拝啓、人類のみなさまへ。
拝啓、人類のみなさまへ。
如何お過ごしでしょうか。
お元気でしょうか。
大変お暑い日々が続いておりますが、体調など崩してはいらっしゃらないでしょうか。私どもは暑さなど微塵も感じないので、非常に元気に過ごしております。ただ、環境の変化に過敏なみなさんのことが心配で夜も眠れません。
おっと、愚問でしたね。
お元気な訳、ないですよね。
だってみなさん、もう既に滅亡したんですから。
「うおっっ……! で、でっかぁ……っ!」
荒れ果てた大地を、眩しい日差しが貫いた。
乾いた大地を、猛烈な亀裂が引き裂いた。
大量の亀裂を生み出すそれが、大地に悠然と
桃色の肌はまるでゴムみたいで。その体を覆う粘液はまるで油みたいで。
その姿を言葉にするなら、ミミズだろう。辺りに佇んでいる高層ビルほどの大きさのミミズ。廃墟の灰色に差し込んだ一筋の桃色が、俺に向けてその鎌首を
『……あう~、おっきい……。だ、大丈夫なのですか、これ?』
思わず見上げてしまう巨体を前に、俺は機械が剥き出しになった右手を構える。
そんな俺の隣には、右目を眼帯で覆った銀髪の少女が一人。ふよふよと宙を漂う彼女は、俺の外套を摘まむような素振りをする。その表情は、驚愕と不安で満ちていた。
「さぁ。ところで、あいつって食べれると思う?」
『……データベースを確認しても、ミミズを食べたなんて記録は存在しないのです』
「じゃあいいや。ぶっ放しちゃおう」
俺のぼやきに反応したかのように、その大ミミズは首を高く跳ね上げて。
直後、落下。重力も上乗せしながら、俺に向けて急襲を仕掛けてきた。あまりにも大きなその口が、太陽の光を大きく遮ってくる。
みるみる迫ってくるミミズの、その頭に向けるように。俺は構えた右腕に光を灯した。
黒い装甲に、それを区切る水色のライン。剥き出しの機械で出来た俺の右腕。そのラインの奥から橙色の光が溢れ、装甲もその光に沿うように形を変えていく。
ただ機械で出来ただけの右腕は、いつの間にか黒と橙色で彩られた銃器へと変形していた。
「ミディアムレアだ!」
掛け声と共に発砲。甲高い音を響かせながら、球状の光が飛び出していく。
体内のエネルギーを弾に変換して射出すること。それがこの形態の特性だ。実弾ではなく、エネルギー弾である。言い変えるなら、高熱砲だろうか。
連射された弾は、ミミズの頭部へと着弾する。それと同時に炸裂し、橙色の火花を上げた。
「へっ、きたねぇ花火だ」
『あ、それどっかの破壊王子の台詞なのです!』
データでのみ残ったマンガなるものの、それっぽい台詞。それと共に、銃口にふっと息を吹きかける。エネルギー弾故に煙なんて出ないから、雰囲気だけだけど。
なんて、調子に乗った瞬間だった。空を彩る爆炎から、再びあの大ミミズが現れたのだ。肌のところどころが焼け焦げて、黒い模様を携えたその姿。しかし火傷の痛みも無視しながら、とにかく大口を開けて俺に突っ込んでくる。
『ほわぁー!? い、生きてます!?』
「へぇ……! 環境汚染の突然変異って、熱に強い耐性でも持ってるんかね」
『そ、そ、そんなことより! このままじゃ潰されるのですー! ウィンタスくん、助けてー!』
「うるさいぞリエッタ! お前どうせ効かないだろ!?」
『ボクたち一蓮托生ですもん! って、あああ、目の前に! あー……もう!』
「チィ――――って、えっ? ちょっ」
不意に、俺の右手が勝手に動く。俺の意思も何も関係なしに、むしろ誰かに操られているかのように。俺の右手は、勝手に形態を変え始めた。
銃器になったはずのそれが、再び変形して。橙色の光が、徐々に集まっては太い線を描いていって。
収束した光は、一本の剣へと変貌した。橙色の光を帯びた、エネルギーの刃。それが爛々と、俺の腕から伸びていた。腕のラインは水色に戻り、されど先から伸びる刃は眩いほどに橙色。
しかし右手は、まだ止まらない。迫り来る大ミミズに向けて、むしろバネのように一瞬後退して。かと思えば、肘のジョイントパーツから加速装置が顔を出す。その突然の変形に理解が追い付かないというのに、その装置からは猛烈な炎が溢れ出した。
「うおっ……!?」
まるでジェットだ。ジェットが俺の右腕を勢いよく加速させ、その切っ先を射出した。目の前まで迫ったミミズの脳天に向けて、渾身の突きを放ったのだった。
「ぐっ……!」
脳天に、高熱の刃が突き刺さる。一瞬で内部まで引き裂いて、恐ろしいほどの血飛沫が溢れ返る。
されど、そんなものでは巨体の衝撃は収まらない。大ミミズは止まらず、危うく俺の体は吹っ飛び掛ける――――。
『えいっ』
その瞬間だった。
彼女――リエッタの声が響く。
俺を
その小さな声と共に、俺の右脚はまるで杭のように大地に突き刺さる。さらにその表面から大量のバーニアを剥き出しにさせた。
「ちょまっ……」
轟音と共に、激しい炎が噴き上がる。肘のものよりもさらに強いその出力で、ミミズの正面衝突に拮抗。それどころか、その巨体を大きく押し返した。
