GOD EATER2 ~Nam Oratorium~   作:〆渡

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第28話

任務から戻ると、いつもよりフライアがざわついていた。

普段から見かける制服姿の職員さんだけでなく、白衣を着た研究者の人たちもちらほらと見える。

そちらから漏れ聞こえて来る言葉の端々に、"神機兵"という単語があった。

 

「神機兵…」

「ああ。なんかまた実験でもすんのかな?」

 

なるほど、その準備で慌しくしているのか。

多分に予算をつぎ込んでいそうだし、…逆に言えばそれ位しなくては維持も危ういのだろうけれど。

とにかく、神機兵には多大な予算が使われている。それを考えれば、念には念を入れてもおかしくはない。

 

「…あちらはあちらで大変ですね」

「だなあ」

 

それを横目に見ながらカウンターへ向かうと、フランさんがいつも通り出迎えてくれた。

 

「任務お疲れさまです、皆さん」

「ああ。ありがとう、フラン」

 

労って貰って、それにお礼を返す。いつもの遣り取りだ。

普段ならそこで終わるはずの会話は、今日は終わらなかった。

 

「帰投されたばかりで申し訳ありませんが、グレム局長がお呼びです。局長室へ出頭お願いします」

「局長が?…了解した。副隊長も来てくれ」

「はい」

 

歩き出す隊長に続いて、僕も局長室へ向かう。

一体局長の用とはなんだろうか。まさか極東へ向かうのが取り消しになるとか?

いや、それなら隊長や僕たちではなく、直接博士の方に話があるだろう。

 

「なんのお話ですかね?」

「さて、な」

 

どこと無く機嫌が良いわけでは無さそうな隊長。ああ言っていはいるけれど、想像がついているのだろうか。

神機兵の事でざわついていたから、神機兵の事だろうか。でもそれなら、ますます解らない。レア博士か、あの時見たクジョウ博士辺りに話が行くのではないのだろうか。

 

 

 

 

隊長に続いて局長室の扉をくぐる。相変わらず葉巻の臭いが染み着いている部屋だ。

僕たちが入るのと入れ違う形で、レア博士が退出する。その表情は不機嫌そうで、いつもの妖艶な笑みは伺えない。

中には、部屋の主でもある局長。そして長い机の前にクジョウ博士がいた。相変わらず顔色が悪く、隈も薄くなっていない様子だ。

 

「ブラッド隊長ジュリウス・ヴィスコンティ、副隊長日暮デイト入ります」

 

隊長に倣い、半歩下がった所で止まる。

敬礼どころか黙礼も無かった事に軽く眉を動かす局長。けれど、時間を惜しむ性質は変わりないようで、早速説明を始めた。

といっても、その説明を担当するのはクジョウ博士のほうだったけれど。

要約してしまえば、戦闘データを取りたいけれど神機兵だけでは不安だから、僕たちに護衛をお願いしたい。という事だった。

他の所属チームに任せるよりは、神機兵に搭乗した事のある、隊長とシエルさんがいるブラッドに、という事だったようだ。

確かに開発している博士としても、何も知らない人よりは安心できるんだろう。

任務の内容としては、詰まるところ露払いだ。

先輩やギルさんあたりは、あまり気乗りしなさそうな内容だ。けれど、これで技術なり理論なりが進歩、確立されれば、みんなが怪我をする事も少なくなるかもしれない。

そう考えれば、こういう任務も悪いものじゃない筈だ。

細かい話はブリーフィングの時に、と言うことで、隊長と部屋を出る。退出した後の局長室から「は、はい…シュミレーションでは、確かに正常動作を確認できております…」という、クジョウ博士の声が聞こえてきた。

どうやら、中は中でまだ話しているようだ。

それにしても。

 

「…シミュレーションでは、と聞くと。やっぱり少しばかり不安ですね」

「そう言うな。仮に神機兵が実戦投入できれば、俺たちやほかのゴッドイーターの負担も軽くなる」

「…そうですね。何事も、最初の頃は躓くことも多いでしょうし」

 

