Fate/Day light   作:ラビット晴晞

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まさか一年もかかるとは思わなかった。
本当にすいません……書けるだけ書いた結果まだ終わらなかったので、すぐにもう一話書きました。
二話連続投稿を意図せず実現できて結果オーライかな、とか思っている次第です。
これで、リメイクとモンハンと受験勉強に集中できる。
言い訳としちゃ短いですけど、取り敢えず待ってくれている人が居たなら幸いです。後編は12時更新です。
では、どうぞ。


Day3-7 投影/勝者のいない戦い①

 あれから、何度剣が交わったのだろうか。

 数えることが億劫になる程繰り返されたのは確かだ。

 剣戟の度に散る火花が戦いの激しさを物語る。

 片や。豪胆で重厚、岩石のような太刀筋。

 片や。繊細で軽快、流水のような太刀筋。

 相反する性質が同じ質量でぶつかれば、結果は相殺になるのは道理。

 対極に位置するが故に、互いの長所を潰しあう。

 闘争が長引くのも必定だろう。

 ならば勝敗を分けるのは、どちらがこの戦いに多くを賭けているか(・・・・・・・・・)

 

「オラァ!!」

 

「ハァ!!」

 

 白土が大剣を垂直に振り下ろす。

 対する少年は左手の小太刀を右に斬り上げて迎撃し、剣を立てて滑らせ、大剣の唐竹割りの力を左に少し逸しながら受け流す。

 大剣が小太刀と離れると、勢いのまま大剣は空を斬りコンクリートの床を砕いた。

 

「チッ……」

 

 すぐさま懐に潜り込んだ少年の横一文字による追撃を阻止する為に、コンクリートの床に突き刺さった大剣を無理矢理持ち上げて太い刀身で防御する。

 そのまま鍔迫り合いに持ち込んでいく。

 白土の力に吹き飛ばされないように、少年は白土の力が作用しにくい大剣の柄に近い位置に双剣を滑らせる。

 少年の判断の早さに息巻きながら、青衣の男は剣に込める力をさらに強める。

 

「岩の壁は出さないんですか……?」

 

「悪ぃな坊主。この戦闘の速度じゃさすがに使えねぇよ」

 

 この建物は一階毎に3m程度の高さがあり、床も1mほどの厚さなので三階のここまでは12mほどはある。

 白土が地面を隆起させたとしても、一度にここまで持ち上げるのには少しのタイムラグが生じてしまう。

 ほんの3秒か4秒か。

 今のような息つく間もない速さの戦闘では、そんな数秒さえ命取りになり得る。

 だから、白土はこの状況でルーン魔術は使えない。

 

「いや、そうだったほうが助かりますけどっ……!?」

 

 少年は言葉を言い終えるのと同時に剣を弾き、一歩後ろに下がる。

 少しの間拮抗していたとはいえ、鍔迫り合いとなれば白土がかなり有利な態勢だ。そんな状況をみすみす続けさせる訳にはいかなかったのだろう。

 まして、ルーンによる追撃の可能性がないなら尚更だ。

 さらに一歩退き、双剣を構えたところを見た白土は少年が駆け出すのを待つまでもなく大剣を横一文字に薙ぎ払うように振るう。

 少年は上半身を低くして、さらに右手の小太刀で上に弾いて、一気に白土の間合いへ入り込む。

 そのまま左手の小太刀による斬り上げへ繋げる。

 大剣は上へ弾かれた。

 防御には使えない。

 大剣を手放して回避するか。

 いや、間に合ったとしてもこの先が不利になる。

 大剣が破格の攻撃力を持つのは、白土の膂力によって振るわれるからであり、ルーンも魔力を流すことで初めて起動できる。

 それだけではただの鉄の塊でしかない。

 対して白土の見立てでは、少年の持つ双剣はかなりの業物だ。

 きっと凄腕の刀工に打たれた刀であるのだろう。

 それが、手放されたなんの力も込められていない大剣に激突したのならば、間違いなく打ち負けて折れるのは大剣のほうだ。

 この状況においてそれは致命的。

 