直火に炙られ塵になってしまったズボンの右脚部分。覆うものを失って露わになったそこには、またもや剥き出しの機械で出来た脚が伸びていた。
◆ ◆ ◆
「俺言ったよな。急に俺の体
『です』
「あれされると凄くビビるんだよ。あとめっちゃ怖いんだって」
『あう』
「だからな、あーいうのはしないでくれって、俺言ったよな。昨日さ」
『なのです』
「まだ十六時間と二十四分六秒しか経ってないんだよ、言ってから」
『おぉ~……相変わらず細かいのです』
「うるせ! 俺は怒ってんだよ! なんで!? なんですぐ俺を使うの!?」
訴えかけるような俺の怒号。それを前に、リエッタは顎に手を当ててはじっくりと考え始める。
そして、数秒の間を置いた後に。
彼女は、照れくさそうに両手を頬に当てた。
『……だって、ウィンタスくんが乗っ取ってほしそうだったから』
「は?」
『ボクとウィンタスくんは二人で一つ……一蓮托生なのです。運命共同体なのです!』
「いや、え?」
『ボクたちは二人で完璧で、互いに互いを支え合っていかなくちゃダメだから……。だから、ボクはよく考えるのです。ウィンタスくんは、どうしたら喜んでくれるかなって。あなたの
「…………」
『そしたら、ウィンタスくんはボクに乗っ取ってほしいって――――』
「そんなこと一ミリたりとも思ってないからっっ!!!!」
満面の笑みでそう言い放つこいつを前に、今日一番の俺の声が轟く。
どこまでも並ぶ廃墟に俺の声が反響して、山彦のように風の音色を掻き乱していった。
――――拝啓、人類のみなさまへ。
とんでもねぇ奴を贈ってくださいましたね。マジで死にやがれ。あっ、もう死んでるんでしたねざまぁ。
…………。
いや、やっぱ死なないでくださいマジで。
どっかで生きててください。
恥も外聞も捨てて言います、助けてください!
俺をこいつから、早く解放してください。お土産に何か持っていきますから。
◆ ◆ ◆
「……さて、と。大ミミズ、とにかく討伐したな」
『でっかいミミズなのです……人類が滅ぶ前は、ボクの掌よりもちっちゃいのしかいなかったのですよ』
「……じゃあこいつ、何食ってこんなに立派になったんだよ」
『変な物質をたくさん摂取したのです、たぶん。あと、やっぱりこれは食べても美味しくないです……というか、こんなの贈られても……。これはアレです、不適切っていうヤツです』
「えー、これも駄目? くっそー……じゃあ何がいいんだよ。人間への贈り物って食い物じゃないのかよ」
『もっとこう、お菓子とかがいいのです。あと保存がきくようなもの!』
「こんな時代にそんなもんがあるか!」
舞い上がった埃を払い、大ミミズの死骸へと歩み寄る。一方で汚れの一つもないリエッタは、屈託のない笑顔を俺に向けてきた。今からこの肉を裂くために、再び刃を展開しなきゃいけないからだろうか。何だコイツ、さっきの刃の当てつけかよ。
とにかく! 気を取り直して、横転した巨大ミミズの肉を剥ぎ取ってみたものの――――独特の臭いを感知した。
「……何だこれ」
『これ、人間に見せたら絶対言われるのです。臭いって』
「不味そうで人気なくてその上臭いって? なんか可哀想になってきた」
ここまで言われるとは、なんて不憫な生き物なんだ。使えないなら投げ捨てようかとも思ったが、流石に忍びない。仕方ないから、保管用カプセルに一部詰め込んでおこう。
討伐依頼を受けて、その対象が原生生物だと知って。だったらそれを、人間への手土産にして少し分けてもらおうっていう計画を立てていた。けれども、それはおじゃんになってしまったようだ。こいつの肉が不適切なせいで。
「リエッタ。ついでにだけど、その保存が効くようなお菓子って何で出来てるんだ?」
『主材料は小麦が使われることが多いです』
「は? もう絶滅してるだろそれ。無理じゃん」
半ば諦観気味に、辺りを見渡した。
どこまでも荒涼とした景色が広がっている。天を貫くようなビルがいくつも立ち並び、そのいくつもが落ちていった。荒野を覆うのは灰色の廃墟ばかりで、大地には一片の緑もない。小麦も、既に絶滅したと聞いている。当たり前だが、こんなところに生えている訳がなかった。
『全部、燃えちゃったのです。あの大戦争で』
「燃やしたんだよ。俺たちには必要がなかったからさ」
『むう、じゃあウィンタスくんたちのせいなのです……』
「元はと言えば、お前らが撒いた種だろ。……あっ待って。今俺、なんか上手いこと言ったかも?」
『座布団没収なのです』
リエッタは、何か憐れなものでも見るかのような目を俺に向けてくる。座布団って何のことだろう。
少し引っ掛かるけど、まぁいいや。とりあえずミミズをレンズに収めておこう。カメラを起動するのが面倒臭いから、俺はあんまりしたくないんだけど。
『……撮影、さぼっちゃダメですよ』
「おいおい、ほんとに俺の思考読めてるの?」