「そう言うことだ」と、隊長は笑う。

案の定、というべきか。次の任務内容を告げたとき、ギルさんとロミオ先輩は、賛成とはとても取れない表情になった。

確かに、「人間を守る為に開発された兵器の護衛をする人間」と言ってしまうと、矛盾がある。

僕としても、何も感じないという訳ではない。

けれど将来、そのおかげで仲間が安全になるのなら、今こういう任務を引き受けるのも、そこまで悪いものじゃないと思える。

詰まるところ、僕としてはみんなが危険じゃなければいいのだ。

神機兵の代わりに、超危険アラガミを討伐してこい、と言われればそれは流石に拒否したい所だけれど。

 

「そんな考えだと、利用されて終わりだぞ」

「うーん…。でも、本心ですから」

 

そう言って笑うと、ギルさんがますます苦虫を噛んだような表情になる。

ギルさんはギルさんなりに僕を心配してくれてるのが解る。だから申し訳なくも思うけれど、こういう考え方はそう簡単に変わる物じゃない。

察してくれたのか、それとも諦めたのか。どちらともつかないため息を吐くギルさん。

その表情はまだ苦いものだけれど、先ほどよりはそれが随分薄らいでいる。

 

「…それに、本当に大切にしたいものさえ間違わなければ、大抵のことは乗り越えていけますよ、きっと」

「…大切にしたいもの、ね…」

 

ふ、っと。ギルさんの表情に陰が落ちる。それが何故、どこから来るものなのか僕には解らない。

どうにかして陰りを晴らしたいとは思うものの、こういう時はどうすればいいのだろうか。

 

「なんて顔してんだ。さっさと食え、冷めるぞ」

「あ…はい」

 

言われて、ホットサンドにかじりつく。冷めて固まったチーズは、少しばかり苦みがあった。

 

 

 

 

フライアの喧噪が日に日に強くなっていく。

普段は静かなだけに、より強くそう感じるんだろう。普段は一体どこに居るのか、食堂で見かける人、初めて見る人、それらが入り乱れて、常になく活気づいて見えた。

 

「こんなに人が居たんですね…」

「俺もびっくりだよ。いつもはもっと静かだもんなぁ…」

 

これから庭園に行く予定だというロミオ先輩。この手の騒がしさは苦手らしい。同じ理由なのだろうか、ナナさんも最近はロビーより庭園に居ることが多かった。

 

「お、そろそろ時間じゃないか?」

「ああ、そうですね。失礼します」

 

訓練の時間が近づき、先輩と別れる。背後から聞こえる「頑張れよー」という声に手を振り返して、訓練場に向かった。

 

 

もう慣れたその場所で、神機を握る。馴染んだ感触が掌に伝わる。

 

『それじゃあ、初めてください』

 

スピーカーから聞こえた声に従って、神機を構え集中する。

そうして、オラクルの流れを感知、制御していく。

そのまま、バースト時程ではないけれど、比較的活性した状態を、まず保つ。それだけでも結構な疲れが溜まってきて、軽い倦怠感を感じてしまう。

 

『はい、OKです。それじゃあ、今度はその状態を保ったまま動いてください』

「解りました」

 

最初は軽い移動から、徐々にジャンプなんかも取り入れつつ体を慣らしていく。

それが終わると、今度は神機を使う。

随分安定して神機を振るえるようにはなったけれど、それでも疲れるものは疲れる。

神機での素振りを繰り返す。

あの時と同じ様な、けれど制御されているためにあの時よりは小さな赤い光が、神機の軌跡を追うように発生する。『もう良いですよ』と言われる頃には、腕が限界を訴え始めていた。

それでも、最初の頃よりは大分進歩している。最初はそれこそ、あの時の感覚を思い出すことから始めたのだから。

汗を拭いつつ神機を収納する。部屋から出ると、訓練を監督してくれた研究者さんがいた。

 

「今日の結果は、既にラケル博士の方に送ってあります。このまま帰っていただいて結構ですよ」

「解りました、ありがとうございます」

 