「貰っ────」

 

 回避も防御も不可能。

 思考による判断ではもう間に合わない。

 ならば、本能の流れに身を委ねればいい。

 

「甘ぇ!!」

 

 幾度となく修羅場を潜り抜けてきた白土の経験が、この場を切り抜ける記憶を反射として引きずり出してきた。

 上に叩きあげれた大剣の勢いに身を任せて脚で跳躍し、その軌道のなかで少年の腹を蹴り上げる。

 それは奇しくも、少し前に少年自身が危機を脱する為に白土の斬り上げを利用して階段を一気に駆け上がったときとよく似た動きとなった。

 少年は苦痛に耐えるように歯を食い縛り、片眼を閉じながら、二歩後に尻餅をついて倒れる。

 

「おわっ」

 

 それでも、無茶を通して危機を脱したに過ぎない。

 むしろ体勢を崩し、脚を負傷した状態の跳躍など不完全もいいところだ。

 乱れたバランスがさらに乱れ、白土も三歩後に転んだ。

 

「ぐっ……!」

 

 白土より一瞬早く倒れた少年は、同じように一瞬早く起き上がる。

 立ち上がったままの勢いを殺さずに駆け出す。

 一秒すらかけず白土に到達した少年は、双剣を交差させて白土の胴に斬りかかる。

 白土も右手の大剣を振り抜いて防御する。

 再び鍔迫り合いになる。

 だが、前とでは状況がまるで違う。

 白土は倒れ、思うように力を込められない。

 少年は立っている。

 踏み込み、勢い、腕力、力の全てを剣に込められる。

 さらに上からかけることの出来る圧力。

 これが、少年の力を倍加させる。

 

「まったく。ホントに痛いところを突くのが上手いよな坊主……」

 

「そうでもしないと勝てないだろっ!」

 

「ハッ。威勢がいいこって!!」

 

 少年と同じだ。

 白土だって、自分にとって不利な状況をいつまでも続けてやるわけにはいかない。

 左足で少年の太もも辺りに蹴りを入れ、体勢が少し崩れた瞬間に剣を押し上げて少年を後退させ、その隙に立ち上がる。

 

「っ……まだまだぁ!!?」

 

「そうこねぇとなぁ!!」

 

 互いに叫ぶ。

 少年は、歯を食いしばり、眉間にシワを寄せ、元々逆立っている赤髪が燃えているかのように錯覚させるほど、さらに逆立たせて。

 険しい表情で、まるで自分自身に誓うように。

 白土は、目を見開き、口角を上げ、身体から流れ出ていく血も相まって地獄の猟犬を思わせる。

 獰猛な表情で、まるで肉食獣が狩りを楽しむように。

 

キィィィン。

 

 鋼の激突音がビル全体を揺らす。

 ただ、攻防はそれでは終わらない。

 少年は左手の黒の小太刀で大剣を滑らせ、宙へ浮かせる。

 続けて右手の白の小太刀が逆袈裟に振り下ろされる。

 小太刀の軌道が、白土の首筋に迫る。

 後ろに跳躍しすんでのところで回避し、小太刀は白土の着物を掠めただけとなった。

 白土はすぐさま反撃に転じる。

 左足で踏み込み、強烈な幹竹割りを少年に振り下ろす。

 少年はこの一撃を受けるのは不可能と判断し、左に半歩動いて躱そうとする。

 その瞬間、白土が雄叫びを上げる。

 

「坊主ならそう来るよなぁ!!」

 

「ぐはっ……!?」

 

 大剣の軌道を強引に止め、右足で少年の脇腹に蹴りを入れる。

 回避しようとした動きが逆に、蹴りを少年の脇腹へとさらに食い込ませる。

 予想外の攻撃に苦痛に顔を歪ませながら、少年はその場に倒れた。

 

「そろそろ慣れてきたぜ。この暗闇と……お前の太刀筋にな」

 

