東京都渋谷区 トライセンデンス社日本支部。
「相変わらず巨大な建物だな。サ―――モモンはまだ来ていない様だが何をやっているんだ?」
『帰宅ラッシュの渋滞に捉まって遅れると連絡がありましたわ。仕方が無いので先に騒ぎを起こしましょう』
警察からは逃げ切ったものの、今度は渋滞に捉まった漆黒のモモン。
イビルアイの横で『ブーン』と飛んでいるクワッドコプターのドローンからラナーの音声が響く。基本的には市販の物と大差が無いのだが、サブマシンガンが搭載されている軍用モデルだ。
他にも消防や警察に民間の流通業に至るまで幅広く普及して使われており、この時代では外を歩けば必ず目にする程、自動車並みにメジャーな道具である。
そんな物をユグドラシルにダイブする時と近い感覚で同時に10機程操っている。ラナー本人は上空でヘリをオートパイロットにしてホバリング中だ。
トライセンデンス社のエントランスに近づくと、働いていた社員達が泣き叫びながら
大企業に勤めているからと言って人生安泰とは限らないなんて言われてはいるが、上層部はともかく何も知らない末端社員が哀れである。
この陸上選手の如く全速力で走って追いかけて来るゾンビはリグリットが映画や海外ドラマを基にパ―――インスパイアを受けて開発したオリジナル魔法だ。
「……おい、リグリットの奴、少し派手にやり過ぎでは無いのか?」
『あらあら。コンプライアンスを疎かにして社員や市民に犠牲者を出すなんて、とんだブラック企業ですわね。これはきっと社会も黙っていないでしょう』
嫌な予感的中と言わんばかりに『やっぱりな。やっぱりこうなるよな』と若干ジルクニフと同じ様な悟りの境地に達しつつあるイビルアイ。
ちなみにジルクニフ本人は千年以上悩まされた末に仙人の様な悟りの境地に到達している。
「だから私は気が進まなかったのだ……市民の犠牲は本当に必要なのか?これではゲヘナの炎と同じでは無いか。死の螺旋でも起こす気か?」
『ワールドイーター達でも、ゾンビ騒ぎが発生して犠牲者が出れば世界中でニュースになり誤魔化しようが無くなりますからね。彼等はこの会社を切り捨てるしか無いでしょう……言ってしまえば、これは二つの世界同士の戦争ですから割り切るしかありません』
そんな会話をしていると『うわぁああ!』と叫び声を上げながら社員が空から降ってきて『ぐちゃり』と嫌な音を立てて血肉がアスファルトに飛び散り、遅れて数体のゾンビも降ってきて同じように潰れる。
どうやら、屋上に追い詰められた社員が400mの高さがあるにも関わらず飛び降りたらしい。
「……」
「……さあ、参りましょうイビルアイ様……こう言ってしまうのは何ですが、世界がここまで荒廃するまで見て見ぬふりをしてきた彼等にも非があるのです……それにラナー様が目指す二つの世界の民が共に繁栄する未来を叶える為には必要な事なのです」
クライムとて、本音では自分達自らが『ゲヘナの炎』と同じ事を行うのには抵抗がある。しかしながら、この世界の歴史を勉強して『大を救うには小を犠牲にする必要がある』事を理解している。
それを受け入れる事が出来ずに自滅の道を辿ったレメディオスと違い、クライムはその事を受け入れている。彼自身が王国の貧困層出身で、ラナーに拾われた後も王国貴族達の腐敗を散々見てきた故に、時に致し方ない事があるのは重々承知している。
実はラナーが王国の民を長い目で見て救う為にゲヘナに一枚噛んでいた事を知った時に、きっと自分に罪を背負わせない為に黙っていたに違いないと、たかが家臣の為に一人で全てを背負う彼女の器の大きさを知り泣き崩れた程。
そして、ラナーという『希望』を信じているからこそ、全ての罪を家臣として共に背負うと覚悟したのだ。
それが例え血塗られた修羅の道であったとしても、その先にはきっと誰も悲しまない世界がある筈だから。
ガゼフ・ストロノーフが最後まで王への忠誠を貫いた様に、自らもラナーの剣として忠誠を貫こうと決めた彼の心は揺らがない。
「そこのコスプレしたお前達!何をやっている!早くここから逃げろ!」
「……武技……〈四光連斬〉!」
警備を4人同時に斬り捨てると、続いてラナーの操るドローン10機が室内を飛び回り次々と警備を撃ち殺していきクライムが撃たれないように援護射撃する。
クライムとラナーの息はピッタリで見事なコンビネーションで次々と警備達を倒している。
『クライム!伏せて!』
