神崎蘭子(偽)が逝く戦車道 作:みほ杏という沼に嵌りそうな人
「まずは──」
──よし、やるぞ……! 最初だ……最初が一番肝心なんだ。最初で躓いたらずっと引きずってしまうんだ! 開き直れ! 中途半端が一番ダメなんだ!
胸の高鳴りが鼓膜を震わせる。さながらエンジンのように自分の番が近付いてくる度に回転数を上昇させていく。
これから始まる一世一代の大博打。成功率は限りなく低いし上手くいく保証もある訳ではない。例えばこれが見世物として行われていたとするならば、俺に対するベットはきっと0で、そもそも賭けすら成立しないだろう。
しかし、だからこそ大博打。だれもが失敗を予感していたとしても、自分に賭けるのが俺だけだとしても、賭ける価値は十分にある。賭けるものはただ一つ──俺の人生だ。
例え失敗したとしても、その時は甘んじて受け入れよう。何故ならばこれは元々俺が以前より望んでやろうとしていた事。それが偶然任意から
俺はただ己の成せる事を成すだけだ。
「次は──」
──そして自己中心的な悦に浸って満足し、結果的に悪い意味で自己肯定感の塊のような奴になるんだ。周囲の雰囲気など考慮もせずにな! ちくしょう! また台無しにしちまう! 俺はいつもそうだ。自分から環境をどうにかしようとする気概も無く流されるまま。そして諦観してるかのように見せて何処か期待を捨てきれない中途半端で哀れな奴。誰も俺を愛さない。
……あれ? なんでこんな事やろうとしてんの俺? やるメリット、全く無くね? 寧ろデメリットしかなくなくなくね? 確かに今の状態で
「──」
いやいやいや、やるったらやるんだ! 俺が怖気付いてどうする!? 成功率が低いだの将来後悔するだのがなんだってんだバーローてやんでいこんにゃろめ! そもそも強制なんだから最初から選択肢なんてそれしかなかっただルルォ!?
「──8」
──そろそろだ。心臓のばくばくが更に激しくなったのが分かる。……へへ、脚が震えてやがる。なんだよ俺、武者震いか? それとももしかして……ビビってんのか? 一体何にビビる必要があるってんだ。これから毎日やり続けるだけの話じゃねーか。俺がやらねば誰がやる!
俺を出すな。
……あ、でも今現在において彼女がいるわけでもないし、そもそも何を持って俺=彼女と言えるのか。ちょっと俺ってば調子に乗ってたんじゃないか? 俺程度が彼女に成り得るなんて厚顔無恥も甚だしい。恥を知れ! 俗物が! そうなると結局のところ彼女足り得る者は彼女しかおらず俺=彼女は成り立たなくなる。つまり俺は俺。畜生、成り切れてねーじゃねーか!
「──9」
ああああ、どうしようどうしよう! そう、こういう時は……えーと、あれだ。某少年漫画や運命を思い出せ! 憑依合体だ! 憑依経験だ! その身体はきっと空と大地を交差させているんだ! やる! やるったらやる! やるんだよぉ〜〜〜!!! ウラァ!!!
「──次、10番!」
──その瞬間、俺の中のスイッチが投入された。
呼ばれた。しかし俺は立ち上がらない。
周囲は俺に反応がない事を訝しみ、僅かなざわめきが生じ始めた。
俺は動じず、自然体のまま。
「──くくく」
まだ立ち上がらない。
そう、あと少し……あと少しだけ注目を集めるんだ。
──ここだ。
「フッフッフ……」
ガタリとオペラ歌手の様に優美に立ち上がる。
それと同時に左手は顔、右手は後方下へまるでリレーのバトンを受け取る様にゆっくりと。どちらの手も等間隔で指の間を開け、顔を少し俯き気味にして影を作るのがコツだ。
小さなざわめきはいつしか消え去り、皆の視線は一片残さず俺の元へと注がれていた。
そして俺は、闇へと舞い降りた──!