 倒れた少年がこちらを見るのを確認してから、白土は語ると同時に笑ってみせる。

 先程の攻撃は偶然ではない。

 少年の動きには癖がある。

 絶対に喰らっていけないと判断した一撃を避ける際にはかなりの確率で左に動く。

 恐らく利き足が右なのだろう。

 右足のほうが正確に動かせる為、右足を引いて胴を捻り左に避けてから反撃に転じる。

 そういう動きが染み着いているのだ。

 恐らく少年自身に自覚はない。

 技を磨くなかで自然と身に付いた無意識の型といえる。

 そんな癖にあった隙を突いた形となるが、白土の体感ではこれがかなり難しい。

 少年の眼は鋭い。

 本気の一撃と(フェイク)の一撃を瞬時に、それも的確に見分けて対応してくる。どれだけ殺気を織り混ぜても、この一撃が本命ではないことを見抜かれるのだ。

 だから、本気の一撃を放つ必要があった。

 殺気も力も踏み込みも、それら全てを乗せた本気をぶつけにかかった上で、その一撃を囮にしなくてはいけない。

 無論。そんな無茶を可能に出来るのは、白土の日本人離れした屈強すぎる肉体があってこそだ。

 

「坊主よ……とにかく俺が一歩リードだな」

 

「……嘘だな。あんな無茶、その身体で何回も出来るわけがない」

 

「さぁ、どうだろうな」

 

 白土は少年の反論をおどけた口調ではぐらかしながら、僅かに目を細める。

 さっき見せた笑顔の意味を、少年に見透かされている。

 笑顔には、勿論狙いが的中したことへの喜びもあったが、それ以上に健在であると思わせたい意図があった。

 路地裏の戦闘で、白土は左足の太ももを負傷している。

 そのときは、少年が致命傷になり得る一射を囮にして二射を命中させるという手段を取った。

 今の白土と同じように……。

 それはひとまず置いておくとして、矢で貫かれた太ももの負傷は、止血し、包帯を巻きなどの応急処置を施した今も鈍い痛みで白土の動きを苛み続けている。

 そんな状態のまま脚を先程のように無茶し続けていれば、怪我の容態はさらに重くなり、さらに動きは鈍くなる。

 だからこそ笑ってみせた。

 健在をアピールして警戒させ、最初からその癖を意識させて現れさせないようにすれば、結果的に少年の動きを阻害したうえで体力の消費を最小限に抑えることが出来る。

 が、狙いを見抜かれては、逆に限界が近いと教えてしまったようなものである。

 余計なことをするのではなかったと、白土は心のなかで舌打ちをした。

 

「おい坊主。お前、あとどのくらい動ける」

 

 白土は一呼吸を置いて少年に問うた。

 起き上がろうと立ち膝の体勢をとっていた少年が顔をしかめながら答える。

 

「なんだよそれ……」

 

「いいから答えろ」

 

「答えて俺になんかメリットがあるのか?」

 

「そりゃ、俺だけ動けなくなってきてるって分かったのは不公平だろうがよ」

 

「アンタが勝手に口を滑らせただけだろ」

 

「っ、うるせぇな!?……お前だって俺にちゃんと勝ちたいとかなんとか言ってたろ。答えねぇと降参するぞ」

 

「えぇ……なんだよその脅し」

 

 少年は少し呆れたような目で白土は睨み、困惑の混じった言葉を返した後、瞬きを挟んだ。

 白土だって脅しのつもりはない。

 完全に苦し紛れだ。

 そして言葉にした以上、本当に答えなかった場合は降参するつもりでいる。

 意地の張りどころを間違えている気がしてならない。

 

「……同じく。もうあまり動けそうにないよ」

 

 少年は立ち上がり、双剣を構えて答える。

 返答を聞いた白土は、深呼吸して眼を閉じる────。

 

「そうかい……あぁ、まだ続けてぇなぁ」

 

 言葉を聞き、噛み締めるように出した言葉。

 それと同時に再び開いた黒眸には僅かながら寂しさが宿っていた。

 