慌てて身を屈めると、前方を飛んでいたドローン一機がクライムを後ろから狙っていた敵に『ズガガガ』と弾幕をお見舞いしてハチの巣にする。
「申し訳ありませんラナー様。助かりました」
『うふふ。私達息がピッタリですわね』
クライムとラナーが警備を倒しまくっている一方で、イビルアイは後方で悩んでいた。既にゾンビが外に広がり周辺の市街地では大パニックが発生しており、彼等を助けるべきか、それとも任務に集中するべきか決めかねていた。
「武技〈領域〉」
(剣に迷いがあってはラナー様の足を引っ張ってしまう……それではラナー様の剣として失格)
目を閉じると脳裏に『俺はあのシャルティア・ブラッドフォールンの爪を切ったんだ!俺の剣が遥かなる頂に少しでも届いたんだ!』と満面の笑みを浮かべていたブレイン・アングラウスが思い浮かぶ。
第一席次や番外席次みたいに生まれながらにして神人の血が覚醒して従属神とも渡り合える才能を持っている彼等と違い、普通の人間で在りながら従属神にほんの僅かに少しでも届いた彼の存在はクライムにとって大いなる励みになっており、日々絶え間ない修行を積み重ねてきたのだ。
(考える事はラナー様を信じてお任せし、私はただアングラウス様のように剣の高みを目指すのみ)
目をカッと開くとブレイン・アングラウスから教わった究極奥義を使う。
「秘儀!〈爪切り〉!」
飛来してくる弾丸を次々と凄まじい速度で真っ二つに両断していく。
実際にブレイン本人が立ち会いシャルティアにも協力してもらった事もあり、シャルティアの爪をも斬る事が出来る、この究極奥義の前では弾丸など止まって見えるも同然である。
しかも、今の彼の装備は王族であるラナーがクライムの為に現実世界に持ち込んだ、ガゼフが嘗て身に着けていた王国の秘宝重装備で、使用している剣は師であるブレインから受け継いだ『神刀』である為に、かなり能力が底上げされている。
ブレインは生涯を掛けて編み出した集大成である究極奥義『爪切り』をクライムが受け継いでくれた事に真底満足し、幸せそうな穏やかな表情で安らかに晩年を迎えた。
きっと、従属神のセバスが本気で放った殺気に耐え切った心の強さを持つクライムならば、更なる高みを叶えてくれるだろうと信じて彼は全ての技をクライムに託したのだ。実際にコキュートスを相手にも10秒は善戦をした事で彼からも『武人の輝き』を認められており、ナザリックのバーで共に飲む程仲が良かったりする。
コキュートスやセバスがクライムを気に入っている理由は、言わずもがな、主の為ならば限界をも突破して成長して行く姿に、彼等は彼等でクライムにシモベとしての在るべき姿を教えられているのだ。
『助かりましたわクライム。危うくドローンを一機失う所でした。帰ったらご褒美をあげないといけないですね』
「い、いえ……その……私等にそのお気持ちは大変有難いのですが、その……」
『うふふ。あらあら可愛いですわね。私達は「夫婦」なのですから気にする事は無いのですよ、クライム?』
「は、はぁ……」
仕えるべき主であると同時に『妻』でもあるラナーに全く頭が上がらず、どのように接すれば良いか分からずに未だに困惑しているクライムと、それを楽しんでいるラナー。
「……〈
一方で悩みながらも折り合いを付けて警備に魔法で攻撃しているイビルアイ。
散弾の如く広範囲に広がった結晶にハチの巣にされてバタバタと警備達が倒れていく。オマケに
農耕都市カルネを蹂躙したワールドイーター達を倒す為に、この世界に乗り込んで来たので多少の犠牲は仕方が無いと承知しているのだが、『今度は自分達がプレイヤーと同じ事をしているだけでは無いのか?』とモヤモヤしていた。
しかしながら、ラナーやクライムの言い分も理解は出来て結果論的に言えば、『ゲヘナ』が引き金となり王国は以前とは見違える程に良くなった。多少は千年経った今でも一部で馬鹿な事を考えるフィリップ家の子孫の貴族等がいたりするが、それらは極少数である。
今ではジルクニフ皇帝とザナック陛下が『同じ問題で思い悩む同志』として互いの国に出向いては食事をする程に仲が良く、帝国と王国は親密な関係になっている。
もしも、
ある意味、聖王国の教皇ネイア・バラハやスレイン法国の神官長達の言う『神が人類に与えた試練だった』という解釈は的を射てるかもしれないなと思う。
(フッ……何も出来ずに王国みたいに腐って行くよりはマシか。良いだろう。英雄とは程遠いが、お前の故郷を救う為に、私はもう一度「国堕とし」になってやろう……恨むなよ、サトル?)
