GOD EATER2 ~Nam Oratorium~ 作:〆渡
夢を、見ているようだ。
夢と自覚する夢を、明晰夢と言うらしい。
と、ここまで考えて、本当に自分が夢と自覚しているのか、夢の中の設定として自覚しているのか解らなくなる。
まあ、どちらでも大差はない。
これが夢であるという一点に於いて、そこに違いはないのだから。
夢の中、自分はどこかの庭を歩いている。
目線がずいぶんと低いから、今の自分はそうとう小さいらしい。
おそらく、幼児程度だろうか。
まだ新しい建物。質素でいて綺麗な装飾。
目を凝らせば見えるけれど、それ以外の場所は霧に包まれた様に判然としない。
夢だから、と気にせず歩いていくと、少しばかり開けた所に出た。
そこで、確かに見た。
人の形をして、人ではないものを。
けれど、それは決して恐ろしくはなく、確かに他者を想う事のできるものだと直感する。
それがこちらに向き直り、口を開いた。
*
「ん…」
布団から手を伸ばして、セットした目覚ましを止める。
静かになった部屋に、僕が立てる布団の音だけが響く。
朝は苦手だ。だから意図的に、早い時間に目覚ましをセットしている。
それにしても、なんだか奇妙な夢を見た気がする。
フライアに馴染んで来て出た、気の緩みが見せたのだろうか。
まあ、夢の事を考えていても仕方がない。
早々に布団に別れを告げ、顔を洗う。冷たい水でさっぱりすると、僅かな夢の残滓も無くなっていく。
20分も経った頃には、鏡の前にいつもの僕がいた。
行く先ですれ違う職員さんたちに挨拶をしながら、朝食を食べに食堂へ向かう。その途中、柊さんともすれ違った。
睨まれた様な気がして、一瞬体が強ばる。
いいや、あれは勘違いだ。昨日そう言われたばかりじゃないか。
そう自分に言い聞かせて、「お早うございます」と挨拶する。
それに方眉を寄せながらも、「…どうも」という返事が返ってきたことにホッとした。
それでも、急に意識が変わるわけでもなく、足早に横を通り過ぎる。
そうして、数日がすぎた。柊さんとの関係は相変わらずで、ぎこちなく挨拶程度は交わせるものの、それ以上に打ち解けるという事もない。
やはり、何かあの時言われた事以上に何か隠されている気がしてしまった。
数回行った共同ミッションでは危ない所も見せてしまったエミールさんだったけれど、今ではこちらにも馴染んだみたいだ。
元から悪い人ではないから、最初の驚きさえ乗り越えてしまえば、打ち解けるのも時間の問題ではあっただろう。
問題だったアラガミの大群も、徐々にではあるけれど解決しているし、あともう少し、という所だろうか。
この後にもまた、討伐任務が入っている。
以前は鉄塔の森と呼ばれる工業地帯跡に集まっていたけれど、今日はどこだろうか。
一度討伐すれば散り散りになるけれど、時間が経てばまた集まってしまう。
まるでイタチごっこだ。それでも、そうしなければアラガミ達が溜まる一方なのだけれど。
「考えても仕方ないですね。まずはご飯にしましょう」
敢えて声に出すことで、気持ちを改める。
食堂に入れば、すでに美味しそうな匂いが立ちこめていた。
今日は、どうやら誰もいないらしい。
辺りを見回すけれど、見知った顔は無かった。
たまにはこんな事もあるだろう。むしろ、今までの方がたまたまだったのかもしれなかったし。
トーストと紅茶を頼んで席に着く。
バターが溶けて輝く面に、赤いジャムを塗り、齧る。
サクッとした表面の歯ごたえ、次にもっちりとした中身が現れる。バターの甘みとジャムの酸味が舌を刺激し、口の中に香りと共に広がっていく。
紅茶を含めば、その香りもプラスされて、朝の小さな幸せが感じられた。
思えば、フライアはずいぶんと豪華だ。
艦としてはもちろん、内装や設備。こういった食事一つとっても極東とは違う。当然、外とはもっと違うのだろう。
「……」
何となく、胸が重くなる。
今まで当然の様に受け入れてきたけれど、それは当然だったのだろうか、と。
命を懸けていると言ってしまえば、それはそうなのだけれど。
色々考えてしまって、頭が重くなる。こういう考えごとは苦手だ。
一つ解っているのは、戦える人が戦わないと、この一つの当然だって維持できないということ。
そして、今はそれだけ解っていれば、きっと十分だ。
気を取り直して食事を再開する。
若干冷めてしまっていたけれど、それでもそれは十分美味しかった。
朝食を食べにきたロミオ先輩とナナさん。二人と入れ違う形でロビーへ向かう。
行く先は、フランさんが居るオペレーションカウンター。ここで、現状どの辺りにアラガミが居るか、ということを教えてもらう。
もちろん、忙しくしていなければ、だけれど。
幸い、今は緊急で報告しなければならない状況では無いらしいようで、情報を教えてもらう事ができた。
「現在、この区画でγ班が討伐作戦を行っています。今までの傾向から推測すると、次に作戦が発行される確率が高いのは、…この辺りでしょうか」
そう言ってフランさんが画面を示す。
開けた場所と、池。あの崩れた図書館がある辺りだ。
