透中仮想 - トウチュウカソウ -   作:しばじゃが

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Stimulator(5)

「――――残念だったな」

 

 あの真っ黒な空間を映す部屋の中で。

 主任が、グラスを片手にそう呟いた。

 

「……次こそは、必ず奴を仕留めてみせます」

 

 その言葉の当て先であるエルヴントは、彼に向けてそう決意を露わにする。

 

 あの戦いから早一週間。相変わらず人類は劣勢で、今もなおアンセクタの領域が拡大しつつあった。

 機竜は大破。スティミュレーターに敗北し、緊急脱出ポットでエルヴントを退避させた後、自爆。人類側としては最高峰の兵器だったために、その知らせは大きな波紋を呼んだ。

 エルヴントを罵る声もあった。技術者の力量不足を嘆く声もあった。スティミュレーターに対する畏怖の声もあった。

 そしてその当事者であるエルヴントは――――。

 

「もう一度、もう一度チャンスをください。今度こそ奴を壊しましょう。奴の手は把握した。もう負けません」

「まぁ、待て。チャンスと言われてもな、あの性能の機竜は一機しかない。資源なぞ、ここには雀の涙ほどしかないのだから」

「…………」

「悪いが、すぐにあれと同等のものは造れない。正直、我々としても予想外だった。奴があそこまで強いだなんて。いや、奴の開発を主導していたのは私なのだから、複雑な気分ではあるな」

「……もう、遅れは取りません」

「そう固執するな。名誉を挽回したい気持ちも、妹を探したい気持ちも分かるが」

 

 主任にそう諭されて、エルヴントは肩を落とす。スーツ越しの肩が、微かに震えていた。

 

「スティミュレーターに勝つことに囚われ過ぎるな。あくまでも、我々の目的はこの戦争に勝つこと。生存競争に勝つことだ」

「…………」

「その点、君は良いデータを取ってきてくれた。君の働きは、間違いなく我々にとってプラスだよ」

「……主任は、僕を責めないのですか」

「何を言う。君のおかげで奴らをどう対処すべきか、その決心がついたんだ。君は英雄並の働きをしたと私は思うよ」

「…………」

 

 散々罵声と陰口を浴び、その顔に影を帯びさせていたエルヴント。そんな彼の肩に優しく手を置く主任。青年は、返す言葉が湧いてこないままに歯を食いしばった。

 

「……人類側の技術では、正面衝突しても勝つことが難しい。それがよく分かった」

「……え?」

「機竜の計画は、見送ることにする。そして、新しい計画を始動することにするよ」

「……何を」

「まぁ、見てもらった方が早いかな。これを」

 

 主任は薄く笑いながら、壁の装置に手を伸ばす。それが彼の指紋を認識し、静かに唸り始めた。

 直後、映されていた真っ黒な空間が消える。ガラス張りのように見えて、その実はただの壁であった。ハッチに包まれた、暗い色をした壁であった。

 そのハッチが開く。人間の大きさを悠に越えるそれが開き、その奥の水槽を露わにする。

 いや、水槽だろうか。人によっては、ホルマリン漬けの瓶を彷彿とさせる、異様なものだったが――――。

 それは確かに、水槽だった。培養水に満たされた容器だった。

 中に、チューブに繋がれた少女が全裸で沈んでいる。ただ、右目だけに黒い布を巻いた少女が、眠るように眠っていた。

 

「……主任、これは……」

「冬虫夏草」

「……は?」

「『冬虫夏草計画』。これこそが、人類を救う最後の一手だ」

 

 そう言って、主任はレバーを引いた。武骨なレバーが壁の扉を抉じ開けて、奥に広がる空間を解放させる。

 そこに並んでいるのは、無数の水槽。

 そのどれもに、同じ姿をした少女が沈んでいる。

 全く同じ顔の少女たちが、みな死んだように眠りながら、水槽の中を漂っている。

 

「……彼女たちは、一体」

「エルヴント、ダメだよ」

「え?」

「『彼女』、じゃない。『これ』、だ」

「……これ、とは?」

「これらはクローンさ。全てクローンだ。冬虫夏草計画のために起用した。つまりこれらは兵器なんだよ」

 

 最初に姿を現したハッチの少女が母体。そして他は全てクローン。思わず目を疑うような光景が、そこに広がっている。

 