もしも、ラキュースが聞いたら喜びそうなのだが、『禁断の病』に罹っていた事を何も知らない故に『すまない、ラキュース。私はこの世界を救う為にもう一度、国堕としになる』と決死の思いで覚悟を決めていた。
今のイビルアイは『蒼の薔薇』では無く『漆黒』のメンバーだ。だから漆黒のやり方に合わせようと覚悟が決まる。
再び『国堕とし』としてナザリックのシモベ達と共にこの異世界で暴れてやろうと決意して本気を出したイビルアイは
「流石ですイビルアイ様」
「ああ、先程は悪かったな。私も覚悟が決まった。だがな、クライム。余り無理はするなよ?私も一緒に背負おう」
「はい!」
『それでは、エントランスホールは片付きましたからエレベーターに乗って地下の研究施設に侵入しましょう』
◇
「……随分と深いですね」
「……ああ、これでは何かあっても私達だけで対処するしかないぞ」
『地下500mの深さに広がっている巨大施設の様ですから、何があるかは分かりません。いざという時はクライムを連れて転移で脱出してください』
「わかった」
「そういえば、もし宜しければこれをお飲みください」
と、クライムがイビルアイに渡すのは『輸血パック』。
「む、これは……人の血か?」
『ええ。この世界では医療用の輸血パックがありますから、こっそりと動物の血を吸わなくても大丈夫ですよ?ウチの会社にはたっぷりとストックがありますので。今度、新しく開発している人工血液も試食してみますか?……色は白いですけど』
「よくわからんが、吸血鬼でも随分と住みやすい世界の様だな」
と、言いつつも『チュー』と輸血パックをジュースの様に吸っているイビルアイ。なんやかんや言って物凄く久しぶりに吸った人の血は凄く美味しく、全身に魔力が漲ってきてシャキっとする。
『この世界では「献血」と呼ばれる、怪我や治療の過程で大量出血した人に輸血する為に善意で血を提供してくれる人々がいますので、何も心配する事はありませんよ?味も大凡A型・B型・O型・AB型の4種類あります。厳密に言えば、もう少し細かく分類されていますが……そうですね、SNSのアカウントを開設して異世界から来た吸血鬼という事を明かしてクラウドファンディングを行えば、進んで血液を提供してくれるファンが出来るかも知れませんね』
ラナーの冗談を聞いて『おお』と少し感動するイビルアイ。吸血鬼の自分を受け入れて血を提供してくれる人々がいるなんて、なんて他者に優しい世界なのだと。
「宜しければ、どの様な物かご覧になりますか?」
クライムがスマートフォンを取り出すとイビルアイに見せる。ちなみにこの時代のスマートフォンは曲げれるのが標準で腕に巻いてスマートウォッチとして兼用して使う事が出来る。他にも『デジタルペーパー』と呼ばれる紙の様に折りたたんで使用できるタブレット端末も存在する。
「おぉ……絵や文字を触ると動くぞ。これが昔リーダーが言っていた『ねっと』か……む、これは……ルプスレギナか?もうこの世界の道具を使いこなしているとは……」
SNSでルプスレギナと思われるアカウントを見つけて適応力の凄さに驚愕するイビルアイ。『今夜はデートで焼肉っす(*´ω`*)』とか書かれていた。
(なんだ、この顔の様に見える文字の組み合わせは……!?いや、まさかな。たぶん何かの暗号だろう。それにしても、こっちは仕事しているのに随分と楽しそうだな……)
◇
一方で、ユグドラシル2を切り上げてスマホを弄りつつ、晩飯兼ねデートを楽しんでいるルプスレギナ。
「お?なんだか面白そうな動画がUPされてるっすねー。どれどれ……にっしっし、良い顔して逃げてるっす。ソーちゃんとエンちゃんにも転送っと」
なんだか渋谷で
それに鮫やら恐竜やらから人々が逃げ惑う映画を観ているのも面白いので、当面はモンスター映画やパニック映画で我慢しようと思うルプスレギナ。
遠くでは他の応援の警察車両も渋谷に向かっているのか、サイレンが鳴り響きかなり騒がしい。しかしながら、店内にいる若者のグループは『本物のゾンビだってよ?ヤバくね?』や『うわっ!グロッ!……食べながら見るんじゃなかった』という感じであり、ルプーと余り大差無かったりする。ドラゴンの大群を見て感覚が麻痺しているのと、渋谷からかなり離れていて他人事なのが大きいのだが。
