GOD EATER2 ~Nam Oratorium~ 作:〆渡
第1話
昔、彼女の手元から失われた種子があった。
きっと綺麗な花を咲かせるだろう、と。そんな風に思わせてくれる種。
けれど、それらは他人の手で、自分の元から奪われてしまった。
彼女は悲しんだ。
悲しみを姉と、そして『大切なお人形』と共有した。
結局、種の行方は解らなかった。種泥棒の行方も。
その事で、彼女の仕事にも多少の支障は出たけれど、彼女は諦めなかった。諦める、という思考が最初から存在しなかったともいえる。
手元に残った種を慈しみ、育てた。
そうして何年か経ったある日、他の場所の『種』の情報を閲覧していたとき、見つけた。
この手から失われた種子、それとよく似たデータを持つ存在を。
*
ラケル博士の付き添いという形で縁に乗り込む。行き先は極東支部。
ジュリウス自身が隊長を勤めるブラッドの候補生として、その適正がある人物が極東にいるという事だった。
それでも、ラケル博士が直々に出向くというのは珍しい。
極東は本部から離れているとはいえ、少なくとも表向きは-お互いに反目している訳でもない。だと言うのにわざわざ足を運ぶということは、それほどの逸材ということなのだろうか。
そう思ってみれば、表情こそ変わらない物の、普段より上機嫌なようにも見える。
降り立った極東支部は、フライアとは違った喧噪に包まれていた。
人々の声と昇降機などの駆動音が入り交じり独特の活気を持っている。
時には怒声すら聞こえてきて、フライアの整然とした雰囲気とは正反対だ。
けれど、ジュリウスも博士もそんな周囲の雰囲気には頓着せず、案内の職員に続いてエレベーターに乗り込む。
これもフライアとは違う比較的振動の感じられるものだ。
開いた扉の先には、機能優先と言わんばかりの通路。
フライアとは何もかもが違う。
通路の奥に位置する扉には、支部長室と書かれたプレート。現支部長の趣味なのか、木の板に、無駄に達筆な毛筆で書かれていた。
「失礼しますわ、サカキ支部長」
「失礼します」
車椅子を進めるラケル博士の後に続いてジュリウスも支部長室に入室する。
彼らを迎えたのは眼鏡をかけた糸目の男性だった。
おそらく中年にはさしかかっているだろうけれど、極東の血が入っているその外見からは正確な所は推し量れない。
「ようこそ極東支部へ。ラケル・クラウディス博士。それに、ジュリウス・ヴィスコンティ君」
「本日はお時間を頂き、感謝しておりますわ、サカキ支部長」
友好的態度で自分たちを迎えるサカキに対して、軽く頭を下げ謝意を示すラケル博士。それに倣うようにジュリウスも目礼を返す。
「それで、早速で申し訳ないのですけれど…」
「…あぁ、今こちらに向かっていると、技術班の方から連絡がありましたから、そろそろ着くと思いますよ」
その時、ジュリウスの背後に位置する扉からノックの音が聞こえた。
『サカキ博士?お呼びだと言われたのですが…』
扉越しに聞こえるくぐもった声。それがどこかで聞いたことのある声に似ている気がする。
けれど、気のせいだろう。ジュリウスは極東に来た事どころか、フライアから滅多に外に出ることがなかったのだから。
「ああ、入ってくれて構わないよ」
サカキ支部長の許可に一拍遅れて扉が開く。
入ってきたのは少年と言って差し支えない外見の少年だった。
年は14、5だろうか。眼鏡の奥に見える目はおっとりと穏やかな性質を表しているけれど、それより目を引いたのはその髪の色だった。
まるで老人のような白髪。そして、穏やかな印象の瞳にそぐわない鮮烈なまでに赤い目。
先天性白皮症という訳ではないようで、肌のほうは自然な白さだった。
先ほど聞こえた声と同じように、今度はその姿に既視感を覚える。
けれど、こんな風に目立つ外見の知り合いが居たら、それこそ忘れないだろう。
やはり、気のせいだと納得するジュリウス。極東という未知の場所に来たことで、無意識の内に緊張しているのだろう、だからそんな錯覚じみた感覚に陥ってしまっているに違いない。