獲物の死骸を撮影し、討伐の証拠を取得すること。これらがなければ、依頼の報酬は受け取れない。討伐したという証拠を提出できなければ、依頼を達成したとは言えないのだ。
なんて自分に言い聞かせながら、脳天に穴を空けた焼きミミズをシャッターに収めるものの――――。
「……必要なさそうだな」
『……です』
レーダーが熱源反応を感知する。西の空――俺が討伐依頼を受けた町の方角から、一つの機影が浮かび上がっていた。
空を見上げれば、噴射した炎で空を飛ぶ影が一つ。両肩から噴き出るそれは、まるで翼のようだった。
「ウィンタス殿ー!」
俺の名前を大声で呼びながら、その男は降りてくる。肩や腕を装甲で覆い、されど全身は紳士服で装う初老の男。俺にこの討伐依頼を提示した、張本人だった。
大地に立つや否や、彼は展開された装甲を即座に収納する。型の入った形のよい紳士服が、太陽の強い日差しに晒されてしまうけれど。しかしそれも厭わず、彼は嬉しそうに手を広げた。
「ウィンタス殿……素晴らしい! あの原生生物を討伐なさったのですね!」
「へへ、まぁこんなもんよ」
「いやしかし、多少とは言え損傷なさってますね。やはり強敵でしたか、奴は」
「……えーっと、それなりに」
自慢気に鼻の下を擦るものの、不満げなリエッタがジト目で見てくるもんだから。少しだけ謙虚ぶった返しをしてみるが、彼はそれを気に掛ける素振りも見せなかった。
それよりも、大地に転がる巨体に興味津々だ。動かなくなったとはいえ、原生生物の存在感は圧巻の一言に尽きる。その凶暴性故に近付くことも難しいため、彼が見入ってしまうのも仕方がないのかもしれない。
なんて考えながら、彼の言う損傷箇所へと目をやった。損傷とはいっても、右手と右脚の機械部分が剥き出しになっているだけだけど。
「その手足は……大丈夫ですか? 見たところ、『サナギ』が上手く起動してないようですね」
「いやぁこれはもう……そういうものなので」
「おや、もしや以前から故障されてたのでしょうか。昨日会った時に気付いていれば……申し訳ない」
「いえいえ、こっちも外套で隠してましたし。大丈夫っすよ」
「そう……ですか」
原生生物から一転、俺の右手右脚に興味がいった彼。興味深そうにそれらを眺めてくるものの――――ふう、と一息ついた。
「それじゃ、報酬の方なんだけど」
「おっと、そうでした。報酬はですねぇ……」
「羽振りがいいと嬉しいな。良いボトルが飲みたいし、早く町に帰りたい」
「そうですねぇ。仕事終わりのボトルは、それはそれは堪りませんよねぇ」
「いやほんとだよな。特にキンキンに冷えた奴。あれが最高だよ」
「……実は、市販されてない、されど極上の味のモノがあるんですよ」
「え? 何それ。旨いの?」
「はい、とっても。これを飲んだら、もう市販のものでは満足出来ないですね」
「おいおい、マジか。何だよー、俺にも教えてくれ!」
にやり、と彼が笑う。
「知りたい……ですか?」
「うん、知りたい! 是非とも知りたい!」
「あんまり広めたくないので、他の誰にも言わないって約束してくれます?」
「言わない言わない! 絶対言わないからさ!」
「ふむ、他でもないウィンタス殿の頼みですし……そうですねぇ……」
「もったいぶらず教えてくれよ。俺、口が堅いからさ、絶対誰にも言わな――――」
そう問いかけた瞬間だった。
突然、視界が反転した。
空が下にあって。岩が剥き出しの大地が空にあって。一瞬認識機能に障害でも起きたのかと思えば、強烈な感覚が背中に襲い掛かってきた。
気付けば、岩にめり込んでいる俺。見やれば、銃器を構えるあの男。
突如展開された彼の腕の照射口。そこから放たれたビームが、俺の体を派手に吹っ飛ばしたようだった。
「……っ!?」
『ウィ、ウィンタスくん!』
今まで黙ってふよふよとしていたリエッタも、これには悲鳴を上げた。慌てた様子で、俺の傍まで飛んでくる。
「……くそっ、お前いきなり何しやがる!」
「エネルギーコア」
「あ?」
「エネルギーボトルよりも、極上な味わい。それは……エネルギーコアですよ。貴方にも、私にも備えられている、ね」
「いやそれって……俺たちの心臓部だろ。何言ってんだよ」
「おや、貴方は知らないのですか? エネルギーコア、非常に美味なんですよ」
「……え、まさか」
「えぇ。そのまさかです――――」
嫌な予感が俺の回路を駆け巡る。そうかと思えば、奴が悪い笑みを浮かべ始めた。
あぁ、もし俺が人間だったらここで冷や汗とかかいてるんだろうなぁ、なんて。そんなことを思いながらも、右手右脚を
「貴方のコアを、いただきますっっ!!」
燃えるような赤色で塗りたくられた装甲を、彼は全身に纏う。『サナギ』と呼ばれる人体擬態システムを解除して、奴は本来の姿を露わにした。
肩から大きく展開された炎の翼。紅蓮の装甲に、細いフレーム。大きなサーチライトを二つ照らした頭部には、頑丈なヘッドガードが装着されている。その姿は、まるで朱色の蝶のようだった。
