいいが……とにかく剣に分類されるものの筈だ。

 それなら、もしかしたら……

 あの剣の材質は。構造は。いつ作られた。どういう用途で作られたのか。

 

「分かる。理解できる。でも、まだだ」

 

 眼を通して、何度も交えた夫婦剣を通して、あの剣の“どういう”ものかが分かる。

 これじゃあまだ駄目だ。

 まだ足りない。もっと深く、もっと近くで、より正確に白土さんの剣を観て理解しないと。

 かなり危ない橋を渡ることになるが、これが成功すれば実力の差の問題は完全になくなる。

 

「上手くいく可能性は……五分五分だな」

 

 確率が半々じゃ十分賭けになるけど、今はこれ以上に勝てる見込みのある策はない。

 それに、成功する可能性が半分もあるんだ。

 ならもう賭けるしかないだろう。この方法以外に活路がないのなら、それがどんなに狭いものだとしてもこじ開けるしかないんだから。

 

「……やるかやらないか。成功する確率がどれだけ低くたって、やらなきゃ確実な0だ」

 

 最初に白土さんを挑発したように、決意を自分へと言い聞かせるように宣言する。

 そのまま速度を落とし、十字の角の中心で立ち止まる。

 

「よし……」

 

 一度瞼を落として深呼吸する。

 心臓の鼓動を落ち着かせてから、ゆっくり目を開く。

 近付いてくる気配はない。

 振り返ると、追ってくる姿はなかった。

 普通なら動き回って仕切り直せる場所に移動するべきだろうが、もう対抗策に辿り着いた以上、逃げる必要はない。

 決断は下した。

 ならやることは一つ。

 ここで白土さんを迎え撃つ──────!。

 

ガキィィィン!!

 

 直後。

 先程の決心を嘲笑うかのように、鉄筋コンクリートの床が砕ける轟音が耳を震わせた。

 反射的に前転して、どこからか襲って来た脅威から逃れまいとする。

 転がるという動作ができたということは前方にはなにも起きていないということは確かだが、まずは立って状況を確認しないと。

 立ち上がって、俺がいた位置へと視点を移す。

 そうして視界に飛び込んできたのは、岩の壁だった。

 幾度目かの“ソレ”は十字に分かれていた通路を、俺が居る道を除いた三方を少しの隙間も残さず、両横の壁まで削りながら塞いでいた。

 恐らく、地面を一階も二階も突き破ってこの三階まで持ち上げてきたのだろう。

 あの人の地面を隆起させるルーン魔術は、ルーンを仕込んだ剣を突き刺した場所が地面と接しているなら、多少魔力を多く使うなんかの制約があるんだろうが、問題なく起動できることは路地裏での戦闘で既に一度見ている。

 

「それより問題なのは、これで攻撃が止んでいることだ」

 

 もし同じような攻撃をしているなら、少しなりとも音や振動がする筈だが、そういう兆候は見られない。

 無差別な行動じゃない。

 俺の位置を掴んだうえ(・・・・・・・・・・)での攻撃ということだ。

 やはり白土さんには、俺のおおよその居場所を特定するなにかしらの手段を持っている。

 

「……先手を打たれたって訳か」

 

 ハッキリしてるのは、 白土さんがもう俺の位置を把握していることと、退路を塞がれたこと。

 俺が勝って敵の戦力を削ぐか、白土さんが勝って当麻を守るものが居なくなるか。

 どう足掻いたとしても、ここで決着が着く。

 まぁそれは、俺にとっても好都合だ。

 無駄なことを考る必要がなくなり、ただひたすらに研ぎ澄ませて造り出せる。

 

「最強の自分を……か。なんでだろう、妙にしっくりくる」

 

 もう一度。

 コンクリートが砕ける音がした。

 床でなく天井から。

 下から突き上げてくるのでなく、上から瓦礫と共に砕き落ちてくる。

 暴力の化身が。

 肉食獣が獲物を仕留める時のように、なにも逃すまいと目を見開き、歯を全て見せて獰猛な表情で。

 

「よう。もう鬼ごっこはおしまいだな」

 

 俺の策に、なによりも必要なのは二つ。

 この人の歩んだ経験を、在り方を、その全てを掴み取る為の時間。

 もう一つは単純。

 その過程を終えるまで負けず、生き延びること。

 それまで、俺の持てる手段を限界まで使い尽くしてでも、ここに引き止める。

 最初は取り敢えず会話を途切れさせなず、戦闘開始を可能な限り遅らせる。

 白土さんはノリが良いから、付き合ってくれる筈だ。

 そのノリの良さで、そのまま引き金を引けるから恐ろしいところもあるんだが……。

 

