透中仮想 - トウチュウカソウ -   作:しばじゃが

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今回も相変わらずバリバリ自己満です。先に謝っておきます。ごめんなさい!!
話変わるけどサイバー・エンド・ドラゴンって格好良いよね。一番右の顔が特に好き。


Stimulator(4)

 そもそも、何だこいつはと彼は困惑した。突然飛来し、唐突に自分を撥ね飛ばし、脈絡もなく姿を現した。奇妙な物体に乗り、見たこともない武装で、高圧的に自らを見下ろす人間。あまりにも異様だった。

 だが、人は人だ。殲滅対象だ。頭の中で鳴り響く音声アシストに従うように、彼はそう言い聞かせる。

 

 ――――じっくり話も出来ない、か。

 

 言葉にするのはやめて、ただ構える。両手の装甲に、彼はただ光を灯した。

 

「させるか……!」

 

 瞬時に迫る、その人間。明らかに人間を超越した速度で、彼は迫った。

 

「……ッ!?」

 

 機竜から飛び出して、一秒と経たず肉迫。黒い機体の首を握り締め、彼はそのまま加速する。

 首を絞められる瞬間に、その人間を後押しする炎の噴射をスティミュレーターは見た。なるほどどうして、そのアーマーが彼の体を補助しているのか、と。レーダーの分析からそう判断する。

 判断するが――――その勢いは止められなかった。

 

「……ぐ……ッ!」

 

 エルヴントを包む強化アーマー。その背中に取り付けられたスラスターによって、彼はさらに加速する。

 スティミュレーターの首を掴んで、なお前進する。その機体が大地に引きずられ、大量の瓦礫を巻き上げようとも止まらない。そのままビルへと突っ込まんと、炎を激しく噴き続けた。

 

「くぅ……っ!」

 

 とはいえ、それは人体にかなりの負担をかける動き。試作段階であるこの強化アーマーは、人体をアンセクタに匹敵するレベルで強化させるものなのだが、そのデメリットもまた大きかった。

 故に、エルヴントが痛みに一瞬の隙を見せるのも致し方ないことだ。それをスティミュレーターが突くのも、当然のことだった。

 

 振り上げた右脚。足首あたりに展開されたスラスターに火を吹かせ、黒い鈍器を人間へと叩き込む。

 それによって、形成は逆転した。勢いに乗って彼が上をとり、そのまま蹴り飛ばされたエルヴントはビルへと叩き付けられる。

 

「……チィ……っ!」

 

 今度は自らが背中に罅を描くものの、パワードスーツが彼の体を守っていた。故に彼は無傷。即座に起き上がり、再び飛び立とうとするものの――――。

 

「――――お返しするよ」

 

 スティミュレーターは、腕を振った。

 掲げた腕を、振り払うように。

 腕から放出される大量の機械を、撒き散らすように。

 

「お前らの戦車」

 

 撒き散らされたガラクタから、砲身が伸びる。

 かつて人類が派遣し、そして行方不明となったあの戦車の砲台が姿を現した。

 

「……なっ……!」

 

 無人の砲身だ。ガラクタの山から顔を出した、ズタボロになった砲身だ。

 されど、それが火を吹く。スパークが生じ、青白い火花が舞い上がる。

 スティミュレーターが遠隔操作しているのは、火を見るより明らかだった。

 

「……くっ、あれは連絡が途絶えた戦車部隊の……! コイツが『喰って』いたのか……ッ!」

 

 直後、一斉に発射。

 轟音を響かせながら、砲身を抉る弾が射出される。それが一直線に、エルヴントへと牙を剥く。

 背後の機器から火を吹かせ、彼は飛ぶように駆ける。その勢いに乗って砲弾を避け、そのまま飛び上がった。火を吹くだけだった機械を展開させる。まるでジェット機のような、火を吹く翼が展開した。

 

「……『粒子変換収納機構』、とは聞いていたが。まるでホイポイカプセルだな。それとも四次元ポケットか?」

 

 空中に飛び上がって、彼はガンブレードに光を灯す。直後、青白い光が解き放たれた。それはレーザー状になって、地上を覆うガラクタを切り裂いていく。

 砲身は未だ彼を捉え、太い砲弾を放つものの――そのほとんどが、青白い光にガラクタにされた。

 

「……人間って飛ぶのか……」

 