そう言うと、次の仕事があるんだろう足早に去っていく。直接神機兵に関わりがない人でも、ここの所はやはり忙しいようだ。

する事は違うけれど、頭の下がる思いだ。

 

 

ロビーに戻ると、上からシエルさんとナナさんが見えた。何やら二人で話し込んでいるように見える。

階段を下りて二人の前を通ると、その手の中にはあれがあった。

 

「お二人とも、おでんパンですか」

「うん。シエルちゃんにも食べてもらおうって」

 

にこやかにそう良いながら、「デイトも食べる?」と聞かれる。

動いて少し小腹も空いているし、いただく事にした。

ちょうど二人と向かい合うように座り、おでんパンを頂く。

 

「あの…これは…?」

「ん?おでんパンだよ?」

 

シエルさんの質問に笑顔で答えるナナさん。けれど、シエルさんが聞きたい事とその答えは違うように思う。

けれど、僕もシエルさんの疑問に答えられるようなものは持っていなかった。

「美味しいですよ」という事しか言えない。

おでんパンを凝視していたシエルさんは、覚悟を決めた様子で口を開き、おでんパンにかじりついた。

けれど、食事の時に大きく口を開いた事がないのか、それとも単純にマナーを守ろうとしているのか、小さく開かれただけの口では、おでんとパンが一緒には食べられない。

最初は、コッペパンだけを食べる形になった。

まあ、パン部分はその部分で、わずかに染みた出汁がおいしいのだけれど。

 

「あー、そうじゃなくて。一気にガブッといかないと」

「一気に、ですか…?」

 

ナナさんのアドバイスに戸惑うシエルさん。きっと、そういう食べ方に慣れていないんだろう。戸惑った顔でパンとにらめっこを開始する。

 

「そういえば、今日はタコの足が入ってませんね?」

「うん。たまに具も変わるんだよー」

 

成る程、あんまり想像はできないけれど、いつも同じではさすがに飽きてしまうのかもしれない。よく見れば串部分も葛きりではなくパスタのようだ。

頷く僕の前から小さく息を飲む音が聞こえた。

そちらを見れば、シエルさんがパンにかぶりついていた。

はむっ、と音がしそうなくらい、見事な勢いだ。

もぐもぐと咀嚼する様子からは、特に嫌悪は見られなかった。

隣のナナさんも、わくわくとした表情でシエルさんの感想を待っている。

 

「これは…不思議な食べ物ですね…」

 

またまじまじと見つめながらそんな言葉。確かに、僕も最初はそう思った。

 

「ですが…なんでしょう。懐かしいような、そんな気分です」

「でしょー?これは、お母さんから教わった、お袋の味、だからね」

 

胸を張って言うナナさんに、シエルさんが生真面目に頷いている。

でも、その気持ちは何となくわかる。お袋の味、という部分に説得力を感じるのだ。

 

「それに、炭水化物にタンパク質、そして野菜がバランスよく取り入れられています。ナナさんのお母さんは、凄い方ですね」

 

少し今までとは目の色が違うシエルさん。ナナさんは素直に誉められたことを喜んでいる。そんな微笑ましい光景なのに、何故だろう。何か予感がする。

 

「この食料を我々の糧食にできないか、隊長に具申してみましょう!」

 

力強くそう言い放つシエルさん。流石にナナさんも驚いている。というか、そこまで気に入ったんですかシエルさん。

ナナさんを伺えば、なにやらまんざらでもなさそうな表情。確かに、僕もおでんパンは好きだけれど。どうだろうか。個人レベルならなにも問題はないだろうけれど、部隊レベルだと、色々問題も出てくるのではないだろうか?