「ちっ……!」
一直線に突進してきた奴。それを、バーニアから火を放っては飛んで逃げる。そのまま放物線を描くように、彼から距離をとった。
「……何だあれ。共食いが趣味の変態?」
『……データベースで検索すると、いくつかヒットしたのです。どうも、噂みたいなものですけど』
「いい。教えてくれ」
突進の勢いでビルの壁を砕いた奴は、悠然とこちらを振り向いた。音を立てて崩れるビルによって砂塵が舞い上がる。それが奴の肩から漏れる炎に照らされて、少しばかり威圧感が増した。
『……「
「へぇ……それはまた。血の気が多い奴らだなぁ。まぁ、俺らアンセクタには血なんて通ってないけど」
軽口交じりにそう言うと、彼は愉快そうに笑った。装甲越しの、何とも不快な声だった。
「所詮、剣を収める刃なんてものはないってことですよ」
「あん?」
「あの大戦争が終わって数年。人類という、我々の敵を滅ばしてしまった今、私たちには戦う相手が残っていません。原生動物? あれは違う。あれは狩りの対象だ。私のようなアンセクタは、狩りをしたい訳じゃない。敵を、屈服させたいのですよ」
「……はぁ」
「人類に向けていた時の刃は、それはそれは鋭いものでした。けれど、戦争が終わって、向けるものを失った刃は……どうなると思います?」
「……こうなる?」
「えぇ、そういうことです。より刺激を求めて、アンセクタ同士で壊し合いをする。そして喰らう、エネルギーコア。その瞬間が堪らない。相手を屈服させたという満足感に、本当に酔い痴れそうです」
そう言いながら、彼は両手の照射器を俺に向けてくる。
「――これだから、共食いはやめられない」
続いて、照射。先程俺を吹き飛ばしたあれが、まっすぐ撃ち放たれた。
「ちっ……!」
片手片脚のバーニアだから、如何せん操作に難がある。その上奴から照射される光は太く、避けるのも困難だ。
墜ちるように避けるものの、ギリギリを掠めた。じゅっと、外套の端が焼け焦げる。それにリエッタが、小さな悲鳴を上げた。
『ウィンタスくん……た、戦いますか? あのアンセクタと』
「戦うも何も、俺まだあいつから報酬受け取ってないんだぞ」
『報酬気にしてたんですか!? それより、逃げた方がいいのです! フルアーマータイプとは分が悪いのです……』
奴は
一方の俺は、右手と右脚しか武装出来ていないアンセクタ。中途半端な俺が不利なのは、明白と言える。
「何を一人でブツブツ言ってるんですかァ!」
リエッタに何か言う前に、奴が高速で突っ込んできた。肩のバーニアは、まるで蝶の羽のよう。その羽が軌跡を残し、奴の体を俺の方へと押しやった。
そんな奴の両腕からは、光の刃が展開される。あの照射器の口を絞ったような、細長い刃だった。
「ぐっ……!」
慌てて、俺も光の刃を放出。橙色の光と、金色の光が弾き合った。
とはいえ俺のは一本で、奴はその倍の二本だ。突進の勢いも相まって、その衝撃は非常に重かった。
「くっそ……ッ!」
とにかく距離を置こうと、足のバーニアを加速させるものの――――。
それより早く、奴が飛ぶ。俺の上を陣取って、両肩から青い光を撒き散らした。
『追尾式ミサイル、なのです! しかも六連装! 退避してください!』
「言われなくても……ッ!」
腕の剣を即座に収め、バーニアへと変える。片側だけの出力で、とにかく空を舞った。
続けざまに、六つの青い光が俺を追う。空の色に溶けるかのように、その光が螺旋を描いて雲を散らした。
『誘導性能高めなのですっ、回避に限界があるのですー!』
「うるさいな! じゃああれだ、右脚任せるから何とか回避してくれ!」
『ほぇっ!? あっ、はい! ……ウィンタスくんは?』
「撃ち落とす!」
リエッタに脚を任せ、俺は右手を再び銃器へと換装させる。そこから、青い光に向けて照準を合わせた。
俺を目掛けて飛ぶミサイルの、その中心を穿つように。一瞬のチャージから、エネルギー弾を解き放つ。
青い衝撃波。
橙色の爆風。
その二つが混ざり合って、まるで花火のように廃墟を照らした。
「へっ、きたねぇ花火だ」
『こういう時は素直に綺麗って言えば良いのですよ……って、ウィンタスくん! 一個残ってます!』
「えっ、ほんと!?」
青と橙色を混ぜたような爆風の、その奥から。一本のミサイルが顔を出してきた。青い光が、物凄い速度で俺へと迫る。
「ちくしょっ!」
接近させ過ぎた。ここで撃ち落とせば、その爆発の余波に巻き込まれてしまう。やりたくはないが、ここは身を固めるしかないようだ。
銃器型にしていた腕を、またもや換装。今度は腕の先に円状の物体を構成させる。さらにそこに、エネルギーを注入した。すると円の周囲から、橙色の光を解き放たれる。
円状のそれにミサイルが触れ、炸裂。轟音と衝撃波が襲い掛かってきた。
『わぁ、シールド……!』
「耐えろよリエッタ……って、お前にゃあ効かないか!」
『あうぅ、ボクらは一蓮托生なのですよ……っ!』
