GOD EATER2 ~Nam Oratorium~ 作:〆渡
ヘリを降りると、そこには隊長が居た。
僕の方を厳しい目で見ている。
皆にはああ振る舞ったけど。やっぱり、少し怖い。
けれど間違った事をしたとは思わないから、逃げる事もしない。
それでも自然とゆっくりになる足で、隊長の前まで進んだ。
「日暮曹長」
「…はい」
普段より低く聞こえる声。せめて声が震えないように返事ができただろうか。
その間が一瞬だったのか、それとも僕の体感どおり十数分だったのかは分からない。
「組織に属する者として、お前に処罰を科さなければならない」
「はい。…解ってます」
僕がしたことに僕が処罰を受けるのは当然だ。…確実に隊長も巻き込んでしまっているだろう事も、本当に申し訳ない。
「お前には、懲罰房に入ってもらう」
隊長の声が冷たく響く。けれど、それも受け入れる。
迷惑がかかると理解してやったんだから、その行動への責任を逃れる事は卑怯だ。
「期間は10日。態度如何では、それ以上になる」
「はい」
当然だ。幾ら自分が納得できないからと言っても、上官からの命令を無視したのは事実。色々な理由はあるのだろうけれど、最短日数を言い渡された事が驚きだ。
スッと手を挙げたジュリウス隊長が、僕の肩に手を置いた。
「よくやってくれた」
「―…!」
知らず俯きがちになっていたんだろう。顔が上がり、隊長と目が合う。
さっきまで無表情だったその顔が、今は微笑んでいた。
その表情を見て、自分が間違った事をしていないと確信できた。勿論、規則に則ったという意味ではなく。
自然と腕が上がり、敬礼をとっていた。その姿勢に慣れている訳でも無いのにおかしな話だけれど。
お互いに腕を下ろした所で、隊長の背後に位置する扉が開き、そこから数人の職員さん達が出てきた。
てっきりヘリの整備をお手伝いに来たのかと思っていたけれど、僕たちの方へ向かってくる。
空気が少し緊張を帯びて堅くなる。
隊長の表情は、既にヘリを降りた直後と同じ真意を伺わせないものになっていた。
そんな隊長を通り過ぎ、僕を囲むように立つ職員さん達。見知った顔の人は、どこか気まずそうだ。
「随分早いな」
「申し訳ありません。局長から、急ぐようにと」
中の一人、僕と隊長の中間ぐらいの身長の職員さんが何処となく口早な調子でそう言ってくる。
数瞬の停滞の後、その人は僕に向き直り「同行願います」とだけ言った。特に無理矢理連れていこう、という気配は無い。
けれど、だからと言ってこのままこうしても居られない。
一度皆を振り返り、それから隊長に目礼。職員さん達と移動を始める。
エレベーターの中、広く取られているからそこまで酷くはないけれど、僕一人と職員さん6人の計7人では少しばかり圧迫感がある。
僕たちが乗ったエレベーターはロビーまで行かず、途中のフロアで止まった。当然かもしれないけれど、今までは全く立ち入った事のないフロアだ。
普段居るフロアから、明るさと賑やかさを取り払ったような場所だ。
かと言って薄暗いわけではなく、医務室の並ぶフロアとも違った、ある種の無機質さを感じさせた。
一畳よりわずかに狭い、用具入れに奥行きを足したような部屋が幾つも並んでいる。幸いなのは、その部屋が清潔に保たれている事だろうか。
そんな通路の中程、振られた番号以外では判別できない部屋に入るように促される。
一歩踏み行ったそこは、何故か冷たく感じられた。気温がそんな急に変化するはずは無いのに。
そのまま扉が閉められると、驚くほど外の音が遠のく。一応小さいなりに窓も作られているから、錯覚だとは思うけれど。
その通りだったようで、小さいながら施錠された音が聞こえる。
仕事が終わった職員さん達は、早々に引き上げていった。
改めて中を見ると、板が迫り出したような場所の上に、薄い毛布が置いてある。どうやらここがベッド代わりみたいだ。更に奥には水洗のトイレ。因みに当然のようにしきりは無い。衝立も無い。
…うん。最悪の状態は避けられたと思おう。ある意味では最悪の状況だけれど。
懲罰房に入れられて2日目。食事が運ばれてくる時間では無いのに、近づいてくる足音が聞こえた。
一人分しか聞こえないから、誰か新しい人が入る、という事は無さそうだ。そうそう懲罰房が使われるのもどうかと思われるけれど。
音が扉の前で止まった。
「デイトさん」
「シエルさん?どうしてここに?」
懲罰房に入っている間は、食事やなんかを運んでくれる人を除いて、原則誰とも面会できないはずだ。