「んなぁ〜っはっはっは! 同一なる方舟、同一なる聖廟で同一なる時の鎖を歴史に絡ませんとする同胞たちよ! 煩わしい太陽ね! 我が真言を拝聴せよ! なに、案ずるな。恐れる必要はない。闇の力の大部分は封印を施しているが故に。さぁ、我が名を聞くが良い。我こそが──
ドッバァァァン! とオノマトペが発生しそうなチョーイケイケポーズを決めた俺はそのまま目を閉じてピタリと静止。
──嗚呼、やっちまった……。しかし、くぅ〜気持ち良いぜぃ!
今世紀最大で最高な名乗りだったしアタイったらさいきょーな姿勢だ。三段笑いも上手い具合に最後まで持っていけた。達成感に満ち溢れている。ホームランダービー走者がロビカスを目前に蜂蜜をキメたかの如くテンションは最高潮。脳汁ドバドバで俺は鼻息を荒くした。
しかし待てども反応はない。少し冷静になり恐る恐る辺りを見渡すと、例外なく皆が口をポカンとさせて此方から視線を逸らさず、そしてその目は得体の知れないものを見る目であった。
………………いや、まあ、うん、
「……次11番」
でしょうねって感じなんですけどもね。
黒森峰の鐘の声、ショッギョ・ムッギョの響きあり。
極楽というものはすぐに終わりを告げるもの。
☆☆☆
「ねぇねぇ、今日のランチどうする?」
「今日はシュニッツェルだって〜!」
「シュニッツェル!? ビールが進むわね!」
「先に買っておかないと無くなっちゃうわよ!」
クラスメイト達がバタバタと教室から食堂へと向かう。待ちに待った昼ごはんの時間というのもあり表情も明るく足取りも軽い様子だ。
ここは黒森峰女学園中等部。熊本にある中高一貫の学校であり、昔からドイツと縁のある学園艦に存在する割と有名な学校だ。
学園艦とは簡単に言うと大きな空母の上に街が広がっているような船の事だ。街と言っても学校有りきの街なので呼び方はそうなっている。何やら来るべき国際社会の為の人材育成だったり、自主独立心を養うとか大層な理由があったりするらしいが詳しくは知らない。普段は日本周辺の海を漂っており、物資や燃料の補給時、又は他校とのイベントなどの際に定期的に港へ戻っている。
そんな学園艦の学校はドイツと縁がある為か自販機には数種類ものビールがラインナップされているしランチはドイツ由来のものも多い。あ、ビールといっても勿論ノンアルコールだぞ? だがノンアルコールといっても中々侮れない。限りなく本物に近くて喉越しも良いのだ。雰囲気くらいは味わえるので俺も毎日愛飲している。
……さて、そろそろ自己紹介をしようか。
すぅ……(息を吸う音)
我が名は神崎蘭子! 此が
まぁ、そういう事だ。
そう、アイドルマスターシンデレラガールズ、通称デレマスのキャラクターであり色物が多いデレマスの中でも特に異色を放つ中二病キャラ。熊本弁を優雅に華麗に大胆に操る、あの神崎蘭子だ。
俺はアイマスは筐体の時から好きだったがモバマスで蘭子が登場した時から今日に至るまでずっとPとしてあり続けた程の蘭子Pだ。雨の日も風の日も、極寒の吹雪の日も灼熱の太陽が降り注ぐような暑い日であろうとも、俺は快適な部屋でモバマスとデレステを止まるんじゃねぇぞ…しながらやり続けたのだ。
イベントは有給消費してガチってたしフェス限が出たら出るまで引いてたのも良い思い出だ。つまりそれだけ神崎蘭子が好きだったという訳だ。語り出したらソリティアが始まるので自重するけど。
で、そんな神崎蘭子に何故か俺はなっていた。気付いた時には小学一年生の蘭子だったんだ。