「戦うのが好きなのか?」

 

「あぁ……戦ってるときは余計なことを考えなくて済むからな。ただ本能と経験に任せて動く感覚が心地いいのよ」

 

「……殺し合いなんだぞ」

 

「そうじゃなかったらもっと楽しかったぜ」

 

 数多の戦場を経験した白土は、殺すという感覚には既に慣れていた。

 そうしなければ生きていられなかったし、そういう世界でしか生き残る術を持たなかったから。

 

─────まぁ、戦場だしな。

 

 そんな諦観を抱くより他に道はなかった。

 ただ、それでも人を殺すという行為に抵抗があることもまた事実だった。

 どこかで折り合いをつけるしかない。

 でもそこまで捨てる気にはなれない。

 だからこそ、全ての人を幸せにするなんて馬鹿げた御伽噺を本気で夢見ているあの男が、白土には光って見えた。

 その姿を近くで支えたいと思った。

 男の夢の先を共に見たいと思えた。

 それが、白土佐薙が今ここに立っている理由であり、戦う意義だ。

 

「……」

 

 そして今、あの男と同じようにまっすぐな眼をした少年が白土の目の前に立っている。

 そんな少年を前にしては、手心を加えたほうが無礼というもの。

 少年が白土に敬意を払ってくれたのと同様に、白土も少年に敬意を以て少年を打ち倒す。

 それに、やっと勝つ準備も整ってきたところだ(・・・・・・・・・・・・・・)

 

「まだ倒れてくれるなよ!!?」

 

「言われなくても!!」

 

 白土の言葉を一蹴して、少年は突撃する。

 左の小太刀で袈裟に迸る。

 大剣の横に突き刺し、刀身の太い幅を利用して防御すると直後に大剣を軸にして跳び上がり、少年の左側目掛けて蹴りを入れる。

 だが、さすがに二度目では通用しない。

 左腕で蹴りを受け止められ、接触の瞬間に一歩下がられて威力をいなされた。

 

「……っ」

 

 着地した瞬間、太ももに鈍い痛みが走る。

 苦痛により、白土の動きが止まった一瞬に少年は体勢を低くしながら左下の懐へと回り込む。

 次は右手による左一閃。

 これに対し、大剣を引き抜いて右に切り上げる。

 

「うぉぉお……!!」

 

 じりじりと。

 歯を食い縛って、剣を握る腕の力を強める。

 一歩進み、押し負け、退いては奮起してまた踏み出す。

 退いて体勢を立て直すのが懸命な判断か?。

 否。

 結局のところ、同じことの繰り返しだ。

 終わりの先延ばしでしかない。

 互いの技は全て出し尽くした。

 技をぶつけ合う段階はとっくに過ぎている。

 

「こっからは……意地の張り合いだ!」

 

 大剣で右の小太刀を弾き、そのまま回転して、逆袈裟へと繋げる。

 少年は身を捻り、大剣は赤髪を掠めたもののすんでのところで避け、標的をすり抜けた大剣はそのまま地面に突き刺さる。

 

「体勢が崩れてらぁ!!」

 

 上体が反れていた体勢で無理矢理身体を捻り、バランスが崩れた少年の腹に、白土の右足による蹴りが炸裂する。

 正面を向き、片足を胴とほぼ直角に上げた蹴り。

 プロレスで言うところの16分キックであり、一番普及しているのはヤクザキックという名称だろうか。

 

「ガッ!!?」

 

 身体の芯まで響いた衝撃に、少年の童顔は苦痛に歪み、足は床を離れた。

 そこで終わりではない。

 中心に到達し、尚も進み続けた力の流れは、ついに少年の身体の外へと弾け飛び。

 少年もその流れに巻き込まれて吹っ飛ぶ……

 

ガシッ

 

「っ!?」

 