立ち上がって窓から覗けば、間違いなくシエルさんがそこに立っていた。その手には、なにやらかさばった様子の紙袋が握られている。
「ラケル先生から薬を預かってきました」
「あぁ…」
すっかり忘れていた。幸いな事に不具合もなかったからすっかりと。
ラケル博士から、と言っていたけれど、きっとソウ先生から処方されたものだろう。カウンセリングの効果無し、と迷惑がかかっていない事を願うしかない。
「デイトさん?受け取ってください」
「あ、はい。すみませんっ」
慌てて右手を小窓から出す。小さい紙袋だけれど、かさばっているせいで多少無理矢理引き抜く事になってしまった。
受け取った袋の中身を確認して、それが終わってもシエルさんは立ち去る様子がない。
いや、さっさと帰れ、なんて言う気は全くない。けれど、あんまり長居して、シエルさんが咎められないかが心配だ。
そう言うと、彼女はいつもの冷静な表情に、少しだけ怒ったような感情を浮かべて僕を見た。
「あ、いえ。別に帰って欲しいわけじゃなくてですね。お話できるのは嬉しいんですが、そのせいでシエルさんまで咎められたら申し訳ないと…」
途中だけれど口を閉じる。何故か、ますますシエルさんのお怒りが高まっているように見えたからだ。余計言い訳がましく聞こえてしまっただろうか。
何故だろう。もう無条件に謝りたい気分だ。以前マルドゥークと対峙したときとは違う種類の圧迫感がある。
―お父さん、お父さん、ほら魔王が居るよ。
そんなどうでもいい言葉まで頭をよぎった。
正直、そのまま冷静にお怒りが降り注ぐ事も覚悟したけれど、一つのため息で、少なくとも目に見える部分はいつものシエルさんに戻った。
「…どうして、そんな風に人の事ばかり考えるんですか?神機兵の搭乗だって、本来なら入念な事前検査が必要なんですよ?」
「はい…」
「テスト段階の神機兵が故障、破損でもしていたら…。私が命令を遂行した結果として赤い雨を浴びてしまうのは仕方がありません。けれど、二次被害が出る可能性だってありました。今回のように全員が無事だったのは、結果論でしかありませんっ」
徐々に感情がたかぶって来たんだろう。早口になっていくシエルさん。
彼女の言葉が、姿が。あの日の僕と似ている。
「…それでも、シエルさんを助ける事ができてよかったです。僕の自己満足かもしれません。それでも、あそこで貴方を見捨てるなんて考えは、最初からありませんでした」
「どうして…」
本当に、心底戸惑った様子のシエルさん。
どうして、と思うのは僕も同じだ。
どうして、あの状況で自分に対する助けが来ない事を当然のように思っているのか。
「『家族』を見捨てるなんて、そんな事しません」
「ですが、局長からの命令を無視し、独断で動いた結果、貴方は懲罰を受ける事になってしまったんですよ?下手をしたら、今ここに居なかったかもしれない」
「君の行動が、理解できません…」と呟き、また自分を抱くように腕を回すシエルさん。
「…命令とか、僕の命とか。そんな物より、貴方が無事だった事の方が僕は嬉しいです」
そう、目の前から誰かが。『家族』が消えてしまう事の方が、僕にとっては恐ろしいから。
そうならない為だったら、僕は何だってするし。何だって犠牲にするだろう。
僕の言葉がおかしかったのだろうか。外ではシエルさんがゆっくりと目を見開く。
「うれしい…?」
まるで、その言葉の意味を知らない様な、そんな声音。
無縁で居ようとしたのか、無縁な場所にしか居られなかったのか。それは僕には解らない。けれど、僕はどうやら思っていたよりわがままな様で、そんな声で話すシエルさんがただただ寂しかった。
「はい。嬉しいです。間に合って、助けられて、本当に良かった」
*
懲罰房の扉に設けられた小窓に軽く手をかけてそういうデイトさん。
その言葉が何故かくすぐったく感じられ、体の中心に暖かさを覚えました。それが波紋を描く様に体中に広がっていく感覚。
触れ合う指先にまで温もりが広がった時、僅かに接した部分に静電気のようなものを感じました。
しかし何故でしょうか。
微かに目を細めて微笑んでいる表情。
柔らかい、穏やか、優しげ。そんな表現が良く似合いそうな笑顔なのに、何故か違和感がありました。
よく言われるような。目だけが笑っていない、という事も無く、内実が食い違っている様子は伺えません。
何故そんな風に感じるのか、原因が不明です。
恩人でもある彼に対して、どうしてそう感じてしまうのか。
考えても答えを出すことができないまま、以後デイトさんが懲罰房を出るまで私がそこを訪れる事はできませんでした。
次回もまだ懲罰房入りになります