「はぁ、はぁ…嘘だ…こんなことがあって良いはずがない…!」
俺は全力で走りながら自分に言い聞かせる。
…全力にしては遅いって?これでも本気だ。
「俺が三玖を…!うぉっ!!」
足がもつれて盛大に転んでしまった。
しかしもう立ち上がる気力もない。
このまま地面に還りたい…
「上杉さん!!なんでこんなところで寝ているのですか!?」
俺の名前を呼ぶのは誰だ…
最後の力を振り絞り地面に這いつくばりながら声の主へ顔を向ける。
おっ、お前は…
「みっ、三玖!?違うんだ!!俺は決してやっていない!!げほっげほっ!!」
いつの間に俺に追いついたんだ…?
俺と同程度の体力しかない三玖が何故俺を先回りできる…?
そんなことを考えたのも束の間、息切れを起こしているというのに叫んでしまい思い切り咳込んでかなり苦しい。
「違います!よく見てください、私は四葉ですよ!!」
四葉だと…確かによく見たら特徴的なカチューシャを付けている。
それに俺が下から見上げる体制のためにスカートの中のお子様パンツが…
「なんだ四葉か、驚かせやがって…」
「別に驚かしてないですよ、それよりどうして地面に倒れてるんですか?」
「見れば分かるだろ、転んだんだ。転んだから地面に倒れているんだ」
普段の俺の知的なイメージとはかけ離れた発言だ。
それくらいに疲弊している。
「何言ってるんですか、お顔とか腕とか擦り剝いて血が出てますよ…手当してあげますので家に行きましょう」
そう言って俺の肩を組み、強制的に立ち上がらせてくる。
おいおい、家ってまさかお前の家じゃないだろうな…
こんな状況三玖に見られたらただでさえ面倒くさいことがさらに面倒くさくなってしまう。
だがしかし全力疾走して体力が底を尽きた俺に四葉を振り切れるほどの気力は残っていない。
なんとか会話で四葉を説得するんだ…!
「四葉、俺の家に連れて行ってくれ…」
「えっ、でも私たちの家の方が近くにありますよ?それに上杉さんに勉強で教えてもらいたい所があるのでついでにお願いしますね!」
なんでこういう時に限って勉強の意欲が湧いているのだろうか…
普段なら喜び勇んで教えてやる所だが今回は素直に喜べない。
どうしたものか…
「なぁ、少しだけでいいんだ。そこのベンチで休んで自分で歩けるまで体力を回復させてくれ、ついでに今教科書持ってるならここでその分からないところを教えてやるよ」
「分かりました!しっかり掴まっててください!」
そう言って四葉は俺をお姫様抱っこでベンチまで運ぶ。
まさか男の俺を軽々と運ぶことのできる筋力があるとは…
誰かに見られたら恥ずかしいが今は少しでも時間を稼げたことを喜ぶか。
「ありがとよ…でもなんで膝枕なんだ。この状態じゃ教えにくいぞ」
「病人は絶対安静です、カバンを枕にするよりこっちの方が良いかと思いまして」
「知り合いが近くを通らないことを全力で祈る…」
「ところでどうして軽くジョギングをされていたんですか?」
運動の得意な四葉から見たら俺の全力の走りは軽めのジョギングにしか見えないのか…
少し傷ついたが本当のことを言うわけにもいかない。ここは誤解に乗じて話を合わせるか。
「最近気づいたんだ、勉強も大事だがそれと同じくらいに健康も重要だとな。それで走り込み…いや、ジョギングをしていたんだ」
「そうだったんですか…何事も無理はダメですからね!まず制服ではなく動きやすい服装に着替えてから始めた方が良いですよ」
確かに制服で運動するなんておかしい話だな。そこまで気が回らなかった。
でも四葉がバカで助かった、なんとか誤魔化せそうだ。
体力さえ戻れば自分で歩いて帰れる。あとはこのまま会話で時間を稼げば…
「それに上杉さん、おそらく準備運動もせずに始めるからそんな風に足がもつれて転んじゃうんです。基礎問題集も解けないのに応用問題に挑戦するようなものですよ。気持ちだけが先走りすぎです」
まさか四葉に勉強の例えで諭される日が来るとはな…
悲しい。俺もここまで落ちぶれたか…
だがだいぶ呼吸も落ち着いてきた。
あとは四葉に勉強の分からないところを教えれば俺に用は無くなり解放されるだろう。
「…上杉さんが私たちに勉強でお手伝いしてくれるように私も上杉さんを私にできることで応援したいです。私に上杉さんの体力アップのお手伝いをさせて下さい!」
「……」
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「はい、深呼吸をしながら身体を曲げて…そうです。ゆっくり背中を押しますので痛かったら言ってください」
「あいてて…でもなんだか気持ち良いな」
結局俺は体力が戻っても四葉の熱意に絆されて家にお邪魔してしまった。
四葉にそれとなく三玖の所在を確認したところ今日はバイトで帰りが遅いということが分かったというのが大きいが…ちなみに他の3人は一花の撮影の見学とかでそれよりさらに遅く帰ってくるらしい。
「うーん、上杉さんかなり身体が固いですね。でも継続してストレッチをすれば怪我しにくい身体に必ずなれますよ!今度はもうすこし強くいきます!!」
あいててて…でも体のダルさが抜けていく気がする。
なんだかやけに身体を密着してくるのはこういうストレッチだからだよな?