 一方で、スティミュレーターは感嘆の声を上げる。

 目の前で、人間が飛んでいた。

 飛んで、自らが展開した武装を全て破壊された。

 とても、今まででは見られなかった光景だった。

 

 『粒子変換収納機構』。

 それは、スティミュレーターに備えられたもう一つの機構。

 スティミュレーターは何も、ゼロから武装を生み出しているのではない。武装を展開するには、それだけの素材が必要になる。この機構は、そのためのものだった。

 物体を粒子に変換し、機体の内部に収納。そして、必要な際に適宜展開する。エルヴントがホイポイカプセルと揶揄するのも、まさに必然と言える機構なのである。

 

 とはいえ、展開された砲台は、旧軍の武装でしかない。最先端の技術に身を包むエルヴントにとっては、大した脅威に成り得ないのだ。

 

「はぁっ!!」

 

 エルヴントは、声を張った。

 声を張って、再び猛加速した。

 

「……ッ……!」

 

 スティミュレーターは、その体格と重さ故に、咄嗟の素早い動きに難点があった。

 故に彼は、そこを突く。自身の身軽さを利用して、再び彼へと突進した。今度は、そのガンブレードの刃を突き出して。

 

 青白い火花が舞い上がる。同時に焼けつくような音が響き、廃ビルの壁に穴の開く音が轟いた。

 突進によって弾き飛ばされて、ビルへと埋め込まれたスティミュレーター。それに追撃を仕掛けようとする、エルヴントの加速。埃と粉塵が舞い、それが両者の視界を埋め尽くす――――。

 

「――――っっうあッ!?」

 

 ことはなかった。

 橙色の極太の光が、その埃を全て焼き尽くしたのだった。

 エルヴントは、間一髪でそれを躱す。躱すものの、翼の片翼を失った。焼け焦げた臭いが、彼の鼻を穿っていく。

 

「……ちっ」

 

 焼けた片側を切り離す(パージ)。落ちるガラクタを横目に、彼はもう片方の炎を噴射させた。そのまま、橙色の炎の中心――スティミュレーターへと迫る。

 奴が一体何をしたのか。それは見当つかなかったものの、今の奴は隙だらけ。放熱に忙しいのか、全身から煙を噴き上げている。

 故に、エルヴントは止まらなかった。ガンブレードを、大きく振り被った。

 

 青白い刃と、橙色の刃。

 それらが交差し合って、甲高い音が鳴り響く。

 

「……くっ!」

「……ッッ!」

 

 その反動を、エルヴントは大きく後方へと受け流す。バックステップをするように、その身を翻した。

 スティミュレーターは、その反動に真っ向から対抗する。コンクリートの床を大きく抉りながら、その脚を大地に擦り付けた。

 

 一瞬の静寂。されど、再び火花が舞い上がる。

 連打。青と橙の火花が散って、廃ビルの灰色に灯りを燈す。それはまるで、花火のようだ。 

 続け様に、耳障りな音が鳴り響く。

 剣と剣の鍔迫り合い。弾き合っていたそれが、拮抗するように身を重ねたのだ。片側は粒子を放出した剣だというのに、両者とも一歩も引かず刃を擦り合わせる。

 

「……く……この……っ!」

 

 とはいえ、腕力の差は圧倒的だった。

 いくらパワードスーツを着ていても、性能の差は歴然。スティミュレーターの腕力は、とても人間が対抗出来るものではなかった。徐々に、徐々に、エルヴントの刃は押されていく。

 

「……馬鹿力が……っ!」

 

 するりと、彼は肩の力を抜く。そのまま受け流すように、橙色の刃を滑らせた。唐突に押し合う力を失って、スティミュレーターはそのまま腕を振り抜いてしまう。右手の先の刃は、固いコンクリートを焼き砕いた。

 真正面では対抗出来ない。ならば、そうならない状況を作ればいい。

 そんな思いを胸に、エルヴントは再び剣を振り被った。剣を埋めて隙を晒す黒いアンセクタに向けて、青白い光を瞬かせる――――。

 

「はっ、馬鹿め」

 

 そんな声が、装甲の奥から響いてきて。

 そうかと思えば、エルヴントは反射的に背後へと飛ぶ。

 

 そう、スティミュレーターの橙色の剣は、ただ粒子を放出したもの。故に実体はない。その放出を止めれば、その剣は途端に存在を失う。つまり、コンクリートに埋まっていようと、大した影響などないのだ。