正面に展開されたシールドは、弾や刃として使っていたエネルギーを障壁として放出するものだ。防御性能はかなり高いが、放射範囲が広いために燃費は悪い。出来るならあまり使いたくないのだ。だって何より――――。
「後ろががら空きですよォ!」
正面に放つために、正面しか守れないのである。
「あぐっ……!」
『ウィンタスくん!』
ミサイルの影に隠れて、背後から現れたあの男は。なんと後ろから俺の頭部を荒く掴み、そのまま大地へと急降下した。奴の速度からは逃げられず、俺は朽ちたビルへキスさせられる。あまりの衝撃に、ビルはそのまま倒壊した。
「……ッッ!」
頭部の装甲に、罅でも入ったのだろうか。真っ赤に染まったエラー警告が、俺の視界を覆い始める。
その表示の奥には、嬉しそうに両手を広げるあの男。
「いやぁ良かった計画通り。危険度の高い討伐依頼を出して良かったです。良い感じに、あのミミズは貴方を弱らせてくれたようですねぇ」
「……お前、最初からそのために……」
「ええ勿論です。貴方と真っ向から戦おうなんて、思ってはいませんよ」
「報酬払えよ、クソ……」
「あぁそうでした。報酬、まだ払ってませんでしたねぇ。では、報酬は……貴方を故障の苦しみから、解放するということで」
満足そうな声で、奴は右手を展開させた。チェーンソーをいくつも並べたような、恐ろしい形態だ。俺の体を削って、コアを掘り出そうっていう魂胆か。
その腕を、奴は俺の目の前で振りかざした。装甲の奥で、とても愉快そうに笑っているかのような――そんな声が漏れている。
「ウィンタス殿……私は貴方を知ってるんですよ」
「……あ?」
「かの戦争の立役者。人間を滅ぼす我らが一番槍。全身を換装させ、ありとあらゆる物に分離・変形してみせる最高機体」
「……お前」
「鬼神の如き戦いぶりは、有名ですよね。アンセクタで知らない者はいないんじゃないでしょうか」
「……何のことだか」
「とぼけても無駄ですよ。あぁ、確か機体名は……『スティミュレーター』でしたっけ?」
スティミュレーター。
俺の昔の名前。
「貴方を壊したともなれば、私は有名になれそうだ」
「……途中で戦線離脱した俺を仕留めたって、何にもなりゃしないよ」
「御謙遜を。貴方の功績は何とも眩い。眩いからこそ、壊したい……!」
愉快そう。から、より狂った感じに。
紳士らしからぬ甲高く裏返った声で。奴は、その右腕を大きく振り上げた。
そんな彼に向けて、右手を伸ばす。ただの腕の形に戻した右手を、そっと伸ばした。
「やめとけよ。俺を喰っても、腹壊すだけ」
「ほう……?」
「俺はな、感染してるんだ。とある病に感染してるんだよ」
「……何ですって?」
「それに、あんまり壊したい壊したいって言うもんじゃないぜ。ここには、人間様から贈りつけられた超めんどくさい奴がついて回ってるからな」
そう言った瞬間だった。
彼が眉を顰めるような声を上げた、その瞬間だった。
ドシュっ、なんて音が響く。それと同時に、俺の右手が弾けた。
正確に言えば、肩の下が唐突に分離し、奴の首へと飛びついたのだ。動けない俺の代わりに、彼女が動き出したのだった。
「なっ……何っ……ッ!?」
指の一本一本に、小さな刃が展開される。それが奴の装甲を穿ち、内部へと浸透。奴の回路の中に、彼女の回路が浸食した。水色の光が、瞬くように迸る。
『――――許さない』
「……なっ、なんだ今の声は……!? まさか、ハッキング!? 私の回路が、ハックされている!?」
人間の首に太い血管があるように、アンセクタの首にも重要な回路が多数供えられている。そこに彼女はメスを入れたのだ。彼の重要な回路に、ハッキングをかけたのだ。その証拠のように、赤い装甲へ水色の光が差していく。
『ウィンタスくんを壊すなんて、絶対に許さないのです……っ!』
「……なっ……なぁッ……!?」
彼女の力が大分浸透したのか、ようやく彼にも見えたらしい。俺たちの
「まさか……まさか! 『冬虫夏草』!? そんな、そんな馬鹿な……!」
「冬虫夏草、だってさ。懐かしい呼び方だな」
『……そうですね。ボクは冬虫夏草。貴方たちアンセクタを壊すための兵器』
「馬鹿な……有り得ない! あなたたちは、あの戦争で人間が散布して……あれからもう既に何年も経っているのに……何故、何故まだ存在しているのです……!?」
彼は狼狽えた様子でそう声を漏らした。あまりの力に顔の装甲にまで罅が走り、震えた声が少しずつクリアに響き始める。
『そんなの、答えは一つなのです』
震える彼の問いに、彼女――リエッタははっきりと言い放った。
『じっくり、ゆっくり……ウィンタスくんをボクで染め上げるためなのです……! ふふ、ふふふふ……!』
「…………」
「…………」
流石に、思いもよらない解答だったのだろうか。
顔の装甲がとうとう剥がれ落ちたけれど、露わになったのはぽかんと口の開いた顔だった。初老の紳士が台無しだ。