まあ三玖と同じくらい四葉も羞恥心無さそうだし気にすることでもないか。
「どうですか、身体が軽くなるのを感じませんか?」
「確かに軽い…!これなら長時間ぶっ続けで勉強しても大丈夫そうだ!!」
ストレッチのおかげか三玖に関しての悩みが薄れ落ち着きを取り戻した。
その上予想以上の効果でテンションが上がる。
これからは家庭教師の前にストレッチを取り入れるのも良いかもな。
「では身体が出来上がったところでスクワット行きますよ!」
えっ…まだやるの…?
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「あー死ぬ…これ以上やったら間違いなく死ぬ…」
「上杉さんお疲れ様でした!よく頑張りましたね!!これ水です!」
「サンキュ…」
どうやら運動大好きな四葉のスイッチを踏んでしまった様だ。
ストレッチだけでなく本格的な運動まで付き合ってくれるとは…
まあでも汗と一緒に悩みも流れ出たってことで良しとするか…
「悪いな、汗かいたからこのジャージ洗濯して返す」
制服では動きづらいからと四葉が俺に上下のジャージのセットを貸してくれた。
しかし今気づいたけどたぶんこれこいつらの父親のジャージだよな…
あの厳格な父親も普段着でジャージを着ることあるんだな。少しサイズが小さいような気もするが。
だが色んな意味で気まずい。どうか使ったことがバレませんように…
「いえ、お気になさらず!そのまま置いておいて下さい。それより運動後のストレッチをしますよ、そこにうつ伏せになって寝てください!」
「げっ、まだ続くのかよ…」
「運動後のストレッチも運動前のストレッチと同じくらい大事なんです。身体が冷える前に早く!」
そういうものなのか…
俺は言われるがままにうつ伏せになる。
その上に四葉が馬乗りをしてきた。
…こいつ制服のスカートのままなのにこの状態になるって色々と大丈夫なのか?
「筋肉をほぐしていきますよ~力を抜いてくださいね!」
両手を使って背中をマッサージをしてくれるのか。
…めっちゃ気持ち良い。疲れた体に癒しが染み渡る。
あれ、眠気が…もしかしてさっき飲んだ水に薬…?
「あれ?上杉さん寝ちゃった…まあいいや、まだ約束まで時間あるし続けよっと」
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「…はっ!」
「あっ、上杉さん起きましたね。私のマッサージがとっても気持ちよかった様ですね、ししし」
俺が寝た後もずっとマッサージを続けていてくれていたのか。
身体や衣服には特に何も変化は無い様で薬で眠らせて何かされたということは無さそうだ。
本当に疲れて眠っちまったんだな…
「俺はどれだけ眠って…って、もうこんな時間だと!?」
ヤバい、四葉の言う通りならあと10分もしたら三玖がバイトから帰ってくる時間だ…!
早くこの家を出なければ…!