「……そん、な。クローンだなんて。こんなこと……!」

「今我々は窮地に立たされている。やり方を吟味している余裕などない。それに、こちらの方が経費もリスクもかなり少ない。とても合理的な方法だと私は思うが」

「…………っ」

「といっても、抵抗がなかった訳ではないよ。元々世界的に非難を浴びた某国のマニュアルだ。出来ることなら、頼りたくなかった」

「……彼女たちには、何を?」

「……はぁ。君は全く……まぁ、いい。これは、意識をインターネットの海に放出する装置だ」

「え……?」

「思念そのものを抽出し、ネットワークの海へとダイブさせる。その回線を通じて、これらにはアンセクタの中へと入ってもらう」

「……どういう、ことですか」

「要は強制的にインストールするウイルスだよ。外部からの破壊が困難ならば、内部から破壊すればいい。スティミュレーターほどのアンセクタともなれば、人間相当の思念が必要になる。そして敵は、スティミュレーター一機ではない」

 

 何て合理的な手段なんだ、と彼はそう締め括った。その表情は、まるでおもちゃを前にした子どものように無邪気でもあった。

 エルヴントは、戦慄する。とうとう、人類は越えてはならない一線を越えてしまったのではないかと。少しばかりの冷や汗を、その白い肌になぞらせるのであった。

 

 水槽の中の少女は、うっすらとその目を開く。液体に満たされ、まともに景色を映さない瞳で、二人の人間の姿を見た。

 しかし魘されるように、再びその目を閉じる。耳には、主任の粘着質な声が淡く残っていた。

 

 

 

 ◆  ◆  ◆

 

 

 

 砲台が、唸る。

 四本にもなる太い脚を展開し、その上に恐ろしく長い砲塔を乗せて。それが轟音を打ち鳴らし、遠く遠くの都市に煙を吹かせる。今日も今日とて、俺は人類に向けて火を吹かせていた。スティミュレーターは、今日も命令に従い続けるのだ。

 遠距離砲の形態を取って、遠くの都市を狙撃して。そんなことを繰り返していた頃だった。不意に、俺の中で甲高い音が響いたのだ。ハ長調ラ音の、回路を駆け巡るような音が。

 

「……?」

 

 聞き慣れないそれに、何とも奇妙な違和感を覚える。

 そのまま遠距離砲のパーツをパージさせ、普段の黒い鎧を露わにした。それだというのに、違和感は一向に消え去らない。ならばとサナギを起動して、人間を模した姿にもなってみるのだが――――それでも奇妙な感覚が、俺の四肢を這い回っていく。

 

 一体、何が起きたのだろう。そう考えるものの、答えは何も得られない。

 ならば、いつものアシストに分析してもらおうか。普段は鬱陶しいまでに母体(マザー)の言葉を繰り返すそれに、ついつい頼ってしまう。頼ってしまうのだけれど――――。

 

「……あれ? 応答がない……?」

 

 いくら呼び掛けても、音声のアシストは応答しない。

 何も返事はなく、ただ空風がガラクタを通り抜ける音だけが響く。

 

 あんなに、煩わしいと思っていたのに。こんな時に限って何も言わないだなんて。

 

「…………」

 

 音は聞こえない。

 人類を探知する声も、状況説明の声も、まるで訪れなかった。

 代わりに、何か視線のようなものを感じる。

 

 はっと振り返った。しかしそこには、ただ荒涼とした景色が広がっているだけで。人間の視線のようなものを、確かに感じたのだけれど――――しかしここには、俺以外誰もいない。人間なんて、いるはずがない。

 

「……センサーの故障、かな」

 

 先日の奇妙な人間と戦った時に、俺の体に何か不具合が起きてしまったのだろうか。やはりバリアに突っ込んだのはマズかったのだろうか。

 そんなことを、考えていた時だった。

 

『――――あなたが、スティミュ……レーター……?』

 

 鈴の鳴るような声が響く。

 かと思えば、視界に少女が現れた。ふわりと宙を舞う、明らかに人間ではない少女が。

 

「…………」

『…………』

「……何だ、これ」

 

 透き通るような白い髪。

 透明な雰囲気を持つ独特の衣装。

 黒い眼帯と、同時に輝く星空みたいに綺麗な瞳。

 一見すれば、可愛らしい少女だった。けれども、その独特の波長が、彼女に実体が無いことを告げていた。

 

『……無事、インストール……できた……の?』

「はぁ?」

『……あ……っ……ぅ……』

 

 何やら不可解な言葉を、彼女は口にする。

 一体どういうことだと思いながら声を上げると、彼女はあからさまに顔を歪ませた。

 やりにくいな。

 やりにくいけど、この変な状況から出るには彼女から話を聞くしかない訳で。

 仕方なく、俺は彼女に言葉を繋げる。なるべく、声色を柔らかくしながら。

 

「えーっと……君は何だ?」

『……ボク、は……あなたに、その、あの、あなたを――――』

 