「……あー順当にヤンデレってますね早く成仏してください」
『もうまたそんなこと言って。照れ隠しだって分かってますから。安心してくださいね、ボクがねっとりと愛してあげるのです……!』
「いらない。超絶いらない」
軋む体に鞭を打って、何とか起き上がるものの――それが刺激になったのか、ようやく彼は言葉を発し始める。わなわなと、その口元は微かに震えていた。
「何を、何を馬鹿な……! 冬虫夏草に感染した者は数多くいるっ! しかも彼らはみな、数日で壊れた……否っ、乗っ取られたのだ! 人間が撒き散らした、このおぞましいウイルスに! ウィンタス殿、貴方も見たでしょう! 同胞が牙を剥くあの光景を! 我々の基地に帰還して、そこで自爆した者を!」
「……あぁ、たくさん見たね。みんな人間の手先になって、どんどん散っていったよな」
「……っ! ならば、何故!? 何故貴方は、無事でいるのです!?」
「無事じゃないさ。無事じゃないんだよ」
立ち上がって、右脚を彼に突き出した。
「この脚も、そして今お前を絞めているその腕も。こいつのせいで、『
「……っ!」
「この不具合のせいで、お前みたいに全身を換装させることも出来ない。ほんとに参っちゃうよな」
「しかし……しかし! それでも、あまりにも時間がかかりすぎている……っ! 年単位でも崩壊していないなんて、有り得ない……っ! 何故そんな――――」
「その答えは、さっきこいつが言ってただろ?」
システムをジャックされたものだけに映る、コンピューターウイルス。俺たちアンセクタを乗っ取ってしまう、人類の切り札。
そんな恐ろしい兵器、『冬虫夏草』である彼女――リエッタは、照れくさそうに頬を赤く染めた。兵器らしからぬ素振りで、両手を頬に当てた。
『だって……ウィンタスくんがじっくり壊れていくとこが見たいのです……えへへ。少しずつボクで染まっていくところを、見守ってあげたいのです~!』
「…………」
「…………」
彼は再び、間の抜けた顔をするけれど。
俺はもう何も言わない。何もツッコまないぞ。
「……けるな」
「あん?」
「ふざけるな! そんな、そんな理由で……っ!」
間の抜けた顔から一変。彼は激昂した様子で咆哮した。
そのまま俺の右手を荒く掴み、勢いよく首から剥がす。その衝撃で首の装甲が激しく捲れるが、彼はそんなこともおかまいなしだった。ただ据わった眼を俺に、そしてリエッタに向けている。
「冬虫夏草は……生かしてはおけません!! ここで潰します……っ!」
そのまま、あの蝶のような炎を再び噴出させた。さらに、彼の背後には赤いエネルギーが集束されていく。
『この反応……エネルギータイプの誘導砲です……っ!』
「ホーミングフレアか! 嫌な兵装持ってんなこいつ」
花に止まった蝶が、背に羽を収めるように。その光の帯は垂直に伸び、斑点模様の如き光を募らせた。
「戦闘は……避けられそうにないか」
『敵意剥き出しなのです。それに、ウィンタスくんを傷つけたんですから。ネジの一つまでぶっ壊してやるのです』
「こっわ」
『何か言いました?』
「うんにゃ、何も。じゃあ俺があいつに突っ込もう。援護頼む」
『……ボクが、とどめ刺したかったのに。でも、ウィンタスくんの頼みとあらば!』
リエッタがそう言った瞬間に。
俺は脚のスラスターを展開させ、一直線に飛び出した。右腕が切り離されている分体が軽い。さっきまでより、断然早い。
「……っ! があぁっ!」
奴もそれを察知したのだろうか。鬼の形相で吠えて――背中のものを解放した。
紅蓮の光が溢れ出し、それが幾重ものレーザーとなって飛び出した。その一つ一つが、俺を正確に射抜いてくる。
『ウィンタスくんには、手出しさせないのです!』
その光を、リエッタが――正確にはリエッタが操っている俺の腕が撃ち落とした。バーニアで自立稼働するそれが、まるで『ファンネル』とかいうアレの如く、俺の援護をしてくれる。撃つだけじゃ捌き切れない分は、刀剣となって切り捨てて、盾となって防いでくれた。
おかげで俺は、阻まれることなく奴との距離を詰めることが出来た。滑るように地面を走り、大量の砂塵を巻き上げていく。
「この……っウイルスがァ!」
両腕の照射口が向けられる。その奥から、眩い光が収縮した。
絞りは最大まで引き上げられているようだ。攻撃範囲を最大化させ、二人まとめて吹き飛ばそうっていう魂胆か。
「させるかよッ!」
滑走の勢いのままに、右脚を浮かせた。バーニアで加速されたその脚の先を――――光刃へと換装させる。
そうして、その勢いのままに脚を振り抜いた。すれ違いざまに、奴が照射する前に。
甲高い音が響く。金属が重ね合って反響するかのような、嫌な音だった。
脚には、奇妙な感触が残っている。奴の胴のど真ん中を引き裂いた、鈍重な感覚が。
一拍置いて、重いものが倒れる音が響く。バランスを失った奴の両脚が、朽ちたビルのように崩れ落ちた。