「四葉、今日は色々ありがとうな。俺そろそろ帰らないとらいはが心配するからそこをどいてくれないか?」
「えーっ!あともう少しで三玖も帰ってきますしそれまでマッサージしますよ!あと10分くらい…」
おいおい、これはヤバいぞ…
多少強引だが力づくでも脱出しなくては。
…だが俺の力ではびくともしない。
「上杉さんどうしたんですか?…逃がしませんよ」
普段の明るい口調ではなく落ち着いた声で俺の耳元で囁く。
そして俺の両腕を四葉の両腿で挟まれ拘束されてしまった。
俺の力になりたいならそこからどいてくれ…
「こんな状態を三玖に見られたら変な勘違い起こされるかもしれないし…とにかく早くどいてくれ!」
「それが良いんじゃないですか、目撃者が居れば【決定的な証拠】になるんですから」
「おい、何を言ってるんだ!!もう十分マッサージはできただろ!」
四葉のやつ本当にどうしたんだ…
だが今は四葉の心配をするよりもここからの脱出だ!
しかしこのフィジカルお化けである四葉を馬乗りになられている状態の俺が振りほどけるか…?
「上杉さん、大人しくしてて下さい」
俺が身体をよじらせると四葉はそれに合わせて重心を移動させ俺を逃がさない。
なんとか仰向けの体制になることはできたが状況はあまり変わらない…
くそっ、無駄な体力を使ってしまった…馬乗りから逃れるってこんなに難しいのか!
なんとか隙を作らなくては…
「はぁ…はぁ…」
「ただでさえ運動で疲れてるんですからそんなに動いたらもう抵抗する力も残ってないんじゃないですか?」
隙を作るにはこうするしかない…
できればこの手は使いたくないが…!
「くらえ!!!」
不意を突き右手を四葉の両腿による拘束から抜け出させ
その勢いで四葉の胸を揉む。
急に痴漢行為をしたら誰だって驚き取り乱すだろう。仮に好意を向けている人物に急にされても嫌だと思う人がほとんどだろう。
よっぽど羞恥心が無い限りはな!…あれ?
「…何をしているのですか?」
そういえばこいつに羞恥心無かった。
この作戦は失敗だ。
「まあでもこの状態で発見された方が説得力ありそうですし…このまま固定させてもらいますね」
四葉は胸を掴む俺の右手を両手で掴み返した。
隙を作るどころか余計に悪い状況になってしまっただけだった…
もうこんな状態になってしまったら四葉に運動後のマッサージをして貰っただけという言い訳も使えない。
「やっぱり上杉さんは私たちのことをいやらしい目で見ていたんですね…急に胸を揉んでくるなんて…ししし、でも私はずっと上杉さんの味方ですよ」
…!
四葉はまだあの時の俺の態度に不信感を抱いていたのか!?
最初の協力的な態度は俺を油断させて家まで連れて行きこの状況を作り出すため…
そしてそれを他の姉妹に見せつけることで【決定的な証拠】として俺に家庭教師を辞めさせようと…!
「こんな状況見られたら言い逃れできませんね。そうすればこれからは2人で…」
「ぐっ、うおおおおおおおお!!!!!!」
なんとか左手を脱出させ四葉の脇腹を全力でくすぐる。
どんなに鍛えてもくすぐりには耐えられないだろ…!
「あはははは!!!くすぐったいです!!」
よし、チャンスだ!
四葉には悪いが持てる力の限りを尽くし身をよじって振り落とす!!!
「きゃぁ!!」
早く逃げるんだ…!時計を見る余裕はないが急げ…!!!
四葉には目もくれず玄関まで一直線に駆け抜ける。
よし、このままなら…!
ガチャッ
「……」
「あっ…三玖…」
最悪だ。鉢合わせてしまった…
「そのジャージ…そのポケット…」
俺がこの場に居るよりも俺の服装に関して驚いているようだ。
これが一体どうしたっていうんだ…ん?何かポケットからはみ出して…これは…パンツ!?
「ちっ、違う!!!俺は盗んでいない!!うわああああああああ!!!!!」
そう叫びながら三玖を跳ね除け本日二回目の全力疾走。
皮肉なものでストレッチを入念に行ったおかげで最初よりも速く走れている。
ししし。と俺の背後で笑い声が聞こえた気がした。