 それを見誤ったエルヴントに向けて、彼は銃口を突き付ける。先程の塵を全て燃やし尽くした、あの銃口を。

 

「――――灰になれ」

 

 伸ばした右手は、大口径の銃口に。背後へ掲げた左手は、大きな排熱器に。

 右手から左手を一直線に伸ばした、巨大な砲身。変貌した両腕の出で立ちは、その一言に尽きる。それは先程の極太の光を放ったものだと、エルヴントは本能で察知した。

 彼は、急いで胸ポケットへと手を伸ばす。

 同時に、銃口の奥から色の濃い光が溢れ出して。全てを埋め尽くすような橙色が、再び解き放たれた。

 

 融けるコンクリート。

 崩れ落ちる壁。

 焼け付く大気。

 轟く、空気の振動音。

 

 あまりの衝撃に、ビルは轟音を上げながら崩れ始める。罅が加速し、土埃が舞い上がり、壁が少しずつ斜めにずれていく。

 そんな中で、あの高熱の塊をもろに受けたエルヴントは――――。

 

「……?」

 

 両腕を振り払い、展開した砲身を投げ捨てる。そうしていつもの機械腕へと姿を戻したスティミュレーターの前で、やたらと光を反射する白い何かが瞬いた。

 

「……これは」

 

 白銀の体躯。

 高熱をものともせずに、ただ煙だけを噴かす物体。

 

 先程、彼を撥ね飛ばしたあの飛来物だ。

 

「――――機竜は、大気圏をも行き来する機動アーマーだ。貴様の高熱砲は効かない」

「……なるほど」

 

 その背後から響く、エルヴントの声。

 仕留めた、と判断しかけたスティミュレーター。しかしその声が、彼の判断を見送らせる。

 

「今度は、僕の番だ……!」

 

 そんな、強かな人間の声が響いたと思ったら。その白い機体が、青白い紋様を浮かび上がらせた。

 スティミュレーターの砲撃の直前に、エルヴントが遠隔操作して。間一髪で滑り込み、彼を庇うようにビルを貫いたその機体は。彼の体をそのまま収納して、その体躯を変貌させる。

 

 立ち並ぶ、白い牙。白銀の装甲に包まれた、太い首。ビーム状に描かれる爪と翼に、サイバーチックなシルエット。

 

「……何だ、こりゃ」

 

 何故それは機竜と呼ばれるか。

 答えは簡単だ。その機動アーマーは、戦闘形態へ移行すると竜を模した姿になる。人の体躯を圧倒的に超える、巨大な機動竜型兵器に。

 故にそれは、機竜なのである。

 

 竜の四肢が、ビルを抉った。壊れかけのビルに爪痕を残しつつ、青い翼を羽ばたかせる。その直後、それは再び駆け出した。その機竜に搭乗したエルヴントは、もう一度スティミュレーターに向けて猛進した。

 

「……ッッ!!」

 

 あの衝突と同等か、はたまたそれ以上か。巨大なものに弾き飛ばされ、スティミュレーターはコンクリートを砕く。崩壊寸前のビルを突き抜け、そのままガラクタの山へと落下した。

 階層都市の、下層。瓦礫とガラクタを掃き溜めたダウンタウン。もはや灰色の廃墟に、黒い鎧が色を差す。

 

「逃がすかッ!」

 

 機竜を繰るエルヴントは、すかさずそれを走らせた。

 太い爪が三叉に分かれ、それが固い地面に深い爪痕を残す。そうして、崩れる瓦礫の中から飛び出して、ガラクタに埋もれるアンセクタに向けて牙を剥いた。

 

「……ッ!」

 

 瞬時に、右手をブースターへと換装。そこから橙色の炎を噴かせては、スティミュレーターは真横に飛んだ。

 弾ける瓦礫。散らばるスクラップ。錆びついた破片の中で、機竜の装甲がやけに輝いて見えた。

 

「凄いな、それ」

「ふん。それはどうも」

「……そいつは、一体何だ? 乗り物なのか? それとも兵器?」

「貴様らアンセクタを滅ぼす新兵器さ」

「……変形する機動兵器? 内部エネルギーは……」

「分析か? 無駄なことを!」

 

 機竜の翼が大きく展開され、そこから大量の光がばら撒かれる。エネルギーを円柱状に留め、それを熱源を追うように射出する。それは俗にいう――――。

 

