GOD EATER2 ~Nam Oratorium~ 作:〆渡
どうやら、ナナさんの方も無事にテストが終了したらしい、神機兵の前を軽快に歩いてこちらへ向かってくる。
「デイトの方も終わったんだ」
「はい。少し、ひやひやしましたけど」
思わず出てしまった本音に、ナナさんはからからと笑って「私もだよー」と言っていた。どうやら、個体性能ではなく、全体的な動作性能のようだ。
その後も、ギルさん、ロミオさんからテスト終了の報告が入ってくる。
ひとまず中間地点であるギルさん達の所で合流しようという話になったとき、ノイズと共に通信が割り込んできた。
『副隊長、そっちはまだ現場か?』
切迫した調子の声、隊長だ。後ろでフランさんとクジョウ博士の声も聞こえるから、僕たちより先にフライアへ戻ってこられたようだ。
『帰還の途中、赤乱雲を確認した、至急フライアへ戻れっ』
「赤乱雲…!?」
慌てて空を見上げれば、通信の向こうから息をのむ声。それを背景音に、空が赤く染まっていた。
『あれが、赤乱雲…』
尋常ではない速度で近づいて来る赤い雲。発達速度も発生も、自然の事とは思えない様だ。
「急いで撤収しましょう。このままでは降られますっ」
『皆、デイトの言うとおりだ。急げっ』
何度か訪れた黒蛛病患者さん達のテント。その様子が頭をよぎる。みんなにあんな思いをさせたくない。
けれど。
『こちらは既に赤い雨が降り始めました。ここからの帰還は困難です』
シエルさんからの報告に動揺する。
そんな速度で接近、発達しているのなら、僕たちより近いギルさんと先輩も危ない。
隊長が、フランさんに輸送班の状況を聞く。けれど、フェロモン剤の効果でアラガミが多くなっていて、輸送判単体では近づく事もできない。
『防護服を着用、及び携行し、シエルの救援に向かってくれ』
その際、戦闘は避けるようにと言う隊長の声には、苦さが滲んでいた。自分が現場に居られない事が歯がゆいんだろう。
その意を汲んで、了解しようとしたとき、通信の奥から低い、葉巻焼けしたような声が聞こえてきた。
グレム局長だ。
一分一秒を争うこの状況で、まだ神機兵を守れと言ってくる。そんな人がトップだと言う事に苛立つけれど、今はそんな状況じゃない。
移動できる二人、ギルさんとロミオ先輩に、ローカル通信で退避するようにお願いする。
『でも、デイト。シエルが…』
「解っています。ですが、お二人が危険なのも事実です。当初の合流地点に向かってください」
極力感情が出ないようにしたせいで、よけいに冷たく感じられたかもしれない。ロミオ先輩が『だけど』といい募るのを、ギルさんが止めてくれた。
『それでいいんだな?副隊長』
「…ええ。赤乱雲から離れてください。シエルさんの方は僕が何とかします」
ギルさんの「何を考えてる」という声を最後まで聞かずにローカル通信をオフ、フライアとの通信に戻る。
するといきなり、何かを叩くような音と、隊長の激昂した声が聞こえてきた。それまでの様子から察するに、局長がなにか言ったのだろう。
そこに、さらにシエルさんからの通信が入ってくる。
要約してもしなくても。つまりどう聞いても、「局長の言うとおりにする、救援はいらない」という意味の事を言っていた。
それで、僕も心が決めやすくなった。
「隊長」
『副隊長か、どうした』
「先に謝らせていただきます。すみません、隊長」
言うだけ言って通信を切ると、神機兵の方へ向かう。
確かあの時レア博士は言っていた。
『今フライアにあるのは、有人神機兵をベースにしたものだ』と。そして、その時一緒に教えて貰った搭乗の仕方も覚えている。
「ちょ、ちょっとデイト?」
「すみませんナナさん。お二人と合流して、先に戻っていてください」
言いながら背部のハッチを開き、足から滑り込むように内部へ入る。
聞いていた話よりは手狭だけれど、贅沢は言ってられない。
空いている左手で自分の神機を掴み、シエルさんの元へ。
幸い操縦は、神機を扱うのに似ていて支障は無かった。
一瞬、フライアから停止されれるのではないかと危惧したけれど、それも無かったようだ。
障害が無いなら、余計な事は考えず目的地に向かう。
途中から、赤い雨が降り始めた。けれど、各種センサーで補完された視界には殆ど影響ない。スピーカー越しに聞こえる風切り音を聞く限り、生身の僕達より移動速度なんかは早いみたいだ。
崖を飛び降り、湖に頭を除かせる何かの残骸を足がかりにして飛ぶように移動。やっとシエルさんのいる堤防にたどり着いた。
中程に、神機兵の陰。その下の、ギリギリ雨が凌げるような場所で、シエルさんが膝を抱えて座り込んでいた。