 ……筈だった。

 手応えはあった。

 蹴りの力は全てを、漏らすことなく少年に伝えた。

 少年にいなされ、十全とは言い難い威力でも少年は倒れ込んでいた。

 さらに今の蹴りは間接の曲げ伸ばしに体重を乗せるだけの簡単なものだが、それ故に屈強な体格を最大の武器とする白土と相性が良く、脚を負傷した今でも高い威力を発揮する。

 今の蹴りをまともに喰らったのであれば、無事で済まないのは明白だ。

 しかし、少年の身体は白土から離れない。

 何故か。

 少年の左手が白土の脚を、掴んで放さないから。

 

「だから言ったろ」

 

 少年が白土の脚を支えに空中で体勢を立て直して着地する。

 そして。

 ゆっくりと。

 はっきりと。

 痛みに耐える為に歯を食いしばった表情は険しく、けれど確かに覚悟の籠った琥珀色の瞳が白土を見据える。

 

「今みたいな無茶が何度も出来る訳ないって……!」

 

 こんな言葉を口にして、未だ左手で握りしめた白土の左足を、白の小太刀で突き刺す。

 

「ぐっ!?」

 

 脚を源流とする鋭い痛みが、白土の頭の刹那を支配する。

 今も尚、痛覚に多くの機能を塗りつぶされた頭で、何故少年が蹴りを耐えた理由を理解する。

 確かに、今の白土は右足を通して力の全てを伝えた。

 そう。今の(・・)

 太ももを負傷した左足の踏ん張りが、そも万全である筈がない。

 

「くそが!!」

 

 白土は痛みを振り払うかのように吐き捨てながら、コンクリートの床に突き刺さった大剣を引き抜いて斬り上げる。

 少年は上半身を低くしてなんなく躱す。

 次に脚に突き刺した白い小太刀を引き抜き、左手には閃光が迸る。

 直後の左手には、黒い小太刀が納まっていた。

 対する白土は、右足を固定していた白い小太刀が消えたことで左足で後ろに跳ぶ。

 体勢を崩しながら四歩後ろに着地する。

 

「これで……」

 

 静かな決意の声を上げ、少年は白土に向かって駆ける。

 少年にとって、これは決着の一撃となる。

 実際、左足の太もも、右足のふくらはぎを負傷し、強靭な白土の身体をもってしても、まともな踏み込みは数回が限界だ。

 まして、今の白土は体勢が崩れ、立て直すのにだって数秒を掛けてしまうだろう。

 だが、少年は一秒と掛けずに白土に辿り着く。

 絶体絶命。

 詰み。

 

「……ハッ!」

 

 そんな状況のなかで、男は獰猛に笑った。

 口角をつり上げ、歯を剥き出し、かといって目を細めることはなく、その眼はそらさず少年に向け、動物の威嚇に近い何度目かのソレを。

 敗北が喉元まで迫っているというのに。

 まるで勝利を確信したかのように。

 

───────────否。

 

 ように、ではない。

 確信したのだ。

 訂正しよう。

 先程の表情は威嚇などではない。

 よく似てはいたが……確実に違う。

 アレはむしろ、獲物が思惑通りに動いたときの狩人が見せる喜びの感情そのもの。

 

「坊主、出血大サービスだ。そらよっ!!」

 

 男は叫び、大剣をコンクリートの床に叩きつける。

 

「なっ……!!?」

 

 大剣コンクリートの表層が砕いてから瞬間の出来事。

 その刹那に白土が切ったカード、戦況をひっくり返すには十分だった。

 コンクリートを砕き、少年の左斜め下から。岩の壁がせり上がってきたのだ。

 岩の壁は白土の胴を斬ろうと袈裟に振るわれた少年の黒の小太刀を弾き飛ばし、少年の視界から一瞬だが白土を消えた。

 

「そんでもって、上体は仰け反るよなぁ!!」

 

「っ……しまった!?」

 