「……ホーミングフレア……ッ!」

「弾け飛べ!」

 

 音声アシストの警告音が、スティミュレーターの頭部をけたたましく叩いていた。それに促されるように、彼は両腕と胸からスラスターを展開。激しい炎を噴いて、後方へ飛び出した。

 しかしそれに食い付くように、光の塊は彼を追う。大量の筋が流星のように瞬いて、この廃墟を砕く衝撃波となった。

 

「…………」

 

 舞い上がる埃。

 倒壊する柱。

 ミシミシと廃墟は悲鳴を上げる。上に連なった都市の重みに耐え切れないかのように、細かな砂の雨を降らせ始めた。

 しかし、それに目もくれず、エルヴントは粉塵の奥を凝視する。スティミュレーターがどうなったのか、凝視――――。

 

『アウターモード、起動シマス』

 

 そんな無機質な声が流れたのは、彼ではなくスティミュレーターの中だった。

 同時に、大量のスクラップが吸い込まれるように撒き上がる。

 

「……何っ!?」

 

 突然周囲のガラクタが浮き上がり、エルヴントは驚きの声を上げた。

 同時に、奇妙な力を感じ取る。自らの体を覆うパワードスーツが、うっすらと熱を灯すのだ。

 

「……磁力? まさか、こいつ……!」

 

 ネジやチューブ。車の一部から、一体何に使われていたのかも分からない鉄製品。それらが舞い上がり、粉塵の奥の黒点――スティミュレーターへと吸い寄せられていく。

 同時に、その装甲の隙間から橙色の粒子が飛び出した。淡い光の粒子が舞い上がり、それが彼の体を包んでいく。大量のスクラップで嵩増(かさま)しするように、その光の帯を徐々に徐々に黒く染め上げていく。

 

「待たせたな」

 

 そう溢すスティミュレーターに、先程までの面影はない。

 機竜と遜色のないほど体格に変貌した巨大なアンセクタが、そこに立っていた。

 

「周りのガラクタと溜め込んだ部品で外殻を為したのか……っ! 大型化? それに、その腕……」

「さぁ、殴り合おうぜ……!」

 

 鉄柱の如く太い両腕を掲げて、巨大兵器は走り出す。足裏に仕込まれたローラーが、埃を立てながら巨体を前へ前へと押しやった。

 黒ずくめの装甲に、橙色のラインが脈動するその姿。アウターモード――スティミュレーターの変形の一種。平たく言えば、全身装甲の上に大型武装を重ね着するのである。

 音を立てて、その巨体が踏み込んで。太い拳を、機竜の胸部へと叩き込んだ。

 

「……ぐっ……!」

 

 ただ巨大な物体が叩き付けられただけ。

 ただ、その威力が尋常じゃないだけだ。

 

「はぁっ!」

 

 怯む機竜に向け、スティミュレーターは止まらず腕を振るい続ける。拳の後部からスラスターが顔を出し、さらに威力を増した物体が肉迫する。

 白い装甲は、大きく凹んだ。

 フレアを放つ翼には、(おびただ)しいまでの罅が刻み込まれていく。

 三発、四発と機竜の胸を殴りつけ、五発目は竜の腹を下から突き上げる形となった。火を吹く鈍器に押し上げられて、機竜の体は宙に浮く。

 

「……調子に乗るな……ッッ!」

 

 危険を知らせるブザーが鳴り響く中、エルヴントは歯軋りした。

 同時に、機竜が牙を軋ませる。牙の奥から、青白い光が瞬き始める。

 

「……?」

「これならどうだっ!!」

 

 そう、人間の叫びが響いたと思ったら。

 竜の咆哮が轟いた。

 ノイズのような、無機質で粗雑な反響音が。

 

「なっ……ッ!?」

 

 もたげられた竜の首が青白く輝いて。

 その光に押し上げられるように、口腔から眩い塊が膨れ上がった。

 圧縮粒子砲。機竜に備えられたメインウェポン。荷電粒子を亜高速まで加速させて射出する、まさに必殺兵器だった。

 照準は、竜の首。狙いは、スティミュレーターそのもの。

 青白い光が、巨大な光線となって放射される。

 

「こんなもの……っ!」

 