経緯といっていいか分からないが、確か一番最後の記憶ではダークイルミネイトのイベントがデレステで開催されていて、最後の三日間を有給消費してガチってたんだ。仮眠は三日間で3時間だけで後の事は最低限に済ませてずっとデレステに向き合ってた。食事は食べる時間も惜しいとエナドリと忍者飯。風呂にも入らず歯も磨かず、トイレもいつもギリギリまで我慢していた。今考えると狂ってるとしか思えないがその時の俺は大真面目だったんだ。
やがて遂にランキング1位になってイベントが終了すると徹夜明けテンションで狂喜乱舞していたところいつの間にか意識を失って、現在に至るという訳だ。
正直言って意☆味☆不☆明だし前の俺がどうなっているのかさえ分からない。もしかしたら無理が祟って死んだのかもしれない。しかし今の俺はそれを確認する術を持ち合わせていない。転生したのか憑依したのかさえ分からぬまま今を生きてます。まるで某人造の甲虫アニメを彷彿とさせる超絶怒涛の急展開に当時の俺は思わず舌を噛み切りそうになったものだ。
……いや、ね? 風呂とかトイレの時とかさ、死にたくなるんだよ。口調から分かると思うけど、俺前世は男だったんだ。それが急に自分の体でもなく、しかも女に、しかも神崎蘭子が二次元から三次元に引っ越してきたとしか思えないようなふつくしい容姿になって。
幼い頃はまだ良かったんだ。幼児の世話してるって思えばなんとかなったし。いや世話されてるとは俺でしてるのは両親なんだけど。ただ身体が成長するにつれて俺、生きてていいのかなって思っちゃってさ。分かる? この気持ち。ほら、蘭子が好きなキャラと言ってもそれは二次元の話であり現実の話ではないだろ? 風呂とかでさ、毎日小中学生の裸を見て触ってるんだぜ?
犯罪臭……ヤバくないですか???
体洗ってる時とか俺の中の罪悪感が尋常ではない程膨れ上がるんだ。で、そんな表情をさせても蘭子はやっぱり可愛いなと改めて思って……え、変態? やめてくれよ(絶望)
だって仕方ないじゃん! 本当に可愛いんだから! 俺だって悩んでるんだよ! その時の俺って眉下がってるのにニタリと笑み浮かべてて、しかも幼いとはいえ蘭子の見惚れるほどの綺麗な柔肌を見て顔も赤くなってるからヤンデレ末期みたいなんだよ!
そして俺の嫁な蘭子にそんな色香に惑わせる様な表情で見つめられる事で立ち眩む程に興奮して、風呂から上がったら自己嫌悪に陥るまでが一連の流れだ。最早それが日課と化してるのが救えない。どうしてこうなった。
……ごほん、話が逸れたな。そういう訳もあり、今の俺は神崎蘭子だ。そして俺の今の言語機能は、先日の自己紹介でも分かったかもしれないが、何故か自動翻訳で熊本弁になってしまうというポンコツ仕様だ。今までは一度もそんな事はなかったんだ。男である事を自重して慣れない丁寧口調で綺麗に話していたのに、中学の入学式から何故かこの口調になってしまった。
確かにさ、中学生になって寮で一人暮らし始めたら蘭子ムーブやろうって思ってたけどさ……何も強制でさせる必要はないだろ!? これじゃあ俺はただの全自動蘭子ムーブ機じゃねーか! 蘭子をムーブする時はね、なんというか救われてなきゃあダメなんだ。独りで自由に楽しく……。
最初は楽に蘭子ムーブ出来る! ってはしゃいでたけど、よく考えたら蘭子ムーブだとコミュニケーションが全然取れないんだよなぁ。
お陰で今現在お友達は0人だぜ!(ドドン!)