少年はといえば、サカキ支部長に促されるまま、部屋の一角にあるソファーに腰を下ろしていた。
何故支部長室に呼ばれたのか、この二人は一体誰なのか。
そんな疑問が浮かべた表情から伺える。
「デイト君。お二人はフライアから出向なさってきたラケル・クラウディウス博士と、その付き添いのジュリウス・ヴィスコンティ君だ」
「あ…、よろしくお願いします。日暮デイトと言います」
紹介された二人に向かって、極東の人間特有の『お辞儀』をするデイト。
それに「ああ、よろしく」と短い返答を返すジュリウス。
ラケル博士はそんな二人をみてから、ゆっくりと口を開く。
「よろしくデイト。何故、私たちがここに居るのか、どうして自分が呼ばれたのか。そんな顔をしていますね」
「ラケル博士は優秀な科学者でね。彼女が君のメディカルチェックのデータを見てーーー」
「貴方を、迎えにきたのですよ。デイト」
サカキ博士の言葉を遮るような形で台詞を接ぐラケル博士。
その性急と取れなくもない様子に、マイペースに定評のあるサカキ支部長も、苦笑を隠せない。
後ろに控えたままのジュリウスは、慣れているのか、動向に興味が引かれないのか沈黙したままだ。
突然そんなことを言われたデイト少年はといえば、こちらも目を白黒させている。
まあ、当然といえば当然の反応だった。
いくら適性があったとしてもまだ子供と言って差し支えのない年齢。
それに、出立前にラケル博士から聞いたところによると、この極東支部に保護されたのが、約1年前。それ以前の記憶が無いのだと言う。
保護された時の状況を見るに、極度の恐怖とストレスに晒された事で、頭髪の色も抜け、精神の安定を図るために記憶を封印しててしまったのだろう。という事だった。
記憶もない、と言うことはつまり、何かを判断するための材料も無い、という事だ。
両博士の言葉を必死に聞いては居るが、話についていけているのかどうかも怪しい。
それくらい、両博士の会話は盛り上がっていた。
それでも必死に話についていこうとしている少年は、いっそ健気に見えてくる。
しかし、岡目八目。
ジュリウスが聞いている限り、今の会話は別段、極東まで足を運んだ理由とは関係ない。
強いて言うなら、同好の士による100%趣味の会話である。
「ラケル博士」
「ああ…そうでしたね。ごめんなさいね、デイト」
「いやあ、つい白熱してしまったよ。すまないね、デイト君。…クラウディウス博士も、いずれまたこうして様々な意見を聞きたいものだね」
よほど白熱した会話だったためか、いつの間にかサカキ支部長の敬語がはずれている。
けれど、そんな事は気にせずラケル博士はデイトに向き直った。
余計に緊張し、背筋を正すデイト。
そんな彼に、ラケル博士はブラッドの理念を語り始めた。
今度は、専門的な用語も入らないためか、デイトも最後まで質問せずに説明を終えた。
「……」
神妙な顔つきで、口元に手をあて考え込むデイト。
その眉が下がり、彼を見ていたサカキ支部長の方を見る。
恐らく、保護された恩。これまで気づいてきた周囲との関係。
そういったものが彼の頭を巡っているに違いない。
けれど、この状況で彼以外の人間が口を出す事はできなかった。
本来、適合する神機が見つかる、あるいは開発される。或いは、空く。そういった場合に、拒否ができないという事もあるが、それでもできる限り納得付くであった方がいい。そんな、気遣いもあったのかもしれない。
誰も強制することがない。それが解ったのか彼は目を閉じて、暫く押し黙っていた。
カチ、カチ、と、棚の上に置かれた飾り時計の音が部屋に響く。
その針が1周する頃に、ようやく彼が目を開ける。
そこには、先ほどまで揺れていた不安の陰は見あたらない。
一人の戦士として、決意をした目だった。
「ーーー」
彼が、意志を口に出す。
新しい『家族』が増えた瞬間だった。
「ありがとう、歓迎しますよ、デイト」
暖かく迎えた言葉は、彼の現状を救う蜘蛛の糸か、彼の道程を縛る蜘蛛の巣か。
それを知らず、少年は神機を取る。
「待った甲斐があったと言うもの…。昔手放した『種』はどんな実を付けるのかしら…」