 スティミュレーターは、右肩から腕を切り放(パージ)した。パージして、重力に掴まれる巨体を、繋げられたチューブとスラスターによって無理矢理制御する。

 まさに、ロケットパンチ。切り放たれ、宙吊りにされたそれは、先程と比べ物にならないほど挙動が速い。そして何より、リーチが伸びた。竜の首に拳が届くまでに、それは伸びていた。

 

 光の帯と、ガラクタの塊。

 一瞬で消滅するクズ鉄の拳だが、それで十分だった。機竜の頭を殴り付けるには。

 

「ち……!」

 

 口の中を殴り付けられるような形で、吹き飛んだ頭部。軌道を逸らされ、その光はスティミュレーターを呑み込むことは出来なかった。右半身だけの半壊で済んだ目の前のガラクタに向けて、エルヴントは舌を打つ。

 メインウェポンを無効化された今、どのような手を打つか。それを考えようにも、左手を振り上げる機体を前には熟考など出来やしなかった。

 

「僕に近付くなッ!」

「うぉ……ッ!?」

 

 青白い光の壁が解き放たれる。頭部を失った竜の、凹んだ胸部から。六角形を繋ぎ合わせたような、光の壁が押し出された。

 それに触れたガラクタの腕は、白い煙を上げながら融け始める。あの光線とまではいかなくとも、同じ現象だとスティミュレーターは感じ、そっと腕を引いて大きく後退する。

 距離にして、百メートルほどまでに及んだ。

 それほどまでに拡大した光の壁は、徐々に収縮を始める。そうして、機竜の体を覆うほどで収まった。

 

「……バリア? 凄いな、人間って……」

 

 機竜に備えられた、もう一つの機能。それすなわち、バリアである。

 スティミュレーターの作るシールドとは違い、全方位を対消滅させる非常に高性能なバリアだ。思わぬ武装を前に、彼は感嘆した。人間の意志の強さを、実感していた。

 バリアの膜に迂闊に触れれば、問答無用で消滅させられる。手痛い反撃を受けるのは目に見えているだろう。故に彼は動けない。この壁がなくなるのを、待つしかない――――。

 

「今度こそ消えろ!」

「……おいおい、まさか」

 

 頭を失った機竜の首から、再び眩い光が溢れ始める。

 照準器を失ったというのに、エルヴントはそれを放とうとしていた。

 

『圧縮粒子砲、再ビ充填サレテイマス。退避ヲ推奨シマス』

「……うるさいな」

 

 バリアによって、かなりの距離を開けられた。

 今ここで左手を切り放しても、先程のようにはいかないだろう。

 頭を失って精度が落ちているとはいえ、光線に触れた時点でアウト。極めて、スティミュレーターが不利であると。そう言わざるを得ない状況だった。

 

『退避シテクダサイ。防御不可能ナレベルデス。退避、退避ヲ――――』

「うるさいって言ってるだろ!」

 

 鳴り響く音声アシストに、彼はそう吠えて――あの機動兵器の中にいる青年を見た。

 

 人間だ。

 無機質な返答ではない、意思を込めた返事をくれる人間だ。

 誰かの声を聞きたいと思っていた彼の前に現れた、願ってやまない存在だった。

 しかし彼は人間で。スティミュレーターは、彼らの敵であるアンセクタで。

 故にここに、対話など発生しない。

 

「……虚しいよ」

 

 相変わらず、何故そう感じるのか、彼には分からなかった。

 人間を、これまで数え切れないほど殺してきたはずなのに。それでも、言葉を返してくれる人間を探しているだなんて。バグが、故障かと彼は自嘲する。

 自嘲して、再び全身から橙色の光を瞬かせた。巨体を走る光の筋は脈動し、それが侵食するかのように黒い装甲を暖色で包み始める。そうかと思えば、それは再び、粒子状に彼の体を包み始めた。

 

「……何で戦わないといけないんだろうな」

 

 彼の意識を侵食する、母体(マザー)の信号。

 目の前の敵を倒せ。

 人間を滅ぼせ。

 そんな、無機質な声が彼の変形を加速させる。

 

 嫌な痛みだ。まるで頭の奥をちくりと刺すような、偏頭痛のような感覚だ。

 そんな、どこか不自然な感覚を覚えながらも、スティミュレーターは飛び出した。

 巨大装甲(アウター)を脱ぎ捨てる黒い鎧。随分と小柄になった体を、崩れる外殻が粒子となって再び覆い始める。

 

「……ジェット?」

 