 勝利の目前にした狩人にもう痛みなど関係がない。

 強靭な踏み込み。腰の捻り。単純な腕力。

 全てが注がれ横に薙ぎ払われた白土の大剣は、岩の壁ごと、辛うじて打ち合った白の小太刀を粉砕して、少年を吹き飛ばす。

 その勢いは壁を砕き抜き、少年を隣の部屋まで運んだ。

 

「ちとやり過ぎたな……」

 

 疲れたように大剣を肩に乗せた白土はぼやきながら大穴が開いた壁を通り抜ける。

 足を引きずり、砕かれたコンクリートの塵が煙となって穴の周囲を満たしているのを潜り抜けて、部屋を進んだ数歩先。

 白土が見下ろす先には、壁に叩きつけられ思うように呼吸も出来ず、地に伏せるしかない少年の姿があった。

 

「ガハッ……ゲホッ、ゲホッ、ハッ、ハァ……ハァ……」

 

「まだ息があるかよ。大したもんだな坊主」

 

「なん……で、使っ、えないんじゃ……」

 

「あぁ、嘘は言ってねぇさ。あんな速さで剣をぶつけあってたんじゃあ、とても一度には岩を持ち上げてこれねぇ……一度には(・・・・)な。そう言ったよな」

 

 白土の言葉が意味すること。

 今一度説明するが、白土のルーンの術色は剣を地面に叩きつけることで、剣の中に刻まれた『大地』『流動』『固定』の3つのルーンを瞬時に連続して起動し、地面を隆起させる。

 この時、剣を叩きつけた位置が地面に接しており、そこまで魔力を流すことが出来れば、問題なくルーンは発動する。

 例えば今の場合、コンクリートを叩けばその下に接した地面まで魔力を流すことで地面をここまで隆起させたことになる。

 但し、この方法ではコンクリートから下まで魔力を流すという工程が発生するため魔力を流してから術色効果が発生するまでに若干のタイムラグが発生する。

 加えて、アスファルトの下にある地面とこのビルの三階までは約12m。

 白土が剣を叩き付けて、一度に地面をここ場所まで隆起させるにはどれほど短くても3秒ほどかかる。

 そう。

 

─────────一度に(・・・)は。

 

「俺がなんの意味もなく、ただ剣をぶん回してるとでも思ったかよ」

 

「……っ!?」

 

 先刻までの剣戟の最中にも、白土は勝利の為の布石を散りばめていた。

 左足を負傷していた白土は大剣を普段より大きく振っていた。

 少年の追撃を凌ぎながら、剣が床に突き刺さる一瞬に、その度に、底を尽きかけている魔力で出せる最高速度で地面を持ち上げてきた。

 そして。

 敗北が首元まで競り上がった瞬間。

 少年の指が、白土の命に掛かりかけたタイミングで、勝利の布石は完成した。

 一つ。隆起させた地面がここまで届く直前にあること。

 二つ。少年の剣が振り下ろされる直前の回避不可になる瞬間。

 三つ。少年が勝利を確信し、回避という選択肢を消す瞬間。

 三つ目を満たす為に、少年に全力でぶつかり、少年の全力を引き出さなくてはならなかった。

 白土の闘いに全てを賭けてもらわなくては、少年にとって勝利の価値が小さいものになる。

 それでは、少年は気を抜いてくれない。

 今の条件を踏まえた上で、少年が白土を越えてくれることを信じなくてはならない。

 

「まぁ、坊主は強かったから、そういうタイミングを見つけることはかなりムズい賭けだったけどな」

 

「……」

 

 少年は口を開かない。

 おそらく視界も判然としないのだろう。

 ぼやけているであろう半目が、辛うじて白土の輪郭を捉えているだけだ。

 そんな姿に白土は、なんとなく寂しさを覚える。

 

「……少し話そうぜ」

 

 答えはない。

 当然だ。

 少年の耳には白土の言葉は届いていない。

 あるいは、白土の言葉を少年の脳は正しく理解できていない。

 それでも、白土に心の内にはまだ取り除いておかなくてはならない“しこり”が残っていた。

 

「一つだけ、聞いておきてぇことがある」

 