フランさんにお礼を言って、カウンターを後にする。そう言えば何時も忙しそうだし、カウンターから滅多に離れる所をみないし。たまには何か差し入れでもしようか。
極東に居た頃は、ムツミちゃんやカノンさんから、料理の仕方を教えてもらった事だし。
…あれ、でもその後、二人とも口を揃えて『何か緊急でもない限り、料理はしない方がいい』という様な事を言っていた気がする。どういう事だろうか。
まあ、緊急では無いことだし、二人の言葉に従っておこう。食事に行ったときにでも、食堂で頼んでおけば作ってもらえるだろうし。
そこまで考えると、僕は自室に戻ることにした。
現状、減ってきているとはいえ、アラガミが通常より多い事には変わりない。
いつ任務時間が速まるとも限らない状況では、訓練を入れるよりも、迅速に対応できるように、待機しておいた方がいいだろうし。
そう言えば、フライアの中には図書館なんかはないのだろうか。あるのなら、本を読むなりして時間をつぶせるのだけれど。
そう考えて、フライアの中を歩き回る。
閉じられている扉も、入る前に確認されて、権限が無い場合はそもそも入れないから、入ってはいけない場所に間違って入り込むような心配だけはなかった。
そうして入り込んだ通路の一つ。薄暗いそこに大きく取られたガラス窓から、異様にも見える景色を覗く事ができた。
十字の横棒を少し曲げて、上にずらしたような場所。交差している部分は広く円形になっていて、ちょっとした広場のようだ。
その四方には、人を逆さに描いたような石版が置かれていて、中心から何かの回路の様なものが巡っていた。
そして、筒状の壁一面に、まるで昆虫の卵のように神機兵が入った箱型のものがぶら下がっている。
「これは…」
「そこで何をしているの?」
背後から声をかけられ、体毎振り返る。
エレベーターを背にして立っていたのは、赤毛の妖艶な女性、レア博士だ。
その目には、何故かこちらを警戒するような光がある。
「あ…その、フライアには図書室みたいなもの無いのかなって探していたら、こんなところに…」
「図書室…?…あら、それよりあなた、ブラッドの…」
「あ、はい。第2期候補生、日暮デイトです」
「そう…。だから、ここまで入って来ることができたのね」
そう言ったきり、レア博士は口元に指を当てて黙り込んでしまう。
居心地の悪さに小さく動いた時、やっと博士が口を開いた。
「ここはね、神機兵の研究者以外、本来入ってはいけない所なの」
「え?でも、ここに入るときの腕輪認証では、特に…」
「それは、あなたのそれがブラッドのものだからね。少し前まで、ジュリウスや、もう一人の子にも協力してもらっていたから」
そうだったのか。
いやしかし、そうと解ったら、僕がいつまでもここにいてはまずいだろう。
フェンリルは基本的に旧時代の軍隊と同じ様な体質だ。いかなる理由があったとしても、本来入ってはいけない場所に入ってしまったなんて事が解ったら、皆にも迷惑がかかってしまうかもしれない。
目に見えて慌てていたんだろう。そんな僕を見て、レア博士が笑う。
「安心なさい。貴方がここに居た、なんて、誰かに言うつもりはないわ。認証設定を変更しておかなかった私たちにも非はあるのだし」
そう言ってもらえてホッとする。
僕一人で済むならいいけれど、組織に属している以上、それですむ訳なんて無いのだから。
それが、うっかり禁止区域に入っちゃいました、なんて理由で、上官でもあるジュリウス隊長にまで累が及ぶとなったら、申し訳ないなんてものじゃない。
「ここはね、見ても解ると思うけど、神機兵の保管庫の一つなの。有人、無人、どちらもあるわね」
「有人と、無人…」
「ええ。現在フライアにある機体は、すべて有人神機兵をベースに造られているわ」
なるほど。確かに、向こうの構造物なんかと比較しても、人と比べて一回り以上は大きいようだ。
昔憧れたものが造られている様子を知ることが出来たのは、少し嬉しいかもしれない。
もう、僕が乗る事は無いだろうけれど、あの時『大切な人達を守ろう』と思った事自体は嘘ではなかったから。
「…これから、彼らと一緒に、皆を守っていくかもしれないんですね」
「ええ…。そうね、そうなると、いいわね」
「はい」
お互いに、眼下に広がる景色を見つめる。
多分、確実に考えている事は違うだろうけど、人の為という最終的なものが同じなら、それでいいと思えた。
それから、今度はあまり関係のない話もした。
以前ソウ先生にも話した、神機兵に乗りたいと思っていた事も含め、色々。
最初は近寄り難い雰囲気だと思ったけれど、話してみると、如何にも大人の女性、といった包容力のようなものも感じさせられる。
結局、端末に任務発行の通知が送信されるまで話し込んでしまった。
「お話ありがとうございました、楽しかったです」
「私も、久しぶりに楽しいお喋りだったわ。きっと、貴方のせいね」
そう言って、クスクスと含むように笑われ、なぜか意味もなく頬が赤くなってしまう。
それを誤魔化すように、慌てて立ち去るのが精一杯だった。