 話すことに不慣れなのか。彼女は、しどろもどろな様子で話そうとはするものの、その言葉は形になることはない。ただ、その仕草は妙に人間臭かった。

 

「……もしかして、新しいナビゲーションシステム?」

『えっ……?』

「そうだよな、そうでしょ? いつまでもあんな無機質なの、嫌だもんね。丁度あのアシストも聞こえなくなったし、つまりは君にアップデートされた訳だ? 大体把握したよ」

『え、ちがっ、えっと……』

「いやー、あのシステムが実装されて八ヶ月と六日に二千六百九十ニ秒。とうとう変わったんだねぇ。しかも、あんな無機質な感じじゃないし。ちょっと嬉しいかも」

『……う、嬉しい……?』

 

 思いもよらなかった。そう言いたげに、彼女はぱっと顔を上げる。子どもが目を輝かせるような、そんな表情に見えた。

 

「話し相手になってほしいな。寂しかったんだ」

 

 そう言いながら、俺は彼女に右手を差し伸べるものの――――。

 

「……あれ? 右手が……」

 

 サナギを解除させた覚えはないのに、俺の右手は機械が剥き出しになっていた。人の手の形にしていたはずなのに、あの黒い装甲が太陽光を反射している。

 そして、何よりその色だ。黒の中を走るオレンジ色のラインが特徴的だったはずなのに。今の俺の腕は、そうではない。あの少女のような、どこか水色に近い色の光が走っている。

 

「……変だな。ま、いいか」

 

 掌を開閉させるものの、動作に不具合は特にない。また後ほど点検しようと思いつつ、改めて手を差し出した。どこか上目遣い気味に、俺の顔色を窺っている彼女に向けて。

 

「スティミュレーターだ。……って言っても、機体名だけど。良かったら、俺のことはウィンタスって呼んでくれ。俺自身の名前なんだ」

『ウィン……タス……』

 

 彼女は、噛み締めるように俺の名を呼ぶ。

 不思議な少女だ。どこか不思議なものを見るような眼差しを向けてくる。

 そんなに、俺が珍しいのだろうか。俺のようなアンセクタには、会ったことがないのだろうか。

 見た感じ、実装されたばかりのような雰囲気でもある。その可能性は、あるかもしれないな。

 

「君の名前は?」

『……え?』

「君にも何か、名前はあるでしょ? 教えてよ」

『…………』

 

 おずおずと、彼女は口籠る。

 どうしよう。そう言いたげな表情だった。

 

「……名前、ないの?」

『…………リ』

「え?」

『……リ、リエッタ……です』

「リエッタ……」

 

 リエッタ。

 目の前の少女らしい、可愛らしい名前だなって思った。

 リエッタ。リエッタか――――。

 

「よしリエッタ。よろしくね」

 

 そう言って俺はなるべくの笑顔を浮かべて。同時に、ずいっと右手を差し出すけれど――――。

 不意に、スパークが舞う。突然、俺の意志に関わらず、機械が剥き出しになった右腕が光った。

 

「えっ……!?」

 

 腕は腕でも、肘の先あたりから奇妙な物体が生えていた。俺が望んだ訳でも、変形しようとも思った訳ではないのに。

 薄い機械のようなそれには、小さなスピーカーがついている。同時にディスプレイにも光が灯り、何やら文字のようなものが浮かんだ。

 そう、それはどう見ても音楽プレイヤー。どこかで粒子に変換していたそれが、俺の腕に現れている。

 

 

 

 ――――隣にい…… が……う

 

 恋に 落……がし…… ……―――― 

 

 

 

「……は?」

 

 旧時代の楽曲のワンフレーズ。ノイズ混じりのそれがスピーカーから飛び出して、そのまま途絶える。

 困惑したままに少女を見れば、彼女は顔を赤らめて両手を頬に当てていた。あからさまに、照れているような顔をしていた。

 

 突然の変形。

 俺の意志とは無関係の、唐突で不自然な変形。

 

 一体、一体何なんだこれは。

 彼女と一緒に、バグでもインストールしてしまったのではないか。

 なんて、もし俺が人間だったら冷や汗を垂らしそうになるけれど。

 

 

 

 そんな、俺の悪い予感が的中するのは――――――――もう少し後の話である。

 




これにてstimulator編は終わりです。
ウィンタスの誕生~スティミュレーターとしての戦闘~リエッタとの出会いまで。
リエッタちゃんは兵器としてずっと生きてきたので、名前を呼ばれた経験がありません。彼女の名前を呼んでくれたのは、皮肉にも人類の怨敵ウィンタスくんだった……ていう話。
私が作るお話、いつもヒロインが薄幸だな???
とりあえず以上です。閲覧感謝!感想評価いただけたらもっと感謝!!
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