GOD EATER2 ~Nam Oratorium~ 作:〆渡
今日の訓練が終わった後、シエルさんに少しつき合って欲しいと言われ、今僕たちは庭園に居る。
珍しく誰もいない庭園は、今日も花が綺麗に咲いていた。
東屋の中で、シエルさんは何時にも増して真剣な顔をしている。僕はその隣で、シエルさんが口を開くのを待っていた。
どれだけそうして居ただろうか。東屋の天井にかかるツタ。そこに咲く花が一枚花弁を落としたときに、シエルさんが口を開いた。
「私は…私が教わって身につけてきた事は、間違っていたのでしょうか」
そこで一度言葉を切ると軽く俯いて、膝の上に置かれた自分の手を見るような体勢になる。
「私はずっと、上官の命に従うようにと教えられ、そう動くための訓練を受けてきました。そして、それを当然と思っていました」
それに頷くことで相づちをうち、先を促す。
「ですが…、ここ数日みなさんと任務をこなす内に、正直、解らなくなりました。…先ほど、ギルバートさんと口論になったときも、本当は解らなくて…でもだからこそ、余計に意地になってしまっていたんだと思います」
「そうだったんですか…」
だとしたらあの時、僕の言葉は余計だっただろうか。
そう心配になるけれど、顔を上げたシエルさんの表情は明るい。
「ですが、副隊長のおかげで、すっきりしました。あの時、私が間違っていると言ってくれて、ありがとうございます」
「い、いえそんな。何か、きっかけになったならよかったです」
お礼を言われて慌ててしまう。まさか、あの時の言葉にお礼を言われるなんて思っても居なかったから。
「皆さんは、私が考えていた以上の高い汎用性と戦闘力を兼ね備えた部隊でした。決して、戦術理解度が高いわけでも、規律正しい連携をしているわけでも無いのに…」
そこで一度言葉をきるシエルさん。何かを噛みしめているような表情で、言葉とは裏腹に苦さや暗さは感じられなかった。
「このブラッドというチームは、報告や情報を受けて私が理解したと思っていた事を、遙かに越えていました。個人的に動いているように見えて、実際は高度で有機的な機能を果たしている。そうなっているのはきっと…貴方のおかげなんだと思います」
「僕の?」
シエルさんの言葉に、思わず首を傾げてしまう。
副隊長に任命されてから、確かに僕は僕の出来ることをしてきた。至らないところがあれど、それは胸を張って言える事だ。
だけど、そんな大それた事まで出来て居ただろうか、とは思ってしまう。
「はい。正直な所をお話しますと、私は最初、貴方を副隊長に任命するという事に疑問を持っていました。『血の目覚め』を迎えたとはいえ、知識も経験もいたって平凡、という印象でしたから」
それは僕も同意見だ。
ただこくりと頷く僕の反応をどう捉えたのか、「すみません」と一言入れると、シエルさんはまた口を開く。
「ただ、私がそう具申したとき、隊長はこう言っていたんです。『任務を行っている時だけが、ブラッドではない』と。私はその言葉の意味が分かりませんでした。ブラッドは、特殊部隊として編成されたとしか思っていませんでしたから」
また、僕は頷く。以前博士から聞いていたとおり、また、彼女自身も言っていた様に、訓練ばかりの日々では段々とそういう思考に固まっていっても仕方ない。
種類こそ違うけれど、僕だってつい最近まではそうだった。
「けれど、直に貴方たちと触れ合って、その意味が分かったような気がします。日常生活を共にし、互いを信頼しているからこそ、命令が無くても連携が成り立つ…。今まで私が蓄積してきた全てを、否定された気分でした」
「シエルさん…」
穏やかな印象の表情は変わらない。ただ、少しばかり遠くを見つめるような表情でもあった。
心配そうに名前を呼べば、「誤解しないで下さい!」と慌てたように言う。
「その…嫌な気持ちではないんです…何というか…ええと…」
そのまま混乱していまいそうな位慌てている。
普段は冷静だけれど、僕と同じように自分の感情や感覚を説明するのは苦手なようだ。
「大丈夫ですよ。落ち着いて、ゆっくりでいいんです」
ベンチに置かれた手の上に軽く手を重ねる。
自分の感情を言葉に置き換えるのは、慣れていないと難しい。いや、慣れていても難しいのかもしれない。
幸い時間もあるし、焦らなくていいと伝える。大丈夫だと伝える時は、相手と体温を共有するといいと、ナナさんとの経験から知っている。
シエルさんも、ほっとした様子で「はい…」と言ってくれて、少しは落ち着いた様子だ。
「お願いが、あるんです…」
「お願いですか?はい。僕に出来ることならなんでも」
お願い?さっきの話の続きでは無かったのだろうか。
そう思いつつも、取りあえず先を促す。
内容が何であろうと、僕に出来て尚且つ皆に迷惑がかからない事なら引き受けたい。
それでも、僅かに躊躇う様子を見せるシエルさん。心なしか、今までで一番緊張している気がする。
「あの…先日、あの様な事を言っておいて失礼だとは思うのですが…」
「大丈夫ですよ。言って下さい」
何か失礼な事なんて言われただろうか。
特に思い出せないまま、先を促す。
すると、シエルさんは突然頭を下げた。
「私と、友達になって下さい!」
「……え?」
驚いて間抜けな声を出してしまった。
取りあえず、ひょっとして"あのような事"とはコンセンサスの時名前で呼ぶのを却下されたときだろうか。名前で呼ぶのは、友達の第1歩のようなイメージがあるし。
「そうですよね…。すみません…」
反応出来ない僕の沈黙を拒否と受け取ってしまったらしいシエルさん。
自分の体を抱くように腕を掴みうなだれる姿は、何とも罪悪感が募る。
「いえ、違うんです!その…驚いてしまって…。あの…僕で良ければ…宜しくお願いします」
そう言って僕が頭を下げると、シエルさんも慌てた様に「こちらこそ…」と頭を下げる。
二人がお互いに頭を下げている光景は、端から見たらさぞかしおかしなものだろうけれど、今の僕にはそんな事を気にしている余裕もなかったし、そんな必要もなかった。
「それで…更に、不躾なお願いがあるのですが…」
「はい、どうぞ」
「あの…今度から名前で呼んで、いいですか?以前お断りしておいて、今更とは、思うのですが…」
そう、本当に申し訳なさそうに口にするシエルさん。けれど、僕の答えはもう決まってる。
「はい。勿論ですよ、シエルさん」
「あ…。よろしくお願いします、デイトさん」
そんな風に嬉しそうに名前を呼ばれると、少しばかり照れてしまう。けれど、喜んでくれて良かった。それだけで、僕も嬉しくなる。
「仲間とか…信頼とか…命令が無くても、お互いを思いやる。…そういうものに憧れていたんです」
呟くように語られる憧憬。それは、僕自身も覚えのあるものだ。
「…デイトさんが、私にとっての…初めての友達ですね」
そう言って微笑むシエルさんにドキリとしてしまう。
何故か顔が熱くなって、眼鏡を拭くフリをして顔を逸らした。
そんな僕の背中に、「ありがとう」と声がかけられる。
何のことかと振り返ると、「みんなと仲良くなる自信がついた気がします」と続いた。
その自信は、きっと彼女の知識ばかりを必要とするものではないのだと解った。
「よかった」
心底からの言葉が、自然に出てくる。
僕も、少しずつ変わっていけているらしかった。