「人が焼肉している時に騒々しい奴らっすね。それにしても、獣王メコン川様遅いっす」
ルプーがガッツリと肉を食うので顔を青くさせながらATMに向かったメコン川さんを待っているのだが、帰って来るのが遅いので『犬がお座りしているスタンプ』を送信してみる。日本政府から貸し出された物なのだが、一日足らずでスマホを使いこなす驚異の適応能力である。
ちなみに日本は毎年地震やら台風やら災害が多発する国なので、完全にキャッシュレス化してしまうと停電時に困る事もあり現金は未だに使用されている。
スリや強盗が多くて治安の宜しくない国では完全キャッシュレス化していたり、そこの所は国の事情によってケースバイケースだ。
「既読が付いたっす」
既読は付いたけど返信が来ないなと思っているとメコン川さんが戻って来る。
「ごめんごめん。お待たせ。いやぁ、なんだか大変な事になってるけど……魔導国が居れば大丈夫か。あ、すみませーん!ノンアルコールビール2つください!」
「あいよー」
焼肉と言えばビールが飲みたくなるが、デート中は意識をはっきりさせておきたいのでノンアルコールを注文する。折角の思い出を飲み過ぎて忘れてしまったら本末転倒だ。
流石に室内でゲームをして過ごすだけで終わるデートというのも申し訳ないので、今日は特別と言う事で大奮発している。それにこれから給料も良くなるし今月さえ乗り越えれば大丈夫だろうと深く考えない事にする。
「他に行きたい場所とかある?」
デートなんてした事が無いので、成功はしなくても良いが失敗は避けようと、取り合えず友人と遊ぶ様な感じで無理はせずに無難な道を選び続ける。変に無理をしてハードルを上げても後で自分が苦しむだけなので、自分が楽をする為にも常に自然体を目指す。
「うーん、ちょっと待ってくださいね……あ!下町のB級グルメを食べ歩きしたいっす!」
と、スマホでもんじゃ焼きの画像を『キリッ』とした表情で見せて来るルプスレギナ。彼女は彼女でデートのついでに美味しい物を腹一杯食べようという魂胆だったりする。自らの創造主に甘えてガッツリと奢りで食べまくる姿がユリ・アルファにバレたら怒られそうである。
(うわぁ……凄い食欲……一応中身は人狼だし、これが普通なのかなぁ?あぁ、お金が……)
お金に羽が生えて次々と飛んでいく姿が思い浮かぶ。しかしながら、デートで味気ない固形栄養食というのも面目無いしガッツを入れるしかないと覚悟を決める。でも、普段は固形栄養食で我慢してもらおうと思う。
(うーん、向こうでナザリックに頼んで何か食べ物を分けて貰えないだろうか?)
毎日こんな勢いで食われては、流石に破産してしまうと危機感を覚えるメコン川さん。この時、彼女が『リング・オブ・サステナンス』を使えば別に食べる必要が無い事を忘れていた。流石に10年経っているのでどんな装備を持たせていたかの詳細までは覚えていない。
メコン川さんが悩んでいるとスマホを弄っていたルプスレギナがネットで何かを見つけたのか急に話しかけて来る。
「獣王メコン川様、クイズっす!私は嘘しか言わない。本当でしょうか?嘘でしょうか?」
「それは簡単だよ。嘘だね。それが本当なら矛盾しているし、嘘なら矛盾は無いから」
「えー、なんでそんなに一瞬で解かるっすか」
「……いや、割と有名なパラドクスだよ?それ、絶対にネットで見つけただけだよね?」
デミウルゴスみたいな感じで答えを解説してルプーって頭良いね!と褒めて欲しくてクイズを出してみたのだが、一瞬で正解を答えられて『ぶー』と不貞腐れている。
一緒にいるだけでも幸せなのだが、やはり獣王メコン川さんに褒めて欲しいという犬が飼い主に抱くような承認欲求が芽生えて来ていた。
一体、ルプスレギナはSNSで何を書いているんだ?と気になって探してみると、アルベドのアカウントを発見するのだが……
(ふぁっ!?な、なんだこれは!?やべぇ、見てはいけない物を見てしまったぜ……モモンガさん、業が深すぎる……俺は何も見ていない)
そっとブラウザバックで戻るメコン川さんであった。
リリマル様、氷餅様、誤字報告有り難うございます。