その辺りはどうなのだろう。

おでんパンを食べ終える頃にはひとまず落ち着いたらしく、いつも通りに戻っているように見えたシエルさん。けれど、この後本当に隊長の所に行って打診しそうだ。

4個目のおでんパンを取り出したナナさんの横で、そういえば、という顔で口を開いた。

 

「デイトさんは何時もその髪型ですが、以前からそうなんですか?」

「え?はい、そうですけど…」

 

いきなりそんなことを聞いてくるなんて、どうしたのだろうか。

聞かれた事で自分でも意識してみれば、そろそろ切ってもいい長さだという事に気づく。整髪料もただではないのだし、セットする分に必要ない長さは切らなくては。

どの程度切ろうかと指で摘むと、その向こうでシエルさんがこちらを見ている事に気づく。

「どうかしましたか?」と声をかければ、もの凄く言い辛そうに、事実言い辛いだろう事を言ってくれた。

 

「その…失礼は承知で、言わせて頂きますね」

「はい、どうぞ」

「その…その髪型は、あまり似合っていないと思います」

 

思わず、固まってしまう。別段センスに自信があるという訳では無いけれど、面と向かって否定されれば流石に悲しいものがある。

更に、隣のナナさんが「言っちゃった…」と言いたげな顔をしている事もそれに拍車をかけていた。

 

「…そう、ですか?」

「はい。もう少し柔らかい印象の方が、いいと思います」

 

柔らかい印象となると、今の髪型、後頭部から髪を持ち上げ立たせている状態とは、ほぼ正反対になる。

 

「ちょっと、崩していい?」

「え?あ、はい…?」

 

伸ばされたナナさんの手が、パリパリとした感触と共にセットを崩していく。

むずがゆい感触にしばし耐えると、ナナさんは納得いった顔で離れていった。

 

「こっちの方が、なんていうかデイトっぽい気がするなー」

「ですが、これでは任務中邪魔ではないですか?」

 

そう言って、今度はシエルさんが近づいてくる。その手には、予備なのか新しいリボンが握られていた。

 

「動かないでくださいね」

 

そう言って、後ろに回ったシエルさん。なにやら髪をまとめられている。縛っているらしい。

正面にいるナナさんは、「ジュリウス風だね」と何やら楽しそうだ。

 

「ええと…」

 

どうなっているのか僕からは見えない。

近くになにか映るものは無いかと見回しても、映像が流れ続けるモニターは勿論、そんな物はなかった。

 

「じゃあ次、こんなのはどうかな?」

 

そう言って、今度はナナさんがシエルさんと入れ替わりで近寄ってくる。その手には、どこから出したのか櫛が握られていた。

シュルっと軽い音を起てて外されるリボン。けれど髪が落ちてくる感覚は無くて、何か髪留めが着けられているようだ。

 

「じゃーん!どうかな?」

「ナナさんとお揃いですね」

 

どういう事ですか?

つまり僕は今、自分で確認できないだけで、あの猫耳のような髪型になっているのか?

流石に男にそれはどうなのだろうか、と言わせてもらわざるを得ない。

けれど、抗議しようと口を開く前に、二人に「似合う」と言われてしまった。

全く誉められている気がしない。

 

「それでは…」

 

今度はまたシエルさんが近寄ってくる。

色々な意味で硬直して動けない僕が抵抗しないのを良いことに、遊ばれている気がしてならない。

 

「…これは、少しバランスが悪かったですね」

 

そう言うシエルさん。感覚だけで言うなら、頭の両側に縛られている感触がある。

 

「うーん。シエルちゃんとお揃いにするには、髪の量が違うみたいだねー」

 

少しばかり残念そうに言うナナさん。

つまり僕は今、ツインテールという事ですね?

背後から、通りかかる人たちの忍び笑いが聞こえてきて頬が熱くなる。

 

「も、もう止めてください」

 

リボンを外しながら言うと、二人は少しばかり…いや、ナナさんの方はあからさまに残念そうな顔をする。

それでも、ここで妥協するのは男としてどうかと思う。

 

「か、髪型はどうにかしますから。もう勘弁してくださいっ」

 

言いながら二人と距離を取る。これ以上遊ばれたら、どんな髪型にされるか分からない。

部屋に帰り着いて鏡を見ると、思ったより髪が伸びていた事に気づく。この状態で任務に向かったら、視覚がある程度遮られそうだ。

 

「…切ろう…」

 

今後遊ばれない為にも。

そう決意して、僕は鋏を取った。

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