「そうですね。俺もそろそろ飽きてきたところです」

 

「なんだよ……一足遅かったって訳か。こりゃ貴重な魔力をほとんど使った甲斐がなかったかな」

 

 口では困ったように言っているけど、その実まったく動揺していない。

 呼吸も、筋肉も、全て乱れていない自然体だ。

 やっぱりこの人は凄いな。

 こんな状況だというのに、自然体のままでいられるってことは、それだけの修羅場を潜ってきているんだ。

 敵のうえで、しかも関わった時間が極僅かな俺でさえ、この人の人となりには好感を持っている。

 きっと白土さんは、敵のなかでも精神的な柱になっているのだと思う。

 だからこそ、この人に勝てば敵にだって少なからず精神的なダメージを与えられる筈だ。

 

「ただ、ここは決闘場にしちゃあ狭すぎるよな」

 

「……だったら後ろの壁壊してくれません?」

 

「そりゃ無理だ。でも別のやり方で広くするから少し待ってろ」

 

 そう言って、白土さんは壁に剣を突き刺す。

 俺がその所作を認識する頃には狭い通路を形作っていた両の壁が液体のように流れ落ち、部屋との境がなくなっていた。

 

「無茶苦茶だ……」

 

「おうよ。ここは超能力者もいるみてぇだし、その争いってことで誤魔化せそうだしな」

 

「理由になってない」

 

「そうか……まぁ、細かいのは性に合わんしな」

 

 こういう人だったってことにしておこう……うん。

 今は余計なことを考えてる余裕もないしな。

 白土さんは肩に剣を乗せて、どっしりとした体格とは逆に軽やかな笑顔をこちらに向ける。

 

「さて、これで舞台は整ったな」

 

「あぁ、ここなら公平だ。多少アンタのほうが有利な気もするけど……」

 

「そうさな。ここなら俺の得物は戦いやすいってもんだ」

 

 どうやら、これ以上の先伸ばしは無理そうだ。

 気迫が威圧感となって数メートル先の俺まで、全身の産毛が逆立つ程ピリピリくる。

 もうここから先は白土さんの闘争本能が待ってくれそうにない。

 夫婦剣を投影して構える。

 この先は地形ももう味方はしてくれない、純粋な実力の勝負になる。

 ほんの一歩でも対応が遅れたら、その時点で敗北と死。

 

「お喋りはもう終わりか。もう少し付き合ってやってもよかったんだぜ?」

 

「嘘つけ。もう待てないって全身から溢れでてるよ」

 

「なんでもお見通しか。どっちにせよ、死ぬ覚悟は出来たみてぇだな」

 

「まさか。俺を生き残るさ……アンタを乗り越えて」

 

 その後に言葉はなかった。

 これで十分だと、お互いに分かっていたから。

 だから、もう言葉による対話は必要ない。

 次の瞬間には駆け出していた。

 始まる。

 終わる。

 決着へと動き出す。

 前へ進むための、己の路を勝ち取る為の──────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




白土佐薙

プロフィール
年齢 32歳
身長 196cm
体重 102kg
所属 フリーランスの傭兵→魔術結社『果てなき空』

使用する魔術
三層構造になっている大剣に「大地」「流動」「固定」の三つのルーンを仕込んでおり、まず「大地」で魔力に指向性を与え、「流動」で地面を元の硬度を保ったまま液体化しその動きを制御下に置く。
そして、流動化した地面を任意の位置で『固定』する。
この三つの操作を瞬時に連続して行うことで地面を隆起させ、相手に叩きつける攻撃となる。
自分の周囲に壁として発動することも出来、攻防一体であり、威力も十分、応用の範囲に優れた汎用性を兼ね備えている。
しかし、欠点がないわけでもなく、『瞬時』に連続して行うという用法から、流動化した地面に細かな操作を施すことが出来ず、隆起させる位置に剣などの鋭い障害物になるがあれば、流動化した地面が裂けたまま固定されてしまい、相手に攻撃を防がれてしまうこともある。
この魔術の応用として、魔力を周波数のようなものを変換して地面に流し、それを反響させることで相手の位置を知ることが出来る。
謂わば、魔力によるソナー探知機である。

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