さらにもう一拍置いてから、より一層重い音が響く。斬り飛ばされた奴の上半身が、墜ちてきた音だった。
「……悪いな。胴体を分離させただけだから、壊れはしないよ。たぶん」
「ぐっ……こんな……ッ……スティミュレーター……ッ!」
恨めしそうな顔だった。本当に、憎悪に満ちた顔で俺を見ていた。
俺たちアンセクタは、体の全てが機械で出来ている。サイボーグとも違う、純粋なアンドロイドだ。故に脳などというものはなく、ただAIが搭載されているだけ。それだというのに、ここまで精巧な感情表現が出来るなんて。毎度毎度、アンセクタの壊れ目に会う度にそう感じさせられる。
――――俺もそのうち、リエッタに全部を乗っ取られたら、こんな顔をするのだろうか。
「さて、と。残念ながら俺には時間がない。早くしないと、今度は俺が乗っ取られちゃうからな。だから俺はもう行くよ」
「……どこに、どこに行くというのです……っ!? 冬虫夏草に感染すれば、助かる見込みなどありませんよ……貴方は、いずれ壊れる……壊れるんだッ!」
「そうなんだよね。だから俺は探すんだ」
「……探、す……?」
気付けば、空の色が少しずつ傾いていた。あの青い色は成りを潜め、橙色へと塗り替えられる。影が、少しばかり横に伸びた。
「そう、探す。俺は人間を探している」
「……なっ……?」
血走らせていた目が、まんまるに開く。何を言っているんだ、と言わんばかりの目が俺に向けられた。
「馬鹿な……人間は、もういないんですよ……? 滅亡させたでしょう!? 我々の手で!」
「だな。そのおかげで、こいつみたいな妙なものが残された」
残っている左手の親指で、そっとリエッタの方を指す。すると彼女は、嬉しそうに俺に寄ってきた。ふわりと、俺の肩に両手を乗せる素振りをする。
「冬虫夏草は、俺たちアンセクタ側ではどうにもできない。どうにかするには、人間に頼むしかない」
「そんな……そんなの、あまりにも無謀だ……! 有り得ない……無理な話だ!」
「さぁ、どうだろ。でも、俺たちもこの星の全部を管理してる訳じゃないし。もしかしたら、どこかに生き残りがいるかもしれないでしょ?」
「……っ……」
「だから、俺はもう行くよ。あ、そうだ。救難信号とか出しときなよ。んで、誰かに修理してもらいな。俺はお前を壊す気はないし」
脚のバーニアを閉じ、ただの脚の形態へと戻しながら。着崩れた外套は直しつつ、俺は踵を返す。夕陽の沈む方に向けて、重い脚を踏み出した。
「……認めない……私は、冬虫夏草を許さない……! そのまま見送ることなど……っ!」
一瞬の電波を感じた。はっと振り返れば、奴は再びあの赤い羽根を展開させようとしていた。切断面から激しいスパークを放ちながら。上半身だけになってしまったというのに。
「このまま……散ってしまえ……ッ!」
光が集束する。
ホーミングフレアが充填される。
あの光の帯が、解き放たれる――――。
『えいっ』
その刹那だった。
上空から、黒いものが落ちた。
橙色の剣を灯した、俺の右腕。水色の瞬くそれが、奴の頭に向けて、一直線に落ちてきた。
「あがっ……!!」
力を解き放つその直前に。羽ばたかんとするその瞬間に。
頭部に深々と突き刺さったその刀身は、彼の頭部を、そしてそこに詰められた彼の
「……リエッタ」
『ふふふ……ウィンタスくんに牙を剥く輩は、みんな馬に蹴られて死んでしまえなのです……!』
「…………」
『おらおら! 泣け! 喚け! そして無に回帰するがいい! なのです!』
じゅうっと焼ける音が響き渡る。
嬉しそうに笑うリエッタの声も。俺の右腕に焼かれるあのアンセクタの雑音も。
日が沈むこの荒野の風に、ゆったりと溶けていった。
◆ ◆ ◆
『ナイスコンビネーションでしたよね、ボクたち!』
「あーそうだな」
『ボクたちベストパートナーですよね!』
「そーかもなー」
『互いを助け互いを守る……今世紀のベストカップル賞受賞なのです。お~、ありがとうございますなのですー!』
「…………」
あの戦いから数時間。
完全に陽が落ちて、廃墟を月明かりが照らした。妙に凸凹とした、形の悪い月が空に瞬いていた。
今ここには、俺とリエッタ以外誰もいない。原生生物も、他のアンセクタも、もちろん人間も。
ただ静かに、夜風が俺の外套を揺らしていた。ほつれて破けて、俺の右手脚が露わになったその外套。人間を探す前に、新しいものを調達するべきかもしれない。
「……結局、ただ働きだったなぁ」
『……残念、でしたね』
「あー、美味しいエネルギーボトルが飲みたいよ」
『エネルギーコアじゃ、満足しませんでしたか?』
「ぶっちゃけ美味しくないね。進んで摂取はしたくないかな」
『そ、そうなのですね……』
「人間なら、こういう時は何を食べたくなるんだ?」
『うーん……ボクはミルクを飲んでみたいです。角砂糖入れて』
「ふーん。ミルク、ねぇ」
今立っている場所は、これまた高いタワーだ。赤と白の鉄骨を組み合わせた、寂れたタワー。