友達100人出来るかなという次元ではない。0人ですよ、0人! ちなみに0とは、それに当たる量が全く無いと見られる数だ。全くだぜ? あんまりでもほとんどでもなく全く。しかもこれからも増える見込みは無い。むしろ自動翻訳のせいでとっつきにくさは安きこと泰山の如しである。……いや、蘭子ムーブは元々する予定だったから言い訳にはならないな。……今までもいなかったし(ボソリ)
あ、ちなみにだがこの世界にアイマスというコンテンツは無かった。ついでに他のアイマスキャラも恐らくこの世界にはいないと思う。昔、筐体もない事を知って「もしかしたら他のアイドル達もこの世界にいるんじゃないか」とドキをムネムネさせながら調べてたんだけど、そもそも346プロなんて会社はないし果てには765プロも存在しなかった。もちろん961も876も315もない。神は死んだのだ。
いたとしてもきっと一般人のまま人生を過ごすのだろう。そう上手くはいかないということだ。その流れでアイドルになるという選択肢は消えた。元々選ぶつもりもなかったけど。それに蘭子ムーブが安定していたとしてもアイドル活動がアニメのように上手くいく保証なんてないからな。いくら担当だったとはいえあれはゲームの世界だ。ゲームと現実の区別はしっかりつけとかないとな。
……え? 今現在が既にごっちゃになってるって? こまけーこたーいいんだよ!(現実逃避)
「……魔力が足りぬ」
教科書とノートを片付け終えた俺は腹が減ったと呟きながらガタリと椅子から立ち上がる。すっかり静寂に包まれてしまった教室を後に食堂へと足を運ぶ。
さて、今日は何を食べようかなー! この数日で食堂の飯は美味いって分かってるからきっと何食べても美味いんだろうけど……うーん、今日は卵丼にしよう。
卵丼というのはカツ丼からカツを抜いた、または親子丼から親を抜いたような丼ものだ。味は上記二つの味と変わらないので当然美味い。大抵の店で使える裏技である“汁だく”を使用する事により更に俺好みへと変貌するのだ。高価な方が入ってないので値段は200円と非常にリーズナブル。下手したらおにぎりよりも安い。
近所に住んでると思わしきお姉さんに余裕がない時はこれ、と一押しされたのだ。別に金銭に余裕がない訳ではないが親の金なので節約するに越した事はない。それに蘭子ムーブの為の洋服や小物で消える予定だからな。……あれ、むしろ金足りない?
食堂に着くと、そこは既に喧騒に包まれており人の通りも非常に多い為中々に進み辛い。くそぅ、みんな教室で弁当食べれば良いのに……。
「あ、あの……」
ズラッと並ぶ列にぐぬぬと唸りながらも最後尾に並ぶと暇つぶしのために携帯電話を取り出してニュースを見る。……お、戦車道のニュースが載ってる。確か全国大会が夏休み前に開催されるんだったっけ? なぜ戦車なのかは理解出来ないがここはそういう世界らしいので気にしない事にする。忍道とか仙道なんてのもあるし。うん、NARUT○かな?
どれもこれも良くわからないのが多いんだけど、この中から必修科目選ばないといけないんだよなぁ。色々と興味を惹かれるものは多いが華道とか茶道とか論外だ。俺に出来るわけがないだろう。例えば茶道を選んだとしよう。「結構なお点前で」って言葉あるじゃん? それを俺が言うじゃん?
「ほう、経験が生きたな」
こうなるじゃん? いや無理だろ。どんだけ上から目線なんだよ。殺されるわ。
と言う事でやるとしたら合気道か? 合気道も実は少し興味があったりする。やっぱり男と生まれたからには誰もが一生のうち一度は夢見るよね、地上最強の男。いや真面目な話、合気道って護衛術だし、このビューティフォーでキューティーで俺の嫁な身体を守る為には必要な技術かもしれないな。
俺の番が来た。食堂のおばさんに食券を渡して卵丼を受け取ると適当な席へと座る。あ、スプーン持ってこれば良かった。
「えっと、その……」
くそ、箸だと食べ辛いじゃねーか。取りに行くのは面倒だが俺の嫁が汚い食べ方をしてるのを見せるのも嫌だ。俺は立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花をモットーに生きているので掻っ込むなんて許されないのだ。
「あ、あぅ……」
仕方ない。水を注ぎに行くついでにスプーンをとってこよう。流石にご飯を盗る人はいないだろうし、飯は置いておいても良いだろう。