 違和感と言い換えてもいいソレは、やがて大きな波となって、白土が今まで積み重ねたきた勝利への布石を全て飲み込んでいくような直感が、白土にはあった。

 その根を辿れば、今まで数々の修羅場や強敵との闘争を潜り抜けた白土にとっても、少年には異質なものを感じていた。

 剣の腕も、弓の腕も、目を見張るものがある。

 なぜ今まで戦場であいまみえなかったのが不思議なほどに。

 だが、剣を打ち合わせるときに垣間見える虚ろ。

 闘志はある。殺意も感じる。守るという意思もある。

 だというのに、剣を打ち合わせるとそれらを吸い込む闇のように深い沼を覗くような感覚を覚える。

 だからこそ、白土はその違和感に答えを出さなくてはいけない。

 勝利を磐石のものとする為に。

 勝つ者の義務として。

 

「お前の『勝つ準備』ってのはなんだったんだ……?」

 

 最後の闘いが始まる前の少年の言葉。

 それが整ってきたと、少年は口にした。

 白土が知りたいのは、その『勝つ準備』とやらが整っているのかいないのか。

 もうこちらは奥の手を切ってしまっている。

 さらに両足を負傷して、もはや走ることも出来ない。

 整ってしまったなら、手を伸ばせば掴める筈の勝利の輝きがまた遠のいていくのだから。

 

「……!」

 

 ピクリ。

 少年の指が動く。

 ようやく白土の言葉に反応を見せたのか。

 それとも、ただ動かせる箇所を動かしただけか。

 次に手を握って拳を作り、それを広げてからもう一度拳を作る。

 身体が動くかどうかの確認だろうか。

 次は足が動くか確かめてから、立ち上がるつもりか。

 大剣に薙ぎ払われてまだ動くかよ、白土は心のなかで愚痴を溢す。

 しかし、それを大人しく待っていられる程、大男は寛大ではないのだ。

 

「悪りぃがさせねぇよ!!」

 

「っ!?」

 

 大剣が振り下ろされるのを辛うじて感じたか。

 少年は右に転がって躱す。

 虚空を切った大剣は、コンクリートを砕く。

 しかし、もう魔力は流さない。

 もう一度この場所まで地面を持ち上げるだけの魔力は残されていない。

 

「だからどうした!!」

 

 その後も転がりながら、白土が剣を引き抜く合間に距離を取る。ただ、届かない距離ではない。

 強引に大剣を掬い上げて少年を叩き上げようとする。

 

「ガッ!!??」

 

 踏み込んではいない。

 腰の捻りと腕力だけで振るった一太刀は、それでも踏ん張る両足の軋む痛みで鈍り、少年の赤いパーカーの布を裂いたのみとなる。

 その間にも、少年は白土から距離を取り、転がる勢いを利用して片膝をつく体勢へと移行する。

 

「ハァ……ハァ……ハァ……」

 

「へぇ、まだやれるかよ。お前化け物なんじゃねぇの?」

 

「それは……お互い様だろ」

 

「確かにな。俺も俺で化け物か」

 

 そう言って、白土は自分の足元を見る。

 左腕と背中。

 左足の太もも。

 右足の足首。

 先の3つには応急処置を済ませたが、先程負傷した足首からは今も血が流れ続けている。

 もうまともな踏み込みも出来ない。

 さらには、このまま止血しなければ、いつ出血多量で倒れてもおかしくはない。

 問題はそれだけではない。

 魔力もほぼ尽きている。

 もう地面をここまで持ち上げるだけの余力はない。仮に残っていても、こちらの狙いだったルーンによる奇襲はもう晒してしまった。

 もう軽率に距離を詰めてはこないだろう。

 ここから先は、命だけでは賭け足りない。

 

「まぁ、こんな化け物ももうすぐ限界らしいぜ」

 

「そうは見えないぞ」

 

「この傷だらけの身体を見てもかよ」

 