見た目はオンボロのタワーでも、その高さはそこらのビルとは比べ物にならない。おかげで、世界が遠くまで見渡せる。より一層、月が近かった。
「……なぁ、リエッタ」
『はいはい、なんでしょう』
「リエッタとしてはさ、俺を破壊するのが使命だろ?」
『……えぇ、まぁ』
「しかもお前は、俺を全部染めたいんだろ?」
『えぇ、そりゃあもう! ウィンタスくんをボクでいっぱいにしたいのです……っ!』
彼女の息遣いが突然荒くなる。恍惚の表情で、俺を見上げてくる。何だろう、凄く身の危険を感じるんだけど。
「……じゃあさ、なんで俺の人間探しに協力してくれるんだ?」
『え?』
けれど、そんな疑問をぶつけてみれば。
リエッタは、その丸い左目を大きく広げた。きょとんとした、予想だにしなかったと言わんばかりの顔だった。
「俺はお前から解放されたいし、お前は俺を乗っ取りたい。つまり俺の目的はお前の目的に反するじゃん。だから、リエッタとしては俺の手足操って動けないようにしてもいい訳だ。でも、そんなことはしないで俺に協力してくれるのは……なんでかな、って」
そんな素朴な疑問を前に、彼女は少しばかり考える。手を顎にくっつけて、何も言わずに考え始める。
あっ、この後また爆弾発言をする気かな、なんて。そんなデジャヴを感じ始めた頃だった。
リエッタが、ぽつりと言葉を溢す。
『……ボクたち冬虫夏草はね、人間を主材料にして出来ているのです』
「え?」
『専用の機械に体を収めて、そこから思念を抽出して。インターネットの海を泳いでは、アンセクタの中へとそっとインストールして内側から破壊する。それがボクたち冬虫夏草なのです』
「…………」
『だから、ボクが今こうして活動出来ているのは、今もどこかで、ボクの体が生きているからなのです』
「……そう、なのか」
その事実は初めて聞いた。
冬虫夏草は俺たちアンセクタを破壊するための兵器、ということまでは知っていたが、人間そのものが材料になっていることまでは知らなかった。
『ボクも、他の人類が生き残っているかは分かりません。仮に生き残っていたとしても、この冬虫夏草を何とか出来るかどうかも分かりません』
早口になり気味だった彼女の声は。
一旦、可愛らしい吐息と共に深呼吸を挿みつつ。
されど、腫れ物に触るような優しい響きで。そっと、その胸の内の思いを言葉で綴った。
『でも、でも。もし出来るなら、一瞬でいいから、人の体に戻ってみたい。ウィンタスくんに、触れてみたい。
――――だって、今の体じゃ、貴方には触れられないから』
そう言って、彼女は寂しそうに笑った。
彼女は冬虫夏草。
俺たち
感染した者にのみ姿が映り、声が届く。そして最後は、感染者の全てを乗っ取って破壊してしまう。
その特性故に、彼女には実体がない。触れているような素振りはするものの、それはあくまでも素振り。つまり触れられないのだ。俺たちが本当の意味で触れ合うことは、きっとこの先もないだろう。
触れ合えないけれど、言葉は交わせる。互いの顔も見ることができる。
今彼女は、どんな思いを抱いているんだろう、なんて。出来もしないのに、彼女の
でも、それでも。
もしもの話になるけれど。もしも、仮に――――――――。
「……人間に戻れたなら、いくらでも触っていいよ」
『えっ……?』
「俺もお前に悩まされることはなくなるし。それくらいはな」
『ほ、ほんとですか?』
「あぁ、ほんとほんと」
『そ、それはもう……プロポーズと受け取っていいですか?』
「は?」
『いいですよね! わぁい!』
「は??」
『……ハッ! ウィンタスくん……ボク、今物凄いことに気付いてしまいました……!』
「なんか嫌な予感しかしないけど……何?」
『ボクたち二人、二人っきりで旅をする……しかもプロポーズとくれば……っ! これはもう、新婚旅行なのではっ!!?? ハネムーンっ!!!』
「やっぱり前言撤回させてくれる?」
――――拝啓、人類のみなさまへ。
環境汚染が深まる今日にて、如何お過ごしでしょうか。
この世界のどこかで生きてやがってくださることを、切に願います。
俺は必ず、あなた方を見つけてみせましょう。
だから、首を洗って待ってていやがれ。
敬具
オリジナル用語が多くてすみません。
・アンセクタ→機械人(AI搭載仕様)。俗に言うアンドロイド。戦争の果てに人類滅ぼした。
・冬虫夏草→人類が放った対アンセクタ用兵器。コンピューターウイルスみたいなもの。
・スティミュレーター→ウィンタスくんの昔の名前。というか機体名。
ついでにウィンタスはwinterで冬、リエッタはлето(露語)で夏っていう言葉遊び。こういう設定考えるのって、楽しいですよね。設定ばっかり作って書かないんですけどね!
何故人類とアンセクタが戦争したのかについては、皆様のご想像にお任せ致します。
閲覧有り難うございました。
追記:過去編を、数話に渡って投稿致します。本編より多いってどういうことなの……。