 エルヴントは、目を見開いた。

 目の前に瞬く、橙色の光。

 光の帯を描き出し、流線形の体を押し出すその姿。

 そう、それはまるでジェット機だった。小型の戦闘機が、この廃墟の中で駆け出した。

 

「何だ、何をする気だ……!?」

 

 光を充填するも、超高速で飛ぶアンセクタを前に、彼は動揺を隠せなかった。

 一瞬で距離を詰めて、一体何をしようというのか。

 退避ではない。機竜の展開するバリアへ、一直線に飛んでいる。

 触れれば、アンセクタの装甲といえど無事では済まないというのに。それでも彼は、飛んでくる。

 血迷ったか。血なんて通ってない癖に。そう、エルヴントが思った頃だった。

 火を吹くそのジェット機は、再び全身を変形させた。

 

 先端部から橙色の刃を展開。それも長く鋭い、長大な刃を。

 翼やジェットエンジンそのものは軒並み切り放し、胴部はただ細長さだけを追求した線を描く。

 例えるなら、それは槍だ。人間大の、大きな槍だった。

 

「まさかっ!!」

 

 ジェット機の超加速によって宙を滑るスティミュレーターは、その全身を槍へと変えた。速度はそのままに、物体としての限界に近い速度で廃墟を駆け抜けた。

 細長い体は、バリアとの接触面積を限りなく減らす。さらに先端部の刃が、薄い粒子のバリアに、風穴を開けるのだ。

 

 弾ける破片。青白い光の粒が、煌びやかに空に罅を入れる。

 同時に、光の壁は風穴を開けた。白い竜の胸にも、同様の風穴が開いた。

 

「……そんな……っ」

 

 機竜内部に、深刻なダメージと、活動の停止の旨を伝えるアナウンスが鳴り響く。バリアを打ち破られ、胴体を貫通する風穴を開けられたのだ。首から光を放つどころではなくなった。機竜は、破れたのである。

 

 勝った、と思った。

 けれど、奴の思わぬ手によって覆されてしまった。

 エルヴントはその事実を前に歯を食いしばる。自身の敗北に、握り拳からは血が滴った。

 

 スティミュレーター。

 思念性多重変形機構という、非常に柔軟な変形機構を持つ機体。

 こいつは、危険だ。機竜ですら仕留められない、恐ろしい難敵だと。彼は改めて実感したのだった。

 

「……覚えていろ。次は、次こそは……!」

 

 ぎりっと歯を擦らせながらも、彼はコクピットのセーフティに手を回す。緊急時用の脱出ポットを射出するボタン。彼は手早くコードを入力し、慌ただしくシートベルトを身に巻いた。

 直後、衝撃。恐ろしい勢いで、ディスプレイに映る景色が転換する。

 

「あ、逃げた」

 

 一方のスティミュレーターは、奥で伏せる機竜から、円柱状の何かが飛ぶのを察知する。内部から感じる生体反応で、あの人間が逃げたことを感じ取った。

 一瞬で空の向こうまで飛び上がるそれを前にして、彼は槍の姿を解く。黒い鎧に身を包んだあの姿で、廃墟を重々しく踏み抜いた。

 

 ――――やっぱり、人間とゆっくり話すのは無理そうだ。

 

 ようやく弱まってきた、母体(マザー)のけたたましい声。それが鳴り止んで、彼はやっと一息ついた。命令には逆らえない。機械の哀しい性だった。

 

「……覚えていろ、か。アンタは履歴から削除しないでおくよ」

 

 ご丁寧に自爆装置が作動した機竜を前に、スティミュレーターは大人しく後退する。思わぬ邂逅に、少しばかり胸を弾ませながら。

 

 その日、廃墟となった階層都市が崩落した。下層の街が全て弾き飛ばされ、それによって上層の街も崩れ落ちたのである。とはいえ、生存者など誰一人もいない。死亡者はゼロだった。

 生きていない黒い機体だけが、ただ悠然とその鉄屑の山から歩み出す。

 スティミュレーターは、機竜をもってしても、朽ちることはなかった。

 




たっくさん変形させていただきました!
もう満足!こういうのを書きたかった!全然表現できている気がしないけど!
最近昔のメカブームが帰ってきてついつい拗らせちゃうんですよね。でも、文章で表現するのは初めてなので、これはこれで面白いかもしれない。分かりにくいけど。精進します。
それでは!stimulator編は次でラストです。
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