 少年に苦笑いを浮かべて答えた白土は、次に息を吐き出して呼吸を整える。

 右腕に大剣に殺気を込めて構える。

 踏み込むことはおろか、踏ん張りすら不完全な脚だ。

 それでも勝とうともがけばもう、腕に全てを込める他ない。

 力も。命も。魂も。

 文字通りの全てをチップに、男は最後の賭けに出る。

 

「来ないのか?」

 

「このままチンタラ戦ってたら俺は失血死だろうが」

 

「……っ。アンタそれを俺に教えたら」

 

 その言葉で、少年は白土の意図に気付いたようだ。

 まともな一太刀さえ振るうことのできない白土がこのまま戦ったとして、良くて敗北悪くて失血死だ。

 万全に近い状態でも長引くほど、白土と少年の相性はお互いに悪い。

 互いが互いの長所を長所を潰し合うのなら、どう転んだって今状態で勝ち目はない。

 もう自分の力じゃ勝てないのなら、少年の力だって借りる。

 

「勝つにはもうこれしかねぇんだよ」

 

 白土の狙い。

 それはカウンター。

 次に間合いに入ってきた少年の一撃に合わせ、膂力の全てを込めた大剣で薙ぎ払う。

 それが今の白土が取れる選択肢のなかで、一番勝算が高いもの。

 だが、これは賭けと呼ぶにはあまりにも──────。

 

「俺がこのまま動かなかったら、アンタの賭けは賭けにすらならない」

 

「あぁ、そうだな。お前には乗らざるを得ない理由があるわけでもねぇもんな」

 

 互いにチップを賭けなければ、ゲームは成立しない。

 少年が一撃を入れに白土の間合いに入らない限りは、白土のカウンターを狙う策だって機能しない。

 まして、少年がなにもしなくても白土はいずれ失血死だ。

 その前に白土が気絶するかもしれない。

 少年にとっては、手負いの状態で白土の間合いに侵入する理由もメリットもまるでない。

 ここまで相手に依存するような策は策とは呼べない。

 ただの願望であり、意地だ。

 

「このまま負けたくない俺の最後の意地だ」

 

「……そこまで俺に言ったら、俺は動かないだろ」

 

「そこはまぁ、お前を信じるだけだ。お前は嘘つけねぇだろ」

 

 白土の言葉を聞いて、少年はゆっくりと眼をこちらに向けて双剣を構える。

 

「来るかよ。馬鹿だなお前」

 

「まぁ、このまま時間稼ぎに徹して自爆でもされたらその方が困るし……」

 

「それもそうか」

 

 無論。白土に自爆などの手段は残っていない。

 それをブラフにすれば良かったとも考えたが、結果として少年をこちらに誘い込むことに成功したらしい。

 少年の口調から察するに、本当に自爆などの手段を警戒しているわけではなく、半ば呆れながら付き合ってくれいている感じだ。

 

「でも、こっちとしても都合がいいからな」

 

「ん?そりゃどういう……」

 

「礼を言っておきます。さっきの攻撃でようやく全てを掴みとった」

 

 言葉と当時に少年は両手の剣を手放した。

 手放された剣が霧散するまでの一瞬に、少年は白土へと駆け出す。

 意識を向けていた剣が少年から離れ、反応が遅れた白土はすぐに切り換えて、腕に力を込めながら大剣を振りかぶり、腰を限界まで捻り、力を閉じ込める。

 反応は一瞬遅れたが、少年は丸腰だ。

 意図は知らないが、これならばカウンターの必要すらない。

 思わぬ幸運。

 ならば───────────。

 

「上から叩き潰す!!」

 

「……っ!!」

 

 少年が白土の間合いに入った瞬間、白土は剣を振り下ろす。

 直後。

 少年がなにかを唱え、手元が輝く。

 

ガキィン!!

 

「なっ??!!」

 

 白土は驚愕する。

 その目に写る全てが、あり得ないから。

 少年が倒れていないことも、丸腰だった少年と剣を打ち合っていることも、その剣が。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その剣が────────白土の大剣だったことも。

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