その寂しげに見える姿に駆け寄る途中、体が訴える。
来る、と。
シエルさんはまだ何も感じていない様子だ。とにかく合流しなくては。
全速で駆け、半分より遠い所まで来たとき、シエルさんが立ち上がった。
僕に気づいたのかと思ったけれど、違う。
何かを探すように首を巡らせている。シエルさんも何かを感じたらしい。
そこでやっと、神機兵の索敵にアラガミの反応が現れた。その方角を見れば、上空にはシユウの陰がある。あの時消失した個体か。
シエルさんは上空には気づいてない。けれど僕も今の距離じゃ間に合わない。
けど、ここまで来て諦めるなんてあり得ない。そんな選択肢最初から存在しない。
間に合わないなら、より早く走ればいい。
より早く、腕を、足を動かせ。
―アイツらに何も奪わせるな。
ごうごうと風の唸る音が強くなる。視界を映す画面に赤いノイズが走る。けれど、それも気にならない。
走って、疾って、駆って。
迫るアラガミの前に立つ。
威嚇なのか喰らう為か、開かれた口から右手の兵装で縦に直線を引いていく。
ミチミチと細い繊維をちぎる音が、刃越しに振動として伝わって来る。
中ほどまで慣性で断ち、残りを一歩踏み込んで切り上げる。
自分から切られに来たシユウは、真ん中から等分され、勢いに逆らえないまま堤防の手すりに激突、ひしゃげさせた。
息を吐き、振り返る。
その間にもコアからの離散が始まるけれど、今はそれどころじゃない。
この赤い雨から、シエルさんを守らないと。
「もう大丈夫ですよ」と言ってから、果たして中の声が届くのか、という事に気づく。
今まで殆どがむしゃらに動かしていたせいか、他の細かい操作は解らない。
ひとまず、停止している神機兵と今操作している神機兵を使って、シエルさんの上に即席の屋根を作る。
さあさあと、静かに雨が降る音だけがスピーカーを通して聞こえていた。
どれだけそうしていただろうか。
雨が弱まり、徐々に陽が差してきた。
傾いている太陽からの光が周囲を赤く染める。
けれどその赤は、冷たく降る雨とは違って、柔く暖かいものだった。
雨が止んだ事を確認して屋根を崩す。赤い雨は時間さえ経てば普通の雨水と同じ成分になるようで、周囲にできた水たまりも夕焼けの朱色に染まっていた。
『ブラッド1応答してください。聞こえていますか?』
「え?フランさん?」
切っていた筈の通信が突然繋がれた事に驚く。けれどフランさんの方はどこ吹く風、いつものように淡々と報告をしてくれた。
『現在、輸送班がそちらに向かっています。神機兵β、γと共にこちらに帰還してください』
「わかりました」
通信が終わってからさほどもしないでヘリのプロペラ音が聞こえる。どうやら、輸送班が到着したらしい。
神機を地面に差してから神機兵を降りる。外の少し冷たい空気が肌を撫でていった。
「副隊長…」
何かを言いたそうな表情のシエルさん。口を開いてはくれたけれど、それが音になる前に輸送班の人たちが到着してしまった。
制服を来た人たちが淡々と神機兵を積み込んでいく。
その間を縫うように、人が走ってきた。
驚くような早さでこちらに向かって来て、僕とシエルさんを纏めるように抱きつく。
「あっ」
「うわっ」
倒れこそしなかったものの、バランスを崩してよろめいてしまった。
「ナナー、ちょっと落ちつけって」
前方からロミオ先輩の声。その手には何かを持っている。
どうやら制帽のようだ。けれど、二人ともすでに私服。制帽をかぶる義務は無いはずだけれど。
「ほら、落としものだって」
そう言って、僕の頭に制帽がかぶせられる。そういえば、いつの間にか被っていなかったような気がする。
「もう驚いたぜ?副隊長とシエルはいきなり通信切れるし、とりあえず合流地点に戻ってみたら、ナナが帽子だけ持って帰ってくるし」
「全くだ。少しは考えろ」
「…なんて言ってるギルは、無言でイライラ心配し始めるし」
そう言うロミオ先輩の後ろに立つギルさんが動いた。
「あっ」と言う暇もなく、ゴッ、という鈍い音がして、先輩が頭を抱える。実に痛そうだ。
涙目のロミオ先輩がその威力の程を僕たちに教えてくれている。
「ってぇ…。何すんだよ、ギル!」
「お前が勝手なことを言うからだ。誰が心配してたってんだ。…お前も、何笑ってやがる」
そう言って僕を睨むギルさん。今、笑っていたのだろうか。自分ではよく分からない。
でもなんだろうか。張りつめていたものが緩んだような気はした。
「皆さん、そろそろ乗ってください。出しますよ!」
職員さんの声で、ヘリへ向かう。離れてくれたナナさんを始め、みんなが僕を心配そうな目で見るけれど、大丈夫、とうなずき返した。